銀杖の担い手 ライト版 作:海に流れるアリ
一章 (1)星から落ちる者の名は。
視界の中、光の海を抜けたと思ったら、五感が伴って落下していた。
何事、と思う前に、着地に供えて、無意識に行動を取っていた。
翻る体幹を維持し、空中から落下するという人生初めての経験に眼を瞬かせながら、徐々に見えてきた草原に向かって術を放つ。
風籠、その術は物理的に衝撃を和らげる大気の網だった。視認できる全ての範囲に張り巡らせると、網目の如く着地地点に張り上げて、トランポリンの要領で網に収まるようにつっこんだ。
アーティファクトのオーバーコートが帰還時の待機中を示す腕輪になっていたので、反射的に展開して袖を通す。
五感がある。手を開閉したところで轟音鳴り響く天上を見上げ、――上空から何人もの同一の体験をする者が現れる。
様々な色を星の形で上空から発光させて、落下する地面に覚悟した形相で睨みつけている。
惚けていた正気を取り戻すと同胞達に怪我をさせまいと全体に網を張り、三分ほどして落下は止まった。
全部でニ百八人、大戦に参加した人数と一緒だな、と推測したところで、最終更新日時の接続者数と一致しない事に気づいた。
接続者数は四十八名。
比率で言えば、半分にも満たなかった。
――■■■、エラー、再検索、―■■。
――■、大戦時に参加した半分は、NPCたる現地民も含まれていた。
周囲を見渡す。同一の反応をする、生身の行動だ。
ここに居るすべてが、ユーザーだけではなかったら。
混乱している。
自分も少し頭部が痛かった。
状況把握のために母港画面を開き、数秒で気づく。ここは『相殺』という法が蔓延る世界の中に居る。ここは何処かの固有次元位相らしい。
自己には死を受け賜わるのも、殺されるのも、善意が無いと、死亡判定自体を遮断する特別な措置が講じられている。
それは生物全てに適応されるが、物に意図はないために、現象は貫通してしまう。しかし、意図をもって指向性を定められるならば、大半を無効化できる機構だった。真偽の裁定と敵意の因果がまつわるならば全て。
ここは平等の法の下にある場。いったい誰がここに呼んだのだろう。
主武装たる銀杖を足元に構えて、単身で三種類の『停止術』を展開した。
銀杖の芯材に特殊な記録庫がある。それは術者の器量を問わず、杖本体で発動可能。
網羅する過去の辞典。『索引』の検索で母港画面のエラーが検出された単語を拾い上げるが、文字化けしていて解読が出来ない。
因果が不明。干渉は既に終了。忘却された単語はあらず、しかし、ここに至る記憶にまつわる全てが消えている。
間違いなく記憶を抜かれている。ご丁寧に、此方がその可能性に気付かない限り銀杖の索引の閲覧も不可能になっている。
魔術の類を練ろうとして、九割九分記憶から消え失せていることに気付く。主要の単略式を刻んでいるものは覚えておらずとも体が覚えている。しかし、工程を編む複雑な上位魔術の類が一切、編めない。
ここは世界条文の無い世界だ。『相殺』という法を敷く誰かの裁定下にある領域の中だ。
故に世界に直接作用させる魔術、魔法は使えない。しかし理論上、動力を自己完結しているアーティファクト、法に作用する理術、亜術、そして全ての法の例外たる火花由来の権能は使用可能。魔術を禁じる理由は加速を禁止する為だろうか。
『相殺』の機構を停止すれば魔術、魔法は使えるが、……現状人質が居る以上、下手な法の改竄は危機を招く。
熟考する。ここは命令条文が敷かれている。属性の対消滅が全てに起っている。魔術の類を一切喪失する。詠唱遮断、要素変換が常に行われる神域と同等の場の効果がある。
結論、アーティファクトと先天の権能以外通じない。どのような霊格だろうと、等しく型に定められた器、数値内の係数に嵌めこまれている。いわば、みんな仲良くレベル制限というやつだ。
母港画面の表示が未知の座標を示している。ここは競技世界だろうか。否、ここは間違いなく初見の場所だ。競技世界であれば器の割合を完全に降ろせるわけがないために。
すなわち、ここは足を踏み入れたことのない場所。初見の異界。既知であれば自動操縦に切り替わる判断が成される。
永遠と広がる世界を察知しては灰色の染まる外側の世界が緩く動いていることに気付いた。銀杖で停止術を駆使しているのに、遅延が出来ていない。逆向するように停止の枠組みを破砕して加速して、時間の加減が等しく保たれようとしている。
対抗勝負は術士同士の器量の差が如実に出る。銀杖の停止術は三種類同時に行われているはずなのに、対抗魔術の検出が判定された瞬間、硝子が粉々に砕け散るように、停止術解除を示す。白い光。理術魔術亜術全て消去されて、ガゼットの視界、にわか灰色の世界に色彩が戻る。
――この世界の法の下に抗えない。情報を抜かれた瞬間、掌握された自己管理の制限が一斉に解除された。緊急時の措置が講じられる。
感覚調整、管理条件の制限が解除されていた。
効率脳とは恐ろしいもので、状態が遊戯たる仮想シミュレーションの設定が反映されていると認識した途端、体力を回復する為に、気付けの効果がある薬や食料を探していた。
内視に表示される薄い銀幕表示の二次的画面。
脳波で処理される簡略指令は、物理的操作と、視認操作、自動操作の三つがある。
自動的に三番目の処理が反映。自動操作によって最適化が成される回復機構を探している。
直接指令を打ち込む感覚であらかじめ組み込んだ対策内で思考を続ける。
生来の操縦は全滅。首飾りの保険のおかげで行動できている。首飾りが壊れれば己は意思すら熾せなくなるであろう。
ガゼットは主武装の銀杖を携えたまま簡易式の管理設定を開いた。装備中の品の効果から手っ取り早い回復術を探す。検索された品が一つ。
首飾りの位相世界のさらに深い場所、秘匿の掛けられた箱の中に唯一の生存可能な道具が眠っていることを検出。
それは三十枚の名詞程度の『食符』が収まった、アーティファクトの品だった。『切札箱』を取り出すと即座に起動する。所持していた覚えはないが、唯一首飾りの中にあった回復用のアーティファクトだった。他は武装登録や備品以外何もない。
『切札箱』の総数は三つ。操作可能な現状に戸惑いながらも、一つの『切札箱』を出現させると、封を解く。簡素な青色の箱は起動した体格に合わせて大きさが拡縮されるようだ。食符の素材となる『符札』は総じて、『物理的』な情報が保管されているのだが、未だに仕組みがわかっていない。
この食符の場合、シールのように模された食品の絵が剥がせるようになっていた。一枚につき三十個ほど林檎が詰まっているのか、収納された枚数の数だけ同じ物体を出現させられる仕組みらしい。食符は三十枚きっちり詰まっている。一箱につき九十個。三箱明ければ全員に回せる。
封印された食品が印刷されたプラスチックフィルムは裏側に特殊糊がついていた。それを貼り付けた場所に座標が固定されては、使用者の意図で認識されて物理的に具現化する品のようだ。
招来を念じると、軽い風圧と共に絵に描かれた食料が空中半ばで納まった。手の平の中に乗せたシールに黄金の林檎と提示された文字の中、頭部程ある一つの果実が物理的に主張をしている。
濃厚な蜜の味と、果肉の芳醇な香りに眩暈がした。
首飾りを通しているのに、本来、遮断措置、機能にない嗅覚と味覚を理解して、冷や汗が流れた。五感のセーフティーがバックアップも含めて完全に外れている。
