汐崎才雅について②
夏休みに突入し、早一週間が経過した。
この日、
「動き早っ」
才雅は小さく洩らす。舞台は砂地。迷彩服を身に纏うプレイヤーを動かし、ドラゴンと戦っていた。ビル三階建てくらいの大きさはあるだろうか、深紅に黒を足したような色のドラゴンが翼を扇ぐ度に砂嵐が起き、視界と動きを悪くする。
「そのまま引き付けて下さい。ポイントまで、あと少しです」
前線で敵を迎え撃つ才雅に対し、石上は岩山の上で、ライフルのスコープを覗き、目標に狙いを定めていた。
「ポーションもう無いから、一発で決めろよ」
「分かってますって」
才雅は、マシンガンを使いドラゴンのヒットポイントを減らしながら、近過ぎず離れ過ぎずの距離を保ち走り続ける。岩山と岩山の間を抜けた時だった。石上の目が鋭く光った。ライフルから一発の弾丸が放たれ、ドラゴンの眉間を貫く。宙を飛んでいた巨体は、うめき声を上げながら地面に落ち、間もなくしてクリアの文字が表示された。
「おっ、ナイス」
「ざっす」
どちらともなく、二人は腕を伸ばすと、拳をコツンと突き合わせた。
「夏は冷房の効いた部屋で遊ぶに限るよなー」
ひと
「とか言う割りに、焼けてますよね」
「あー完全に通学焼けだわ。チャリだから」
インドア発言に反し、才雅は小麦色の肌をしていた。元々、色は白い方なのだが、高校から始めた自転車通学の影響で、夏の時期は結構焼ける。ちょうど二の腕のところで、色のコントラストが出来ており、制服の半袖ワイシャツの袖部分に当たる。
学校の話題に触れたことで、才雅はあることを思い出す。勢い良く上半身を起こすと、側に置いていたスマホを拾い上げた。
「そう言えば、終業式の後にクラスでカラオケ行ってさ」
「リア充自慢なら聞きませんよ」
「いや、そう言うのじゃなくて。前に優が見てるって言ってたアニメがコラボしてたんだよ。写真送ろうと思ってたの忘れてた」
スマホの画面をタップし、才雅は「ほらっ」と、カラオケで撮った写真を見せる。そこには、キャラクターの等身大パネルが写っていた。
「あぁ。そう言えば、やってましたね、そんなの。何で、陽キャの集まるところでコラボするかな・・・・・・」
「他にはさ────」
ボヤく石上を他所に画面を指でスライドして、順々に写真を流して行く。才雅は、漫画やアニメ、ゲームに関しては、いわゆるライト層の人間である。
一方の石上は、ディープ層の人間だ。才雅とは、恩人の白銀御行からの紹介且つ、ゲームきっかけに親しくなった。最初の頃は、自身に気を使い声を掛けてくれていると石上は思っていたが、実際はそんなこともなく、良好な友人関係を築いている。
(会長も誘って三人で何かしたいなぁ。まぁ、僕らは海とか川に行って遊ぶキャラじゃないし、ゲームして終わりそうだけど)
何枚目かの写真がスライドされた時、石上に衝撃が走る。視界に入ったのは、才雅と見知らぬ女子のツーショット写真。少し動けば肩がぶつかりそうな距離で、二人はピースをしていた。だが、一瞬の内に写真は前に戻されてしまう。
「まぁ、写真はこんなところで」
「ちょ、ちょっと待って下さい!!」
「休憩はこの辺にして続きやるか」
才雅は、何事も無かったかのように振る舞うが、石上は引き下がらない。何故なら、写真の女子は秀知院の制服を着ていなかったからだ。秀知院は一貫校であるため、通う年数が長ければ長いほど、人間関係は閉鎖的なものになりやすい。つまり、初等部から秀知院に通う彼と他校の女子と言うのは、怪しむべき組み合わせなのだ。
「まさか────彼女ですか?」
「ちげーよ!!」
「正直に言って下さい。誤魔化すと良いことないですよ」
「や、何もないし、バイト先のお客さんだから。写真は頼まれて撮っただけだし」
「・・・・・・へーモテる男は良いっすね」
