銀杖の担い手 ライト版   作:海に流れるアリ

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二章 (8)神域の一端

 

 引きずられる線形時間の次元帯。時間を司るコマがフィルムのように流れている。

 巻いた一本のテープを螺旋状に崩したような隙間を縫う。矢のように上下もわからぬ先、指定する時間が一つのフィルムのように視界の左右に広がっている。一定の重力もなく揺れる視界の中、俺が選ぶのは、丸一日意識が飛んでいた時間の『中』だった。視界が黒く覆われて、正方形の枠を通る。カチリと歯車が噛み合い。一日の時刻が鮮明に伝達されて五感が一瞬消えて戻る中、回帰を掛けた証である白い発光を伴って、黒い渦を抜ける様に視界が戻る。

 『眼』の中にある位相世界に落ちた。等価を敷いて首飾りの門を開こうとすると、領域内から弾かれた。ありえないと慌てて銀杖を構えてパスを通そうとすれば、弾かれるように入れ替わり中から誰かが出て来る。門内の光が触れた先、ぶわりと観測を知覚した瞬間、俄に消える俺の腕。

 

「……、」

「――!」

 

 暗闇に潜った瞬間、懐かしい気配が驚きで顔を上げた。知った星色を宿す光と目が合った瞬間、思考と精神、器、存在のすべてが一瞬で砕け散った。

 

 

 俺は今、上司殿の展開する領域の中にいる。正式には乗っ取られた俺の『時限式位相』の中であるが。

 外れないよう首飾りに保存していた意識が仇となったらしい。気絶時を除き、俺は任意で意識を保存する場所を器の同次元か、時限式位相かの二つを選べるのだが、まさか先客がいるとは思わないじゃん。内外秘匿を常時かけている為に、俺は器に意識があるときは『鍵』たる銀杖で解除しないと門の中も把握できないのだ。

 

「生きてます!?」

「生きてます、生きてますから落ち着いてください。」

 

 まさか観測された場所が自身の『理』に刻んだ内側の領域でも、同じ次元にあると認識されて、神域を敷いていた為に、弾かれた俺を助けようと足を踏み出した上司殿の行動全てが噛み合って、存在の対消滅で殺されかけるとは思わないじゃん。

 

「あなたいつのヘズですか!なんで代行時代になってるんですか!」

「愚者の鎖を切った状態で戻ってきました、あの、ほんとに、落ち着いてください……。」

 

 知らぬ間に門の中に『神域』が展開していた。神域は基本陽炎のようなもので、霊格が在るだけで存在できる。しかし対価は存在値であるために、霊格が消えれば基本神域も消える。例外は多く、動力の移動などが在るために一概には言えない。

 俺も理の表層に大厄災の呪いが有るし、まさか深層の内側の領域に別の秘匿が掛けられてるとは思わなかったから、完璧に予測してなかった。

 俺が戻ろうとした場所が神域だったために、火花の性質が怪異だったから弾かれて、観測されて三つ壊れた。下手に揃ってるのも考え物だな。愚者の鎖を切ってなかったら即消滅してただろうけど。全盛期だっために要素が一瞬残った『理』が消滅する寸前に引き上げられた。

 今の俺でも、愚者の鎖でも器と存在が分解されるんだな、と回帰のタブーに戦慄していると上司殿が震える指で俺の首に触れる。

 

「なぜ全部理を復権できたのでしょうか、全部木端要素にしてしまいましたのに」

「あ、今の俺の火花、怪異になってます」

「……、……」

 

 折りたたみかけた意識を無理やり開かれて、神域の要に浸かっていた概念条文を全部ぶち込まれた。おかげで神霊の姿で完全に再現されちまってる。後ろ髪が長ぇ。長髪を指で弄んでいると、情報機構になりかけたと告げられた。面目ないと謝れば長いため息が帰ってきた。これ反映切れて元に戻ったらどうなるんだろ。

 現状神域の法則が完全に働いてる。消えていないということは、一応天秤は大丈夫なのだろう。

 

