銀杖の担い手 ライト版   作:海に流れるアリ

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二章 (7)赤鱗狼

 

 強く助けを求める声が聞こえた。飛び起きようとすれば、強い念話の制止と共に引っかかる腕の感触。

 静かに停止を求められる先、俺の左腕を掴んでウィナフレッドが泣いていた。

 絶対に手を放しては駄目ですよ、と念を押されて目で制止を受けて抱え込むと、わずかに呼吸が緩やかになる。申し訳ないと背を撫でると、オーバーコートを上からかけて、浮遊状態のまま胡坐の上に抱え上げた。

 即座に愚者の鎖を切っては『オギナギ』の陣を敷けば、抱え込んだ左手から霊気が直接持ってかれる。『眼』を開いて霊気の流れをみるが、どう考えても理の内側、魂魄の深層を貫通しちゃってる。

 再度横たえて、オーバーコートの上から毛布で包む。輸血の如く持ってかれる霊気の量に俺のエーテルが根こそぎ持ってかれてる。マジでどうなってんのウロボロスの陣。無言でどうしたものかと銀杖に縋って目元を覆っていると呼吸が穏やかになってきた。

 寄せられた額に求められるがまま固く抱き寄せれば、滲む涙が号泣している。意識が無いのに、器が泣いてるんだけど……。この人、記憶の、しかも加速した時間の中に居ない?

 現在進行形で騎士殿から院の外の状況を伝えられて『長』経由でパスをつなぐと、真黒な重杖の表面が殻が割れる様に剥がれ落ちては黄金色に戻る。

 

 曰く、交渉の末、『長』経由の念話は許可が下りている。俺たちのどちらか片方が『院』の外に出ているとき限定。長曰く、あとはきちんと言語で伝えろとのことだった。そりゃそうよね。

 背をさすって髪を梳けば小さく名前を呼ばれるので困り果ててしまう。現状、式の複雑さゆえに介入が出来ない無力さを許してほしい。

 

 

 騎士殿が俺を起こせなかった理由は現在進行形でウィナフレッドとのパスが俺とつながっている為。俺が同時に、ウィナフレッドの記憶の処理を補助していたと云われて首を傾げれば、淀みを常に祓っていたとのこと。夢見はなかったことを伝えれば無言を貫かれたが、直ぐに霊気の循環の為に優先していた可能性があると。なるほど。

 

「たった今ですよ、観測地点が割れたのは。この時代に降りて来るという通達が来て、全世界の軍部は大騒ぎです。」

「あー、ずっと虎視眈々と狙ってるって云ってた空の異常?」

「あなたが起こされたように、その方の慟哭を感知してやってきました。この星は時間の歪みにより観測が不可能な事象の中にあるのですが、座標となる共通の要素があれば観測が可能です。私がヘズを見つけた様に。まぁ、招かざる客ですね。」

 

 騎士殿はウィナフレッドの『理』が外れかけていたことを理解していたが、俺が繋ぎ留めていた為に院の外に出た。

 下手に第三者が介入するとウロボロス型のアーティファクトの処理が中断。その場合二人のパスが途切れ、ウィナフレッドが死ぬ可能性があった為に傍観する他なかったと。最大限に時間を稼ぐために今まで停止術を敷いて時間を稼いでいたらしい。第二大陸全土に。

 

「騎士殿人類止めた?」

「おや私は元々機械の九十九ですよ。加速に切り替えて対抗しますので、ポイントの捕捉をお願い致します。」

 

 上だ。座標の割り出しを求められて『眼』を開けば、地上ではなく、天の遥か向こうに亀裂が見える。

 それは宙を一瞬で灰色に染めると黒い渦を巻いて天に罅を入れ始めた。飛来する黒い雨の如く黒い柱が時限式位相に移り変わった『ニハ・イ』全土を貫いていく。

 貫通したポイントから黒い霧が一斉に湧いては、宵影が象っては赤鱗狼の因子を持った、……、これ、メフィスが召喚してた怪異の末端じゃね。通達した途端騎士殿がさらに場を塗り替えて全土に再度停止術を敷いた。懸命な判断だと思う。一先ず残機の半分を渡すと、まずは先にメフィスに遊ばせあげますねという大変いい声での返事。よ、幼児に邪知禁止!。

 人質増えたら困るんで、軍の助けはないに等しいと思ってくださいね、とのこと。

 

「今日は次元間が開いてるのか?。」

「十二の節目の星の邂逅日ですね、閉じてる宙でも、その領域外は自然の星図の陣が形成されている。……どうやら停止してても連動する時の進行に乗って、星の領域の解れを開いたようですね。」

