世間は大型連休を迎えた。連休を利用し、旅行に行く者。ドラマ、映画をイッキ見する者。家の大掃除や模様替えをする者。その他、趣味に精を出したり、アクティビティに挑戦したり、おうち時間を楽しんだりと、人の行動は多岐に渡る。
一方の
渋谷にあるスイーツ店の紙袋を片手に、才雅は三軒茶屋駅に降り立った。駅から徒歩二十分、そこに白銀の住むアパートが建つ。
青空の下。日陰でジッとして居る分には過ごしやすい気候であるが、一度歩き出すと体温は上がり、瞬く間に背中は湿り気を帯び始める。
(暑っ。五月になったばっかだぞ)
そんな才雅の姿は、白のTシャツに黒のパンツ、サコッシュを胸元で斜め掛けにした、モノトーンコーデ。シンプルと軽装が彼のモットーである。余談だが、多くの男子高校生が髪をワックスで逆立て色気付く中、ベタつくのが嫌だと言う理由で、彼はワックスを敬遠している。
歩くこと二十分、現れたのは木造二階の賃貸アパートだ。風情がある、と言えば響きは良いが、外観と設備は昔ながらの様子で、エレベーターやオートロック等の類はない。秀知院学園に通う生徒は、良いところの家、いわゆる裕福な家庭で育った者が割合として多く、才雅も内の一人である。故に、初めて白銀邸を訪れた時は少々面を食らったが、秀知院と言う小さな箱庭の外を知る良い機会となった。
才雅は、アパートの階段を上がり、二階の角部屋のインターフォンを鳴らす。パタパタと足音が近付くと、玄関ドアが開いた。制服のワイシャツとズボンを身に纏った白銀が出迎える。これが彼の平常運行。いつ何時も制服の着用が基本だ。
「よぉ、いらっしゃい」
「おう。これお土産な」
才雅は手に持つ紙袋を白銀に差し出した。
「いつもすまんな。またシャレたもんを買ったな」
「渋谷で乗り換えた時に買ったやつ」
「なるほど・・・・・・まぁ、上がれよ」
「お邪魔しまーす」
二人は、居間へと移動する。
「そこら辺、適当に座って。麦茶で良いな?」
「うん、何でも良いよ。圭ちゃんは?」
圭とは、白銀の三つ下の妹、白銀圭のことである。彼女もまた秀知院学園の中等部に通う生徒であり、中等部生徒会の一員だ。礼儀正しい圭は、才雅が白銀邸へ遊びに来ると必ず挨拶をする。しかし最近は、才雅の
「友達と遊びに行ったよ」
「ふーん。あ。カヌレ、圭ちゃんにもあげて。あと親父さんの分もあるから」
「毎回、そんな気を使わなくても良いんだぞ」
「こっちがお邪魔してるわけだから、対価だよ。白銀邸への入場料」
「もっと他に言い方があるだろうが・・・・・・」
ローテーブルを真ん中に挟み、二人は向かい合う形で床に腰を下ろした。テーブルの上には、麦茶が注がれたグラスと才雅の手土産のカヌレ。いよいよ、本題である反省会の開幕である。
「で、どうして席が前後になるんだよ」
切り出したのは才雅。映画デート(仮)の結論を言うと、映画館で白銀とかぐやは
「いや。だからそれは、気付いた時に四宮は別の窓口に並んでしまっていたんだ」
「会った時点で一緒に観ようって声は掛けたのか?」
「ぐ・・・・・・それだと、俺は四宮と一緒に観たいと言っているようなものだろう・・・・・・」
ぐぅの音も出ないほどの事実である。
「もう少し素直になろうぜ。四宮は俺に気があるって言ってたじゃん。あの自信はどこに行ったんだよ?」
「それとこれは別だ」
「こんなんじゃ、また一年経っちまうぞ?」
「ぐっ・・・・・・」
白銀、心にダメージを食らう。
思い返せば、彼女と出会い、彼女に惚れたのは一年生の春のこと。もう一年以上も前の話だ。当時の生徒会長に連れられ、学園敷地内の沼掃除を手伝った時に魅せられてしまった。沼に溺れた生徒を助けるため、狼狽える周囲を他所に、飛び込んだ一人の女子生徒。それが、四宮かぐやであり、場に居合わせたのが白銀御行である。動けなかった自身と対照に真っ先に動いた彼女、その姿は白銀に強烈な影響を与えることとなった。