ともあれ毒見が先かと親指に仕込んである単略式を駆使して第一関節を曲げれば、風を波状に浮かばせる。一体化していた装備を実体化すると、現れる手袋の上、アーティファクトの『魔法の手袋』を操作して風の鎌鼬で林檎を切り分けた。
一口大に切った林檎、賽の目状のまま皮を裏側にして手の上に並べる。浮かせたまま一つ口に含んだ瞬間、味わったことの無い感覚が走った。
いつの間にか全て平らげていた。口の中は、現実同様に反映されている。美味だが、効果が全然現れない。この品、どうしたものかと悩んでいると、周囲の視線が集っていることに気付いた。無言の圧に負けて一つの札を残して配って回れば、足元から湧いた蔦の植物型の異形種に抱擁を受ける。
口々に礼を告げられては背を叩かれるが、ガゼット自身は全然改善されなかった。こんな二日酔いに似た頭の熱は久しぶりである。味は感じるのに、異常の印が消えないのだ。鼻血が出そう。というより、出てるんじゃないかな、というほどガゼットは頭の中は茹っている。
自己の異常一覧を見ると、全該当箇所にチェックが入っては、外部から十二回の解除が必要な暴走状態が付与されていた。ひどすぎる。解除された印を見れば内在するエーテル活性度が全開している。満タンを示すと増える数字が一つ増えていることから、この品、残機が増えていたらしい。
枯渇していた理由も解らずまま、一先ず装備を崩すのは他所へ迷惑をかけるから論外だな、と固定装備にチェックを入れておく。装備がある限り、強制の呪縛である殺戮状態に移行することはない。とはいえ、完全鎮静化と耐性パズルの大半を宿す首飾りが無ければ、間違いなく暴走していた。
「この領域から出る条件は?」
「存在の対消滅を成さなければならない」
「なんて?」
周囲は騒然としている。多種多様、様々な体型、形をした人型、異形種が集っていた。小型から巨人型まで多くの文明を纏った異種族たちであるが、言語は共通の念話で通じて行われている。
情報収集を行い、互いに交換し、現状の原因を模索したところで、徐々に人がばらけ始めた。
各々が現在の姿が、先ほどまで先行していた舞台装置の操作体だと理解した為だ。
仮想シミュレーションの続きなのだろうか、と誰かが零したことが切っ掛けで、居てもたってもいられなくなったのだろう。
仕切る仕切らないをともかくとして、一時統率役も皆成人を超えた年齢なのだからどうにでもできるだろうと踏んだらしい。
互いに持ちうる情報が底を尽きた頃だった。内側に在庫が無くなれば、外へ拾いに行かなければならない。総員で出た結論が馬鹿馬鹿しくてもだ。
我慢しきれなくなった数人が知覚した森の方角へ走ったのを切欠に、様々な思惑で行動を開始したのが三分前の出来事だった。
四十人ほどの現地民が人を先導することに長けてそうな性格の男の傍にいた。
男の見目は純粋な人型の現地民だが、五メートルを超えるほどの体躯があった。大型人類ではないようだが、中型人類にしては高い方だった。
大剣を扱うのか、ツヴァイハンダーを背中に掲げた、皮装備の衣服の上に、特殊な金属で出来た、鈍色の部分鎧を着込んでいる。
茜色の髪に黒い瞳、無精髭を生やした風貌は、野宿になれた貫禄すらあった。この男がガゼットの知人であり、そしてアーティファクトを作る名手でもあった。身につけた装備はどれも耐性を確保する為の魔法道具の中でも、希少度の高いもので、ガゼットもかなりの頻度で世話になった。
いかつい風貌だが、戦士というより、貴族、保父のような印象を受ける。そんな温厚な空気が瞳に宿っていた。
口を開けば、厳つい風貌からは想像ができない程の腰の低さで周囲を和ませ、時折笑いを交えて空気を変えていったのだから相当なもの。
ガゼットの領地なら誰もが持つ『首飾り』に四つまで登録できる『移行装備機能』を使い、私服用の軽装に切り替えれば、神官服が現れた時点で周囲が爆笑した。
口々に神官様じゃないですか、と談笑、安堵する空気はこの男の賜物であろう。
『ガネンメーデ』、神官服の狂戦士、魔法を物理で弾くのが生きがいといわれた狂気の筆頭、アーティファクトの眼鏡に首から吊るされた星架印とくれば、ガゼットの領地では誰もが連想する競技世界のトップランカーだった。そして本線の同門でもある。黒色の錫杖と複数の遊環が手に持たれて音を連ねては空間を揺らすが破砕されない。これはガネンメーデ自身も眉をひそめた。ガゼットもそこでようやく本人だと納得したが。
『ガネンメーデ』と呼ばれる男の正体はサーバーの都合上か、競技世界での彼を知っているのはガゼットだけのようである。
この領域の主を探さなければならない、とガネンメーデが口にしたところで、一斉にガゼットを見た。首を横に振ると、ため息をついたように虱潰しに探すことになると告げる。今の間は何だったんだ。
現実よりも生々しい周囲の顔は、遊戯の中で見ていた立体映像のホログラムでは再現できなかったほど意匠に凝り、繊細に彩られている。
視力の制限も解除されたためか、簡易で済まされていた全ての印が高精細に叩き込まれている。
服の解析度は変わらないのに、全ての仕草に生々しさが増している。
ガネンメーデが自己紹介をしたことが切欠に、名乗りが次々と始まる。
ガネンメーデはしばし離れる旨を伝えると、外れた場所に居たガゼットに会いに来た。
ガゼットは領地外では一度も口にしなかった情報を、引きずり出される事と成った。
装備と道具、現状の原因。『ガネンメーデ』はガゼットと既知であると知らしめると、錫杖ではない一体化した杖を取り出した。黒色の重杖を手に出現させては、波形の鈴を音を出さずに揺らして見せた。
時空が歪む。気が付けばガゼットとガネンメーデが二人きりに白い繭の中に閉じ込められている。周囲の景色は真黒で、地中深くに潜ってみたが火花の探知は一切無しという。防衛は完璧に成す、とガネンメーデが告げると、ガゼットも銀杖を構えて見るが、どこにも火花は在りはしない。
「無いのですか?」
「無い。」
「……、閉じ込められたかもしれません。」
「え、それは困る」
シャンとガネンメーデが再度鈴を鳴らすと、景色は先ほどと寸分たがわずに戻っている。白繭に包まれた後、数秒閉じこもっていただけにしか見えていない周囲。防衛を解除して中からガネンメーデが微笑むと、どっと周囲の緊張が解けた。周囲から圧が消えて、四方八方に散らばっていた視線の波長が忽然と気配を無くして遠くに向かう。紹介されたガゼットがガネンメーデの紹介で名乗ると、他の四十人がそれぞれ仕事名を名乗る。
誰もが身命たる『真名』は探るような素振りは見せなかったものの、ガゼットも仮初の名前と、所属していた組織、派閥を披露する羽目になった。
ガゼットは『ガゼット・オブスサーバー』と名乗り、ガネンメーデは、世界に綴った『身命』たる『クラムヒルト・ハミーヤムト』と名乗った。これで、信を置けるものを選べば、ガネンメーデの方に軍配が上がる。
同一組織の者はガネンメーデ以外は居らず、彼を除き、真っ先に森に走っていった同僚以外ガゼットに見知った顔は居なかった。もし同僚を見つけても、ここは初対面のふりを通そうと長年の付き合いで伝え合い、了承。というか何やってんだムハーワニのやつ。
