八月。多くの学生が夏休みと言う自由な時間を謳歌する中、かぐやは年季が入った自前のガラケーを手に肩を震わせていた。自室なのを良いことに、その不満を隠すことなく露わにする。
「どうして。どうして、会長から一通もメールが来ないのよ!!」
側に立つ早坂は、ただ溜め息をつく。夏休みに突入して以降、かぐやは白銀と会うことはもちろん、一度も連絡を取っていなかった。かぐやの咆哮は続く。
「普通、出掛ける前って、もっと密に連絡を取り合うものなんじゃないの!? 会長は私と海に行くのが楽しみじゃないって言うの!?」
今月中旬に、かぐやは白銀と海へ遊びに行く約束をしていた。両片想いのこの二人、自らの好意は表に出すことなく、相手に告らせようと、自身に対する好意を認めさせようと、恋愛頭脳戦を日々繰り広げている。無論、海に行く話とて、どちらかが提案したものではない。友人の
「そこまで言うなら、かぐや様からメールしたら良いじゃないですか」
「駄目よ!! それじゃまるで、私が会長とメールしたいみたいじゃない!!」
「ぐうの音も出ない程、その通りだと思いますけど」
「私は早坂と違って、学校では真面目な生徒なんです。簡単に男子と連絡を取ったりはしません!! 第一、もし送って好きだなんて勘違いされたら・・・・・・」
「メール一つで好きになっていたら、連絡を取り合った世の男女は、みんな相思相愛になりますよ」
「むむむ・・・・・・」
かぐやは、共感を示さないどころか、淡々と論破して来る自身の
若干十七歳にして、四宮家別邸を取り仕切る早坂は、対四宮家時に感情を表に出すことは基本的に無い。今の彼女は、どんな無理難題も完遂する冷静沈着の仕事人である。
「この機会に、スマホデビューを検討されては如何ですか? スマホにしたって、才くんに連絡すれば直ぐにグループライン作ってくれますよ」
「──────!!」
────俺の初恋は四宮だったよ。
才雅の口から述べられた答え。かぐやの思考は停止した。自分はただ、彼に想いを寄せる早坂のためを思っての行動だった。彼女曰く、彼には好きな相手が居るらしく、早坂のライバルとなる女だ。その女の情報を聞き出そうとしたのだが、好きな相手は居ないと逃げられ、外堀から攻めることにした。そこで聞いたのが、初恋はどうだったか。子供の頃にあっただろうと付き加え、話を引き出すため、かぐやはそれっぽく自身の話を交えた。
しかし、返って来たのは予想外の答え。かぐやは混乱の末、この男の好きな人とは、まさか自分なのではと大きな疑念を生むことになった。普段なら笑って流す異性の言葉も、この時ばかりは、引き攣った顔で応えることしか出来なかった。
「かぐや様?」
急に俯き黙り込んだ主人に、早坂は名を呼び掛ける。
「わ、私は、この携帯を手放すつもりはありません!!」
ハッと、我に返ったかぐやは、手に持つガラケーを胸に抱き締めた。
本来ならば、海に行く四人でグループラインを作るはずだったのだが、かぐやがガラケーで、ラインが出来ないと判明し早々に断念。直接、話し合いの場を設け、行き先や日程等の打ち合わせを行った。話が纏まった今、当日までに集まる予定は無い。このままでは、何の動きもなく本当に当日を迎えてしまうだろう。少なくとも幹事である才雅からは、各人へ何かしらの連絡は送られそうではあるが。
「あと、他のSNSと言えば────」
早坂は、少し考え込んだ後に口を開く。あまりにも騒ぐ主人を宥めることが出来ればと思い。
彼女が口にした馴染みのない言葉に、かぐやは首を傾ける。以前、そんな言葉を耳にしたことがあるような、無いような。さて、何だったろうか。
「ツイッター? って、確か藤原さんがやっているとかどうとか・・・・・・」
「ええ。他の生徒会メンバーだと、白銀会長、会計くんもアカウントがありますね。日記感覚でその日の出来事を呟く人も居れば、情報発信を目的に利用する人も居ますし、用途は様々です。ちなみに、白銀会長は前者ですね。今、家に居るって呟いていますよ」
