銀杖の担い手 ライト版 作:海に流れるアリ
ウィナフレッドは一時間ほどで一度戻ってきた。本格的な治療の要請があったことを伝えに来たのだ。
施術で遅れることをジャツ殿に知らせ、それからさらに六時間ほど経過し、この部屋に一度戻ったあと俺には部屋から出ないよう真剣に指示を出してオークション会場に向かってしまった。
何か欲しいものがあれば指輪から伝えて、と言われ、なるほど、療養を優先するようにという意味だったらしい。
ホログラムの球体に注文すれば、家具から料理、音楽から雑誌まで色々と出てくるので退屈はしなかった。
騎士殿とのラインが完全に切れたので、白い影と戯れながら情報を探る。
夜の三周、十一時ごろ、一枚の黒紋の入った財布を片手。やることがないのでホログラムの球体からオークションの釣り値の変化を楽しんでいた。
ほしいものは何もないが、色んな商品が既に三時間ごとに一覧に現れている。
ちなみにジャツ殿が零していた鉄鉱石の出品も一回の開催時間ごとに十単位で出品されているようだ。
『ゲンブレンの鉄鉱石』……の、最低落札価格は何と、魔紋一枚から。どう考えても一般市民が落札できる金額ではない。金持ち居すぎでは?
俺、割かし大金だと思ってたんだけどな、と財布をじっと見つめてしまった。薄給と称していたウィナフレッドさんの懐具合が解らなくなったが、よくよく詳細を見れば落札方法は金だけじゃないようである。
オークションには等価の金銭の入札ともう一つ、『等価の天秤』という落札方法が提示されている。
『等価』と冠する通り、価値に見合う物々交換のシステムが導入されているのだ。見合った価値であれば、金が足らずとも質に居れるように物々交換が可能だった。価値に関しては、オークションに専門している鑑定士が品の鑑定、及び『等価の女神』の概念が入札金額を自動的に算出してくれるらしい。尚、質に入れた換金物は翌年のオークションに出品されるらしい。その間、入札した本人であれば買戻しも可能。次回開催日前日までが自動的に期限となっていた。
当然ながら、ホログラムでは解ることも限界があるために、こだわりのあるものは直接物品を確認に会場へ行く。器の要素や精霊の相性、波長の微妙な変換度も在るために。
ホログラムの球体の解析は凄まじい精度の情報量であるが、品物の情報と立体映像を出現させてくれても、相性というのはなかなかわからないものなのだった。
測定されない数値もあるようだし、と鉱石や武具の付与された祝福を見ながらハッキングした情報の解析に勤しむ。
一人リビングルームで本を脇に置き、かちゃかちゃとマグカップにスプーンを入れてかき混ぜていると、ウィナフレッドが戻ってきた。外出して経過した時間を見れば八時間経過している。
丁度ウィナフレッドが置いていった資料を読んでいた時だった。疲れた顔をしているので立ち上がっておかえりと出迎えれば、ウィナフレッドが目を瞬いている。
「ヘズさん?」
「そうだが?」
「なんでまた戻ってるの?」
「増幅できるときにしておこうと思って。リハビリしてたら理力が上回ってしまった」
「なるほど……?」
ウィナフレッドの手を握って問答無用で疲労から何まで吸い取れば、顔を赤くしたウィナフレッドがぱっと手を放して目で咎めてくる。
肩で笑いながら中に招き、扉を閉めて荷物を持つ。戦利品か尋ねれば、ウィナフレッドが任されていた同僚の狙っていた商品だとか。一緒にいたジャツ殿と蚤市を渡り歩いてきたらしい。
ジャツ殿も大喜びで両手いっぱいの品を持ち帰ったそうだ。
いつもと逆の立場。此方が余っている理力を譲ればウィナフレッドが複雑そうにしながらも受け入れてくれる。
「大変だったみたいだな?」
「あの疲労度はヘズさんとはまた別の原因だから、根本的に魂が疲弊してたのは久しぶりに見たかな」
「魂魄への治癒もできるのか?」
「ゲイザーさんに協力してもらったからできたことかな。特殊なつながりがないと、基本霊核に干渉はできないから。」
ヘズさん並みに持ってかれた後だったから、ちょっと誤魔化すの頑張ったよ、とのこと。魔力を使って術を作動。ウィナフレッドの疲労回復を計れば、ウィナフレッドが吃驚したように俺を見つめてくる。期間限定の回路復活はじめました。十秒ほどで顔色が良くなって、体力ゲージもマックスになったことだろう。さすが俺。
「え、まって、すごい速さで活性化したんだけど、ヘズさん治癒士なの!?」
「いや、君程専門家ではないよ。騎士殿に借りてる装備品の術式を作動させてるだけだ。しいて言うなら騎士殿が専門術士で治癒士を担っていた。その術も組まれてるんだろ」
「す、すごいね」
器具は耳についてる、と可視化すれば、ウィナフレッドがまた驚いている。
君に送った品と同等の術式だ、と答えれば目をまん丸くしてる。やっぱりエステラ氏に何か言われたな。
目を細めて、いたわりを込めて頭を撫でれば、複雑そうな表情をしたウィナフレッドがうわ、ヘズさんやっぱ無意識なんだ、とつぶやいている。なにかな。
「う、ううん。そのランテッドさんが遠出してくるって言ってたけど、ヘズさんは大丈夫?」
「メフィスとのラインは切れてるから、今は永劫回帰の呪いが停止している状態らしい。器が抑えてくれている感じもする。」
「それはランテッドさんは大丈夫なの?」
「騎士殿には残機と魔石と万全の装備は与えたから大丈夫。むしろ何かしでかす可能性があるからそっちのほうが心配だな。」
「ヘズさん、やっぱりそっちのほうが自然体だね」
「……、……そんなに違うか?」
「うん。ずっと回路駄目なヘズさんしか見てないから新鮮」
「ひどい言われ様だ。」
これはもう癖みたいなものでな、と俺は額をさすった。回路があるときは面倒くさいからルーチンを刻んでいるのだ。女神兼任上司対策で。だって男性だと泣くんだもんあの人。
