銀杖の担い手 ライト版 作:海に流れるアリ
頭の中を思考がぐるぐると回る。情報制限をしていた五感が全て戻っている。必死に曖昧な感覚のまま母港画面を開く。火花の概念たる母港画面は機構がほぼ使用できなくなっていた。
確認できるものは、内部演算と感覚調整、自己管理設計図、管理条件、そしてオフライン時のみの機能だけ。
考える時間が欲しい。停止した母港画面、オフラインの概念の中で、情報の取捨選択を行っていく。
加護は消えているが権能は生きている。
仮想シミュレーションだと明確に線引きができる『運営の概念』はまだ生きている。
母港画面を開けば、情報共有機構は全滅。ユーザー独自の保全機能は生きている運営のオンライン用の管理機能が全部真黒に染まっている以外は、オフラインと差異はない。
ユーザー各自毎に自己管理設計図の表示方法は異なる。俺は簡易な数値化を成して平時と異常状態を確認できるようにしていた。
生命力、集中力の数値を一定量視覚化した四角形の図形が真っ黒に塗りつぶされている。
両方百五十以上あった内、清浄を示す新緑色の図形は二つしか残っていない。どれだけ死亡判定を受けても半分を割ったことはなかったのに、本気で今、死にかけている
時間記録を見れば、数分経過で一つ黒く塗りつぶされている。停止した時間の概念の中なのに冷や汗がでる思いだった。
内部保有値の『器回路=回線/頑丈』のパーセンテージがゼロになりかけてる。この数値は器、身体の神経系統の耐久度。ゼロになると器が停止する。つまり肉体的に死ぬのだ。
反射で浮上させた系統の一覧を見れば、『残機=エーテル活性度/保有数』の数字が消費記録へ比例して、七桁からたった数分で二桁に減っている。これ母港画面無かったら俺死んでるやつじゃん。
とりあえず、消費値を減らすべく魔術師型の設計図から、副職業の旅人型に切り替える。四つある『体現』のシフトの内、唯一生存に特化した自己管理設計図だ。
旅人型シフトを行うと、即座に自動起動していた防衛機構の管理図から八桁の行が消える。数秒で連動管理図も切り替わっていく。
十八桁近い自動管理の処理が八桁に減り、燃費が先ほどの千分の一にまで減る。それでも、たった数秒の処理でもう、残機が一桁に減っている。
完全死亡判定後の復権予備措置、戦闘続行の概念があるので、まだ数分の因果は保持できる。
死ぬか生きるかの二択、替えのきかない時間処理を無視する『愚者の鎖』の三桁の『限』を嵌めて、一気に反転させて壊す。
『器』の切り替えで強制的に『女神代行者』の自己管理設計図に切り替わった。
そのまま『全盛期』を維持して、七百秒、自動回復で一気にデバフが無効化されている。いくら数秒単位で俺を乗っ取ろうとしても、呪いは今、器が違く、この概念上にはないので処理されない。矛盾しているその間に猛烈な速度で処理していく。
処理を行い、オーバーヒート寸前の回路を全て閉じて、冷却に回す為封印処理。
自動回復を効率よくするために、いらない要素は全部閉じる。母港画面があることに心底安堵しながら、停止した時間の概念の中で慎重に自己管理設計図を書き換えていく。
おおよその処理の結果、最終幕に向けて自動反映に設定していた最終鬼畜兵器攻略要素が今更ながら影響していたのだと気づく。この処理を浸食しようとしていた回路の中にいる『何か』に、防衛機構が自動処理にて、さまざまな浸食要素を対消滅させられていたのだ。……。
これユーザー全員で討伐を組んだ、大厄災の呪いじゃね?、と、ふと思ったが。個人の中に存在できるわけなかろうと考えを掃う。間違いなく頭茹ってるわ。処理が先、処理が先と言い聞かせて自己に封印処理をする。今考え始めたら恐怖で動けなくなる。
