銀杖の担い手 ライト版   作:海に流れるアリ

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二章 (5)放流のジャックス

 

 俺の時代、『回帰の術』は危険が伴うことで有名だった。

 基本過去へ戻る技術はおおよそ条件が厳しい。ウィナフレッドと俺が使用した術式でも『帰還』を達成するには二つの条件がある。

 一つ、過去の自分と出会ってはいけない、一つ、二人いる事実を観測されてはいけない。

 この条件を満たし、術の施行された時刻を超えると、因果が逆転して消失時点の『器』が楔となってフィードバックする。

 この制約を達成できたとしても、まず作動させる条件に、同一の線形時間と同じ歴程を共通『要素』として在るものが『回帰』を掛けないと作動しないのだ。この制約は遡れる過去の軸を制限する。通常ならば一生の内、同一の時間を過ごした範囲しか戻れない。

 

 未来を超えるまでは常に『記録の対消滅』の危険があり、世界の記録自体からエラーで存在抹消されるためおおよその痕跡が掻き消える。

 これは『存在の対消滅』とはまた別の作用で、記録自体が消えるために、リンクした並行世界全ての自己が『どこか』に弾かれる。

 俺がこれを行ったことはないから、どこへいくのかはいまだ不明だ。要点は同位体が同時に観測されたら消滅するということ。

 回帰の施行線に『帰還』前に回帰を二度掛けてもこの制約が執行される。

 

 記録、歴程の記憶は消えるが、手記や創造物、第三者の記録は改竄出来ない。一個人ごとに保存されている世界線の数の痕跡が有るから為に、あくまで自身の通って来た歴史、線路に限る。

 

 この世界の伝承に冥界へ落ちると二度と神域を跨げないというジンクスがある。これは正確な事実ではないが、おおよそあっている。

 それは冥界が『夢』や『忘れ去られた世界の残滓』、『異界』と通じる『齟齬』が常時跋扈しているためだ。

 一枚のガラスを粉々に割った時、そこには細かく反射される偶像がある。そのねじ曲がった一つ一つの虚像が冥界のおおよそを占めている。

 跨げないという比喩は、大抵は落ちた精神から魂魄自体が変質してしまい、冥界の属性を宿す率が高まる。

 

 基本、冥界の属性を宿しても神域を歩くことはできるが、比率が増える程抵抗が比例するのは事実であった。

 ウィナフレッドが差したもう一つの伝承は、冥界の属性を持つものは生来のものから忌避される。具体的には一定の人物には認識されなかったり、逆に強く印象に残り、異物として扱われる率が増えるというものだ。

 『放流のジャックス』という冥界に落ちたものが世界から認識されず、孤独に彷徨う御伽噺があるが、まあ概一般人が落ちれば介入がない限り、大抵一時発狂ルートが確定する。空腹の生物の巣穴にぶち込まれる認識で事後を考えてくれ。それゆえ。

 孤独に彷徨うまでの過程があまりにも惨く、まともな人間であればあるほど、冥界に落ちまいと強く思うことだろう。

 

 縁を成せず、友を作れず、家族を持てぬ。次元をすり抜ける歪な存在の精神は、大抵発狂して自我が死に、残された器が変質するものだった。

 

 というわけで。そんな背景もあり、基本どの世界でも生きた人間を冥界に落とすってのは禁忌も禁忌なのだ。知られれば審問。封印措置に掛けられれば温情ってぐらい嫌われている。神域でこれだからね。

 万全に戻れるのであれば別であるが、高位術士でさえ基本精神と正気を維持できずに怪異になる可能性が高いのだ。望むだけはただであるが、いずれにせよ足を踏み入れたことがある時点で、『逸般人』である。

 

//

 

 不本意にも爆睡して一周(十二時間)が過ぎていた。目覚めの魔術を編んで起き上がるとウィナフレッドはまだ昏睡状態だった。

 気配の方向に目を向ければ、花瓶に二種類の植物の蔓を垂らした花を飾りながら、窓際の青い月明かりに照らされるように調整している騎士殿が居る。

 かけられた麻布と起さぬよう結ばれた右手をそのままに、触診と共に額の熱を祓ってもらうと、肩の傷口は完治はしていないものの皮一枚で塞がっている。しまった、奪いすぎている。

 

「騎士殿ー、俺はしばらくこの人の保護に努めるが、何かあるかな。」

「何もないでしょう、従者なのですから。私も微力ながら尽力いたしますのでなんでもお申し付けください」

「俺そういうの苦手なんだよね、なんでもいいよ」

「なんでもいいよという言葉が実は料理を作る側にとって一番難易度が高いのをご存じではない方が多いんですよね」

「料理の話じゃねーよ」 

 

