銀杖の担い手 ライト版   作:海に流れるアリ

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二章 (10)開かずの間

 

 食事を終えて馳走を告げる。騎士殿にメンテナンス作業と称して治癒の術と共に『理』の供給と共に残機を内側から行ってもらうと存在の形成が『器寄り』に戻った。白い影が残機を蓄えてくれるらしい。俺には使えない。ソンナー。

 わりかし均等してるのか?、と尋ねれば、騎士殿が歴代でも随一の苦い顔を浮かべて膝を折った。

 

「あなたの『理』は今、ほぼ神霊と同一の構成だというのはご存知ですね?」

「そうだな?」

「メフィスが渦の器を持っているがゆえに、あなたは中継器としての役目をはたしている。ここまでは大丈夫ですね?」

「もしかして、ガゼットさんは濾過装置の役割を果たしてる?」

「正解です。ウィナフレッドさん。」

「浄水器みたいな?」

「私の吸った瘴気やらがまとめて持ってかれました。逆に私の体が軽いぐらいですね……メンテナンス作業に二周はかかると踏んでいたんですが。構成が機械だろうと哺乳類だろうと、生きていたら置換を成せる主殿の特性ですね。」

「これは便利だな、定期的に収集しよう。主に俺の気持ちの為に!」

 

 熱く志願すると無言で首を横に振られた。そんなー。

 

「ランテッドさんがそれだけ嫌そうな顔をするってことは、メリットだけじゃないんですよね?」

「はい。理力を消費して汚染を浄化しているということは、あなた理寄りの器を対価に術を作動させてることになるんですよ。血の陣があるために、メフィスの主導で」

「俺の意志じゃ制御できない?」

「根こそぎ触れたものすべての汚染を持っていきますね。」

「……ウィナフレッド。」

「だ、駄目だよ!だから僕だってすぐに治療室に運んだんだから!」

「外側から通さなくても中継できるのか?」

「ウィナフレッドさんは特に祝福で主殿の転換と置換の術が自動作動してますからね。触れるだけで作動します。」

「僕聴いてないんですけど?」

「メリットだけしかないし良いかなって?」

 

 ぎゅっと強めに包帯を巻きなおされた。怒らないでウィナフレッドサン。

 

「ウィナフレッドさんに消費がないのは本当です。主殿があなたの杖を動力源として設定してますから。二つのスロットの内一つを祝福を刻んだ石。一つを術式を作動させる刻印石。二つ埋めたのはその作業でしょう。理、器の本体に無償費でできる。祝福を刻んだ方は自動で術を作動させる。本体への魔力の予備保管庫としても作用する。いいことづくめです。なぜ最初からそれを自身の器の装備に刻まなかったのですか」

「魔石が用意できなかった。」

「……、今のは失言でした」

「いいよ騎士殿に助けられてるし。保険で余ったら作ろうかなって思ってただけだ。」

「ごめん話を折るけど、魔石を作る精錬作業って段階的に細分化できないの?」

「俺はできなかった。できるのは貯めて圧縮して限界まで貯めるだけ。飽和限界が丁度俺の数値だと約残機七百万回分、それを七つに分ける作業をエーテル薬の指定を入れ替えて魔石でやってたから。」

「飽和限界?」

「マトリョーシカできる最大限の層の連なりといいますか、美術館に展示されている『霧の刻印石』をご存知ですか?」

「あ、うん。見たことある」

「あれの精錬作業を主殿たちは独自でできる仕組みを作ってました。私もやろうと思えばできますが、そもそも私は愚者の鎖も死者の呼び声を作るメリットがないので。」

「すごい不吉な術式が聞こえたけど」

「前者は全盛期を自身に。後者は指定した時間内の蓄積した術をすべてそっくり相手に返す術です。後者は大厄災に対してまったく無意味でしたからね。主殿。……ウィナフレッドさんの杖、稼働させっぱなしで二百年持つんじゃないですか?」

「そんなに!?」

「吸収指定とかされたら出力がいじれるようにはしてるから最短五年ぐらい。石をスロットから外せば貯め込んでる分全部使える」

「主殿は爆薬を作るのが好きですね。」

「好きじゃねーよ」

 

 数値化って?、とウィナフレッドが尋ねてくる。騎士殿が数字と計算をざっと渡されたノートに書いた。ウィナフレッドが俺を見る。なにかな。

 

「ヘズさん、出力の最大数値は?」

「五、とんでゼロ二つと二の、あー、出力なら……治癒士の合格水準の二倍ぐらい」

「黒」

「俺の出力に限って言えば回路は一本に集約してる場所からやってるし?」

「バラガラの術士って狂ってるよね?」

「とうとう断言しやがったな?。」

「出力だけじゃなくて全部の回路による増幅を加味したらどうなるの?」

「ウィナフレッドに及ばないぐらい。」

「ぼ、ぼくもそこまで人間やめてないけど」

「数値で表したら正規の干渉領域の範囲はこのぐらいじゃないか?」

「う、うっそだぁ」

 

 制約とウロボロスの術式が悪さしてたからな。

 魔力との相乗効果を合わせたら、測定範囲累乗!ぐらい軽くいくんじゃないか。理力のみに限って言えば普段の間隔で間違いないだろうけど。理の回路一本前提の話ね。

 忘れてたけど、異界侵攻時の指名を受ける程度にこの人は術の練度が高いんだよ。

 万全に戻ったら、下手をしなくてもトップクラスの治癒士も越える。増減率が信仰を維持し続けた神域の上位のそれなんだよな。

 人の器で耐えられるのか?、と騎士殿に尋ねてみると、それを含めての調整だったのでしょうね、と騎士殿。罰則を設けた理由が一つ判明したな。ウィナフレッドの器が崩壊しないようにだ。

 僕は昨年の測定値はこのぐらいだったよ!と寄越したカルテを騎士殿と一緒に見る。いや、ドー見たって改竄されてるだろこれ。

 

「測定するか」

「しておきましょう」

「信じてないね!?」

「機材がないので買いに行ってきます。ウィナフレッドさん、くれぐれも外で術を作動させません様お願い申し上げます。」

「わ、わかりました」

 

 騎士殿を玄関から二人で見送る。いつの間にかメフィスも騎士殿の腕の中にいた。

 

「二周を過ぎると思いますから、昼食の材料も買ってきます。個人的に外にも二時間ほど出てきますから何か欲しいものは?」

「オークションの相場を調べて来てほしい。」

「買いたいものがあるので?」

「どの程度の質がどういう層に売れるのか知りたい」

「なるほど、承知いたしました。」

 

 ブラッグドッグを通して資金面は勝手に管理するから大丈夫だろう。黒紋も一枚崩したし。くれぐれも今日は家の中にいるように、と念を押されて了承する。患者だからな。

 しかし、小遣いに持たされた王紋三枚が大きすぎるのは分かる。正確には王紋二枚と水硝貨(一億相当)九十五枚と白金貨(百万相当)四十枚。虹紙幣(十万相当)が十枚。

 

「今度は小銭入れじゃなくてきちんと次元の倉庫に仕舞ってね?」

「わかった。」

 

 頷けばウィナフレッドがもう一度念を押してきた。信用がなさすぎる。

 

 

  

 診療録たるカルテの穴を埋めていると、そういえば身命交換をしたものの、お互い自己紹介していないことに気づいた。

 改めて患者さんとして記入するね、という微笑みは少し黒いものがあった。ウィナフレッドさん無垢な顔してシステムの裏を突くのはうまいよね。サイボーグお爺ちゃんの教えらしい。

 

「だって上からの指示を待ってる間に患者が死んだら馬鹿らしいじゃないか」

「すごーく同意をするが、君、上から監視対象になってたりしないの?」

「簡略報告と此方が断定した患者に対しての無茶する特権は、おじいちゃんと一緒にヘイニー名義のお給料の時の交渉で多少もらったし。……だからお給料が少ないんだけど。」

「ウィナフレッドって結構したたかだよな」

「治癒士は引く手あまただけど、それだけ利用しようとする人も多いからね。本来なら、需要がないのが一番いいことなんだけど。このご時世だから」

 

 ウィナフレッドが苦笑する。カルテを記す。ウィナフレッドが仕事名義をウルクフ・ヘイニー、本名をウィナフレッド・ヘイニーと語った。身命は両者ともに知っているので、真名たる全音の連なりは伏せる。

 ガゼット・オブスサーバーと改めて書類を記すと、ウィナフレッドが顔を上げた。

 

「ガゼットさんって呼んだほうが良いんだよね?」

「まぁ、特に用がなければ。院の中ならどちらでもかまわないが、外だと対処できない場合があるので。君に任せるが、それよりも俺はウィナフレッドをウルクフ女史と呼ぶ許可が欲しいぞ」