保持していた自己の『神秘』を使用。方の型でも常時展開していた自動反映の数々をアーティファクトの指環に移動する。首飾りの次元倉庫に保持していた唯一の始祖級魔石で動力を確保。全盛期の時、一度完全な自己のエーテルを全て凝縮をした品だから、しばらくは持つはずだ。
気配遮断、音響断絶、固有次元位相展開、無敵+1とか、神話級以上じゃない限りつかまるわけないんだが、最終討伐目標は普通に『観測完全遮断』、『次元無視』、『魔力無効化』とかしてくるやつだから。これ記録視る限り十中八九当てはまるんだけど、俺何撃たれたの。
自動防衛機構とカウンター措置、自動追尾反応効果とか前提でこれ解除すると死ぬんだよな。
計算上六日ほどは対抗できるが、このまま異界とか彷徨ったら普通に衰弱死する。最終討伐目標は普通に当たり判定拡大してくるから、器全体に張り巡らさないと死ぬ。回路も死んでるから、再生もできない。……封印処理をしていたのに答えが出てしまった。
「なんでこんなめにあわにゃならんのだ……」
どんなに神話級、開闢級の創造物や概念を装備してても、演算かなぐりすてて紙装甲のように攻撃してくるのが最終討伐目標。
しかも此方に回復制限してデバフ掛け捲ってくる。回復自前で自動復活常備。第三者用余剰分作ってちくちく刺しあった。それでも残機を十二桁消費した。詮無い話だ。時間を飛ばしていたから、自動行動での演算を別の領域で認識しながら立ち回っていたのだ。
ひたすら耐性パズルを駆使して、穴が開いたら即死の状況下で、互いに万全を補って攻略していた六万年近く。内外の差を一億倍とかにしてたけど。全神経集中使っての戦闘って、非常に生命力を消費するんですよ。マクロの設定、処理を始めたら繁栄結果が行間いくらあっても足らないんですよ。
打開策を考える。なし。以上。
現実逃避に残った時間で『黄金林檎』を食べる。全ての呪いの処理が停止した。意味が解らない。
解析を掛けると、時間処理で停止が行われている。神聖な場所なら呪いも鈍化するし、もしも奇跡が起こって回路が一パーセントでも再構築出来たら、呪いへの対抗処理が自身の権能で起動できる。それでようやく、自前の対抗措置で器の身なら対処できる。残機を確保できる。
回路専門の治癒士など、置いてきた騎士殿しか思い当たらないのだが、もう人のいる場所を探すしかなかった。
首飾りで解析を掛ける。林檎の処理は一つにつき限定一日。一日でも大厄災の呪い相手に概念を保持できるのが在りえないんだが、これは神秘を纏った情報対価の、なんとアーティファクトの様だった。
効果は存在の保護と維持。魂魄経由から存在への概念浸食を繰り返す、回路に居る何か相手でも適応されるようだ。
とりあえず上記すべての装備を外し、代わりいくつか素材を取り出して容量を作る。
残った百秒でできる限りのことをせねばなるまい。杖代わりの指環は首飾りに通して残し、手にごちゃごちゃと嵌めていた術類の式を解除、耳環もどうせ使わないし、一時的保管。
職業柄、後天的能力に分類される、基礎根幹は除去できない為、一手で解除できるようにして、封印、および無効化の呪いをかける。
呪文処理は全て、杖代わりの指輪の効果である。神秘万歳。現在の進行手順だと、片手埋まる杖とか装備してらんない。本当は杖を使ったほうが効果が発揮されるのだが。正規手段を踏むと、処理速度も威力も三桁違う。全盛期は『銀杖』を持っている戦場と今は死活問題だが、無いものねだりは仕方なし。
今はもう対処してられない。
全盛期のエーテル全てを使い『銀杖』の権能を行使、『停止術』と『浄化と再生の陣』を張り巡らして機構処理、それを指環に落とし込んで、疑似的に残機判定までの遅延措置を作る。これで六日がざっと百倍ぐらい伸びただろう、とシステムの隙をつついていく。停止処理の内部なら、大厄災の呪い相手でもどうにかなる。器の中にいてくれて唯一助かる利点である。その代わり、俺は回路が使えなくなるのだが。