 外していたオーバーコートを展開して麻布の上に追加で覆う。静かに完全な休眠状態に移行したのを確認すると『魔法の手袋』の一体化を解いて装備するとウィナフレッドに触れる。これはだいぶ無理をさせてしまったな。先ほどよりもはるかに気力が衰弱している。とんとんと指を叩き、首飾りのオークション通貨は不味いかな、と問えば肯定。ですがしたいならすればいいのでは、と半笑いで返されて無言に陥る。魔力なら還元できるかしら、と『魔法の手袋』の中で生地に織り込まれた『癒しの風』を起動をすれば『院』に承認される。まじで?

 濾過してるからまぁ大丈夫でしょうというお墨付きを頂いて、黒金色のオークション通貨の魔石をアーティファクト経由で溶かしていくと、目に見えてウィナフレッドの体調が回復していく。まじかー。交渉の中身を問えば、騎士殿との個人的な約束事らしい。なら俺は関係ないな。

 ちなみにウィナフレッドさんの『理』が通常の水準よりも沈んでいる時、院での術式の行使は俺のみが許されている。その為に、騎士殿は俺を介して魔方陣を通す必要があるのだ。普通は俺に触れても術式は通らない。騎士殿は俺の肩に手を置いた後、神妙に唸った。

 

「……解析を掛けたら死にますね。」

「許可が居る?」

「無許可で理の防衛機構が発動しているときに理に触れる行為を行うだけで強制隔離で『どこか』に飛ばされます。これは院の作用じゃない。」

「その作用は一方通行?」

「我々が先送りにするときに使う全力の投球よりもひどいです。」

「それはすさまじいな。情報開示なんてしたら即死じゃないか?」

「一つでも選択肢を間違えたら即死の地雷原を良く生き延びましたね。」

 

 何故か騎士殿に褒められる事案が発生。笑顔の理由は意味不明だが与えられるものは受け取る性質だ。

 水分補給後、静かに眠るように指示を出された。このまま続行して良いのだろうかと横たわれば求めに応じたのならば最後まで叶えるのが仕事ですよ、とのこと。それもそうだな。

 

 ちなみにこの椅子、大型人類も足を延ばせるぐらいの横の長さがある。大きめの椅子は祖父のものらしい。相当大きいな。使ってるのは見たことが無かったらしいが、騎士殿の図体で引っ張り出してきたのだろう。散歩の成果を尋ねれば西区の噴水前の露店がおいしいという情報だった。俺も行きたい。

 

「そんで騎士殿、このウロボロスの陣、中身、無限に構成情報を探索してるっぽいんだけどどうしたらいいと思う?」

「普通という毒でも検索を始めましたかね」

 

 『癒しの風』を普通に横取りしようとするぐらい活発に動いてるんだけど、アーティファクト経由だから流石に上げられないぞ。ははは。と笑って余裕をこいていたらアーティファクト経由の回路に黒い煤。ウッソだろオイ。

 

「……俺側の中の呪いが浸食してる?」

「それは在りえません。それを懸念して、チケットを切っているはずです。昏睡状態でも、あなたは一度としてこの院の中で回路を開いてないでしょう。そのアーティファクト、食べた時に現れた構成分は?」

「常時魔力を理に返還する術式だった。『理』を無限に貯め込めるって言っても、基本水と油だし、十中八九貯蔵しているだろうなって見たら、その、解析した数値の割合でみると半分は院に供給されたっぽいんだけど、もう半分はこのアーティファクトが食べていた。その半分でも正直、上司殿の幼少期と同等だったんだが。……そんな量が一定量一日中だぞ。変換の際の熱で理と回路に常に苦痛が伴うよな?。」

「術式が壊れていた可能性は?」

「無いと思う。器自体に別の次元から溶けてるんじゃないかってぐらい、無尽蔵に湧いてるんだ。魔力が。霊気から経由しているならわかるんだけど、器自体が特殊なアーティファクトの可能性があって、手が出せなかった」

「……弱くても判定がある以上、低級の赤霧の棘が常時器の中を這いずり回っていたでしょう。それを耐えられるだけの機構はあるでしょうね。……、存在を刺す痛み等常人は発狂するほどなんですけど、この方何故日常生活を送れたんですかね。その量なら間違いなく一発で器が壊れる異常が出るはずなんですが。正直、想像するのも遠慮したいほどですね。」

