銀杖の担い手 ライト版 作:海に流れるアリ
俺をしばし観察したエステラ氏はゲイザーに刃をしまうように告げて、エステラ氏が落す立場にあると正直に答えた。
「それでは、一つ質問させてもらいます。渦の中にいた怪物は厄災級でした。それをどうやって、消滅させましたか」
「変転」
「……、……理論上、それは可能なのですか?」
「エネルギー反応を測定されていましたよね。その数値をさらに三桁足して計算してください。」
「魔素値の三乗ですよ?、そんな浄化作用の持つ魔石等存在するはずがない」
「これは最初に真実を話してもらった対価です。その魔石を錬成することにしたのが、我々術士の研究結果だ」
「再現は?」
「不可能。それは俺の技術によるものじゃない。すくなくとも二百前に存在した同胞の技術が居る。彼らは何処へ行った?」
「観測されていません。どこにも、我々が持つ記録の記述は、大厄災の本体ではなく、『呪い』が落ちたということだけ。」
「……二重に結果が重なってる記録のバグか。なら、五十年前の銀杖の話の真相は?」
「五十年たっても尚鮮明に継がれている噂話の本体は、どの遺跡を探しても見つかっていません。お手上げ状態です。もしそんな奇跡が実現するアーティファクトがあるなら、どんな犠牲を払ってでも我々が確保している。」
少なくとも嘘ではなさそうだ。安堵するべきか悲しむべきか、気が抜けて、すごく疲れてしまった。あれは魔力さえ確保できれば半永久的に浄化、再生し続けてくれる神域への接続装置だ。
神界もなく、多くの神域が失われた今、天上の女神がすでにいないとなると、効果のほどは不明であるが。そこでふと思い出す。はっちゃけた時に錬成したウィナフレッドの杖への加工。ブラッグドッグに隠してもらってほんっとに良かった。冷や汗をかいたのがバレたのか、エステラ氏がじっと蛇のように俺を見つめてくる。僕悪い術士じゃないよ。
「申し訳ないが、有力な札はもうないです。」
「いえ、あなたにはまだウィナフレッドさんという強力な切り札がある。あなたは唯一、あの子を他国へ浚うことができる人だ。」
「彼女の意思を尊重する。ウィナフレッドには現状、国を出る意志は無い。」
「……地獄を選ぶと?」
「やらなきゃいけないことがあると、俺に告げたばかりですよ。」
「ウィナフレッドさんを拉致し、あなたを操作するといったら?」
「できると思っているなら、俺はもうこの国とあなたの国の未来を考えずに行動する。そうですね、それを選ぶのなら、俺は彼女の記憶を消して、この世界のログから消えることにしましょう」
静まり返った空気の中、注がれたマグカップの中身を飲む。何も入っていないのは、誠意の印だろうか。
「できるのですか」
「できますよ。やりませんが。」
「なら、ならば!」
「それだけは駄目だ『ロソンシソバ』。」
歪な縛りが器と理の両方に見えた。ぐ、と歯噛みするエステラ氏を見る。本当に優位に立つのはゲイザーなのだな、と目を瞬くとバツが悪そうにゲイザーが顔をしかめた。
ゲイザーは一度固く瞼を閉じると、長いため息をこぼした。
「お前が消えてどうする。」
「あなたなら『切』れます」
「宝剣があっても足がないと意味がねぇよ、目もないなら俺様はただの盆暗。少なくとも、次元規模の計算なんて到底無理だ」
「過去への回帰は何種類ありますか」
「俺の質問は何もありません。回答もできません。」
エステラ氏は両手を命一杯広げ、ぐっと閉じると立ち上がった。
「望みは無いのですか」
「少なくともこういった交渉ごとのテーブルにつけさせる相手とは一生話を交わしたくない。」
「巻き込まれるのは視えていたでしょう!だからあなたはウィナフレッド・ヘイニーさんの保護を司った」
「そう仕向けてきたのは何処の誰だといっているんだ。」
国の立場で動くなら信用は一切出来ない。本気でにらみつければ、エステラ氏が頭痛をこらえるように額に手を当てた。
あなたの原動力はそこなのですか、とエステラ氏が悩まし気に顔をしかめてゲイザーを見る。ゲイザーはいつの間にかソファーに腰を下ろして首を横に振っている。俺様マジモード疲れたから二人でやってくれ、とのこと。自由だなゲイザー。
「俺も疲れたんでオークションに戻っていいですか?」
「魔方陣で深海の底に飛ばして圧縮しますよ二人とも」
「姫さん俺らの負けだ。そいつは文字通り死んででも口を割らない。嬢ちゃんを殺そうと、オブスサーバーを殺そうと、俺たちに利益は無いぞ。」
「ようやく見えた光明に!走らない馬鹿が居ますか!」
「……、俺は本当の望みを話さない限り協力する気もない。」
「もう、もう!ゼケンロビ、この子あなたとそっくり!」
「一緒にするのは俺様が可愛そうだろ、こんな人間やめてねぇよ」
「もと人間もと妖怪の人間が何を言いますか!」
「なるほど、成り立ちが妖怪ならあんたは迷い人なのか」
一瞬で固まって、二人とも俺に目を剥いた。理解されるとは思わなくて、本気で口が滑った、という特有の空気出すのやめてくれ。冗談だろ?、……まじ?