 抱え込まれていた状態から降ろされて、目を開いていいですよ、と膝に頭を乗せられたまま二つの視線を見上げれば、久方ぶりの上司殿、とメフィス。目が覚めてからずっと検査されていた。ようやく合格が出たらしい。

 

「本物でしょうが、記憶の齟齬があるかもしれません。私の身命を呼びなさい。今は常に」

「え、えー、……大厄災に音律を知られますよ」

「いいですから。」

「ヴァテストゥデレ」

「もう一つの方は?」

「君正気か?」

 

 メフィスが領域の中に居る理由は知らないが、二つ分の理を持つ魂を感知できなかったのは十中八九この上司殿のせいである。

 全部の音律はまずいだろうと起き上がって正面から見下ろせば、両手で頬を抑えられる。頬を伸ばしても俺の性質は変わらないんですよ、と述べればじわっと上司殿の眼に涙が溢れてきたので泣く泣く回答する。念話で伝えたらメフィスを抱いたまま右肩を強く強くつかまれたので、正解を言語で解答する。胸の中に額を預けられた。

 

 背を撫でれば抱擁を求められたので代行時代の姿で抱きしめれば、背に腕が回される。俺たちの間で挟まれたメフィスが楽しそうに声を上げてる。

 ぐり、と頭を擦り付けられて、甘えの動作を懐かしみながら背中をさする。大分気力が萎えているな。どれだけここに居たんだいと囁けば、ざっと二日とのこと。流石に嘘だろ君。

 星色を直視した時から気づいていたが、衰弱ぶりが激しい。メフィスを守るために、長いことこの空間を維持し続けていたようだった。眼で探るぞ、と脅しを掛ければ拒否された。どのくらい居たのかを聴こうとして口を手で塞がれた。名を呼ばれて眼を瞬けば、照れきった上司殿に頬に手を当てられて祝福の口づけを頬に承る。固く目を瞑っては激情を堪えるエンセが苦しそうに胸を抑えている。ため息をついて頭の上に移動したメフィスを自由にさせながら両手で彼女を抱きしめれば、凭れかかられた。めっちゃ甘えて来るじゃん。

 

「珍しいですね。」

「声に出して言わないでください。本気で焦ったのですから……。救助しに来たのに死因になるとか笑えません。」

「……ヴァテストゥデレ殿と騎士殿の入念な保険で今も生きてますよ?」

「はぁ……。このパターンは本物ですね」

「まだ疑ってたんかい!」

「ガウスの擬態だったら本気で殺そうかと思いまして」

「怖いこと言うな!」

 

 ため息と共に全身を預けられて、頭を撫でれば涙の気配。これは困った。一先ずみずみずしい蜜柑色の髪を梳けば大層なため息をつかれた。

 

 上司殿が俺の門の中に居た原因は単純に『安全地帯への避難』。騎士殿が俺の魂魄の陣を食らった際、騎士殿側の呪いが吸収された。その際、秘匿された上司殿と一緒に異界の要素全てが転移したらしい。なにやってんの上司殿。メフィスの大本の魂が同じ性質であったために、永劫回帰の呪いが反応してまとめて運ばれたとか。正直死んだと思いましたね、と微笑む上司殿の眼はマジだ。ヘズじゃなかったら死んでますとのこと。でしょうね。脳が痛い原因はキャパオーバー+汚染と概念浸食。院につくまでに根こそぎ奪われていたのは俺の大本の呪いと遠隔で繋がっていた渦の中のメフィスのパスせいだった。ちょいまち。ここの世界に来た時から攻防が始まってるんだけど、原因二つあるんじゃないこれ。

 

 相談すれば、メフィスと俺に刻まれた永劫回帰の呪いは別物と判明。曰く、数時間前の大厄災の呪いと俺の打ち込まれた情報機構の性質は同じもの。共鳴した異界の中に居た大本の核がコイツじゃないですかヤダー。

