魔術師上がりの錬金術ーMagician's Alchemistー 作:エヴォルヴ
あの吸血鬼め……どこへ行きやがった。人を襲ったんならぶっ殺すしかないんだが……逃げられてしまった。
「……ま、それはいいか。志貴」
「な、何だよ」
金髪の吸血鬼を支える志貴に目を向ける。
「そこの吸血鬼の殺気止めてくんない?」
「は? ──おいアルクェイド! 何で神波に殺気向けてるんだよ!」
いやいや、違うのよ。多分俺に向けてるものではないんよ。
「気持ち良さそうに寝てる代行者もそうだけど、あなたもよ。錬金術師」
「はい?」
俺、あんたに何かやりましたっけ? ……やりましたね、攻撃。だけどあれは仕方ないじゃんか。あれ、あなたが攻撃してきたのが発端ですし。
「あなた、本当に何者?」
「通りすがりの配管工」
「冗談はいらないわ。答えなさい」
いや、そうは言われましてもねぇ……
「あんた前に言ってたじゃん。そういう感じか、って。それで合ってるんじゃないの?」
「あの時は頂一歩手前まで辿り着いた錬金術師だと思っただけよ」
頂一歩手前って……そんな大袈裟な。俺なんかより偉大な人はたくさんいるだろうに。
「でも違う。さっき確信した。あなたは人間が到達してはいけない領域にいる」
「え? 限界って千回は超越するもんだろ?」
「限界の意味とは!?」
爺ちゃんと婆ちゃんに扱かれたら、嫌でも限界突破するのだ。最初の方は──暗い空間でアルファには「まだまだですね」と言われて肩を叩かれ、シグマには「まだやれるでしょう」と言われて額を小突かれ、ガンマには「頑張りましょう」って頭を撫でられながら言われて意識を復活させてたっけ……
「まぁ、真面目な話……俺は真理を見ただけの錬金術師だけど」
「神波、前にも言ってたけど真理って何なんだ?」
「うーんとだな……」
どう説明すればいいのやら……シエルに説明した通りに伝えたとしても、魔術師じゃない志貴には理解が難しいだろう。かと言って簡単に説明すれば疑問が残る。
どうしたものかと思い唸っていると、アルクェイドが口を開いた。
「真理──世界全ての情報を内包する空間。それは平行世界の情報も含むの。そんなものを見れば、例え死徒であってもただじゃ済まないわ」
「ん? 死徒は再生し続けるんじゃないのか?」
「それは肉体の話よ。あんな膨大な情報を一気に叩き込まれたら、まずⅥ階梯以下は音もなく消滅。Ⅶ階梯であっても魂が耐えきれずに発狂するか物言わぬガラクタになるわよ」
はぇー、そんなにヤバい情報量だったのか、あれ。なら、何で俺は耐えたんだろう? 何度か発狂しかけたし、廃人になりかけたが、こうして生きているんだけど。
「神波は生きてるよな? 感情もあるし」
「おう」
「死徒でも耐えられないのに?」
「おう」
「「…………ンンンンンンン……!」」
首をかしげる俺や志貴を他所に、アルクェイドは続ける。
「Ⅷ階梯以上なら、ギリギリで耐えるかもでしょうけど、まず無事じゃ済まないでしょうね。通行料も含めて」
「ん? 吸血鬼なら再生するだろ? 時間逆行みたいに」
「しないわ」
「「え゛っ」」
志貴と一緒に、変な声が出てしまった。再生しない? あの吸血鬼が?
「奪われたものは情報への対価。学んでから支払ったものが返ってくるなんて、あり得ないでしょ?」
「つまり?」
「ご飯を食べたら料理は無くなるでしょう。それと同じよ」
分かりやすい!
「私でもあそこに行けば問答無用で何かを奪われるでしょうね」
「へー……」
真祖でもルールは守らないといけないらしい。無銭飲食ならぬ無銭視聴は許さねぇ、というのが真理の扉の先の情報なのか。……まぁ、色んなことを知れるわけだし、授業料として徴収されている、という解釈でいいのか。
「そんなところに至っておいて、どうして人として存在できているのかしら」
「知らん知らん。そんなことよりも、あんた大丈夫か? 酷い怪我じゃねぇかよ」
素人目から見ても無事とは言えない大怪我。真祖は夜、無敵になるんじゃないの? 俺の知識が古い……?
