魔術師上がりの錬金術ーMagician's Alchemistー 作:エヴォルヴ
・金胡麻色の髪。短くも長くもないが、髪を後ろで纏めるくらいの長さがある。
・背丈は170cmくらい。本人は180cmほど欲しいと思っているが、悲しいかな。成長期は終わってしまったのだ。
・目の色も金胡麻色。やや楕円で少々のたれ目。
・細いが筋肉質。使うための筋肉というやつ。志貴君の着替えを覗いていたシエルなら「いい体をしている」と言う。
・両足どちらも膝上まで義足。とある人物が条件付きで作った魔術礼装にも近い最高級品。
・健康的な白い肌をしている。
・最後に、笑顔が素敵だとよく言われている。
今日は冷えるなぁ、と思いながら夜道を歩く。
この土地のセカンドオーナーである遠野家が一応色々やっているだろうが、最近死徒の気配が濃くなってきた。さすがに死徒二十七祖はいないだろうが、シエルのような人が来ているのだし……
「わざわざ送ってもらって、すみません」
そんなことを考えていると、薄暗い道でシエルがそう言ってきた。修道服ということは今夜は死徒の探索をするのだろう。だが、家に安全に送るまでが俺の仕事である。
「いいんだよ、この後見回りやるし。行き帰りで一石二鳥だ」
「月食家ってここのセカンドオーナーじゃないですよね?」
シエルの言う通り、俺はこの総耶のセカンドオーナーではない。
「ああ。だけど、遠野家だけじゃ手が回らねぇ。この辺りは魔が集うって言われてるし」
「ここってそんなに物騒なんですか?」
「だって混血の家が多いし。遠野もそうなんじゃなかったっけ」
「えっ」
別に七夜、両儀、浅神、巫浄の退魔四家に与しているわけでも、遠野、有間、久我峰、刀崎、軋間といった混血の家に与しているわけでもないからな。そもそもあの家々と
ちなみに、遠野家の後輩とはよく飯を奢る仲である。あいつ、大変そうだしなぁ。有間家にいた時も妹さんとコミュニケーションが上手くいかないとかよく相談されてたし。
「その件については後で詳しく聞くとして──月食君。そういえば気になっていたんですけど……月食君のお婆様は、聖堂教会に所属してましたか?」
「ん? 婆ちゃんのこと? ……どうだろう、爺ちゃんと殺し合った仲とか言ってたけど……」
馴れ初めが殺し合いとか、凄く刺激的。スプラッタ映画もニッコリの状況を説明された時は、苦笑と吐き気を催したものである。
「何でそんなこと聞くんだ?」
「いえ、その……局長に『総耶へ行ったら、エイリスによろしく言っておいてくれ』、と言われたので」
エイリス……婆ちゃんの名前だ。爺ちゃんも婆ちゃんもそこまで昔話をしないから分からないが、多分婆ちゃんは聖堂教会に所属してはいない。
それどころか嫌っている気がする。前に聖堂教会について聞こうとしたら笑顔で拳骨叩き込んできた。
「多分違う。聞いた時、俺の頭蓋が変形しかけた」
「頭蓋が!? えっ、月食君って結構頑丈ですよね!?」
「おう、とある神父の【マジカル八極拳】喰らっても骨に罅が入るくらいで終わるぞ」
あの麻婆豆腐神父め……麻婆豆腐の作り方を教えてくれって言っただけなのに、【マジカル八極拳】を教え込まれたのは今でも忘れてねぇからな、あの野郎!