ウィナフレッドが寝静まった後、俺は窓から白い影と一緒に空を眺めていた。
大きな大きな月明かり。この世界では月とは水色の巨大な惑星を指す。今では虚像が映っているだけといわれているが、次元間の狭間を超えて、別の座標の星が移っているのではないかと言われている。
白影の移動範囲は広い。影が降りれば俺の器の影と繋がっている場所はすべて一瞬で移動できた。
果樹園があるらしく、果物が美味しいと云っていた言葉を思い出したのか白い影はいくつかもぎ取って籠の中に運んできてくれた。
手袋からナイフを取り出して林檎を分ける。金色の果肉、一口食べて確信する。やっぱこれあのリンゴだ。
白い影にも兎のように向いた林檎を切り分ける。嬉しそうに眼が見開いて、一斉に白い影が眼を消して口を開いた。食べるたびに嬉し気に震えてる。面白いな。
次々と運ばれてくる林檎をサイコロ上に切って風籠の術で口に放り込んでいく。
自動で運ぶ仕組みを作ると、白い影がナイフを借りたがる。いくつか与えると自分たちで切り始めた。
草原のように伸びる細い白い影の束。上空では風籠から林檎が落とされる度、一閃がきらめき、一秒ごとに一つのリンゴがサイコロ上にカットされてる。それを雨のような量で草原じみた白い影が次々と食べていた。
俺の器の影がないと動けないようなので、資料の続きを開いて眼鏡をかける。この眼鏡があると、情報化した内部資料が閲覧できるようになるのだ。今の俺にはこれが必須だった。
条件発生時に顕現できる『眼』がないのでジャミングができないのだ。
ぱらぱらと持ち運んだ提灯型の照明を灯に、縁側宜しく窓際のテラスで影を作っては本をめくる。
「仙薬で育ったつってたらしいが、どんな感じ?」
『とてもおいしい』
「味覚あるんだよな君ら。」
『食べ尽くしていい?』
「解析するからちょっと待て、うわもう全部戻ってる。どうなってんだこの空島。いいぞ根こそぎ持ってきても大丈夫なぐらいだな。これは氷山の一角だ」
『わーい』
「……ヘズさん?」
「おわ!?」
栞の代わりをする白い影と戯れてたら急に声を掛けられた。寝間着姿のウィナフレッドが此方を見て呆としている。
切り分けた林檎をおすそ分けしてもらったので、皿に運んで風籠の術でウィナフレッドに届ければ、歯を磨いてくる、と一回部屋の中へ。律儀だね。
上着を羽織ってきたウィナフレッドがスリッパ越しにテラスに出る。朝だが空の上。淡い光源の変化はなさそうだが、天体の星図はだいぶ変わっている。
眼鏡をはずすと資料たる書籍を見せる。五冊目の品だ、と返せばウィナフレッドが隣に腰を下ろした。白い影が椅子を運んできたようだ。
グラスの数を見て、五つも飲んだの、とウィナフレッド。再生していると喉が渇くんだ無性に。
先と気配が違うね、なんて言われれば、回路を閉じてるから普段通りなのだと答える。回路が有れば仕草も変えられるが、地の行動は大体こっち。
「あ、あとすまん資料を借りてる」
「え、ううん。いいよ別に、それよりもごめんね、お腹空いてた?」
「いや、水分がとりたくてな。……基本食う必要も飲む必要もないんだが、今は術式が全部駄目になってるから喉が渇いててな。」
「……血はいらないの?」
「怪異なら情報対価を求めるんだろうが、俺は幸運にもそういった気配がてんでない。君に理力をもらっている為だろうな。」
林檎をフォークで刺して食べながらウィナフレッドに肩を寄せる。吃驚して固まってるのは面白い。寄せた肩のまま回路を開けば渦がウィナフレッドを通してメフィスへ他者の魔力を運んでいく。
眼鏡をかけて再びウィナフレッドの顔を覗き込めば、ウィナフレッドが視線を泳がせたまま、なにかを言わんとしては口を閉じた。
回路を開いて分かったが、騎士殿に借りている装備でさえ、回路と血の陣がある限り、ラインが切れない。
作動法則を分析して、俺が回路を開き、ウィナフレッドに触れているときだけ距離を問わず、ブラッグドッグと同様に次元に干渉して点間、置換で運んでいるのだ。有能すぎるな俺の血の陣。
装備を作動させてもやはり、俺のラインを切っていても、ウィナフレッドにかけた祝福の血の陣がメフィスに作用しているのが見えた。
眠そうに瞼を重そうにしているウィナフレッドに尋ねてみると、ウィナフレッドはぱちりと目を醒まして、現状を思い出した。中断の声が聞こえたので止める。
常時なら一度で流し切れるはずなのに、一割も減ってない。ウィナフレッドが魔力を引き受ける状況とはどういう時だろうか。
「ヘズさん」
「あ、すまん。なんだ?」
「何の確認?」
「君の中の他の魔力をよそに流してた。」
「……」
視野を遮断したウィナフレッドの頬に手を当てて、眼鏡の情報と共にウィナフレッドの回路を分析する。右手を握れば、ウィナフレッドが手を放そうとしたので掴むとなんの抵抗なのか顔を反らした。
やはり濾過と称したウィナフレッドの言葉はまさに正しく、治癒士なれど汚染を浄化するとき、自らが濾過器になることも多々ある。疲れたと表したのはそのためだろう。
肩より手の方がやはり早いな、と両手を掴めばウィナフレッドが目を開いて狼狽した。
「あの、ヘズさん、これ、けっこう大胆どころじゃない行為だと思うんだけど」
「俺は君に良くやられてたが違うのか?」
「……、ごめん僕とヘズさんの相互の認識がだいぶ違うのは分かった。」
何故か赤面して両手で顔を覆っている。ついでに回復しきれなかった部位の回路に接続、瘡蓋の様に淀みを押しとどめている部位がある。これがあると直りが遅くなるのだ。
というわけで、理力白のだからできる芸当ご覧あれ。
循環させる理力にちょいと俺の理力を走らせる。回さず漂わせて燻っている淀みを強引に引き受ければウィナフレッドがなぜか悲鳴を上げて弾かれたように離れた。