ガネンメーデは四十人を先導することを決めた。ガゼットは単独行動で情報収集を選んだ。どうしてこんな愉快なことになっているのか原因を探らねば仕方がない。
「悪いが、あんた達にはついていかない。俺は別行動をとる」
「良い旅路を」
「もし再び邂逅できれば、情報の交換を求む」
「承知」
互いに闊達に笑い、別れると、ガネンメーデ、否、クラムヒルトは姿が消える最後まで手を振ってガゼットを見送ってくれた。
ガゼットの服装は第一登録した旅人用の装備一式だった。
『移行装備機能』を使うまでも無く、私服用の初期ロットであった為、そのままの服装のままであるが、此れが走行に適していた。
旅人用などと銘打った装備一式であるが、大戦を生き抜くために厳選した中身は折り紙つきなのである。
主武装は『移行機能』共通であるし、副武装もスロットによって八つ登録してある。設定によっては虚をついて戦線の活路を見出せる為に開示はしないのが普通だった。
森とは反対側、何も無い西の方角、只管草原が続く地平線を眺めながら歩く。
不思議なことに、六人の男女が己について来た。正確には、二名の異形と、三人の男、一人の女である。
異形は角鬼族の者と、植物型の人型を模した、燕尾服を着た案山子頭。
案山子頭が背中をつつくので、煩わしくて距離を置く。
三人の男の内、一人は獣族派生人類で、二人は甲有種族の人類。
一人の女は有翼種族である。
皆、大戦に参加したことから、遊戯内部での設定では、上限達成といわれるカンスト者であることは、周知の事実である。
現状が泡沫の夢ならば、思おうがままに行動すればよいのに。
鬱陶しいので速度を上げれば、略して獣人の男が、後方についてくる。
何事か叫んでいるが、波長が無い。声が出ないのかと怪訝に思いながらも、必死に訴える感情の音を聞こえない振りして巻いた。罠の可能性が高かったからだ。見失った獣人が此方を見つける前に術式を作動させる。『相殺』という法が蔓延る世界の中の為、座標を固定させるのに、一秒ほどの時間が必要だった。
点間の術式を駆使して姿を消せば、大分距離を稼げたようで、水平距離で二十キロは稼げた。
この間にマッピングを済ませて、座標を連結させ、一気に飛躍しようと三十秒ほど思考していると、後方から気配がして飛びのく。
途中遮断された術式が周囲に広がり、暴発して空中を歪ませた。
自爆は久しぶりにした。
苦痛に伴って、外套の一部が焼け爛れて解けた。
衝撃防壁の術式が組み込まれていなければ、骨のいくつか破損、損傷でのた打ち回っている。
そも、首に歪みが生じていれば、一瞬で即死していた。
苦痛を伴いながら、風籠を編んで空中に浮く。
地面にたたきつけられるのを避ける為、ゆるやかに落下を意識して、反発して再び空中に浮く。
暴発した現象を示す轟音と、再び歪んだ場所から、音に驚いた、燕尾服を着た案山子頭が飛び出す。
互いに一瞬視線が絡み合い、行動がとまる。
ついで、ガゼットが思考を感知した瞬間、飛びのいた先の地面に触れぬように風の網を接触地点にたたきつける。
燕尾服を来た案山子頭が消えた途端、入れ替わり地面から出現した案山子頭の頭部と男性型の器を持った人物が、舌打をして、両手を払った。かの者が着るスカイグレイ色の上着の内側には魔方陣がびっちりと展開しており、植物の蔓を地面から生やして、巨大化した腕の網で、明らかに籠状に形を成して、此方を確保しようとしていた。
引きつった顔で空中で臨戦態勢を取れば、地面の周囲から次々と植物の案山子頭が跳ねる様に現れた。それが風船のように膨らむ。数は五つ。間髪居れず繭が裂けるようにして弾けると、食い破って出てきたのは、先ほど置き去りにしてきた五名の顔ぶれである。
三手に別れた一派を波長で追うが、まるでそれが始まりの合図の如く、スカイグレイの上着を着た案山子頭が手を翻すたび、畝の如く地面が盛り上がっては先ほどの案山子頭が次々と飛び出してくる。
状況を模索している最中、案山子頭は次々と攻撃を繰り出してくる。
戦いなれている廃人に舌打をすると、案山子頭は子供向けの簡易なマスコットのような見目をした、小豆のような目の部位をかすかに開く。一文字を切り結んでいた口が、案山子頭の表情に呼応して釣りあがる。弧を描いた口元が裂けると、見えた中身は可愛い紅い布地ではなく、暗いぽっかりとした黒である。互いに興味を示したのが解った。
揺らめいた植物の切れ端の口元から淡く『光球体』が存在する。目を凝らせば、それが術式が組み込まれている、魔法道具であると理解して、反射的に主武装を呼んだ。
間髪居れず、案山子頭の周囲に波紋が浮かぶ。それは水面に指を差し込むように、一瞬だけ窪むと、青い球体が小石のように射出される。
魔法防御貫通の術式が掛けられた青い球体は、弾丸の如く降り注ぐ。
弾幕はしゃれにならないと、杖を駆使して弾き始めると、後方に飛び掛ってきた獣人によって地面にたたきつけられた。
貫通、断絶、袈裟切りのように振り下ろされた爪の固さに舌を巻く。明瞭な情報が痛覚へと伝わり、激痛を伴って肺の空気を押し出す。
そこから追い討ちのように拳を振りかぶった獣人が視界に入り、横に回転しながら左右を見れば主武装をそれぞれ構えた男女が、引きつった顔でこちらを見ていた。
釘付けにされた足元の下、展開するは生贄として対象を対価に発動する魔方陣。動かば、動かせば絶命を意味している。まさに外道の祭典。楽しくない。
何故ここまで執拗に狙ってくるのかは理解できないが。術者対策をばっちり組み込んだ、完全な包囲網であった。
殺せぬ迷いが此方の空白を生み、許容して防衛機構の盾を開けば、左腕ごと弾き飛ばされて銀杖が遠い地面に刺さる。
回復を図ろうとするが、散らばった青い球体が、術式を阻害していた。情け容赦が無い対策。あの数合で解析した己の属性にのみ一致する、行動感知、術式阻害、封印措置の三重奏である。これはさすがに死ねる。
今も地面にある植物が全身を拘束して、囚人さながらの拘束服へと変貌している。
気絶させられれば、何が起こるかわからない。本能が危機を理解して、自動行動で隠し球である緊急回避を実行した。
噛み切っていた舌と共に吐血し、死亡判定に移る。判定が黒と認識、絶命が完了された瞬間、一度限り指定された座標に、拘束を解除して、対価を無しに『器の移動を成す』術式が発動した。
俺の器が消える寸前、見る間に消耗していく己のエネルギーを見て勝ちを確信したのだろう案山子頭が、青い球体を歯の様に内部で並べて、牙をむくように此方を見て笑った。普通ならここで勝利を確信するよな。解る。
――だが、此方を殺す意図は理解できないが、その余裕は俺の起死回生の一手なのだ。
器が外れた瞬間、拮抗する対抗魔術。顕現した切り札の魔法が作動して、空間全ての時が固定される。一切停止した領域内、感知網羅して、全ての領域から魔法を感知してビビりまくった。
脱出手段は一つだけ。全て死ぬしかないとはいえ、こんな状況下、殺される者たちを残しては逃亡できないと奮起する。
脳に直接送られる信号を遮断して解析を掛けた結果を読み解いた。全ての世界から断絶された灰色の空間とか誰も逃げ場がない領域。要素も分解される機構が組まれていて、……ここで死んだら器の復権は不可能だから、強制的に火花に変わって捕らえられるか彷徨うかの二択。うわー。