「……、それなんだけど、騎士殿、今ウィナフレッドさんの魔力回復してるよね。感知できる?」

「院に居る限りできませんので、率直に述べてください。」

「寝てるときに使用できるアーティファクトの検査をした。首飾りは無条件。魔法の手袋と眼鏡のアーティファクトは承認後に使えた。そんで、どれだけ調べても、観測上の魔力の性質が『星』なんだ。回路が強靭な原因がそれだと思う。」

「あなた飛びぬけて幸運だけは持ってますよね」

「不幸も同時に舞い込む率が高いんだがな。」

「星?」

「星。」

「我々の時代でも全領域合わせて、領地主格二名、どちらも継承保てなかった星の因子をこの方お持ちだと?」

「現在進行形で。秘匿事項だよな」

「ここで遊ばせているのが財産をどぶに捨てるようなものですね。」

 

 真面目に笑顔で辛辣はやめたまえ。眼鏡を貸すが、騎士殿は阻害されて何一つ起動できない。逆に壊しそうになったので慌てて宣誓させ操作権を捨てさせた。壊れたらこれ、俺の命綱消えるんだからな。何やら目まぐるしく頭脳を回している騎士殿が壁に凭れかかりたがっている。気合で上を向くのは騎士殿らしいが。

 

「つまり、再生していたと?」  

「是。器の全ての細胞壊した挙句、回路を自己再生しまくって、在りえない強度になってる。そして、その場合、食べた星の性質を、ウロボロスが院の再生時に還元している。ある前提で生きている。以前も全て内練で賄われていた。つまり、全部が外部からの生成された要素じゃなく、内から湧く霊気の変換されたものだったんだ。これが意味することは、器の魔力じゃない。霊気自体の性質だ。だから、火花の属性が『星』なのは間違いなくウィナフレッドさんの性質だと思う。……、ここからがほんっとに頭が痛いポイントなんだけど、以前の返還式が正常値じゃなくて、機構をあえてそう設定して、霊気の供給が直接的に魔力になってる。通常『理』に通される機構を突破して、分離すらしてないんだ。その全てがウロボロスが食ってた。そんで『理力』の供給は、っつーと、変換された星の魔力を再度、ウロボロスの変換式を使って、ずっと理力に還元されてたんだ。還元された『理力』に星の性質は全くない。信じられないことに。」

 

 これは全て思考させない為に徹底して星の要素を『理』から排除されてる。術式を弄られたら困るからだ。

 

「……宣誓を切って、『理力』を通してもらった時に気づいたんだけど、この式、恐らく『魂魄の理』すらも貫通して飛ばせることから、さらに深い場所、存在の、霊核の内側から来てる。そのため、高い確率で、……長い歴程の輪廻を巡っても、器の稼働が止まると『理』が止まる仕組みになってる。存在自体がいじられてる。切らない限り、眠っても、意識すら外せないと思う。」

「……、……。」

 

 騎士殿が眼を閉じて面を覆うってよっぽどだ。『星』だもんな。しかも制約を切った拍子に『院』に貯めていた分の星の魔力が還元されたのが気絶前に見えたんだよな。だから、今本気で苦痛に苛まれているはずなのに、この人全然そぶりを見せなかった。感情の揺れ具合だって、冥界に落ちて染まるぐらいの、発狂ものだと思う。

 

「……そんな方が生涯ため込んだ『理力』を空にするほどの疲弊を以てようやく一命をとりとめたんですよ。ヘズ。そんな深刻な状況だったんですか?」

「あー、棘の術式自体はこの人も知らないから伝わってないのか、その、守護の誓いを通すために自己の火花を燃やした後、ですね。加護の迎撃を全面的に食らって、自傷で耐久勝負しました。」

「ヘズ、食らった赤霧の棘の練度は?」

「上位霊格すら一撃で縛れる程だと思う。最大級をもって殺すっていう意思で左肩ぶっ潰して来たから間違いない、だけど、ごめん、それも、俺、砕いちゃって、恐らく、ですね。」

「……メフィスが赤霧の棘を呼吸をするように使ってきたことを今お話ししましょうか」

「ごめんごめんまじでごめん!」

 

 騎士殿の頬がひきつってる。騎士殿がメフィスとの追っかけっこで四桁死んだ原因全面的に俺にある。まじでごめん。

 『理』を狙われた瞬間永劫回帰の呪いが作動したことも伝えると、術式殺しが間違いなく組み込まれてるじゃないですか、と小声で叱られる。騎士殿。だよね。

 

