魔術師上がりの錬金術ーMagician's Alchemistー 作:エヴォルヴ
よう。初めまして、だな。
俺が誰か、だって? 俺はお前達が『世界』と呼ぶ存在。あるいは『宇宙』、あるいは『神』、あるいは『真理』。あるいは『全』、あるいは『一』……んで、俺はお前だ。
お前がやらかしたわけじゃねぇってのは知ってるよ。それにしちゃあ何も知らないからな。たまたま魔術師の夫婦の間に生まれて、たまたま魔術回路がゴミ以下だったから材料にされて。
その材料を使っての……死霊魔術《ネクロマンス》。それがたまたま人体錬成の陣で、たまたま円の中心がお前だっただけだ。運が悪かったな。
まぁでも……見ちまったもんは仕方ねぇ。この世の全ては等価交換。十を造るのに一を使うことも、一を造るのに十を使うことだってある。
だがまぁ、そうだなぁ……お前はある種の事故でここに来た感じだしなぁ……割引を利かせてやってもいい。そっちが選べ。何を支払うのか。真理を見た通行料ってやつだよ、身の程知らずの錬金術師──いや、運命に振り回された魔術師サン。
────────────────なるほどな。少し意外だが、当然といえば当然か。
いいぜ。それがお前の通行料だ。お前の魔術師としての人生……その全てを奪おう。魔術師として、根源を目指す者が当たり前に持っているもの……魔術回路を奪おう。そして、未来へと歩き出すための脚を奪う。
あばよ、駆け出しの錬金術師。二度とここに来ないことを祈ってるぜ。
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長考の中、遠い記憶を夢として見たような気がする。気がするだけで、気のせいだったかもしれない。というか、寝ていたのか俺。
「……」
時刻は16時半……ぐらい。最近まで、俺以外に誰も使っていない教室の一つである茶道部の部室で、俺はノートに書かれた円環を手袋に刻んでいく。
「……サラマンダー、か」
刻む象徴は炎のトカゲ、サラマンダー。特殊な布を使って火を起こし、空気中の酸素濃度を調整して絶大な火力を叩き出す錬金術だ。
全くお笑い草だ。魔術師の家系に生まれておきながら、魔術師としては失格。だというのに錬金術というものに凄まじい適性を持っていたのだから。
そんなくだらない昔のことを思い出しながら、錬成陣を刻み込んでいく。
「……よし。できた」
白い手袋に刻まれた錬成陣を見て、満足げに頷く。焔の錬成陣の作成は、錬金術師としての目標でもあったものの一つだ。完成させていない錬金術はまだまだあるが、これは達成感が凄まじい。
だからこそ、気付かなかった。自分を覗き見している人がいたことを、俺は気付かなかった。
「
「うわっとぉうっ!?」
変な声を上げて、錬成陣が描かれたノートと手袋を咄嗟に隠してしまう。そんな俺を酷く可笑しそうに笑う青みがかった黒髪眼鏡の少女を俺はジト目で見る。
「いたんなら声かけてくれよ、シエル」
「ふふ、ごめんなさい。月食君が真剣に何かをしているのが珍しくて」
それは俺がいつも不真面目だと言いたいのだろうか?
そんなことを視線に乗せてやると、何を言いたいのか理解したらしいシエルは眼鏡の奥で輝く目を細めて俺を咎める。
「だって月食君、お茶とお茶請け作りと家庭科以外で、真面目に学校生活してないじゃないですか」
「なぜそれを知っている……?」
「隣の席ですから。忘れましたか?」
「そういやそうだ──」
本当に? この少女は隣の席にいたか? そんな疑問が頭を過る。なぜかは分からなかったが、それでも生まれた疑問をそのままにするのは錬金術師の名折れ。
思い出せ、先週の記憶を、三日前の記憶を──いや、今月全ての記憶を呼び起こせ。俺の隣は本当にシエルだったか? …………いや、違う。この少女は隣の席に座っていなかった。座っていたのは男子生徒のはずだ。
「……シエル、いつの話してるんだ? 隣の席だったのは先月までだろ?」
「────あっ、確かに! そうでしたそうでした。あはは、忘れてました」
「……なんか変なものでも食べたか? 悪くなったカレーとか」
失礼極まりないことを言った自覚はある。それよりも、さっき見せたシエルの驚いたような、警戒レベルを引き上げたような目はなんだったんだ?