停止した時間を有効活用するべく、一先ずガゼットは時間を稼ぐためにもう一つ切り札を切った。優位を使って自身の周囲に『魔法』を編み出した。時限式に設定されているから、探知することも出来ず、前触れなく降ってくるはず。内部換算ものの数分、体感でも数秒しかたっていないわずかな時間で、ガラスが割れるような音を伴って、空間が破砕される音を聞く。
……案山子頭をした本体が因果を捻って止まった空間を無理やり動かし始めている。ガゼットはビビりまくった。何コイツ怖い。
自動で行われた防衛魔術。作動して、視認した範囲内の概念干渉が行われる。結果をすべて白紙に戻し、解析した術式をもって逆置換して式の全てを消滅させる。これが世界条文を外れる『魔法』になると辛いものだが、どうやら互いに混乱が利いているのか下位の術式しか作動しないようである。と、見せかけて、地面全領域に埋め込まれた青い球体が十桁十二桁超えて一斉に上空に浮かび始めた。
範囲内、連鎖して細胞一片残さぬよう起爆したガゼットの器であるが既に情報機構化が済んでいたために消滅の結果を無効。一歩間違えれば成すすべなくガゼットは無力化されていたところである。
術式範囲外を指定した遥か上空、『器』たる肉体が座標を入れ替えるように顕現しては、拘束を解いた『理念のエーテル体』のガゼットが光が掻き消えるように消え、再び器の中に戻る。
これは死ぬ、と自身のアーティファクトの『眼』をガゼットは開いた。ジャミング、と呼ばれる術式を、ガゼッドは両目に直接宿している。
集中力と、思考力の余力が無ければ行えない行動であるが、意志が正常ならばいつだって起動できるのである。眼はアーティファクトのために模範もされない。開示する危険を避けていたが、死んでしまったら元も子もない。
無意識というのは無防備だが、ガゼットにとって、其処を付くのは当たり前。それは熟練者も同じこと。ならばその思惑の一致は、ガゼットにとって必然の力になる。
魔法の展開が完了した。
万全に戻った『器』たる肉体の五体満足の動作を認識して『銀杖』を軸に招来して特大魔法を上空に召喚する。
己が騎士直伝の時限式の『流星群』を呼び出せば、流石に一帯が更地どころか空間消滅する術式が展開する。このことを理解した案山子頭が眼に見えて動揺した。
一瞬の思考の空白が生まれれば、拘束を抜け出すのは容易い。
上は流星群が、下はガゼットが攻めれば、案山子頭は舌打ちをして上空の流星群を消しに、自身の余剰を割き始めた。大半の青い球体が上空に割けたが、それでもあまりにも膨大な数の球体が俺の周囲を渦巻いている。近接に持ち込まれるのは互いに理解して、ガゼットと案山子頭は互いの思惑にあえて乗った。
植物の指令は常に案山子頭が一単位ずつ、指令を認識して続けなければならない。
逆に言えば、一瞬だけ指令を書き換えられれば、同時に無力化することも可能だった。
首飾りを起動する。刹那の空白だが、相手も手練、直ぐに主権を奪い返し、弾かれる。
残した上空の『銀杖』が空間を固定するまで後二秒。『移行装備機能』を使用して装備を一新して干渉遮断の耐性パズルに組み替える。白兵戦型の副武装一式を纏えば、干渉、感知を解除し、体を跳ね上げて獣人の拳を腕で塞き止めた。全てが貫通する概念を纏っていて、気を抜くと一瞬で耐性の隙間を突いてくる手練れがなんであやつられているのだろうか。
地面が陥没した。完全な腕力寄りのアタッカーであることを理解する。耐久値がまだ足らないことを理解した。ガゼットに向かって足のばねを伴って振り被られた爪は此方の装甲を紙の如く容易く破る。
同時、数秒を経て上空に割かれた青い球体の座標完全にが固定されたのを感知した。ガゼットはそのまま受けずに型を使って勢いを流すと、理力を練って筋力を底上げする。
『練気』と呼ばれる付与を伴って、反対側から落ちてきたかかとを左手で受け止めた。貫通出来なかったことに驚愕する有翼種族の槍を手でつかんで、間髪入れずに破砕する。血だけは至る所に散らばっているから、隙をついて物理を破壊することは可能だった。
そこでようやく、同行がつかめなかった角鬼族が破砕した杖の中から出てきた。
体が横に転がされた。物理から影の蔓となった角鬼族がガゼットを拘束して地面に消えると、構えていた二人の追撃。殺す気で獲物を構えている中、口内を噛み切って点間を掛ければ、出現場所を呼んでいた甲有族の二名がそれぞれ槍を突き刺し、己の腹部と、肩を穿った。
『眼』が潰される予兆を感じて右手を展開すれば足が切り離される。
悲鳴が上がる。狂気が見える。出血したのが功を奏した。
再び上空に点間で座標を入れ替わっては、血で濡れた『銀杖』の自動術式を伴って肉体の『器』を修繕する。
出血した血には、『点間』も可能な、場を入れ替える術式が組み込まれている。
地面の奥まで滴った血と、槍についた血を、入れ替えれば、引きずられた甲有族の穂先が地面に埋まり、左右に隔てた壁が居なくなる。
点滅反応を示した空間を副武装用の『手甲』で殴れば、波紋は広がって此方に射出しようとしていた寄生型の種が水に埋まったように空間に沈んでは、バラバラに破砕していく。隙を見て木の上に『点間』を成してさらに一発、さらに開けた草原の上に場を入れ替えて、銀杖と共に地面を蹴り上げれば、案山子頭が目前へと迫っている。
杖を地面に突き刺して、大地をタイルを裏返すように翻すと、風を編んで上空に逃げた。大気の壁で種を弾き、手甲で増幅した『空振』でもう一度束ねて破砕すれば、上空まで領域が届かなくなり、一定の高度を超えて追撃が消える。遥か上空まで逃げれば、舌打をした案山子頭が悪態をついたのが視える。
気配を変えて案山子頭から此方の興味が消え失せた。代わりに草原全体に黒い円が描かれて、先ほどの甲有種族の二名が円に崩れるように消えていく。
案山子頭が青い球体を口から放出すると、円の内部が青白く光った。再び燕尾服の案山子頭が二体出現すると、種を上空に射出し、マトリョーシカのように案山子頭が生まれては、此方に迫ってくる。五巡ほどして出現する形が変わり、何事かを叫んで、有翼種族の女と、獣人の男が互いに弱点を補うように、空中に上がってくる。
しつこいと口にしようとしたところで、余裕の生まれた思考が、双方の目から感知を行う。思考が戻っている。主体性が戻されたのだ。
――殺される。
案山子頭は冷徹だと確信して、ジャミングを駆使して、獣人と有翼種族の女の思考を奪った。
絶対に拭うなと厳命して有る場所が思考に入ってくる。
寄生種族の行動制限とは恐れ入った。最初にガゼットが点間を成した時につけられていた種同様のものが二人の体内に寄生させられている。
常に感知し、一定の制限を越えると、先ほどの案山子頭の如く、二人は裂ける定めにあった。
この場合、甲有種族は対処の種は蒔けた。
あれが案山子頭の所有物だった場合、逆に潰す算段を考えるが。
一気に悩みの種が増えて、ガゼットは思考をとめた。
思考が引きずられる。
――死にたくない、殺される、殺したくない、死なせたくない。
――案山子頭が裂ける。傀儡が殺す。傀儡は――。
三人の人影が、有翼種族の女を脅している。顔ぶれは――あの案山子頭と甲有種族だった。
背筋が凍った。同時、甲有種族の判定は黒、操作体の一部だと認定する。
正直白黒などどうでも良い。あれは、潰しても本体の案山子頭が生きていれば、甦生する。