「……、第一に死ななかったことを祝うべきですね。その手段をもって殺されてたら、回帰の陣がバグってあなたの器が殺せなくなるところでしたから。」

「まじで?」

「理も死ねずに再生もできず、切らぬ限り、永劫最大級の苦痛が伴う存在の生き地獄です。」

「まじで……?」

「『隻』が混じって無ければ、本来変換することすら不可能です。あなた身をもって格上の命令条文系列の概念は凄まじいことは知っているでしょう。魂籠らば人の身で神を打ち落とす世界ですよ。老獪がこの院を作成したなら愛し子を保護する機構を作らないはずがない。たとえ身内だろうと容赦はしないでしょう。……他の色の棘の出現は、大本命が分解された為に、性質を変えて別の要素で殺そうとしたのでしょう。」

 

 運が良すぎたね。やったね。

 

「永劫回帰とは名ばかりのものではない、本当に禁忌の術なのですよ。それに狂った末路が第一黎明期であり、かの有名な青の研究者です。……これ、赤霧の棘と言ってますが、最上位の霊格すら殺める『宿火の柱』ですよ。あなた先代のチケットを切って、その間の保護機構の神秘に守られていたから助かったようなもんですよ。院自体に星の魔力があるなら、その性質は完全に再現されていたはずです。神秘が無い私が食らったのは完全体と、……私良く生き残りましたね。」

「よっ流石騎士殿!我が最高の騎士殿!」

「その二枚舌引っこ抜きますよ。」

 

 あれ、それだとなんでこの永劫回帰の呪いが守ってくれたんだろう。大厄災の呪いなら、『厭』の性質が増強されるのは喜ばしいことのはずなのに。騎士殿が難しい顔をしている。

 

「……変転している為に、宿主を守る性質があるとか、でしょうか。」

「そんな都合のいいことある?」

「最大最悪のパターンですが、ヘズ自身が大本に認定されている可能性がありますね。……あなた隻以外と門以外に何か他の要素背負わされてませんよね?、隠してたらただじゃおきませんよ。」

「流石に厄災に転じる状況において秘匿する事項は何もないぞ。宿に戻って解析掛けてもいいぞ」

「あなたに関しては徒労に終わるので結構です。大まかな事情は分かりました。主殿、情報の球が使えない以上きちんと説明義務は果たしてくださいね。」

 

 渡された情報機構の札束。開けば本になっては情報を伝えて来る。こういった機構は許可されるんだな。

 次に現代の問題点ですが、と前置きを述べて、騎士殿は治療を交代すると、俺にウィナフレッドを寝台の上に運ぶように指示を出した。

 右手を俺の肩にのっけたまま、俺をベッドの端に座らせては、騎士殿が片膝だけを寝台の上に乗せる。術式の起動はするが魔力の還元は完全に閉じている。右手を離すと術の行使自体が禁じられる。俺だけの特例許可だ。そらそうね。云われるまでもなく理寄りに戻ってウィナフレッドサンの手を取れば騎士殿に咳ばらいをされた。何さ。一先ずその麻布とオーバーコートで魔力は通じると云われて俺は椅子に戻される。

  

「大陸を歩き回れるだけ回ってきましたが、切り取られた冥域の狭間が地表に出てる部位があります」

「なあにそれぇ」

「危険封鎖領域の凡そがそれです。オクの世界に冥界が既に浸食している。そして、これを停止させるための機構がある。術者の大半がこれに割かれている。何か質問はありますか?」

「ニ・ハイの練度、うちより上のところあったよな?」

「一部は認めます。同条件化なら劣勢になるかもしれません。しかしそれは権能や加護を排除した場合です。この都市が異常なだけで、二百年前より遥かに情勢は悪いですよ。」

「貧困の救済はされているよな、なんで他の国に睨まれてるんだ?」

「頑なに秘密主義、軍のスパイは即座に記憶を抜かれてキャッチアンドリリース、逆にお返しをされていますが、この国の理念は神域同士の領域の法に近い。それを踏まえて五十年前の大崩壊が権力大闘争の始まりというわけでして、現在進行形です。」

「現在進行形かー」

 

 あー、明らかな尊厳破壊と不平等が無い限り、文明の尊重を第一にするのか。その上で、技術の独占が妬まれていると。これは事情を知らない者からしたら明らかな独り占めだもんな。本音は適切な法の整備とマニュアル作らないと冥界に下るときに九割九分無限に死に続ける理由になるからなんて言えないだろうし。

 記憶を奪うにも限度がある。干渉できる世界条文にも割合というものがある。一定値を超えると世界条文の罰則に触れるし下手すりゃ眷属が派遣されて来る。実際バラガラの術士は大半が世界条文の改変に手を出して罰則を体験してる。それを跳ねのける上司殿も、俺も大概だったが。先代の保護が強すぎるんだわな。