「さらに、顕現するために俺たちを利用する魂胆ってか。……アレ、なんだと思う?」

「主殿が良く知る、十中八九アレでしょう。模した眼を持つのは世界の制約上、アレしかいません。」

「やだー!なんで今大本がやってくるんだよー!」

 

 星の魔力は全てに適合する性質がある。狙われた理由は明白だった。

 

 

 

 『愚者の鎖』の作り方は単純であるが難解である。一桁の時間を有する愚者の鎖でも、素材だけで資産が飛ぶ。

 それでも大厄災の終幕に向けて、ユーザーは愚者の鎖の作り貯めた。難関の素材集めに翻弄し資金繰りのために数ある神域に赴いた。

 俺も三分の二がコイツの作成に向けて尽力してたぐらいだから、他の世界線に居たユーザーも似たようなもんだと思う。

 

 『愚者の鎖』の効果は、切り取った時間を封じ込めることである。切り取った時間だけその時分を顕現できる。回帰とは真逆の性質で『星の魔力』が無ければ権限ができない。基本、この星の大本から直接貯めるか、宙の星から降り注ぐ恵みを地道に集めるかの二択だ。単身で星の性質を持つものは『隻』を有する確率程内に等しく、一度星が閉じて、終焉を迎えないと在りえないだろうな、というのがユーザーの見解であった。『隻』もしかり。本来であれば『星』と『隻』は対になる存在なのだが、これらだけは例外で、創造者の開闢以来『星』は普くすべてに恵みをもたらす性質であるため、『隻』への補助が見込める。ゆえに、『隻』が一番属性の相関図でいえば、影響力は最強かもしれない。

 

 まぁ、どの属性があっても封じ込められなければ意味がない。時間を切り取るなんていう世界に下剋上を叩き突ける行為は大変難しい。

 封じて持ち運べるようにする奇跡など、概念条文を培った祈りの恩恵ぐらいではなかろうか、というわけで、等価の女神という素晴らしいオークション概念があった俺たちは血眼になって並行世界にオファーをかけては、限という刻印石を作成できる術者を見つけたのだった。

 

 完全に要素を保ったまま『顕現』するのは正直法外な対価が居るものだ。それを可能に作り上げた『限』の刻印石は……法外に高かった。

 俺たちも工面できないか考えたが、自身で封じ込めると、時間が切り取られて未来へ飛ぶ場合、その封じた時点からどうやって未来を結ぶのか、など問題点沢山あった。餅や餅屋、というわけで、時間が足らないと匙を投げた俺等は普通に買い取ることにした。『白』の刻印石を最低入札価格に提示されて。

 

 経過した時間はそのまま反映されるので、長期の保存に渡るほど難易度は上がる。とはいえ位者になればなるほど、一人生存できる術を確保している。だが、全盛期を封じ込めるのは一日が限度だった。どれだけ死んでも元に戻る性質を有するには、割かし反則を重ねても一日が限度なのだ。それを超えると、何故か世界に殺される。

 だからこそ、愚者の鎖の法外な性質が良くわかる。

 

 

 緊急時の信号を受けてぱちりと目を覚ますと、内部機構で十七時間経過していた。ボロボロの騎士殿が立っていた

 ボロボロの騎士殿が帰還する前に、ついでだからと緊急時の信号を設定して休眠状態、器の中で返還された霊薬の小瓶の性質を使って魔石の元を作っていたのがバレた。霊気が全部持ってかれるけど、『理』が死ぬ瞬間、一瞬だけ別の要素に戻される性質に気づいたために、どうにかできないか模索してたら効率に走って寝てたのだ。まじでごめん。銀杖があるから『極オギナギ』はずっと這ってたから大丈夫だと思ったのと、この状態なら絶対に『存在』は供給されないから、全部霊気に変えてあげちゃえって大盤振る舞いしてたら処理落ちしたんだよね。不思議だね。

 

「主殿、何回死にました?」

「院の供給とウィナフレッドさんに九割九分割いてたら、内部機構のカウントもバグって消えてる」

「主殿、これが終わったら世界から対価巻き上げてきますよ、あなた身を犠牲にして世界救ってます。よくやりましたね。」

「まじで?やったね」

 

 ハイタッチをかましたついでとばかりに笑顔でアイアンクローの形をとられた。騙したな騎士殿ぉ!。アレの退治はメフィスとの鬼ごっこより簡単でした、と告げられる。

 メフィスが『アレ』を押しのけようとするたびに、いろな場所の世界各国の『点間門』を開くために泣く泣く迎撃、破砕してきたらしい。停止術の中体感一か月近く。加速させて、軍の要請に従って、無傷で祓ってきたらしい。その最後にメフィスが鬼ごっこをせがんだために傷を負ったと。寄越されて『眼』に映るメフィスとの楽しいお遊びが苛烈すぎて血の気が引く。拍手してはしゃぐたびに槍衾の赤霧の棘の連鎖とか、やばいなメフィス。つか騎士殿が傷を負うとか、魔神級のスペル習得してない?