残り三十秒で、自動保存処理を行い、封印の確定処理。十桁の防衛と停止術を迷宮のように張り巡らせて、嫌がらせもしておく。
後は『次元無視』の対抗措置で次元阻害の『神秘』を起動しておく。
魔力無効化処理は指環の短略式で解除。以上。
簡単な設計装備に戻し、旅人型の自己管理設計図の構図に戻していく。もう内部の回路にいる何かとの戦いだが、外部からの干渉は位相防壁があるので、次元級の一手じゃない限り物理効果無視だから平気だろう。多分。
首飾りの『移行装備機能』を起動し、『主武装』から『旅人型』への装備に切り替える。
装備の型を一新し、自己管理設計図がかみ合った結果、探査の恩恵を受けるのを実感する。
防衛用の魔術師型だと今、回路の何かを自動解析すると発狂する。魔力感度一億倍ぐらい違うから読み取った記憶で死ぬ。
はい、この何か、接触判定が行われるとカウンター呪術が発動します。認知できる全ての情報が頭の中に入ってくるという発狂判定が有ります!。ともあれ、自滅効果が一時消滅して、ドーピング効果が切れた瞬間、器が戻り、即座に生命力のゲージが零になった。
残機一つ減って、生命力と集中力の図形が全て新緑色に復活している。経過一分で図形一つの中の数字目盛が現象。数値が百の内一つ減っているが、先ほどの真黒になる速度に比べたら全然対処ができる。これが普通なんだよ。
維持されていた呪類も見る間に減っていき、死亡判定が二回行われたが確定勝利。
呪いの効果が切れて、断片的に対処していくと、一瞬、世界が止まったが、徐々に視界が取り戻され、回復する。『眼』が一時的に戻った。
それでも、瀕死に違いない。
ようやく綱渡りがら脱出したことを理解し、ずるずると四肢を投げ出して空を仰いだ。気だるさは変わらない。器は死に掛けだからな。
『愚者の鎖』をもう一個使えば死亡判定は避けられたが、今この鎖を再度作成することは不可能だと断言できるので仕方ない。余剰分は八つしかないし。この鎖、一日一回しか使えないし。残機一減るし。死ぬ時は死ぬが、いざという時にドーピングできるかできないかは大きい。
九から七に減った残機を見つめながら、他は大丈夫なんだろうか、と遠い目をした。
指環で探知した結果、成果は無し。歩き遠しで現状打破は不可能と判断。
魔方陣を編めなくなったら詰む。アーティファクトのオーバーコートに直接血を垂らして印をかく。維持媒体が他に品が無いのでこれを亜術として指環に登録しておく。これで、この外套を纏っているときは一工程で呼べるようになるはずだ。
現状の予測は林檎の効果一日後、この大厄災の呪いを解除できなければ一時間ごとに死亡判定が待っている。生命力補填できなければキャラクターロスト(死亡確定)。
嫌に現実味を帯びた現状に嫌な汗をかく。
通じますようにと念じながら魔方陣にパスを通した。刹那、新緑色に発行する魔方陣の上部が歪み、空間の切れ間から判を押すように影が突然現れ、それが一瞬で面から立方体になって具現化した。
意思疎通を図れば是。『長』と呼んでは懐く様に鼻を寄せてくれる契約対象に抱擁をかました。
契約対象の名称はブラックドッグ。他にも呼び名は複数あるが、俺は契約したブラックドッグの一個体の名を知っていたので、彼を『長』と呼んでいた。
『長』とブラックドッグは犬種に良く似た体躯をする、大型種族だった。歩く歩道橋と称された巨大な四足歩行の黒い生物は伊達じゃない。糸状の影の束を俺に物理で干渉して持ち上げてくれるが、ぐったりと動けない俺を見て、『長』が焦った。
停止術一瞬解けただけで生命力と集中力の図形真黒に染まったんだけど。学習してるよこの大厄災の呪い。
ライセンスカードの有無を問われたが、有る訳ない。ログアウトした時に物理化してしまったので。