「月食君本当に人間ですか?」
「どっからどう見ても人間だろ。何なら洗礼詠唱でも喰らわせてみる──あ?」
その瞬間──町の空気が淀んだ。
知っている。この淀みを、俺は知っている。冒涜的な腐った臭い。龍脈が乱れ、流れが循環しなくなる不快な感覚を俺は知っている。
「シエル」
「ええ、分かっています。この気配は──死徒。不死、でしょうか」
「第Ⅲ階梯……やっぱりいるか」
俺から見てすぐ右の路地裏、少し広い空間から漂ってくる気配に顔をしかめながら、俺は鞄から『氷結の錬成陣』が刻まれた腕当てを取り出す。
吸血鬼狩りは初めてではないが、嫌な気分になる。特に望まずに化け物へと変貌した人達を殺す時が堪えるのだ。
「さて……シエル。ここは俺に預けてくれ」
「はい? 死徒を殺すのは代行者たる私の務めなのですが」
それはそうだ。
「一応、俺はシエルの師匠だからな。師匠の実力ってもんを見定めてもらおうと思ったわけだ」
隔世遺伝した胡麻色の髪を紫紺の髪留めで纏め、息を吐く。スイッチが入ったように、撃鉄が降りたように、世界の色が変わる。
「……分かりました。ですが、危ないと判断したらすぐに介入しますからね」
「安心しろ。そんなことにはならねぇよ」
笑みを浮かべて路地裏に踏み込んでいく。靴に仕込んだ錬成陣も問題なし。油断することなく、あの世に送ってやる。
「不死に魅入られた者、獣へと堕ちた者よ」
人を襲い、血肉を喰らっていた数匹の化け物がこちらを見た。奴らにとって、俺は迷い込んだ餌。それが命取りとなる。
「望まずに堕とされた者。俺には助ける術はない。故に──」
青い稲妻が、迸る。それと同時に、周囲に飛び散っていた血液が蒸発し、気化していく。赤い霧となった血液が化け物の体を覆ったところで、化け物達は何かを感じ取ったように俺に襲いかかった。
迫り来る爪と牙。人に擬態することすらできる化け物の、人を簡単に殺せる凶器が迫ってくる。だが、その凶器が俺に届くことはない。何故なら、もう終わっているのだから。
「せめて、痛みなく逝かせてやる」
血の霧は急激に冷えて固まり、凝固する。『氷結の錬金術』は水を操る錬金術であり、その液体の温度を操る錬金術でもあるのだ。
液体を沸騰させて蒸発。気化した液体を霧に変化させた後、化け物達の表面及び体内へと侵入させて内部の液体を掌握。そして最後に液体の温度を急激に低下、圧力をかけることで、凝固点まで持っていく。液体の原子回転を停止させたことで原子配列が集合、配列化した影響によって、死徒を完全凍結。
何が起きたのか、彼らは分からなかっただろう。一瞬で冷凍されたお陰で即死しただろうから。
「終わりだ」
踵を鳴らし、凍り漬けになった彼らの水分を内側から解放し、爆発四散させる。崩れ落ちていった氷の山に向けて、俺は手を合わせた。
助けられなくて、ごめんなさい。来世では、真っ当に死ねますように。せめてそれを祈らせてください。
「──っし、終わりだな」
冷気を霧散させて髪留めを外す。この辺りの空気の淀みは消えたが、まだまだ問題は解決していないはずだ。見回りの時間を増やした方がいいかもしれないな……
寝不足が確定したところで、腕当てを外してシエルの方を見る。
「終わったぞ。どうだったよ?」
「──凄かったです。あの殲滅速度は、並みの代行者では難しいでしょう」
「ああ、そりゃどうも」
シエル達、埋葬機関ならもっと早く済ませるのだろうなと思いながら、シエルの賞賛を素直に受け取る。
「『氷結の錬金術』、それをおすすめしていた理由が分かりました」
「だろ?」
この錬金術の利点はどこでも使えることに加えて、事後処理が容易であることが挙げられる。炎でも物騒な武器でも、岩でもなく、使うのは水だから当然だ。
「展開速度、錬成に使うコスト、事後処理の楽さ。魅力的ですね」
「極論、自分の血でもいいからな。まぁ、『雷霆の錬金術』も面白いから今度教えてやるよ」
俺の教育方針はとりあえず色々見たり聞いたりして、自分の琴線に触れたものを習得してもらう、だ。学びたいことをたくさん学んでくれた方が伸びるからな。
俺の場合は色々やってみたいと思ってやってきたけど、真理を見なければここまでの早熟はなかったと思う。
「あれ……? 月食君って魔力を持ってないんですよね?」
「おう」
「じゃあ、どうしてⅢ階梯の死体が消えてるんですか?」
シエルが気になったのは、爆発四散した第Ⅲ階梯の肉体全てが灰となって消え去っていることについてだった。……今日説明したばっかりなんだけどなぁ。
「馬鹿弟子。今日説明したばっかだぞ」
「はい?」
やだこの子、もしかしてアホの子なのかしら。
「全は?」
「一」
「一は?」
「全」
うん、ここまではしっかり覚えているようだ。
「人と?」
「社会」
「社会と?」
「国」
「国と?」
「世界……って、何の話ですか?」
うーん、天才だけど天才じゃないんだな、シエルは。これはもっと分かりやすく説明した方がいいのだろうか……?
