秀知院学園では、一学期中間試験の期間が終わった。生徒らは試験勉強から解放されたと、自由を喜ぶ。放課後、その解放感に背中を押される形で、
才雅は、店の前に自転車を停めると、前カゴに放り込んでいたスクールバッグを肩に掛けた。背中にはヴァイオリンケースを背負っているため、肩に掛けるか手に持つかの二択になる。正面の自動ドアから店内へ入ると、右手に持ったスマホの画面を見ながら、目当ての台を求め、右へ左へ首を振りながら探して行く。
(台が多いな・・・・・・)
さて。何故、彼は一人でゲームセンターへ来たのか。その答えは、早坂愛に渡す礼の品を手に入れるためである。以前、彼女の好意で手弁当を貰ったものの、礼の一つも出来ず、時間だけ過ぎて行くことが才雅には気掛かりだった。
(あった、あった)
思わず、目当ての台のアクリル板に手を付け、顔を近付ける。三本爪のアームで掴んで取るタイプのUFOキャッチャーだ。箱の中には、動物をモチーフにした、ぬいぐるみが無造作に入っている。手乗りサイズで、キーホルダーとして鞄などに取り付けが出来るものだ。
才雅は、早坂のスクールバッグに同作品のパンダっぽいキーホルダーが付いているのを覚えていた。手作りのものに対し、ただ買ったものを返すのはつまらない。だからと言って、手弁当を作って返すのは何か違う。ならば、ゲームセンター限定品を手に入れ差し出せば、良い塩梅が取れるのではないだろうか。彼の勝手な価値観はそう判断した。
(早坂のスクバはパンダが付いてたよな? パンダが好きってことなのかな。無難に同じなのを狙うべきか、否か。本人は猫っぽい感じするけど)
腕を組み、才雅は思案する。狙いを定めなければ、何も始まらない。こう言うのは、迷いなく思いっきりプレイした方が、意外と取れるものである。変に欲を出したり、迷いの心があると自滅する。これまでの少ない経験の中で、彼は学んだ。
「────才雅先輩、珍しいっすね」
名を呼ばれ振り向けば、前髪が長めの秀知院の制服を来た男子生徒。石上優、学年が一つ下の後輩だった。彼とは、白銀を通じて親しくなった。
「優。良いところに来たな」
「すいません、話し掛けない方が良かったみたいですね」
厄介ごとに巻き込まれる、そう判断した石上は回れ右をして逃げようとする。しかし、才雅の手が石上の腕を掴み引き止めた。
「冷たいこと言うなよ」
「相変わらず、調子良いっすね」
「声掛けたのはそっちだろ?」
「それは否定しませんけど。目当てのものでもあったんですか?」
「まぁ、そんなとこ」
才雅に流され、石上は付き合うことを決めた。しかし、目当ての台だと指差されたその前に立った彼は、少し驚く。
「意外とファンシーな趣味ですね。まぁ、実際、大人や男性ファンも居ますし、普通に面白い作品だとは思いますけど」
「へー。人気なの? これ」
そのセリフに石上の表情は強ばる。自分が欲しくて取るのではないのなら、別に欲しがる誰かが居ると言うことになる。つまりは、贈り物。そして、彼は一つの結論を導き出す。
「異性への贈物なら協力しませんよ」
「え、何で?」
「否定しないってことは、そうなんですね。どうして、僕が人の恋路の手助けをしないといけないんですか」
「別に恋路じゃないんだけど・・・・・・。優は、こう言うの詳しいだろ? 隣で少しレクチャーしてくれれば、充分だからさ」
圧はない。あくまで、お願いベース。ニィーっと笑う才雅の瞳は、真っ直ぐに石上を見つめる。実際、玩具メーカーの息子である石上は、ジャンル問わずゲーム類には詳しかった。
視線に耐えきれず、石上は顔を反らすと溜め息をついた。
「・・・・・・ちょっと、だけなら」
「よっしゃ、助かる」
才雅は、交通系電子マネーのカードを台の支払い画面にタッチする。矢印マークの丸ボタンに電気が走り点灯した、ボタンを指で押し込みアームの操作を始める。