 

「……え、今の俺呪いが二つあるってことですか?」

「あなたの心臓に刻まれた呪いの破片は直近の大厄災の呪いと同じもの。情報機構として在るために陣すら必要がないものです。……永劫回帰の呪いは今のところ全く不明です。」

「これ何処から来たんだ……?」

「現に今のあなたの魂魄の表層は再構築したてで真っ白ですよ?、善意で刻まれたのではないですか?」

「永劫回帰の呪いを!?」

「その構成する要素が欠けたら、恐らく、ヘズ元に戻れないじゃないですか?、だから情報機構に切り替わって呪いに吸収されそうになったのでしょう。……あなた一度存在の対消滅をさせられたのでしょう?」

「まぁ、もう二回目ですけどね。……ヴァテストゥデレ殿、構成する要素が欠けた場合、分解したときに足らない要素が出ます?」

「ええ。記憶であればいいですけど、火花の構成までいくと何が起こるか解らないですわね」

「やだー」

 

 メフィスが俺の方に来るので腕を伸ばす。もう知性が宿り始めている。どの段階でメフィスの自我が出来たのかを尋ねればたった今だという。え?

 

「原因は何なんですか?」

「今になってようやくわかりましたが、ヘズが回帰を頻繁に使うからねじりは起こったのではないでしょうか」

「俺のせいですか!?」

「全てとは言いませんが、原因の一つと言えましょう。……連なる近似値の世界を渡り歩いてきた概念は、この世界線に入って初めて知性を宿しました。最たる原因は間違いなくあなたでしょう」

「メフィスまだ幼児ですけど?」

「分離した分霊なら情報の検索ぐらい簡単にして見せますよ。あなたのパスが通っているんですからなおさらです。」

「メフィスが大厄災の呪いに転じる可能性は?」

「万が一にもありませんよ。あなたみたいに固定されているわけでもなければ、ガウスの様に在れと命じられたわけでもありません。完全に自由な変転した魂です。火花が宿ったのなら、もう新生した新たな魂でしょう。……この概念のおかげか否か、二年後の領域解除は未知数ですが、まだ未来があると提示されております。」

「待った誰の火花!?」

「焦るヘズは可愛いですけど、こればかりは断じてあなたの火花じゃありませんよ。誓って差し上げます。まぁ私どものものでもないですが。」

「へ、え!?」

 

 メフィスの火花の由来は、偶発的な結果が重なった結果、祈りが乗じて焔が発生している。一度壊れかけた結果、俺の領域に来たときに火花が宿ってる。

 結論から言うと、自然発生に近いために、誰の子でもないんだけど、だから発生が九十九に近いんだと思うんだけど。そもそも異界で沈んでた石の残滓が偶発的に復権した結果かもしれない。それでも、騎士殿とヴァテストゥデレの性質が強くでてて、でも精霊として在るのは、騎士殿に女神としてではなく、……純粋に君のために祈られた結果だと思うんだが、と控え目に断言して、ヴァテストゥデレに伝えて見れば顔を赤くされて背けられる。素直になりゃいいのに。

 

「これは織り込み済みの自体?」

「まっっったく予測不可能なイレギュラーですわよ!」

「ガウスは君が死んでると思ってるぞ。探りはしなかったが、女神の性質を俺の子、なんて茶化される始末だった」

「それは名誉棄損で殴っていいですわよ、本気で。」

「……まぁ、家族の形は、人それぞれ、いつの時代も多様にあるとは思うけど、今のこの子は俺の要素一切皆無だぞ。存在食われちゃったけど。」

「なるほど、乳母の要素がヘズにあったと?」

「流石に怒っていいか?」

 

 失礼、と咳払いしてヴァテストゥデレが口元を覆う。共にメフィスを見上げれば、ぴこぴこと耳を動かしてる。器用だなこの子。徐にヴァテストゥデレが手を伸ばしてメフィスを腕の中に降ろせば、もそもそとヴァテストゥデレの前髪を一本食んでいる。あげたところ、どっかででかい轟音が鳴っては点間が成功したような記録が残る。……。なに降ろしたお前。ともに門の外側を見れば、眼の中の、位相世界が書き換わっている。ちょっとメフィスさーん?