ゲイザーの生来は人間。戦士として戦場で果てた後、冥界で管理された順番を待っていた。
輪廻の常識があるこの世界では魂の休息後二択が迫られる。生まれ変わるか、このまま分解されて魂魄のみを『外』へ返上するか。
意識があるものは珍しく、天と地、二つの盟約によって結ばれている組織の中で冥界にて明確な役割を持つ存在を人の世では番人、死神の使い、もしくは妖怪と呼ぶ。
ゲイザーは人間であったが、当時古くは認知されていなかった魔法使いの一端であった。
血に陣を宿し、どんなものであろうと『切る』。これは戦場で種問わず様々なものを切って来た畏怖から乗じた祝福染みた血族の呪いであった。
ゲイザーはどの年齢においても無敗を冠し、無類なき強さを誇った最後は、なんと大嵐にあって抗えぬ為に死んだ大自然の事故死であった。
雨が嫌いなのは溺死した記憶があるためで、本来であれば真っ新に消してもらえる記憶も、なんど措置を施しても消えることがない。
「術自体を切ってるな」
「どうしたものか。」
「そもそも、その身に宿した地の呪いが多すぎて、人であるが鬼となり隠の類になりかけている。浸食を切っているがために自我は保ち、しかし器は侵され、変質している」
当時の役割を持った番人共はゲイザーに目を付け、仕方なく綺麗に消せるまで仕事を与えることにした。
それから何十年か経過した、今から数百年前。無音に等しい暗闇の空の上、ひび割れた切れ目から色彩が降ってきた。ゲイザーは直接視て理解した。境界線が壊れたのだと。
おおくの生物が生きたまま冥界に落ちてくる。これは前代未聞の悲劇の始まりであった。
一度も遭遇したことのない、群生化する魂無き怪異ども。それは妖怪とはまた別の軸を持った存在であり、それは生物に対して異常な執着を見せるウィルスに似ていた。
多くの者が冥界の中の狂喜で正気を保てず、保てても数秒で自我が崩壊した。
それでも魂魄は怪異に狙われる。
宵影と名付けられた群生化するそれに食われぬよう、番人達は時間という概念の乏しい冥界で代われぬ仕事に奔走することになった。
数十年、百年、二百年過ぎたある時、冥界に再び大きな穴が開いた。
それは一度目の大崩壊に似た落下。
二度目が起きた時の対処法はマニュアル化されており、時間の正確な観測も行われていたからこそ予期できた周期だった。ゲイザーは当時できなかった一人前として認められた仕事に奔走した。
一人でも多くの生存者を地上に戻さんと、多くを保護に回っていた時のことだった。
一つの魂に、数重の加護と呪いがかかっている。
雁字搦めに守られながらも、自由に動くのは意識しかない。それは知覚できるのに動けず、理解できるのに目もないのに認識をふさげない。
五感を潰され、肉体を啄まれてようやく、四肢もなく落ちている体躯が繭のように守られた後だったがゆえに。
狂気の世界を冷静に理解しながら、自我が崩壊してもまた正気に戻るのを繰り返す。常人であれば発狂できるのに、その者は異常を備えてしまったがゆえに、狂気に染まることができない。
加護を切ればこの人間はすぐに蒸発する。それほど呪いは大きく、人間の魂を食らうために大物の怪物が冥界に集い始めている有様であった。
意識が無ければ殺してやるのも救いであるのに、とゲイザーは人間の保護に向かい、面を食らった。
知性を兼ね備えて、くるっても狂えぬ状況下で、自身の使命と任務をきちんと覚えていたのである。
冥界に落ちても尚、地上に戻る計算をして、仕えぬ術式があらば次へと思考を張り巡らす。狂気に堕ちても冷静に戻り、自我が崩壊しても、また一から残ったピースをつなぎとめて、寿命を削りながら人間が託された仕事を完遂せんと健気に死力を尽くしている。
加護を切れば即死、呪いを切れば人間は自我が壊れる。
さてどうしたものかとゲイザーは人間に問いかけ、人間は意思疎通ができるようになると、ゲイザーも知らぬような呪いの宣誓方法を持ちかけた。
対である者が加護を与えれば、もうひとつの対である者が恩恵を受ける。
