その後のクオリディア・コード   作:逢庭一八

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序章――①朱雀壱弥と宇多良カナリア

 

 青空。

 

 どこまでも澄みわたり、うっすらとした雲を形成するのみに留まった蒼穹はいつの時代も変わり映えなどしない。

 

 時の流れがひどく緩やかなのは雲のおとした影の動きでみてとれる。

 

 遠方でくぁくぁと喉を鳴らす海鳥の群れ。

 

 最近、よくみるようになった。

 

 これこそがこの世界の本当の姿なのかと細めた目を見開けば、全身に浴びる陽光と共になんだかよくわからない感情が流れて込んでくるような気がした。

 

 

 朱雀壱弥は腕を組んだままかぶりを振って益体のない思考を振り払った。

 

 そうして深呼吸をするように深く瞳を閉じると、今度はぱたぱたとした足音が耳朶を打つ。

 

 このとき朱雀は、霞のいうとおりだなと思った。

 

 目に見えているものがすべてではない。思い出すのも癪な出来事ではあったが、目を閉じた事ではっきりとこちらへ迫る足音の主が誰かがわかった。

 

 

「い、いっちゃあん。ゴメンね、遅くなっちゃって」

 

 

 宇多良カナリアである。

 

 カナリアはその金糸のごときブロンドを振り乱して走ってくる。

 

 額に張り付いた前髪がいかに急いだかをみてとれる。

 

 両手に持った大荷物がその証左なのだろう。

 

 

 朱雀はなにも言わずに手を差し出した。もってやるの意である。

 

 それは朱雀の不器用なやさしさだった。

 

 カナリアはいかにも嬉しそうに破顔して、手を差し伸ばす。

 

 それからはっとしたような顔をして、慌てて伸ばした手を引っ込めては制服のスカートへ数度こすりつけてから再びその手を伸ばす。

 

 ハンドシェイク。

 

 見事な握手である。

 

 

 カナリアはえへへ、と笑った。

 

 朱雀は躊躇なく振り払った。

 

 

「ええっ!?」

 

「お前の頭はどうなっているんだ。なぜこの状況で手をつなぐ」

 

 

 カナリアはわざわざ両手の荷物をもう片方の腕で無理やり抱きかかえて朱雀と手を重ねたというのにこのいいよう。

 

 なお、そのうちの一つであるフラワーアレンジメントは形をぎりぎり保っている。

 

 

「だってだって」

 

「花とバッグをよこせ。まったく。凛堂の見舞いの品なら途中で買えばよかっただろう」

 

 

 朱雀は言うも面倒とばかりに花束と衣類が入っているらしきトートバッグを奪うと足早に歩を進めた。

 

 その顔は真っ赤である。

 

 実のところ、朱雀はかなり不機嫌だったのだが一転していまは上機嫌だ。

 

 男女が気安く手など繋ぐものではないんだ、などと考えている。

 

 自身を気難しいと思っているわりに単純なのが朱雀のいいところだった。

 

 

 カナリアは両手に果物の入った袋を持ち替えて小走りに朱雀へと並んだ。

 

 

「えへへ」

 

「気持ちの悪い笑い方をするな。なんだ」

 

「お姉ちゃんはね、いっちゃんが優しいからうれしいのです」

 

「そのお姉ちゃんというのはいい加減やめろ。言い飽きたが同い年だ」

 

「むぅ・・・・・・あとちょっといっちゃんがお寝坊さんだったらきっとかわいいいっちゃんのままだったのに」

 

「知らない話だ。だいたい子どもの頃から変わらないほうがどうかしているだろうが」

 

「そうかな? ひぃちゃんは昔から変わってないって前にほたるさんいってたよ?」

 

「天河?」

 

「うん。ひぃちゃん」

 

「天河のことなどどうでもいいが。その妙な呼称だけは同情する」

 

 

 横断歩道へ差し掛かったところで間が悪く信号が青から赤へと変わり、朱雀は足を止めた。

 

 車どころか人通りさえまるでない。

 

 戦闘の影響か、ひん曲がった信号機は最後の力を振り絞るように明滅しつつ、かろうじて赤を主張している。

 

 

「そーお? かわいいよひぃちゃん。かわいいよね? ひぃちゃんだってやだっていわなかったよ?」

 

