明日は、待ちに待った海である。
「ハンカチ、財布、スマホ、充電器・・・・・・」
(タオルと海で履く用のサンダルは向こうで借りれるって話で・・・・・・あ、あと日焼け止めか)
立ち上がると、忙しなくパタパタと家の中を動き回る。幸い、舞台女優の母親は、泊まりで地方公演に行っているため、家には誰も居ない。きっと、アクティビティなものに消極的な自身が海へ行くと言ったら、いらぬ好奇心を煽ることになっただろう。万一、クラスメートの女子も一緒だなんて口を滑らせようものなら・・・・・・才雅は頭を振り、ありもしない未来を追い払う。
さぁ、準備は万端だ。才雅は、スマホの目覚まし時計のアラームをセットし、いつもより早くベッドに入った。
同時刻。彼がウトウトと夢と現を彷徨う中、明日と言う日に対し、気合いを入れる者が三人居た。
四宮かぐや────就寝間際まで白銀に告らせるための作戦を再考、計画に不足はないか幾度となく確認作業を行う。四宮グループ運営のプライベートビーチへ引き込むことが出来たのは、大きなアドバンテージを得たことを意味する。明日は、側に有能な
白銀御行────真っ直ぐ頭上に上げた右腕を勢い良く前方に振り下ろす。ビーチバレーのイメージトレーニングをしていた。海と言えば、ビーチバレーであろう。元来、スポーツが苦手な彼ではあるが、一学期にバレーボールをマスターすべく、血が滲むような努力をし、並に毛が生えたくらいには上達した。その経験を活かし、明日は格好良い姿をかぐやに見せつけ、心が揺らいだ彼女の口から告白の言葉を引き出すつもりである。
早坂愛────黒のビキニを手に、大好きな彼をオトすべく気合いを入れて、ではなく悶えていた。胸は控えめだが、スタイルには自信のある彼女、だからこその強気のチョイスだった。とは言え、下着同然の露出度を誇るビキニ。彼に見て貰いたいけど、恥ずかしいから見られたくない、矛盾した気持ちに塗り潰されていた。
己の目的達成のため各々が闘志を燃やす中、才雅は一人、夢の中に居た。
●
翌日、品川駅。集合場所の改札前に一番乗りしたのは白銀だった。少し前に、才雅と出掛けた時に購入した半袖シャツにスラックスを合わせたキレイめスタイル。私服を着るのは、久々だった。
そんな彼を見つめる二つの人影。一人は、四宮かぐや。ロングスカートの白のワンピースを身に纏い、清楚さをアピール。彼女の直ぐ後ろで、同様に白銀に視線を向ける早坂愛と並び立つことで良い対比になるだろう。早坂は、スウェット生地のショートパンツに、Tシャツの裾をウエストに入れ込む、ラフなコーデだ。主人と何一つ被らないよう選んだものである。
「想定通りね。早坂、貴女は五分前になったら来て」
「・・・・・・はぁ」
「彼が来た時の対応も頼んだわよ」
意気揚々に指示を下すと、かぐやは一般人に溶け込んだ使用人を引き連れ、白銀の居る待ち合わせ場所へと向かう。離れて行く主人の背中を見つめる早坂は、溜め息をついた。
それもそのはず、昨晩、かぐやから長々と事細かに作戦のスケジュールが言い渡されたからだ。まず始めに主人曰く、『会長は楽しみ過ぎて、きっと三十分前には集合場所へ来るでしょう。それに引き換え、
何を根拠に────早坂はそう思ったが、流石は秀知院が誇る天才の一人。彼女の分析通りの結果になってしまった。
当の主人は、白銀と談笑をしている。どうせ、普段は車移動で新幹線は慣れていないから早く来たとか上手いこと理由を述べているのだろう。それはきっと、白銀も同じである。何せ、あの二人は誰よりもプライドが高い。
(本当、かぐや様は会長さんのことが好きなんですね。今日で少し進展があれば良いけど)
早坂は、二人の時間を邪魔することが無いよう離れた場所で見守りつつ、視線だけは隈なく泳がせる。いつ才雅が現れても良いように。
(お盆のせいか人が多いな・・・・・・)