 

「こんな要素が出るぐらいメフィスに自身の存在を分け与えたのですか?」

「全く覚えがないんだよ。」

 

 木を飛び移る様に飛び込んできたメフィスがもう勝手に俺が隠してた魔石もう三つバリバリ食べてるけど、こんな形じゃ俺の要素は宿らないしなぁ。だって今の俺は全盛期だぞ。流石に元の器に戻ったら、……。あー、一つあったわ。一先ず遮断してヴァテストゥデレに読み取られぬよう暗号を組むと怪訝な顔をされる。なんでもないよ。

 

「あ、そうだ君に土産がある」

「なんですか、……っ!?」

「よし食べたな。」

「あなた今のあくどい顔ガウスにそっくりでしたわよ、可愛いヘズがどうしてしまったんですか!」

「俺は元々こんな性質だ。」

「そもそも人が喋ってる時にものを突っ込んではいけません!、……ヘズ、何食べさせました?」

「理が死んだときに霊核の最深層から湧いて出た内側の焔っぽい何か。」

「最っっ低ですわねあなた!!!!!!正真正銘唯一の火花に次ぐ焔の原型じゃないですか!!!!!!存在を分けてないからセクハラじゃないじゃないんですよ!!」

 

 元気になって何よりだと微笑めばマジで怒られる。聞いてるよごめんごめん。俺の分はもうないの。普通メフィスに上げるでしょうというが、メフィスは君から供給を受けてるっぽいし、何かあったら守られるし、これが一番じゃないか?

 

「きちんと錬成して刻印石に変えた後、浄化と再生の陣を刻んでおいたから安全だぞ?」

「そういう問題じゃありません」

「ともあれ君の生命力の確保が出来たから、あとは外に出る手段だな。……この領域を畳まない理由をそろそろ開示してくれると助かるんだが」

「……怒りません?、畳んだら冥界が出現すると言っても?」

「そんなに問答無用で堕ちて来るんですか?」

「一つでも開いた瞬間、領域の大きさに応じて、全土が影に染まります。冥界と変わりません。浄化の陣を貼っておかねば即死、宵影たる残滓が器と理を求めて生きてるものすべてを食らうでしょう」

「前回より悪化してるじゃないですか」

「そうです。あの時は明確な分水嶺がありましたが、今はもう『混ざって』いる。それでも拮抗している方ですよ」

 

 嘆かわしいですね、と疲れ切った様子で首を横に振るヴァテストゥデレ殿。外に出たがらない理由が薄い。ちりっと首裏が熱くなって抑えれば、ヴァテストゥデレ殿が眼を瞬いた。

 

「なぁヴァテストゥデレ、君、もしかして理だけ騎士殿の中にいたの?」

「そうでなければガウスが異界の中で正気を保てないでしょう?。」

 

 頭痛い事態だ。一つの器に封じ込めることは出来るが、あー、なるほどねー。メフィスを呼んで抱き上げれば、キャラキャラと笑う。可愛いね。

 領地の守護を司る従者共に上司がほぼ単身で死地に飛び込んでくるんだけど、どうしたらいいと思う?。

 よじよじと頭を上られて自由にさせると俺の頭を左右に揺らす。俺はブランコじゃないよ。

 

「ヴァテストゥデレ殿、この子を理だけで守ってたりしました?」

「無垢な魂の守護は私の本分、渦と化した異界でガウスが理で浄化をしている内に永遠に等しい時間の中で生まれた唯一の白です。頑張りました」

「器のありか」

「領地の礎にしましたわ♡」

「……エンセ」

「なんでしょう♡」

「君戻る器有るのか?」

「ありません♡」

 

