「それじゃあ、カラオケ組行っくよー!!」
拳を突き上げ、教室の教壇で音頭を取るのは、火ノ口三鈴。クラスきっての盛り上げ隊長である。隣には、友人の駿河すばる、そして、駿河に手を引かれて来た早坂愛のギャル三人組。この二年A組では、お馴染みのメンツだ。
教室に残った参加者は、各々に盛り上がりを見せる。しかし、『二年A組一学期お疲れ様会』などと、クラスの親睦を深めることが目的と名を打っているが、火ノ口と駿河に言わせれば、早坂と
参加者一同は、幹事である彼女らの背中に付いて行く形で、移動を始めた。目的地は、駅前の大型カラオケチェーン店のカラパラである。秀知院生を始め、近隣の学生がよく利用する。
参加者の一人である才雅は、軽音部の男子生徒と列の後方にいた。隣を歩くバンドメンバーでもある彼、長身のベーシストを見上げると、口を開く。
「結構、集まったよなー」
「うん、確かに。早くに声掛けしてたしね」
参加者は、途中参加、途中で抜ける者を合わせると二十人近く居るとのことで、クラスのおよそ半分の数字に当たる。
「て言うか。サッカー部って、グラウンドで練習してなかったっけ?」
才雅の疑問に、身長百八十を優に超えるベーシストの視線は、先頭集団に投げられた。早坂たちの直ぐ後ろには、会話に挙がったサッカー部の男子生徒を始め、その他運動部らが続く。制服の着崩しやワックスで綺麗にセットされた髪型から気合いの入れようが分かる。彼らには彼らの目的があるようで。
「・・・・・・まぁ、色々あるんじゃない?」
「つまり、サボりか」
秀知院は、学力本意の学校である。一重に運動部と言っても、スポーツ強豪校のような追い込みの仕方はしない。あくまで、文武両道が大前提にある。さらには、特権階級や名家と呼ばれるような家柄の生徒が多く、家の都合や勉学を理由に部活を休むことに対し、寛容な姿勢を持つ。
そうこうしている内に、目的地が見えた。地上七階からなるビルで、全階がカラオケルームになっている。
火ノ口らがフロントで手続きをしている最中、才雅の興味は、同じフロアに置かれるある物に向けられていた。
(優が見てるやつ・・・・・・)
視線の先には、アニメのキャラクターの等身大パネル。主人公の男に、ヒロイン三人、敵だったけど仲間になったドラゴンと、全部で五体のパネルだ。壁には、コラボ期間中とポスターの掲示があり、彼は、事の経緯に納得する。
作品は、いわゆる異世界転生モノだった。現世で落ちぶれていた主人公が勇者として異世界に転生し、冒険を通し成長して行くと言う近年よく見られるジャンルである。才雅は、受け付け待ちの輪を抜け出すと、ズボンのポケットからスマホを引っ張り出した。
(後で、送ってやろ)
カメラモードに切り替えたスマホを構え、一人撮影会を始めて間もなく、ベーシストから招集の声が掛かる。
「
「先に行ってて」
「部屋、七階だから。七十一」
「了解」
この男子二人のやり取りを見逃さなかったのは、早坂愛。動き出した集団の中で、一人足を止めた。本当は、学校からカラオケまで、彼と並んで歩きたかったが、幹事と言う立場が足枷となり、それは叶わなかった。彼女は、今からが本番だと気を取り直し、行動を開始する。
「才くん、そう言うの見るんだ?」
「ん。ああ、優が見てるやつだよ。俺はちょっと知ってるくらいだけど」
「あー会計くんだよね? 確かにアニメとか好きそう」
「早坂は見てんの?」
彼からの問い掛け。早坂がこの場に残ったのは、そのアニメに興味があるから、そう思ったらしい。早坂は、校内の情報収集を通し、話題の作品だとは知っていたが、見ているわけではない。でも、主人公の男一人に対し、複数のヒロインが居ること、その主人公は鈍感で彼女らの好意に気付かない設定だと言うのを知っている。
曇り無き瞳に向けて、貴方も鈍感ですよねと言ってやりたい気持ちを抑える。今はまだその時じゃない。
「ウチは、才くんを待ってたの」