「外の言葉だけなら」

「外の言葉だけかい。」

「流石に年に数回しか本名を呼ばれないと、忘れるし支障が出るなって」

「それもそれでどうかと思うぞ。」

 

 仕事名を持つのは、この世界の常識だ。

 有る程度交流を交わし安全地帯における場合でのみ本名を囁く。戦国時代か何かかな。

 まぁ、ようは好感度をあげて名前呼びを解禁してね、という世界なわけだが、この措置は対処の一つから生まれている。古くから術士がいるこの世界では、自身の命を守る意味があったりするのだ。

 とはいえ、初対面ではないが、ニ、三回あった人間に本名を晒すということは、呪われてもかまわない、誠実にいこう、という意味が含まれる。

 この世界では、ちょっと信じられないほど無防備なのだ。

 身命を憚らずに言うと、貴方になら何をされてもいいよ、という告白に誓い形の最上級の誠意となるわけだが、一般的に一生使わないことが多い。そもそも分けてる人間が術士以外でほぼいないからな。一般的にデメリットしかなくなる呪文で自身の身命に言の葉を刻んでわざわざ存在として確立させて残すなど、無意味に等しい。身命がなければ凡その呪殺、第一工程もできないしな。

 宣誓の種別は複数あるが、最上位の序列に位置する宣誓が身命交換、宣誓なのである。

 宣誓は自身に誓うもの。交換は等価と準じた相互に契約を刻むもの。

 

 婚姻や魂の契約をする場合、普通身命を賭すのではなく、不知火の杯、という特殊な杯を用いて祝福された水と共に誓いをすることが多い。

 疑似的な死がふたりを分かつまで、なんて真剣度を測る以外、何かあったら困る世の中、子や仕事を持つものにとってはあまりメリットがなかったりする。

 なんで身命宣誓と交換の二つを選んだんだろうな、とウィナフレッドを計れば、意図を汲んだように胸を張る。

 

「賭けに負けたから!」

「それは誇って言えることなのか?」

「誓約を遵守したという意味では僕は誇れる」

「さようですか。」

 

 ウィナフレッドの親、もしくは保護者、師匠は手を出しちゃいけない賭け事の類の常識を教えなかったのか。

 

「それでだウルクフ女史」

「……、二人の時ぐらいはウィナフレッドでいいんじゃない?」

「そんなものか?」

「存外、名前を呼んでもらえないのは寂しいものだよ。」

 

 そういうものなのかと首をかしげる。俺は公私ともに別に偽名でいいかな。真情?、この人があぶなっかすぎて迂闊に呼べねぇんだよ。

 俺が呼ばれる分はもう受け入れた。何故かウィナフレッドサンに形名の一部なぞられる感覚はぞわぞわするもんだが、アーティファクトが作用している可能性が高い。まぁ、真名を記して呪殺するための干渉媒体がそもそも取れないからな。概念条文も代々残されてない限り、一年を超えることは無理だろう。まぁ俺がたとえ死んでも、ラインができたところから潰すけど。

 

 思案しているのをみてとったのか、やっぱりだめならいいよ、と告げるウィナフレッドの目は本気で寂しげだった。

 この人自身は身命を口にすることは禁止されていたし、加護の効果もあって感知や干渉術の無効化もあって、周囲が知ることは無かったのだろうけど、俺に求める程飢えてるなら、彼女の祖父を先に探した方が良い気がする。

 ウィナフレッドと呼べば、嬉し気に手を握られる。もう一つの方も、と願われる。なんとも困り果てて眉を下げれば、ウィナフレッドが首を傾げた。

 

「君は患者に名前を呼ばせることはあるのか?」

「ないよ?」

「……、等価の関係ではあるが、やはり、ご友人に呼んでもらった方が良いのではないか?」

「僕の環境は殺伐としているから、情報を知られただけで危険に巻き込むかもしれないし」

「……、危険に巻き込んでしまったな。」

「ううん、僕も一緒だし、お相子で良い?」

 

 頬をかいた。五つの音の連なりを思い出す。そっちの名前は祖父以外に誰にも呼んでもらったことがないというウィナフレッドの目を見つめる。

 揺れた瞳はそう第三者の人間に見せるものじゃないんだがなぁ。二人きりの時なら、という言葉を口にして、俺も大概この人を危険にさらしているな、と面を片手で覆った。

 

「ウィナフレッド」

「なに?ヘズさん」

「紋章を受け賜わっていても尚、君は俺をこの院に置くつもりなのか?」

「患者なんだから当然じゃない?」

 

 頭を掻いてどうしたものかと考え、身命を忘却の魔術で忘れようかと提案したらド突かれた。第三者に身命を預けて、あまつさえ家の中に住ませる。治癒士だぞ。恨みつらみも買うだろ。この人は終始本気で言ってるんだよなぁ。利用されたらどうするんだ、とか色々といいたいことはある。

 俺がこの院の中で活動できるのは理解済み。殺されても構わないっていう宣言だろこれ。保護者どこいってんだ。

 この細っこいくびを含め、いつでも瞬きの間に捕縛できるんだが。善人と称した性根もそうだが、この院で一人で住んでいるという事実が今更ながら信じられなくなってきた。

 

「君は……」

「僕の名前はウィナフレッドだもん。」

「ウィナフレッド。悪かった。宣誓内容を改変するような示唆は無かった」

「わ、わかってるよ」

 

 ちょびっと怒ってる目に両手を上げて降参を示す。互いに触れ回らないことを不文律に二人きりの時だけに条件を決めていく。

 外では仕事名を呼ぶ。二人きりの家の中ではできるだけウィナフレッドの本名を呼ぶ。誰かがどちらの本名を知っている場合はどっちでも良い。

 

「ヘズさん」

「なんだい?」

「もう一つの名前も呼んでほしいな」

 

 期待を込めて囁かれれば、二つ揃えても仕方なし、一回だけだと念を押して耳元でウィナフレッドにだけ囁く。人の本名を揃えて呼ぶ行為、実は俺にとっては勇気がいる、恥ずかしいことだったりする。いい具合に音をかき消すように、外で鳥が数秒鳴いてくれた。

 

 風呂場の洗濯機が呼んでいる。洗い物ができた合図だった。

 

「ありがとうヘズさん!」

「……俺は、君の名前を呼んだだけなんだが?」

「僕がここにいるって実感がわく」

 

 俺が名前を呼ぶだけでえらく喜ばれるというのは環境を計らずとも、複雑なものだ。

 そっちは今回だけだからな、と念を押して次はこういう宣誓をしては駄目だと言い聞かせると、なぜかウィナフレッドの目が嬉し気ながらも仕方なさげに苦笑に変わった。あまりにも喜ばれると、俺がいたたまれない。

 

「あのさ、正直に名乗った僕も大概だとは思うけどさ、ヘズさんも大概だよね?」

「だまらっしゃい、俺の場合は宣誓しないと権限を行使できなかったから使っただけなんです。知られてるなら別だろう。……そもそもウィナフレッド、本当に無用心だからね?、お師匠さんとやらに叱られない?」

「……」

「悪いが庇ってやれんぞ」

 

 一転して複雑そうになった。ウィナフレッドの目が困惑と狼狽に移った。

 

 洗濯を二回終えて小休憩。

 そういえば食事自体久しぶりなんだよな、と零しながら二度目の果物をスプーンですくって食べてると次々と品が出てきた。いや、そういう催促ではないんだ。お菓子は!?と食い気味に聞かれたので辞退すれば好きかどうかを尋ねられた。

 

「菓子というか、甘いもの自体食べなかったからな。基本水と魔力があれば生きていけたし」

「……、ニハイは完全無農薬栽培な果物とエーテルの無い培養肉の料理都市だよ」

「初めて聴いたな」

「色んなお菓子が美味しいよ!、一緒に食べれたら食べようよ」

 

 この世界は一日の内、一周ごとに一回、お八つに似た間食時間がある。

 甘味の追加が出てきて、お気に入りの和菓子屋さんがあるのだというウィナフレッドが空いた日にでもいっしょに行こうと誘ってくれる。ほんとごめん。

 

「ヘズさんはそもそも、食事が無くても生きていける体なの?」

「是であり、否でもある。平時と戦時に対応する機構を組み込んでいて、スイッチと称した術式があってな、それを有効にすると残機と理力で生体の間隔が書き換えられる。衰弱した時は無効にして、大体サプリメントで補ってた」

「……ワーカーホリック?」

「効率重視といってくれ。」

「お日様の恵みもいいものだよ?」

「蜜柑があるなら林檎も食べたいな」

「明日にでも林檎パイ焼こうか!」

「いや、君が食べたいものにしなさい」

「じゃあ僕が食べる。そばとうどんなら?」

「蕎麦も好きだぞ。」

「じゃあ近いうちにお蕎麦も食べよう」

 