そこで気づく、俺は一度この世界をログアウトした後の記憶が無いと。
次元の倉庫を開く手筈は、前提として、認証を所持していないと行えなかった。設定上。公式の管理上。盗品防止と、万が一の紛失で再発行できるように色々と制限をかけていた付けが回ってきたのであるが、そもそも、類似の世界に飛ぶとわかっていたら全部の品を預けるような真似はしなかった。
だって終幕したのだ。仮想シミュレーションは。なら、必要であろうもの以外、情報媒体で残しておきたかった。
現実に反映、発行されるのであればと、ライセンスカードの次元倉庫の中にはアーティファクトの類や、思い出を選んでいた。
無言で自身の不甲斐なさに泣き始めると、『長』が非常におろおろした様子で慰めてくれた。記録にも天上の女神を呼んだ方がいいよ、と文字が打たれている。他の回復手段も身振り手振りで伝えてくれる。だが、銀杖が無いと告げれば器用にも絶句したようだった。
『長』に索敵と解析を頼むと、全領域に人工物が無かった。秘匿領域の位相世界だろうとのこと。時限式位相の亜空間に近いらしい。
正規手段では脱出不可能だった。次元の狭間に存在する時間線のさらに亜空間に切り取られた場所であるとか、なんとか。確実に言えることは俺一人では脱出が不可能だった。位相世界にも種別があって、時限式位相世界だと『門』が無いと戻れない。
ここに放置されたら死ぬ。本選たる俺の時系列に戻れるか尋ねれば、時間がかかると言われた。あの次元を移動しまくるブラックドッグの一族が時間という概念を口にするのはよっぽどだった。
『長』曰く、俺がいた正規の世界線の時間軸が補足できないほど飛ばされているらしい。『外』から『宙』にでも召喚でもされたか、と言われるぐらいひどい状態だった。安全地帯までの騎乗を頼むと『長』は快く載せてくれた。
ブラックドッグは、黒い毛並みを持つ概念から成る生物だ。大本は大型種の狼型によく似ているが、大きな体躯を保持する。
どの領域においても変わらず、不変と領域を司る概念を持つ。
赤い眼孔、黒い眼球は時折、金色に光る。怒るときと危険を知らせる時に火を噴く習性がある。らしい。
個で群れを成し、群れで個を成す、冥界の番人である。名称は『ブラックドッグ』だが、境界を繋ぐものという名称を一度だけ聞いたことがあった。
別名を、死神の代行者。
装備品である特注の鞍と、騎乗時に振り落とされない為の工夫が越された布製の装備。
大きな耳に二つずつ付けられた耳環は、それぞれ戦闘及び探索の底上げをする装備の品だ。
この生物は、死の迷宮に出現する。墓守の役目を担う、死の番人である。
契約する為には、墓の守護の協力が必要だったが、全ユーザーが所持している。終幕に向けた『大厄災の呪い』、最終討伐目標を討伐するのに必須条件の契約対象だったからだ。
ブラックドッグとは実は意思疎通が難しい。念話はニュアンスでわかるのだが、複雑な意味を持つ言語を解せない場合が多かった。複数の言語を独自に組み立てては暗号並みに思念阻害も混じらせているのでこういった措置らしい。と、『長』から文字で説明されたことがある。
俺は『長』と意思疎通を図るために、首飾りを通して母港画面の内部に文字を起こして音声を認識をしている。
だから俺が解析できない暗号染みた内容だと省かれたり、抽象的な簡易な表現になるのだった。
判断不明の記録は後から解析できるよう別の記録庫に保存してあるが、最新の不明記録が更新されており、出会いがしらに表示された文面の一つに、久しぶりという文字が躍っていた。
いつの間にか風切音によく似た音と共に景色が真っ白な空間に染まっている。幾つもの波をくぐる様に空間がたわみ、薄い膜を切り開いていくように一瞬水面を通るような感触がしては、『長』が何事かを喋っている。意識が落ちていたらしい。
