自身の失言により、早坂を傷付けてしまった────翌日。
「やっぱ、カレーは美味しいよな」
すっかり生気を無くした才雅は、遠くを見つめ一人呟く。カップラーメンの麺を箸で口へと運び、小さくズルズルと啜る様は、何処か悲壮感が漂う。彼が座るのは、四人掛けのテーブルで、側には、おにぎりが二個置かれている。元気は無いが、食欲はあるようだ。
(コイツ、マジで大丈夫か・・・・・・)
向かいの席から、彼に心配の目を向けるのは、白銀御行。昨夜、「早坂と喧嘩した、海に行けないかも」と才雅からラインのメッセージが届いたのだ。白銀は、これを重大な問題だと認識し、即座に話し合いの場を設けた。
しかし、彼は先程からこんな調子だ。
「なぁ、俺で良ければ話聞くぞ」
動いたのは白銀。いつも元気なイメージの友人が見たことないくらい落ち込んでいる。才雅が心配なのはもちろん、白銀の最大の懸念は夏休みの計画が
そして、今回の海に行く話は、才雅を中心に回っている。つまり、話が具体化していない今、彼が匙を投げたら、完全に破綻するだろう。
あくまで、友人の誘いに乗った結果、たまたま四宮かぐやが居合わせた。この一連の流れを譲ることは出来ない。自ら彼女を遊びに誘うのは好意の露見であり、プライドの高い白銀には許せない行為だ。恋愛は戦────自ら好意を伝えることは、敗北を意味する。相手に告らせてこそ、立場に優位性を見い出せるもの。四宮かぐやと言う人間と釣り合う男になるためには、まず彼女に求められなければならないと彼は考える。
「・・・・・早坂に嫌われた」
「いや、順を追って話せよ」
肩を落とす才雅は、俯き加減で一連の出来事を説明する。白銀は、彼の言葉に唸りを上げた。これは、擁護するのが難しい。
「うん、そうだな。
「そこに関して反論はないけど」
「で、謝ったけど許して貰えないと」
「もう良いって言われたけど、まだ怒ってると思う」
「なるほど。なら、謝り続けるか、時が解決するのを待つか。しかし、向こうがもう良いと言っているのなら、今まで通りの振る舞いが吉か・・・・・・」
腕を組み、解決策を捻り出そうとする白銀に向かって、才雅は小さく漏らす。
「俺、あんまり友達と喧嘩ってしたことないからさ。謝る以外どうしたら良いのか分かんないんだよね」
「汐崎は一人っ子だもんな」
兄弟の居る人間は、喧嘩の経験があると取れる物言い。才雅は、白銀に三個下の妹が居ることを知っているし、なんなら普通に顔見知りである。ただ、白銀が妹の圭と喧嘩する姿を想像出来なかった。
「圭ちゃんと喧嘩したりすんの?」
「まぁ、昔はよくあったよ。でも最近は、喧嘩って言うより、向こうが反抗期みたいで」
白銀は何処か寂しそうだ。才雅は視線を宙に投げ、圭のことを思い浮かべる。可愛いより、綺麗が似合う友人の妹。いつも礼儀正しく、社交的な印象が強い────『汐崎さん、いつも兄がお世話になっています』『この前、頂いたお菓子ありがとうございました。凄く美味しかったです』『また、遊びに来て下さいね』以上、才雅の回想。
「反抗期ねぇ」
「お前が見ているのは全てよそ行きの姿だ」
「荒れてる圭ちゃんとか想像つかないな」
「想像はしなくて良いぞ。お前に圭ちゃんはやらん」
「中学生に興味ないって」
反射的に出た否定の言葉。話題が逸れたこともあり、反論が出来るくらいには、彼は調子を取り戻していた。二人の間には、いつもの空気が流れ始める。
「ま、とにかくだ。俺は早坂を知らないから、これ以上言えることはない。後は、汐崎が早坂とどう在りたいかだろう。自分の気持ちを素直に伝えれば良いんじゃないか?」
白銀の真っ直ぐな瞳。才雅は、息を飲み意を決する。
「だな。もう一回話してみる」
「よし。そろそろ戻るか。次、教室の移動があんだよ」
「何の授業?」
「音楽」
「・・・・・・頑張れよ」
「どう言う意味だ、それは」
