魔術師上がりの錬金術ーMagician's Alchemistー   作:エヴォルヴ

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皆シエル先輩をスコれ。最高だろ、シエル先輩。


3.馬鹿弟子

 カレーハウス『メシアン』、二階居住エリアのリビングで、俺は待ち人を待っていた。

 

「あと十分弱……多分時間通りに来るだろ」

 

 先日、シエルに錬金術を学んでみないかと聞いた時、困惑してはいたけど了承されたのだ。どういう風の吹き回しなのかと聞かれたら、少々回答に困るが……シエルが放っておけなかったから、というのが一番の理由だろう。

 シエルは何かを抱えている。埋葬機関にいる理由もそれに起因するものだとは思うが、彼女はきっと、心から笑ったことがない。

 

「あ、爺ちゃん、婆ちゃん。昨日も言ったけど、今日は友達と遊ぶから手伝いできない」

 

「分かっとるわい。神波(かんな)が友達と遊ぶなんて、思ってもみなかったが」

 

「しかも女の子ですものねぇ……」

 

 な、何だか生暖かい視線を注がれたぞ? 俺とシエルはそんな関係ではないんだけど……

 何を言っても無駄だろうから言わないでシエルを待っていると、玄関の呼び鈴の音が耳に届いた。

 

「まだちょっと時間あるはずなんだが……」

 

 きっとシエルだと思い、階段を降りてメシアンの裏玄関を開ける。するとそこには、シスター服のシエルが立っていた。うーん、凄く似合ってはいるんだけど……

 

「あのミスター麻婆豆腐を思い出すんだよなぁ……」

 

「? 麻婆豆腐がどうかしましたか?」

 

「ああ、いや……まさかシスター・シエルが来るとは思ってなくてな……」

 

 聖堂教会の戦闘服の一つである修道服……ああ見えてスカートの中には大量の黒鍵が入っているのだろう。

 対異端聖典武装【黒鍵】。魔力を流し込むことによって自動洗礼状態へと移行し、吸血種達へ有効的な打撃を与えることができる武装である。火葬式典、土葬式典、風葬式典、コンクラーベ、影縫い、時飛びなどたくさんの投擲スタイルが確立されてきた由緒正しい武器だ。

 そんなものが仕込まれているであろうスカートに恐れ戦いている俺は、ハッとしてシエルを歓迎する。

 

「ようこそ、シエル。今日から錬金術師見習いとなる、馬鹿弟子を、俺は歓迎するぜ」

 

「ば、馬鹿弟子……?」

 

「おう、馬鹿弟子だ。神様とやらの領域に踏み込んだ馬鹿野郎に、錬金術を教えられちまうんだからな」

 

 カラカラと笑って、部屋に案内すると、シエルがキョロキョロと俺の部屋を物珍しそうに見渡す。

 

「なんだ?」

 

「いえ、その……案外普通、というか……」

 

「ああ……工房はここにはないんだよ。工房はこっち」

 

 黒いクローゼットの戸を開けると、ガシャガシャと音を立てて形を変えていく俺の部屋──と言っても、変わるのはクローゼットの向こう側だけなんだが。

 そして改造が終わり、クローゼットの向こう側には一人部屋より少し大きな部屋が出来上がった。

 

「こ、これは……! 城の……!?」

 

「城……? あ、もしかしてあの王国野郎? あいつ死んだの? マジで?」

 

 あの野郎、やっとくたばったのか。爺ちゃんと婆ちゃんと一緒にリハビリ兼旅行に行った際、襲ってきたから完成したばっかりの『紅蓮の錬金術』でふっ飛ばして逃げたんだけど……死んだのかあいつ。

 

「あの死徒、狩る前から損傷してましたけど、もしや……」

 

「多分俺の錬金術のせいだな。『紅蓮の錬金術』で爆弾にしてやったよ」

 

 あの時の攻撃はあいつが油断していたからやれたことだが、次襲われたら確実に殺されてしまうだろう。

 

「可哀想になってくるほど手負いでしたよ、あの死徒」

 

「両手を吹き飛ばしたからなぁ……」

 

 というかあいつ、どうやって爆発を腕だけに留めたんだろうか。死人に口無しだから調べようもないけど、ちょっと気になってしまうのは魔術師上がりの性分だ。

 

「まぁいいや。授業を始めようか。『始めよう錬金術~初級編~』ってな」

 

「あ、はい。よろしくお願いします!」

 

「んじゃ、まずは錬金術を学ぶ当たっての注意事項からな」

 

 俺の錬金術は魔術師の錬金術とは違う。だからやってはいけないこともある。人道に背いちゃ錬金術師どころか人として終わってしまう。

 