 

「いくつできました?」

「眠ってる間の理の演算を全て割いててできたのが八つだから、二時間に一つぐらいか?。神域の工房じゃないから形にすることしかできない。」

「十分です。」

 

 騎士殿はエラーを起こすために『愚者の鎖』が使えない。世界に阻まれてる為とかなんやら言っていたが、その代わり、愚者の鎖を使用した術者の効果で再生はできる。

 アーティファクトの機械の為に哺乳類のように再生要素は無いが、アーティファクトの糸で媒体部品を作ることは出来る。鉱石やら武器やらを分解して変換して自身の外殻に変えることが出来る騎士殿だが、見た目の器は間違いなく人類と同様だ。九十九が長いと『理』が器を書き換えるらしい。そんなことが往々にあるらしい。すごいよね。欠損した場合、見た目は人類同様だが、補うには相応の部品が居るというわけだった。皮膚、筋肉繊維とか骨の仕組み、毛も体温も完璧に哺乳類のそれなのに、『概念』で再現している為に、他者からの治癒術も機能しない。俺は設計図をラーニングしてるから、騎士殿の部品を再構成できるけど、やっぱり不思議なものである。

 騎士殿はつぶれた目を完全に再生した後、メフィスは眠りについたことを教えてくれた。超安心できる。

 

「……あなた私が勝つの解って寝てましたね?」

「すいません。」

「いえ、……あなたがそこまで気が抜ける相手だったのかと、今更ながらに思いまして」

「ボロボロの原因の比率は?」

「百パーセントはしゃいだメフィスにやられました。」

「うわ。」

 

 一先ず飲みますとのことで、手から一センチ程のグミ型疑似霊薬を渡したら固まられた。

 

「『理』が死ぬ度に別の要素が復権してた?」

「最後の死に際に一番鋭い痛みが襲ってきては気絶した感じ」

「あなたなんでその段階でやめないんですか。間違いなく死んでるじゃないですか。」

「まぁ寝てる間に殺されるのは日常茶飯事だったし、ほら、復権もできるからいけるかなって、軽い気持ちで。」

「術士時代の齟齬がここで悪影響を与えている……。それ以後禁止です。」

 

 供給先を『院』から全部ウィナフレッドに移すよう指示されて切り上げると、外で轟音が成る。二人そろって振り返れば、パラパラパラと院の外で特大の黒い柱が都市部を押しつぶしている。非常時撃退用の時限式位相にいて良かったね。騎士殿がグミを水で丸呑みしてる。嫌そうな顔を隠しもしない。

 

「すみません、もう一度出ます。アレは末端でした。全土の末端は祓って封じ、この手の中に封印しましたが、……。確実に学習してますね、今回は主戦力が疲弊したところを本命で突こうとしていたようです」

「なんて嫌らしい。」

「まぁ、あちらも私が再生を一度もかけなかったために判定を見誤ったようですが。こういった戦法も私たちが良く使う手段ですから、仕方ないです。学習した以上死んでもらいましょう」

「補助する」

「あなたのセンサーが反応するってことは間違いなく大本ですね。お願いします。」

 

 最大出力の極オギナギの陣を展開すれば、騎士殿は再度停止術をニハイ全土にかけた。

 

 

 『削』の要素は冥界で、『限』の要素は神域でしか手に入らない。この二つは浸食と権能の概念の副産物である。

 

 『絆』という特殊な祈りから生じた『理陣石』というものもあるが、これは領地で良心的な運営をしていれば集積される信頼や好感度の現れみたいなものだった。

 オクの世界でも個人に向けた祈りが焔となって石に宿ることがある。基本この世界に置いて、九十九が火花を持つ過程の中、アーティファクトに宿ることは稀。

 絆がエーテルを宿して火花を宿すこともあるが、アーティファクトにある場合、疑似情報機構に判定される為、その器を一度壊さないと何故か火花が宿らない。

 

