就寝前恒例のかぐやのお喋り────早坂は、今夜も呼び立てられ彼女の部屋に居た。髪を下ろし、寝巻き姿の主人が纏う空気は何処か柔らかい。先程からタラレバを並べては、ああでもない、こうでもないと、一人自問自答を繰り返している。
「だから、あの雑誌は会長と相性が悪かったのよ」
「はぁ」
早坂は、かぐやの力説に生返事をする。
遡ること一ヶ月前、生徒会室を賑わせた一つの雑誌があった。その名は『ティーンの恋バイブル』────女子中高生をターゲットにした雑誌で、ティーンの恋愛指南書を謳い年四回ほど出版される。元々は、生徒が学校に持ち込んだもので、教育上、良くないことを理由に教師が没収、生徒会で処分するよう預けられたものだった。しかし、全生徒を束ねる生徒会と言えど、恋愛や異性に関心のある年頃、処分せず生徒会室の本棚に残していた。
それを利用しようとしたのが、四宮かぐやである。だが、思うような結果は出ず、挙げ句の果には、雑誌と白銀の相性が悪かったなどと言い出す始末だ。
「次は、会長が素直になりそうなものが良いわね。ほら、会長って、プライドが高いじゃない?」
「・・・・・・そうですね」
そっくりそのまま、主人の言葉を主人に返したい気持ちを早坂は飲み込む。いい加減に好きと認めてはどうだろうか。自分と違って、二人は両想いなのだし、どちらかが素直になれば、結ばれると言うのに。向こうが告白して来たら、付き合ってあげましょうの上から目線のスタンスをいつまで貫くのかと、彼女は若干の苛立ちを覚える。
「そう言えば、
彼の名前に、早坂はピクリと肩を震わす。二人が期末試験で勝負した話だ。学年順位が下だった者が上だった者に、ご飯を奢ると言う内容で、彼女は見事に勝利した。狙いは彼と
負のオーラを醸し出す早坂を気に留めることなく、かぐやは話を進める。早坂の頼みを了承した手前、約束を果たすのも主人たる務めである。
「来週の木曜日はどうかしら? 夏休みの打ち合わせの後で良ければだけど。もし土日の方が良ければ、再来週の────」
「その話は無くなりました」
「え」
「無くなったんです」
一瞬で、部屋の空気は凍りつく。
「ちょっと待って!! 無くなったって、どう言うことなの!? 貴女、あんなに楽しみにしていたじゃない!!」
「正確には、その夏休みの打ち合わせと抱き合わせになりました」
白銀が寝落ちしたことで延期になった、夏休みに海へ行く話し合いの件。前回の失敗を踏まえ、今回は
「ぇえ、てっきり私は二人で行くものだと」
「私もそう思ってましたよ。二人で行くと約束はしていませんでしたけど。でも、普通は二人で行く流れですよね?」
早坂の青い瞳が鋭く光る。かぐやは息を飲み、笑顔を作る。これは、地雷を踏んでしまったかもしれない。
「は、早坂? 大丈夫?」
「本当に・・・・・・本当にKYなんですよ。鈍感で人の気持ちも知らないで。それとも何ですか、私のアプローチが足りないって言うんですか!?」
「ね、ねぇ。一回、落ち着きましょうよ・・・・・・」
「これが落ち着いていられますか!? かぐや様は、危機感と言うものが足り無いんです!! 良いんですか、会長が他の人に取られても!!」
ここで早坂の怒りが、かぐやへ飛び火する。
「他の人って。それじゃあ、まるで、私が会長のことを好きみたいじゃない!!」
「本当のことじゃないですか!! 後悔しても知りませんからね!!」
「そう言う貴女こそ、アプローチがどうこう言ってないで、好きなら早く告白すれば良いんじゃないの!? 気付かれなければ、アプローチなんて意味無いでしょ!!」
流石のかぐやも頭にカチンと来るものがあった。喧嘩を吹っ掛けて来たのは早坂の方、それに対し、貴女は人のことを言える状況なのかと、彼女を心配する気持ちはふっ飛び反論に転じた。
しかし、これが完全に早坂の地雷を踏み抜く。本当なら、早坂愛として、少しでも見込みがあればアタックしたい────のだが、彼は自身が扮するハーサカに片想い中のようなのだ。全て嘘のハーサカに。でもそこは、早坂愛として彼をオトしたい。万一、彼がハーサカに告白するようなことがあれば、ファンの立場を貫き断ろうと心を決めた。そして、早坂が傷心の彼を支えてやれば良い。だが、彼は告白する気はなさそうなのだ。主人のようなプライドの高さからではなく、他に理由があるようで。結果、平行線の状態が続いている。彼が他の人に取られるリスクが低いのは嬉しいことではあるが。