 防衛機構を五段に上げて銀杖を構えなおした。おいこらきちんとこっちを見なさい。

 とりあえず停止術を解く様に告げて、加速に切り替えてはヴァテストゥデレの概念条文を回収していくとほぼ残っていなかった。俺が祝福を敷いて上書きさせられる意味がようやく分かったぞ。まじで全部叩き込んだな君。

 

「なんで夫婦そろって計算して俺を招き寄せてんの君たち!!」

「唯一の道だったので」

「ガウスは博打は好きじゃないんだから、エンセが強行突破しただろ絶対!ていうかなんでこんなに数が増してるの!?君が伏せる程の理由だろ、吐け今すぐ!あっりえないだろ!」

「ねぇヘズ、ヘズはどうやって器に戻る気なのですか?」

「……、とりあえず君たちを外に出したら考える。今の俺の優先順位は守護対象。必然君もいかないとメフィスが死ぬ。」

「……あなたの器今『召喚門』あるんですか?」

「ある。三重に刻まれてる。俺がある限り、器も理も『召喚門』が顕現される仕組みだ。存在値のずれのため、メフィスが外に出たら条件が外れるから一回切だ」

 

 呆れた目を向けようとこれは事故だろ。愚者の鎖を切ってるからまだ行ける。最悪首飾りに戻るし。騎士殿が居るからどうにかなるだろ。

 今の俺に器はもうない。愚者の鎖の効果で反映はされているが、存在の対消滅を成した瞬間にメフィスの火花が宿った時点で、俺の器を無意識にヴァテストゥデレ殿→メフィスの順で譲ってしまっていた。完全消滅時に概念条文化するのを『器』に組み込んでいたのが作動したようだった。

 

「ところでヘズ、停止術を解いたことで白の概念が回帰に反応して自分が持つ術式をあなたの器に刻み始めてますが止めなくていいんですか?」

「なんて?」

「その、先ほどこの子が点間を成した時点でガウスが行った行動を理解したために、現在進行形で真似してます。」

「君!わかってて伏せてただろそれ!やめてとめてやめろください!……、……エンセーシュミン。」

「なんでしょう」

「これ、俺が戻ってこなかったら君死んでたでしょ?」

「そうですよ?」

 

 メフィスの行動を緩やかにするために加速を解けば、途端、草のごとく増えては囲う黒い腕が現れた。

 真っ黒な視界の先、冥界が現れてもという言葉に偽りがない規模の広さの中、騎士殿の無双時のような時間が訪れようとしている。異常に秘匿を解かないから看破したけど、本気で『眼』の錯覚にしてほしかった。

 

「異界ごと引きずってくるときに、君、自身の神秘全部使っただろ。」

「おばあさまに感謝ですわね♡」

 

 銀杖で祝福を敷いて『眼』を開けば、総数が軽く六桁を超えていて眩暈がした。

 

「君、自身の門の中にどのくらい招き入れた」

「全部ですが?」

「持ってきたのか、天だけじゃないだろ!」

「……渦の中にあった冥の天秤が見えた魂も、持ってきてしまって、おいてきたら灰色になると解っていたためについ」

「だからあなた自身の存在を削って保ってたんでしょう!あなたはなんで自分の犠牲を顧みないんですか!」

「ヘズに言われたくないです。それに信頼してましたから!、あなたの倫理を!」

「あ~~~!」

 

 寝ている今の俺の『器』の主導権を『陣』で奪い、エンセにも残りの概念条文を全部切ってもらった。内外共に、この時間の残機をほぼすべて使う羽目になった。

 

 

 

「あなたが渦の中で爆発させた魔石、精練した素があなたのモノじゃなければ即死でしたね」

「追い打ちで怖いこと言わないでくれないか。ていうかなんで君、食われてないんだ、……、騎士殿が器の回路全部封じて、渦も使わなかったのってそういうこと?」

「そうです。器の回路を開いた瞬間に私が変質しますから。その様子だと今も開いていないのでしょう?、渦がガウスの破片を拾ったがゆえに学習していましたが、一度もガウス自身は使いませんでした。その身が黒く染まっても耐え抜いた理性だけは、まぁ、……まぁ、理性だけ鋼ですからね、誰かさんと一緒で。」