 『理陣石』は願う手段の霊滓が形成して集積して落ちてくることがある。山や川、海や谷など、昔から侵攻が絶えなかった場所にはこういった石が沢山ある。

 だから、むやみに壊すと火花が宿って、何かが生まれる、という寓話が絶えないほどだ。何を願ったかは、そのモノたちしかわからない。ゆえに、自然のものは、無暗に拾うべきではないのだ。

 ちなみに『絆』の対極は『厭』である。この要素は異界侵攻時に嫌でも見ることが出来る。灰色の世界でも、冥界でも。

 世を憎む重たい霊滓が形成して黒い正方形の石になる。これが、大体の汚染の元になる。これを集約したら何になるのか、という酔狂なものも居たが、怪異の伝承が黒い石で始まることから察せられよう。変転したものがいても、恐怖の対象であることは変わらない。ただ、密度を織重ねる程、黒い焔が渦巻くのだという。

 

 黒い柱の石の中身は、全て黒い焔が渦巻いている。全てが集約された『厭』という性質ならば、なんとも業の深い話である。

 位相世界への転移が禁じられている以上、ここで退治するほかない。唯一の救いは既にこの次元が位相世界として確立している領域であろうことか。火花がいようと、軍の上層部がどうにかするだろう。本来であれば迎撃可能な相手だが、数日でこの侵攻は戦力が回復していない場合が高い。

 開いた眼で解析を掛けると、どれも怪物として確立していた。ただただ厄介なのが一個体で群体という特性を持つ相手を陣取るのに此方は数が限られてる。

 点間門の環を作ってルート侵攻を制限できない以上、準備ができていなかったのが悔やまれる。泥仕合になりそうだ。本来ならな。

 

「……厄災級?」

「流石に主級までしか個体を退治したことはありませんね。いわばアレ、主殿と同じように無限に再生するのでしょう?、菌糸類じゃないですか」

「言外に俺たちを菌糸類の仲間にするな。」

 

 太い黒い柱が縦に割けると、巨大な赤鱗狼を模った怪異が現れた。恩讐を混ぜる慟哭が鳴り響くと、反響音で水面に波紋を広げる様に空間が波状に揺れる。

 砕け散った黒い石から煙のように眷属の怪異が沸いては、上位の厄災級に指示されるように、全土に一斉に広がっていく。

 騎士殿が無言で手を出すので先ほどの疑似霊薬を三つほど渡すと、騎士殿が黄金色の重杖を手に外に出た。極限まで加速を敷いた騎士殿から繰り広げられる両手で構えた脳天への振り被り。『命核』がそこに在ることを知らせているのだから当然なのだが、雲に沈み込む様に騎士殿の体躯が全て消えては、渡した疑似霊薬を罅割れた『命核』へ杖の先端から差し込み、蓋をするように引き抜いた杖で串刺しにした。

 真っ白に変転した煙が周囲に被害を繰り広げようとしていた眷属の軌跡を全て一工程で塗り替えては、ぼふんと湯気のように消えていく。はい、強敵の変転完了です。

 俺が院から全領域に真っ白な魔方陣を広げて、白繭の筒で都市全体を覆うように守ると、騎士殿があきれ果てた様子で降り注ぐ透き通った煙の中から、大本に向かって黄金色の重杖を投擲した。

 巨人族の持つ槍のように膨張した槍が針で縫い合わせる様に、切れ目の空の面を閉じ、罅割れを閉じる。何度か無音で天に波紋が広がったが、串刺しにされた罅割れは徐々に白い渦を逆巻き、天の罅、門を閉じる様に木漏れ日色の光を走らせては消えていく。点火魔石が雨のように降り注いでいる。あれ全部回収して錬成しよう。

 

「ヘズ、『万華鏡』敷けます?、極限化のオギナギ敷きながら」

「あ、できるよ。散布した要素の回収?」

「……ええ。……こうもあっけなく終わると、本当に虚しくなりますね。」

 

 久しぶりの広範囲用極オギナギの術式である。窓を開いた先に杖を立てると、天へ向けて祈る。騎士殿が虚しそうに渾身の蹴りを空に叩き込むと、今回一番の轟音を鳴り響かせて蜘蛛の巣上に色彩が移り行く魔方陣が広がる。

 広範囲用の術式は一度『槌』に変化して空間を揺らさないといけない為にちょっと手間がかかるのだが、今回は騎士殿で代用だ。ビバ騎士殿。

 