「それは天河がなにも考えていないだけだ」

 

 

 朱雀は断言した。

 

 そもそも自分のあだ名とさえ認識してない可能性すらある。アホだからなと。

 

 信号の色はまだ変わらない。

 

 

「ほ、ほたるさんだってダメだって言わなかったもん」

 

「凛堂か。あいつならば子どもの頃から変わっていないと聞いても納得するのだがな」

 

「えっ。いっちゃん、ほたるさんと子どもの頃に逢った事あるの?」

 

「そういう意味じゃない。今を知った分、そうでない凛堂というのが想像できないだけだ」

 

「失礼だよいっちゃん。もしかしたらひぃちゃんそっくりな無邪気な子だったかもしれないよっ」

 

 

 天河舞姫とそっくりな言動をするほたるを想像して、朱雀はうっと唸った。

 

 これから見舞いにいくというのに余計なイメージを吹き込むなとカナリアを睨んだ。

 

 

「・・・・・・そんなわけはないだろう。そんな凛堂はみたくもない。そもそもカナリア」

 

「? なあに、いっちゃん」

 

 

 信号機が主張を青へと変える。

 

 

 

「どうしてお前、凛堂だけ『さん付け』なんだ」

 

「えっ」

 

 

 カナリアが機能停止した。

 

 同時に信号機も機能停止した。力尽きたようである。

 

 

 朱雀はそれをみて嘆息すると左右を二度確認してからところどころにひび割れのあるアスファルトを横断した。 

 

 カナリアは慌ててそれに倣うが、困ったとばかりに口をひん曲げている。

 

 

 本人は甚だ不本意だったが、カナリアからの朱雀への呼び方は『いっちゃん』。

 

 舞姫は『ひぃちゃん』。

 

 千葉都市の千種明日葉を『あすちゃん』と呼んでいる。

 

 それから最後に同都市の千種霞の事を思い浮かべて、朱雀は大きな舌打ちをした。

 

 

「え、え~とぉ・・・・・・あははは・・・・・・」

 

 

 顔全部で困っている様子を表現するカナリア。見事な弧を描いた困り眉である。

 

 朱雀はそれを一瞥して直球を放った。

 

 

「凛堂が苦手なのか」

 

「ち、ちちちがうよう。苦手とかそういうんじゃなくて・・・・・・」

 

「嫌いなのか」

 

「ち―が―い―ま―すう――! もう、意地悪いわないのいっちゃん。お姉ちゃん怒りますよ。プンプン」

 

「なにがプンプンだ、あざといんだよバカ」

 

「あっ! バカっていったあ! 悪いんだ~いっちゃん!」

 

 

 ほどなく目的の病院へとたどり着き、フロアロビーを通り過ぎて階上へのエレベーターのボタンを押下したあたりでカナリアがおずおずと口を開いた。

 

 

「いっちゃんは感じたことない? なんだかほたるさん――ほたるちゃんってお姉さんな気がするの」

 

「なぜ言い直した」

 

「いいの! これからほたるちゃんって呼ぶから。仲間はずれはしないもん」

 

 

 嫌な仲間だなといわなかったのは朱雀のやさしさである。

 

 エレベーターへはカナリアが先に乗り込み、ついで朱雀。

 

 カナリアが乗り込むまで扉のストッパーを無言で抑えているあたり、実に紳士だった。

 

 

「ほたるちゃんってさ」

 

「今の言い方、少し天河に似ているな」

 

 

 目的の階上へ。

 

 出るときもまた朱雀は同じ動作を繰り返す。紳士である。

 

 

「えっ、ホント。ってそうじゃなくて! ほたるちゃんって同い年に思えないっていうか・・・・・・すごく落ち着いてるし、おねえちゃんぽさがあるっていうか。だから自然とさん付けしてたのかな。ほたるちゃん、いくつなんだろうね?」

 

「いや、興味がないからわからん」

 

「ちょっと――! もう、いっちゃん!」

 

 

 朱雀は残念な紳士だった。

 

 カナリアがあーだこーだというのを静かに鼻先へ指を当てて黙らせた。

 

 病院では静かに。

 

 朱雀は無意識にカナリアの鼻へ触れたのだが、されたカナリアは真っ赤である。

 

 

 凛堂ほたると表札のかかった病室のドアを控えめにノックした。

 

 

 

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