ほらっと証拠を差し出すように、早坂は手に持つタブレットをかぐやに見せる。画面には、白銀のアカウントが写し出されていた。かぐやは、ツイッターが何たるかを理解していなかったが、目に入った言葉たちは、白銀の声となって彼女の頭にリピートされた。それだけで自然と頬が緩む。
「これが会長のツイッター・・・・・・」
「パソコンからも登録出来ますよ」
「それじゃあ、私もそのツイッターとやらを始めれば、会長のが見られるのね!?」
かぐやは、水を得た魚のように元気を取り戻す。早坂の教えの元、デスクに置かれたパソコンに必要事項を入力して行き、アカウント登録が完了した。そして、白銀のアカウントを検索し、彼のプロフィール画面が表示される。
「これが会長さんのアカウントです。さぁ、フォローを押して下さい」
フォローを促されることに、かぐやは違和感を覚える。アカウントを作成すれば、誰でも呟きが見られるのではないのだろうか。あと、非公開と表示されている点も気になる。椅子をずらし、後方の早坂に疑問の顔を向けた。
「呟きって登録すれば見られるんじゃないの?」
「普通のアカウントは見られますが、会長さんは鍵アカなので、一度申請をして承認を貰わないと見られないんです。SNSには、直ぐ炎上させる困ったさんが居ますから、会長さんは、そこら辺のリテラシーは高いってことですよ。私もメインアカは鍵ですし。心配しなくても、プロフィールに秀知院生って入れましたから、ちゃんと承認は貰えますよ」
「そうじゃなくて!! 申請しないで、見られる方法は無いの!?」
「ありません。他の生徒会メンバーと一緒にフォローすれば良いじゃないですか?」
「駄目です!! まるで私が会長の呟きを見たいと言っているようなものじゃないの!! 会長が私をフォローしたら、私もフォローします!!」
前進したと思いきや、また進まない。早坂はデスクの上のマウスに手を伸ばす。
「では、私が代わりにフォローを」
「ちょ、駄目に決まってるでしょ!!」
「本当、まどろっこしいですね」
茶々を入れる小うるさい
「────私も鍵アカにします!! そうすれば、きっと会長からフォローが」
「良い加減にして下さい、それで成功した試しがないじゃないですか」
「良い? 早坂。会長は今、私に会えなくて寂しがっているところです。きっと、何とかして接触を図ろうと頭を抱えていることでしょう。そんな時、私のアカウントを見つけたら、すかさずフォローして────」
「私、お風呂入って来ます」
このままでは、かぐやの話は終わることはない。下手をすれば、軽く一、二時間は拘束されるかもしれない。早坂は、何はともあれ主人の機嫌は良さそうだし、逃げるなら今だと、無理くり会話を打ち切った。
●
早坂は、かぐやとのお喋りを終え、一日の疲れを洗い流すべく、従業員用大浴場に足を向けた。今日のように夕方の時間帯に入れるのは、極めて貴重だ。自室には、シャワールームしか付いていないため、時間のある時は極力大浴場に行き、湯船に浸かり体を休めている。他の使用人が入って来ないよう、入口には貸し切りと紙を貼り付け、身に纏うメイド服を脱ぎ捨てた。
そして、着替えを収納するロッカー横に置かれたビーチチェアーを掴み上げた。このビーチチェアーは、本来風呂上がりに横になって体を冷ますためのものなのだが、早坂の使い方はそれと異なる。ビーチチェアーは、彼女の手によって湯船に向かって放り投げられた。バッシャーンと水しぶきと共に派手な音が響く。手慣れた様子で、続いては入浴剤のボトルをひっくり返しまるごと投入、側に置いた小型の防水スピーカーとスマホを接続して、音楽を流す。
「くぷぇーーーーほ」
暑い湯が疲れた早坂の体を包み、ついつい気が抜けて変な声が出てしまう。湯船に投げ込んだビーチチェアーに寝そべり、早坂は瞼を閉じた。