「原則三つ。一つ、金を作ってはならない。二つ人を作ってはならない。そして三つ……自分の魂に恥じない選択をすること」

 

「一つ目と二つ目は分かるんですが、三つ目は?」

 

「シエル、あの時こうすれば良かったとか、こうしなければ良かった、なんて経験あるか?」

 

 そう言った途端に、シエルの表情が曇る。そりゃそうだろう。シエルは埋葬機関の所属で、何度も死徒と戦ってきているのだから。その中で仲間を失ったり、助けられなかった命もあるはずだ。

 そんな経験をしていれば、何を信じていいのか分からなくなってくるだろう。だから、俺は決めたのだ。

 

「何を信じていいのか分からない時。迷ってしまった時。自分自身を信じるんだ」

 

「自分、自身……」

 

「お前の魂に誇れる選択をすればいい」

 

「そんなこと、できるんでしょうか。間違いばかりだとしても」

 

「……これは、爺ちゃん達からの受け売りなんだけどさ。心は、魂は自分を自分で決められる唯一の部品なんだと」

 

 だから心や魂に誇れる選択をするのだ。どれだけ間違い続けていたとしても、魂に、心に嘘を吐いて進んだら、自分も他人も許せなくなるし、愛してやれなくなってしまうのだと、爺ちゃん達は言っていたのを覚えている。

 

「それをなくしちゃいけない。なくしたら道具に成り下がる。もし、もしも、だ。それすら機能しなくなった、その時は──」

 

「その時は?」

 

「俺が錆だろうが何だろうが落として修理してやる。嫌と言っても、拒んでもやるからな」

 

 シエルはただの女の子だ。どれだけ強いとしても、俺や爺ちゃん、婆ちゃんにとってはカレーが大好きな女の子である。化け物退治の専門家であったとしても、それは変わらない。

 

「で、カレーでも食いながら話をする。腹減ってると嫌なことしか考えられなくなるし。シエル、カレー好きだろ?」

 

「──ふっ、ふふ……何ですかそれ。さっきまでの真剣さが台無しですよ」

 

「いいだろ、別に。真剣な話してると肩が凝るんだよ」

 

 シエルが吹き出したところで、手を叩く。

 

「とにかく、だ。嫌になったら逃げろ! で、師匠である俺に会いに来い! いいな!」

 

「ふふ、はい、先生」

 

 口約束ではあるが、シエルは約束を破ったことがない。いざとなればカレーでも使って捕まえてやると息巻いて、俺は何冊かのノートをシエルの前に置いた。

 

「さて、授業を始めるぞ。最初に学ぶのは錬金術の基礎中の基礎。『全と一』についてだ」

 

「あ、はい。改めて、よろしくお願いしますね」

 

 俺は工房からホワイトボードを引っ張り出して、その中心に大きな円と小さな円を描く。

 

「全と一……これは自分なりの答えを見つけるべきだが……参考程度に俺の解釈を話す。全は世界、一は俺。それが俺の解釈だ」

 

「壮大過ぎでは?」

 

 そう言って首をかしげるシエル。うん、まぁ、最初にこれを聞いたら困惑する。俺だって錬金術を学ぶ前に聞いたら確実に困惑するし。

 

「俺達は大きな円、流れの中で生きてる。人が一とすれば、全は社会。社会が一とすれば全は国。国を一とすれば──」

 

「世界が全、ですか?」

 

「そう。そんな感じでどんどん大きな円が形成されていく。そういう流れの中で、俺達は生きてるんだ」

 

 それを理解することから、錬金術は始まると言っても過言ではない。

 

「それを理解すれば、わりと簡単に錬金術は使えるようになる。俺は例外になるが──こんなこともできる」

 

 工房から更に炭素棒と砂糖を持ってきて、錬成陣を描いた紙の上に置く。そして手を合わせ、錬成陣に向けて両手を突き出せば、青い稲妻が迸った。白い光が止むとあったはずの炭素棒はなくなっており、一つのコッペパンが出来上がっていた。

 

「え!? あったのって炭素棒でしたよね!?」

 

「パンは炭水化物だからな。空気中の酸素、水素、二酸化炭素と砂糖、炭素棒を分解、それらを再構築して合成。これで魔法のパンの完成だ。あとは焼いてやれば、美味しいコッペパンよ」

 

 実は砂糖がなくてもパンとか作れるんだが、今回は面倒なので砂糖も追加した。色々説明を省いたが、習うより慣れろとも言うし、シエルもその方が分かりやすいだろう。

 

「錬金術はこんな可能性も秘めているんだ。その副産物でスパイスの調合が上手くなったりとかした」

 

「つまり錬金術を極めたら、カレーも美味しくなる……?」

 

「カレーは副産物だぞ馬鹿弟子」

 

 この馬鹿弟子、カレーのことになるとスイッチが入るな。仕事中はそうでもないんだろうけど……もしや、辛い職場だからこその反動だったりする? 