「……、騎士殿俺が現れなかったらどうなってた?」

「理に刻んだ陣で再生できなくなった瞬間に門が開き、汚染された私と共に消滅ですね。だからこういった処理を課したのですが、まぁ、陶器を壁にたたきつける様に粉々です。あの鋼の理性と理力がある限りそれはありえませんが。」

「……思考するのもつらくなった時に取れるカードって、自動行動と共に戦闘続行、残るカードは狂化だよな。」

「だから『飛』んでいたのでしょう、あなたに合うまでは」

「伏せてるカードが多すぎるぞ。」

 

 浄化した魂とヴァテストゥデレ殿の敷いた神域ごと移動した『メフィス』を外に出した俺はすり減った器の中でどうやって元の時代に乗ろうか考えていた。

 メフィスを外に出すにあたって、俺の器を譲ったので、今、俺は神域から外に出るための媒体がない。

 首飾りに戻るにしても、そもそもこの時代の俺自身の理が入ってるので、騎士殿に観測されて死ぬんだよな。

 概念条文を切ってもらったおかげで祓った残滓が復元することはないけど、俺の全盛期の状態が切れるとやっぱり停止術が解けて騎士殿に観測されて死ぬんだよな。『長』は俺の器が現存している為、メフィスにパスが繋がってるので無理。どうあがいても無理。

 

 どうにか耐久戦で祓い終えた後、この異界の処理をどうするか考える。因果を終えた今なら、戻った未来でガウスがヴァテストゥデレのことを知ることが出来るはず。そうじゃないと、ガウスを騙していたヴァテストゥデレの行動が無駄になる。

 

 貰った概念条文を手のひらで弄びながら、どう状況を打破するか考える。自己の中が異界になるとは思わないじゃん?。

 散策してマッピングしてたんだけど、果てがない。冥界か何かかここ。三層の内の一つの位相世界でも、中規模異界程の空間がある。かるくクヘン領が四つはいるぐらい広いんだけど。

 試しに空振を起こしたらひび割れたことから、時限式位相世界も存在する模様。どうなってんのここ。

 

「……下手しなくても第七領地全土より広くないか?」

 

 首飾りが空いてたら行けたんだけど、万が一の為にあの時間から残していた『長』の領域内への転移はできない。

 あの場所冥界に属しているし、存在そのものの『理』だけで落ちるってのは自爆そのものなのだ。怪異だったら行けたんだが、絶対変質してる。存在の対消滅をもう一度したことがないから解らないけど、肌が泡立つから本能で怖がってる。まじで神霊寄りで再構成されてたら困るんだよなぁ。

 

 母港画面の換算によると、推定反映時間はあと数分である。ここで元の体に戻ると、器が存在しないので『理』だけここに取り残される。

 永劫回帰の呪いで『中』に取り込まれるのが確定しちゃうんだよなァ。刻まれた陣に一度破砕されて分解、再構築して戻るのにかけるか?、怪異だから行けないことはないと思うんだが、そうなると、一度怪異の暴走が発生して、騎士殿が大変なことになる。万が一抑えられても、全部の情報対価が大厄災の呪いに飛ぶんだよなぁ。やっぱ駄目だわ。

 

 そんなことよりも、何としても生きてるアピールで未来を騙さないといけないんだよ。俺よりウィナフレッドさんの方なんだよ。絶対回帰掛けてくるもん。騎士殿止めてくれると思うけど絶対責任を感じる人だから、未来が拗れる。

 

 対消滅しても、器が現存してるので『器』の消滅の条件が果たせない。たとえ両方消せても二つある器の矛盾で認められない。イヤー!