「優。生徒会はどう? 少しは慣れた?」
「まぁ・・・・・・」
────この人、意外と人たらしなんだよな。
アクリル板の向こう側のぬいぐるみに真剣な眼差しで挑む才雅を横目に、石上は自身の内に言葉を漏らす。本来であれば、才雅のようなタイプの人間は得意ではない。まず、見た目が苦手だ。染められオシャレに切り揃えられた髪型に、顔と雰囲気が陽の者っぽい。ただ、制服は校則を守り着用しているためか、チャラさは感じない。と言うのは、あくまで石上の主観である。
白銀に紹介された時、石上はパッと見の印象が違う二人の繋がりに少し戸惑った。だが直ぐに、誰に対しても同じ目線で接する才雅の姿を見て、幸いにも彼は好感を持つことが出来た。
「あーくっそ。アーム弱くね?」
「確率機かもしんないすね」
「えー、何それ?」
「一定金額を投入するとアームが強くなるタイプです。三本爪タイプは多いんすよ」
「ズルくね?」
「逆を言えば、課金すりゃだいたい取れます」
頑張れと言わんばかりにサムズアップを決める石上。
「んー。やるしかねーか」
「さっき言いそびれたんですけど。僕、近いうちに殺されると思います」
「は?」
操作ボタンに触れていた才雅の手が止まる。閉じていた三本爪のアームが開き、ライオンのぬいぐるみを掴み上げた。本当は隣のパンダを狙っていたのに。
「四宮先輩に殺されると思います」
「いやいや、全く話が見えて来ないから!! 四宮が何でそんなことするんだよ!!」
ライオンを掴み上げたアームは、落とすことなく景品口を目指し移動を始める。
「眼ですよ。僕、眼を診ればその人の本性が五、六パーセント判るんです。本当は生徒会を辞めたいんですけど、二ヶ月足らずで辞めるのは早いかなとは思ってまして」
「精度の低い魔眼か何かかよ、それ。白銀には?」
「まだ言ってません。会長は一番の恩人なので、どう切り出そうか悩んでまして」
景品口にカタンと軽い音が響く。
「あ、取れた」
才雅は、景品口からぬいぐるみを取り出す。その黄色の毛並みに顔を歪ました。
「パンダじゃない・・・・・・」
「一応それ、メインキャラっすよ」
指で、ライオンの首に繋がれたチェーンを掴み上げ、二頭身の可愛らしい顔と睨めっこをする。色素薄めな黄色の体に青い瞳、どことなく親近感を覚える。
「まぁ、良いか・・・・・・。優、もう少し仲間を信じろって。少なくとも生徒会メンバーは信じて欲しいな」
「・・・・・・才雅先輩。分かりました、もう少し信じてみます。僕、才雅先輩のことも信じてますからね」
その言葉に才雅の顔は緩み、石上の肩に腕を回す。
「そんなこと言ってくれるのは優だけだよ。飯奢るよ? 一緒にバイト先行く?」
「いえ。それは遠慮しておきます」
「まぁ、いいや。また、白銀と食べに来てよ」
才雅は、石上に感謝をしバイト先へ向かった。
●
才雅の向かった先は、目黒。自宅からほど近い場所にある個人店の洋食レストランだ。店裏の駐輪スペースに自転車を停め、裏口から店内のスタッフルームへ入る。ロッカーへ荷物を押し込み、店の制服へ着替える。黒のパンツにワインレッドのワイシャツ、グレーの腰巻きのエプロン。レストランと言うよりは、カフェっぽい雰囲気かもしれない。
「よしっ」
スイッチを入れ店内へ出る。クラシカルなサントラに出迎えられ、カウンター席に面した厨房へ顔を出す。
店内の座席は、五十席ほど。コの字型で厨房と面すカウンター席、壁際の半個室、残りはオープンなテーブル席となっていて、ゆったり過ごせる空間となっている。ちなみに、カウンター席は常連客が多く、店員と話をするのを楽しみに来る者も多い。そこだけちょっとした居酒屋空間化していたりする。
「おはようございます」
「おぅ」
挨拶を返した男は、店のオーナーシェフ。面接時に、二十年前の秀知院の卒業生だと、才雅に話をしてくれた。