 もしそうなら、錬金術を教えながらも色々遊びも教えた方が、シエルのためになるかもしれないな。吸血鬼を倒して、カレーを食べて、また吸血鬼を殺しに行くとか、ブラック企業だとしてもしないルーティーンだ。

 

「まぁ、とりあえずシエルには、錬金術の一つを修めてもらう。好きなの選べ」

 

「あ、じゃあこの『紅蓮の錬金術』ですかね」

 

 俺が出したノートの一つに書かれていた錬金術の項目を開いて、目を輝かせるシエル。凄く物騒なものに手を出したなこの子……

 

「凄い物騒な錬金術に手を出したな」

 

「だって、手袋のデザインだって言えば入国審査も簡単じゃないですか。しかも手軽に聖典武装を爆弾として使えるなんて」

 

「まぁそうだけどさ。……まぁ、『雷霆』とか『氷結』よりはマシか……? いやでもなぁ……」

 

「雷霆? 氷結?」

 

 あ、やっべ。『雷霆の錬金術』と『氷結の錬金術』はまだノートに情報を追加してない。そして、この二つは俺の修めた錬金術の中でも最大級にヤバい錬金術であり、シエルが求めてそうなものだ。最近は『銀の錬金術』も完成間近だが、それよりもシエルは前者二つを求めるだろう。

 

「月食君」

 

 シエルの目から光が無くなる。あ、これはあれか? マジモードというやつか? 

 

「……何でしょう」

 

「『雷霆の錬金術』と『氷結の錬金術』について教えてください。なるべく詳しく。私は冷静さを欠こうとしています」

 

「落ち着け、近い。離れろ」

 

 戦闘モードに引けを取らないであろうオーラを纏って迫ってくるシエルは、学校で見ているような頼りになる生徒ではなく、代行者としての顔が出ていた。

 

「さぁ、早く。教えてください」

 

「だから、落ち着けと言っている!」

 

 ま、これくらい意欲的な方が教えがいがあるってもんだけど。

 ただ、それはそれとして近い。いい匂いがする。

 

「あ……す、すみません。つい早とちりを」

 

「全く……で、だ。『雷霆の錬金術』と『氷結の錬金術』について、だったな」

 

 シエルが落ち着いたところで、『氷結の錬金術』について説明を開始した。ホワイトボードには『氷結の錬金術の強み』、と書き込んで授業を始める。

 

「まず『氷結の錬金術』だが、これは水属性の錬金術だ。他の錬金術とも相性が良い」

 

 ホワイトボードに『水属性』と書き込み、三つの丸を作った俺は、シエルに問いかけた。

 

「シエル、水の相転移は?」

 

「えーと……凝固、蒸発、とかですよね?」

 

「正解。水さえあれば使えるというのが、この錬金術の利点だ」

 

 水属性の錬金術『氷結の錬金術』は、液体なら何でも使える便利な代物である。普通の水、雨水なども利用でき、水蒸気爆発なんてものを引き起こすことだって可能なのだ。『焔の錬金術』と組み合わせても強い。

 

「相手を凍らせる、液体の檻で閉じ込めるとか諸々あるが、シエルが注目すべきはどこでも使えるってところだな」

 

 この錬金術は液体なら何でもいい。血液だろうと扱えるため、どうあっても被弾すれば出血を強いられるシエルとの相性はいいだろう。

 それに、相手の体の水分をいじって爆発させることもできる。そのレベルに辿り着くには、何年か訓練しなければならないだろうが、それでも水の弾丸とかを射出するくらいならやれるようになるはずだ。

 

「電気を使う『雷霆の錬金術』と違って、使いどころを選ばない。汎用性の塊であり、基本的にどの戦術にも組み合わせられる。俺としては『氷結の錬金術』を推したいね」

 

「ふむふむ……確かにそう言われると……」

 

「今決めなくてもいいから、決めたら話してくれ。今日は基礎をがっつり叩き込むから」

 

 必殺技になり得る錬金術もいいが、基本技である錬金術の基礎。それを下地にすることで、錬金術は更に深く、強力なものへと変貌する。

 さぁて……今日でどこまで伸びるかねぇ、シエルは。何分、人に教えるなんて経験は義足を造ってもらった時以来だし……俺次第でもあるな。

 