文字に表示される線形時間の捕捉の条件を尋ねられて、そんなに分岐しているのか、と尋ねれば捻じれが起っているようだった。
無限に分岐していると、と頬を引きつらせればそれに近い状態だという。螺旋状に混ざっているので、判断を仰いだようだった。全部君に任せると匙を投げる。『長』が楽し気になら、行きたい場所はと尋ねて来るので、未来につながる場所に頼むよ、なんていえば、快い是が返ってきた。
『長』の言葉がしばし眠る様に文字を打つ。極限まで鍛えられた次元移動により、『長』が最大効率をもって本線を探してくれるらしい。頼もしい限りである、と礼を告げて、泥に沈み込むように、意識を落した。
『長』に起こされて目を開けた。
影響遮断をもってしても、この体感時間は変わらない。ログを見るとやはり、計測開始から一周文日程経過していた。衰弱ぶりを記した記録がたまっている、何度も危篤状態だったらしい。『長』がかなり気を回して、装備で回復を図ってくれたようだった。線形時間を泳いでいる間は、大本の呪いも作用していないようだったが、回復できる条件が厳しすぎる、というログがたまっていた。
次元移動中は『長』の権能により時間が内外で無限に希釈されている。ほぼ停止措置だが、薄く流れているため、次元を渡れるのだ。数億桁に等しいって意味が解らないぞ。
『長』の情報対価はまだまだ大丈夫らしい。浄化された水をもらってのどを潤せば、秘匿の神秘と防衛機構を一秒でいいからと発動を求められた。指環の一時的な停止術を駆使して、五段、『愚者の鎖』の一桁の『限』を切って全盛期に戻る。概念の銀杖を『長』に宿した瞬間、『限』という性質を発動させた『長』が事象を時間を停止している次元においてなんらかの権能を発動させている。俺が形成を変える前に、『体現』を成した長が俺の霊格を上書きしたようだった。何その反則。生来の器のまま全盛期の銀杖を握っている俺に、そのまま眠るように指示が出る。見なくていいものまで見るから、という文字のログがたまった瞬間、真っ白な空間の中に一本の線が現れ始めた。いくつも縺れた黒い線が、徐々に放射状に広がっていき、完全に分離を始めると、鏡写しのように平行線に広がっている。
多くの光が点滅して、一瞬で流れ星の様に消えていく。
それは四方八方同じ感覚で、見つめていれば気が狂ってしまいそうなほど、際限が無い。だが、タイミングよく俺が観測した時点で何かが煌めいた。
『長』が慎重に進んでいた世界を跨ぐように飛び始めた。珍しく『長』が焦っていた。引っかかった煌めきの方向に『長』が極限まで徐々に加速していく。音が消えていく。防衛機構が無ければ、間違いなく俺は消滅しているであろう概念と因果を纏った複雑な速度だった。
『長』が火を噴いた。吼えるように唸ると、まるで閉じる隙間に入り込もうとしているように、最大の転移を何桁も重複させた。俺でさえ初めて見る、こんな広大な領域を覆う巨大な魔方機構。一瞬だけ黒い影が水面にたわむように動いめいては、『長』に溶けるように消えていった。刹那、水面を潜り抜けるように圧がかかる。『長』の手足が白閃をほとばしらせると、初めて圧を消滅させて、黒い収束場所に無理やり捻り突入した。
白昼が深夜に切り替わったように、白い空間が一転して真黒に染まっている。
凄まじく悪寒の走る、極寒の中、煌めきを探してくれと、緊急の思念が伝わる。汚染事項を理解している長が、その目を開いて俺にリスクを切り求めている。時を流せば互いに捕捉される。それを理解して尚、求められた。器の停止術を解除して、エーテルを使用する。『体現』で、一瞬だけ首飾りの予備機構、完全回復を維持して『眼』を開き、『長』に視界を共有して、煌めいた一つの場所の座標を示した。