 さいですか。三回目の洗濯が終わったらしいので腰を上げる。

 今日のお外はいいお天気。洗濯日和である。洗濯物がたまっている理由は使用したからではなく、昨日の汚染が封印状態に擬態して残っていたら大変だからだ。

 院の術式ならそんなへまをしないとおもうが、備品に関しては完全に効果が発動されない場合があるらしい。そのため朝からウィナフレッドは大忙しなので、おれもお手伝いというわけだ。

 

「浄化でぱぱっとも駄目なのか?」

「ヘズさんも解析して分かったと思うけど、理力魔力問わず干渉して食べちゃってたから、不安が残る」

「そんな耐性持ちの因子なんてあるかね」

「複合因子なんて、めったに見かけないけど、擬態させて街中に潜伏できてたならその限りじゃない。ヘズさんとランテッドさんが全部対処してくれたけど、これが残ってたら軍に要請しなきゃならなかったところだもん」

 

 そんなにか。

 ま、完全復元型の器具以外これで最後だから、とウィナフレッドが四回目の洗濯物を洗濯機の中に持ち上げた。まだあるらしい。

 働きすぎではないかと問えば、なんでも魔術で完結する世界観であるが、お日様にあてると九十九や精霊が喜んだり、という効果は馬鹿にはできないのだった。

 この世界にもラジオと似た文化があるのだな、とスピーカーから流れる弦楽器の曲を聴いている。

 しばらく細かいものだから、とお手伝いを断られた。

 

 窓を全開にして春風でカーテンが膨らむのを見つめながらまどろんでいると、いつの間にか白い影がウィナフレッドの洗濯の補助に回っている。

 念には念を、と浄化が終わるまで術を封じているウィナフレッドが台座を使い背伸びしながら掛けようとしているので、洗濯物を干すのを手伝う。見上げられて残りの洗濯物も促せば、ウィナフレッドが苦笑して籠を持ち上げてくれる。

 

「二十分しかたってないけど、もういいの?」

「十分。気が休まった。」

「……、無自覚?」

「なにがだ?」

 

 残りのシーツもまとめて持ち上げる。ウィナフレッドが何か言いたげに此方を見るが、眠っていた周回遅れを取り戻すだけである。怪我があるから動くなと言われないから良いのだ。

 

 白い影の為に果物を切ってくれているウィナフレッドの代わりに金属のボタンをシャツに縫い付けていると、ボタンの色を見て思い出したウィナフレッドが声を上げた。

 

「そうだ、返さなきゃと思ってたんだ」

「?」

 

 シーツ類から普段着の洗濯に中身が変わった洗濯機を回しながら、ウィナフレッドが自室からハンカチの包みを持ってきた。

 さすがに私物のお手伝いはやめている。代わりにボタンの付け替えである。先ほどファスナー等も外して縫ってたからねあの人。まじで徹底してる。

 ウィナフレッドが渡してきたハンカチを開くと、丁寧な包みの中身は初日に上げた爆薬兼用オークション通貨である。

 返却するといわれても、一度あげたものをもらう義理はない。そう返せば無言で洗濯籠を置くウィナフレッドが移動を促すので、カウチソファーに座る。

 国家予算と返されて、盗んだものじゃないんだからいいじゃないか、と呟けばウィナフレッドの返事がため息に変わった。

 

「ヘズさん。」

「……、足がつくのが嫌なら、オークションにでも売ればいいんじゃないか?」

「多分、値段がつかないと思う」

「そんな大げさな」

「僕、この三日この品のことを調べてたけど、一度も流通したことがない品だった。世界の富豪たちが来るんだよ?、この品を持ってるって知られただけで僕、この院を追われると思う。まだあるんじゃないかなんて疑われたら終わりなんだよ。……そう、それだよ、ヘズさんあの十四枚の保管まだしてる?」

「……、俺は使い切った」

「……え、何に使ったの!?あんな危険物!?」

 

 いうか言うまいか迷って、ウィナフレッドの目に推されて渋々告げる。

 

「メフィスの変転」

「まって、一番最初に聞かなきゃいけない成り立ち今知ったんだけど、あの子魔神なの!?」

「解らない。ただ、精霊の対となる属性が逆転したの確かだな」

「強い浄化の作用があるのは分析して分かってたけど、そんなことできるものなの?」

「できる。まぁ曰く、流通している類似品の千百万枚相当あればだけど」

「まって?」

 

 騎士殿曰く抑えてたっつてたし、十中八九その等級に該当だろうな、とは思うが。

 ともかく、相場の大きさがなんと無し分かった。換金できず呪いよろしくひがみを買うと。通貨の額がでかすぎると置物にしかならないってのはほんとだな。

 とりあえず小金貨の代わりに水硝貨を四枚渡すとウィナフレッドがゼロの桁が四つ多いという。ほら、世話になったし。あれだ。

 

「家賃」

「家賃って、こんな高額な部屋料設定してないんだけど」

「色々迷惑をかけたし、口封じも込めて。置いてくれる気なら受け取ってくれないと出てく」

「ヘズさん、すごく嫌な言い回しをするね……?」

「そのオークション通貨もウィナフレッドが一度受け取ったものだ。価値で言うなら俺はもらう理由がない」

 

 困った眉が下がっている。俺の身命を遵守する保険だ、と告げてウィナフレッドのハンカチに爆薬兼用通貨を戻したが、ウィナフレッドの手が途中で止める。なにかな。

 

「ちょっとヘズさん、それどれだけ価値があるのか聞いてないよ。正確に教えてください。価値を知らないと僕も扱いに困るんだ」

「言ったとおりだが?」

「十一枚で千百万でしょ?、でも、用途によって違う含みがあった。何か隠してるでしょ」

 

 治癒士らしく禁則事項を確認してきた。五つほど応えて、それで本当に一枚百万枚相当?、と尋ねられるので頷いてやる。

 正確には異界の吸収、収束、変換作用がなければさらに三桁多かったけど。ウィナフレッドの眉がちょっと寄った。

 

「量産品じゃない手工品がまったく同じものになるはずはないことは僕らが常々知っていることだと思うけど。これはどっち?」

「手工品のオーダーメイドカスタムマシマシ」

「ぜったい今言った数値じゃないでしょ。効果は二倍?、三倍?、まさかの十倍?」

「観測値で言えば理論上倍以上にはなってると思う。」

「……。」

 

 あの品質に使う魔石を取るために、あの爆薬に類似した品質の爆薬を作るというマトリョーシカも真っ青な意味不明なことをしてたからな。精錬作業百回は伊達じゃないぜ。運営のバーカ。

 渦の異界の中に関しては、変転時にまじでケチってたら駄目だったらしいし、多くても駄目だった。異界が壊れた余波が国を及ぼすから。下手をすれば、国を更地に変えるとこだったらしい。

 まぁ、騎士殿とブラッグドッグがいたからその選択肢は無いし、騎士殿が見逃すはずがないけど、結果はまた違ったものになっていたかもしれない。

 

「ヘズさん、受け答えが灰色なんだけど?、白じゃないこの虹色の石の相場価値は?」

「一枚白コイン十億枚相当の品なり。爆発力も」

「僕何度も触っちゃったんだけどあの危険物!!!」

「大丈夫、あるように見えてる小型核は別の次元にある。具体的に言うとブラッグドッグが管理してるし、爆発してもブラッグドッグが虚数の次元内で爆発させるし」

「さらっと意味不明な高度な術式がそこに在る様に駆けられてる理由は?」

「見栄え。」

「無駄に高度で洗礼された技術を見栄えの為に良くやるね……?」

「服の装飾とかにつけてるやつもいたぞ」

「それもう歩く異界兵器じゃん!」

 

 ウィナフレッドサン持ち歩いたりした?と尋ねれば、怖すぎて鑑定するとき以外金庫に入れたままだよ、とのこと。ハンカチが重そうな宝石箱の中へ収められていく。施錠までしっかりとしていた。そんな大袈裟な。

 

「木っ端みじんになっても物理が消えても、正式な手順で封印を解除しない限り次元に隔離される仕組みだから大丈夫だぞ。しかもそれ無駄に認識阻害と次元規模の術式無効が仕込まれてるから、探知できないし。アンティークのコインだと思っていいぐらいだ。好きな布類で覆ってお守りにでもすればいいんじゃないか?」

「それを持ち歩いて油断して異界や封鎖時に術式解除の陣踏んだら骨どころか国すら残らないと思うんだけど?。ヘズさんそういった事故起こしたことないの?」

「俺に向けた術式は全部次元規模で曲げてるし。」

「ヘズさんの常識が未だに僕にはまっったく分からないんだよね!不思議だね。もう一つ、……これもう一度同じ品質で作ることはできるの?」

「不可能だろうな、その精錬作業は同僚たちに頼み込んで、専門職に複数処理してもらった品だから。大枚叩いて。もととなったコインの素材も、この時代じゃ無理だろうし。素材も狩れない」

「いや、素材を集めることができるヘズさんも意味わからないんだけど。でも、よかった。それじゃこれ、ガーランドが研究のために手元に置いてるだけなんだろうね」

「本当に嫌そうだな。いらないなら換金しようか?」

「相場あの白いコイン一枚で黒紋十枚だよ」

 

 脳が言葉を理解した瞬間、ぶわっと毛を逆立てるように全身が戦闘態勢を取った。一瞬腰を浮かしたウィナフレッドが咄嗟に傍に合ったクッションを抱きしめている。

 

「ど、どうしたの?」

「いや、なに、なんでもないぞ」

「ぜったい今何でもない雰囲気じゃなかったよ?」

 

 立ち上がって微笑めば、足が重たい。目線を落とせば白い影が足を拘束するように一瞬で固めている。お前らもびっくりしたんかい。

 ウィナフレッドが狼狽しながらも冷静を促す説得を試みてくれている。大丈夫大丈夫、と返すが手を引かれて腰を下ろさせられた。目が据わっている自覚はある。

 相場と使用した枚数の補填を返すと、ウィナフレッドの顔がなんとも言えない微妙なものに成った。やっぱそうだろ!?