 火花の自由の法もあるしなぁと額をかいた。次元壊れてこの星に閉じ込められている現状は芳しくなく、法を定めた故の弊害なのだが、神域の存在であれど手出しは不可能。時勢を決めるのは生きるモノたちなのだ。

 神域の存在について尋ねれば、先の回答とほぼ一緒。しかし、この『院』と同じような神秘を有する秘境が他にも三つあるらしい。厳密には神域は存在するが、それは個人の寄る辺に左右されている。なあにそれ。オクの世界の神域の情報浸透度合いを尋ねれば、なんとほぼなし。

 まじで、引継ぎの転生者以外、崩壊前の歴史を知るものは軍のごく一部だけらしい。まーじで?。

 ウィナフレッドサンは案外上官というか、地位の高い幹部だったりするのだろうか。オールラウンダーの治癒士なら難しい任務にも連れて行くよな。白兵の練度を顧みれば当然なのかもしれない。ガネンメーデが偉く喜びそうな白兵戦スタイルだったし。

 

「貴族が金の象徴なのは第二大陸だけ?」

「第二大陸だけです。……、この方、大陸の外に渡った経歴は在りません。渡航門すらも関所に在る場所がある。任務経由で外部の人間を援護していた可能性が高いですね。」

「うわー、よく飛び出さないで耐えてたなこの人」

 

 資料を寄越してくれる。『ニハ・イ』都市全体の術式の凡そを解析を終えて解ることは全てがウィナフレッドの保護のために張り巡らされている。南との伝を借りて『紋章』の後ろ盾を対価に直接情報を引き出してきたらしい。そうでなければ騎士殿でさえ動き回ることも不可能とのこと。騎士殿も監視対象だよなそりゃ。

 ウィナフレッドの一番の懸念事項は、点間門の罠だった。加護が破綻している者が二つ、その跳ね返りで影響が出てるはずだった。

 既に切った段階で術者との契約が途切れていることから、俺が昏睡状態に陥った時期に十中八九何かあった。

 案の定、点間門自体が接続不可になっているので、国の監査の者が飛んでくることは不可能なようだった。これについても解決済みと。

 

 『院』の目的はあくまでウィナフレッドの保護。許可、およびラインが結ばれていないと身内だろうと一方的にこの院には入れない仕組みらしい。ある意味徹底している。肩から肘が放されて机の上の水差しを傾けると、少しその窓際の椅子に腰かけてみてくださいと指示される。傍に置かれた青杖に触れぬよう椅子に座ると騎士殿が唸った。

 

「俺にわざわざ贈る紋章の後ろ盾の意味」

「勝手に動くなという意味合いが大きいですね。全面的な此方の味方ですよ今のところは。加速も停止術も無許可に敷けない以上、私は交渉で情報を探ります。」

「領地に戻る算段は?」

「封印されている為に、点間門と要素がないと物理的に戻れないんですよね。遠隔操作で『長』に次元穴を開けてもらいパスコードを入力しましたが、領域外に降りる必要がある為、空間に出るには鍵を拾わないとならないんです。その鍵集めも、オークションがあるためにこの一月でだいぶ制限が厳しい。」

「この時代、誰の管轄になってる?」

「紋章を受け賜わったエステラ氏です。あらかじめ伝えますと、この方は過去の協力者ではありません。素性が漏れると困るためにこれ以上は口にできません」

「了解。……最後に、強行突破の手段はどうやる気だった?」

「……火花を渡ろうかなと」

「駄目だよ馬鹿。お前たちの負担が大きすぎるわ。」

 

 やはり眠っている場合、ヘズに触れてないと術式すら通りませんね、と騎士殿が悩まし気に額をかいては治療を止める。

 最大練度の術式をもっても起動すらしないらしい。この『院』の中においては騎士殿側からは『長』も呼べず、アーティファクトの全てのエネルギーが『院』内部に持ってかれてるようだった。

 特例なのか、相互の誓いの作用か不明らしい。権能すら弾かれると。それはおかしい。

 

「俺、院に保護されて速攻で権能使ったしアーティファクトの切り替えも出来てる。白兵戦の許可もなく、不意打ちで行われた戦闘で命を取る術式も簡易ではあるが講じたぞ。」

「……、この方、危機感大丈夫ですか?」

「怪異だってきちんと開示したうえで、院に保護してもらった手前、俺は何も言えずだな。変転してるから院の中に招かれたと云われたが十中八九建前だと思う」

「その上、この方の保護者がどちらも連絡付かずですか。……、私情を一度きり述べますが、あなた自爆してこの方見放したら流石に見限りますよ。私を利用してでもきちんと責任を貫きなさい」