己が思い描く生徒会長像を目指し、勉学以外の努力も怠らない白銀。とは言え、人には得意、不得意があるもの。そう、白銀は音楽が苦手なのである。当の本人に自覚は無いが、なかなかの音痴だったりと、才雅はそれをよく知る。
「いやーだってなぁ」
「放っとけよ。良いな、ちゃんとしろよ仲直り」
「分かってるって」
二人は、それぞれの教室へと戻った。
●
夜。才雅は、夕食を食べ風呂に入り、リビングのソファーに寝転がっていた。昼間に白銀から助言を受け、彼は腹を決めた。もう一度、早坂と話をしようと。
テレビの前では、母親がヨガ用のマットを敷き、ストレッチをしている。番組はバラエティー色のある旅番組だ。母親は、しばらく動かないだろうと思い、その背中に向かって才雅は声を掛ける。
「防音室、使って良い?」
「良いよー。今日はもう使わないから」
防音室、それは汐崎親子の仕事部屋である。元は、家の四部屋ある居室の内、二部屋の間の壁を取り壊した。そして、壁と天井には防音工事を、窓には内窓を付けた防音室。廊下側の部屋の扉には小さなホワイトボードが引っ掛けられている。この日のこの時間に使用したいなど希望があった場合、メモしておくものだ。
才雅は、ホワイトボードの上の空室と書かれたプレートを引っくり返し、使用中に表示を変えると部屋に入った。
「はぁ・・・・・・ふう」
深呼吸を一つ。寝間着である短パンのポケットに手を突っ込み、スマホを引っ張り出した。スマホの画面に表示したのは、『早坂愛』と表記されたラインのアイコン。アイコンの写真は、何処かのカフェだろう。テーブルの上には、クリームが乗った甘そうなカップのアイスドリンクが置かれ、ボカしてはいるが、都会的な町並みと青空がバックに写っている。
(ん?)
見覚えのあるソレに、才雅は指で操作し画像を拡大する。カップに寄り添うように置かれるのは、パンダとライオンの手乗りサイズのぬいぐるみ。ライオンは以前、彼が早坂にプレゼントしたものだった。
「あ」
SNSのアイコンと言うのは、案外小さいもので、注視しなければ、その人が何をアイコンにしているのか正確に認識出来ないことが多い。才雅は、何だ気に入ってくれてるじゃんと嬉しくなるが、今はそれどころじゃない。
意を決し、通話のマークをタップした。耳に当てたスマホからコール音が流れる。現在時刻は、午後八時。もし、バイト中なら出ないだろうし、自宅に居たとしても、突然の電話は不審に思われるかもしれない。
(駄目か・・・・・・)
数十秒待つも応答は無し。だが、彼女が出なかったことに少し安心した自分も居た。画面をタップし、間違い電話と逃げのメッセージを打ち込み、送信する寸前────早坂愛からの着信。
再び襲う緊張、胸の鼓動が早くなる。恐る恐る指でタップすると、スマホを耳に付けた。
「────あ、もしもし。早坂?」
「うん。着信あったから」
「あの・・・・・・ごめん。もう一回ちゃんと話がしたくて」
「何?」
早坂の声は、普段のテンション高めな雰囲気は無く、ワントーン低い返事。やはり、機嫌は良くないようだ。
「その、あれは本当に悪気は無くて。でも、早坂を傷付けることになって、本当にごめんなさい・・・・・・。俺は、これからも早坂とは友達でいたいと思っているから、また仲良くして貰えると嬉しいです・・・・・・」
言い切った────乾いた口の中、才雅は唾を飲み込む。
「良いよ、別に。今はもう気にしてないから。言われた時は、本当にムカついたけど」
「ごめん・・・・・・」
「でさー。今度の期末試験、勝負しようよ」
「え。勝負?」
いきなり勝負とは何事だろうか。突然の提案に戸惑う。
「だって、流石にこのまま黙ってはいられないもん。前回の順位は確かに才くんの方が上だったよ? でもさ、一回じゃ実力は測れないよね?」
「まぁ・・・・・・」
「順位が上の方が勝ちで、敗者が勝者にご飯を奢るって言うのはどう? 言っとくけど、才くんに拒否権は無いからね」
「・・・・・・早坂がそうしたいなら別に良いよ」
「じゃ、決まりだね!!」