止血の措置をしていない肩から流れる血を、両手を使って、飛沫。獣人の口内、翼女の首の裏側に手のひらで侵入、もしくはたたきつける
同時、両名から悲鳴が上がり、ガゼットが術式を作動させた時点で入れ替えられた。置換され、眼前に現れたのは先の甲有族の男が二人。
火花が無い。案山子頭が作った傀儡人形。しかし中身がないために自動行動の範囲を外れると、動作は遅い。
その欠点を補う為に、あの二人は選ばれた。生きた二人を案山子頭にして、いいように扱おうと考えた。
あれは、どっちだと理解しあぐねて、地面に落下していく血液と、二回入れ替えた二人の男女が、苦痛と、驚愕で目を白黒させて此方を見ている。
抉られた箇所は、それぞれ舌と、首の裏側、翼女の属性が解析と一緒ならば、瞬時に回復できるはず。
部位が深いため、なるべく神経を避けたが、陥没するように抉ったのは仕方が無い。ごめんなさいと零して『銀杖』を振るい、血を渡している『クラムヒルト』の方へとまとめて二人を転移させた。……角鬼族の者は翼女の眷属だったらしい、一緒に転移を感知して一息ついた。
生贄は解除した、あの大戦で生き残れるならば、制限さえなければ、手段を用いているはず。
案山子頭の座標転移は種を撒かない限り一回きり、点間方法は、過程はたがえど、対価は一緒。
転移方法は、寄生種の有無だから、的が必要だった。五つの選択肢はすでに三潰した。地面から案山子頭が出現することはない。先ほど目視できる範囲はすべて地下を停止させたので、案山子頭と拮抗しているうちは大丈夫。
邂逅時の接触時にガゼットの背中にも種が付けられていた。この時点で可笑しい。ガゼットは過保護ともいえる加護を受けている。すなわち、それが加護の防衛機構であり、その条件はガゼットに対して本気の善意が無いと、そもそも結果自体が消滅、消去が講じられるのだ。つまり、……、解析した結果、ガゼットも理解できぬ策略の末、殺されることが最良となる結果が待っていると、防衛機構自体が判断しているのだ。
この術式転移は一回限り。肉体に直接植えつけられなければ、接触部位が外せれば対処は可能だった。しかし内側に寄生されれば最後、あの部位から空間を切り開く線を成す。器が壊れるにきまってる。服に付けた意図、そして第三者として見ていた者たちが協力者であったのならば話が変わる。意味が解らない。中身がないと解った二体の傀儡を容赦なく潰せば、ガゼットは傀儡が変化した黒い霧の呪いに縛られて、身を覆うと、黒い魔方陣の中に強制的に転移させられた。
景色が灰色に染まっている。コツンと頭部に額に銃をあてられて白旗を掲げると、四方八方、視界を埋め尽くす量に燕尾服の案山子頭が居た。ざっと数百超えて、七桁。黒い円の中、面白そうに口端を釣り上げた案山子頭達が全員銃を構えて待ち構えていた。やだ、カウンター強すぎ。
全員律儀に逃がしやがったな、とつまらなそうにつぶやかれたことから、巻き込んで殺すのも計画の内だったと、いやはや冷徹。
「何笑ってやがる」
「いや、俺を殺すためにここまでするかと思って」
「……。」
忽然と案山子頭が消え失せると、ガゼットは首飾りを弾かれて、強制的に膝をつかされた。打って変わって切り替わった視界の中、スカイグレイの上着を着た案山子頭がガゼットの正面に銃を構えている。
周囲は黒く、闇色に染まり地面に降り積もる黒い灰以外何もない。唯一の光源は案山子頭の丁度背後の頭上に浮かぶ赤い月だけで、その灯も朧気で辛うじて光っているのが解るほどだった。逃亡を禁じられて、自身の血液の散布していない空間に転移させられたことがガゼットは辛うじて解った。
『眼』を潰しても意味がねぇな、と呟かれた後、表情の視えぬまま首に黒い環が結ばれて、草原の黒い円と同じように首に円が墨の様にまとわりつく。思考が制限されて、ジャミングの術式が消えて、感知していた領域の情報も遮断される。ガゼットはエーテル側の回路に理力を回せなくなった。
案山子頭がため息を吐くと、『自身の肉片』を上に放り投げては転換を行っている。黒い線が一瞬だけ金色に煌めいては空間に閃光のように奔ると、空間の裂け目を切開いていく。視界を両断するほどの黒い線の中からあの青い球体が引きずり落ちて来る。
いつの間にか押さえつけられている両肩には、先ほど粉砕したはずの甲有種族の傀儡が二体。
万全に器を保全して立っている理由は、この領域全てがこの案山子頭の配下なのだ。要素の検出もできぬまま、しかし己を染める意図もなく、ただ逃げぬように監視している。
「安心しろここには誰も居ない」
「演技?」
「んなわけねぇだろ。しぶとすぎるから条件を阻害してんだ。お前だけが死ぬならばあっさりと死んでくれそうだからな。」
「死んでもいいが、そしたらあなたたちはどうやって脱出するんだ?、全ての因果から外れた領域など、誰かが門を持っていないと道すらできないぞ」
「俺様が道を持っている。全員火花にした後てめぇの後に送り込んでやる」
「なぜ最初から俺に協力を持ちかけなかった?」
「バラガラの術士どもは全員狂ってんのか?」
「この世界に置いて死は救いとなる場面が多い。俺を一番最初に外す意図を教えてほしい。取り繕っても無駄だぞ、俺は加護によって感情の意図が解る。ユーザー全員が認識できない事象も意味が解らない。」
「……、お前、加護まだあんの?」
「霊核に保全してるから取り除こうとしても無駄だぞ。もしも手段もなく俺だけを逃がそうとしているのならば、使えなかった最後の切り札を使う。これだけは俺の矜持で采配を振るえるんだ。俺は恩人達を残して死ぬぐらいなら、全を賭して可能性を掴むぞ」
自爆覚悟でと続ければ、聞いてねぇぞオイ、と面を覆っている。
意図も思考も何もない情報機構のアーティファクトである傀儡を触れただけで壊せば、引きつった顔で案山子頭が再度銃を額に構えなおす。
そいつらを壊してもほぼ無限に沸くぞ、という言葉から完封寸前であるのは理解しているが、どうも殺意を感じられなくて困る。
この者が十中八九本体なのだろうが、と案山子頭を見つめていると、甲有族の二人がガゼットの傍を離れた。
案山子頭の両肩を叩くと、労わる様に一瞬だけ火花を散らしてはエーテルを宿す寸前で掻き消える。色彩失って黒い影の如く平面になった二つの傀儡の形は、案山子頭の左右に陣取ったところで徐々に形を崩して煙のごとく消えていった。
カチリ、という音に次いで歯車が広範囲で重なり合う音が響き渡る。代わる代わる現れるは弾幕の様に展開した、上空に固定していたはずの青い球体達。これがお前の切り札なんだろう、と案山子頭が意趣返しをなしてガゼットの切り札を完全に掌握している。
素直に肯定すれば、屈みこんだ案山子頭がガゼットの頭部に銃を突きつけながら鼻で笑う。
全部要素を取り込んで再構築しなおした、ということから、あの膨大な流星群の魔法の因子を全て網羅して回収したらしい。ご丁寧に膝をつかされて地面に縫い付けられた状態で拝聴していたが、一つ懸念が浮上。
もしかして、回収できる因果をそっくりそのまま再現できる手段をお持ちなのか、と冷や汗そのままガゼットが『眼』で尋ねればご名答という言葉が返ってきた。
「……あなたが俺を殺そうとする理由は殺意じゃないな。」
「頭がイかれちまって可哀そうだが、殺意しかねぇぞ」