「大丈夫か、と聞かれたら大丈夫じゃないけど……」
「神波、アルクェイドは俺が何とかする。だからそっちは先輩頼んだ」
「ん? ……それはいいけど、大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ。こいつぐらいなら背負える……!」
そんなに鍛えてたっけか、志貴って。……あ、鍛えてるな。俺のジョギングに付き合わされてるし、たまに有彦と俺に連れられて釣りやジムに行ってるわ、こいつ。
腹から血が滲んでいるアルクェイドを背負った志貴は、俺に背を向けて歩き出す。部屋知ってんのかなぁ、てかこんなところにアルクェイドは住んでるのか、と思いながらも、床に寝かせていたシエルに目を向ける。
「で、夜明けですが感想をどうぞシエルさん」
「……最悪です」
「ははっ、そりゃ悪かった」
不機嫌そうに顔を歪めて目を開けたシエルは、ジットリとした視線を俺に向けた。
「電磁波と速度で気絶なんて初めてしましたよ」
「代行者なんだし、このくらいは余裕かと思ってた。反省はしないし後悔もしていない」
「嘘でも反省ぐらいはしてくださいよ」
「嘘を吐くなってアルファから言われた」
「アルファって誰です!?」
うちで働いてくれてたホムンクルスだよ、そんなの常識だろうが。ちなみにアルファからは常識を、シグマからは非常識を、デルタからは遊びを教えてもらった。今では遠い記憶でそこまで覚えていないけど、あの三人には色んなものを教えてもらったと思う。
「真っ赤な目が綺麗なホムンクルスだったよ」
「あの、それよりも気になったのですが……この穴、どうするんですか?」
「んなもん錬金術で塞ぐに決まってるだろ?」
手を合わせ、ぶち抜いてきた壁を再構築する。錬成の跡が少々残るものの、パッと見て気付く人はいないだろう。……さて、あとはエレベーターのとんでもインテリアだ。
「……どうか安らかに」
ぐちゃぐちゃになった死体の山に祈りを捧げる。きっと苦しかっただろうし、痛かったと思う。俺には想像もできないレベルの苦しみを受けたであろう人々へ、せめてもの弔いとして婆ちゃんから教えられた氷の花を添えて、『焔の錬金術』を発動する。
超高火力で焼いたため、これ以上死体を辱しめられることも無いはずだ。それにしても……これだけの人が、あの吸血鬼に殺されたと思うと、逆に笑えてくる。
「……錬金術師というのは、嫌な生き物だな。シエル」
「……」
「この死体の中に家族がいたら、と考えて、頭の中で人体錬成の理論を組み立てようとしている」
もしも、爺ちゃんや婆ちゃんの死体がこの中にあったのなら、戻らないと分かっていても、人体錬成をしていたと思う。自分が死ぬのはいい。だけど、家族がいなくなるのは、ダメだ。
「……そろそろ雨が降る。引き上げよう」
「雨? 天気予報では雨なんて……」
「降るよ。──ああ、降る。絶対に」
俺達には見えない、天気雨だ。
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ホテルから出て十分と少し……俺とシエルの会話は無かった。嫌な沈黙が場を支配する中で、俺は話題を振らなかったし、シエルも俺に気を遣っているのか一言も話そうとしない。
さすがに何か会話をしないと、学校や部活でもこの空気を引きずりそうだと思い、思いきって口を開く。
「なぁ、シエル──」
「あら、
出鼻を挫かれる形で、聞き覚えしかないハスキーボイスが耳に入った。
俺もシエルもバッ、と後ろを振り返ると、艶やかな胡麻色の髪を短めに整えた女性が半袖ハーフパンツというラフな格好に身を包んで佇んでいた。朝日に輝く女性の年齢は二十代後半くらいだろう。
エメラルドのような瞳を輝かせ、俺だけを威圧してくるこの美人は間違いなく婆ちゃんである。美人が怒ると怖いというのは事実らしい。
「昨日、夜中に出歩いただけでなく、朝帰りですか?」
この状態になった婆ちゃんは簡潔な答えを好む。なので、
「いや、吸血鬼狩り。狩れなかったけど」
正直に答えるのが吉だ。婆ちゃんは嘘も長ったらしい言い訳も好まないのである。
「あら。なら蛍さんに頼めば良かったのに」
「ん? 何で爺ちゃん?」
「蛍さん、元々は代行者ですもの」
あ、そうなんだ……いやまぁ、ミスター麻婆豆腐とか紹介してくれたのは爺ちゃんだったし、何となく予想はしていたけど。
代行者かぁ……爺ちゃんがねぇ……絶対凄腕の代行者だったんだろうなって。あのミスター麻婆豆腐が「冗談抜きで尊敬できるかもしれない人物ではある」とか言ってたし。あの人、尊敬とかそんな感情持つ人なのか?