「……一度白紙に戻し、その後再度保護に努めるとかは?」

「怪異を保護した以上、疑惑は常にある。先にあったお二方の援護もあって今自由になっている身です。もし記憶の齟齬が見られた場合、この国では尋常ではない騒ぎになる。この方の精神状態に異常が見られるとみなされて別の国に飛ばされるかもしれません。その時、各国の勢力が黙ってはいない。……ヘズが傍に居なければ他の守護者が居ない。私はヘズの騎士です。あなたの意思に全面的に従う。だが、なるほど、それならつじつまが合う。」

 

 点間門のラインが切れたのは一月ほど前で確定のようですね、という言葉を聞いて耳を疑った。

 最大級の加護が全て剥がれていた理由は、一月前に俺の怪異が暴走した為。……なんと?。

 

「気絶したあなたに触れられる時点で可笑しいでしょう。気絶時のあなたは『存在』を保護するために首飾りの最大の秘匿機構の固有次元に保護される。隔離時間は一月。その間、回路に刻まれた『永劫回帰の呪い』が暴走しないはずがない。」

「……、うっわ……最悪なことしてる。」

「パスを通じて強制的に『長』が主権を握って隔離してくれましたが、その数秒のタイムラグの間に、間近で治療を成していたこの方は最大浸食を一度受けたはずだ。その時に加護がいくつも剥がれ落ちている。気絶時の防衛機構は最大級なので、院の保護が無ければ即座に通報されてヘズは即死でした。……怪異に成ってさえ、取り殺さない本能はすさまじいですが、どの段階でも、ヘズに触れた瞬間怪異がこの方を取り込むのでアウトです。……内容は不明ですが、『長』が直接契約を結んだ為に、院に置いてあなたの治療が出来るようになった。その代わり、加護を剥がされた術者は二月の間療養を余儀なくされる概念浸食を受けていました。現在入院中です。」

 

 面を覆えば首が横に振られる。もし院に記録の機構があれば、疑問に思ったときに調べるでしょうが、と騎士殿が天井を一瞥して視線を戻す。今の心理状態が不安定である以上、不用意に情報を与えるべきではないようだ。

 その務めを後付けですがあの討伐時に頑張ってきたとか。流っっ石騎士殿!

 

「主殿、私への報酬が無い理由が解りましたか?」

「解りました。ごめんなさい。」

「まぁ船や個人的な必要な者は工面してもらいましたのでかまいませんが。私名義で」

「ちゃっかり懐に入れてるじゃねぇか。」

「望むならば献上しますが?」

「いらないよ!」

 

 あの時点で長と契約を結んでるなら、俺が何をやっても『長』はウィナフレッドとの契約を優先するだろう。

 両手で申し訳ないと手を包んでオギナギの陣を起動していると、騎士殿がおもむろに目線を合わせた。これが最大の訊きたかったことなんですが、と眼を据えられる。

 

「主殿、あなたこの時間に至る前に存在の対消滅成したらどうする気でした?」

「並行世界の俺でも引っ張って来いよって思ってた。だって死んでも俺のせいじゃないし」

 

 無言で口元を引きつかされても俺は何も言えんし。真剣な目であなた唯一の存在だって解ってますよね?、と問われて首をかしげる。

 

「先代殿曰く、死亡した場合のみ、残機無限なんだろ?、継承した一族はそういった個性が刻まれるって云ってたし」

「……、その、対消滅を成した場合、ログがバグってあなたが存在しなくなるって理解してます、よね?、その法則は器の死亡時、理の死亡時の条件のみです。存在の対消滅を成した場合、それは適応されません」

「えっ先代殿そんなこと言ってなかったぞ!?気軽に冒険しろよ☆みたいなことしか言わなかったぞ?」

「おさらいしますが、願われて死ぬのは理の方です。だから神域の存在と言えど火花に戻ることが出来、固定した器に戻らず、外れることが出来る。ですが、存在が死んだら連動する全ての要素が集約されて死ぬことになるんですよ。だから存在の対消滅と言われてるんです。広がった自身の存在、媒体を強制的に収束するために禁忌とされてきたんです。……この世界でも、怪異に転じても、祓って『外』に巡った時点で、理は再構成できます。それは理が一新されても、存在の点した歴程は引き継がれるからです。……だから先天的な得手不得手、上手苦手がある。では、主殿、存在が死んだ場合は?」

「その存在は剥がれて巡れないが、再構成した存在の要素が霊核に纏われるから、そこからもう一度始められるだろ。変わらんよ」

「その代わり、以前の歴程は全て死ぬんです。存在は焔から成っています。それが完全に消えれば、それは個を一度殺すことを意味している。理を上下に挟む様に存在というものが身を纏っている理由は単純に、焔、エーテル体の延長だからです。……あなたは、それを良しとしました。」