外部生だった白銀は、少しでも彼女のことが知りたいと、同じ頃に仲良くなった才雅によく話を聞いた。無論、秀知院に関することの一つとして質問をしていたわけだが、何処かで度が過ぎたようで、好きなのかと問われてしまった。今のようにプライドの塊になる前の彼、そして数少ない友人からの問い、誤魔化すことなく、素直に白状した。
白銀は思う。友人のそう言った類の話を聞いたことがない。前々から気になってはいたが、本人が口にしないものをわざわざ聞くのは野暮だろう。だが、今なら流れがある。
「そ、それより、汐崎は気になる子とか居ないのか? いつも俺の話ばかり聞いてもつまらないだろう」
話の切り返し、即ちカウンター。二人が仲良くなってから、恋バナは白銀の相談一方。理由として、好きな相手が居るから。それに尽きるが、白銀は、自分は頼りにされていないのではないかと心配する半面、パーソナルに関わるデリケートな部分である。話題として踏み込んで良いものか長らく頭を悩ませていた。だが、これまでの様子を振り返るに恋愛自体に興味がないと言うわけではなさそうだ。
「んー。別に居ないかな」
視線を宙に投げ、答える才雅。ここまでは、過去に何度かしたことのあるやり取り。白銀は一歩踏み込むことを決意する。出会って、一年弱。築き上げた信頼関係が今ここで試される。
「じゃあさ、クラスでこの子可愛いとかは?」
「可愛い?」
「ああ。別に好きにならなくても、良いなって思うことあるだろ?」
その言葉に、才雅は視線を白銀から再び天井に移した。瞼を閉じ、クラスメートの顔を想像する。筆頭は、やはり四宮かぐやだろうか。容姿端麗、頭脳明晰で、周囲からは大和撫子との呼び声が高い。ここだけの話、かぐやは才雅の初恋の相手である。ちなみに、当時六歳。
次に顔が浮かんだのは、早坂愛。アイルランド人のクォーターであり、金髪碧眼で、肌は色白。顔立ちは彫刻のような日本人離れしたものではなく、初対面でハーフか否か質問したくなる程度にハッキリした目鼻立ちを持つ。そして、才雅が今一番、仲の良い女子生徒。
眉間にシワを寄せる才雅に、白銀は声を掛ける。
「・・・・・・無理に捻り出さなくても良いぞ」
「うん。まぁ、何人かは」
「一人じゃねぇのかよ!?」
白銀は今日一番の声を上げた。友人の嗜好を知りたくて、振った質問。予想の斜め上を行く回答だった。
「ん? 今のって外見的な話だろ?」
「まぁ、そうなんだけどさ。汐崎って、意外と気が多いタイプ?」
「気が多かったら、今頃、彼女を取っ替え引っ替えしてるっつーの」
「そりゃそうか・・・・・・」
束の間の沈黙。白銀御行が意図すること。才雅は無論予期し、分かった上で問い掛ける。
「なぁ、気になる? 俺の恋愛観」
「・・・・・・それは、まぁ」
一息付くと、才雅は口を開く。
「まず、俺は異性愛者ね。エッチするなら、女の子が良いもん」
「ほ、ほう。ならば、彼女を作る気はないのか? 奉心祭のライブで女子からワーキャー言われていただろう」
奉心祭とは、秀知院学園の学祭を指す。クラスの出し物の他、各部活の展示、発表が行われる。中でも盛り上がるのが音楽系の部活が中心になり行うライブステージである。去年、他校の女子生徒に声を掛けられていた才雅の姿を白銀はよく覚えていた。
しかし、『奉心祭』のワードに才雅の顔の雲行きは怪しくなる。
「話題性だけで近付こうなんて発想を持つ女は駄目だ」
「いや、でも、学祭がきっかけで付き合いだすカップルなんて別に珍しくないだろう?」
「それは、クラスが一緒だとか元々友人関係だったとか、程度の差はあれ良好な人間関係があるのが大前提だ」
「・・・・・・確かにそうかもしれないが。一概にそうとは言えないのでは? 出会いはいつ何処にあるのか分からないのだし」
目の色を変え、ジワジワと前のめりに出る才雅。白銀は、一般論として出会いは何処にあるのか分からない、そう説きたかった、が逆効果だった。
(もしかして、地雷、踏んだ?)