 白い蜘蛛の巣状の独特な魔方陣は『万華鏡』の陣である。術者によって色が違うし、形も変わる。俺の場合、道具がないと広げることができないのでポイントに血を垂らすことで糸状に魔力を編んでる。波状に乗せるとどうしても距離が飛んで、撓むので、これが俺の形である。

 この『万華鏡』に触れた対象は『具現化』される。幽体だろうと非物理的な存在だろうと固定化されるのだ。その代わり、術式や世界条文は弾かれるから、使い用だが、機を狙えば対象を丸裸で無力化して出現させることも出来る。

 

 この万華鏡の中ならば、どんな存在も『器』が同時に存在することになるので騎士殿の『渦』で引き寄せれるのだ!。

 騎士殿の呆れた手招きの仕草で、魔方陣に掃除機のごとく吸い寄せられていく黒い石や透明な煙がちょっと哀れになった。

 

「戻れ。」

 

 最後の抵抗で閉じる間際に散った黒い末端も騎士殿が祓っていくと、空模様に色彩が戻った。

 

 

 俺が今回切った『愚者の鎖』は当初九つあった内の二つ、丸一日(三十六時間)の限界を封じ込めたもの。過ぎた時間は十七時間弱、残り十九時間弱。

 

「これ生きてるの?」

「生きてはいませんが、端末の一部です。記録媒体の用途ぐらいはある。大本に合流されると厄介なので、さっさと消したかったんですが、ヘズでも無理となると、駄目ですね。」

 

 騎士殿の手の上で微振動に揺れる塩のように蠢く黒いナニカがある。煤?、普通にドン引いてちょいちょいと指を付けばぐるりと液状になってまとわりつく。感触がなんかぬるぬるしてるぅ!。

 すぐに硝子球の中に戻された。騎士殿の手のひらに乗る『白い硝子球』の中、置換を掛けても砕いても復元し、俺の方に来ようとする黒い煤。硝子球の外から手のひらを重ね、祓っても祓ってもこの通りなので、宿された術式、概念自体が消えてないのかもしれない。騎士殿が圧縮捻り分解しても元に戻る為、変質させる要素がない限り対処できない。何でできてるんだろうこれ。怪異の大本なのはわかるんだけど、完成したものをあえて崩したというか、本物の情報機構染みてる。

 

「一先ず過去に戻ります。因果がヘズに絡んでいるとなると、在るだけ有害にしかならない。回帰を掛けてください」

「軽く回帰を掛けてくださいって云うけどお前、今の俺の本当は残機ゼロだぞ。限定的な時間の効果って過ぎたら元に戻るよな、……この状態で回帰は使ったことが無いんだ。……ガウス消えない?」

「消えませんよ。愚者の鎖の壊れの所以はあるはずのない要素を時間外に保存して『顕現』する効果と同じなのですから大丈夫ですよ。ご安心ください。それに消えたら消えたで自力で戻って来てさしあげますよ」

 

 ガウスならやりかねない。くれぐれも合流するまで院から絶対に動かないように、と念を押された。

 銀杖を構えて騎士殿の前に立つ。浄化を掛けて置換した硝子球を魔石に変えて保持すると、騎士殿の上下に魔方陣を展開する。回帰の陣は黒と白の二重の複合陣なのだ。一向に動かぬ騎士殿の応答を待って居ると片膝をつかれて目線を合わされた。

 

「私の名に誓って、くれぐれも、くれっぐれも合流するまで動かないように。破ったら私が死にます。」

「わ、わかってるよ!」

 

 残った疑似霊薬の内二つを渡せば、心配げに三回も復唱された。騎士殿は不安そうだったが俺が銀杖に誓いを立てるとようやく上下に展開した魔方陣の中に入ってくれた。霞がかった陣の白い霧の中央に向かう寸前、お腹がすいたら冷蔵庫の上段を見る様にと言葉を残して、騎士殿の姿は陽炎のようにゆらめいて掻き消えた。

 

「うわ、本当に食事の皿が入ってるし……」

 

 遠隔操作で足元の冷蔵庫を開くと、ぎっしりと栄養価の高い果物が入っていた。わざわざ清廉な水石の嵌ったボトルまで入ってる。

 『眼』の無駄遣いをしてしまった。

 

 視界を消して、ウィナフレッドの傍に戻ると、さっさとできる対抗策を練っていく。時間は有限なのだ。

 さてはて残ったこの二つの疑似霊薬をどう使うか。理力と魔力は使用可能なら、残した血を持って祝福に変えることは可能のはずなので、一番の懸念事項の防衛機構を組んでしまおうと考えていた。万が一俺が消えても対抗できる手段だ。