「
隣で停止していたシエルが俺の耳を引っ張って近付ける。
「何だよ」
「あの方、月食君のお婆様なんですよね?」
困惑が滲んだ声が、俺の耳を叩く。
「そうだぞ?」
「若々し過ぎませんか!?」
「婆ちゃんは凄いからな」
少し前に聞いたが、自分の脳を魔術によって洗脳して精神年齢などをずっと若い頃にしているんだとか。それに加えて、月食家の魔術倉庫にあったという薬を飲んだ結果、ああなっているそうだ。
──今思うと、うちの倉庫色々あったんだな。爺ちゃんと婆ちゃんが回収してどこかに隠してしまったけど、月に関係する魔術礼装とか霊薬とかたくさんあったような気がする。綺麗なものから異様な気配を放つものまでたくさん。
「あらあら、仲がいいんですね。神波、その子とはどこまでいったんですか?」
「どこまでって……シエルとは普通の友達で師匠と弟子の関係だよ。そういうんじゃないって」
婆ちゃんって精神年齢が若いからか、こういうからかいをたまにやってくるんだよなぁ。
「あら……シエルちゃん、そうなんですか?」
「は、はい。違いますよ」
「そう……残念。そろそろ曾孫の顔が見れるように安心したかったんですけどねぇ………………チラ」
この人真面目に言ってやがる!? そんな視線を向けても、シエルとの関係は変わらねぇぞ。シエルと俺は師匠と弟子、仕事仲間、部活仲間、ぐらいなのだ。シエルは……ほら、あれだ、志貴とかと付き合う方がいいと思う。
志貴はいいぞ、シエル。甲斐性もあるし、その人の理想になるために頑張れる奴だからな。アルクェイド? あれ真祖なんだし、一夫多妻でも許してくれそうだろ。
「ふふ、まぁいいです。神波、ちょっとこちらに」
「ん、何?」
手招きをしてくる婆ちゃんの方にホイホイ歩いていくと、婆ちゃんの暖かい手が俺の顔に添えられた。
「今日一日、夕食の時間まで眠りなさい」
エメラルドの瞳が妖しく輝き、婆ちゃんの優しくて冷たい声が脳内に響き渡る。……何……だ……? 急に、眠くなって……?
「おやすみなさい、神波」
婆ちゃんの声を最後に、俺の意識は完全に停止した。
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「あら、こんな簡単に眠ってしまいました。疲れてたんですね」
寝息を立て始めた月食君の頭を撫でながら優しく微笑む彼女を見て、私の背筋に冷たいものが駆け抜ける。
恐ろしく洗練された洗脳魔術。私がよく使っている暗示と比べることすら烏滸がましいそれは、暗示を解いてみせた月食君ですら眠らせてしまった。
「ごめんなさいね、シエルちゃん。神波の相手は疲れるでしょう?」
「えっ、あっ、いえ! そんなことは、無いですよ!」
そんな魔術を見せた魔女の言葉に、私は咄嗟に首を横に振る。私の反応が面白かったのか、魔女──月食君のお婆様である月食エイリスさんがクスッ、と可愛らしく笑った。
「ふふ。お腹空いてるでしょう? 今日一日、ご馳走してあげるから、いらっしゃい」
「いや、そんなことをしてもらえるようなことは──」
「私がそうしたいんです。神波の相手をしてくれてることにもお礼したいですしね」
有無を言わせない……というか、お言葉に甘えたくなるような穏やかで、心が安らぐような声に絆されそうになって、頭を振る。
「多分ですけど、学校の出席率問題ないんでしょう?」
「え、ええ、まぁ……」
「じゃあ決まりですね。ふふ、蛍さんに連絡しなくちゃ」
私の意思は……? その、カレーをご馳走してくれるということに関して、魅力は感じているんですけどね?