才雅の回答に、石上は一気に冷めた。普段、そう言う話をしないので忘れていたが、彼は
「お客さんって言っても常連さんだからな。普通に顔見知りだし、連絡先も知ってるし」
「・・・・・・ま、良いでしょう。一応、聞いときますけど何で写真を撮ることになったんですか?」
「ああ、その子は俺と同じ高二でさ、神奈川に住んでんだけど、月イチくらいで店に来てくれてて。でも、夏休みから予備校行くからもうしばらく来れないって言うので」
「高二で予備校ですか」
「ん。やりたいことあるっぽいから」
声のトーンは低く、何処か寂しそうな雰囲気を纏う才雅。空気を読める男、石上はこの変化を見逃さなかった。
「その人のこと好きなんですか?」
前触れ無く、ど真ん中ストレートが放たれた。そう、空気を読めるが、空気を読んだ行動を取らないのが石上優である。興味を持ったものは、とことん追求して行く。
「え。何、急に」
「たまには良いじゃないですか。どうなんすか? ああ言う金髪ハーフ、パッと見のレベルは高そうでしたけど」
「別にどうもこうも無いから」
平常心を心掛け、才雅は笑顔を作る。本音を言えば、彼の心は落ち込んでいた。彼女と最後に会うことが出来なかったから。所詮は、演奏者とファン、店員と客、足元に一線が引かれた関係だ。いつかそう言う日が来るのは分かっていた。けど、あまりにも呆気ない幕切れだった。
「・・・・・・何か、すいません」
石上は、謝罪の言葉を口にした。軽率だった。もしかしたら、写真の彼女に告白して振られたりしたのかもしれない。はたまた、彼女には既に恋人が居て、叶わぬ恋をしているのか。普段、気さくに話す彼が話題を避けると言うことは、何か理由があるのだろう。瞳の笑わない笑顔が答えだ。これ以上の詮索は、信頼関係に支障が出るかもしれない。石上は、手を引く。
「いや、謝られても・・・・・・」
「続き、やりましょう」
「あ、うん」
合間に休憩を挟みながら、日が落ちるまで二人はゲームを続けた。
●
この日、才雅は赤坂にあるコンサートホールに来ていた。音楽を聴きに行くのは、一人なことが多く、今日もまた一人である。電子チケットをスタッフに見せ入場すると、席へ向う。
(まぁ、二階ならこんなもんか)
上手側の二階席後方の椅子に腰を下ろす。ホールの収容人数は二千五百人。才雅は一般発売でチケットを取ったため、座席位置としては、良いものではなかった。
ホール内を見渡せば、開演までまだ時間があるからだろう、席の埋まりはまばらだ。観客の顔ぶれは老若男女、様々な世代が入り交じる。ちなみに、今日の公演は、いわゆるクラシックコンサートに部類される。一般的に、お堅いイメージのある現場であるが、ドレスコードなどはない。とは言え、流石にTシャツと短パンのような者はおらず、それなりにキチンとした服装だ。才雅はと言うと、白いシャツにチノパン、ローファーを履きキチンと感を演出。誰に見せるわけでもないのだが。
「・・・・・・・・・・・・」
暇潰しに、入場の時に渡されたチラシ類に目を通して行く。内の一枚で、才雅の手が止まった。紙には、ファンクラブの文字。そして、ヴァイオリンを構える
両親が離婚し、才雅は母親に付いて行ったため、戸籍上は赤の他人だ。不倫した男など、父親としても人としても最低だと彼は思うし、あんな大人には絶対ならないとも強く思う。けど、ヴァイオリンの腕だけは本物だった。
会場アナウンスが流れ、客席の照明が落とされた。観客は息を呑み、照明が向けられたステージを見守る。そして、ヴァイオリンを手に持った男が姿を現した────。
公演は、二時間で終演を迎え、一気に人が出入り口へ押し寄せる。
(出るまでに結構時間掛かりそうだな)
才雅は、ノロノロと進む人の波に身を任せ、やっとの思いで、一階まで辿り着く。
(・・・・・・四宮?)