「だったらなんでさっさと殺さないんだ。」
銃の柄で小突かれた。普通に痛くて転がれば、思わずといった様子で面を覆っている案山子頭。矛盾しすぎた行動を示されてどうしろというんだという話である。理性はあるんだよな、と見上げれば、一度だけ瞼を閉じた案山子頭の頭部が先ほどの傀儡同様に平面の黒に染まり、黒い影でぶれる。スクリーン溶かした平面に薄っすらと映った白群色の頭髪は、案山子頭の頭部の端に刹那に見えた、だけだが、直ぐに象って案山子頭に戻る。
てめぇの死を一度だけ待ってやると云われた。ガゼットが惚ければ、正面に回り込んだ案山子頭が真剣な目をして、再度、欺く方法を問うてくる。自動行動汲んで思考の余地を残しているから、回路事呪わないと駄目じゃないだろうか、と律儀に対策を練れば、沈黙を保っている。
「俺とあなた既知なのか?」
「バッカ野郎てめぇなんざ細胞一片しらねぇよ!」
「細胞一片まで知ってんのかよ困ったな。この状態で死ぬとまずいのか?」
応える義理がないと回答される。お前の生殺与奪は俺様が握っている、と案山子頭。理不尽。
全を賭す替え玉は因果を終えても再度使えるかどうかを問われた。これを偽ったら他を惨殺するという。これはマジでするっぽい。答えは一度切り。過去に戻ろうとも、未来に行こうとも、俺が分裂しようともこの采配は正真正銘一度のみ。俺に時間を固定する楔だからと答えれば、長い長いため息とともに再度銃の柄で小突かれる。が、今度は痛くはなかった。
どうしててめぇの騎士を連れてこなかったんだと弱気に罵られるが、連れてこれないだけの理由があったのだ。なかったとしても連れてくる気はなかったけれども。
嘆かれても困るのだが、と気の毒になって告げれば案山子頭が銃を放り出して頭を抱え始めた。拘束を解かれない限り無力なガゼットは銃を見ることしかできないが、アーティファクトの最高傑作と云わんばかりの加護がかけられている。この人絶対神域の存在じゃん。
案山子頭がナニカを口にした途端、聞こえない形名が黒い霧を放出する錯覚を受けて、真っ赤に染まる、エラーを示す文字がノイズ染みて走った。意識が断絶して予兆の無い暗闇。切り抜かれたように折りたたまれた意識。それが突如、四つ折りの紙面が開く様に、風を感じて意識が浮上した。
事象が巻き戻されたことを感知した銀杖が青く光っている。握りしめて叩き落された上空の落下地点、草原の中心部から起き上がれば、白い円が描かれた草原の端に案山子頭が同じように地面から起き上がっている。
現状識別できないために、ガゼットは薄っすらと残る過去の記憶から判別するしかない。ユーザーは全員サーバーが違うために最終幕以前は会ったことすらなかった。だが、確実な判別方法が一つあるのだ。ユーザーには禁則事項という共通の制限が成されている。口にすれば、文字通りロールバックするのだ。その選択肢が行われない分岐点を探し、意識が過去へ。禁則事項とは、ユーザー以外の誰かが聞いていた場合、それは起る現象だった。
白、コイツ自身は白。案山子頭は間違いなくユーザーの一人だ。
だけどもう一人、相対しているのは二人だと錯覚させられるほどの『誰かが』ユーザーではないナニカが案山子頭の味方についている。行き詰った時の最終手段。
場面は落下地点から始まっているから、事象の最初がここが起点であることを示している。耳に走る音はノイズが無理やり言葉をかたどったようだった。
『――この世界は固定されている。』
世界が灰色に染まっていた。一度目の落下とは打って変わり、不気味なほど静けさに満ちた空間で二つの火花が動いていた。首を蝕む呪いが枷となり、鈍る頭の中、真っ先に落ちてきた案山子頭が、難なく俺を無力化すると準備する間もなく植物の蔓で寝転がされた。
切り札を使わない条件を掲げさせられて、俺の他は恐怖では殺さないという誓いが立てられると、憎々し気に案山子頭が俺を見下ろした。
銃を一発天に向けて放つと、蜘蛛の巣状の罅割れが入って、永劫停止可能な結界に風穴があく。
内部だけ戻る色彩の中、冷えた風が循環して俺を守る様に渦巻くと、案山子頭はスカイグレイの上着をはためかせたまま銃を構えていた。
鬱陶しい風だと、呟く成り、案山子頭の周囲、刹那に起る巨大な魔術。
燕尾服を来た案山子頭の大群の隆起すると、俺と案山子頭を中心点として、まるで大飢餓を予兆させる大海嘯の如く布音を立てて虫の如く湧いた。風を吸い取る様に連鎖的に増えていくと、冷えた風が掻き消える代わりに、ガゼットの器が宙に浮いた。
宙はまだ停止している。
俺が堕ちたらだれが受け止めるんだと叫べば俺様が継いでやると不明な叫びが返ってくる。なりふり構わずに『眼』を開けば、封じ込められる首からの黒い環。これもついてきたのかと苦痛から血反吐を吐けば、一瞬だけ動揺する波長が見えた。瞬時に置換を掛けたが、拘束から抜け出した瞬間、弾丸によって軌道を読まれたガゼットの『器』が肩から一部崩れ落ちた。抉られて、激痛が走って、存在を蝕む毒が回る。理を削る弾丸何て、聞いたことも見たこともない。
宙に浮きながら、案山子頭の生身、一瞬だけ金色に光った本体の瞳と視線が合ったことで、ガゼットは刹那、かの思考を垣間見た。
恐慌状態、精神汚染。そして、錯乱状態。まるで一手を間違えればすべてが終わるとでもいうように、案山子頭は究極の選択を前にしていた。
選ぶのはいつだって俺たち自身だと強い念が走って、それが最後の合図の様に波長も全て途切れて、案山子頭の気配が全て別物へと変わる。
初めて見る金色の眼と焦点が合って、刹那。
浮遊させられるガゼットの下、案山子頭が地面にあらかじめ仕込んでいた、青い球体が一斉に空中を貫いた。
回る十二桁の青い弾幕。切り離されたことを示した灰色の景色の中、事象も引っ張って来れる規格外の理由を悟らせぬまま、先ほどの切り札を文字通り召喚して上空にも弾幕を召喚してくる。
上も下も四面楚歌。単純に先の二倍を用意された弾幕に成す術はなく、そして単独で、最後の最後まで、単身で浮遊できると感知させなかった案山子頭の勝利だった。
灰色に染まった世界の外側、星の軌跡を途中で描いたまま停止している空中を眺める。
青い球体が足場となって、空中に磁場を作って案山子頭の器が浮いている。
座標の固定化によって、物理的な実体を持つこともできる青い球体が枠と成って足場を作っている。
首飾りは完璧に解析を成した、と告げられて無力化と主権を奪われ、飛び出すガゼットの主武装たる『銀杖』。
案山子頭は冷徹に照準を定めた。主武装を取り上げられた今、額に照準を合わせられたら、ガゼットは防ぐ手段を持たない。
「伝言ぐらい聞いてやる」
「青い球の値段いくら?」
「他に訊くことねぇのかてめぇは?」
案山子頭が魔法道具の衝撃弾を装填している。次の状況を理解した。身をもって体験した木っ端微塵、周囲に散らばった青い球体は、案山子頭の放った二重付与の掛かった魔法弾だ。
物理で用意すれば、一つの玉で虹の宝石が買える値段であろう技術を惜しむ素振りも無くガゼットに費やしてみせる案山子頭の真剣度。
防衛機構が意味を成さないという事は、魔法障壁を使って防御しても、杖無しで防ごうにも、転換は出来ず、器も理も両方防げない。銀杖で抵抗を成そうとして、帰還の術式を乗っ取られた。
「こいつは俺様が貰ってく」