ゲイザーは知らぬままそれを与えた結果、偶然にも人間と主従関係に陥ってしまった。
戦士であったゲイザーは、人間に決して危害を与えぬ宣誓を成した後、人間を地上に戻すことに成功した。
そして五十年、ゲイザーは久方ぶりに人間の召喚に応えた。
人の器に戻す代わりに、もう一度私の為に剣をふるってはくれないかと。その取引に応じて。
「目を与え、耳をあたえ、四肢をあたえ、この人は私にすべてをくれた人、だからプロポーズするために国の一番偉い人に成ったら!反対を押しのける立場に成れると信じていました!」
「……壮大なラブストーリーだった。おめでとうゲイザーさん」
「今の話を聞いてその台詞しか出ねぇのかお前は!?」
「だって百五十年越しの純愛じゃん。俺が間違ってたよ、祝福する。」
「だーら今は交渉ごとの話だろ!?やめろ俺様をそんな生暖かい目で見るな!」
「この点に関しては私はオブスサーバー君を好きになれそうです。」
「奇遇ですね、俺は純粋に慕う人間は嫌いじゃないですよ」
「交渉をしろお前ら!」
「さあオブスサーバー君!質問してください!」
「ゲイザーさんとエステラさんが正式に結ばれたら俺にメリットがありますか?」
「あります!、具体的に言うとゲイザーと一緒に私が仲間になります!」
「いらないです」
「後生ですからもう一度だけ協力してください!」
ウィナフレッドがそろそろ退屈してるんじゃないかなーと思ったけど、ブラッグドッグと一緒に俺の右手の指輪を通して中継を聴いてた。そういう道具だったのねこれ。
「じゃ、俺エステラさんがゲイザーを口説き落とせたら協力します。失敗だったら俺はこの話を忘れますそれでどうでしょう」
「まてまてまてまて!」
「わかりました。私にも覚悟はあります。成功した暁には、私たちを仲間にしてくださいね」
「いいですよ」
「おかしいだろ!」
ウィナフレッドがタッチパネルを操作すると、ゲイザーとエステラ氏は同時に部屋の領域内からはじき出された。
「……疲れたな」
「お疲れ様。その、うれしいけど、ヘズさんが無理をする必要は無いよ?」
「どちらにせよ長居はできないと解っていた。これは自分本位に選択した結果だ。後悔は無い。むしろ巻き込んで申し訳が無いんだが」
「ううん、僕もうすうす気づいてたから。ヘズさんに誓約を切ってもらって初めて、深いところまで思考ができるようになったし」
「本当に悪質な制約だったな……、ウィナフレッドが魔力を使えないと聞いたが、今は違うんだろう?」
「うん、あの後、眠るたびに増えてて、理力に回す方法も何故か覚えてるんだけど、なんで?」
「術式要らずなのは、十中八九俺のせいか?」
ブラッグドッグが領域内で、肯定を示した。
次元内であれば、騎士殿とも交流が可能だ。騎士殿も無事安全地帯を確保したようで、赤いチケットでしたが、とオークション会場の一番良い部屋にいるらしい。
期間内、常時次元規模の隔離領域が張られている為、理力、魔術全般、点間が使えない代わりに、外側からも術の掌握は不可能。だから武装した肉体派が暗殺に来るんだけど。扉を開かない限り出入りはチケット所有者しかできない為、ブラッグドッグが次元干渉しても観測されないのはありがたい。
青から別座標にずらされるので面倒くさいので赤にしました、と騎士殿。
情報を交換し、ウィナフレッドの祝福について話してみた。
「つまるところ、俺が使える術式はウィナフレッドも使える?」
「然り、といいたいところですが、メフィスとの制約が逆転している可能性がありますね。」
「永劫回帰の呪いが『食べた』術式はメフィスが主導権を持つが、俺が持つ術式の効果は、ウィナフレッドも連動して受けている?」
「いわば、外付けデバイスがウィナフレッドさんですね。接続先の主殿の持つ術式を、ウィナフレッドさんは自由に使える可能性が有ります。あくまで、アーティファクト級の独立した術式に限りますが」
「だから呪いの負荷が俺に来てるっていう話をしたのか。」