肩を掴まれて強引に距離を取られたので、首を傾げればウィナフレッドは何かを言わんとして口を開いた。が、俺の表情を見て二の句を告げずに歯噛みしている。してやられたという表情で瞼を固く瞑った。
「知ってた、ヘズさんが善意でこういうことするの知ってた」
「何故二回言った」
「あのね!普通こういうこと許可取らずにしちゃダメなんだよ!デリケートな話なんだよ!」
「淀んでたし」
「あ゛ー!」
耳が淡く色づいている。指摘すると、ウィナフレッドが膝を椅子の上で折りたたんで顔を隠した。どっちがヘズさんの本性なのかな、と問われても俺はどちらも俺であるとしかいいようがないのだが。
「セクハラか?」
「これは肯定しておく。ダメだよヘズさん他の人にやっちゃ!」
「騎士殿とか上司によくやってもらうんだが」
「う、い、グルーミングっていう括りにしておこう、でもね絶対ぜーーーーったい駄目!わかった!?」
「はい。」
グルーミングの意図はさすがにないな、と頷けば、ウィナフレッドが気が抜けた様に肩を叩いてきた。
同性でもセクハラ、年齢上下あれどセクハラ。おれおぼえた。
「代行時代はそっちの生活ずっと続けてたの?」
「肯定するけど、生活については否だな。基本器寄りだったし、この理寄りの時も基本瀕死にならない限り数十年単位で新陳代謝を切ってたから。食料はすすめられたら食べてた。水分補給はする必要があったからな。外気から自然界の『永』の結晶を食べたりできたし、装備と置換で基本食べれるもの全てを理力魔力に変えてたし」
「うわぁー。」
「回路が有るからできる余裕だな。それで、わざわざウィナフレッドサンはどうしたのかな?」
「このタイミングで聞く?」
「いや、うやむやにされても困るし。」
椅子の上、膝を抱えるウィナフレッドを浮かせて白い影たちに声をかける。了承が取れたので席を立つと光源も一緒に運ばれてきた。
白い影たちは満足したようだった。でも戦利品と称して種を集めた籠をもってくるのはやめなさい。確定じゃないが、この領域は概念に近い場所だから持ち出しできないと思うぞ。
ウィナフレッドは夢見が悪いようだった。他者の魔力を引き受けた影響か、それとも彼女の器に刻まれてしまった星の陣の性質か。復元されたように繊細な記憶が、ウィナフレッドの中に渦巻いているのだという。
「初めてなんだ、こんなこと」
「魔力の制限が解除された影響か……、すまないが、眠れば間違いなく引き受けた記憶を垣間見るだろう。」
「これ、プライベートの覗見ってしていいの?」
「それを含めて、ゲイザーさんは口の固いウィナフレッドに頼んだんじゃないかな。君は先ほど霊核に干渉したと言っていた。エステラ氏はそれをしなければならないほど、深く疲弊していたということだろう?」
「僕がヘズさんに相談するのはルール違反だったりする?」
「彼がそこまで考えられないはずはないと思う。エステラ氏は君と俺を誘ったのだから。」
「罠?」
「いやー、それはないと思うぞ、エステラ氏は本気でゲイザーさんに惚れてるっぽいし……なにかねその顔は。」
「へ、ヘズさん好き嫌いの判断できるの!?」
「当たり前だろう、君は俺を何だと思ってるんだ。」
「うぇ、いや、だって、その」
なぜ恥ずかしがって照れる。ウィナフレッドが一緒に夢見の相談をさせてくれと言ってきたんだぞ。
案内されたこの部屋は、ウィナフレッドに割り振られたチケットの個室。ペアチケットのおかげか、なぜか二人の個室は巨大種族が五人寝そべっても問題ない大きさの寝台が最初に出てきた。
通常のキングサイズの大きさに戻したけど。
無言で枕を抱きかかえて毛布にくるまってしまったウィナフレッドサンを見つめる。気の効いたことを言ったほうが良いのか?。
何故か唐突に上司たる女神が俺の顔を見て盛大なため息を吐く幻覚が見える。そういうところまでお節介しなくていいと思います上司殿。いや、……好き嫌いに引っかかったのだからそういうことなのか?
「俺は君のことを好ましく思っているぞ?」
「……、……、同時交際人数は?」
「だーかーら!俺はそういうの不器用だからできないって言ってるだろ!」
「し、信用できない!自分の好感度を逆手にとって近づいてくる人なんて!」
「やめてくれウィナフレッド、さすがにその言い方は誤解を招くから、ま、まってくれウィナフレッドサン、泣かせたかったわけじゃないんだよ!?」
流石に急に起き上がって問い詰めてきたと思ったら途端涙腺を崩壊するとか予測もできない。泣かせるのはさすがに、ほら俺も心にずきずきくるから。
狼狽してると、掴まれた手首を押さえつけられたまま正面からウィナフレッドサンが悔しそうに呟く。ヘズさんにずっと負かされっぱなしとかどういう意味。
「だって!あって一月とちょっとしか経ってないのに家族みたいに思えちゃうんだもん!」
「それは理力魔力が君の理と一致するからでは?」
「唐変木!!!!!」
「何故罵倒!?」
「ヘズさんはそもそも最初から変だったもん!魔術も呪術も理術も亜術だって何も感知できないのに!僕のことずっと一途に考えてくれてるのがわかるんだもん!」
「それはそうだろう、さすがに危機意識のない子供が近づいてきたら心配する」
「そういう目で見てたの!?」
やっべ、押し倒されて馬乗り、ウィナフレッドサンが俺の顔に涙をこぼしてくる。いや、さすがに涙を零させちゃダメだろ、と頬に手を伸ばせば、痛そうに胸を押さえてウィナフレッドサンが身を引こうとするので背中に手を回して起き上がる。胡坐をかいた足にのっけて向かい合わせ。もしかしなくても今ウィナフレッドサン、俺が一纏め勝手に概念でぶっ壊した反動が一気に来てるんじゃない?