「錬金術は世界のルールに則って使うもの。なら、世界のルール、法則に反した連中に使えば?」
「ルールに、引っ張られる?」
「おーし、正解だが赤点だ。次回の授業は更にガッツリやるからな」
気付くまでが遅すぎる。
「聖典武装とは違って、肉体を人間に戻すんじゃねぇ。真理を押し付ける、と言うべきか」
「すみません、そのホワイトボードはどこから?」
ホワイトボードの素材なんて、どこにでも転がってるだろうが。大体の道具は錬成すればいいだけだし。
「死徒だろうが何であろうが、世界の流れに逆らえばただでは済まない。んで、錬金術は世界のルールそのもの」
シエルが宇宙の真理を知った猫のような顔をしているが、俺の授業は終わらない。
「色々省くが、意味が理解しようが理解できまいが関係ねぇ。液体は凍る、物質は燃える、武器で攻撃されたら致命傷を負う。そういう当たり前のルールを相手に押し付けるんだ」
「えーと、つまり……世界のルールそのものを敵に叩き込む、と?」
「正解。まぁ、それは俺の場合の話。普通なら魔力を注がねぇと死徒に大きなダメージを与えるのは難しいだろうよ」
真理を見た俺だからこそ、世界のルールを押し付けることが簡単にできるが、シエル達の場合は魔力も併用しないと難しい。錬金術への理解が深まっていけば、問題なくダメージを与えられるようになるだろうが。
「まぁ、長くなるから一旦授業は終わり。次回までに課題を与えるので、しっかりやってくるように」
にこやかにプリントを渡せば、シエルの表情が大いに曇った。人間、誰もが課題というものを与えられたら嫌な顔になる。
「うっ……凄い量……」
「これでも削減した方だぞ」
シエルの錬金術戦闘に必要最低限のことを詰め込んだプリントは、合計十五枚。基礎編を完全網羅したそれは、シエルの役に立つだろう。
だからそんなに睨まないでくれ、これでも減らした方なんだぞ。
「まぁ、できたら伝えてくれ。採点もするからな」
「は、はい……」
……さて。死徒も殺したし、空気は正常に戻った。あとはシエルを家まで送るだけだ。……ちゃんと送らねぇと、俺の気が済まねぇし、爺ちゃん達に何をされるか分かったもんじゃねぇ。あ、ヤバい。震えてきた。
「ほら、行くぞ。どっちだ?」
「あ、えーと、この先です」
路地裏から出て、龍脈の流れが安定している道を歩く。この辺りは龍脈の流れが結構穏やかで、龍脈を利用する錬丹術とも相性が良い。
風水的にもいい立地の建物ばかりなので、カレーハウス・メシアンを継げなかった時はこっちで喫茶店でも開こうと考えている。毎日コーヒーや紅茶に囲まれて、錬金術の研究をしながらもゆったりと過ごす。たまに知り合いが来店して、他愛もない話をしながら料理を提供する……うん、穏やかで楽しい生活だ。
「シエル、もし埋葬機関から引退させられたとしたら、どうする?」
「え? それは……無いと思います。いつも人手不足ですし」
「例えばの話だよ。何がしたい? 何をやって過ごしたいとか、考えたことあるか?」
隣にいるシエルの顔は見えなかったが、何か地雷を踏み抜いたような気がした。でも、それでも聞いておきたいと思った。だって、迷子みたいになってる奴を放っておけるほど俺は人間性ができていないから。
「……ごめんなさい。考えたこともありませんでした」
「あ、そう? 残念」
「参考までに、月食君はどんな?」
「俺? 俺はメシアンを継ぎたいな。ダメだったら喫茶店を開くんだ。この辺に」
こういう夢って、大事だと思う。いつだって俺達は今を生きて未来に向かって進むのだから。