早坂は、ぶっきらぼうに言い放つ。想定外の言葉に、才雅は目を丸くしてポカーンと口を開けた。
「・・・・・・」
「ちょ、何か言えし!!」
「あー、いやぁ。先に行ってて良かったのに」
「良いの。ウチは人を待ってたいし、人に待ってて欲しいタイプだから」
「そ、そっか。何かごめんね」
「早く行こう」
才雅に背を向け、早坂は急かす。あくまで、自然に。
(私は才くんのこと置いて行ったりしないし)
二人は、エレベーターに乗り込むと、七階のボタンを押し、予約している部屋を目指す。エレベーターを降りたら、回れ右をして、突き当りまで進み、パーティールームの扉を開いた。
「あ、料理もう来てるんだ」
テーブルの上に並べられた料理に、才雅は唾を飲み込む。今日の学校は終業式だけの半日授業で、ちょうどお昼に入る今の時間帯は、良い具合にお腹が空いていた。
今回、食べ放題のコース料理を選んでいた。テーブルには、先陣を切って、フライドポテト、サラダ、唐揚げ、ピザなどが並ぶ。普通の高校生ならば、渋るような価格帯ではあるが、そこは流石の秀知院生と言えよう。
「あそこ座れるよ」
「おお」
パーティールームは横長の作りで、長テーブルが短辺に合わせて、全部で三つ、川の字に設置されている。そして、テーブルを囲うようにして、ソファーが置かれる。参加者は多く、空いている席は少ない。
才雅は、早坂に促されるまま、隅のソファーに横並びで腰を下ろした。ここまでは、彼女の計画通り。後は余計な邪魔が入らないよう周囲を警戒しなければならない。
しかし、早坂の予感は的中する。参加者の一人、チャラそうな男子生徒が、曲を入力するタブレットを片手に近寄って来た。腰パンに、ワックスで髪は綺麗にセットされている。
「あーい。一緒に歌おうぜ」
「・・・・・・あ、うん。食べた後でね〜」
「なら、俺も食べようかな。何、食べる?」
グイグイと迫る男子生徒。早坂は、下心が見え見えのチャラい男に嫌悪感を抱く。短いスカートを履いて、軽そうなギャルを演じる自分が言えた話ではないのだが。きっと、その手の男から見たら自分は同類なのだろう。適当に相手をしながら、横目で才雅の確認を行う────が、目を離した隙に彼の姿は消えていた。
(まさか、他の女に────)
嫌な緊張が走る。急いで部屋に隈なく視線を動かす。彼の見た目は悪くない。人当たりも良いし、どこぞの女狐に捕まってもおかしくはない。が、彼女が目にしたのは、白い皿を片手にハニートーストを取り分ける彼の姿だった。
(・・・・・・心配した私がバカだった)
クラス内に置いて、それなりの権力もといカースト上位に君臨する構内擬態早坂愛は、当然、クラスの内の人間関係や動向は把握している。お喋りなイツメン二人の働きもあり、彼女が知る限り、クラス内にライバルとなりうる人物は居ない。最も、その想いを内に秘められてしまっては分からないが、そんな奥手が居たとして、今の自分の相手にはならないはずだ。彼と一番仲の良い女友達は自分であると自負があった。
一方、才雅が手に持つ皿の上は、料理が山盛りだった。フライドポテトに唐揚げ、ミートソースパスタに、彼が今しがた取り分けたハニートーストも乗っている。これ以上、皿に盛るのは無理だと言うところで、友人のベーシストが居るテーブルに足を向け、隣にお邪魔させてもうらう。
ベーシストは、分かりやすく口は歪める。
「せめて、食事とデザートは分けようよ・・・・・・」
「大丈夫。俺、そう言うの気にしないし。店員さんも洗い物減るだろ?」
「何そのバイト目線。女子は細かいところ見てるから気を付けた方が良いよ」
「・・・・・・マジ?」
食べ方で、育ちが分かるとはよく言うが、まさか盛り付け方まで、評価対象なのだろうか。女子ってこええな、なんて、彼は思っていると、スピーカーから曲のイントロが流れた。