「・・・・・・かぐや様は、そう言うことを仰ってしまうんですね。好きな人に好きな人が居る私の気持ちが分かりますか?」
「え。黒野くんって好きな人が居るの!? まさか彼女!!」
「いえ、彼はフリーですよ。童貞です」
「どっ!! そこまでの情報はいらないんだけど・・・・・・」
「とにかく、勢いで告白すれば良いって状況じゃないんですよ、私は。今はポイントを稼ぐ大事な時期なんです」
「なら、黒野くんが好きだって
「絶対に止めて下さい。私は正々堂々と勝負しますから!!」
ハーサカのことを調べ上げられたら、事態がややこしくなるのが目に見えた。
「早坂が良いなら、それで良いけど。ひとまず、来週の話し合いで、
手に拳を握り、気合いの入るかぐや。たった今、早坂の恋敵を家族ごと海外へ飛ばそうなどと非人道的なことを口にしたと言うのに。以前より、性格が丸くなったとは言え、時おり四宮家の冷酷な顔が姿を現す。
(勢いとは言え、余計な情報をかぐや様に与えてしまった・・・・・・)
己の利のため────そこに自身が含まれるのは、有り難いのだが、かぐやが彼に対し、変なことを口走らないようにと早坂は祈った。
●
打ち合わせの日、放課後。
才雅と白銀は、学校の自転車置き場に居た。これから二人は、才雅のバイト先へと向かう。
「
「ん。少しくらい遅れても平気だよ。二人は先に着いてるだろうけど」
予定がある時に限って、ホームルームの時間が長い。これは、学生あるあるではないだろうか。今日、集まるメンバー四人のうち、才雅、かぐや、早坂はA組だが、白銀はB組だ。例によって、運悪くB組のホームルームが長かったのだ。
ただ、才雅と白銀は自転車移動のため、かぐやと早坂とは別行動で現地集合の約束をしていた。二人は学校を出発し、目黒駅方面を目指す。十五分ほど自転車を走らせたところで、店が見えた。そのまま裏口に周り駐輪をし、大通りに面した入り口へと向かう。
彼らの姿に気付いた早坂が駆け寄った。
「あっ、会長さんだ!! 早坂愛です、よろしくね〜☆」
右手を上げ、元気よく挨拶をする早坂に、白銀は一歩下がりたじろぐ。秀知院には、あまり居ないタイプだ。
「メガネ、掛けてたっけ?」
「あーこれ? 伊達メだよ、可愛いでしょ?」
早坂は、いたずらっぽく笑う。事実、大きなフレームの黒縁メガネは、彼女によく似合っていた。着崩した制服と相まって、そう言うファッションなんだなと白銀は、すんなりと受け入れる。
白銀が早坂と接点を持つのは、これが初めてだった。彼女は汐崎才雅と仲の良い女子生徒、その程度の認識しかない。
「あ、ああ。汐崎から話は聞いているよ。よろしくな、早坂」
二人の会話を横で聞く才雅は、ジーッと早坂の顔を見つめていた。目を細め、何かを考えている。いくら好きな相手とは言え、あまり良い視線ではないことを早坂は察した。
「さっきから何?」
「いやー、何か化粧濃くない?」
「そーお?」
「絶対いつもと違う」
「放課後はいつもこんなだし。て言うか、才くんには関係ないでしょ。早く店に入ろうよ」
くるりと体の向きを変え、入店を急かす。何処か素っ気さを感じたが、才雅は気に留めることなく店の扉を開く。
「おう、来たか」
四人を出迎えたのは、店のオーナーシェフだ。アラフォーのイケオジである。今の時間は営業時間外の仕込み中なのだが、才雅の話を聞き、ウチのバイトのためならと快く快諾した。才雅は、ペコッと頭を下げる。
「今日は、ありがとうございます」
「まぁ、才雅の頼みだからな。ちゃんと注文しろよ?」
「それは分かってますよ」
「あ、食べ物はケーキとサンドイッチしか出せねぇから」
「分かりました」
店の隅にあるテーブル席を四人は陣取った。
「決まった人から、店長に注文しに行って良いよ。今、食べ物は、ケーキとサンドイッチだけね。飲み物は何でも大丈夫だから」
才雅は慣れた手付きでメニュー表を三人に渡す。隣りの早坂、向かいの白銀、斜め向かいのかぐやへと。