心臓が穿たれる感覚と共に、激痛で思考が飛ぶ。固定されている糸の影に治療をされながらオーバーコートに身をうずめると、防壁で保護されると同時、気を失った。
白昼の最中、空中から放り出される形で身を投げられた。ついでに額に術を掛けられた。三秒の早業であった。落下していく最中に再生していく『器』の状態を見れば、足りない要素をどう工面したのか、『因果を捻って』最初に施した防衛機構の状態を維持しているらしい。どんな荒業だ。
落下地点に俺のオーバーコートの上着が一面を覆うように広がって待っていた。自動操縦、衝撃もなく受け止められた『器』の今後の行方に頬を引きつらせていると、祝福と共に『長』が保有していた黒色のアーティファクト『倉庫の腕輪』をぽんと体の上に寄越されて幸運を祈られた。以前預けていたやつを返還してくれたらしい。
ま、まさかの俺の一人旅。こんな初めての星、土地勘ない。
焦って慌てて母港画面を開けば、土地のしおりを完備してくれていた。大好き『長』。
記録によると、次元の境界の狭間で出現を寸前で止めた『長』が観測される恐れがあると、文字で断ってから消えたようだった。
神秘を譲りを受けている間は大丈夫だろうという一文あったことから、この世界は概念条文が敷かれているらしい。
着地地点には俺のオーバーコートの上着が敷かれていたことから、『長』なりに最大限の誠意を払ってくれたもと思われる。
追加でポンと投げられた記録を見れば、『倉庫の腕輪』の中の回復薬を使えとのことだった。『器』復元用の『器構薬』が二桁、浄化用の魔石と回復薬が五桁、秘宝が一つ。
『長』がしていたのは秘宝の方だった。それ以前、最終討伐目標を前に『長』に特別に調合した俺の財産であった。その三つの品の内一つ残っていた。
飲み干せば、戻る最大限界値の残機。『愚者の鎖』を作るのと同等の面倒くささがある秘宝だから効果は抜群であった。『大厄災』の呪いにも対抗できるよう調合したから。
太陽が二つ、雲の切れ間から日差しを伸ばしている。
周囲に点々と縦横無尽に建てられた石造りの建物。石畳の往路を歩けば、時折土壁で覆われた木製の建物を見かけるが改造しているものらしく、少数だ。
器が死に掛けなのでオーバーコートの上でしばし観察していたが、ここはどこかの王都の入り口らしい。下町、という単語が聞き取れて、首飾りを握りしめては周囲を見る。
街中の色は明るく、外壁は白と淡いクリーム色で統一されている。
意匠に凝った赤い装飾や、青、時には複雑な金色や緑をもって、色とりどりに装飾が成されている。
道幅はどこも広く、道行く多種多様な人種に対応できるように設計したものだろう。
空を見上げれば、宙を歩く専用の往路があり、羽を持つ者には、専用の進路が在った。
街は、主要道路が四方に一本ずつ。
中央に繋がる経路があり、そこから区別に道が分かれ、高低差を利用した上街、下町、浮遊街が有る。
関所を超えて、横に長い外壁を越えた。そのまま秘匿状態のまま砦を兼ねた関所のトンネルを抜ける。
多くの派生人類が高品質な装備を携えて点間門を歩いている。剣戟の音が聞こえて目を剥ければ、討伐時の進行、デモンストレーションまでしている始末。
若い顔ぶれや歴戦の兵士が口々に目指している単語を解析すると、案内板に一致するものがあった。
『中央移動用点間門』と案内板が掲げられた方へ歩いているので向かう。八つある道の中央、北の方向に直進していくと、暫くして暗いトンネルを抜けた時点で『門』を通ったらしい。数人感知されぬまま歩いていく。俺の状態は今位相世界を歩いているようなものなので、突然の砲撃や銃弾の物理干渉もすり抜けていた。足音も聞こえないわけだ、と苦笑すると、しばらくして開けた場所に視界が晴れた。
「……第七都市?」