夏休みに入り、彼女の仕事は少しだけ落ち着いた。やはり、学校が無いのは大きい。かぐやの護衛の名の下に秀知院学園には通わせて貰っている立場。学費は当然、経費として四宮家持ちだ。特に成績に関して口出しをされたことは無いが、目立つなとだけ言われている。その言葉に従い、可もなく不可もなくの平均的な成績を維持し続けている。
「あー。本当に疲れるお仕事。たまには、こうして疲れを洗い流さないとやってられない・・・・・・」
主人は、自身の働きをどう思っているのだろうか。もう少し大事にしてくれても良いんじゃないかと、時おり思うこともある。けど、とてもじゃないがそんなことを言える立場にはない。現実逃避をするように、かぐやの顔を頭から追い払う。
「才くん、何してんだろう・・・・・・」
彼とは、終業式の後、クラスの打ち上げで会ったのが最後だ。その後、打ち上げで撮った写真を送り合い、ちょっとしたやり取りをしたところで、連絡は止まってしまっている。
一番の懸念材料は、ハーサカの存在だ。彼は、彼女を好きなようだった。でも、彼女が彼の前に現れることは二度とない。ハーサカである早坂がそう決めたから。
自身が扮するスミシー・A・ハーサカは、早坂愛としての行動を控える策として、作った偽物の存在だ。早坂愛として、仮に彼と付き合えたとしても、気軽にデートは出来ないし、連絡も小まめには出来ないだろう。かぐやとの主従関係をバレないようにするのも然り。隠し事の多い関係になるのは間違いない。学生の恋愛は長続きしないと聞くし、何より上手く行く未来が見えなかった。初恋と憧れの想いは、美しいままにしておこうと思っていた。
しかし、募る想いが薄れることは無く、むしろ彼に対する気持ちは大きくなる一方だった。高等部に入り、バイトを始めたと耳に挟んだ彼のバイト先のレストランに訪れたのが、早坂扮するハーサカだった。彼に、貴方のヴァイオリンのファンだと声を掛け、月一で通い親交を深めた。店員と客、演奏者とファンならば、間違いは起こらない。良い距離感で良い関係を築ける。そう思っていた────。
「早坂っ!!」
かぐやの叫びと共に大浴場の扉が勢い良く開けられる。
「ちょ、何ですかいきなり。会長さんをフォロー出来たんですか?」
早坂は白い肌を隠すように、ビーチチェアーから降りて、白濁の湯に肩まで浸かる。
「ツイッターには、オススメって表示があるでしょ? 会長のツイッターに私のアカウントをオススメで出してよ!!」
「無茶なこと言わないで下さい」
「だって、早坂はパソコン得意でしょ? 会長は、メアドと番号を私と交換するのに苦労してましたから、フォローさせてあげる手助けくらいはしてあげてもね」
超上から目線且つ、とんでもない無茶振りである。
「四の五の言わずに、ささっとフォローして下さいよ。他の人に会長さんを取られても知りませんよ」
「別に、私は会長が好きとかそういうのじゃないですから。私と言う高嶺の花を好きになった会長に、ちょっとしたチャンスを与えてあげるだけです」
かぐやは、ああ言えばこう言う状態だ。早坂は、入浴中に乱入されたこともあり、苛立つ。告れば絶対に付き合えるのに。誰がどう見ても両想いなのに。
「いい加減にして下さい。好きな気持ちがあるなら自ら動くべきですよ!!」
「ですから!! 会長のこと好きとかそう言うのじゃないの!!」
「はぁ」
早坂は、今日何度目になるか分からない溜め息をついた。
「い、言わせて貰いますけどね。貴女こそ、
顔を背け、かぐやは腕を組む。少し言い過ぎたかもしれない、心の内で思うが、彼女は負けず嫌いな性格を抑えることは出来なかった。横目に、口を真一文字に結び目を潤ませる早坂の様子を伺う。別の女に夢中の彼をデートに誘えと言うのは、やはり酷だったか。かぐやは、慰めの言葉を探そうとした時に、早坂は動いた。
「・・・・・・そう仰るなら、休みの確約はして下さると理解して良いんですね?」
「も、もちろんよ。四宮かぐやの名に誓います」
「分かりました。彼を誘えば良いんですね?」
かぐやと視線が交差した青い瞳は、覚悟を決めた人間の目だった。