 理力を稼働させて自動探知と検索を掛ける。回路を開いて『銀杖』で極オギナギの魔術と記録、自動作動する媒体を先ほどかき集めた点火魔石を黒金のオークション通貨の地金に錬成することで無理やりアーティファクトくくりの中に入れる。

 

 女神代行時代の祝福は制約が無くても、甲が乙へ向けて一方的な術式の譲渡ができる。世界の権限の行使はまだ残っているのだ。

 対価は甲がすべて補う為に、培った歴程が資産となる。絆という資産が尽きれば、女神だろうが男神だろうが、神族もただの霊格になり下がるのだ。

 

 とりあえず俺が培った最強の次元阻害の術と気配遮断、音響断絶、固有次元位相展開、無敵+1を最優先で付与。俺の防衛機構の六段は無理だが、三段化して簡易化した盾の展開は可能。計算していくと、あ、全盛期の俺のバフ全部この人にもれるじゃん!と、興奮して銀杖を抱きしめながら疑似霊薬を両手で変換し、石に錬成して改変していく。

 

 調子に乗って銀杖がある嬉しさから『血の陣』を経由して点火魔石のアーティファクトから『魔力の糸』を作り出して線維化していく。強靭防衛対呪い。物理的に次元貫通以外通さない不可視不存在の陣を編んで折り重ねていく。銀杖で祈りを捧げれば対価に自身の残機と霊気を全て使って編んでも自動回復の方が早いために最速で七回は作り直せる。全盛期の俺のエーテル要素は滅茶苦茶重ねて圧縮してある為、一掬いで一年は稼働できる。その計算上、銀杖の一回の飽和限界が七桁程に丁度納まるのだ。残機七桁分は健在。勝ったな。

 

 ウィナフレッドの白衣を複製すると、騎士殿から譲り受けたアーティファクトの糸で織り上げては同様の術式施していく。これで自由に二着使えるはず。用途があるかはわからないが、不意打ちに使えるぞ!

 

 死ぬのを禁じられたため、余剰魔石もありったけ作れるだけ作って、白衣の裏側と首飾りの裏側に自動追尾反応効果と位相防壁を施しておく。神話級の装備最高。血の陣は刻みたいけどメフィス経由で不安が残るので保留。本当は超刻みたいが首飾り持ってかれたら以後の行動で詰む可能性が高い。

 なんで俺は終幕の栄光を祝うために、全盛期の備品全部、次元倉庫とライセンスカードに仕舞っちゃったんだろうな。悲しすぎる。

 面倒だから疑似霊薬の石にも彫っておこう。位相防壁があれば次元級か、概念以外、全部一動作必要な措置は全てはじけるし。メフィスが覚えても要素がないし、『長』と騎士殿は対処できるから大丈夫でしょ。

 

 ちなみに全盛期の装備と概念のチケットで永劫回帰の呪いが解呪、変化できないか試してみたが駄目だった。

 一時的に構文を使えば変化、隔離できたので魂魄の陣のエーテル薬を魔石に入れ替えて銀杖の『オギナギ』で魔力を再生しつづけて魔石を作る。時間との勝負だ。

 生成した二つの刻印石と魔石七つを取り出して朝日を拝んでいると、ウィナフレッドが目を覚ました。

 おはようと微笑めば、惚けた様に見上げられたまま固まられる。なんで?

 不審者じゃないよ、と窓際、杖をベッドの上に置いて寝台の横に両膝をつけば、ウィナフレッドの顔色はだいぶ良くなっていた。器の方は安全そうだ。

 

「……、ヘズさんですか?」

 

 肯定すればウィナフレッドが手を伸ばしてくる。受け入れれば間違いなく俺の認定を受ける。髪が伸びた原因は顕現して過去の自分を再構成しているからと述べれば頭痛を堪えられるような表情を浮かべられる。要素が全部違うらしい。そうかも。

 

「……夢、いや、現実だけど、現実じゃないと」

「ごめん混乱させた原因は解らないけど許してほしい」

 

 動作と仕草が大分違うと言われて目を瞬いた。理が回ってる為に対面時の自動調整で齟齬が生まれているらしい。

 お望み通り理力を解除して自動調整を遮断すると、恐る恐る頬を両手で挟まれる。くすぐったいよ。

 

「印象が全然違う」

「そんなに?、それは嬉しいな、代行者時代は嫌でも叩き込まれたから。襤褸を出さないように」

「全盛期はいつもその仕草だったの?」

「いや、うん。全盛期は常に自動調整を行っていた。解除したことは特にない。」

 