「その通りです。奇跡的な幸運ですね。主殿の増やしている理力の術式と、もともとウロボロスのアーティファクトが構築していた術式をウィナフレッドさんの器側の回路が覚えているがためにできる無償費の奇跡、祝福です。」
「まぁ、長年耐えてたんだから術式自体が器に宿っててもおかしくはないわな。」
「現状、増えた魔力をどう抑えるかがカギですが、バーニウ殿がくれた対の指輪はウィナフレッドさんがもっているのでしょう?」
「置換装置?」
「ブラッグドッグがウィナフレッドさんを通して術を使えるのはそのアーティファクトが原因かもしれませんね。おっとすみません、時間切れのようです。頼みます『長』。……、主殿、次元内でしか接触できないのはいささか不安が残りますが、権能の保護下にある空間ならこれほど安全な場所は無いでしょう。」
「しばらくは話し合いに努めるのが賢明か?」
「その方たちは、主殿を悪く扱う必要がない。せいぜい利用して差し上げるとよろしいでしょう」
悪い顔だぞ騎士殿~。
「上手くいくかな?」
「ゲイザーさんが本気で嫌がってたからなぁ~あれは交渉をきちんとしないと覆される可能性が高い。下手をすれば自死を選ぶぞあの人」
「そ、そんなに!?」
俺はエステラ氏とゲイザーに対して言及はしたが、正式に関係を指定した覚えはない。
エステラ氏もそれを理解している為だろう、口説き落とすのに何日かかるかは知らないが、盟約が結ばれたら顔を合わせるという宣誓を互いに誓った。
エステラ氏はなんらかの理由でゲイザーを降ろし切れておらず、ゲイザーも譲れない一線があるので抵抗している。
仲の良い悪いに関わらず、個人の物事の許容範囲は人それぞれ違うのである。ゲイザーは賭け事に全てを託した可能性があった。そして成功を引き寄せたのはエステラ氏だろう。
俺たちと同じように身命交換の等価を果たして契約を切ったなら、エステラ氏がゲイザーと再度結びなおそうという動きは理解できるが、あのゲイザーの嫌がり方は本気の嫌悪でできていた。
だがウィナフレッドの甘言には乗らなかったしなぁ、と俺が頭をひねれば、ウィナフレッドが苦笑いしている。
騎士殿が笑い転げそうになってる。なんだよ。
問いただそうか思案していると、ホログラムの球体が音を鳴らした。
ウィナフレッドが通信デバイスで指名を受けたらしい。許可を出すとゲイザーからだった。治癒士の仕事とのこと。個人依頼だったらしい。
「あの人疲労困憊満身創痍だったもんな」
「物理的に気絶させたとかいってたから、一悶着はあったのは間違いなさそうなんだけど、あの具合だと施術に最低二時間は取られると思う。」
「わかった。なにかあったら『長』を経由して戻って来てくれ」
「!うん」
ちょっと行ってくるね、とウィナフレッドが扉の外へ出た。
「危惧していた虎口に自ら送り出すとは、いやはや。杖を取り上げなくて良かったのですか?」
「あのゲイザーさんが傍にいるなら何があっても死なないだろうし、止めてくれるだろう。個人的に恩があるとも言ってたし制限する理由はない。」
「石を外すぐらいはできたでしょう」
「あれはウィナフレッドが俺が消えても生きていけるようにした保険だ。俺が外しては意味がないだろう。」
「手籠めにされるとは思わないんですか?」
「……エステラ氏が男性とか?」
「っふ……いえ、失礼。エステラ殿は女性でしたね。性転換はわりかし一般的に普及してますし、元の性別は確定できませんが。一年ごとの検診履歴でも見ましょうか?」
「あの地位なら秘匿されてるにきまってるだろう。しっかし、なんでゲイザーさんはあんなに嫌がってたんだろうな、ゲイザーさんが女性とか?」
「それは万が一にもありませんね。断言して差し上げます。まぁ、同性同士でも婚姻は可能ですし、子だって成せますから」
「流石に馬にはけられたくないしなぁ」
「私も竜に蹴られる趣味はないですし。まあなるようになるでしょう」
絆があればな。
「まぁ、エステラ氏曰く、どちらにせよ三、四日の間は接触は絶つとのことだ。理由は不明だが。ゲイザーを降ろせばエステラ氏が取り込みに来るのは間違いない。ずいぶん平和的解決を模索する人だなとは思うが、ここが最大限の譲渡なんだろう」