とりあえず胸を貸して落ち着くまで待つ。肩で息してたウィナフレッドだったが、徐々に時々固まって、恥ずかしさの限界を超えたのか耳を真っ赤にして今度は力が抜けていく。さすがに無防備である。それは困る。子供の癇癪とはまた別の衝動。信じていた人が裏切っていた事実を嫌でも理解してしまったがために、疑心暗鬼に自分を守ろうと懸命に頑張っている。誰を信じていいのか、なんて一番付き合いの浅い俺には何があっても聞いてはいけないことだというのに。
羅針盤が無くなったウィナフレッドは、次の道筋を定める指標、目印を探している。
それに俺は成ってはいけないし、ならせてもいけない。
自身の頭をかき混ぜて、手を降ろした。指がふれられて、自由にさせれば控え目に指が握られる。ウィナフレッド自身だってこんな風には見せたくなかったはずなのだ。
「ごめん、迷惑ばかりかけて、違うんだ、好きとか嫌いとかの分類じゃなくて、僕はあなたを信じたくてたまらないんだ。」
「どうして?」
「あなたは誰も助けてくれなかった手を取ってくれた。何も聞かず、でも僕の望みをかなえてくれた。こうやって感情的になるのだって、もう何年ぶりかもわからない。先生もおじいちゃんも、よくはしてくれたけど、こうやって馬鹿みたいなことは言ったことはないんだ。」
「ペルソナ関係の話なら、対象によってみせる面が違うのは当たり前だと思うが?」
「そうなの?」
「ウィナフレッドは生徒と教師の間柄で、院にいる時の姿をすべて見せたことはあるのか?」
「……あまりないかも」
「なら、君が俺に見せる面を誰かに見せたことはなく、誰かに見せる面を俺に見せないことは当たり前のことだ。全部全部同じように見せるというのは立方体の図形じゃないのだから不可能だろ?」
「……僕は、あらゆる優先順位があったとしても、できる限りヘズさんを助けたいと思ってる」
「うん。」
「僕を利用する人もたくさんいるけど、好ましい部分が多い人だっている。嫌いになれなくて、困っちゃうけど、治癒士として対応しなきゃいけない人もいる」
「うん。」
「ジャツもリーズルもスァーノもベナウェンヒも、モシェクだって好きだけど、ヘズさんに対する気持ちとは違うんだ」
「……うん?」
「あなたなら、この気持ちは何が正解なの?」
「正解という括りは何事においてもないのじゃないかな……としか……、まってください、ちょっと本気で困ってる」
「知ってる。ずっと困ったように笑ってるから。目を細めて眉を下げて笑う時、ちょっと瞳の色が変わってる」
「……、……君、すごく鋭いな」
「今照れた?」
「照れてない。」
やめろ顔を覗きこもうとするな。はしゃぐように再び仰向けに倒されて、ウィナフレッドの肘の伸びた両腕の中に頭部を閉じ込められた。割かし本気で恥ずかしくて片腕で顔を隠せば、ウィナフレッドがなぜか視線を泳がせている。
「そうだ、君なんで時々俺から目をそらすんだ?」
「……それは僕も、この気持ちの理由が知りたい理由だったりする」
「理由のマトリョーシカはさすがに難題が過ぎるぞ。」
「ヘズさんは、僕の気持ちどう思うの?」
「個人的な主観で良いのか?」
「いいよ。」
「君は俺のことを好いてくれてるだろ?、ごめん単刀直入で要件を窺いすぎた、泣かないでください、やめろ恥ずかしがって頭を抱きしめて隠さないで、セクハラになっちゃう!」
背中を支えてウィナフレッドを横に倒した。普通に焦るわ。とりあえず涙よ収まれと頭をなでると恥ずかしがりながらウィナフレッドが此方を見つめた。
「ヘズさん……、やっぱりこの、僕のヘズさんが好きな気持ちって、一般的に当てはまるそういう気持ちなの?」
「いや、違うと思う。」
断言したらウィナフレッドが挙手した。どうぞ。
「そこは嘘でも肯定するところじゃ?」
「だって事実だろう、君は気持ちの分類が出来なくて解らなくて、不可解なのが怖くてたまらないんだと思う。それは誰だって陥る不安で、俺だって時々わからなくて怖くなる。それもう、恐慌状態になるぐらいだ」
「……ヘズさんて、手慣れてる?」
「違う違う、君と全く同じ混乱に陥って俺に死刑を突き付けてきた上司がいただけだ」
「それは極端が過ぎると思う」
「俺もそう思う。」
ウィナフレッドが評した困った顔で微笑めば、ウィナフレッドがやっぱり視線を泳がせて、瞳を滲ませる。潤ってほしいわけでもないんだが。
「なんでか君も上司殿もこの顔が苦手なようだな」
「無意識と無自覚。」
「なにも考えてないぞ?」
「目の前のことだけを考えて、仕方ないみたいに許してくれる気持ちがすごく出てる」
「そんな顔に出るような性格じゃないんだが……?」
顔を押さえて困惑してみれば、またウィナフレッドがじわっと泣く。ごめんごめんと背中をさすると、ウィナフレッドが涙をこぼしながらも見上げてくれる。どうしたものかな、と上を見上げて、窓を見る。朝日が昇って来ている。
「性別不詳というわけでもないが、別に姉でも兄でも好きなように慕ってくれて構わない。君が該当する分類に当てはめられるかは別だが、情を持って俺個人と仲良くしてくれようと、してくれる気持ちはとても嬉しい」
「今のところ、僕には兄弟が欲しい気持ちはないから、やっぱりヘズさんっていう括りしかないよ。」
「俺だって君のことを妹弟、子供や姪甥として見たことはない。ただ、私情で言うなら君は自由を願っていい存在だと思う。すくなくとも、俺は心細い今を君に救われたから、恩を感じてる。」
「ヘズさんが身寄りがないのは事実なの?」
「事実であり、嘘であり、虚偽であるというか、俺の正史はここじゃないっていったら伝わるだろうか。」
ウィナフレッドの瞳が正直に揺れた。理解がある。これは既にエステラ氏と同様の知識を保有しているとみるべきだろうか。
「未来のいつかに、ヘズさんは消えてしまうの?」