 代行時代は常にこの姿だった。祝福と受けた加護の性質が作用する為か、気を抜くと『理』が影響を及ぼしてこの姿になっちゃうんだよな。

 言い訳すると理が回ってる時以外は生来の器寄りだったぞ。何故か代行者時代は領地を離れる時は常に理を回させられていたがな。まじでこれに関してだけはスパルタだった。辛い。

 

「この姿見については上司の女神代行時代の趣味なんだ。髪の長さも俺は邪魔なので切りたいと言ったんだが、……代行時代は絶対に許してもらえなくてだな……、そろそろいいだろうか?」

「あ、うん、ごめんね。」

「それでウィナフレッド、急なんだが君の魔力について話がある」

「うん、?」

「君は治癒士の時に使う杖はあるか?」

「……あるよ?」

「悪いようにはしないから借りてもいいだろうか。火急な用がある」

「え?、いいよ。うん。呼べばでるし」

 

 術士は杖を何本も持っているのが普通だ。治癒士ならばあの青杖と別の杖があるだろうと判断して尋ねれば、ウィナフレッドが手の平を開いて空間から現れた杖も『青杖』である。まったく素材も要素も一致するんだが、練度が異常なほど高いんだが、創造級、え、なにこれ本命の杖?。普段持ってる青杖は秘匿が掛かってる為に解析が不可能だから、あ、やべ、『眼』があるから勝手に解析してしまった、と断りを入れれば、ウィナフレッドが柔らかく笑う。一本目も同じような者らしい。やばいな君のアーティファクトの杖!

 

「同じ素材からつくられた量産型の杖はいくつもあるよ?、それは本当に二本目。」

「か、改造しても、いい?」

「いいけど、僕の魔力と何が関係あるの?」

「直入に告げると、君の魔力はどれだけ解析しても『星』だった。」

「知ってる。」

 

 あれ、これ俺の時代のアーティファクトだぁ。……。なんて?

 

「有用すぎるから、使えるように何度も試した。」

「……、君頑張りすぎだぞ」

「なんでヘズさんが泣きそうになるのさ。芯材は昔に使っちゃったけど、ヘズさんがくれるなら嬉しいよ」

「待って待って君それは危機感が無さすぎるぞ。」

 

 にゅっと伸びてきたウィナフレッドの手が杖の内側の鍵を解除して二等分をすると、丁度中央の芯材を納める部分が開く。寄木細工のようにパズルを解けば分割できる『物理機構』を開示してくれる。芯材の部分は空洞で、代わりに中から白い石を取り出されては机の上に置かれる。内側に代わりの媒体を納めていたらしい。大事な芯材だったなら辞退するが、と告げればやんわりと微笑まれる。くれるならもらうよ?と甘えられては肩透かしを食う。危機感大丈夫かこの人。

 星なら白の魔力は回復の対象だよ、とウィナフレッドがのほほんと告げてくれるが、完全に気が緩んでないか君?

 

「ヘズさんがそこまで断るってことは、何か重要な部品を作ってくれるんでしょう?」

「そうなんだけど、あげるんだけど、その、君、対して付き合いもない相手から芯材にエーテル渡されるとかドン引きじゃない?普通」

「効率を考えるなら全然嬉しいけど」

「合理的かつ大らかが過ぎるな……」

 

 諦めて芯材を入れ替えてアーティファクトの糸と疑似霊薬から作った刻印石を錬成しなおすと、現役時代の新緑色の芯材が出来上がる。俺の一回分の全盛期の残機が封じ込めてあります。極仕様のオギナギも刻んである。これなら星の魔力を変換して芯材内部に貯めて、濾過した純粋な透明な要素だけ抽出できるんですよ、と説明すればなぜか頭を撫でられる。なんで?

 風で体を浮かされてベッドに腰かけさせられると、水差しからグラスに注がれて水を渡される。礼を告げて二杯目を頂戴したところで、一度グラスを置かれ、やんわりと両手を握りしめられた。

 

「ヘズさん、急いでますけど何をする気なんですか?」

「……、回帰を掛けていただけないかなと思いまして」

「却下します。」

「まって、これには深い事情があるんです!」

 

 一回分の魔石の回帰を説明してウィナフレッドさんの両手に縋る。本気で本気で頭を下げてお願いをかければくぐもった声で引かれる。

 必死過ぎるよなほんとにごめんなさい。でも今回しかないんですとダメもとで額を当てれば顔を上げてくださいと制される。見上げれば、顔をそむけたウィナフレッドさんがそっと外された両手を顔の前に掲げている。なんでしょう。