引き寄せられた『銀杖』が案山子頭の黒いぽっかりと空いた口で食べられてしまった。小豆のような目をだらしなく下げて、三日月の様に弧を描いて笑う。案山子頭の眼が金色に再び光っては瞼を閉じる様に線を描いてかき消える。
催促されたガゼットは回答代わりに魔法障壁を展開する。案山子頭が足掻居て見せろよと笑い、一斉に弾幕を射出して、ガゼットの最後の盾を穿ち始めた。
理念が切れたら即終了、集中力だけは切らさぬように、埋め尽くす燕尾服の案山子頭を両手で切り伏せながら風を編んで大気を纏った。
青い弾丸、弾いて副武装の手甲を鳴らせば、案山子頭が口笛を吹く。
臨戦態勢、照準から逃れて青い球体の弾幕を回避する。数の暴力を球状に張り巡らせた障壁でいなし、十分ほど粘ったが相殺用のエネルギー切れ。防壁が張れなくなった。凄まじい数だ。
思考のジャミング、専売特許を乗っ取られては、視線を解して術式が掌握される。お前のそれは頼りすぎると足元をすくわれるぜ、と耳元でささやかれて、超高度の上空から障壁も晴れないガゼットの肩を押すと、ガゼットが落下していく。
黒い環が消える代わり、流星群の魔法を有した耳飾りを奪われた。声が届いたガゼットが眼を開けると、案山子頭の擬態を解いた一人の男がガゼットに『黒色の銃』を構えていた。
景色には案山子頭が映っているのに、ガゼットの瞳の中にだけ映る素顔。コンマ数秒、素顔を曝した案山子頭が笑い、そしてすぐに擬態を戻した。
――完全に記憶されたのを確認された瞬間、内側の防衛機構の全てが書き換えられた。
制御装置の作動を確認、自動行動を反映。
防壁突破、ジャミング進行、神経回路の停止を確認、精神体の構築言語、音域を再生。
管理操作の全ての権限が消去されて、エラー音と共に改造されていく内部の情報網。ボウとする頭の中、最後の抵抗網である身命が掌握される。自身の名前を知られた瞬間、案山子頭の入力した文字が勝利を宣言した。
だが、命綱の首飾りは終始奪われなかった。これが答だ。尋ねる前に問を焼却された。
「あばよ、選別だ。俺様の名前は――」
強制的に送られた音の単語を理解した、瞬間、縛った、縛られた。
互いを認識した。刃を向ければ殺せる相手と成った。表面が削られていく青い弾丸が宝石のように煌めいて、黒色の銃に装填された。
コマ送りの様に遅延させて視える景色の中、等価の身命宣誓が送られてきて正気を疑った。
名前を交換するとダチ公なんだってよ、じゃないわボケ。
断言しよう、目の前の案山子頭の真名は看破できない。
一矢報いようとしたが、探る間もなく思考するたびに燕尾服の案山子頭がダンスを踊っている場面を幻視させられている為、不可能だった。
馬鹿だ、馬鹿が居る。
「お前も馬鹿だろ」
「知ってる」
「おら名前を呼んでみろよ」
「断る絶対よばねぇ」
残念、と案山子頭が笑って、ガゼットに向かって引き金を絞った。
馬鹿野郎とは続けられなかった。
弾丸が肉体に着弾する瞬間、言の葉に載せられた声音が、精神を拘束したので動くこともできなかった。
声音によって完成した術式に彫られた名前は、ガゼットの真名と、知らぬ誰かの真名だった。
挽肉になる衝撃と共に、ガゼットの精神と自我は、たたきつけられるように砕け散った。
轟音と火炎によって、中りが灼熱の光りで包まれる。
ガゼットは破砕し、案山子頭自身も地面に転換して回避して尚、受ける衝撃波は停止した空間自体を罅割れさせて、時間を強制的に動かさせた。
見上げれば振ってくるのは火の粉だけ。
屍骸すら残らなかった。
//
意識が閉じる。折りたたまれていく錯覚の最後の瞬間、引き寄せられて一気に意識が展開する。
まるで水中で限界の呼吸が解放されたように、一気に情報が流れ込んできては、混乱染みた情報の多さに目を回した。
激痛、酩酊、眩暈、吐き気、前後不覚に感覚の欠如。
緊急回避後の秘匿の権能を作動させていたことも忘れて、座標の違う宙を只管眺め続けていた。
矢次早に光化したエーテル体の『理』が復権しては――何かに阻害される異物の改変にて器が手間取っていた。
知覚できる意識がある。不全だが消去された記録は全て保全済み。――再起可能。自動的に装備を逃走用に切り替えて、装備の力を駆使して生存している。光化した器が割れたシャボン玉を逆再生するように、神経を象った。
五感がある。確実に一回抹消されたの器が復元している。まごうことなく、挽肉にされて概念を木っ端に死んだはずなのに、器がある。
激痛の知覚、感覚の消失、確実に近づいてくる死の足音を理解した脳が破壊されるまで瞬間を思い出して、フラッシュバックの激痛に唸った。
存在全体に蝕む何かが黒鉄の如く、器全体を紙綴器で留めるように、強制的に異物を混ぜ込んで再構築している。回路に何かある。
血反吐を手の甲で拭いながら死ぬ気で『眼』を開けば、あの法の下にある同じ線形時間の別の領域だな、とあたりをつけて思考が回る。
母港画面を開いて自身の設計図を開けば、霊核が『人類』から『怪異』に切り替わっている。
//
この世界には『魂』を構成する三つの概念がある。
『火花』の出力先は三つある。火花を纏う大本の『霊核』。霊核の上に形成される『存在』、その二つを覆う外殻たる『魂魄』。
基本火花の色は霊核に相互に作用する。そのため、火花の色が変わるのはしょっちゅうあることだ。
真珠の層のように、火花→霊核→存在→魂魄となっている。外から見える一番の表層が『魂魄』となるわけだ。
基本生命あるものは皆『霊核』が宿っている。『物質』と『生命』の境界線は『霊核』の有無。
意思の具現の創造物たる『アーティファクト』は火花が宿って成るが、霊核はない。これに『霊核』が宿ると、『九十九』になる。
基本、新たな生命たる『霊核』が宿ることを、『エーテルが宿る』という。
この出力先の二つは火花の臓器みたいなものだ。どちらも壊れると死を意味する。『霊核』のみ、火花で打たれている為に不滅である。一度霊核が宿ると、火花の形は循環する『球体』から『焔』に変わる。アーティファクトに宿る火花は『球体』だ。
火花に霊核が宿ってない場合、物理的にも『球状』になる。
霊気は火花から。生命力は『霊核』から。理力は『魂魄』から。魔力は『器』たる星の構成から成る容器である。
マトリョーシカの順番で言えば、霊核→魂魄→器である。俺たちは魂魄を『理の器』、星の構成から成る容器を『星の器』と云ったりする。
基本年輪のように『魂魄』ってのは霊格の器みたいなもん。経年変化していく。真珠の層のように歩んだ軌跡が見えるのだ。
こっからさらに霊核に宿る『存在』と、理性たる理念を司る魂魄の『理』、霊格魂魄の『器』、として大体名称を差している。ややこしいんだよな。『外』に出る条件は、『火花』と『霊核』だ。霊核って不滅の火で打った概念染みてて、この『霊核』が星の構成と違うと火花になっても『外』に出れないのだ。全ての宙でその法則は定められている。
一言で述べるなら『外』に出るにはその『宙』に対応する『星』の構成をしていなければならない。
基本その『星』から生まれた概念は全部『外』に出れる。だけど、例外で別の『宙』からやってきた『霊核/存在』は、その星の所属じゃないから『外』へ出れなくなる。じゃあ出るにはどうするか、というと、同じ座標の『星』に戻り『外』へでなければならない。