 

「俺、あの野郎のヒゲ剃ってこようかな」

「ほ、補填してくれただけましだとおもう!!、多分きっとヘズさんの保護の方を厚くしてくれたんだと思うよ!、時には共有できない資産よりもずっとコネの方が強いから、ね!?」

「大人だねウィナフレッドサン……。」

 

 面を覆ってくやしいため息をついた。交渉事に騎士殿連れてくりゃ良かったな。買いたたかれたとか微塵も思ってないけど、相場を聴くとあの品魔紋札の水位行っただろ絶対。行けそうな気がする。だからお偉いさん頭抱えてたんかい。最初の無償の言質は本心であるが、あちらから交渉を仕掛けてきたなのなら、もう別の一件なのである。等価を自負する術士は買いたたかれるのが大嫌いなのだ。俺の場合、逆に多く送るのは大好きだが、それは友好度と信頼があってのことだ。つうか、スパルタで叩き込まれたからこれを知られたら叱られちゃう。集られるとは微塵も思ってないけど、でもやっぱあの場で無償で上げても良かったと思う。

 とはいえオークション通貨の価値、現代では荒唐無稽に思っていたが、今の情勢でも、現実資産で言えば財閥なら出せる額らしい。買い手も使う時代もなさそうだけれど、という注釈がつくが。

 交渉に負けた、と眉を下げて事情を話せば目をまん丸くした後、朗らかに笑われた。ウィナフレッドさんがヘズさんが狙われても困るしさ、と笑っている。そこまでの額に至るならば注目を集めるのも納得なもの。こちとら善意であげたものの、無用な危険を担がせるだけだと心苦しいのであった。何かの用途に使えないかね。

 暗い思考の中、突如脳裏に豆電球が閃いた。

 

「次元倉庫一つウィナフレッドに譲るわ」

「ヘズさん、ヘズさん、まったく話が掠ってないよ?」

「認知されても不安な場所においても駄目なら、自分しか取り出せない倉庫なら行方不明になってもブラッグドッグが次元間で爆発してくれるぞ。」

「ん~、なんかヘズさん急に元気だけど、そういう話じゃないと思うんだけどな?」

「倉庫はオクの地形と一致する同一位相があればいくらでも設置できるから、ウィナフレッドは院に同一位相の地下室の要塞があるだろ?」

「あそこなら、確かに院が更地になって地下の道具が壊されなければいけるとおもうけど、ぽろっと地下室に漏れたりしない?」

「次元倉庫の仕組みってのは、大本の座標、本体の虚像に仕舞い込む、だから地下室が壊れて入り口が無くなることはあっても、でてくることはない。」

 

 ようは次元倉庫は仮想サーバーの一種みたいなもんだ。PCありゃ接続できるが、逆はどうあがいても物理的にPCは組み立てられない。

 まあその情報化の入力が次元倉庫を介して行っているだけって話で、物理情報は所有しているがな。

 

「これ、体への誓約にふれたりする?」

「しないしない、倉庫を座標に設置して、接続中継器となるパスワードの入力装置の要を魂魄に刻むだけだから」

「クーリングオフするね」

「ピアスあけるようなもんだぞ?」

 

 そんなわけないでしょ!とウィナフレッドサンが牙をむいた。

 

 

「元から道具に刻めば良いでしょうに、どうしてそう意地悪をするのですか」

「いや、無くしたら困るなら魂魄に刻むのが手っ取り早いだろ」

「あなた方マッドサイエンティストの価値観を一般的な常識を持つこの方に押し付けるのは意地悪ですよ」

 

 騎士殿が呆れた様にバラガラの術士は頭がくるってますから、とウィナフレッドを慰めている。なんだその言い草。

 穴開けなくていいの?とおそるおそる此方を窺ってくる。開けた方が便利だと思うんだがな、と零したらまた威嚇された。

 

 オークションについて情報収集してきた騎士殿がメフィスと一緒に食材を買ってきた。

 ブラッグドッグがもう護衛のように騎士殿の足元にくっついている。背中には食材の籠。君たちも仲が良いよね。

 

「なんのための盗難防止のまじないですか」

「あ、それがあったか。じゃあ首飾りの方が早いか?」

「それを送るのは色々と問題があると思いますよ主殿。」

「難しいんだよな、人に装飾品を送るのって。」

「按配のイヤーカフスでいいのでは?」

「装身具の通信機の定番ちゃ定番だが、ウィナフレッドの好みがあるだろう」

「僕、普通にカフスかボールペンで良いよ?、シャツだからよく着まわせるし」

「白衣の下に金属はいいのか?」

「磁力がなければ金でも銀、チタンでも大丈夫だよ?」

 

 物理情報関係ないのでちゃちゃっと生成するとウィナフレッドがもの言いたげに俺を見た。何かな。

 

「構築術?」

「いや、昔購入したキットをもってるだけだ。ここに適当に素材を入れて、デザインを立体で形成してくれる。優れモノだ。設計図はいるけど」

「やっぱり構築術の基礎がいるじゃない」

 

 でも便利だね、と瞬きしてウィナフレッドが興味津々。次元倉庫といっても中継器は情報化できるためできる芸当。

 術式単体であれば大きさに応じて入れられるとは思うが。何かくっつけるか?と尋ねれば、否定。ウィナフレッドが望むのは解除らしい。

 曰く、北にある書斎の扉の中継器を外せないかという。

 

「書斎も次元間?」

「お爺ちゃんがパスワード忘れちゃって、点間でも駄目なんだよね。中には入れたためしがなくてさ」

 

 ん~~~、騎士殿そのあくどい笑みは隠そうぜ。十中八九サイボーグおじいちゃんの方便だろうけど。

 

「開かずの間だからお掃除したくて」

「騎士殿。」

「デザート何が良いですか?、腕によりをかけて作りますよ」

「え!?どうしたの急に?」

 

 騎士殿が咳払いをしてごまかした。無垢さに良心が苛まれたな。とりあえずりんごのコンポートを頼んでおいた。

 

 パスワードがないってことは次元間の書庫の中身は読めないが、物理的に保存してある部屋の中身は別。

 中継器が邪魔をしてどうあがいても中に入れないのだが、ウィナフレッドは掃除がしたい。

 中継器を外せれば、点間のポイントが外れるのでパスワードが無くても扉の中に入れる。

 

「コピーできたっけかこれ」

「素材があれば」

「あ、大丈夫鍵自体は市販されてる素材のものだから。魔方陣も内側に仕込んであって、それがわからなくて壊せなかったんだよね。中継器がなくなったらおじいちゃんが困るかと思って」

「俺もこんなかわいいこといわれたい」

「主殿は主に作っては壊される側でしたからね」

「修練が足らないってよく言われたわ。」

 

 書斎の鍵が中継器の要らしい。ウィナフレッドが用意した素材をもとに物理的な扉の鍵の設計。次元倉庫であろう鍵をウィナフレッドにわかる様に一時色のついた紐で結んでもらう。

 軽い手ごたえでかちゃりと中を開けると、真っ黒な空間が続いている。物理的な位置にあった、窓どこ行った?

