放課後。ホームルームを終えたクラスから順々に教室から廊下へ生徒が出て行く。
二年A組では、担任教師の話が終わったところだった。ぼんやりとした顔で席に座るのは、
「よく寝てたね〜」
才雅に声を掛けたのは、隣の席の早坂愛。四月にあったクラス替えで、久々に同じクラスになった女子生徒である。以前は、ただの同級生と言った感じで、顔見知りではあるが、わざわざ声を掛けたり、話をしたりするような仲ではなかった。しかし今は、特別な用が無くとも雑談を交わすくらいの関係ではある。
「んー」
大きな欠伸を一つ。彼は、心ここにあらずと言った様子だ。それを証拠に六時間目の数学の授業で使用した教科書とノートは机の上に広げられたままだった。
「そんなんで中間テスト大丈夫なの?」
「うん。まだ先だから」
「まぁ、一応ポイントは抑えられてるかぁ」
「何だよ」
早坂は才雅のノートを覗き込む。その内容は、板書と言うよりはメモ書き。箇条書きの羅列だった。
「意外と字はキレイ・・・・・・」
「だろ?」
「何か、ムカつくー」
「何でだよ」
二人のやり取りは、クラス内においては日常の光景。席が隣同士になってからは、より顕著である。
「あ、それよりさー。写真保存してくれた?」
早坂の言う写真とは、以前一緒に弁当を食べた時に、彼女が撮った食事中の才雅の写真のことだ。あの後、ラインで送られて来た。
「いや、してない」
「ひっどー。自信作なのにー」
「いらないって言ったじゃん」
「えー。だって見て欲しかったんだもん」
不満を漏らす早坂。しかし、内心は違う。彼とラインのやり取りが出来たこと、今その話をしていることが嬉しかった。彼女は、ラインを交換して以降、いざメッセージを送ろうと思ってもなかなか機会が無く送ることが出来なかった。新学期初日に声を掛け、連絡先を聞いた手前、グイグイ行って軽い女だと思われるのも嫌だし、今の段階で好きバレは困る。
「────お話し中、すいません。掃除をしても宜しいですか?」
二人に声を掛けたのは、箒を手に持った四宮かぐや。彼女は、掃除当番だった。秀知院は、いわゆる金持ち学校として有名だが、教育の一貫として、他の高校と同様に掃除の時間が設けられている。もっとも、教室以外は清掃業者の仕事だ。
「あ、悪い。動かすよ」
「ごめんね、四宮さん」
かぐやに謝罪の上、二人は机と椅子を動かした。
その後、早坂はスクールバッグを肩に引っ掛けると、才雅に向かって手を振った。
「才くん。また、明日ね」
「おう」
教室を後にする彼女の後ろ姿を見送り、自身も帰る準備に移ろう、そう思った時、才雅は視線を感じた。そちらへ顔を向ければ、微笑むかぐや。机を動かせないことに対する怒りの感情なら頷けるが、微笑まれる理由は分からない。だが、不安の芽は早く摘むに限る。少し引き気味に彼は問い掛ける。
「・・・・・・何?」
「いえ。早坂さんと仲良いんですね」
「まぁ、話くらいするよ。席、隣だし」
「そうですか。仲が良いのは良いことですよ」
そう言うと、かぐやは満足気に掃除へと戻る。才雅の頭には、解消されない疑問へのモヤモヤが残るが、考えたところで分からないものは分からない。大人しく、帰ることにした。廊下へ出ると、男子生徒に声を掛けられた。
「
声の主は、田沼翼。少し前に白銀を混じえ、彼の恋愛相談に乗っていた。その後、告白は成功。意中の女子生徒と交際をスタートさせていた。
「おっす。彼女とはどう? デートはした?」
才雅は、田沼に軽く肘を当てイジりに行く。才雅自身は、交際経験は無いが、リア充の取り扱いは知っている。
「デートはまだなんだけど、今日は一緒に帰る約束をしてて。彼女が掃除当番だから待ってるんだ」
「へー。順調そうじゃん」
「うん」