別のテーブルの運動部の男子生徒らを中心に歓声が起こる。モニターの前に視線を向ければ、早坂とサッカー部の男子生徒が一緒に歌うようである。ただ、今回の集まりは人数が多いのもあり、遠巻きに二人を眺め、個々で食べたり喋ったりする者が見受けられた。
(早坂、歌うまっ)
歌われる曲は、数年前に流行った恋愛ソングだ。一瞬で消える打ち上げ花火の儚さを十代の淡い恋と結び付けた曲である。
彼女の歌声に聞き惚れるのは、才雅だけでなく、ベーシストも同じだった。彼は、ポツリと漏らす。
「なぁ。早坂、上手いよな?」
「うん。普通にバンドでボーカル張れそう」
軽音部の二人は、お世辞抜きに、早坂に対して高評価を付けた。
曲が終わり、周囲からは拍手が送られる。何を思ったのか、ベーシストは、早坂に向かって手を振った。
「早坂。次はコイツと歌ってよ。結構、上手いから!!」
ベーシストの腕が才雅の肩に回る。彼は、突然の振りに一瞬思考がフリーズしたが、即座に再起動し、口を尖らした。
「いや、全然上手くないから」
「普通に上手いでしょ、カラオケレベルで」
「それ褒めてねーだろ」
「褒めてる、褒めてる」
二人の会話を他所に、早坂は笑顔で才雅に迫る。
「ねぇ、一緒に歌お?」
「えー・・・・・・」
才雅は、渋い表情を浮かべた。彼は、音痴だとか歌が下手と言うわけではない。友人との集まりでは普通に歌う。ただ、早坂の美声を聞いた後に歌うのは少し気が引けた。それも、一緒に歌えだなんて勘弁して欲しい。勉強や運動は構わないが、音楽だけは人に格好悪いところを見られたくなかった。
「あっ、そうだ。今、土曜にやってるドラマの主題歌って、才くんが好きなアーティストだよね? あれ歌おうよ」
「・・・・・・知ってるんだ」
「うん。ドラマ見てるし。良いよね、あの曲」
ファンとは本当に単純な生き物で、推しを褒められると、自分のこと以上に嬉しいものなのだ。
「あ、だよな。ファンの間でも、ライブでやったら絶対に盛り上がるって話で」
「じゃ、一緒に盛り上がっちゃお?」
「え」
気を抜いた一瞬の内に、才雅の細腕は早坂に掴まれた。ベーシストには背中を押され、あれよあれよとモニターの前に立たされることとなった。楽しそうな彼女の笑顔を見ていると無下に扱うことも出来ず、半ば諦めの境地で、才雅は手渡されたマイクを握った。
●
会の中盤に差し掛かったところで、才雅はバイトに行くため、途中退出となった。最後まで居られなかったことに、後ろ髪を引かれるが、バイトをすっぽかすわけには行かない。
「才くん、待って!!」
カラパラを出て直ぐに、聞き慣れた声に足を止められた。振り返らずとも分かる、早坂だ。
「あれ。早坂も帰るの?」
「実は、ウチもバイトでさぁー」
「何だ、仲間だったのかよ」
「電車でしょ? 駅まで行こ」
二人の歩みは、最寄りの駅に向けられた。とは言っても、カラパラは駅の直ぐ目の前のビルなので、とても近い。
「何乗るの? JR? メトロ?」
最寄り駅は、田町駅と三田駅の二駅で、JRなら前者、メトロなら後者となる。
「才くんは目黒でしょ? どっちで行くの?」
「うーん。どっちでも行けるからなぁ」
「なら、JRで行こうよ」
「早坂は、そっちなの?」
「そ。途中で乗り換えるけどね〜」
二人は、田町駅から電車へ乗り込んだ。
「平日のこの時間って人居るんだな」
才雅は、普段は自転車通学のため、電車に乗る機会は少ない。椅子に座れない混み具合ではないが、二人並びでは空いていないため、ドア付近に並ぶようにして立っていた。
「そりゃあ、人は居るでしょ」
「そう言うもんか」
「そーそー」
「今日さ、サッカー部? 何か運動部にメッチャ絡まれてなかった?」
「あぁ、うん。付き合ってる奴居ないんだろーとか、夏休み何処か遊びに行こうぜーってね」
不満気に早坂は口を動かす。
「モテモテじゃん」
「ウチは、ああ言うチャラいのはタイプじゃないの」
「見た目だけなら、早坂も似たようなもんだと思うけど」