正しくは暦の上ではお盆前であるが、連休を取り、帰省する人たちが多いのだろう。大きなアタッシュケースを引く家族連れや上京中なのだろうか、リュックを背負い、複数の紙袋を手に彷徨く若者の姿もある。ただでさえ、通勤ラッシュのこの時間帯。普段、かぐやと共に車通学をしているせいか、慣れない人混みに人酔いしそうだ。
(まー、少しくらい平気だよね)
話し込む二人を確認し、早坂は静かに持ち場を離れる。足を向けたのは売店エリア。皆で分けやすそうなお菓子を求めてウロウロと物色する。手が汚れないものが良いだろう。
(才くんは甘いものが好きだから・・・・・・あ)
目線より少し低い棚越し、人と人の間に見慣れた少年の顔が目に入った。
「才くんっ」
「うぉ!!」
突然背後からメッセンジャーバックを引っ張られ、才雅は引っ繰り返った声を上げた。何事かと、彼が振り向くと、正面には驚いた顔の早坂愛が居た。驚かされたのはこちらなのに。
「驚き過ぎだし」
「いや、知らない人かと思った」
「流石に知らない人にはやらないって。駅弁買うの?」
「うん、行きの新幹線で食べようと思って。早坂も?」
「ウチは皆で食べられそうなお菓子でも買おうかなーって」
どちらともなく、二人はそのまま一緒に行動をする。才雅が弁当を選び終えると、次は早坂がお菓子を選ぶ。早坂は、長方形の箱を棚から取り出すと、彼の前に突き出した。棒状のクッキー生地にチョコレートがコーティングされている、いわゆるチョコレート菓子である。
「これ、どうかな?」
「良いんじゃない。てか、好きなの買えば」
「さっき驚かしちゃったお詫び。才くんが食べたいのが良い」
「ははっ、別に気にしなくて良いのに。でも、選んで良いって言うなら俺はイチゴが良い」
才雅は、早坂の持つ箱菓子、チョコレート味の隣のイチゴ味を陳列棚から取り出した。
「じゃー、イチゴにしよっ」
二人は買い物を済ませ、待ち合わせ場所へと向かう。待ち合わせ時間までは、まだ少し余裕がある。近付くにつれ、談笑中のかぐやと白銀の姿が大きくなって行く。
「おっす、早いな」
「おはよー」
才雅と早坂の声掛けに、かぐやと白銀も挨拶を返す。
「おはようございます」
「おはよう。一緒だったのか」
「そこで弁当買ってたら会った」
白銀に向け、駅弁の入ったビニール袋を持ち上げる。ビニールには店の名前と『仙台・牛タン』と書かれていた。
「昼、バーベキューなのに肉食うのかよ」
白銀は顔を歪ます。しかも、行き先と真逆の仙台と来た。
「うん。白銀は?」
「俺は、家で朝ご飯食べて来たよ」
「え」
「だって直ぐ着くだろ?」
目的地の熱海までは、正味四十分。楽しくお喋りをしていれば、直ぐに着いてしまう。もしや、駅弁を朝ご飯として買ったのは自分だけなのではと、才雅は少し凹む。
「皆さん、時間も時間ですし行きましょう」
かぐやの一声で一行は移動を始める。乗り込んだのは、こだまの指定席。車内は混み合っているようだが、実は一般人に扮した、四宮家お抱えのボディーガードが多く潜んでいる。早坂が側にいるとは言え、四宮グループの令嬢たる四宮かぐやを平民と同じように乗せることは出来ない。
席は回転させ、前後二つの座席が向かい合う。ちなみに早坂の働きかけにより、かぐやと白銀は隣同士の席となった。
新幹線に揺られること約四十分。一行は熱海駅に到着した。駅からは、ホテル直行の専用バスが出ており、更に移動すること十分。四宮グループ運営のリゾートホテルが見えた。いわゆるハイクラスに分類さられる高級ホテルで、普通は高校生が足を踏み入れられるような場所では無い。宮殿のような入り口を抜けると、重厚感溢れるダークな大理石が床に敷き詰められている。才雅と白銀が口を開け圧倒される中、重役と思しき渋めの従業員に出迎えられた。
「お出迎えありがとうございます」
かぐやは一礼し、今日の動きについて従業員と何やら言葉を交わしている。
「なぁ、俺たち場違いじゃないか?」
白銀は体を縮こませ、才雅に耳打ちをする。
「今さら言うなよ」