照れくさそうに田沼は笑う。才雅は、恋愛に興味が無いわけでは無い。彼女持ちの友人の何処に行ったとか、何をプレゼントしたとか、幸せそうな姿を見ていると、それがどう言った感情なのか知りたくなる気持ちはある。
立ち話を続けていると、噂の彼女が現れた。
「田沼くん、お待たせ」
「柏木さん」
彼女は、柏木渚。田沼や白銀と同じ二年B組の生徒である。彼女の視線が、田沼から才雅に移動したかと思えば、その間を何度か往復する。「ここ接点あったのね」と言う顔だ。
「二人って仲良かったんだ」
「実は、今回の告白の件で相談に乗って貰ってたんだ」
「いや。俺は横で話を聞いてただけだし」
告白の決定打となった『壁ダァン』は白銀の発案である。あれをアドバイスされたなどと彼女に伝えられては、色々と誤解を与えかねない。やんわり、否定を入れた。
「黒野くん、ありがとう。これからも、田沼くんを宜しくね」
「あ、はい。じゃあ、お幸せに」
二人に初々しさを感じる才雅であった。きっと二人は清い付き合いをするのだろう。彼は、白銀との約束の場所へと向かう。
●
場所は、駅前のファーストフード店。二階の窓際の席を才雅と白銀は陣取って居た。人が少ないので、四人掛けのテーブルを使用している。
スマホへ機種変を検討していると言う白銀の話に、才雅は驚きの声を挙げた。長らくスマホ不要論を唱えていた友人が遂に折れたのだ。
「ついに白銀もスマホかー」
トレイの上のポテトをつまみながら、才雅は率直な感想を述べる。
「ああ。価格も大分下がっているらしいからな」
「何処のメーカーが良いとか、狙ってる機種はあるのか?」
「あぁ、まあ」
「正直、スマホってピンキリだからなー。高いやつは確かに良いんだけど、それいるかって機能もあるし。予算と求めるスペックを擦り合わせして、決めるしかねえもんな」
才雅はスマホの他に、家の自室にはタブレットとパソコンを置いている。ただ彼は、その手の類が好きと言うわけではなく、音楽制作に使用するため購入したものだ。
「時に、汐崎。今年の夏はどうする?」
「どうするって、何処に遊びに行くかってこと?」
昨年の夏、二人は泊まりで箱根旅行に行った。どちらかと言えば、インドア派の二人。夏だから海に行こうとか、川に行こうとか、アクティビティな発想はなく、ただただ観光を楽しんだのだ。
「ああ、そうだ。それと、聞いたところによると、汐崎と四宮は幼馴染みなんだってな」
「んー、一応ね」
「四宮が言っていたぞ、過去に勘違いによる仲違いがあったらしいが、めでたく解決したらしいじゃないか」
「まぁ・・・・・・」
「そうだ、せっかくだ。今年は俺と汐崎、四宮を誘うのも良いかもしれないな」
名案とばかりに白銀は高らかに笑う。
(コイツ、俺を間に挟んで四宮と遊びに行こうって魂胆か)
図星である。つい数日前、生徒会室では、親睦を兼ね、夏休みに生徒会メンバーで出掛けようと言う話が持ち上がっていた。しかし、言い出しっぺのはずの藤原千花により、白紙になってしまった。その状況で、再び同じ話題が出る可能性は低いと言える。あくまで受け身を貫き、決して四宮かぐやと遊びたいなどと悟られたくない白銀は、友人を利用しようとしていた。彼なら、次の授業って何だっけばりに気軽に誘ってくれるはず、と言うのが白銀の期待だった。
「俺は構わないよ。四宮に声掛けてみたら? まだ五月だし、予定は平気なんじゃない?」
「いや、ここはせっかくだ。汐崎が声を掛けたらどうだ?」
白銀の様子を察するに、自らかぐやを誘う気はないようだ。才雅は、白銀が四宮を好きなのを知っている。しかし、だからと言って、彼は素直に誘導されるような人間ではない。
「別に俺は四宮が居ても居なくても、どっちでも良いけど」
「・・・・・・頼む!! このままだと四宮と夏休みに会う予定がないんだよ!!」
両手の手の平を合わせ、白銀は頭の上で祈るようなポーズを取る。白黒つけたい性格の才雅は、はっきりした物言いを好む。