「プロポーズについては?」
「半分建前半分本気、立場上そうできるようには見えないが、エステラ氏は騎士殿と同じような目をしていた。あれは他者の幸福を願う人間の眼だ」
「主殿から見ればアレもそう見えるのですね。いやはや、人という括りの線引きが主殿はいささか大きすぎるように思えますが」
「成り立ちから人でなかろうと、神域の存在が堕ちて人の器に嵌められる理由を俺は探らんよ。成就の大願を押し付けられた責はいささか気の毒なほどではあるがな」
「主殿ちょっと絆されてるでしょ」
「理由を押し付けられる強者と立場というのは、一定の理を理解していれば逃れられない責務であるということをあの人は理解してた。それだけで一定の協力をしてもいいかなとは思うが、今の俺の優先事項はウィナフレッドだよ」
「甘いですね~」
「騎士殿の方こそゲイザーの在り方、推せるんだろ?」
「あそこまで一本貫き通すと感服すらできますね。あの者は理解して尚、犠牲の選択を取捨選択し、自身を手駒にする。主殿と同様に死を選ぶものだ。」
「目が笑ってないんだが。」
なぜ笑顔を作る。
「まあ、敵に回すと面倒な部類だと思います。あれは一度でも契約を結ぶと執着とは別の方向から一生追いかけてきますね。」
「どうにかならんかね」
「主殿が温情を見せるからですよ。ウィナフレッドさんを保護するなら最初から記憶を奪えば良かったでしょうに」
「それをすれば壊れる可能性が有ったといったはずだが。」
「いいえ、主殿。あなたが制約の罰則を切った後だったなら、いくらでも改変は可能だったでしょう?」
騎士殿の断言にしばしの無言を作る羽目になった。抜かれた記憶は戻らない。壊されてたら補えない。罰則はウィナフレッドの思考を奪うもので、忘却するよう改変すらしうるものだった。
解除した後であったならば。いくらでも暗示をかけることもできた。そうしなかったのは俺の矜持であり、助けてやりたいという身勝手からくる選択であった。
選択の結果を語るのみであれば、あれは身近にいた者たちが必死で作った安全な鳥籠を完全に破壊する行為だったからだ。
本人が嫌がっていても、守り切れぬ不安があれば柵を作ってでも堅牢に守護する過程は一定の理解はできる。命を落とす状況があればなおさら。
「誓約を重ねて掛ければ良かったと?」
「あなたが切った理由は、ウィナフレッドさんが心の底から嫌悪と罰則への忌避。拒否した誓約と罰則です。宣誓そのものではない。主殿であれば罰則を除いた改変が可能だったでしょう」
「ウロボロスを摘出していた」
「主殿。あなたは術式の置換から成る、抽出と模範ができるはずだ。」
「身命宣誓を俺が先に誓っていた」
「あなたは誓約を破棄することができるはずだ。」
「おれが概念を使ってでも破棄した誓約を対価なしにできるとでも?」
「はい。」
「断言するな。」
あの時はウィナフレッドの救難信号に応じたが、今頃になってようやく彼女の置かれた立場を理解しつつあった。
だからといって、あの罰則を肯定することはないが、この院の仕組みと誓約の相互の関係は厳格なルールが敷かれていた。
身命宣誓たるはなんぞや、と問われると、自己への誓い、魂魄への優先事項の書き込みである。
そもそも身命宣誓を掛けることすら一定の知識と術式媒体がないと難しい。俺は血の陣に点間と置換があるから無償比でできる。本来であれば魔法陣と式を貼って安全地帯で術式を行使しなければならない。直接宿さなければならない危険は大きく、下手に介入されれば魂事持っていかれる。
身命宣誓のルールは二つ。
一つ、自身の魂魄に誓いを刻むこと。
二つ、破棄した場合の罰則を設けること。
ウィナフレッドの解除時、二つ目の罰則の詳細がわからなかった。だから概念を使って全て捻じ曲げて壊した。
宣誓はこの二つのルールで一つとなっており、片方が壊れれば罰則が施行される。これ考えたの神話時代の戦火の名残なんだけど。ようは裏切り防止の潔白表明だ。
どう考えても身内に貸すルールじゃねぇ。