「こほん。そ、それで、何をやってたんですか?」
「単なる趣味だよ。シエルには縁のない変な趣味」
「へぇ……それは俄然興味が湧いてきました」
……もう少し言い方を変えた方がよかったかもしれない。錬金術は秘匿されるものではないが、バレた時、そいつが魔術師だったら殺される可能性がある。そして研究の成果は全てそいつのものになるのだ。
もしシエルが魔術師で俺を殺すつもりなら死ぬ気で抵抗はするが、今この時、シエルに勝てるビジョンが浮かばない。
「そのノートが、その趣味の根幹だったりするんですか?」
「そうだけど、なんかあんのかよ」
「いえ、その……差し支えなければ見せてほしいなぁ、と」
「……」
不味い、シエルが何を言っても警戒してしまう。その原因は分からないが、とにかく嫌な予感がする。だから断ろうとした時──
「見せて、くれませんか?」
靄がかかったように思考が回らなくなる。これは、昔感じたことがある、強い暗示。使用者の命令を聞かせるための、魔術師の常套手段だ。これが使えるということは、シエルは……
「魔術、師……!」
「あれ……? 結構強めにかけたのに、どうして意識が?」
不思議そうに見ているシエルの顔には警戒よりも困惑が強く浮き出ていた。なるほど……こういうことに余程の自信があるらしいな。
なら、もっと驚かせてやろう。ここまで来たらもう自棄にも違いが、仕方ない。
「構築式は基本的なもの……凄まじい洗練さだな……親父のものよりずっと」
パァンッ、と神に祈るように手を合わせる。イメージするのは、頭を覆い尽くしている魔術的な暗示、それを構築するものだ。これを反転させる。魔術回路がなくても、真理を見た錬金術ならアンチ暗示魔術を構築できる。
式を構築したら、あとはそれを頭に叩き込むだけ。青い稲妻が迸り、俺の思考がクリアになっていく。
「錬金術……! 月食君、あなたはやはり……」
シエルが驚く中、俺は染み渡った思考で彼女を見据える。一握りの警戒と、敵意を込めて、シエルの動き一つ一つを見逃さないように。
「質問に答えてもらおうか。あんた、何者だ」
魔術師にろくなやつはいない。魔術師の家に生まれた俺を含めて、魔術師というのはどうしようもない屑か、救いようのない愚者ばかりだ。
だからこそ、だろうか。シエルもろくでなしに見えてしまう。ああ、なんて醜い思考だろうか。楽しそうに笑う記憶の中の彼女も、美味しそうにカレーを頬張る彼女も全て嘘だったのかと思ってしまった。
「言っておくが、逃げようとは思うなよ。その瞬間お前を焼く」
「……」
「……黙り、か」
当然と言えば当然だ。さっきの口振りからして、所属している派閥から俺のこと──というよりも家のことを聞いている感じだから。とはいえ、
「俺は洗脳魔術を使えねぇぞ」
家の魔術を継承していないのだが。
「──へ?」
「そもそも、魔術回路がないからな」
「ええええ!?」
シエルの声が教室に響き渡る。
「聞いてねぇのか? 時計塔のロードとかの連中から」
「い、いえ、そもそも私は時計塔の者では──はっ!?」
「時計塔じゃねぇのか。てことは──っと!?」
思考を回し始めたところで、シエルの拳が顎先一歩手前を掠めた。直撃していたら確実に脳震盪を起こしていただろう。
「魔術使えるじゃないですか!?」
「いや、俺魔術回路も魔術刻印もないって。ほら」
月食の魔術継承者であれば存在する喉の魔術刻印は、俺の喉には刻まれていない。才能も魔術回路もゴミ以下だったから継承するどころか、魔術素材にされかけたくらいだ。
「あ、本当ですね──って、そうじゃなくて!」
「んだよ」
「月食の魔術を継承していないとは、どういうことですか?」
「おっと。それを聞きたいなら俺の質問に答えてくれ」
等価交換だと笑ってみせると、シエルは凄く胡散臭いものを見る目を向けてくる。
「魔術師との等価交換は割に合わないことが多いです」
「俺は錬金術師だ。魔術師じゃねぇ」
睨み合いが続く中、先に折れたのはシエルの方だった。溜め息を吐いたシエルは、しょうがないと言わんばかりの表情と雰囲気を出して口を開く。
「隠しても無駄そうですし、二つだけなら答えます」
「なら俺も二つだけだな」
「等価交換……ですか。確約してくださいよ?」
「ああ。なんでも聞けよ。人体錬成の陣についてでもいいぜ?」
俺の挑発的な態度にイラッと来たのか、シエルの雰囲気がぶれる。
「……聞きたいことの一つは、あなたのノートの中身についてです。それはなんですか?」
「錬金術の構築式が描かれたもんだよ」
ノートを開いて見せてやると、シエルは凄く驚いた表情を見せた。当然だろう。秘密主義なところがある魔術師が自分の研究成果を見せるというのは、それほど大事な意味があるのだから。
「聞いておいてあれですけど、見ていいものなんですか?」
「別に。秘匿されるものではないし」
普通の魔術師と違って、俺は弟子もいないし、魔術的な錬金術師ではない。どちらかと言えば解明し、神秘を暴いて科学的に証明するようなものだ。解釈が合ってるかは知らん。
「そも、シエルは時計塔の連中じゃねぇんだろ? なら問題ねぇ」
「問題ないって……そんな適当な」
「適当でいいんだよ。魔術師はクソだが、時計塔はもっとクソだからな。だったらまだ聖堂教会の方がマシだ。それに──」
「それに?」
「聖堂教会……というか埋葬機関か。あそこの司祭には何度か世話になってたからな」
あそこの連中は化け物ばかりが揃っているが、ノイ司祭とかは本当に化け物染みている。なんなんだあの人……俺の実力不足もあったが、鉄血の錬金術が全く通じなかったんだよな……化け物過ぎるぜ埋葬機関……!
