強い陽光が白い砂浜をジリジリと焼く。
都会の喧騒とは無縁の世界、押しては引き、押しては引きを繰り返す波の打ち際に才雅はそっと足を踏み入れた。
「生ぬるい・・・・・・」
才雅が漏らした第一声。思いの外、海水温は高かった。昨今の異常気象を顧みれば、まあそうなるわけで。彼は特に意味もなく、あっちを向き、こっちを向き、浅瀬をウロウロと歩き回る。海ってこんな感じかーと。
足元ばかりに視線を向け、周囲の様子に見向きもしない彼は、近付く気配に気付くことはなかった。そして間もなく、無防備な才雅に向けて、海水が盛大にぶっ掛けられた。
「うわっ!!」
とっさの防御の姿勢。海水が飛んで来た先を見れば、してやったり顔の早坂が居た。海水をかけた犯人は彼女のようで間違いない。
「おい、早坂」
「いーじゃん、海なんだから。濡れてなんぼでしょ?」
「それを言われたら何も言えねぇ」
「もう少しさ、深いとこ行ってみよーよ」
天真爛漫な笑顔が才雅に向けられる。早坂は浅瀬に立つ彼の腕を取り、急かすように大海原へと誘う。
「んー。でも俺、泳げないからなぁ」
「じゃーさ」
才雅に向けて差し出されたのは、早坂の手の平だった。握手をしよう、ではなく手を繋げば大丈夫と言いたいようだ。
「・・・・・・俺は子供か」
「だいじょーぶ。ウチ、泳ぎは得意だし☆」
「いや、それ一人しか助からないやつ」
「え〜ちゃんと助けるよ。ウチへの信頼度低くなーい?」
「俺が早坂に掴まったら沈むって」
「ねぇ、ちょっとで良いから」
甘えるような声と共に、再び才雅の腕は早坂に奪われた。何だろうか、今日は凄くグイグイ来る。彼は、ギャルって海とかリア充っぽいイベント好きそうだよなと、他人事のように思う。
「・・・・・・まぁ、ちょっとだけなら」
女の子にここまで誘われて、断ると言うのも申し訳ない、そう思った。しかし、流されている────。今朝、駅の売店で早坂に声を掛けられてから、完全に彼女のペースで動いている。
(楽しいから別に良いんだけどさ・・・・・・)
彼女に引っ張られ、されるがまままに付いて行く。表面上はクールぶっている才雅であるが、時おり視線を早坂の白い肌に向けるのだった。
●
「では、ビーチバレーを始める!!」
薄手の白パーカーが投げ捨てられた。太陽を背に、砂浜に作られたコートで仁王立ちをする白銀は宣言をした。その手にはボールが強く握られており、今にでもアタックを繰り出しそうなくらい、やる気に満ち溢れている。
「ビーチバレー? 俺、やったことないよ」
「私も初めてです。ルールはバレーボールのようなものでしょうか?」
若干温度差のある反応。才雅とかぐやである。
「確か、バレーボールと一緒で三回以内に相手のコートに返さないと行けないんだよね?」
「そう、早坂の言う通りだ。とは言っても遊びだからな、ルールはザックリで良いだろう」
となると、気になるのがチーム分けである。無論、白銀はかぐやと同じチームになれるように、ちゃんと準備をして来ている。とは言え、何試合かやるだろうし、メンバーを入れ替えて行くことにはなるだろう。けれども、まずは好きな人とチームを組みたいものだ。白銀は、口を開く。
「チームだが、俺と四宮、
四人の中で一番背の高い白銀と一番低いかぐやをペアとし、残った間の二人でまたペアを組む算段だ。男女のペアに分かれるので、パワーバランスも良い。特に異論も無く、二手に分かれる。
「ボール真っ直ぐ飛ばないんだよなぁ」
ボヤく才雅は、ボールを左手に持ち、右手を何度も振りかぶる。だが、なかなか打たない。
「才くん、ゆっくりで良いよ〜」
「おーしっ」