「わからない。騎士殿も上司殿も、見える景色も偶像も、ブラッグドッグが見せてる幻覚かもしれない。」
「だって、あなたも僕も生きているよ!」
「そうだ、生きているから困っている。俺は幕を下りたはずだったんだ。続きに参加するチケットは持っていなかったんだよ」
「……、終わってしまった世界線の歴史?」
「んん、回答するには知識が足らず、肯定するには意味が異なる。ただ言えることは、俺はエンドロールは確かに見たはずなんだ。この世界では奇妙にもフラグが足りなくて、エンドロールに行く前に巻き戻されている。しかも劇は一人参加。参加する他の演者は途中で放り投げられてしまった。」
「……、だから、あなたは正確に自分の立場を理解しているから、いつでも死んでもいいと思ってるの?」
「それは否だ。だが、情報を正確に把握しているから、この身に置かれた境遇を嘆けない立場にいる。死ぬならば理由ある死をだ。……それも、もう不可能になってしまったが。」
さよならをいえなくなる、なんて騎士殿も可愛らしいことを言う。人をやめる気は俺にはないが、やめざるをえない時が来たらどうするかね。
ふとウィナフレッドの手が俺の頬に触れて、目じりをなぞる。
悲痛そうに眉を寄せて、ぐっと何も言うまいと口を閉じては言いたくてたまらない表情をしている。触れる指に自身の指を絡ませて、そんな君が気にする必要はないのだと囁く。
「あなたが全部をはぐらかしていくのは、置いていくのがつらいから?」
「それもある。」
「それでも、思い出は残る。」
「残すつもりは無かった。エステラ氏との会話を聞いてたなら、君も理解しているだろう。」
「……、僕は忘れられるのも忘れてしまうのも嫌だ。いやだよ、ヘズさん。いやなんだ!」
「強くない者にとって、忘却は救いとなるものだよ、ウィナフレッド」
「あなたは決して弱くない!」
「中途半端だと、ずるを使って、願って、なかったことにしてしまいたくなる。これは俺の本音なんだが、まって、ちょっと、泣くな、泣かないでってば。」
泣きたくないのに泣いてしまうんだもん、と妙な言い訳をするウィナフレッド。
そうだ、なかったことにできるの?、と問われて、迫真な表情に思わずうなずけば、ウィナフレッドの目が据わった。
「ヘズさん、僕は忘却の魔術が一番嫌い」
「契約時は仕方ないのでは?」
「その中でも!仲良くしたかった人から痕跡を消されるのが一番嫌い!」
「え、えーと、ありがとう?」
ヘズさん、と告げられて、両手首を掴まれた。額と額がこすれあう近距離、ウィナフレッドが真直ぐに告げた。
「約束してくれないと、僕はエステラさんと契約する」
「は!?」
「忘却の魔術は僕には使わない、記憶を抜かない、宣誓で消える誓約を願わない!」
「いや、いやなにいってるんだウィナフレッド!」
「ランテッドさんが戻ってきたら、ヘズさん、僕の目の前から消える気だったでしょう。」
断言されて、なぜか二の句が継げなかった。居なくなったら嫌だよ、とウィナフレッドに真直ぐ告げられて、なぜかじわっと視界がゆがむ。
ウィナフレッドの指先が俺の目じりを再度なぞる。
感傷全部一先ず置いて起き上がった、気が付けばなぜか俺の眼には涙が流れていて、俺の腕を掴むウィナフレッドの指がやけに熱かった。
「あなたが自身の幸福を願わないなら、僕が願う」
「で、出会って一月十日も経たない人間にか?」
「関係の濃さで行ったら、僕はヘズさんが一番密度が濃いと思う。」
「それは俺もそうだが……」
ウィナフレッドは無言で杖を招来して、中から紙切れを取り出した。
渡される紙切れの中身は、『不可視の紙』と呼ばれる宣誓を記す魔道具だ。
治癒士としての仕事の前にウィナフレッドはゲイザーと患者について話し合っていたらしい。きちんとした誓約を結び、ウィナフレッドの仕事を果たすために様々な交渉を用いたのだとか。
杖の仕様に関しての誓約、その第一の条件に俺の名前が入っている。不可侵条約、ウィナフレッドはなんと、治癒士として患者の秘密を遵守する代わりに俺への秘密も二人へ個人的に取り付けてきた。
ウィナフレッドの言葉を聞いてくれるのかどうか、という真っ先に信用がかかわる条文を見せられる。
『不可視の紙』には、部屋の中で制限を守るかどうかという条文が書き込まれていた。真剣に自宅療養を宣言した時刻と重なっている。い、いつの間に。
「かのオギナギの術式を僕に刻み、交渉の札を与えたのはヘズさんがしたことだよ。」
「そう、……だが、……そうだよな、君はしたたかだったな、忘れかけていたが、すごい度胸もある」
「あなたが怪異だとばれても、殺される心配はなくなった。僕はあの二人を仲間に引き受けるならそれは絶対に譲れない条件だったんだよ、ヘズさん。」
「う、うん?」
「それは契約が結ばれている。僕が治癒士としての仕事はきちんと果たしたから。だから、僕らはヘズさんとゲイザーさんが交わした契約がなされなくても殺されずに済む」
交渉決裂したら口封じは目に見えていたが、まさかウィナフレッドが回避する手段を考慮しているとは思いもよらなかった。
「契約をして死刑台に上がらされました、じゃ僕は死んでも死にきれないもん」
「それは、そうだが」
「こんな機会、不運と不幸と大幸運が重ならないと起きない。監視の目も、盗聴の心配もせず、一対一での交渉のテーブルに着ける。あの大統領とだよ?」
「そんなにすごいことなのか?」
「箱の中に部品を入れて時計が組み立てられるぐらい」
「それはほぼ不可能の代名詞なのでは……?」
何故ここまでしてくれるのだろうとウィナフレッドを見つめれば、ウィナフレッドが困ったように笑った。ヘズさん、と優しく呼ばれて手を引かれる。
「僕はヘズさんにはなれないけど、ヘズさんも僕にはなれない。僕と約束を結んでくれるなら、エステラさん側につくのは止める。」
「結ばなかったら?」