ちなみに座席は、早坂の「四宮さんと会長さんは奥にどうぞ」の一言で決まった。彼女が、主人のかぐやに気を使ったこともあるのだが、ハーサカとして、この店に通っている以上、絶対にボロは出せない。オーナーシェフに背中を向ける形で、座席をキープ、才雅から指摘があったように化粧は濃くしている。おまけに、黒縁の伊達メガネも掛けて。ただ、化粧は彼には不評のようだが、背に腹は代えられない。
メニューを凝視する白銀に、かぐやは声を掛ける。
「会長。種類が多いと悩んでしまいますね」
「あ、ああ、そうだな」
何度か来たことのある友人のバイト先。メニューの種類と価格帯は何となく把握していた。だが今日は、四宮かぐやが同席している。この場合、食事は注文した方が良いのだろうか。周りが頼んで一人だけ頼まないのは浮くだろう。しかし、飲み物に上乗せの注文は痛い出費だ。
「私は、紅茶にします」
かぐやは、メニュー表を閉じた。
「食事は何か頼むか?」
「いえ。夕食に響くと困るので、私は飲み物だけにしようかと思います」
「・・・・・・なら、俺はブラックにするかな。いつも飲んでるし」
正面に座る二人の間に早坂が割って入る。
「決まったなら先に行って良いよー」
「お言葉に甘えて、そうしましょうか?」
「そうさせて貰うか?」
迷いながらも顔を見合わせアイコンタクトを取る二人に、才雅はチラチラッと視線を向ける。これはきっと両想いだ、見守るように観察していると、彼の腕に皮膚が引っ張られるような痛みが走る。言うまでもなく、腕を抓った犯人は隣りの早坂だった。二人が席を離れた後、才雅は涙目になる。
「ねぇ、痛いんだけど」
「・・・・・・ごめん。余計なこと言うかと思って」
「俺への信頼度低くない?」
「だって鈍感だし・・・・・・」
「えー、そうか?」
「そうだよ。本当、自覚ないんだから」
才雅は首を傾げた。店の前で彼女と合流してから、自身に対する当たりが強いように思えた。だが、理由は分からない。
「何か怒ってる?」
「別に怒ってないし」
「ファミレスの方が良かった?」
「しーらない」
プイッと顔を背ける早坂は、ご機嫌斜めの様子。彼女のオシャレな店と言う要望には応えたつもりだが、趣味ではないと一言返されたら、ぐうの音も出ないし、彼の心は普通に傷付く。
「何、頼もうか? 今日は俺が奢る約束だから、好きなの選んでよ」
まずは約束を果たそう。その心意気で、彼女の機嫌を取りに行く。美味しいものを食べれば、きっと機嫌も良くなるだろう。
「・・・・・・ケーキって何が美味しい?」
「俺はイチゴのタルトが好きかなー。あ、でも季節のケーキもオススメだよ。今は、メロンケーキなんだけど、それも美味しいよ」
「うーん。どっちも美味しそう」
「じゃあ、両方食べる? お金は気にしなくて良いし」
「お金の前にカロリー過多なんですけど」
早坂は口を尖らす。彼的には、遠慮するなと言う意味なのだろうが、女子にケーキ二個も薦めるなんて、「本当に貴方は・・・・・・」と心の内で彼女は溜め息をつく。沢山食べることを否定したり、体型に細さを求めるようなモラハラ男では困るが、もう少し異性として扱われたい。
「俺と半分こにする?」
「へ?」
「両方頼んでさ。俺と早坂で、それぞれを半分ずつ食べるとか。そしたら一個分じゃない?」
才雅の提案に早坂の動きは停止する。
(何それ、最高過ぎない?)
緩みそうな口元に力を込め、早坂は平常心を装う。
「・・・・・・それが良い」
「オッケー。飲み物はどうする?」
「じゃあ、アイスティー」
「ん。買って来るから待ってて良いよ」
才雅は席を立ち、注文へ向かう。そんな彼の横顔を、早坂はチラッと後ろに振り向き盗み見る。茶髪で、ショートのツーブロック。首から上は、チャラそうに見えるが、ワイシャツのボタンは一番上までキッチリ掛けるし、腰パンなんてものとは無縁だ。特に意志が強そうな大きな瞳は、彼の性格がよく出ており、視線を向けられると不思議と高揚感に包まれる。
(やっぱ、格好良いな)
見る人によっては、可愛いと形容される彼。確かに笑った時の顔は、無邪気な子供のようで可愛いとは思う、彼女的には断固として格好良いを推して行きたいが。
そして、テーブルにそれぞれが注文した品が並び、話し合いが始まった────。