魔術師上がりの錬金術ーMagician's Alchemistー 作:エヴォルヴ
「
昼休み、至福の昼寝タイムへと至ろうとしていた俺に、クラスメイトであるシエルが話しかけてきた。
「眠いんだ。昼寝させてくれ」
「ダメですよ。お昼はちゃんと食べなきゃ」
んなもん知るか、俺は眠いんだ。
さっさと眠ってしまおうとしたところで、シエルが耳元で悪魔的なことを囁く。
「お昼一緒に食べてくれなきゃ、埋葬機関に拉致りますよ?」
「──!?」
眠気が全て消し飛ぶ。なんて恐ろしいことを言い出すんだこの女! 埋葬機関に拉致するとか、何の変哲もない錬金術師を殺すって言ってるようなもんだぞ!?
そもそも、なんでこんな錬金術師を勧誘しようとしてるんだよ。俺の錬金術は全部神様の掟に背くようなものばかりだと思うんだけどなぁ……
ともかく、今はこいつに従うしかない。埋葬機関なんてヤバいものに連れていかれるよりマシだ。
「分かった、分かりましたよ。どこで食べるんだ?」
「部室に行きましょう。色々聞きたいことがありますし」
聞きたいこと、ね。大方、この街で起こっているあれこれについて、とかだろう。それか錬金術について。
そんなことを思いながら茶道部の部室に向かうと、シエルが鞄を部室に持ち込んでいたことに気付く。ガチャガチャと音を鳴らすそれはボランティア活動のための道具、とかではない。聖なる法典……魔術的なものを感じるそれは恐らく……
「……死徒狩りの武器、か」
「おや、よく分かりましたね?」
「簡単だろ。代行者の武器……とんでもない武装っぽいな」
「ええ、もちろんです。私の自慢の武器の一つですよ」
取り出されたのは背筋が凍るような馬鹿げた武装だった。見事なまでの大砲……というか、パイルバンカーというか……とにかく物騒極まりない武装である。
じっと見つめていると、俺のおかしな目にとんでもないものが飛び込んでくる。
「シエル、その武器まさか……人体錬成で造られたものじゃねぇだろうな?」
「人体、錬成……? 何を言っているのかは分かりませんが、これは神鉄を使って造られた──って、ああ、そういうことでしたか。これは確かに少女ごと竈にくべて錬鉄したものですけど……」
つまり……人体錬成なんてとんでもないものの副産物として生まれた残骸の武装ではない、ということか。
「……………………早とちりだった、か」
「顔が青いですけど、大丈夫ですか?」
「いや、問題ない。やらかしてくれたやつがまたいたのかと思っただけだ」
普通にビビっただけ。事故でもなんでもなく、真理を見ようとした奴らがいたのかと思っただけだ。
ホムンクルスという肉人形を鋳造するようなものではない。あんなもの、やるのは狂った人間だけなのだから。代行者も、魔術師もやらかしそうな感じがする。そう思って先走ってしまっただけ。
「……月食君、質問いいですか」
「あ? あー……ああ。いいぞ。なんだ?」
「その脚についてです」
質問は錬金術についてで正しかったようだ。俺の脚──つまり両足の義足について聞いてきたシエルの目は真剣そのものである。
「それを話すにはまず、錬金術の基本と俺の信条について話す必要があるな……」
肌身離さず持ち歩いている錬金術について記されているノート、その一頁目を開く。そこには錬金術の基本が書かれており、シエルはその研究量に目を見開いていた。
「錬金術は原子配列の組み換えを行うもの、みたいなものだ。既存のものの形を変えたり、化学反応を起こしたり、とかな」
「えと……つまり、石炭からダイヤモンドが作れる、と?」
「だな。ただ、そのためには原子配列全部を理解してねぇとダメだ」
「凄く無理難題じゃないですか?」
「少なくとも俺はやれるってだけ。普通なら、基礎と自分なりの錬金術を学ぶ」
俺の場合は色々特殊だし、多分俺以外でこんな錬金術をやってる連中はいない。
「例えば……これか」
「それは……昨日の手袋?」
「ああ。焔の錬金術は説明しやすい」
そう言って俺が手袋をはめて、紙をぐしゃぐしゃにしてから空中に放る。
その紙目掛けて指を鳴らしてやると、発火布製の手袋から火花が散り、紙の球が凄まじい火力によって塵一つ残さずに消え去った。
「焔の錬金術は燃焼の三要素によって使われる」
「燃焼物、酸素、発火物……ですね?」
「正解。この発火布が発火物に当たり、錬金術を使って酸素を調整。そして燃焼物が、紙だったわけだな」