それにしても──にこにこ笑うエイリスさんはとてもじゃないが、冷酷な魔術師という感じではなく、幸せを享受している一人の女性というイメージを持ってしまう。
アンドレイさんやナルバレック局長が言っていたような、『強く、気高い、冷徹な孤高の魔女』というイメージとは程遠い人だ。いや、あの洗脳魔術は背筋が凍るほどの衝撃でしたけど。
「あ、蛍さん? 神波見付けたので帰ります。はい、シエルちゃんと一緒にいましたよ。吸血鬼狩りだったそうです」
こんなに穏やかに月食君のお爺様の蛍さんに電話をしている人が……? 人は変わるものですし、変わった……のでしょうね、きっと。
「ええ……多分、あの肉体のない放浪ホームレスを追ってるのかと。ふふ……本当に、よくもまぁ、ノコノコとここに来やがってくださったものです」
笑顔のまま、地の底より下から響くような声を出したエイリスさんに冷や汗をかきながらも、成り行きを見守っていると連絡が終わったのか、優しい笑顔を浮かべて私を見る。
「蛍さんからの許可も降りました。行きましょう」
「あ、はい。……って、本当にいいんですか?」
「ええ、もちろん。──あ、そうだ。歩きながら少しお話しましょうか。神波、いつもシエルちゃんのことを話すんですよ」
また有無を言わさずに話が始まった。
「シエルちゃんは優秀だとか、シエルちゃんが今日もカレーパン食べてた、とか。最近はシエルちゃんが話題に出ることが多いですね」
「あの……どうして嬉しそう、なんですか?」
「え? この子、志貴君と有彦君以外でお友達いませんから。シエルちゃんみたいな女の子と友達だなんて、私は嬉しいんです」
何とも悲しい事実が飛び出てきましたね……でも、確かに彼は頼みごとは聞くのに、人の中心にいたことがない。まるで、無意識にそうなるのを避けているような気がする。
「神波のこと、どこまで聞いていますか?」
「えと……真理の扉に、色々持っていかれたところまで、ですね」
どうしてそんなことを、と聞くと、エイリスさんは悲しげに微笑んだ。
「……神波の両親は、とても仲のいい夫婦でした」
ポツポツと、懺悔するように言葉が紡がれていく。
「神波が生まれた時も、大喜びで。魔術回路が多くなくても、魔術師として生きなくてもいい、元気でいてくれたらそれだけでいいと言っていて」
月食君の両親は、良識はあるものの典型的な魔術師だと聞いていましたが、どうやら違うみたいですね。
「でも、ある時父親が──夢による占いを得意とする彼が、自分の最悪な結末を予見した」
その占いでは自分か妻が狂い、家族や周囲の人間を殺してしまうものだったという。……どこかで、聞いたことのあるような話に、私は聞き入ってしまった。
「その最悪は避けられない。確信した二人は、神波に自分達を恨ませ、世話係のホムンクルス達からだけに愛情を注がれるようにした」
恨まれ、憎まれ、死んで清々したと言ってもらえるように。ホムンクルス達からもらった楽しい思い出だけを胸に生きてもらえるようにと、計画した月食君の両親。
本当ならたくさんの愛情を注いであげたかったはず。なのに、それをしなかった。そうしたら、月食君が辛い思いも抱え続けると考えたから。
「でも、神波は……両親を嫌おうとはしなかった。だから……でしょうね。あんな馬鹿げた真似をして、神波だけを生かしたの」
狂うであろうその日、禁忌の錬成を行って月食君を生かした。月食君に、生きてほしかったから、そうしたのだ。
話を終えたのか、エイリスさんはまた悲しげに微笑む。私は、一つ疑問が浮かぶ。
「何で、私にその話を?」
「さぁ、どうしてでしょう? ……この子と持ちつ持たれつになってくれるかもしれない、なんて思ったからかもしれませんね」
抱えた月食君を愛おしげに見つめるエイリスさんの言葉に、私は何も言えない。だって、そんな資格、私にはないのだから。
神波の父親。未来予知にも似た魔術を使えた古い魔術師の家系。神波が生まれたその翌日、自分か妻が狂って家族や周囲の人間を鏖殺する未来を予知。何度も魔術を行使し、その未来は変えられないと確信し、自分と妻で心中することを話し合って決める。
生まれたばかりの神波を、乳母兼母親代わりの三体のホムンクルスに預け、自分達は全くの不干渉、育児放棄にも似た虐待をしたというのに神波は両親を嫌わなかった。
頭を悩ませている中、
結果的には息子を遺して死んでしまったが、どこかの片田舎での惨劇を繰り返すことはなかった。