ポンッと言う音と共に、優しく打たれたボールは、緩やかに弧を描きネットを越える。反応したのは、かぐやだ。落下地点に素早く回り込み、オーバーハンドでレシーブ、相手コートへ返した。これが本当の試合なら、彼女も本気で戦うが、今回はそう言う場ではないことをわきまえている。白銀と楽しく協力して遊ぶことが仲を深めるための重要ポイントなのだ。
「才くん!!」
「俺!?」
才雅は肩を跳ね上げた。向かって来るボール、彼の頭には二つの選択肢が生まれる。オーバーハンドで対応すべきか、はたまたアンダーハンドの方が良いのか。今も尚、ボールは向かって来る。思っていたより落下地点は手前だ、彼は前のめりで手を前に突き出すも、何とか手に当てたボールは、低い弾道を描きネットの下へ飛んで行った。
「ごめん」
「ドンマイ、惜しかったね」
肩を落とした才雅の背中を早坂はポンッと叩く。そう、今日の早坂の作戦は、沢山スキンシップを取ること。黒のビキニが功を奏したのか、彼はちょっと落ち着きがない。ただ、たまにかぐやをチラ見しているのは、非常に面白くない。
私だけを見ていれば良いのに────そんなことを考えるくらいに。サングラスでバレていないと本人は思っているのだろうが、女性にとって男の視線ほど分かりやすいものはない。特に気になる異性の行動と来れば尚更である。
「ナイス、四宮」
「たまたまコースが良かっただけですよ」
一方で、白銀はかぐやへ称賛を送る。
(次から早坂を狙った方が良いわね)
かぐや的には、ラリーを続けるつもりで返したのだったが、彼の動きを見ていると雲行きは怪しそうだ。となれば、次は早坂に向けて返すのが無難かもしれない。
「行くぞー」
白銀のサーブからゲームは再開する。コントロール重視の拳に軽く当てたボールはキレイにカーブを描く。早坂は腰を屈め、砂浜に触れる前に頭上へと、ボールを打ち上げる。
「才くん!!」
「早坂っ!!」
「ちょ、そこで戻すの!?」
彼にアタックを決めて貰おうとしたボールは、トスと言う形で、こちらに返って来る。ならば、自分で決めるしかないだろう。早坂は跳び上がり、目一杯後ろに引いた右手をボールに向け、思いきり振り抜いた。
しかし、白銀の高いブロックがアタックを阻んだ。白銀の手に弾かれたボールは、完全に返すことは出来ず、自陣に落ちて行く。すかさず、かぐやがフォローに入る。トスを上げ、白銀に全てを託す。
「会長、決めて下さい!!」
「任せろ────」
高く上がったボール目掛け、白銀は飛び上がる。そして────バチンと乾いた音と共に自身の頰を叩いた。繰り返す、
予想もしなかった展開に一同は静まり返った。才雅は、白銀が自身と同じように運動が得意ではないことを知っている。が、ここまで酷かっただろうか。彼の疑問もそのはずで、才雅の知る白銀の姿は影で努力し、人にお見せ出来るレベルになった状態である。
また、才雅はやればそこそこ出来る子だったりする。根っからの文化系男子で持久力が無いこと、中等部時代に一度も体育に参加しなかったことによるスポーツへの極端な経験値の低さ、これらを改善出来れば、飛躍的に伸びることは間違いない。
つまり、影の努力を重ねて尚、ボールと誤り自身の頬にアタックをかます白銀は、圧倒的に運動センスが無いと言える。簡単にはごまかせないレベルで。
「白銀、今さ」
「いや、ちょっと足が縺れてな!!」
才雅の言葉に被せるようにして、何事もなかったかのように、白銀は笑う。体育館の床と砂地で、こうも違うとは。これでは、一学期に頑張ったバレーボールの努力が水の泡である。彼の額には、一筋の冷や汗が流れる。
(────おかしい。レシーブとブロックは上手く出来たのに、一体何が問題なんだ!!)