 まじで完全に死ぬのである。ユアダーイ。これはもう二度回帰を掛けるしかないのでは。しかし、停止術を敷く媒体も『愚者の鎖』の効果で賄っている状態なので、制限が経過するまで回帰を掛けられないし、術式を保てない。

 

「た、食べ物まである。うそでしょ、わぁなんだこのドライフルーツの束。」

 

 ただいま完全に詰んだので、やけになって探索して遊んでいる。ウィナフレッドサンに申し訳が立たぬ。

 万が一、詰んだなら情報化してガウスに継がせなさいと持たされた耳環を見つめる。外に出す際に慌ててヴァテストゥデレに渡されたのだ。最後の最後でばれちゃったな。

 だが、ヴァテストゥデレの最愛の人を奪う気はないのだ。

 解析を掛けた結果、耳環はやはり、転生措置に近い上書きを成す権限が敷かれている。これはヴァテストゥデレの保険だったな。

 譲られた概念条文の札も、耳環も、血で分解して二つ残った魔石の一つに封じる。首飾りにそっとしまうと、解析を掛けて保存状態可のドライフルーツをかじってみた。やばい、美味い。

 首飾りに伝言を残してこの領域を見つけるであろう騎士殿に後を託そう。そうしよう。

 

「……、」

 

 情報対価をメフィスに上げよう。仕方なく『眼』の機構を外し、首飾りの中にしまい込んで久方ぶりの肉眼で天を仰ぐ。

 何も見えないと笑って推定カウントダウンを始めると、周囲の波長が揺らぐ。自身の足元の影が揺らめいているのに気づいた。

 思い当たる節が無く、目を瞬いて困惑していると、此方を見つめる意図を感じる。どうぞと促せば、黒い影から何かが出てきた。

 黒色の色紙を切り絵のごとく。影を切り取って現れた物体はまるで平面状の紙型である。その平面物体はゆらゆらと腕のごとく無数に上ってくると、折り重なっては再び一つの影になった。

 

 影の表面に吸盤のように球体が浮かび上がっては切れ込みが横一文字に走る。ぎょろりと開いた線の中に白い『眼』が張り付いている。

 瞳孔も白いのか、と動揺しすぎて固まっていると、眼が弧を描いて丁寧な会釈をされた。慇懃に返せば、『眼』が嬉しそうにほほ笑む。

 首飾りの翻訳が作動することから知性があるようだった。

 耳環と概念条文を封じ込めた魔石を欲しがっている。どうせ俺死ぬしかないのでと二つとも手渡せば、影の中にみるみる吸い込まれていった。

 

 にわかに影の中が渦巻いて、撹拌する白と青の色彩の螺旋。燃え盛る様に橙色の火花が散っては、俺が一部だけ拝借していた神域事、情報に替えて俺を内側に取り込んだ。

 

 

 上下も解らぬ渦の中、青い平面の足場が存在している。うつ伏せに倒れ込む様に寝転がされている。

 周囲は真黒に染まっていた。時間の感覚はあいまいで、気絶していたのか、一瞬だけ倒れていたのかも定かではない。

 一度目を閉じれば、気だるすぎて、指先すらも持ち上がらないほど衰弱している。

 

 消える前に情報対価、首飾りだけどうにかしなければならない。手放しそうになる意識の中、考え込んでいると、頬をくすぐられて目を瞬けば柔らかい糸状の物体に仰向けに変えられた。

 

 とんと伝えられる波長の伝言、首飾りの中の『眼』の機構を戻せば、触れられるだけで『器』の再構築が行われる。訳が分からなくてしばしばと目を凝らせば、糸状の影の形が異様な大きさを模っている。この影、渦の中にいた大本の器じゃね?。

 環を作り、環が小さな丸を分離して、人型を模る。そんな説明をされて、俺の腕をとられては、なんと無し理解する。

 だが、『器』を作ってくれた端から、耐えられないために徐々に崩壊している。真っ黒に炭化していく俺の手を見ては慌てる様子は可愛らしいが、慌てなくても大丈夫だ。

 