 

「……。今理を回してます?」

「回してないですよ?」

「なるほど。」

 

 顔色が戻ったようで何よりだと見つめていると、ウィナフレッドさんが淡く上気した頬で説明の許可を出した。

 

 八連式のスロットの表側には二つのスロットの空きがあった。この時代のアーティファクトはスロットが多いほど杖の価値が高い。中にはあらかじめ複数の魔法や理術が組み込まれている杖もあるのだが、それは大体オーダーメイドだ。

 表層に削った為一度行使すると術式自体が消える。説明して回帰の魔石と分解の魔石を嵌めてもらう。

 タイムリミットが迫る前に還ってくることを確約すると、騎士殿が居ない状態で戻ってこれるのかを確認される。

 地続きで、地下要塞の空間に入れるかを尋ねれば是。許可をもらって底に滞在することを宣言すれば、今の俺の要素に即座に点間門を直通で結ばれる。

 

「もしあなたが一分以内に戻って来なかったら回帰掛けます。戻らない場合、ヘズさんが失敗したとみます。」

「え、ほら、別の場所に逃げてるかもしれないし」

「その状態で安全地帯は他に在りません。だからヘズさん、僕に弱点を曝してまで願うんでしょう?」

 

 回帰の術の要素を考えて戦慄する。青杖の芯材と零されて盲点だったことを今気づく。俺のエーテルだからこの人回帰使えちゃうんだ。

 

「あの、」

「一度人に譲ったものを返せとは言いませんよね?」

「……俺のために使ってほしくないです。」

「『僕』のために使います。」

 

 ちなみにこの芯材を通したい場合、分解の魔石を外すか、内側に嵌めると星の魔力を供給できることを伝えておく。笑顔で招かれて若干怯えて近寄れば両手で肩を抑えられた。一度だけ額と額が重なって白い環が二人を包む様に広がると泡のように消える。……、情報を院に記録した、そうですか。

 

「これで存在の対消滅して記憶から消えようとしても僕はこの青杖の芯材と院の情報で自力で思い出しますからね。」

「騎士殿から全部説明されてます?」

「説明されてます。」

「やだー!」 

 

 回帰を掛ける理由を説明すれば、ウィナフレッドさんが真剣な目をくれる。今じゃないと騎士殿の眼が掻い潜れない理由を伝え、万が一未来で騎士殿に先手を打たれたらメフィスが消える可能性がある、と伝える。あの人は信念をもってしても秤にかけて犠牲を認めることが出来る人だからと伝えれば悲しそうな顔を浮かべられた。ランテッドさんに何も残さずに無言で行くの、と本気であきれられてる面もある。

 

「あなたが死んだら僕もランテッドさんも死ぬ気で後悔するけど」

「俺の理念は無垢の魂の守護。メフィスが死ぬ可能性がある以上、過去の原因で成り立ちを知らないとどうにもできない。」

「何から成ったのかが解らないから確かめに行くと。……、それなら、僕も追っていい?」

「三日前君何処にいた?」

「軍の集中治療室。」

「絶対混乱が起るから駄目。外部から補助してもらっても、騎士殿曰く、外に出た記録はないんだ。なら俺の内側で何かが起きてる。その場合、首飾りの都合上騎士殿以外、内側に招くことが出来ない。俺はその時特級の宿に居たからパスの許可も出ないと思う。」

 

 面倒そうな顔をしないでください。そこに至って、先生経由でならばという言葉がおちた。

 

「……、すみませんウィナフレッドさん、俺あなたを何度も死の危険にさらしてる。あなたの加護の事もそうだ。」

「全部知ってる。説明されてる。その上で僕は患者を選んだ。先生も生きてる。なら、僕は先生に褒められるはずです。……迷うならばやっぱりやめませんか?」

「一度きりのこの機会を逃したら、俺は上司殿にもガウスに顔向けできなくなってしまう。」

 

 言葉を紡げず面を伏せれば背を抱き寄せられて撫でられた。情けなさすぎる俺。ウィナフレッドさんに妥協してもらってばかりだ。

 

「過剰魔力はどこへ行きます?」

「杖の中へ補填される。それでしばらく他の石を損なわず、他のスロットの動力になります。術式は、あなたが杖に触れた状態で砕けろと念じればそれで発動するはずです。」

「わかりました。」

 

 ヘズさんと呼び寄せられて正面に立ったまま顔を近づけると、固く抱きしめられた。行ってらっしゃいという言葉を最後に、視界が白く包まれる。

 

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