競技世界の区画の一部、自然地帯、範囲区画四×四の巨大要塞、『エリデオット』に良く似ている。
仮想シミュレーション時に停止した世界の内部に特設してあった、試験用の施設によく似ていた。その巨大要塞は大陸並みに広い領域を保持しており、そのエリデオットの王都に良く似ていた。
時代を知る為に、時折往路の雑誌を眺めてみたが、文字が読めても出てくる単語の意味がわからなかった。
図書塔の案内板を見つけて、教会と見間違う大きな建物の中にはいると。門をくぐっただけで、地形を数百キロ移動していた。なんだこの王都。
内部はステンドグラスが張り巡らされている。白い柱に青と金と銀の装飾、橙色の模様と螺旋状に白色の刻印と意匠が至る所に見られる。
広い構造の天井は大型人類二人並んでも大丈夫なほど高く、三十層の階構造で、回の字は上に行くほど広くなっている。吹抜けの天井のようだが、不思議なつくりだ。まるでロードコーンを逆さまにしたような建物である。
建物の構造は、地下と横の往路が外壁と接地している。通路の為だろう案内板が吊り下げられている。来た道も外壁に掘られた番号が案内板に記されていた。
ぐるりと石垣のように精錬された刻印石の外壁が一階から主要経路にまで伝わっている。一階の通路が狭いのは、この防衛機構の通路のせいかもしれない。
いざとなれば、全ての階に転移でき、もしくは直通でここから外壁に脱出、もしくは収容できる点間門の座標が設定されているようだった。
光の軌跡で路線を示す、『光示列車』が街の外殻上空を走っている。主要大陸と道を繋ぐ合間が砂漠の為、通常の歩行手段では行き来出来ないらしい。
案内板通り一階に降りると、上層部からは見渡せなかった広い空間がドーム状に広がっていた。
どの建物の柱も丈夫に強化の文様が彫られている。床や建物に仕込まれた振動の増幅器が動力源となって、都市全体の上空から光を取り込んでいる。
場所によっては完全な日陰になる場所もあったから、この仕組みを使って傘の様に塞いでいる主要経路のさらに上から空間を捻って光を取り込んでいるらしい。
それは都市の内側から出ないと目視出来ないマジックミラーのような作りで、一見するとただの白い屋根である。ドーム状の屋根全てが空間を疑似的に連結させてあることから、防犯対策はばっちりのようだった。空襲を受けてもきっと建物は被害を受けないであろう。隕石が降ってこない限り。
観光客の多さに脇に避けていると、誰もなにも俺をすり抜けて楽し気に往来を通っている。
一階壁側内部にはお土産用の品が設置されていた。数十人単位、十列の人の群れが各所に出来ている。
椅子に座れたことから、『俺』は別の座標に居ながらも同一の空間を構築してある、別の位相世界に居るらしい。
二重の環が索敵を成してくれている。文字の表示される数字には、建物の中だけで、二千人近く人がいることがわかった。
『俺』が居る位相世界は防犯対策用の監視用の管理区域だった。
なれば『塔』に入れるだろうか、と検索して抜き取った情報通り一人の兵士が見回りで通った軌跡のある場所を通れば警告音を鳴らすことなく『中』へ入れた。
気づかれないことをいいことに、神秘が一番強い領域を探している。
俺は浮遊しては空中闊歩を駆使して周囲を観察していた。三階上部に点々と教室があるのがわかったが、これも空間が万華鏡のように連結しあっていて一筋縄では通過できない。完全に幽体用の対策が練られている。
しかし俺は次元ごと捻って移動する手段を知っていたので、全ての防犯対策をすり抜けて頭上へ最短距離で進めるのだ。わはは。
――多種多様な種族が集っている。教室がいくつかの個室で開かれているようだった。
講義や説明、勉強内容を補填する参考本などを、各地で寄り集め、集って話の種にしているらしい。塔の外から観察していたが、チリチリと嫌な予感がする最上部を避けてすぐに降る。記録を終えると、俺は塔の内側に戻った。