魔術師が考える錬金術と、俺の扱う錬金術は違う。向こうは人体と生命の探求の手段だが、この錬金術は科学。つまりは神秘すらこちらの領域に引きずり込むことができる可能性の塊である。
「ちなみにだが、俺は
「え? じゃあどうやって破壊と再構築を?」
「知ってるから、だな」
大きく息を吸って、吐き出す。シエルの目をしっかり見据え、制服の裾を引っ張った。
「知っているってのは、この脚がこうなった理由に起因する」
「……魔術実験による事故と処理されていましたが、違ったのですか?」
「全ッ然違う──とも言えない……が、違う」
あの日見たものは地獄だった。俺の目の前でぐちゃぐちゃになった父親だったものと、母親だったもの。醜く腐り落ちた何かが、両足を失った幼い俺の目の前にいたのだ。
「人体錬成。神様が定めた禁忌に踏み込もうとした愚か者……その末路だ」
「ホムンクルスの鋳造とは違うと?」
「あれはクローンだ。人体錬成とは違うものだ。……シエル、人が死んだらどうなる? 魔術的な考えでもいいし、一般論でもいい」
「それは……肉体が活動を停止して、魂が還る、とかですよね?」
うん、それが一般的な考え方だろう。魔術的な考えだと凄く面倒くさいものだが……とりあえず魂の定義はこのくらいでいいだろう。
「魂ってのは還ってどこかに消えるor洗浄されて転生する……ここまではいいよな?」
「ええ、もちろん」
「錬金術でもそこは変わらねぇ。魂ってのは戻らない。残らない。死者蘇生なんて叶わないものだ」
そう、当たり前だ。『
「で、だ。錬金術のルールは世界のルールだ。そんなルールに反したことをしたら、どうなると思う?」
「……リバウンドする?」
「いや。世界のルール──真理の扉、その奥を見ることになる」
「真理……って、まさか、根源への到達!?」
「ははっ、真理の扉は根源に近いのかもな。何せ世界の全てを見せられるんだし」
俺が見たのは、俺自身の真理の扉。世界中の誰にでも存在するという扉の先で、世界の情報を全て叩き込まれた。正直なんで発狂してなかったのか不思議で仕方ない。
「あらゆる情報を許容、理解した代償として、通行料を支払うことになる」
その一つがこの脚だ、とカツカツ叩く。とある人が真理の扉の先で知ったことを教えることを条件に造ってくれた、最高品質の義足。
それを叩きながらシエルを見れば、驚きの中に化け物を見たような、珍獣を見たような、不思議な顔をしていた。
「どうした?」
「い、いえ……納得しました。なぜ月食君が魔術協会に所属していないのかと、埋葬機関があなたを勧誘する理由を」
真剣な表情に切り替わったシエルは小さな口を開く。
「根源接続者に似たような存在を、魔術協会が逃すはずがない。封印指定確定です」
「だろうな。とある爺さんにもそう言われた」
「そして、埋葬機関としてはあなたのような人材を逃したくない。真理を知る者……つまりは神の領域を知る者を」
「ああ、そういやメレムさんにも言われたなぁ」
聖堂教会としては、俺を御神体みたいに祭り上げるか、神の啓示を与えられた神父として使いたいのだとか。
んで、治外法権の埋葬機関としては神の領域に踏み込んだ存在──つまりは肉体自体が聖典武装のようになっている可能性がある俺に、しっかり首輪を着けたい。あわよくば使いたいのだろう。
「あのコレクターに会ってるんですか?」
「まーな。ただ、あの人苦手なんだよな……こう……いつかコレクションに加えてやろう、みたいな視線があるというか……」
「うわぁ……厄介な人に目を付けられましたねぇ」
シエルにとってもそうなのか……あの人……人? 人かどうか分からねぇけど、ちょっと厄介な存在なんだろうな……
「話は戻りますが、人体錬成……でしたっけ。それをやって、どうしてそんなことになるんですか?」
「そりゃあ、『失われた魂の情報』なんて、等価交換の原則の中には存在しないし、真理の扉の先にも存在しないからな」
「──!! そういう、ことですか……!」
「物分かりが良くて助かるぜ」
そう、扉の向こうであっても失われた魂の情報はどこにも存在しない。存在しないから真理を見せられて、何かを持っていかれて終わるだけである。
「まぁ色々省くが……真理に持っていかれるものは人それぞれだ。例えば……家族の温もりを求めたら──っと、大丈夫か?」
何か思い詰めたシエルが心配になり、声をかけると、シエルは何ともなさげに笑みを浮かべた。