二つのルールは吟味を重ねて調整されてしかるべき。偏に身命宣誓といっても軽重があるが、これが尊重される最たる理由は罰則が行われるという効果にある。
一方的に課す行為は外道非道に満ちた行為であり、それは古い歴史に置いても残虐性を示すものでもあった。
守護や祝福の術は二つ目のルールの改変の違いがある。守護は甲たる宣誓した側に対価が支払われる。その代わり、行使された際、乙を守護する。
守護は一方通行な術式の付与。祝福は術式の譲渡。乙側の『存在』に行使するルールを定めて術式を新たに譲るのだ。
祝福に限り、甲側にも責任が問われる。力の譲渡はそれほど主権を左右するものだ。
俺の場合『眼』に祝福が行われている。
俺という『存在』と『魂魄』、作られた『眼』の三つが揃わない限り『ジャミング』は発動しない。
大本の三つがある限りが回路の有無問わず術式は行使される。
俺はさらに祝福時の宣誓に一つ書き足す形で、回路を開かなければ作動しないセーフティーを刻んだ。永続的に作動されると気が狂うからだ。
この術の行使は限定されたものであるが、媒体がなくとも大本の条件が『在る』限り永続する。
余談であるが、第三者の加護や祝福を改変、付与、事前に許可のない形で手を出すと、下手をすれば喧嘩を売っていると取られても仕方ない行為になる。
祝福など特に、甲側の了解を取るのが普通だ。
俺は一方的に付与してしまったようだけど。本来ならばウィナフレッドにきちんと謝らなければならない案件である。まじで。騎士殿生暖かい目止めて。
「……。俺が再度行えば、一種の洗脳と取られてもおかしくない。あれだけの術式を作る者だ、残滓から追跡されても困る」
「主殿の出会いがしらからの記憶をすべて抽出すればあとは周囲にあった数日の偶像に頼るのみです。第一術式の立場は主殿が上位だ。それをふまえて入国するまでの経歴もなければ、実質追跡不可能でしょう。外で姿を切り取られるへまをしたわけでもないのでしょう?」
「してねぇ……」
「ならば、命の恩人といえど、等価の理論で行くならあなたは誓約を切った段階で義務を果たしている」
「俺、騎士殿のそういった理論あまり好きじゃねぇな」
「しかるべき定価に余剰の金額を払うのが美徳であると?」
「日常とは値段のラベルを貼られて付けられてしかるべきか?」
「おっと、これは痛い点を。」
盛大にため息をついて悩んでいると、騎士殿が頭上から笑い声をこぼしてきた。なんだねと問えば、私事でいえば、あなたの選択は正しかったと私は肯定しますよ、と騎士殿。
微笑んでいたが、目がすぐ真剣に戻る。これは騎士殿も譲る気がないと見える。
「肯定しておいても、痕跡を消すべきであったと?」
「風切り羽を切られた鳥は空を飛べませんが、時期が来れば換羽期がやってくる。多少のストレスはあるでしょうが、ウィナフレッドさんはじっとしていられるような方には見えません。」
「甘やかすに至らない理由にはならんだろ」
「関係性は五日。身近なものも傍にいる。お節介だと称されててもおかしくはない。ぽっと出の人間が全てを解決する必要はないんです」
「……。」
「あなたは全ておいて、情を持つものに深入りをしすぎる。」
「まだ、子供だ」
「見目と魂が年輪に沿ったものではないのは貴方が一番ご存じのはずですが?」
優先事項まで書き換えてしまって、と嘆くように騎士殿が俺を見る。騎士殿、俺を甘やかす気はないのかい?。座った目が俺を射抜いた。
「時と場合をわきまえているだけです。忘却するなら一月が限界ですよ。それ以上は支障が出る。」
「結局、一周回って、現状、忘却が一番最善だということになるのか」
「今の情勢の時期が悪すぎる。主殿の時代で平穏が戻っていれば話は別だったが、今はまだ戦火の最中、彼女の魔力が戻れば最悪飼殺されてしまうでしょう。」
「だからといって、全てを奪って手元に置いておくのも同じようなものじゃないか」
「情の有無は生物にとって必要不可欠ですよ。主殿。」
「騎士殿が言うと説得力が違うな。」
「そうでしょう。」