『星』は『世界』の所属なのであるが、世界が消失する場所もある場合、火花は何処へも帰れなくなる。
これを反則的に回避する手段が『存在の対消滅』だった。この手段のみ、全ての位相世界が収束して一個体に戻るので『霊核』の再構築が成される。逆を言えば同位体が存在する時、火花は絶対に再構築しない。
『対消滅』の意味は三種類ある。一つは『外』へ出れるようにする『霊核』を再構築する最後の手段の『存在の対消滅』。
一つは『星の器』と『星の構成』を纏った現象を解体、分解する『属性の対消滅』
一つは火花の出力先の『三つ』がまとめて殺されると同一軸から抹消される『器の対消滅』。
対消滅に至る手段は数多くあるが、『存在』の対消滅には『回帰』でのダブルクロスか、奈落の底に出て時間そのものから抹消される手段しかない。他の方法は俺は知らないので。基本、対消滅から復権する条件は難しい。『存在の対消滅』など消えた先は大本に戻るだけであろう、と言われているぐらいなので、上記の条件を踏まえると、大本に戻り、星で生まれ直すのを願う措置、とされている。ひどい、話だ。
まあともかく、『奈落の底』、『回帰』してダブルクロス、同一の自己とブッキングすると、全ての『要素』を『共鳴/リンク』させて並行世界、全次元に置いて存在、属性、器の魂たる火花そのものが全部消える。火花は永遠だが、対消滅時に星の『大本』に還るので『外』に出れなくなる。
基本『外』に出れれば巡れる、『大本』に還れば旅路は終わる。還った場合、記録そのものが消える。
ただの世界を構成するエーテルとしてまた循環してしまうのだ。『存在の対消滅』が起るってことだけは覚えておかないといけない。
これは世界開闢時に成された概念条文が宙の法則として敷かれているからだ。絶対的な権限を行使している。すべては、俺たちが討伐を掲げた『大厄災の呪い』のために。『存在の対消滅』が起きる場合にのみ、同一の権能さえも『要素』として剥奪できる。ちなみにアーティファクトの類を纏って奈落の底に消えても同一の要素は消えない。あくまでこれは、存在の抹消、霊核が宿ってないと、駄目なんだ。
初期値の設定そのままである。
培った肉体は全部挽肉になったから仕方が無い。
甦生用の道具は、二十年から百年に一個手に入る確立の、『概念の余白』という選択式のチケットで入手した。
対価は指定した年数の間、神域に時間を捧げることで生成できる。二十年ぐらいしないと概念の余白は作れないのでユーザーで年取ってても飛ばしている者が多い。
大体契約を交わした神域の存在から手に入る。その時にその『概念の余白』に付与効果が生まれてたりする。
行動の記録の中身は大体、神域に到達して概念の一部を得るという大層なものであるがやってることは異界侵攻である。
無限といえるほど神域は異界に侵食されやすく、滅ぼされやすい。守る術がない神域の存在の代わりに、領域の守護を司るのだ。
生成には『絆』と『星』と『存』が必要となる。此方で言うと分霊じみた神域の存在による『概念』の譲渡なので、狙って作れるものではない。
絆の理陣石とは違い、一定の神域でしか手に入らない。
大体順序があり、契約を結んだ甲の対象から祝福を受けた後、領地を守護、絆を司ると授与される。
自身の観測領域しか影響を及ぼせないという制約があるが、この『概念の余白』の一番の利点は対象が抹消されても行使される。
『概念の余白』は大体祝福を受けた甲の属性の色になる。
ガゼットは過去の任期で三枚ほどあった。
大体『概念の余白』は完全蘇生用の道具として使われることが多い。
見た目がほぼメモ紙なので、大層な『概念の余白』などではなく、通称は『メモ紙のチケット』や『短冊』であった。威厳も何もない。
このメモは自己限定、対象者一人限定だが柔軟な効果を付与できた。
このメモは、三つの概念を指定すると、それ構文単語として星の再構築で願いを適えてくれる。
ガゼットが記入していた蘇生用の『メモ紙のチケット』の概念の三つは単純明快。死亡、後、甦生。
ガゼットは余計な補足を入れなかった。下手に介錯されるより、明解なほうがタイムラグが少ないだろうと考えての内容である。
甦生後、まさか転生措置で放出されるとは思わなかったが、なるほど、術者にとって操作体は二つ。そして、意識が一つ。
指定してなかったが、案山子がもしも最期の最期に甘さを見せて、どれか一つの死を見逃していた場合、ガゼットは甦生しなかった。
「いや、二つじゃねぇ、存在も死なないと駄目なのか」
存在、理、器。全てを壊され分解されて、ガゼットはようやく蘇生できたのだ。
「まじか落とし穴怖すぎる、概念ってそこまで忠実なの?」
己が認識していた概念は、自己の甦生であるから。まさか、この世界では両方とも死亡した場合と存在破壊時のみ発動するなんていう鬼畜な条件だと思わない。対消滅しない限り無理じゃないか。
仮に『死亡』『片方』の『甦生』とかけば、両方殺された時点で適応外。
片方ってどっちの死亡とか言われたら、単語が足りない。
その時点でメモが足りない。
外道も役に立つことがあるんだな、と呆けた頭でとんちんかんな感想をもらしていると、激痛と共に再び猫背になって蹲る。
――あ、これ、幻痛、あとPTSD煩ってるわ、これ。
最悪極まりないのは、指定されていないので『人間』として甦生されていないこと。
この世界では、甦生する対象は、死亡した時点で冥界の一部を有する。
領域に踏み入れた時点で属性が混じり、死を纏い、再び顕現した時点で生者の理を外れている。
本来ならば、全う、順当な手段を踏まえれば、世界の力を借りて再生誕生する。
これは俗に言う、転生措置と呼ばれる、輪廻転生の概念であり。
きちんと手順を踏めば、再び人間として生まれなおせた。
今回、概念という超越した最高の権能によって、現象を捻じ曲げた結果。
ガゼットは全ての生物に当てはまらない、『怪異』となった。
これならば、実体が無くとも、順当に力を培っていけば能力も全盛期に戻れる。なるほど、申し分ないだろう。
本来ならば輪廻の中で順番を待って生を受ける理を、無理やり捻じ曲げて誕生したから、必然そのたわみを受ける。
生者の理を外れた結果、つじつまを合わせ、最適な解となったのが、散った屍骸の飽和エネルギー、魂魄、精神対の再構築だ。
身に着けたものを木っ端微塵に粉砕された結果、誤認した全ての破壊物を所持品として認識した。
案山子頭に装備品を奪われなくて良かったとするべきなのか。
概念から外れた存在の為、死亡以前は、純血人類であった種族値の天秤が歪んでいる。
具体的に言うと、人間性が全て失われている。これってどういうことなのよ。
空っぽの属性値に、冥界の値が一つ増えて、先天特徴に、怪異が付与されている。
神域に二度と足を踏み入れられない事実に戦慄を覚える。
金稼ぎの最大秘境、財政難になったらどうしよう等と考えて。
再び激痛。
思考を回すと激痛が走る。
何の嫌がらせだこれ。
仕方なしに、簡略式を駆使して自動行動をくみ上げる。
百キロ地点を幾つも離れた、十分以上駆使して思考、探査した方角。
類似する場所があるならば、世界地図の座標と一致するのではないかと踏んで、答えは一致。
首飾りの『移行装備機能』を駆使して、私服に転換すると、旅人風に切り替わる。
「……、俺って今日、厄日なのかな」
認識していなかった主武装が無い。