 無言で扉を閉じて三人で目を合わせる。おかしなことになってんぞ。

 困ったときのブラッグドッグ。『長』、お願いいたしますと慇懃に腰を折ると意気揚々とブラッグドッグが走ってく。メフィスは騎士殿が確保してる。

 五分ほどたったが、ブラッグドッグが戻ってこない。これはおかしい。

 パスは続いているが、本格的にこの院が物理的にこの世じゃない層に存在している可能性が浮上してきたぞ。

 

「騎士殿がいた渦でさえ一分で終わらせた『長』が返ってこなんだが?」

「ダメもとで誰か呼びます?」

「声が届かんだろ、物理も次元も。……魔方陣で帰還を命じるか」

 

 子犬サイズどころか手のひらの上に乗る豆粒サイズで出てきた。待った。待って。

 騎士殿の治療の結果子犬サイズに戻ったブラッグドッグがぐるぐるとリラックスした様子で俺の腕の中で喉を鳴らしている。なんで平然としてるんだおまえ。

 

「神域に続いているそうです。鍵は目くらましのダミーの可能性が高いですね。」

「神域ってお前、どこに遊びに行ってたんだ『長』」

 

 ごろごろ喉を鳴らすな。

 

「ねぇ、ランテッドさん、神域って、あの神域?」

「ええ。この国では神域はあるものとして扱われないものでしたね」

「次元間で発生する蜃気楼のようなもの、と昔から教えるように言われてる。測定した術士の間では表向き、神域に足を踏み入れるのは禁忌とされてるけど、裏を返せば悲願でもあるんだ。」

「実体験だけで言えば、冥界と対になる神域はあるしなぁ、なぜ悲願なんだ?。」

「死後の確約が成される場所だから」

「魂の実証はこの世界では当たり前に行われてきただろう」

 

 その回答にウィナフレッドは苦虫を嚙み潰したような顔をした。

 

「怪異が一番恐れられている理由は分かる?」

「自我の崩壊、魂魄の損壊、変質した器の異物化。あげるときりがないが、ようは精神が壊れ、あるべき魂が変質、もしくは消失して別の何かに成っちまうってことだろ」

「ヘズさんが前世とすら称せる、生物の時の自我を保っている理由、僕には理解が出来てない。だけど、それを起こした奇跡が神域の権能であるなら、僕らの悲願は成就する道が見えた」

「怪異から変質した人である可能性は?」

「元となった素体が怪物なら大本となった魂魄由来の血の術式は使えない。」

「騎士殿?」

「ウィナフレッドさん、実は私怪物から変転したのですよ」

「ここ数日で一番情報量が多すぎるんだけど?」

 

 九十九から器を得ての受肉、神託と祝福による生体化からの怪物、変転ですね、と騎士殿のさらっとした受け答え。三段階も推移してるとウィナフレッドが唸った。

 

「怪物になるパターンはおおよそ二つ。一つは死骸から多くの生体情報を得た受肉した器のある宵影。一つは変転して落ちた霊格と魂魄が耐性による防衛、なんらかの理由で残っており、理と器の構成する属性を獲得したことによる、宵影の構築体となった魔素の変転。浄化措置がこの変転の前段階にあたるね」

「百回以上精錬を重ねた理力も魔力も構成してるから一発で変転できたんだな。果汁百万パーセントみたいな」

「違う属性でしたら私は消し炭でしたね」

「怖いこといわんでくれ。」

 

 ウィナフレッドの歴史の授業中、教えてもらった世界の種類に一つ足らないものがある。それが『神域』だった。

 基本神域の呼称はウィナフレッドが述べた様に蜃気楼のように発生する。だから、神界というくくりにまで発展するものがあればまず調査が行われる。

 怪異とは別の方向に禁忌とされるのは、神域その世界の主はその世界の類する全に対して主たる一が支配する権能を有していることになるからだ。単身で足を踏み入れる資格があれば、生きて戻るだけで英雄扱いだ。

 

 俺が知りうる神域は、冥界と対になる天秤の器、魂のない者が、無から有を発生させて、概念と化した対象が存在する世界だった。

 九十九、妖怪、神様、精霊、悪魔。

 観測上その偶像は色々と呼び名はあるが俺たちは『神域』というくくりにそれらを統括している。

 精霊界、魔界、地獄界、幽界だとか。そういった概念が存在するのをひっくるめて神域と呼んでいる。

 

「……、悲願を否定するようで悪いが、隻を逆転する術は無い。」

「ランテッドさんは怪物だって間違いなく言ったよ」

「騎士殿は特別、というくくりはよくないな。何ていったらいいと思う」

「耐性があった。それは入念に対策を重ねても成功率が一割に満たない賭けだった。私にはたまたま主殿が居た。その違いでしょうか」

「それは、準備が整っていたら救えた命があるってことじゃないか」

 

 ウィナフレッドの言葉に返す説明が見当たらず、騎士殿と共に唸った。その通りなのだ。だが、それは机上の空論なのだ。

 過去に戻り、歴史上の悲劇を無くしたい、未来で見つけた発明を過去に持ち込み、世界の発展を願う礎を築く。志は大変立派であるが、それはもしもの世界の話。

 そうなると、本線は分岐し、まったく違う線路を走ることになる。分岐点が一緒の節目が次元上新たな歪みになる。

 

「騎士殿、すまないが外の様子を見てきてくれ。観測されていたら困る。」

「承知。少し外を見てきます。」

「すまん。」

 

 騎士殿に目配せをして、歴史の情報収集を頼む。これは早急に相違点を理解しないとまずいかもしれない。

 二人きりになったのを理解して、ウィナフレッドが顔を上げた。

 

「二人が成功した術が知りたい」

「天上の女神、オギナギの祝福を刻んだアーティファクトがあった。それは俺が生涯をかけて生成した品で、その品は諸事情から個人から国にわたっていた時期がある。」

「逆転しないのなら、なぜランテッドさんも、ヘズさんも理性があるの。それはヘズさんが神域で勝ち取った権能があったからじゃないの?」

「是であり、否。もう一つ要素が居る」

「それは、?」

「情報の共有」

 

 ウィナフレッドが息をのんだ。騎士殿は俺の魂を分けたもうひとつの分霊だ。正確に述べるのであれば、九十九から成った、元機械の品であるが。壊れかけた残骸を遺跡で見かけ、それが守護者たれと遺跡を守る願いに応じて、理力を持って動いていたから、興味を持った。

 

「元が一緒だからできる芸当だ。俺が死んでも、騎士殿の備え。フィードバックがある。」

「ありえない。ホムンクルスの神経網の共有要素じゃないか」

「騎士殿は言い換えれば神域の存在であり、滅びた国の兵器でもあった。九十九になっても情報に強いのは、もともと処理能力にたけている機械だからだな。」

「あなたたちは常に自分の予備を作っていたってことなの!?」

「それは否定する。違う。」

「じゃあ、何故新しい魂を生成する必要があるの!」

「俺たちが死んだときに、培った情報を託すためだ。俺たちでさえ強く過去に戻る手段は禁じられている。先ほどの回帰でさえ、対消滅の可能性が有った。それは理解しているだろう」

 

 その歪みは術者の俺たちにとって、一番の禁忌なのだ。

 

「救える命には限りがある。」

「ヘズさんは力及ばずに見捨てた命はたくさんある?」

「あるぞ。見殺しにだって何度もした。」

 

 ウィナフレッドの瞳に宿る、声無き慟哭。堰き止めるのも悲痛に満ちているほどで、なんとなし一時の感情の切れ端をジャミングで理性を阻害して引き寄せれば、回路を開いた反動で呪いが動く。衝動でウィナフレッドが此方に動き、即座に結界を張る。

 

「なぜ……、ヘズさんはそんなことができるの」

「それが一番最善を生むなら、するしかないからだ。」

 

 掴みかかられるのを良しとして、腰を下ろした体のまま覗きこんでいたウィナフレッドに押し倒された。

 仰向け体の上、座り込むウィナフレッドの手のひらが、強く俺の服の端を掴む。

 

「……、そうだな薄情なことを言うのであれば、君が泣く理由は理解できるが、それだけだ。俺がその選択肢を選ぶことはない。」

「ヘズさんは自分が死んだら後のことは全て終わりにしてしまうの?」

「全て終わりだ。それが導として続いていくのであれば、意味がある終わりだと胸を張る。」

「この世界は生き返ることも蘇生することも、転生することだってできる!なのに!?」

「君は死が終わりだけを意味するものではない、……ということを理解しているから、俺に尋ねてくれるのだろう。正当たりえる死であれば、それは俺にとって救いを意味するものだから」

 

 どれだけ唇を震えさせて言葉を探そうとも、次の言葉を継げられない。口に出せない理由は彼女の人柄であり、それは真っ当な神経だった。称賛に値する。

 泣かせてしまったな、と固く瞼を閉じて唇をくやしそうに噛みしめるウィナフレッドに手を伸ばした。

 

「残される側はいつだって辛い。」

「そうだなぁ。」

「皆勝手に託してく。こっちの気なんて知らないふりをして、ずるいことをいっていつもいつも!大切なものを奪ってく!」

 