「騎士殿、俺は長く生きたよ。引き際だって弁えてる。どのように死のうと構わないが、後を濁して生きたくない。」

「たとえ石になっても?」

「石になっても。」

 

 なんで悲しそうな顔をするかな。俺の本来の価値観じゃ死は一生の終わりだし、別に悲感する必要もないだろう。俺は自分自身の生きざまに納得してるし。それにほら、火花が永遠なら、また似たような俺が出来るかもしれないだろと告げれば絶対の確信をもって否を告げられる。そんなに?。

 でも、なんとなし、あの先代殿がノリで生きろというぐらいだから、救済措置が講じられてるんじゃないかと思ってるんだよな。そうじゃなきゃ文献に残すことすら禁じるだろ、と諭せば、困ったように騎士殿が目を伏せる。まぁ、騎士殿の一生の内で手が届かなくなるのは間違いないが。今、この状況で感傷に浸る間の無く『器』の有効活用を頼んだら怒られるだろうな。だよね。案の定呆れた目を向けられてるし。

 

「まじでなんで『回帰』に連なる術だけ対価が天文学的に重たいんだろうな。この反故の代償が手っ取り早い唯一の隻だろ」

「見通したうえで、そう設定されたんじゃないですか。あなたみたいに思いつくので。」

「投げやりすぎるかつ、開闢時代の創造主の話は頭がおかしくなるからノーセンキューだ騎士殿。マジで気が狂う」

 

 点線環を広げた創造主は皆の魂の火花の中に、なんてムハーワニがよく云ってたな。

 

「なぁ、話変わるけど俺の血が一方的に祝福に転じることは、権能を介してもできるものなのか?」

「正確に述べるのであれば、権能を使った結果、式が新たに書き加えられている、というだけです。この方の誓約が呪いへと転じてがあなたに壊された。そのため、残された加護のみがこの方に分岐するという通常ではありえない事象が起こった。その結果、この方に元々かけられていた加護が増えたというだけです。」

「呪いが俺に向いてるっつってたけど、縛りは?」

「ありませんね、良いとこどりです。本当に運だけは良いですね。こればっかりはその巣食う呪いの唯一の恩恵と評しても良いでしょう。それは呪いにすべて反応する為に、呪いを集める性質がある。」

「……俺この呪いのせいで演算使えず、脳の負荷圧迫ずっと増してたから複雑なこと考えられないんだけど、置換も浄化しても減らない絶対値が存在して、なおかつ俺の思考状態、あの朦朧状態で固定されているんだけど、メリットある?」

「あなたなんで今喋れてるんですか?」

「音声認証を首飾りを通して可視化してる。それを文字で打って、っておい!?」

 

 愚者の鎖を切らざるを得ないのはそのためですか、と騎士殿が難解な顔をして問う。そうだよ。自浄作用の一切が切れてる。だから急に片側の眼を全部開いて無茶しようとすんな。焼けてるじゃねえか。再生しながら忌々しいですね、と院を睨むけどこの院にいるから俺ら安全なんだからね、騎士殿自重して。

 

「朦朧と昏睡、残機の消費は大方メフィスが進化するためにリソースを食らっていた現象ですが、主殿の防衛機構の術式の耐性が上回っていた為に均等して自我が保てていた。討伐後、私が変転するために必須の自浄作用の魂魄の術式を借りた結果、術式を取ったがゆえに主殿の耐性が下回った。……この魂魄の術式を刻んだ者はディヴァイダーですよね?」

「神秘使わない代わりに絶対に刻めって脅されたから頼んだ。五回死んだ。」

「……、刻みなおすのは不可能だ。要素と素材が足らない。……、すみません。」

「んあ、いや、騎士殿が謝る必要はない。今はウィナフレッドさんのおかげで理は回せないけど安定してるし。ただ、時々波がやってきて、思考が回らないというか、完全に意識が落ちそうになるんだ。それは一度完全回復した後でも同じだったから、術式のせいじゃないと思う。根幹から全て持ってかれたから、多分別の理由。やっぱり『永劫回帰の呪い』が原因だと思う。生命維持ぎりぎりまで見極められて奪い取られたから。」

「……、直近でその現象が発生したのいつです?」

「騎士殿が魂魄の陣を食った直後だ。最初は対処していた耐性が消えたので処理落ちしたと思ってたんだが、あの『虹』の回復措置を考えると回復に不備はない。なら、引っ張られた魔力と理力は何処へ行ったんだって話になるだろ?、今も減衰してるけど、あの時ほどひどくないからオーバーコートでどうにかなってる。」