「はい、大丈夫です。続けてください」
「ああ。家族の温もりを求めて人体錬成を行えば、肉体全てを持っていかれて、温もりを感じなくなってしまう」
子供や恋人を蘇らせようとすれば、一生子供を作れない体となってしまう。国の未来を見据えようとしている者なら、見るための視力を持っていかれる。
人が思い上がらないようにするため、ではなく、重すぎるほどの痛みを伴う教訓を与えてくるのが真理……なのだろう。
「じゃあ、月食君は……」
「ん? 俺は……まぁ、事故で来たみたいなもんだから、割引された」
「わ、割引!? 割引で、両足を……!?」
驚愕するシエルの反応が、とても面白くて笑ってしまいそうになったが、俺はそれを堪えて首を横に振った。
「俺に選ばせたんだよ。通行料を、何を失うのかって」
「それで、月食君は、両足を選んだと……?」
「ああ。それと魔術回路を差し出した。俺を散々振り回してくれたものをな」
魔術師であるために必要な魔術回路と、明日へ向かうための両足。それが俺の差し出した対価である。
手製のカレーが入ったスープジャーに、ターメリックライスをぶち込んでは口に運ぶ俺は、何ともなさげに笑った。
「こうなってから思うんだ。不自由と不幸はイコールの関係じゃねぇんだって」
「そう、でしょうか」
「少なくとも、俺はそう思う。ほら、シエルも分かるだろ? 持ってきたお金で買えるのはカレー一品+サイドメニュー一品orケーキ一品。だけどどっちも捨てがたいってやつ」
曇っていた顔が少し晴れて、カレー馬鹿のシエルに変化する。
「そうそう、その選んでいる瞬間がまた楽しくて……って何で知ってるんですか!?」
「そりゃあ、常連の顔は覚えるって。カレーハウス『メシアン』、いつもご利用ありがとうございまーす」
両親がいなくなってから、俺は祖父母の家に預けられた。その祖父母が経営するのがカレーハウス『メシアン』なのである。
いつも美味しそうにカレーを食べているシエルは、祖父母の目に入っているし、厨房だろうが配膳だろうが出没して手伝いをしている俺も知っているのだ。
「な、ななな……!」
「あんだけ幸せそうに食べてくれる客はいないからな。爺ちゃんも婆ちゃんも気に入ってるんだよ、シエルのこと」
「それは凄く嬉しいですけど……ハッ、あの新メニュー、100時間煮込みカレーはもしや──」
「俺の考案メニュー。ちょいと値は張るけどな」
楽しそうに話すシエルは、どの角度から見ても普通の女の子だった。こんな女の子が物騒な武器を持って吸血種達と戦っているんだよな……同情はしないが、尊敬はする。
「あの真っ黒なカレーを一口食べただけで、頭を殴り付けてくるスパイスや野菜、肉などの旨味……はぁ、忘れられません……」
「あれ作るのに二年はかけてるんだ。忘れられない味、なんて嬉しいことを言ってくれるな」
「あれを、二年で……!? あのカレー魔人ですら辿り着いていないかもしれないカレーを……!?」
カレー魔人とやらが誰なのかはさておきーー知っているような気がしなくもないけど。
爺ちゃん達に頼まれてたことあるんだよな。シエルへの伝言……で、いいのかな、あれ。
「シエル、爺ちゃん達からの伝言があるんだけど……」
「へ? 何でしょう?」
「重くて潰れそうになった時、怖くて自分が嫌になる時、馬鹿孫か私達に相談しなさい……だ、そうだ」
爺ちゃんと婆ちゃんは勘が鋭い。俺が昔、義足のせいで虐められていた時、隠していたのにバレて「子供が儂ら老いぼれに遠慮してどうする」と、爺ちゃんからは【マジカル八極拳】なるものを叩き込まれ、婆ちゃんからは拳骨を叩き込まれたことがあった。
そんな二人から頼まれた伝言は、シエルを心配するようなもので。伝えられたシエルは少しだけ、暗い顔を見せてから笑う。
「ありがとうございます、月食君。でも、大丈夫ですよ」
そんな彼女を、放っておけなかったから……だろうか。俺はこの先の人生において、最高の歴史でもあり、最悪の黒歴史である言葉を言ってしまうことになる。
「シエル」
「はい、何ですか?」
「錬金術、学んでみるつもりはないか?」
「……はい?」
この言葉が、聖堂教会と魔術協会の方から【魔術上がりの錬金術師】、知り合いには【
シエル
皆大好き、カレー大好きな可愛い先輩。実は月食を埋葬機関に引きずり込むことも、密かに期待されていたりする。