「僕はヘズさんを拘束する。それは治癒士として立場であり、遵守する契約に違反しない保護を認めた環境を保証する。野放しにするにはもう情勢が大きく変わり始めている。ランテッドさんは最大限の協力をヘズさん経由にさせるといった。秘密を遵守する限り。」
「傭兵として俺を引き入れると?」
「ヘズさんだけは、何があってもついてきてくれるでしょう?、命のある限り」
「そんな過信されても困るんだが、」
「あなたは無責任になれない人だ。だから重荷を背負ってく。」
ウィナフレッドが確信したように宣言する。手を伸ばされて、それが約束の印なのだと理解した。
握手を交わせば、ウィナフレッドが両手で握り返してくる。
困ったように笑えば、今度は目をそらされず、優しい指先が俺の目もとに伸ばされた。
「瞳の色、本当はこっち?」
「……内緒だ。」
ウィナフレッドが泣きながらも心の底から嬉しそうに笑うものだから、潤んでいる瞳を反らして手で顔を隠した。
ウィナフレッドがぽつりとつぶやく。夢見の話。悲しくてたまらないのに、だれにも頼ることのできない孤独の世界。
起きたときに、風を感じて、外を見れば俺が居た。ウィナフレッドがそれで、感情の何かが変わったのだという。
感情の好き嫌いを話題に出された途端、その気持ちは抑えきれなくなった。
震える指先が伸ばされて、掴まれた指を握り返す。手を引いて体を此方にもたれかからせれば、ウィナフレッドが再び堰を切ったように泣き始めた。
落ちついてくれ、ここにずっといるから、となだめながら、震える背を撫でていく。
ウィナフレッドが涙をこぼしながら、怖いんだと零した。
「僕の感情なのか、引きずられた記憶の気持ちなのか、わからない。怖くて、あえて、うれしいはずなのに、これが誰かの気持ちだったらッて思ったら、怖くて」
「君が泣いてしまうとどうしていいかわからなくなる。」
「ここは慰めてくれてもいいんじゃない?」
「ウィナフレッド、君の気持は誰かの代弁なのか?」
「ちがう」
「なら、答えを出そうと焦る必要もない。きっかけはその記憶だったかもしれないが、君の気持も確かにあるはずだ。割合が混ざって解らないというなら、落ち着くまで観察してみてはどうだろう」
「そんな余裕ないよ」
「数日、一か月。何年かけたって良い。答えなんてなくたっていいんだ。言葉で彩るには限りがある。行動で伝わるものもある。それは君が教えてくれたことだ、ウィナフレッド。」
「それは、ヘズさんが泣いた理由?」
「……そうだ。君の真摯な声がもろに響いてしまった、泣くことなんてめったにないんだが、恥ずかしいんだが、その、君はすごいな。」
「もう一回言ったら泣いてくれる?」
「や、やめてくれないか?」
本気で恥ずかしがって一歩引けば、ウィナフレッドサンが手首をつかむ。やめてくださいってば、と敬語で断れば、ウィナフレッドが瞼を閉じた。なぜそこで照れる。
「同時交差人数三人は固いでしょ」
「ないっていってるだろ!」
ウィナフレッドの手を取り、本来の夢見の件に戻る。俺は了承すると、ウィナフレッドの杖を借りて一緒のベッドに入った。
ウィナフレッドの眠るまで傍にいると告げれば、やはり、記憶を垣間見る恐怖に震えるウィナフレッドが体を寄せる。
ウィナフレッドが深呼吸をして、記憶の続きを告げていく。
「痛みと、悲しみと、孤独と、ただただ真っ黒な世界で、永劫とも思える長く希釈された時間を思考だけで生き延びるのは、自我が狂えない中でどんな思いかな」
「……、追体験をしているのか」
「わからない、ただ、深く刻まれた記憶が断片的に僕に流れてる。何を伝えたいのかもわからなくて、染まった僕の気持ちが、感情を受けて何かを探し回ってる。まるで共鳴してしまったように。」
「……、ウィナフレッドが知りたいと思うなら、知るべきだと俺は思う。」
「僕もそうしたいんだけど、怖くて、眠りたくない気持ちの方が強いんだ。今、どちらも回路を閉じたらどうなると思う?、これはランテッドさんにもヘズさんにも止められていることだったから、聞きたくて」
「……悪いが、君は捕食されると思う。抵抗力を無くすようなものだから、その渦巻いている記憶がもし、俺と同類の呪いであるならば、解除するか、対処するしか手段がない。」
「一人きりは怖い、残されていくのは怖い、誰からいなくなってしまって、自分以外に覚えている人がいなくなるのは辛い。」
「……、リンクする手段はある、だが、これを行うとどちらも記憶の対処ができるようになるまで、出れなくなる。」
「何故?」
「壊れる。理でも器でもない、個という存在が浸食されて。『厭』という毒に。」
記憶の共有は危険が高い。難易度も高く、追体験するほど鮮明な情報の質なら、それはもう記憶自体が何かに変質している術になっている。
「推測だが、それから逃れるべく、エステラ氏は疲弊していたのではなかろうか。対処できず、しかし耐え切れないほどではなかったがゆえに。ウィナフレッド、施術を頼んだのはゲイザーさんの方なんだろう?」
「うん。気絶させちゃったって言ってた。」
「なんだかんだ言って、彼はエステラ氏のことを心配しているように見えた。第一の優先事項はきっと、エステラ氏なのだとおもう。これはゲイザーが避けて居た課題で、対処できなかったことの一つだと思う。推測だが、彼が傍にいると、エステラ氏はそれを強く思い出してしまうのではないだろうか。呪いと祝福は表裏一体、ゲイザーさんが何を知っているのかは俺たちに知る術は今はないが、俺たちはゲイザーさんに賭け事の対象にされている可能性がある。」
「一生分の?」
「そう、前半は俺が賭け事のルールをエステラ氏側に勝利させてしまった。腹を決めるなら、この施術にかけているかもしれない、という推測だ。エステラ氏への治癒は終わってないのだろう?」