「それは一度きりの措置だと思われますので、今回ばかりはご容赦ください。」

 

 なんで急に慇懃な態度で謝ってんの騎士殿。俺の時同様、それを学習したメフィスが今は同じことをしている可能性、あー、なるほど。

 

「……、え?、もしかして、メフィスは俺を『通して』学習しているのか?」

「はい。」

「はいじゃないが?、俺、赤棘の霧以外、全部理力の矢と祓いの魔術しか起動してないぞ」

「解析した情報機構全て抜かれている可能性は?」

「……応用できないのに、理解できる知能があるのか?」

「ヘズがそうじゃないですか」

「はははこやつめ」

 

 緊急連絡で『長』に確認をとると騎士殿の認知外の命令型の術式も起動していたらしい。俺の一番不得意な術式をさらっと会得してる。

 その代わり、何故か治癒系統と光系列は一度も起動されていないらしい。それは大変おかしい。

 矛盾の理由が解けず首を傾げれば、メフィスが俺の現在の特性を考慮している可能性を指摘される。怪異だから使わなかったってこと?

 便利な単略式もふんだんに使ったくせに、俺がよく使った召喚術と点間術を使わなかったらしい。その代わり、次元間からひび割れを発生させて怪異の群を呼んだと。なあにそれぇ。四桁死んだ原因それか。赤霧の棘と群を交互に?、槍衾のように設置して怪異から棘が点間する?最高にクールだネ!

 

「初見殺し過ぎて貫通したパーツが再構成できてないんですよね。あなたの置換と点間を用いて、この赤棘を植物の蔓の如く、破砕した赤鱗狼の断片のあった場所から生やしてきたもので。これだけで百十回死んでます」

「すまん。まじですまん。」

「あなた瀕死の状態でよっっくこれに耐えましたね、これ別の色だと魔素分解の式が入ってるので怪異だろうと問答無用で祓われるところでしたよ」

「あー赤霧の棘以外これがあったから無茶をさせたのか」

「大海の如く貯め込んでいた理と、院の魔力が無ければ死んでます。これは断言できます。」

 

 最たる恩恵のジャミング装置は『俺』専用の術式とアーティファクトなので再現が不可能だったとの解。だろうね。

 

「眼が情報機構のアーティファクトで良かったですね。これが術式だったら、ラーニングされてる詰んでました。」

「パスを掌握される可能性がある以上、眼の制約をかけてて良かったな。これ存在が変わると絶対発動しないから。」

「主殿の正気度の高さには常々敬服しておりますとも」

 

 その笑顔は褒めてないな?

 

「残機あって治癒の光環使えてたらどうなった?」

「残機がいくつあろうと私が死んでますね。」

 

 俺の戦闘と同等の術を学習しているメフィスはそりゃ騎士殿にとって天敵だったらしい。

 まだ術をなぞるだけの知能しかなく、応用できる知能がないようだから助かったようなものだとか。

 

「よく勝利したな騎士殿。」

「模擬戦を伊達にしてませんからね、勝利を掴むためには私は戦略を選びません」

「ん~っよ一葉知秋、邪知暴虐」

「私は暴虐を揮ったことはありませんが?」

「邪知はあるんかい」

 

 具体的にはメフィスの学習を逆手にとって倫理をぶちこめないか模索してたらしい。判断はまだ早いんじゃないかな。

 四桁死んでは蘇生し、恐怖と飴と鞭を感情を持つメフィスに刷り込めないか試して来たらしい。人工知能や機械じゃないからできる手段だな。

 

「調査結果を報告しますと、メフィスは私と主殿の感情の起伏によく似たルーチンを持っていました。今のところ、自由を尊重しても意思疎通が可能になるかと。無邪気故に覚えたことを爛漫に花が咲くように使ってきますが。」

「よく、あの棘の貫通を対処したな」

「妻に融通していただいた装備品で対処いたしました。あの渦の中では使えませんでしたが。」

「術で対処しなかったのか?」

「対処した端からラーニングされますがよろしいですか」

「これ騎士殿を過去に置いてこなかったら詰んでたんじゃないか?」

「そもそもメフィスを生み出すことをさせませんでした。」

「俺の意志じゃないぞ」

「わかっているので頭を悩ませているのですよ、私にとってこの問題は無垢な魂を守護する義務と怨敵の討伐が一緒くたになっている」

「大変だね騎士殿」

「主殿もこれから一緒に悩むんですよ、一蓮托生です。」

「やだー」

 

 大本がそもそも術式自動コピー装置だったからね。大厄災の呪いやっぱ頭おかしいわ。

 

 

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