 ずっと特定の負への感情を消されていた弊害だろうか。ウィナフレッドも涙が止まらず、俺のジャミングにかかったせいか、理性も働かずに胸の内をさらしていく。

 忘れるべきかね、と見上げて尋ねれば、勝手に暴いたんだから重荷だろうが背負ってくれるのがヘズさんの責任でしょうと訥々と言われる。一本取られた。

 

「助けられたらっていつも思うのに、助けられないところまでいっちゃうんだもの」

「……、俺もどやされたのは一度や二度じゃないなー」

「ヘズさんも皆も、許してくれるって解るからずるいことをいうんだ」

「その通り。ウィナフレッドの友も俺の友も皆。気負わずに行ってしまうのは、きっと君たちが許してくれるからさ」

 

 じわっと留められなくなった涙が彼女の頬を伝っていく。前髪に手を伸ばせば、それは受け入れられた。くしゃりと頭を撫ぜ回して、手を外す。

 なんてことだろうな、と俺は両手で顔を覆った。この世界の住人は皆、一人一人の旅路、歴程の記録を持って生きているのだ。体温だってあるし、当たり前のように生活をしている。これは現実の証明だ。

 

「あなたはいつでも死んでもいい目をしている」

「怪異だからさ。利用してくれ。俺は意味ある死を願っている。」

「だから、僕も、今決めた。」

 

 熱が宿る。この目をする人間は、大抵諦めが悪い。

 涙を指でぬぐってやれば、ウィナフレッドは俺を風で起こし、真直ぐに俺を見つめた。

 

「あなたがずっと自分の価値を理解して、死を願うなら。僕がヘズさんの生に意味があることを示す。」

「封印処理が一番最善だと理解していても?」

「僕もあなたも、誰も変わることのできない、やらなきゃいけないことがある。なら、その計画を成就するために、解決策を探すのも最善への一つの道筋だと思う」

 

 僕の為に協力をしてください。そう告げながら、ウィナフレッドが姿勢を正して頭を下げる。

 小さくため息を吐くと、俺は差し出された言葉の意味を尋ねた。

 

「僕の自由を確保した後に、ヘズさん『が』僕を一緒に封鎖領域に連れていってほしい」

「やることが山積みなんだが?」

「一人じゃどちらもピースが足らない、協力できれば早くに計画を前倒しにできるよ」

 

 ウィナフレッドが何をしなければならないのか、これから明かされていくことだろう。本来であれば、俺はいらないはずなのに協力を願うウィナフレッドがあまりにも真剣なので、その目が懐かしくて、俺は手を取った。

 

「協力関係か」

「うん。だから、存分に僕を利用して」

「……、ウィナフレッド、その言い方は次から禁止な」

「え、なんでさ?」

「なんとなく。」

 

 創造主がいるのであれば、ぜひ俺たちを器に乗せて、この旅路に参加させる理由を教えてくれ。

 

///

 

 同日の昼である。明日の予定を尋ねられて、俺は騎士殿が作ったそばを啜っていた。ウィナフレッドが異様な目で此方を見ているが蕎麦は香りを楽しむ料理なのだ。

 マナー検定とかあるかは知らないが、騎士殿が説明してウィナフレッドが頷いている。猫かぶりは異常にうまいとか云うな。マナーじゃなくて俺の作法の話かい。この国に蕎麦が無いのかと一瞬思ってしまったぞ。

 メフィスもパンをちぎっては食べさせられているし、騎士殿が蕎麦をつまんでやると一本ずつ読み取るようにちまちま食べている。

 『長』はウィナフレッドの背中側、座椅子との間で丸くなって眠っている。自由だなおまえ。

 

「特に何もないが、なにかあったか?」

「明日、オークションが開かれるのは知っているでしょう?、さすがにあのコインは倉庫にしまっておくけど、なにか買いたいものでもあるかなって。」

 

 騎士殿がいつの間にか購入していた情報端末を開く。水晶盤型メモリの軽量型だ。

 一見黒いカスタネットでも持っているのかと思った。それを閉じて五つあるボタンの右端を押すと、中央のくぼみに埋め込まれた小型レンズから立体映像が出てくる。

 俺が無駄に稼いだお金を預けていた為、奮発して買ったフラグシップのサーバー内蔵型らしい。軍用のラベルが見えたんだけど気のせいだよな?

 円形、スポンジケーキのフィルムのように広がった水晶盤の磁場領域の中で複数の情報が小窓によって開かれている。どれだけ時代が進んでも脳に直接情報をぶちこんだりしないのが普通なんだよな。閲覧はできるけど。

 

「オークションの開催時刻は二周の昼六時からだよ。三周の一時から三時、十時から十二時は休憩時間。明日の朝六時まで行われる。これが一文日(五日)続けて行われるから、皆うきうきしてるんだ」

 

 五日の間、十二時間の間隔で行われるのはすごいな。聞けば南側の噴水広場では開催期間同時に蚤市が行われる。都市には討伐目的に来る冒険者や旅人に向けた職人も多く住んでいる為、その装備や小道具、魔法の品が売られる一般向けの祭りでもある。たまに返済期間を過ぎた一部が質流れをすることもある。

 

「ウィナフレッドもオークションにいくのか?」

「うん、僕は買い付けを頼まれてて、同僚に。」

「そうだった、君嘱託の教師だったな」

「二文日(十日)に一回の講師だけどね、長期休暇が明後日からだったから、丁度良かった。」

「この世界にも夏休みがあるのか」

「今日が四月の最後の周だから、一巡するごとに初月の一周(三十日)が学生は休暇になるんだ。」

「八月の二巡は?」

「九月一日までお休み!」

 

 五年前に治癒士の資格、サイボーグおじいちゃんが四年前にいなくなってて?、一年前には確実に教職、今二年目つってたしな?。

 だめだ理力が回復しないせいか脳がバグってるな。騎士殿元からとかいう言葉聴こえてんぞ。

 

「二月後から長期休暇の申請をしてたから、今から休職届を申請すればすんなり受理されると思う。」

「休職するのか?」

「治癒士の免許返納しないと退職できないんだよね、この国」

「ブラックか」

「治癒士全体の人口が少ないのは確かかな。僕の理力は一応全適応の白色だから」

「ほー。奇遇だな、俺も白だ。ちなみに魔力も白」

「だろうね……」

「わかるものなのか?」

「怪異への耐性を持つ一番の適性が白の理力、魔力だから。」

 

 理力は魂由来、魔力は器由来。

 感情が理力、形を成す物理が器。理論上、理力、魔力はいくらでも増やせる。

 火と水の二つの数値があったとして、この二つの数字を足し引き出来るだろうか。普通は出来ない。

 理力も魔力も、それと同様である。だからこそ、この二つを相互に置換、変換するのは並大抵のことじゃできないはずなんだが。ウロボロスの術式は正直、権能染みている。

 

「ランテッドさんの理力は灯でしょう?」

「その通りです。魔力は分かりますか?」

「火花の由来が一緒でも、形成する過程は全く違う。だから別の属性になるのは理解できるんです。ですけど、すごく珍しい色をしてますよね。」

「魔力が渦の因子を持っているのです。引き寄せるのが上手いですよ?」

「騎士殿を海に置くと便利だぞ」

「渦潮とか安易に発生させないほうが良いよ?、でも、ランテッドさんもガゼットさんも、もう一つ魔力がありますよね?、ガゼットさんは識別できませんが、二人とも、それが怪物、怪異の由来によるものなんですか?」

 

 是であり否だなぁ。どう説明するか迷っていると騎士殿が助け舟を出してくれる。多重属性は珍しいが多々在る例なのだ。俺は二属性だし。

 騎士殿は十八属性ある、と告げるとウィナフレッドが眠そうに首をかしげている。戯言じゃないんだなこれが。

 

「え、なんで器と回路が爆発しないんですか?」

「元の器が演算用の機械でしたからね、抽出したり解析するのに随一検査する必要があったので、機能を有してました。それがいい方に作用してます。貯蓄できると言っても良いですね」

「あの、せいぜい多くて四つとか、五つだと思うんですが、それでも制限なしに永続して保有するとなると、反発したり、属性の対消滅をしますよね?」

「ヘズの祝福が作用してます。無いと変化した瞬間に爆発してますね。」

「割かし騎士殿も綱渡りだな。魔石作ってくれ。」

「私の理念上、火花の固有化は絶対に成さないという誓いがあるので、魔力は還元するのみです。」

「ちぇー。」

 

 血統由来の属性変化は一時的な制限を課せられている者が多い。血液型が変化するぐらい異常事態なので、それをころころと常に変えてると面倒なことになるのだ。器の見た目への作用とか。

 