「平日の割に混んでますね」
「だな。さっそくこれ持ってって」
「はい」
渡されたのは、ローストビーフが盛られた皿。シルバーのトレイに乗せ、ホールへ出る。才雅の仕事は、もっぱらホール。注文を取り、料理を運び、合間に会計をするのがメインの仕事だ。しかし、店は二十二時がラストオーダーで、二十三時に閉店する。高校生は二十二時までしか働くことが出来ないため、閉店時間まで働けない高校生は人員として扱いにくい。実際問題、表向きは高校生の募集はしておらず、才雅は軽音部の先輩の口利きでバイトを始めた。
ピークが過ぎ、オーナーシェフの指示で、才雅は厨房で仕込みの手伝いをしていた。人と接するホールの仕事も良いが、黙々と手を動かすのも嫌いではなかった。
「才雅。早上がりして弾いても良いぞ。あの子も待ってるしな」
オーナーシェフが視線を投げた先は、カウンター席に座る一人の女子高生。横浜にある名門女子校、フィリス女学院の制服である。彼女の名は、スミシー・A・ハーサカ。名の通り、ハーフとのことで、モデルのような綺麗な顔立ちをしている。月に一、二回来店する常連客の彼女が、才雅にファンだと告白してから一年近く経つ。
厨房を出た才雅は、ロッカーからヴァイオリンケースを出し、店の奥にある小さなステージに立った。それは、オーナーシェフの趣味であり、拘り。かつて、メジャーデビューを目指しバンド活動をしていたが、夢は叶わず、音楽の次に興味があった飲食業界に就職した。そこで、人の目に触れ、経験を積んで欲しいと言う思いから、音楽活動をするバイトらをステージに立たせている。
(ハーサカさん。一ヶ月振りくらいか・・・・・・)
ヴァイオリンを構え、音合わせをしながらそんなことを考えていると、視線を感じた。近い距離だ。言わずともハーサカである。才雅は少し微笑み、彼女に向かって軽く弓を振って見せる。
彼は、見知らぬ人にファンだと言われたのは初めてだった。いや。正確には、ちゃんと音楽を理解された上で好きだと言われたことだ。物珍しさだとか、話題性だとか、そう言う類のものじゃなくて、「この人は、俺を見てくれている」と、そう思わせられた。自分の音楽で人の心を動かすことが出来た、才雅はそれが何より嬉しかった。
●
翌日。朝のホームルームが終わったタイミングで、才雅は隣の席の早坂に声を掛ける。
「早坂」
「何?」
「これ、あげる。早坂ぽかったから」
才雅が差し出したのは、手乗りサイズのライオンのぬいぐるみ。彼が昨日、ゲームセンターで手に入れたものだ。
「あ、ありがとう・・・・・・」
早坂は素直に受け取るが、「早坂ぽかった」と言う彼の言葉に引っ掛かりを感じる。女子的にライオンと言われて、嬉しいものではない。最も貰ったぬいぐるみのデザインは可愛らしいが。強い女とでも言いたいのだろうか。早坂は、彼に真意を聞く。
「ウチって、ライオンぽい?」
「違う、違う。そのライオンが早坂っぽいんだよ。体の色と目の色がさ」
「あー、そう言う」
色素薄めな黄色の体に青い瞳のライオン。金髪碧眼の早坂と似ていると言えば似ている。いや、これを似ていると認めて良いのだろうかと彼女は思う。小さな子供がギリ言いそうな彼の感性に、「この人、絶対に私のことを異性として見ていない」と自身の内で落胆する。分かってはいたが、道は険しいようだ。
「一応、弁当の礼でゲーセンで取ったやつだから」
その言葉に早坂の心拍数の速度が上がる。『礼』と言うことは、彼が自分のために動いてくれた、そう言うことだ。その事実に嬉しさが込み上げて来る。我ながら単純だとは思いつつ、嬉しいものは嬉しい、彼女の心は正直だった。
「・・・・・・マジ、才雅クオリティ」
「何それ?」
「別に。ありがたく貰っとく」
放課後。早坂のスクールバッグには、才雅がプレゼントしたライオンのぬいぐるみがさっそく付けられていた。