女神を説得し続けた騎士殿の理論が正しい。俺の負け。
「……星の魔力なんて、封印できるもんじゃねぇだろうに」
「だからこそのウロボロスなのでしょう。今でさえ綱渡り。主殿の祝福たる術式の恩恵がなければ、一発で彼女他国に連れていかれてますよ。彼女はあなたの祝福が有るから、『長』が保護の対象として見ている節がある。単純に気に入っただけではあそこまで気を許しません。……しかし、限度がある。」
騎士殿の言葉に頭を混ぜた。
「あの人がウィナフレッドをカードとして見たのは、魔力が抑えきれていないからか?」
「然り。微弱なものでも、わかるものはわかる。それは魂を視れれば一発で。……解析した誓約の『全て』が思った以上に複雑に仕事をしていました。……主殿。ウィナフレッドさんの魔力が戻ったのは良いことであり、危険なことである。解析して解りましたが、あれは人の身には酷すぎる。『澱』めば一発で堕ちますよ。」
「今の軸の中心は俺か?」
「肯定しておきましょう。もうあなたは深入りしすぎている。」
騎士殿は目を細めると、静かに瞼を閉じて片膝をついた。目線が一緒になる。
「俺は情の長さを取るなら、間違いなく騎士殿を選べる。」
「はい。知っております。」
「だが、一度介入した事象を放置して君を選ぶことは出来ない。俺の生き方にかかわるから。」
「私は主殿のやりかたを優先しますとも。」
理の文句は言えない雰囲気だった。騎士殿も目的があって俺を助けに来た。
「今の俺は器すら違う。血の陣もメフィスにほぼ奪われてるに等しく、形成する体だって不安定。君が望むものは何も返せないぞ」
「いいえ、主殿。あなたは私にエンセーシュミンの自由を約束して頂きました。」
「気が早すぎないか?」
「時間の問題なのです。これは干渉されることのない確定事項だ。だから私はあれほど喜んだのです。私はまだ、主殿に尽くす義理がある」
「義理なんていらん。」
「義理が無ければ、私はあなたを殺さなければならない。」
「……、物騒だな。」
「本来であれば、私はメフィスとあなたを同時に殺さなければ、主殿をもとには戻せない。その器を破壊することすら厭わないでしょう」
「揃った俺じゃないと意味がないのか?」
「逆なのです主殿。メフィスとのつながりを切らなければ、永劫にあなたは討伐対象になる。永劫回帰の呪いを外した、本来のヘズを私は取り戻したい。ええ、主殿。私は怨敵に二度も三度も、大切な方を人質に取られているのです。守護者たれと願われた私が、情けなくもあなたの上位にいる呪いに従わなくてはならない。」
「泣くなよ騎士殿」
「泣いてません。このままではあなたはさよならをいうことすらできず、死ぬことにはなるではないですか。」
「先が見えすぎるのも考え物だな。」
綴じてる線が潤ってるぞ、と頬を撫でれば騎士殿が頭を降ろす。
白い影が昇って来た。俺と一緒に騎士殿の頭をなでるしぐさをする。黒い汚染は騎士殿が浄化してくれた。その恩を覚えているのだ。
「無垢な魂は守護の対象だろ。俺もお前も、エンセだってみんなそうしてきた。死にそうなことは沢山あったけど、生き方を恥じることは何一つなかった。死んだら仕方ない。終わり方は選べない。だけど、生き方を最後まで選ぶことはできる。」
「良いように利用されて終わることなど、私は許容できません。」
「お前も難儀だな、ガウス。」
「可能性が有るなら、どんなに難題な過程を得てもあきらめる理由にはならない。」
「おーおー、頼もしいぞ我らの騎士殿。」
「今はあなたの騎士です。ヘズ。」
白い影にテーブルの上に残っていた果物を渡すと、うれしそうに手を振って戻っていった。ブラッグドッグとは別の領域に入るっぽいんだよな、この子たち。
ガウスが一旦深呼吸をして感情を抑え込んで冷静の仮面をかぶる。持ち上げられて、椅子に座らされて、神域で良く食べたアップルパイが騎士殿の食料札から出てきた。
ため込んでいたのか、なんて聞けば、再開した折にまた食卓を囲めればと夢想していたのですよ、と騎士殿。