その声は一転、やる気に満ちたものだった。才雅は安堵する。期末試験の勝負で機嫌が直るなら、安いものだ。
彼女の言う勝負の褒美は、ご飯を奢ること。ご飯と言えば、つい最近、一緒に行けなかったラーメン屋を彼は思い出す。
「そうだ。だったらさ、この前一緒に行けなかったラーメン屋で────」
「却下」
「え、何で」
「だって、ご褒美っぽくないじゃん」
「そ、そう? 旨いぞ、ラーメン」
「もっとオシャレな店が良い」
「いや、オシャレな店って・・・・・・」
そこら辺の男子高校生が、オシャレな店など知るはずない。いや、そもそも何故、自分が負ける前提なのか。才雅は、息を吹き返す。
「つーか。俺、負けねぇよ?」
「絶対、才くんに奢って貰うから」
電話越しに二人の笑いが漏れる。
「じゃあ、正々堂々勝負ってことで。さっそく勉強するわ」
「ウチだって、勉強するし」
「・・・・・・お休み」
「うん、お休み。また明日、学校でね」
通話が終わった。
「あー、良かった」
才雅は、床にしゃがみ込む。内にあった後悔と罪悪感がスッと抜けて行く。思ったことを直ぐ口に出すのは気を付けようと今一度、自身を戒める。
(よし。勉強、するか)
やるなら本気で。本気の相手に手を抜くのは失礼である。彼は気持ちを入れ替え、自室へ戻ると、試験勉強に取り掛かった。
●
そして、二人の試験に向けた勉強が始まった。
才雅は、授業中に居眠りすることなく、自宅に帰宅してからも、真面目に机へ向かった。音楽に触れることを一切封印し、睡眠時間の確保にも気を配った。
一方の早坂は、主人のかぐやに頭を下げることで、勉強時間の確保に成功。これまでの可もなく不可もなく、校内擬態・早坂愛の姿に違和感ない順位を取り続けた彼女が
十日後。四日間に及ぶ試験期間を終え、順位発表の日。
秀知院学園では、上位五十名を成績優秀者として、廊下に紙を貼り出す。才雅は、休み時間になった途端に直ぐ見に行った。自身と早坂の学力を考えると、そもそも互いの名前は乗っていないかもしれない。けど、今回は今までで一番頑張ったと胸を張って言える。淡い期待を抱え、才雅は五十位の方から名前を確認して行く。仮に名前があったとしても、そちら寄りだと思ったからだ。
(汐崎、汐崎・・・・・・)
上位の方は、人集りが出来て何やら騒がしい。白銀が前回に引き続き一位になったらしい。二位は前回と同じく、四宮かぐやだとか。こう言う時に限って、周囲の声を拾ってしまう。聞き耳を立てているわけではないのに。
「あ」
名前があった。汐崎才雅、四十二位。過去最高順位で、初の貼り出しだ。後は、上の四十一人の中に早坂の名前が無ければ彼の勝利が決まる。いや、彼的に勝利は確信していた。前回順位より、四十位も上げたのだ。元々、三十位も下だった早坂に負けるはすがない。これは勝ったと、自信があった。
その時、直ぐ近くで聞き覚えのある女子の声が挙がる。
「愛ちゃん、凄ーい!!」
「マジで、メッチャ順位上がってるじゃん!!」
早坂といつも一緒に居る、駿河と火ノ口だった。彼は、嘘だろと思いながら、彼女らに目を向ければ、ドヤ顔の早坂と対面した。
「今回の勝負、ウチの勝ちだね」
その言葉に才雅は、貼り出しの上位の確認を急ぐ。視界に飛び込んだのは、二十四位の下に早坂愛と書かれた文字。何度見ても文字は変わらない、間違いないようだ。
「マジ?」
大躍進を遂げた才雅であったが、それ以上に順位アップしたのは彼女の方だった。しかし、今回に限り特に勉強を頑張ったからと言って、こんなに順位が簡単に上がるものだろうか。彼の口は動く。
「まさか、ふ────」
「ふ?」
「いや、何でもない」
彼は学んだ。思ったことを直ぐ口に出すのは気を付けようと。今もし仮に、それを口にしたら、本当に嫌われるかもしれない。早坂から顔を背け、才雅は口を閉ざす。負けは負け、それが現実だ。
「約束、守ってよ」
「分かってるって」
当然、悔しい気持ちはある。だが、彼女の嬉しそうな顔を見ていたら、勝ち負けなんてどうでも良くなった。