「で、だ。次は俺の一個目──二個目も纏めての質問だ。あんた、前々から思ってたけど、なんだその体」
「……セクハラですよ」
「んなことするか馬鹿。聞いてるのは、あんたの馬鹿みたいな代謝についてだ」
人間とは思えないレベルの代謝。シエルの体は異常なのだ。生きているのにまるで死んでいるかのようで、死んでいるようで生きているという矛盾を孕んでいる。
「少なくとも、表も裏も真っ当な存在じゃねぇだろ。所属はどこだ?」
「……代謝については、ごめんなさい。言えません。ですが……所属は言えます。────埋葬機関第七位です」
「まッ……!? あー、なら仕方ねぇか……聞かねぇことにする」
あれに所属しているなら聞いても仕方ない。埋葬機関ってのはそういう場所だし……勧誘されてるけど、断り続けてるあそこについて根掘り葉掘り聞く勇気はない。
「んで、シエルの番だぞ。何が聞きたい?」
「あなたの錬金術についてです。魔術師──アインツベルンなどの錬金術とは全く違うみたいですが」
やはりそこは聞きたいよな。ノイ司祭とかにも聞かれた記憶がある。
「んー……まぁ、平たく言ったら学べば誰でも使えるのが俺の錬金術。学んでも魔術の素養がなければ使えないのがアインツベルン達の錬金術だな。アトラス院の連中もその類か」
「?」
「全は一。一は全。全の中に一があり、一が集まり全となる。万物流転、その流れを知り、再構築するのが錬金術だ」
その中にしてみれば、魔術だって一になる。人だって一だ。それが集まって社会という全を作る。
そういう流れを理解して、そこから何かを分解、再構築していくのが錬金術なのだ。
「それを理解せずにやると、やってくるのはとんでもないリバウンドだ」
「リバウンド?」
「魔術師にもあるだろ? 呪詛返し。あれみたいな感じで代償そっくりそのまま自分にくる」
呪詛返しとはちょっと違うだろうけど、と肩をすくめる俺に対して、シエルはじっと俺の腰より下……両足を見つめている。
「その脚は、そのリバウンドで?」
「ああ、これは別。──さて、これくらいにしとくか。……あ、そういえばシエル、埋葬機関に所属してんならさ、勧誘止めてくれねぇ?」
そろそろ鬱陶しくなってきたからなぁ……いや、実力を認めてくれているってのは分かるし、そこは嬉しいんだけどさ。俺は埋葬機関みたいな化け物にはなれない。
そもそも魔力がないからやれることも限られてくる。魔術回路は持っていかれてるのだ。
「難しいと言わざるを得ませんね。あなたへの勧誘は恐らく死ぬまで続きますよ。入るなら話は別ですけど」
「そこをなんとか!」
「無理ですよ。等価交換できるものがないです」
ぐぐぐ……それを言われてしまうと弱いな……唸る俺は滑稽だったのか、シエルは笑う。なんだろう……魔術師──というか代行者だと知った瞬間からこいつが凄くイラッとくる。
「……まぁ、それはそれとして。最近は物騒ですから、そろそろ帰った方がいいですよ」
「おー、埋葬機関が言うと重みが違うな」
「冗談抜きで言っていますからね?」
まぁ、実際物騒なことは起きている。人が死んだり、行方不明になっていたりと、結構ヤバいことが。埋葬機関の奴がいるってことは、化け物を狩りに来たのだろう。
「ま、気をつけて帰るよ。シエル、あんた引き際はちゃんと考えとけよ」
なんとなく、クラスメイトが心配だったから言った言葉。それが届いたのかは分からないし、心配が伝わったかも分からない。……けど、
「ありがとうございます。月食君」
届いたと、信じたいと思うのは間違っちゃいないはずだ。
黄昏時の空が、シエルの笑顔を赤く染めていた。
月食
洗脳魔術という魔術を使う魔術師の家に生まれた少年。魔術回路も魔術の才能もゴミ以下だったため、魔術の素材にされかけたが、陣の中心が彼だったため生存。
真理を見て、魔術回路と両足を持っていかれた。
作り出した錬金術は『鉄血』、『豪腕』、『焔』、『紅蓮』、『雷霆』、『氷結』。手合わせ錬成も可能である。
埋葬機関に目をつけられており、毎月勧誘のお手紙が届く。