 俺、今の騎士殿を介して魔石を作れないんだよなぁ。メフィスに全部持ってかれちゃうし。もったいねぇな。合流した際、一度だけ陣を作って騎士殿に頼んだが引き受けてもらえなかった。騎士殿今怪人だから、有するすべてが眷属や末端を生み出しちゃうらしいんだよな。だから作らないってことである。

 ウィナフレッドが小声で式神化するのでは、と騎士殿に聞いて正解をもらってる。一対サンプル借りて情報化の式をウィナフレッドに付けるかねぇ、と考えるが星の魔力ならエーテル宿っちゃうか。百パーセント偶発的に火花も宿る気がする。駄目だな。

 その代わり、と騎士殿が俺の手を掴んで魔力を流し始めると、俺の足元の白い影たちが楽し気にゆらゆらと背を伸ばして来る。こっちに余剰分を流しているらしい。騎士殿が頼み込むと、俺の足元から巨人類並みの手首がリビングの壁際に生える。でかいよ。指を鳴らすと縮小可能、手のひらに乗る程小さくなった鬼型の黒い真黒な影がグラデーションのごとく白色に光っては青く染まったりしている。面白いな。

 基本糸上の無形の群ですから、不定形、可変式なのが良いとか。白い影は様々に分離して形を小動物から人型に変えては刹那に切り替わる技術の高さを見せてくれた。だが、どの形も俺の影と繋がっていないと分離が不可能なようだった。離れた瞬間影の中に戻ってたし。

 存の属性を有しているので、咄嗟の武器になってくれますよ、というが流石に他者を介した武器で戦場に立ちたくはないぞ。

 伸びてきた白い糸を撫でると、纏わりつくので適当に宥める。騎士殿がお礼に果物を渡すと瞬時に戻っていった。

 

「まぁそういうわけでして、鬼族の宵影を屠りすぎたせいで、器の形成に因子が混じったようです。五十年間あそこにいましたから、変質する理由にたりえる、というわけでしょうね。十中八九、宵影の下となったのは鬼族の魔力でしょうし。まぁ、正確に述べるのであれば、私も元々は二属性ですよ。それが主要の『渦』と『縁』です。残りの八種類は精霊化による後天性ですし。」

「あー、その、ごめんなさいランテッドさん、浅学ながら、縁の属性とはいったい何なのでしょうか」

「何を指すかは様々ですが、概念として述べるのであれば、『縁』とはほぼ意志の指向性の軌跡を示し、その波長を感知する、という使い道のない念のエネルギーですね。現代にはあまりいないようですね。この性質を持つものは『霊果』の生まれる場所や所以を解析したりも出来ますが、まぁ人の数だけ増えるものですから、判断の仕方は千差万別ですね。偏に絡まった毛玉を解くのが得意な属性とでもいいましょうか。せいぜい探偵業に向いてるぐらいですね。神域や冥界においては抜群に相性がいいんですが、……オクの世界では他者の関係性をざっと見抜くぐらいでしょうか。占い師や調査隊に多いですよ」

「こんなこと言ってるけど、探知無しに防士を片手間に完封できる程度の能力があるからな、騎士殿」

 

 探偵に向いてるぐらい?、とウィナフレッドが引いている。俺もそう思う。ほぼ無力な占い用の属性ですよね、と笑顔の騎士殿であるが、無力とは一体何を指しているのか不明。悪用はしてる絶対。

 増えた六属性は影、月、根、風、白、鉄。じゃああらかじめの十属性は何かというと、先に述べた二つの属性と、単純に契約している八種類の自然元素の精霊要素である。なんとこの騎士殿、契約した要素は全て『理』に持っている為に、『器』を打っ壊しても魔法を使ってくるのだ。これを悪夢と云わずして何という。俺は勝てるけど。ため込んだだけ精霊種の要素は現象化できるので、騎士殿は常に要素集めに動き回っていた。俺を連れて。

 

 属性が増えても構築する魔力の割合値のようなもので、断定されても別に他の魔力と混ぜることが出来る。検知されるのも面倒なので渦で一色にしてます、と騎士殿が語るように偽装も可能。半信半疑の軍用のデバイスで解析をすれば、本当に六属性混じってる、とウィナフレッドが人外を見る眼で騎士殿を見た。正解。基本どの星に属してるか、みたいな性質の解析用の分類だしな。属性一緒でも性格が反対とかざらにあるし。風はたぶん、俺由来だと思う。

 でも本当に『風』なのかは俺も騎士殿もいまだ不明なのだ。このヘズが持つ疑似『風』属性だけは死んでも要らないですね、と断言してたのに継がせてしまった。すまん騎士殿。何度洗濯しても落ちない頑固な汚れに相対するような鋭い眼光。俺でなきゃ見逃しちゃうね。そんなに嫌か。

 

「属性変更、浄化でも駄目なのか?」

「肉体は食事で作る、魂魄も気で左右される。九十九も概念の成り立ちと一緒ですから、いくら生物としての浸食が抑えられようと、由来の概念までは防げなかったようですね。あなたのエーテルと変転の余波を受けたのですから、それはもう根幹に食い込みもしましょう。……助けられて嬉しかったのは事実です。ただ、困ったことに、陣を浄化する過程で癒着できずにいた不純物が取り除かれ、完全に精練されてしまったようですから基礎として組み込まれてますね。単純な物質の機械であれば防げるのですが、アーティファクトたる自己再生機能のあるレアメタルを有してますので、まぁ此方に刻まれてしまってはお手上げというやつです。浄化しようと刻印は消えませんので。打ち直せば『別』ですが、そうすると私が別物になるので」

「それは駄目だな」

 

 陣っていうのは種が持つ属性みたいなもんだからな。騎士殿の場合魔力に出てるのは、器の形成が九十九の由来だから。

 

「俺の怪異としての側面は百パーセント死んだ原因が理由だろうな」

「陣と隻の弾丸、なんて作れるの?」

「隻はわからんが、陣たる母体因子を所有することなら、神域、冥界にこもってたやつらは全員できてる。陣の効率の良さ、無償費に惹かれてたからな、隻さえどうにかなれば全然できる」

「固有の陣を保有する魔力なんて国でも数名いるかどうかなのに。人為的に作れるものなの?」

「割かし器にアーティファクトを埋め込む輩は大勢いたからな、君の職場にそういったものはいないか?、適応能力は人類の差異たる武器だぞ」

 

 ちょっと心当たりありそうな顔してるな。細胞移植して器を借りる輩も居るし。

 

「まぁ成り立ちが貴族由来の純血主義、血中因子から来ていると思われているが、陣なんてものは、血で血を洗う種の生存競争を生き抜くための進化だしな。淘汰の過程で生まれる突然変異の一つだし。生物が有する機能、作用する臓器が違うだけ。血、魂にあるってだけの魔力という名の別バージョンだよ」

 

「それを刻むのが魂魄の陣や器接の陣ですね。前者は魂に直接作用するのでめったに選びませんが。器接の陣であれば装備から体、小道具に至るまでなんでもいけます。技術があれば」

「ランテッドさんが器側に陣があるのは分かったけど、ガゼットさんの識別できない理由は魂魄側に有るから?」

「単純今理力が使えないからじゃないか?」

「回復しないんですか?」

「がりっがり減ってる。これ外側から供給受けないと自壊するかもしれない。」

 

 ウィナフレッドが慌てて術を作動させようとするが、しばらくは大丈夫だと落ち着かせる。

 

「単純に行けば、死んだ由来の隻だろ。陣はこの永劫回帰の呪いの作用、取り込んだ側の陣でいえば、メフィスを調べればわかるんじゃないか?」

「ラーニングじゃないですか」

「え、お兄さんラーニングできるの?」

「メフィスが行使できるなら俺も権限はあるとは思うんだが、内在していたのがメフィスだから外に出たら使えないとか、ないよな?」

 

 無言止めて。使えなかったらただのサンドバッグに成っちまう。

 

「今、理、器共に回路は開けるんですよね?」

「開ける。ただし、開くと呪いが作動する。両方の回路に反応するようになっちまったんだよな。」

「作用は敵意好意問わず、術が作動した時点で取り込みにかかる呪いでしたね。次元阻害はきくんですか?」

「ブラッグドッグが居る限り、院内はウィナフレッドが上位だ。俺が呪いを作動させても、ウィナフレッドに作用することはまずない。この条件が覆ることまずないと思う。」

「そうだ、それが知りたかったんだよどうして僕が呪いを対処できるの?」

「ブラッグドッグがウィナフレッドになついているのが理由だと思う。何か琴線にでも触れたんじゃないか?」

 

 ウィナフレッドが曖昧に笑った後、背中側のブラッグドッグに尋ねている。知能はあるから言葉は解する。ウィナフレッド曰く、動物言語持ちではないらしい。俺も感情の要求は分かるが言語となると不可能だよ。

 