この調子で試合を続けては、失態の数々を晒しかねない。
(このままでは、生徒会長としての威厳を失うことになる・・・・・・四宮に告らせることも・・・・・・)
重い足取りで、転がって行ったボールをゆっくりとした動作で拾い上げた。
何も知らぬかぐやは声を掛ける。
「体育館とは勝手が違うものですね」
「ああ、全くだ。やりながら慣れて行かないとな」
かぐやのフォローの言葉を飲み込み、何とか取り繕う。
(絶対に乗り切ってやる────)
深呼吸を一つ。気合い入れ直し、白銀は鋭い目付きを更に尖らせる。ここで活躍すれば、かぐやの好感度はアップ、告られる時は近い。だがここで失敗をすれば、告られるどころか、彼女の恋人になるまでの道のりは長くより果てしないものになるだろう。
このプレッシャーの掛かった試練を乗り越えるのが、白銀御行と言う男である。そう自身に言い聞かせる。
「じゃあ、次のレシーブは早坂からだな」
仏のような笑顔で、早坂に優しくボールを投げ渡した。表面上は穏やかに、あくまで遊びのテンションで、内では絶対に失敗してたまるかと言う負けん気を燃やす。本気なのは自分一人で充分だ。
それから、チームのメンバーを入れ替えながら、四人はビーチバレーに興じたのだった。
●
時刻は昼過ぎ。
「食べ放題なので、お替りは言って下さいね」
そう言って、かぐやは微笑む。オーシャンビューのホテルのテラス席で、四人はバーベキューをしていた。四人掛けのテーブル席を五、六個は設けられそうな広いスペースに他の客はおらず、贅沢なプライベート空間となっている。ちなみに、火傷防止でと、ホテルから貸し出されたアロハシャツを水着の上から羽織っている。
長テーブルの中央にはコンロ台が埋め込まれており、各々が好き物を注文してセルフで焼くシステムである。
バターの香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。網の上で、きつね色に焦げ目の付いたホタテを白銀はトングで取り上げた。
「四宮、ホタテが食べ頃だ。一つどうだ?」
「ありがとうございます。良かったら会長も、こちらのお肉を」
「ああ、ありがとう」
白銀とかぐやは互いの食材を交換し、口にひと口、味の感想を述べ合う。かぐやは、旨味の出た肉厚なホタテを味わいながら悦に入る。
(会長とおかず交換!! それも、向こうから提案して来るなんて、告白して来るのも秒読みね!!)
周囲から疎まれることを避けるため、常に六割の実力しか出さないかぐやは、敗北も処世術の内と考える。故に、先ほどのビーチバレーでは、その実力を潜め、皆と和気あいあいと楽しんだ。協力プレイで、白銀と距離を縮めたのは間違いないだろう。だが、彼はプライドの塊と言って良い男。決して、手を抜いてはならない。
一方、二人の対面で食事をするのは、才雅と早坂だ。メニューは、定番の肉、野菜、魚介を始め、果物やバゲットなど様々な食材を頼むことができる。才雅は一人、全種類の肉を食べる気かと訊ねたくなる勢いで肉を焼き、茶碗の白飯を口に掻き込んで行く。
「才くんさー。少しは野菜食べたら?」
「あー野菜?」
テンション低めの彼の返事。早坂は思う。今は若いから問題ないだろうが、甘党且つ野菜控え目の彼の食事は、将来が心配になる。ただでさえ、女性より男性の方が平均寿命が短いとされる世の中。このままでは、年老いるまで彼と連れ添って歩く、そんな未来が遠く離れて行ってしまいそうだ。なんて、想像力豊かに、付き合ってもいない彼との将来を考える。
「ねぇ、玉ねぎは? 甘いよ」
「玉ねぎは、食べられる」
「じゃ、頼もっ」
才雅と早坂のやり取りに、白銀は真顔だった。
(早坂、メチャクチャ甘やかすじゃん)
ずっと仲が良いと感じていた二人の関係。早坂の片想いなのだと、白銀の中で確信へと変わる。朝から、彼女は才雅にべったりだし、今も尚、体と顔を彼に向けて楽しそうに話をしている。当の彼は、その好意に全く気付いていないようであるが。
「あの、会長は魚介大丈夫でしたよね?」
「あ、ああ。魚介は好きだぞ」
いけない、いけないと白銀は我に返り、かぐやの問い掛けに答える。
「なら良かったです。実は、皆さんにパエリアを振る舞おうと食材を用意していまして」
白銀の体に雷のような衝撃が走り抜ける。彼女は言った、パエリアを振る舞おうと。それはつまり、手料理に他ならない。
(し、四宮の手料理だと!!!!)