「まぁ、仕事もあるし、キツかったら言ってくれよ?」

 

「はい。お気遣いありがとうございます」

 

「ん。じゃ、基礎やっていくぞ。まず、等価交換の法則だが──」

 

 

 ──────────────────────────────

 

 

 ──────物覚えが早いのか、シエルはどんどん錬金術について理解していった。一時間経つ頃には錬金術の基礎の応用で木と石の合成人形を造れるレベルにまで到達している。

 

「凄いな、シエル」

 

「そうでしょうか? 月食君の教え方が上手いお陰ですね」

 

「いや、九割はシエルの適性によるものだ。だから、素直に喜べ」

 

 実際、本当に凄い。錬成陣はまだ俺が作ったものを使っているが、そのうち自分で描いて使えるようになるだろう。

 

「さて、シエル。優秀な弟子のお前に、いいお知らせだ」

 

「え、何ですか?」

 

 首をかしげたシエルに、得意気な笑みを浮かべて答える。

 

「今は十一時半。もう少しで昼だ。そして、ここはカレーハウスだ」

 

 その言葉を聞いて、シエルの目が輝きを放ち始めた。俺が何を言いたいのか分かったようだな。

 

「も、もしかして……」

 

「昼飯はカレーだ。賄い、出してやるよ」

 

 カレーハウス『メシアン』では、八百円の日替わりカレーが賄い飯である。今日の日替わりカレーは豚カツが乗ったカレー……つまりカツカレーである。

 うちのカツカレーは他の店のカレーと違って、具材もしっかり入っているタイプのカツカレーだ。揚げたての豚カツと、ホロホロになるまで煮込んだ具材。そしてご飯を同時に掻き込むと凄まじい多幸感がやってくるという魅惑の一品である。

 

「カツカレー……! お高くてちょっと手が出せなかったんですよね……」

 

「日替わりカレー頼めば一律八百円だぞ?」

 

「でもあれ、サイドメニュー固定じゃないですか」

 

 ああ、そういう……グリーンサラダ固定なのがあまり気に入らないと。気持ちは分からないでもない。

 

「選ぶ瞬間が楽しいんですよ!? 分かりますよね!?」

 

「まぁな。──っし、とりあえず持ってくる。ご飯とルーの量は?」

 

「どっちも二倍でお願いします」

 

「はいよ。んじゃ、机の上片付けといてくれ」

 

 それだけ頼んで、俺は厨房へ向かう。多分婆ちゃんがシエルの分の豚カツを揚げている。俺はカツ少なめだ。胃がもたれるんだよなぁ……

 

「爺ちゃん、婆ちゃん、賄い取りに来たよ」

 

「おう、そこにある皿使ってくれや」

 

「シエルちゃんの分はどのくらい?」

 

「どっちも二倍」

 

 てきぱきと仕事をこなし、あっという間に盛り付けられたカレー皿をトレーに乗せる。カレーの上に乗った揚げたての豚カツと、うちの特製ブレンドスパイスの香りが食欲を掻き立てた。いつ見ても婆ちゃんの揚げ具合は最高だ。これはカレー愛好家シエルの舌も唸らせることだろう。そんな確信を持ちながら、俺はカツカレーを自分の部屋に運ぶため、厨房から出ていこうとするが、爺ちゃんが呼び止めた。

 

「神波」

 

「ん?」

 

 寸胴鍋に入ったカレーを盛り付けながら、爺ちゃんは真剣な表情で口を開く。

 

「あの子の手、離すなよ」

 

「? うん」

 

「あの子は何か隠してる。それを知った後も、な」

 

「言われなくても」

 

 爺ちゃんの勘は鋭い。シエルが何かを隠しているのは、紛れもない事実だと思う。

 だが、それがどうした。師匠は弟子を見捨てない。それを除いてもシエルは友達だし……あんな泣きそうな女の子を放ってはいられない。

 そんな決意を固めながら、俺はカツカレーを両手に、部屋へと戻った。

 

「言葉を違えたら、お前に【マジカル八極拳】の奥義を受けてもらうからな」

 

 ……寒気がしたのは、仕方のない話である。

 

 

 




月食蛍(つきばみ ほたる)

神波のお祖父ちゃんに当たる人。【マジカル八極拳】なる拳法を修めており、七十代後半のくせに化け物みたいな実力持ち。「この時代に老いぼれを見たら生き残りだと思え」を体現しているような化け物。本人曰く「本気の拳は空間が歪む」、らしい。化け物過ぎやしないか?
とある魔法使いが「このお爺ちゃん頭おかしい!」と言うくらいには化け物なお爺ちゃん。
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