「メシアンほどじゃなくていいからさ、たまにシエルも来てくれよ? 知り合いとゆったり話をするってのも俺の夢だからさ」
「ええ、それはもちろん。月食君がカレーを作るなら、というのが条件ですが」
この後、毒にも薬にもならない会話をして、シエルが住んでいるというマンションの前まで辿り着く。多分、これからシエルは死徒を探しに行くのだろうが、とりあえずミッションは完了したと言っても過言ではないだろう。
「じゃ、俺帰るわ。また明日、学校でな」
「はい、また明日。おやすみなさい、月食君」
「ん。おやすみー」
シエルに背を向けて、来た道を戻る。
俺が歩く薄暗い道を、三日月だけが照らしていた。秋だからか、日が沈むのも早い。
「……拠点とかを探すなら、昼間がいいか」
日が昇っている間、死徒は表立って活動をしない。もちろん近付きすぎると面倒なことになるので、ある程度の目星を付ける程度に留めるが。
「ふーん、面白そうな気配があったから来てみたけど……本当に面白いことになってるわね、あなた」
不意に、右上から声が聞こえた。それと同時に迫り来る純粋過ぎるほどの殺意。
「──っぶね!?」
危険信号に従って体を逸らせると、俺の鼻先を声の主であろう者の爪が掠める。な、何だ今の……あんなの喰らったら確実にミンチになるぞ……!?
「あれ、避けるんだ。不意打ちだったんだけどなぁ。さすが志貴が尊敬してる人間って感じかしら?」
「……何者だよ、あんた。少なくとも人間超えてるよな?」
聞き捨てならない名前が女性の口から出た気がするが、とりあえずスルー。爺ちゃん達との暮らしの中で研ぎ澄まされた本能が、目の前にいる女性に向けて凄まじい危険信号を発していた。
え、何これ。あの王国野郎とかメレムさんよりも凄まじいプレッシャー。そんなものを感じている最中、月のような黄金の女性は笑みを浮かべる。
「シエルの匂いもするし……あなたもしかして、この辺りを縄張りにしてる魔術師? あ、でも魔力は感じないわね。気配は……私に近い?」
「一人でぶつぶつ言わないでくれます? 凄い怖ぇから」
逃げたいが、今逃げることはできないだろうという確信がある。だが、どうしよう、凄く逃げたい。
「──ふーん、そういう感じか…………気が向いたわ」
女性の整った顔が喜悦に歪むと同時に、俺の体と心が逃走を選択した。
「遊びましょう、不思議な気配の人間さん!」
「丁重にお断りします!!」
その後、俺はどうやって家に帰ったのか覚えていない。
覚えているのは、あのヤバい女性の爪を掻い潜りながら『雷霆の錬金術』で飛んでみたり、『氷結の錬金術』で拘束したり、【マジカル八極拳】で負傷しているらしい場所を殴り、蹴りをしながら走ったという記憶だけ。
帰ってきた時の爺ちゃんと婆ちゃんの驚いた表情が珍しくて笑ってしまったが、今日生き残ったのが奇跡だと思い出し、温かい風呂に浸かっている時に涙を流した。
もしかして、シエルはあんな感じのヤバい奴と日夜戦っているのだろうか?
「……差し入れで、何か持っていくかぁ」
一人暮らしをしながら代行者の仕事もやっているクラスメイトを労る計画を立てながら、俺は温かい風呂で緊張しきった体をリラックスさせた。
神波のお祖母ちゃんに当たる人物。洗脳魔術を扱うことから人間の精神についての知識において右に出る者はいないとされる。魔術回路が三桁にある化け物。八十代後半のはずだが、二十代後半から三十代前半の見た目をしている。
神秘の秘匿のために聖堂教会から刺客が放たれたが、全て返り討ちにしてみせた。極刑犯罪者や死徒などを使って研究を続ける最中、聖堂教会から派遣された男性と互いに一目惚れ。
何やらナルバレックと仲が悪いらしい。