騎士殿がベルを鳴らすと、返すようにベルの音が鳴る。騎士殿の腕の中にメフィスが現れて、騎士殿の腕の中で、アップルパイを一切れ口にいれられた。
陽気に笑うメフィスが嬉し気にもっと食べたいとせがむ。
俺が口を付けてない一口を渡せば、手を叩いて喜んだ。
既に俺たちが囲い込まれ始めているのであれば、自由な時間は少ない。
餞にしては早すぎるが、とジャツ殿の工房で購入していた封筒と装飾品を手渡せば、騎士殿が驚きながら受け取ってくれる。
「正式な婚姻届けはあの世界にはないからな、餞別だ」
「……、抱きしめていいですか」
「食べてるから駄目だ。メフィスが満足してからにしろ、っておい」
作り直すにしたって、この体は借り物。元に戻るならば、培養して器を作るしかない。気が付けば、どんどん弱体化をしている。
騎士殿が今の器を作り直せと言わないのは、俺がその協力で生きているのを理解しているため。何があっても超えない一線は俺にもある。
感無量、メフィスが口元を揺らしながら俺と騎士殿の間に挟まれ、目だけで笑っている。口を閉じれて偉いぞメフィス。
三日の猶予でどこまでいけるか。奇しくもゲイザーの攻防が長く続くように願わなければならない立場にいる。
次時間が出来たら美味いものでも贈ってやろうとひそかに心に決めた。
「ウィナフレッドさんが戻ってきたら、『長』を借りて領地に戻ります。三日すれば『長』はあなたに戻します。宣誓は私が誓ったものなのでそのまま、他は逆侵入を防ぐために、今からあなたとのラインは全て切ります。」
「領地に入れるのか?」
「ヘズが作った魔石と血の陣を刻んだ術式、そして今の私が奪ってしまった魂魄の陣があるなら今ならいける。パスワードは変わってませんね?」
「俺と騎士殿が更新したきりだ。揃ってたら入れるはずだが、領域内に飛ぶのか?」
「ええ。すでに知られているのであれば、後手に回るより、どこまで先に進めるかに掛けます。エンセーシュミンも一緒に」
「メフィスとは少しの間お別れか。」
眠そうなメフィスの頭をなでると、指をつかまれた。笑い方が上手になったな。流石に特性とはいえ初対面で顔面が裂けるのは避けた方が良いからな!
「主殿。星と一概に言っても対応する理力によって性質が違うのはご存知ですよね。」
「そうだな。」
「それを踏まえて、ウィナフレッドさんは星の魔力に白色の理力が輪をかけている。白は無垢なもの。白は染まるもの、白は雪ぐもの。相性が良すぎる器と理です。……白は移すもの。なれば主殿、ウィナフレッドさんはもう元には戻れません。魔力を押さえても、理力は星の性質を帯びる。」
「白なのにか」
「主殿と同じように彼女の器の全てが星の陣となっている。放っておけば万象たる影に食われて死ぬでしょう。あなたは籠を壊した責任がある。私は目的があるのに主殿を連れていけなくなった」
「すまん。」
「いいえ、解っていて、私も背中を押しました。同罪です。」
互いに無責任は認められない性質であった。主殿が私と同じ道を歩むとは思いませんでしたが、と騎士殿が微笑んでため息をこぼした。
器がない今、どちらにせよ主殿は連れていけませんでしたが、と騎士殿が笑う。
「主殿に譲ってもらった残機もあります。それに、今の私にはエンセーシュミンがいますから大丈夫ですよ」
「そうだな。……ヴァテストゥデレ殿も星の魔力を持っていたが、理力は灯だったからな。」
騎士殿が寄越す装備の一つ、それを俺は耳につける。不可視になったのを確認する。エンセーシュミンの装備です、と騎士殿。つけている間だけ、メフィスと俺の接続の全てが完全に切れる。
代わりにメフィスの接続先が、同じ魂魄の情報を持つ騎士殿に向かうのが見えた。ヘズ程魔力はありませんが、理力なら負けませんとのこと。さすが鉄人。
「主殿、最後の確認です。彼女はまだ『人』ですね?」
「まごうことなき『人』だ。……そんなにあの頃の俺と似てるか?」
「遺跡に来て死にかけていたころのあなたとそっくりですよ、ヘズ。それでは我が主。また会いましょう」
「無事を祈ってるよ」
騎士殿は調査に出発した。