「主殿、もしかしてあなた今、点間も使えないんですか?」

「肩の残滓がある限り、オリジナルが使えない。でも、亜術がある。ジャミングは祝福由来だから器に魔力を通せれば使える。理力の方はメフィスが食ってるから、俺の器はもともと血の陣があるし、あれ、魔力消費、理力消費の術は全部駄目な感じかこれ?、じゃあメフィスのラーニングが魂魄由来の陣となると、理、器、どちらも術を作動させた時点で食われてる……?」

「詰みましたね。」

「まてまて、装備があるからまだ終わってない!」

「メフィスは外付け装備にはなりませんよ」

「わーってるわい!」

 

 脱出もできないとなると、ブラッグドッグとしばらく一緒にいる必要がある。

 

「永劫回帰の呪いの属性って何よ。回帰は隻だぞ?」

「嗣じゃないかな、継いで戻す、おなじ術の名前だけど、隻は分解してしまうでしょう?、宵影はそれをもとに、新たな灯を宿して形成して生まれてしまう。」

「一個体で群とみなし、宵影が行う進化を自動で無限に蟲毒してるってことか?」

「外側の情報をもとに、ガゼットさんは七桁も死んだのでしょう?、可能性はあると思う」

「七桁死ぬ前に蘇生措置が起きてますから、実際死んだ数は二倍では?」

「おい馬鹿やめろ、怖いこと言うな」

 

 騎士殿の黒いカスタネットをよこしてくる。外付けの灰皿みたいな装置がつけられて。

 ここに血を垂らすと属性の分析できるらしい。騎士殿これ軍用買っただろ。

 水晶盤の上の領域ホログラムに数値が出た。これ自動で作成国にレポートを送信するバックドアついてるんじゃ、と問えば騎士殿が笑顔。外したらしい。さいですか。

 ウィナフレッドと騎士殿が二人して眉間をほぐしている。最近苦労が絶えないね。ごめんね。

 

「両方白だった影響かはわからんが、そっくりそのまま再構築した影響でこんな天秤になってる。俺の場合、俗にいう属性の怪異ではなく、字面の怪異なんだろうな。」

「説明できない不思議で異様なもの」

「なるほど。」

「なんで二人して納得した今?」

「一個体でプラナリアして蟲毒進化刻むとか主殿が初めてじゃないですか?、おめでとうございます」

「寝てる間に措置しただけであって、プラナリアじゃねーよ!」

「措置があった?」

「やべ。」

 

 洗いざらい吐かされた。意識の狭間で持ってかれたら対処できないなって思ったので、首飾りの中で休眠状態だったと正直に告げた。

 俺は二人に両側腕を組まれて診察室の寝台に輸送された。……歩いたから連行かな。

 

 

///  ///////

 

「おー、すげぇな」

「すごいですね」

 

 都市の四区画、南側の最大商業施設を『噴水広場』と住人は呼んでいる。貴族が良くここら辺で祝い事をしているらしいが今日はさすがに自粛しているようだ。

 都市の×印に整備された四方の主要経路。経路を挟んだ南側は王都、国間の光示列車の便が出ているとあって流通が激しい。

 『北北西のマガナ』はこの国とは別の国である。この国の王都は南側から直通の便がでている。

 

「タバヴ・ワポルって言いにくい名前ですよね」

「面倒だからワポルで良いと思うぞ、だいたいそれで通じるし。この都市もニハイか第一要塞、第一都市で通じる」

「やっぱ要塞なんですねこの都市」

 

 ちなみにこの都市が所属する国は『タバヴ・ワポ・ル』が正式な国の名前。長いわ。この都市は『第一要塞都市ニハイ』と呼ばれてる。長いわ。

 復元した院でのプラネタリウムの地形を見ればなるほど。山を目指してたのに海に来ましたとかとか言われたら誰だって慌てると思う。大陸の中でもこの国は自然要塞の地形に恵まれており、湾の地形がリアス式海岸なので侵略の防衛も長い歴史がある。

 空路を作るにしても磁場嵐で定期的に精密機器が駄目になるし。なれば陸路を魔術でと飛ぼうにも瘴気と空間の捻じれ、時間の歪みが発生する不毛の場所に落ちれば距離をゼロにしたところで生存ができない。

 長い歴史でも機器が壊れれば安定した設備と門たる点間の座標ポイントは維持できず、地下を掘ろうにも定期的な地殻変動で次元間の位相を作らなければ道すら無くなる始末。

 控え目に言って不毛の大地では、と思わなくもないが、『タバヴ・ワポ・ル』を作った黎明期の国の人は各地に線路を引き、王都直通の主要『第一要塞都市ニ・ハイ』、州たる国土を四つも作った。

 同一大陸間に小国はかなりの数が存在しているらしいが、大陸共通語ができないとこの『タバヴ・ワポ・ル』に長期間滞在はできない。

 

 なお、道は定期的に整備されている二つの経路の内、お隣の『北北西のマガナ』と極東の『丹叉』への距離は旅路を一月の日程で組まないとならない程に距離が開いている。

 

 正直、魔術師無双!点間魔術sugeee!ができるかと思ったけどそんなことは無かったぜ。強い磁場嵐が発生する場合、点間の門も交通網も定期的に使えなくなるし。そもそも今の俺は病人に近い。無能だ。悲しい。

 

 ちなみにオークションイベントは小国からの旅人もかなりの人数が来ており、ニハイにくる理由は路銀づくりと掘り出し物目当てだ。

 

 朝方から目が覚めて外を散策する許可をえたのでブラッグドッグを影に潜ませながら歩いている。広場まで来たのは良かったものの、早朝から見慣れた顔が紫煙をくゆらせてアロハシャツでたむろしていた。 

 ベンチに一人座り、間違いなく俺がここまで来るのを観察していたゲイザーは十歩の距離にまで近づくと、ようやくサングラスを上げた。

 

「お、ここで稼いで旅費ためちゃうのもありだなぁ?、旅人殿よ」

「あの、ゲイザーさん、なんでこんなところにいるんですか」

「お前~~あれだけの借りを作ってもう忘れてるとかまじか~~!?」

「え、あ、やべっ」

 

 影に安物のナイフを刺されて、器の足止めされた。ブラッグドッグは影を媒体に出入りしているだけなので本体は冥界で遊んでるから無事。

 十歩の距離をタイムラグなしで刺せるのか。やべぇなこの人。点間の術でもなかった。視覚範囲か、領域内での自由な出現だろうか。

 影にナイフを刺された状態のまま固まった姿勢、ゆっくりと歩いてくるゲイザーがナイフをわざわざ手動で抜く。前のめりに数歩よろめくが、意気揚々と右腕を組まれる。

 

「おうおうガゼット君よ、お金の貸し借りは親しい間柄でもしてはいけませんていわれなかったか?、お?」

「分配だから該当しないと思うんですが?」

「おう、おう……旅人殿、お前どこかの上位貴族ではないよな?」

「ないない。」

 

 新しい単語出てきたぞ。まじでドン引くゲイザーに向き直って念を押して否定しておく。

 ゲイザーは肩透かしを食ったようにため息を吐くと、胸ポケットにサングラスをしまった。

 

「そういえば、紋章ありがとうございました」

「あ?。あーそういえば役に立ったの一度ぐらいじゃねえか?、おまえお嬢ちゃんとこに居候してるんだろ、患者として」

「これから使うかもしれないですし、一応」

 

 頭を下げればゲイザーが頭をかいた。

 

「うちの姫さんがえらくお前に興味津々でな、まぁ重たーい椅子に座らされてるから動けないんだが、俺はその調査を命じられてきたってわけ」

「ガーランド国に戻ったんですか?」

「質から愛剣を戻せちまったからな。本来なら買い戻し何てぜってぇ無理な額で、今日のオークションで流れる手はずだったんだが、まぁ当てが外れたわ。お前のおかげでな」

「両方の意味に聞こえますねー」

「その通り。」

 

 まあ、これも何かの縁だろ、と肩を抱いてくるゲイザーが反対側の手のひらの中で安物のナイフをくるくると回転させている。

 

「つーわけで!すまん!金は使っちまった!全部だ!」

「買い戻した金足りました?」

「九割九分たりたわぁ、三割ちょろまかしたけどツケでなんとかなった!ってことでだ、ここにオークション入場用のチケットが二枚ある。」

「わー、さすがゲイザーさんだなー」

「あの嬢ちゃんとこのチケットをこれと交換して使って中に入れ、な?」

「色分けは優遇の割合です?」

「そうだ!好待遇がうけれるVIP待遇だ!裏は無い、単純に報酬みたいなもんだ。そう、俺を国に売った」

「すごい笑顔なのに威嚇がみえますよゲイザーさん」

「威嚇してる」

「やめてください。」

 

 重要人物扱いの理由が本当に報酬だけだったらいいなぁ。

 

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