「どうせ眠るだけだ。守ってくれてありがとう。だけど君たちに理性があるなら、首飾りを貰ってくれないか。こいつを俺の相棒の騎士殿に渡してもらいたいんだ。形を見せるだけで伝わるから、記憶を覚えたら分解してしまっていい。」

 

 知性がある。俺の中の情報を探っている。強い波長で情報開示が求められて許可を出せば、俺の中の記憶が一気に情報が検索されていく。

 母港画面に映る赤色の概念浸食の文字。吸い取られた記憶は消えぬものの、複写されては瞬く間の合間に解析されていく。

 言語、習慣、技能、魔術。構築術から専門分野、俺ですら忘れかけて埃をかぶっている知識全般を洗いざらい持っていかれるのに、私情である思い出だけは一切探らないようだ。暗号化して分離してるから、その分類を理解して検索するよう域を選んでいるのかもしれない。

 瞬きの合間に検索は終わり、許可を出した一般的な情報全てが資料としてラーニングされたようだった。

 

 ノイズが走りながらも言語が脳に届く。念話だ。大本の器が変転した後、メフィスとはまた別に火花が宿っているようだった。数が多すぎて解らないが、これは捉えられていた火花たちの残滓だ。彼らの大本は上司殿が持って行ったから、解放されるはずだ。ゆえに、この子たちは新しい生命として生まれたのか。祝福を述べれば喜んでいる。苦しい視界の中、何かものを探す。贈れるものが何もないな。

 『魔法の手袋』、メフィスに合流するなら、こいつがあれば一体化して接触が出来る。頼んで首飾りを外してもらうと、『魔法の手袋』と魔術師用の装備一式を影の中に落とす。召喚しただけでエネルギーを消耗して、もう指すら動かせない。

 あとは渡せるものはこの身だけ。もう少ししたら死ぬから、消える前に取り込むが良いと伝えれば、影が静かになる。

 

 ふと尋ねてみれば是。俺が消えてもこの子たちは『外』に出れる。あの異界ごと引っ張ってきたから、俺の血の要素を保有していた。

 

「……、俺のこと食べていいよ。俺はこの領域以外何処にも出れない。死んだら情報対価が減るから、生きているうちにお勧めする。」

『保、護する』

「いい、いい。俺が器を奪ったら、君たちまで食べられちゃうから。」

 

 すごく眠い。手のひらに影がまとわりついてくる。好きにさせると、頬がくすぐられる。元気づけているようだった。苦笑して撫でるように指の腹を頑張って動かせば、嬉しげに震えてくれる。

 髪をさらさらと遊んでいく影が糸のように伸びる。いつの間にか影の色が白くなっていた。

 

『帰ろう。食べる、解った。』

「それでいいよ。ごめんね理性を宿わせちゃったから、躊躇わさせてしまった。出来れば頭からぱっくり食べてくださると助かります。」

『解った』

 

 白い影が両手を広げて行く。体の線を添うように足元逆さま、雨が天に降り注ぐように影が伸びてくる。

 白い影がさらさらと俺の手にまとわりついてくる。頬に、首に。撫ぜて、俺は完全に思考を投げた。騎士殿に言伝だけ頼んで、何を伝えてるのかもわからない伝言に全面的に許可を出した。

 

 青い平面上の足場から、白い細い糸が何本も影から浮かび上がる。半円状に閉じていく影を見つめ、ゆっくりと瞼を閉じた。影に沈む様に、ゆっくりと体を取り込んでいく。撫でるような手つきのそれは平面に完全に埋まる前に、俺の体を繭のように包むと、何十本もの白い影の束で覆った。白い繭を作り、さらに白い影で包み込むと、トプンと水面に沈む様に平面に消える。青い足場はゆっくりと折りたたまれていった。

 沈む白い影は青い足場の神域ごと連れていく。リンと鈴の鳴る音が聞こえると、全ての存在が真黒な世界から姿を消した。

 

 

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