「目が覚めてからもう一度、深い部分に切り込まなきゃならない。ひどく汚染されてたんだ。ヘズさんが言う『厭』という要素が汚染の要なら、きっとそれが悪さをしているのだと思う。存在としての霊格が黒く染まってしまう程に、存在が壊れかけている人を見るのは僕も初めてだった。」
どう対処しろというんだ、と内心で毒ずく。人の記憶に入るということは、それこそ、冥界に単身で堕ちるに等しい無謀な行為だ。命綱が他者の寄る辺に左右される。閉じ込められたら存在がゆがむ可能性が有る。
何より、接続する情報の先は本当にただの人としての霊格なのか、という疑問がある。
「ヘズさんはさっき、僕の淀みをながしてくれようとしてたよね、なんで?」
「君が汚染される。それは文字通り、白の理力や器っていうのは、染まりやすく移りやすい、そして与えやすく、淀みやすい。混ざりやすいといってもいいかもしれない。それは君も知っているだろうが。」
「他者との境界線がゆるいんだよね?」
「そうだ、だからこそ感受性が強く、汚染に対処できるとされている。逆を言えば汚染されやすく、被害を受けやすい。フィードバックや精神疲労は常時、常人の三倍は固いぞ。」
「ヘズさんはどうやって対処してたの?」
「切り捨てる。俺という個を全て。……なんてな。」
「冗談じゃなかった、今。」
「誤魔化すのさ、それは俺には関係がないとな、何かが傷む度に振り返ることなど俺には出来ない。」
ただじっと、静かに見つめてくるウィナフレッドの視線が耐えられず、杖を寄せた。額を当てて、呪文を口にするとリンクが開く。
「淀みを消すのが手っ取り早い、それは外側より、内側の原因を崩したほうが早く崩壊する。」
「ヘズさんは見るの?」
「見る。だが、一人だけでもできる。……君の記憶を閉じて、淀みを俺だけが引き受けても良かった。だが。なに、それではエステラ氏への失礼が過ぎると思っただけだ。先ほどの君との約束もあるしな。……君は選ばないといけない。エステラ氏の人生を継ぐか、切り捨てるか。今、判断しなければならない。どちらでも、君が見れないならそれは俺が引き受ける。」
「そんなに、情報量がすごいの?」
「……視覚化してみようか。少し借りても?」
青杖に幾重にも光環状の『情報の束』が浮いている。その量は常人ならば光球一つであろう縦の光示の線が真っ黒に染まっていた。推測できる情報と歴程が長すぎる。
黒い靄のように絡み合っており、薄く延ばせば赤と金色に光る閃光が走っている。……、これが本当に一人分の記憶……?、そんなわけないな。アーティファクトの眼鏡をかけて見れば激痛で鼻血が出た。え、知覚する術もなく、こわ脳が物理的に損傷してるんだけど。これ君見るの止めた方が良いよ、と冷静に袖で拭い、やめよう?、と青杖を確保すれば無言で治癒を回してウィナフレッドサンが眼鏡をはずしてくれる。どうも。
ヘズさん三日の間に処理できるの?、と至極真っ当なことを問われて無言を貫く。規模が解らないが、恐らく加速敷ければ行ける気がする。
院に戻しても駄目とのこと。この領域外に持ち運んでも駄目。詰んだかもしれない。どうやって記憶を処理する気だったのかどうかを問えば、ウィナフレッドさんは単身で『理』に停止術が敷けるために、そこで情報整理を行おうとしていたという。はーすっごい。
「でもこれ、許可を降ろしたもの以外がこの時間率以外の変則接続を行うと記憶消去の術式が組まれてる。最適解は君側が許可を出して一緒にリンクすれば行けるとは思うんだけど、……間違いなくエステラ氏に開示したことが無いのに、二人前提な理由が解らないな。これ、恐らく、確実に個人の記憶じゃないぞ。君、無理難題を吹っ掛けられたんじゃないか。」
「ヘズさんごめんその前に一つ、先にさっきの言葉の意味を尋ねてもいい?、どちらの意味も解らなかったんだ。」
「あー、その。淀みはエステラ氏の抜け落ちた記憶も『混じってる』。推測だが間違ってないだろう。そういう例をいくつも見てきた。その上でこの淀んだ記憶は、恐らく、誰かの、別のものだ。……彼女が自身に暗示をかけて別の場所に補完するほど大事なものだろう。一般的に淀みの種類はいくつかあるが、まず初めに、抜け落ちた記憶は持ち主でさえあっても元通りには戻せない。現代でもそうだろうか」
「うん。なら、この記憶は濾過して戻すとどうなりますか?、汚染されてますよね。」
「……汚染された記憶というのは、『厭』の強い力を持っている。そして、生者のように祓うことが出来ないんだ。淀んだ情報を解析して解かないと成らない。それにもし概念が纏われていると、解除する対抗措置がそれぞれ異なるために、……人が人に記憶を伝える時、まず何を使います?」
「言葉でしょうか。」
「その通りです。我々は記憶を読み解き、綴り手となって情報を返却する役目を担うことで引き受けてきました。これはゲイザーさんも意図したことなのかはわからない。ただわかるのは、この選択をすれば、あなたはガーランド国に大きな影響を与える存在となる。」
光環の端に触れても駄目。損壊した器の復元率を見るに、この情報全てに表層に保護かけられてる。封印と内外停止措置、そして、情報を保全するために封の外側に尋常じゃない高度な防衛機構が組まれてる。エステラ氏、これを保全するにも苦痛が伴っていたとも思うんだけど、もしかして置いておけないから、内側に門を作って物理的に保全してたのか?。このニハイの頭おかしい練度ならば、冠した魔法使いぐらいなら隔離領域作れそうなものだけど。なんで今なんだ、と思案して不安げなウィナフレッドさんが杖越し、指を絡める。俺の手を掴んでいることに今気づいた。
「……、封印措置の可能性は有る?」