従業員を先頭に更衣室へ向かう一同。コソコソと話しながら歩く男子が二人。二人の前をかぐやと早坂が並んで歩いている。才雅の瞳は、そんな女子二人を見つめる。やっぱり何かちょっと意外な組み合わせである。ギャルで校則破りの早坂と生徒会副会長で優等生の四宮かぐや。自身のバイト先で一度集まった時に連絡先を交換している場面は見た。けど、学校では相変わらず絡みは無いようで、知らぬところで親しくなったと言うことだろうか。
更衣室の前に着くと、集合場所を確認し一度解散となった。
「よーしっ、準備オッケー」
更衣室の鏡の前で、黒のキャップを被り直すのは才雅だ。膝上の蛍光イエローのハーフパンツを履き、さらにサングラスを装着する。
「いや、誰やねん」
一方の白銀は、膝丈のネイビーの海パンに薄手の白パーカーを羽織っている。今日の私服を含め、全て才雅とお財布と相談して購入したものである。
「格好良いだろ?」
「何かチャラいんだけど」
当の本人は、白銀の言葉をものともせず、腕を曲げ力拳を作り、マッスルポーズを見せつける。非日常的な場所に来たせいだろうか。彼のエネルギーは、全く持っておかしな方向へ進んでいる。
(いや、ねーだろ筋肉)
口にこそ出さないが、心の内で白銀はツッコミを入れる。事実、体育以外の運動をしない才雅の体は線が細い。自転車通学のおかけで顔や腕は健康的に日焼けをしているが、もしこれで色白だったら完全にインドア、モヤシっ子確定である。
ポーズを取ることに飽きたのか、才雅は白銀の正面に立つと、彼の肩にポンッと手を置いた。
「安心しろ、今日は俺に任せろ」
「普段通りで良いからな」
一方の女子チーム。女性と言うのは、どの年代も着替えや身支度に時間がかかるものである。
「早坂、どうかしら? 後ろ変になっていない?」
かぐやが着用するのは、フリルの着いた赤の可愛いらしい水着。鏡の前で何度も体を回転させ、問題ないかを確認する。何分、彼女は超が付くお嬢様であり、水着を着て人前に出ることは早々無い。今着ている水着だって、早坂のアドバイスを受け選定したものだ。
「ちょっと早坂、聞いて────どうしたの!?」
返事をしない
「いえ。ふと、才くんが巨乳派だったらどうしようかと」
「巨乳派!?」
「男性は生物学的に胸の大きな女性を好む傾向があります。もちろん、全ての男性に当てはまるわけでないですけど」
「えっ、じゃあ、もしかしたら会長も」
「その心配はいりませんよ。会長さんは間違いなく貧乳派です。安心して下さい」
振り向いた早坂の視線は、かぐやの薄い胸元をジッと見つめる。
「貴女、何処を見て言ってるの?」
「第一、会長さんは胸で人を判断する人じゃないですよ。かぐや様が一番お分かりなのでは?」
「そ、そうよね!! 会長は、ちゃんと人の内面を見る人ですもの、外見だけで判断はしないわ!!」
早坂の言葉で気分を落とし、早坂の言葉で復活したかぐや。しかし、かぐやの胸は小さく評価されたままだ。
「それを言うなら、黒野くんも同じじゃなくて?」
四宮かぐやを対等な一人の人間として、一人の友人として彼は接して来る。調子の良い男だが、決して利己的な人間ではない。
「それはそうかもしれないですけど・・・・・・むしろ才くんはもう少し・・・・・・」
照れた様子で早坂はモゴモゴと口を動かす。
「え、何?」
「・・・・・・何でもありません。良いですか、かぐや様。男子高校生と言うのは、性欲が高まる年頃です。そこに同級生の異性の水着と言うのは、絶大なる効果を発揮します。きっと会長さんは、バッキバッキです!!」
「バキって何?」
「いえ、忘れて下さい・・・・・・」
「何はともあれ、これでチェックメイトです。帰る頃には、私と付き合いたいと懇願して来ることでしょう」
フフフと微笑むかぐやは謎の自信に満ち溢れていた。
「おせーな」
更衣室に隣接するオーシャンビューの休憩室。カウンター席に座り、ボヤくのは才雅だ。とっくに着替えを終えた男子二人は、待ちぼうけを喰らっていた。ガラス張りの向こう側には、青い空に白い雲、綺麗な砂浜と広大な海が広がる。まばらに、ホテルの宿泊客が各々に楽しんでおり、人混みとは無縁だ。