まさにサプライズだ。白銀は、嬉しくて緩みそうになる表情筋に力を込める。あくまでも冷静に、隙を見せてはならない。
「私なりにバーベキューについて調べてみたんです。得意料理ではないんですけど、少しでもおもてなしが出来ればと思いましてね」
と言うのは、あくまで建前である。料理ができるアピール及び白銀の胃袋を掴むためのかぐやの作戦の一つである。
かぐやの一声で、準備が始まる。予め用意された、高級食材が運び込まれた。白米に、イカ、エビ、ムール貝、そして、白銀の好物である牡蠣など。世間一般で認知されるシーフードパエリアだ。フライパンに食材を入れて行き、手際良く工程を進めて行く。かぐやは、嫁入り前の修行として、家庭料理を作るスキルは叩き込まれている。アピールに成功すれば、白銀からの告白はもちろんのこと、『四宮。毎朝、みそ汁を作って欲しい』と結婚前提の付き合いになる可能性だって大いにあるかもしれない。彼女は気合が入る。
「如何でしょうか? 本場とは味付けが異なりますが」
かぐやが作り上げたパエリアは皿に取り分けられた。サフランの代わりにカレー粉で色付けされたご飯には、海鮮の旨味がたっぷりと溶け込む。慣れ親しんだスパイシーな香りは、白銀の食欲をそそるには充分だった。彼は、手に持つスプーンでそっとご飯をすくい、かぐやに見つめられる中、口に運んだ。
「うん、美味いぞ」
「そ、そうですか。それは良かったです」
白銀から向けられた笑顔に、かぐやは嬉しさが溢れて、声が上ずる。恥ずかしさから彼から顔を背けるようにして、早坂へ視線を送る。自ら望んだ状況だと言うのに、この場を何とかしろと。
「かぐやちゃん、すっごく美味しいよ!! ね、才くん」
「うん」
「ありがとうございます」
「四宮って、料理出来るんだな」
才雅の純粋無垢な瞳。彼に一切の悪気はない。かぐやの浮かれた気持ちは波のように引いて行く。
「料理が出来なさそうと思ってたってことですか?」
「あーそうじゃなくて、四宮の家って料理人居ただろ」
「まぁ、日頃の食事はウチの料理人の仕事ですけど。一応これでも、花嫁修行は一通りやっているんですよ」
「へー。味噌汁とか作るの?」
「バカにしてますか?」
全く持って失礼な男である。そんなことを思っても、かぐやは、才雅との会話は嫌いではない。あまり気を使う必要がないから。
「よっし。俺はキャンプ飯を作る」
かぐやのパエリアが才雅に刺激を与えたようで、パエリアが無くなったフライパンを手に取った。これに早坂が追従したのは言うまでもない。
「えーなになにぃ? キャンプ飯って何作るのー?」
「あれだよ、ペッパーライス。ご飯に牛肉とコーンとネギを入れて、胡椒をかける!! あとはバターもね」
「メチャ美味しそうじゃんっ!! ねぇ、ウチも一緒に作りたい」
「うん、一緒に作ろうか」
そして、白銀の前で繰り広げられる才雅と早坂の共同作業。才雅が「ニンニク入れようぜ」と言えば、早坂が「美味しいけど、口クサくなるよ〜」と言い、何ともまぁ仲の良いことで。
(くっ、俺も四宮と料理を────しかし、あれがキャンプ飯と言うのか。確かに美味そうだが、カロリー高そうだな。バター入れ過ぎじゃね?)
肉とバターの合わさった、パエリアとはまた別の良い香りがフライパンから流れる。白銀は一瞬、かぐやと並び料理を作り、味見でアーンし合うところまでは妄想を働かせる。だが、彼に一緒に作ろうと誘う度胸はない。ならば、得意の料理で全力アピールするのがベストであろう。最近は、家事の出来る男はポイントが高いらしい。
「四宮、フライパンは他にもあるか?」
「え、ええ。厨房にあるかと」
数分後。テーブルの上には、かぐやのパエリア、才雅と早坂の合作のキャンプ飯、白銀渾身の焼きおにぎりと焼きそばが並べられた。
「量多くね?」
才雅の言う通りである。メインが多過ぎる。
「すまない・・・・・・焼きおにぎりいらなかったよな? もうご飯ものあったのに」
「そんなことありません!! 美味しいです、会長の焼きおにぎり!!」
かぐやは必死にフォローを入れる。白銀が選んだメニューは、焼きおにぎりと焼きそばだった。バーベキューの知識が浅いと見受けられるかぐやに、バーベキューの王道料理を口にして欲しかったのだ。
「才くん・・・・・・」
皿に乗った、焼きおにぎりと焼きそばがそっと才雅に差し出された。手を付ける前に早坂は、己の限界を悟ったようだ。
「マジ?」
せっかくの料理を残すのはもったいない。まして、その料理を作った本人を前にしては。才雅は、覚悟を決め、受け取った料理を胃に押し込んだ。
「あーっ食った」
ソファーに座る才雅は、天を仰ぎ「もう食えない」と小さく漏らす。
遠い目をする彼に白銀は心配そうに声を掛ける。
「おい・・・・・・大丈夫か?」
「いや、早坂の分が・・・・・・」
「すまない。ちょっと作り過ぎて」
「いーよ、別に。しばらく休んでるから三人で遊んでて」
「はぁ!?」
白銀、渾身の『はぁ!?』である。午後はバナナボートやジェットスキーに乗ろうと話していたのに、この男は見送ると言うのだろうか。
「動いたら吐く」
「マジかよ・・・・・・」