白銀の内に焦りが生まれる。
「良いか。学祭のステージが格好良かったとか、ヴァイオリンを弾く姿が格好良かった云々を決め台詞に告白して来るのは、有名人にあやかりたいミーハー女子と同じだ。俺をファッションか何かだと思っている」
「・・・・・・しかし、断定までするのは早計じゃ」
「いや、これは経験上の結論だ。俺が学祭のステージに初めて立ったのは中等部一年の時。帰宅部だった俺を軽音部の三年の先輩が声を掛けてくれたのがきっかけだったんだ」
才雅の真剣な眼差しが白銀を見つめる。
(・・・・・・やべぇ、何か語り出した)
「当時の俺は声変わりもまだで、小学生みたいにチビだったから、当然、成長の早い女子たちの眼中には入らなかった。なのに、学祭が終わった途端、人が変わったように声を掛けて来るようになったんだ。クラスのチャラついた男子も同じだ。俺が指を守るために体育を見学したり、コンクール前に風邪を引かないようマスクをしていたのを、散々イジッて来た挙げ句、一緒に写真を撮ってインスタに上げたいと言って来たんだ。マジで、舐めてるだろ!?」
「わ、分かったから、一旦落ち着けって」
「だいたい、初等部から一緒なのに、俺がヴァイオリンやってるのを初めて知ったみたいな顔しやがって!!」
「な、とりあえず。む、麦茶でも飲めよ、なぁ!!」
白銀にグラスを押し付けられ、才雅は麦茶を喉に流し込む。あっという間に空になったグラスは、テーブルの上でカコンっと音を鳴らし、置かれた。
「白銀。俺は万人から好かれたいとか、認められたいとか、そうは思わない。百人の友達より、一人の親友が居れば良い。愛想を振りまいて人から好意を貰うくらいなら、ずっと側で俺を見守ってくれた人たちを大切にしたい。何より、自分が自分らしくあるためなら何もいらない。存在意義が無くなる」
紛れもない才雅の心の声。
「らしいな。だがそれだと、彼女探しは苦労しそうだな」
「・・・・・・余計なお世話だよ。別に彼女居なくても幸せだし」
「ほぉ。でも良かったじゃないか、俺と言う人間が側に居て」
「それは、お互い様だろうが」
当初の本題より、内容は逸れた。
しかし、二人の友情は確かであった。
●
才雅が帰宅した後、白銀は居間のテーブルに参考書とノートを広げると勉強に取り掛かった。職業不定の父と友人と遊びに行っている妹が不在の今、集中するには持って来いの時間である。学年一位の座を守るため、学校があろうが無かろうが、毎日欠かさず勉強をしていた。
どれくらいの時間が経ったろうか。鍵を差し、玄関ドアのレバーハンドルが下がる音が耳に届く。近付く足音に顔を見上げれば、妹の圭がそこに居た。
「圭ちゃん、お帰り」
「ん」
兄の挨拶を素っ気ない態度で返すと、圭の視線はテーブルに置かれた見慣れぬ菓子箱に注がれる。金銭にシビアな白銀家の日常では、お目に掛からない代物だ。
「汐崎の手土産だ。昼間に来ていたからな。ちゃんと、圭ちゃんの分もあ────」
白銀は、菓子箱からカヌレを取り出そうとするが、圭の言葉が遮った。
「────二人、本当に仲良いよね」
「まぁ、秀知院で最初に出来た友達だし」
「本当にそれだけ?」
「それだけって?」
言葉の意図が理解出来ず、白銀は聞き返す。
「別に。汐崎さんは、彼女さんと遊んだりしないのかなって」
「アイツ、彼女居ないぞ」
「・・・・・・やっぱり、汐崎さんとお兄って」
圭の顔色が変わる。彼女は、予てから二人の仲を疑っていた。仲が良いのは良いことなのだが、仲が良過ぎると感じていた。女っ気の無い兄、だが妹の厳しい目を持ってしても決して外見や性格に難がある訳でない。そして、兄の友人の汐崎才雅は、オシャレに敏感な圭も認めるファッションセンスと明るい性格を持つ。いわゆるモテる要素がある。これらの事実を踏まえるに、二人はそう言う関係なのではないか、そう彼女は推察していた。
「いや、ねーから!! 普通に仲の良い友達だから!!」
「でも、去年の夏休み二人で旅行してたよね?」
「それは、せっかく高校生になったんだから、思い出作ろぜって話になっただけだ!!」
「本当にそれだけ?」
「俺もアイツも恋愛対象は女の子だから!!」
「へぇー」
必死な姿を見せれば見せるほど、真実が見えなくなるものである。圭は、兄と兄の友人の関係性を温かい目で見守ろうと誓った。