視線を反らし、才雅は苦笑いを浮かべる。
「・・・・・・ウチってチャラく見える?」
「まぁ。スカート短いし、シャツのボタン第二まで開けてるし、水色のネイルも何か強そうだし」
彼の批評に、早坂は反論出来なかった。そう見られるために、自身を着飾っているわけで、実際そう見られているのなら、自身のセルフプロデュースは間違っていないと言うことである。
しかし、忘れてはならないのは、彼が好きなのは
「・・・・・・・・・・・・」
これはあくまで、見た目についての話である。彼自身、早坂愛は、どう言う人間なのか自分なりに理解はしているつもりだ。黙り込む彼女に向けてフォローを入れる。
「でも、早坂に似合ってると思うよ。早坂の髪の色とか目の色とか、俺は綺麗だなーって思うし、逆にちょっと派手な格好くらいの方が素材が引き立つって言うか」
「・・・・・・ふーん。そーなんだ」
不意打ちにも似た褒め言葉に、早坂は顔を背ける。大好きな母親譲りの金の髪と青い瞳は、彼女の自慢だった。小さい頃は、同級生にからかわれた経験をしたこともあるが、黒髪と黒目が羨ましいとか別に思わない。
才雅は、ニヤリと表情を崩す。いつもは少し強気な友人が、何だか恥ずかしそうだ。
「照れた?」
「別に照れてないし」
「早坂って、意外と純粋だよなー」
「はぁ? どう意味だし!!」
「そう言うところ。だから、早坂の中身はチャラくない」
「俺は知っている」と、才雅は自慢気に笑う。
「馬鹿にすんなし!!」
「してないって。可愛くて良いじゃん」
「そうやってイジる人キラーイ」
「いや、冗談だって」
「ふんっ」
嬉しさと照れ、それを隠すように早坂は腕を組み、機嫌の悪さをアピールする。「早坂さーん」と、頻りに顔を覗いて来る愚か者は無視してやる。
そんなやり取りをしていると、キィィィと電車のブレーキ音が響く。続いて、車内が大きく揺れた。
「うぉ!!」
重力に煽られ、才雅の両腕は、早坂の顔の横に伸びた。二人の構図は、俗に言う壁ドンだ。十センチも無い二人の身長差、自然と顔が近くなる。才雅は、即座に距離を取り両手を上げて降伏のポーズ、謝罪をする。
「ご、ごめん。今のは不可抗力で」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・早、坂?」
早坂は、プイと顔を避け、拒絶の態度を示す。
「あの、ごめんね。わざとじゃなくて」
「・・・・・・分かってるし」
以降、会話は途切れた。電車は再び走り出し、沈黙を破るように、目黒駅到着のアナウンスが流れた。二人が立つドアとは反対側のドアが開く。才雅は、降り際に早坂に小さく手を振った。
「あ、また海で」
「うん・・・・・・」
早坂を静かに頷き、二人は別れた。
●
(後で、ラインで謝っとこ・・・・・・)
頭を傾け、才雅は洋食レストランであるバイト先に向かう。店裏に周り、裏口のドアを開けば、そこは休憩室兼更衣室である。広さは六畳ほど。片側にロッカーが、対面に長テーブルとパイプ椅子が置かれている。部屋の中央にあるカーテンを広げることで、仕切ることが出来た。
「おはようございますー」
「おはよう〜」
パイプ椅子に座り、スマホをイジっていたバイトの先輩に挨拶を返される。ちなみに、秀知院大学に通う女の先輩である。休憩中のようだ。
才雅の目に、長テーブルに置かれた長方形の缶詰が目に入った。
「そのクッキー食べて良いよ」
「誰か旅行にでも行ったんですか?」
「違う、違う、お客さんから。ほら、才雅くんのファンだって子。フィリスの金髪の。しばらく店には来れないって話、聞いてないの?」
先輩の言葉に、理解が追い付かない。
「・・・・・・あー、何か。予備校って言うのは」
「偉いよねぇ。私なんて普通に推薦だったし。才雅くんは、進路考えたりしてるの?」
才雅は、そこら先の会話はよく覚えていない。
次回から夏休み編に入ります