全くの偶然だった。会場関係者なのだろう。スーツを来た恰幅の良い中年の男が、一人の少女に対し、何やら上機嫌で話し込んでいる。美しい黒髪を束ね、アップにしているのは、四宮かぐやだ。ワインカラーのワンピースタイプのドレスを着こなし、上品な雰囲気を放つ。彼女の両脇には黒いスーツを来た体格の良い男が二人。ボディーガードと見て取れる。
(何あれSP? 夏にスーツかよ)
元父親は、かぐやの元ヴァイオリン講師である。今でも繋がりがあるのかなど、余計なことまで考えていたら、一瞬、才雅とかぐやの視線が交差した。どうやら見過ぎたようである。彼は即座に場の退散に動く。お互いを認識出来るような距離ではあったが、この人混みだ。早足で立ち去れば、きっとお互い大した出来事ではなく終わるに違いない。しかし、会場を脱出して直ぐのことだった。
「────
名を呼ばれて振り向けば、そこには、かぐやが居た。
「お、おお。偶然、居たんだ」
「さっき目が合ったと思ったんだけど、気のせいかしら?」
「そうだっけ?」
かぐや相手に誤魔化すのは、なかなか苦しい。
「ねぇ、ここまでは何で来たの?」
「普通に電車だけど」
「そう。良かったら、車で家まで送るわよ」
「・・・・・・ワンメーターいくら?」
「お金なんて取らないわよ・・・・・・」
お言葉に甘え、才雅はかぐやの乗って来た車へお邪魔した。目黒駅が最寄りの自宅までは、車でおよそ二十分。車の後方座席に、二人は並ぶ形で座るが、才雅はずっと窓の外を眺めていた。
かぐやは、そんな彼の横顔を盗み見て、想定外の状況に作戦を立て直す。いつもはペラペラと話し掛けてくるくせに、今日は借りてきた猫のように大人しい、彼に惚れ込んでいる早坂のために何か有益な情報を得ようと動いたと言うのに。
(それにしても、早坂は黒野くんのどこが良かったのかしら。やっぱり、ヴァイオリンが上手いところ? 成績は平均的なものですし、スポーツが得意だと聞いたこともないです。後は、対人能力に長けているくらいしか)
そこらの公立高校なら優良物件の彼も、秀知院では、ただの人である。特に、四大財閥に数えられる四宮グループの令嬢、四宮かぐやから見れば、才雅は数居る同級生の一人に過ぎない。
(黒野くんが好きだって人を聞き出さないと)
早坂は、大事な
「よく来るの?」
沈黙を先に破ったのは才雅だった。
「・・・・・・年に一回はね。先生から毎年招待されるの。黒野くんは?」
「俺は、暇だったから」
「そう」
再び沈黙の時間が訪れる。とてもじゃないが、恋バナを切り出せる雰囲気などでは無かった。しかし、かぐやは動く。
「黒野くんは好きな人居る?」
「はぁ?」
「ただの興味本位よ。私たちも、もう高校生でしょ。そう言う相手の一人二人居てもおかしくないと思うけど」
「・・・・・・いや、別に居ないけど」
才雅の声は苛立ちを帯びる。電車で帰れば良かったと後悔した。人の好意は、そう簡単に信用するものではない。人間なんて、みな打算的に生きているのだ。
対するかぐやは、微笑みを浮かべた表情は崩さない。彼の返答は想定内である。
「じゃあ、初恋は? 子供の頃にあったでしょ?」
「・・・・・・そっちは?」
相変わらず窓の外にそっぽを向く才雅。手の内を明かさないのなら、答える気は無い。と言ったところだろうか。
(この男は・・・・・・)
かぐやは、静かに内で震える。怒りを鎮めるように。ここまで来て引き下がるのは、彼女のプライドが許さない。やってやろうではないか。嘘か真かなど、本人にしか分からないのだし。
「私は、小さい頃にパーティーで会った男の子かしらね。名前も顔も、もう覚えていないけど」
これならどうだろうか。
「俺の初恋は四宮だったよ」
「えっ」
四宮かぐや、思考が停止する。何かの悪い冗談だろうか。早坂は言っていた、彼には好きな人が居ると。だが、その名を明かすことはしなかった。と言うのは、まさかその好きな人が自分だったり────。もし本当にそうなら、白銀と早坂と彼との四人で海に行くなんて、地獄絵図確定だ。かぐやの頭がオーバーヒートしかけたところで、才雅より何やら勘違いする彼女に向けて補足が入る。
「小一の時だけどね」
才雅の言葉にかぐやは拍子抜けした。言葉足らずの彼に対する怒りよりも、安堵の気持ちが勝る。
「そ、そうですか!! 小一と言えば、えーと、六歳とかですか? もう十年も前ですね。まぁ、子供の頃の話ですもんね!!」
確かに子供の頃の話だ。才雅にとっても遠い過去の思い出。とは言え、あからさまに喜ばれるのは少し傷付くものである。彼女に好きな相手が居るのを知っているので、当然の反応なのは分かるが。
「そ。本当に子供の頃の話だけど。俺と四宮が初めて会ったのって小学校入る前じゃん。俺が秀知院に入る前で」
かぐやは幼等部から秀知院に通うが、才雅は初等部からだ。かぐやのヴァイオリン講師だった父に付いて行っては、四宮家別邸へよく遊びに行った。話は続く。
「それまで、四宮とは四宮の家でしか会ったことなかったろ? で、秀知院に入って、四宮が他の人と話してるのを見て嫉妬したんだよ。でも、学校生活に慣れて行くにつれて、その感情は無くなっちゃったんだ。安心した?」
才雅は、口元を緩め、してやったりのニヤニヤ顔だ。
「そうね。貴方じゃ私と釣り合わないもの。早めに諦めて良かったんじゃない」
珍しく大人しい彼に油断してしまったようだ。かぐやは、ぶっきらぼうに言い返す。本当に一筋縄では行かない男だ。
話の区切りを見逃さず、四宮家専属の運転手から才雅の住むマンションに到着したと声が掛けられた。