「しかたねーな。で、白銀は何処か行きたいとこあるの?」
「そうだな・・・・・・海とかどうだ?」
元々は山派の白銀だが、前述の生徒会室の一件で海派に転向した。
「よし。じゃあ、海行く前提で声掛けるか」
「友よ、感謝する!!」
「後、バランス考えて女子をもう一人誘うようだよな。まぁ、藤原辺りになるのかな。あ、四宮のアドレスと番号教えて」
「・・・・・・知らないのか? 幼馴染みだろ?」
「登録はあるけど、何年も連絡取ってないから確認したい。と言うか、向こうは俺のアドレス消してる可能性あるけど」
才雅は首を傾げる。白銀の様子がおかしい。視線を動かし、聴き取り調査で追い込まれた犯人のようである。
「あ・・・・・・いや」
「どうした?」
「実はその、知らないんだ。連絡先」
「え?」
同じ生徒会で活動をしていて、連絡先を知らないとか有り得るのだろうか。普段、生徒会の仕事をどうやって共有しているのか、そちらが気になるところではある。
「し、仕方がないだろ!!」
「まぁ、何でも良いけどさ。とりあえず、登録ので送ってみるか。向こうがアドレス変えてたら、届かないだろうけど」
「ああ、頼む」
「その前にポテトのお代わり」
「もう止めとけ、塩分の取り過ぎだ」
「ケチ」
相変わらず、手厳しい友である。
●
四宮家、別邸。時刻は午後九時を回ったところである。来客の対応があったかぐやは、過密なスケジュールを終え、自室へ戻ったところだった。デスク上で充電中の折り畳み携帯、俗に言うガラケーが光っていた。メールを受信をしたサインだ。迷惑メールなどの類は一切受信しないようフィルターは一番高いものに設定し、メルマガなどの登録もしていない。つまり、知り合いからのメールと断定して良いだろう。
日頃から頻繁にメールを送って来る藤原だろう、そう思いかぐやは受信したメールを開く。宛名の登録は、才雅くん。最近また、話をするようになった幼馴染みの名前だった。
「才、雅。黒野くん?」
想い人の名前に早坂は瞬時に反応した。かぐやの首元のネックレスを外すため、彼女の後方に回っていたが、ネックレスを掴んだその手は止まる。余談であるが、かぐやは来客対応時はフォーマルなドレスを着用し客もてなす。ドレスに合わせ、ネックレスはよく身に着けていた。
「え? 才くんですか?」
「そうみたい。ええと、『夏休みに俺と白銀で日帰りで遊びに行く話をしてるんだけど、一緒に行かない? 海に行こうと思ってる。もし来てくれるなら、女子一人だとあれだから、誰か誘って』」
「良かったじゃないですか」
「一緒に早坂も行きましょうよ!!」
才雅のメールを読み、かぐやの考えは直ぐに纏まった。自身は白銀と楽しみ、早坂は才雅と仲良くやってもらう。これは見方によっては、Wデートなのかもしれない。かぐやのボルテージが一気に上がる。
「不味いでしょう。かぐや様が私を誘うと言う構図は」
「やっぱり、おかしいかしら?」
「おかしいですね。私のことは気にしなくて良いですから、リスクのある行動は謹んで下さい」
と言われても、こんなビッグチャンスを容易く手放すなんて、余りにももったいない。かぐやとしては、何とかして早坂も連れて行きたい。
「なら、彼から早坂を誘わせれば良いのよ!!」
「話、聞いてました?」
「今日も話してたんだし、貴女、黒野くんとは仲良いでしょ? だったら、黒野くんに早坂を誘わせよう仕向ける。これで完璧だわ」
意気揚々と瞳を光らせるかぐや。一方の早坂はと言うと。
(まぁ、確かに。私の美ボディーをアピール出来る良いチャンスではありますが・・・・・・)
「早坂。大船に乗った気でいなさい!!」
「くれぐれも強引な真似だけはしないで下さいね」
早坂は溜め息をつくが、止めはしない。一抹の不安を抱えながらも、彼女は主人の心意気に感謝した。