「ある。あの御仁が記さず話せず抱え込む情報の価値を推測するに、根幹を揺るがす情報が眠っている可能性が高い。汚染された記憶はその事柄の全てを有している場合が多い。連鎖する全てを網羅する悪夢を作るがために。君が引き受けきれない場合、俺が面倒みるとゲイザーさんは仮定している。その推測は間違っていない。」
「……なんで、ヘズさんが引き受ける前提なの?」
「俺が君を守護するものだと看破したうえで組んでる。ゲイザーさんは俺を同類として見ている。と、思っているだけかもしれないが。エステラ氏は間違いなく解ってる」
「ごめんなさい、僕、もしかしなくても、とってもはやまった?」
「いや、君は大胆にも虎口に飛び込み、生還して選択肢をもぎ取って来た。俺には出来なかった芸当だ。君が要ったタイミングは今日が最初で最後の権利だった。もう明日でも明後日でもきっと駄目だろう。オークションの会場も騒がしくなってきたからな。時間を決めよう。もしも接続する許可が一人だけだった場合、次のオークション開催時刻までに君が戻ってこれなければ、この選択肢は俺が引き受ける。どうだろうか。」
「僕が達成できると思ってないの?」
「これは、重荷が過ぎる。比重は解らないが、白い子たち並みに詰まってる気がする。桁が七桁とかいったらどうしようもないぞ。『誰の記憶』が詰まってるのかが解らないんだ。追体験するほどの記憶なら、君の純真な理は、拒否を示す可能性が高い。……」
杖に額を寄せていると、重ねられるように対面に合わせられた。なにかなウィナフレッドサン。
「僕に重荷が過ぎるモノを、ヘズさんが背負うのは許せない」
「断言されても困るんだが。これは許す、許さないの問題じゃなくてだな……」
「それにヘズさん採点する気満々だけど、先の条件より厳しいのに、ヘズさんすぐに情報を整理できるの?」
「装備を纏えばできる。それを担ってきた代行時代だったから。……なぜ、俺は君に抱きしめられているんだ?」
「ランテッドさんが言うヘズさんのプロヒモの理由すごく分かった」
「急にやめてくれないか?」
真直ぐ覗きこまれて、僕と一緒に記憶を見てよ、とウィナフレッドにおねがいされた。即答で是を告げれば、眼を瞬いた後、固く閉じては杖事引き寄せられる。この人、すごく主導権を握るのが上手いんだ、というのは言い訳だろうか。
頭を混ぜられて、胸に抱え込まれてウィナフレッドに覆いかぶさられた。危機感、危機感はどうしたと無言で見つめれば、なぜか抱きしめられる力が強くなった。
杖に魔力が流れる。ウィナフレッドが杖を最大起動した。極オギナギの印たる、魔方陣が部屋の六面全てに張り巡らされる。そして何故か抱え込まれた。
「……なぜ、まって、その前にオギナギを起動させると中じゃ難しいんじゃ?」
「それでも、僕らを守ってくれるだろうなって思ったから。浄化と再生を司るなら、夢の中でもきっと助けてくれるでしょ。それにヘズさんもいるし」
「その方法は試したことが無かったな……?」
「じゃあ落すね、ヘズさん」
「え!?もういくの!?」
接続する前なら条件に該当しないでしょうと、悪戯気に笑ったウィナフレッドが物理的に記憶への干渉を行うという前代未聞の荒業に出た。
青杖が床に突いた。円の外形白煙が渦巻いて、白いモノリス型の中、魔方陣の扉が現れた。
境界が消え失せると真っ白な空間が広がった。ウィナフレッドサンが俺を連れて床の白い魔方陣に飛び込んだ。
境界の消失間際、白い影の子たちが魔方陣の中へ入る際、何かを起動したのが見えた。
くぐった内側、連動した白い影が俺とウィナフレッドを手繰り寄せた。ウィナフレッドが青杖に目を瞑っている時、白い影が落下する円筒の空間の中、指を鳴らすように別の陣を召喚した。終点書き換わり、水色の出口に重なる桃色と朱色の二重線。
落下する先くぐる魔方陣、げ、と声を上げてウィナフレッドを抱き寄せれば、白い影たちが通過した魔方陣の『外側』から、内側に向けて手を振っていた。消失する波長とライン、空間を渡る水面の如く感触が全身を風のように通り抜けていくと、母港画面の中の時間が狂っては停止した。
あーーー!あの白い影、そういえばブラッグドッグと同じように次元と時間を超える術を持っているんだった!
「ウィナフレッド、一つ残念なお知らせがある」
「なにヘズさん、僕もちょっと今、なんかまずい気しかなくて冷や汗が止まらないんだけど。」
一緒にくぐった。生還した。物理的に作用する記憶じゃなかった。五感に作用するにしても限度がある。互いに落下する風圧と天の長さを見下ろしながら、杖と首飾りの魔術で風を受け流しながらも、抗えない重力に互いに身を寄せ合った。
魔術が正常起動しないぞ、と互いに断続的に途切れる魔術に微笑みながら落下先の秒数を算出、まだ十キロもあるの!?
浮遊の魔術が使えない場合、ウィナフレッドサンを確保するために首飾りの位相空間に入ってもらえば俺が粉々になるだけでどうにかなるな!よし!あーーーーー!!!!!!何故か特攻作用で首飾りの遮断が始まってるなんでだ!?
第一、杖そのものと、騎士殿の寄越した装備が物理的についていて、なおかつ回路が万全なのに、メフィスとのラインが完全に途切れて居るなど、ありえるだろうか。血の陣、血の陣!手の平掻っ切って円陣作って足場を逆に作用させて風を相殺させるがこれも対策されつつあるって何だこの領域イぃ!風という要素の、大気自体の主権が誰かに握れてるぅ!五分、いや、ほぼ劣勢、……まじで?
「全盛期っちゃ全盛期だけど、まて、これは物理的にも次元的にも魔術概念全てを超えておかしいぞ!?」
「過去?」
「過去だ!」
「……なんで?」
「不明だが、白い影が途中で別の陣をいくつもくぐらせた。俺が持ちうる知識を持って計算しても、だな、……エステラ氏の記憶そのものが形成された時代に飛ばされた可能性が高い。」
「なんで!?」
「わからないよ俺だって!?」
地平線の彼方まで続く砂漠の凹凸、上空に投げ出された俺らは一先ず着地を優先しなければならない。