「仕方ないだろ。女性は支度に時間が掛か────って、何飲んでんだ?」
白銀が見たのは、グラスに入ったストローを咥える才雅だった。
「パイナップルジュース。そこのフロントで貰って来た。ソフトドリンクは飲み放題だって。熱中症にならないように、ちゃんと水分は摂った方が良いぞ」
「・・・・・・そうだな」
先程まで、豪勢なホテルの作りに自身と同じく落ち着かない様子だったが、知らぬ間に彼は馴染みまくっている。いやまぁ、初等部から秀知院だもんなーと白銀は他人事に思う。
それはそうと、白銀の心が落ち着くことを知らない。あの、四宮かぐやの水着姿を見ることが出来るのだ。惚れた女の水着だ。むしろ、心は暴れて行く。
(おっと、自制、自制・・・・・・)
白銀は深呼吸を繰り返し、かぐやと対面した時のイメージを膨らませ、挙動不審にならないよう反復する。万一にも下心を露見しようものなら、この先は生きて行けない。きっと、彼女は蔑んだ目で『会長、こっち見ないで下さい』と、バッサリ切られることだろう。
「────会長、お待たせしました」
白銀を呼ぶ、かぐやの声。白銀はカウンターの椅子から立ち上がった。
「お、おう」
意を決し振り向いた先には、ルビーのような鮮やかな赤の水着を身に纏うかぐやの姿があった。トップとボトムには小ぶりだが、フリルの布が付いており、年相応の可愛いらしいデザインである。スレンダーではありつつも、その美しいボディーラインが白銀の心には強く刺さる。
「すいません、遅くなってしまいまして」
「い、いや。そんなことは」
恥ずかしさがあるのは、どちらも同じ。二人は、甘い雰囲気を漂わせる。椅子に座ったままの才雅は、遠巻きに呑気にジュースをチューチューと飲んでいた。サングラスを掛けているのを良いことに、四宮かぐやにジッと視線を向け、観察をする。なるほど、なるほどと思いながら。
「ちょっと見過ぎじゃない?」
近い距離。耳元で囁かれた声に、才雅はビクッと肩を上げる。
「いや、別に見てな────」
振り向き視界に入った早坂愛の姿に、才雅は動きを止める。そして、一つ息を飲んだ。
(黒・・・・・・)
男ならば、一度は憧れるであろう黒のビキニ。金の髪に青い瞳、色の白い早坂には、よく映えていた。おまけに、彼女はスタイルが良い。長い手足に、細身だが、あるべきところには程よく肉が付いている。控え目な胸も、性差が分かるくらいにはちゃんと膨らみがあり、お腹周りは細く綺麗に引き締まっていた。
「水着、新しく新調したんだけど、変じゃないかな?」
早坂は、モデルの如くその場でクルッと一回転して見せる。突然の振りに、才雅は固まる。コメントに困ると。恋人同士なら可愛いとか似合っているとか正直に答えれば良いだろうが、ただの男友達がそんなことを口にしたら、どう受け取られるだろうか。無難な答えを必死に脳内検索にかける。
「あー、良いんじゃない? 大人っぽいし・・・・・・」
「なら良かった。じゃー、海に入ろうよ」
彼の感想に、早坂は安堵した。照れた様子で表情を崩すと、急かすように才雅の腕を掴んだ。
これには、流石の才雅も何だか恥ずかしくなる。去年、軽音部の男子チームで何度かプールに出掛け、女性のビキニ姿は沢山見て来た。それなのに、普段を知るせいだろうか、今の彼女にはギャップを感じると言うか何と言うか、胸の奥底が落ち着かない。
「あ、先にグラス返して来る・・・・・・」
顔を背け、逃げるようにフロントへ小走りに向かう。
(もしかして、照れてる?)
いつも彼を見ている早坂だから気付く、小さな異変。もし、自身の水着姿を見て、何かしらの感情を抱いてくれたのなら、それはもう大きな前進である。やることは一つ、行動あるのみ。
早坂は、かぐやと白銀に先に海行ってて良いよーと声を掛け、グラスを返しに行った彼の背中を追い掛けた。