歴程の共通事項を探し、本をいくつかラーニングしては情報を想定してみると、ここは『長』を呼んだ時間から、ざっと二百年後の世界だった。
さっさと情報をかき集めて、回復のめどを立てなければならない。本を開き、十冊ほどに目を通した時点で、意外なことに、俺が知るサーバーの内部世界と一致する世界線であることを確信できたのだが、俺に共通する要素は一つもなかった。
疑ったものの、大変信じがたいが、『長』が選んだ世界なら、確実に俺の居た線形時間であろう。
ここは俺たちが勝利を掴み取って成し得た『未来』なのだろうか。手摺に凭れかかって、塔の内部から外の行き来する外壁上の往来を見る。
多くの現地民と共に旅人がいた。観光客と旅人の割合は七対三程だ。それに混じって、場慣れした冒険者が一分ほど。
百貨店の中、行き来する人影を眺めて、ふと足を止めた。決戦時期にはついぞ見られなかった、家族連れの旅行客が、広間を横断して和気藹々と楽しんでいる。
視線を落とした手のひらの先、黒い煤。まるで崩壊寸前の灰が形を必死に維持しているように指先が崩れかかっては再構築している。
ここは俺の居る場所じゃない。
重たい腰を上げて伸びをすると、日常を謳歌している子供が、ふと視線を向けた。見えないはずだが、手をひらひらと振って別れを告げると、嬉しそうに笑ってくれた。
図書塔を出て『門』を戻る。気だるげに辺りを見回すがトンネル内に休める場所は無かった。あったとしても罠が張り巡らされており、それは入ると感知されるであろう魔術と防衛機構が張り巡らされている。
この都市は異常な程、格上、上位対象への捕捉機構が張り巡らされている。余程襲撃のある年なのだろうか。どうやら、設計した内部に討伐目標を相手取れるほどの術者がいるようだ、ということは解る者の、流石に内部の人間の情報は表側からの機会では探れない。
来た道を引き換えした。王都から特例の点間門の直通便が開いているという案内板の冒険者募集のホログラムを見つけたのを思い出し、俺は『第一要塞都市ニハ・イ』という都市と看板の掛かった方向に足を向けると、『正常化』の陣の基盤と『浄化』が常になされているらしいそちらの方角へと歩いた。
『第一要塞都市ニハ・イ』は防げない南側の平地から東に向けて流通の足と砂漠が大きく広がっている。
砂漠の外からやってくる交易の列車が流通の要であると同時、砂漠自体が防波堤を担っているからだ。
本来この地形に都市を立てるのは無謀と言えるが、『タバヴ・ワポ・ル』という国は人工的に風の機構操作を行えるようにして都市の反対側に森林が育つようにした。と、書物には書いてあった。先ほどの『塔』があった都市が、王都だったらしい。同じ作りの『塔』はこちらにも見えるが、中身は別物。この都市の塔の色は『青』だがあちらの塔の色は『黒』だった。
水源は北と西にある山脈の渓谷から発生する霧と雨。
基本流通は点間での時間交易が基本だが、地場嵐が良く発生する為、国の各所には自衛と水源の確保が義務付けられている。水場と自衛さえ確保できれば国を名乗ることもできる。
『タバヴ・ワポ・ル』は王都からの水源の確保を目的に、この第一都市を作った。
この北と西からの水蒸気を南の風で循環させて、この『第一要塞都市ニハ・イ』は王都に水源を送っている。
水ってのは一時的に周波数を維持する性質をもってる。討伐時の南側の隔離措置は、この水源を利用した浄化のバックアップも大いに作用していた。
噴水広場がある南側に貯蔵庫。太源は北西側にある水分精製装置がある。多くの水脈が北西側が元になっている。
『ニ・ハイ』都市全体には一面湿気を水分に変える装置が各所、主要道路と高速道路の間に挟まれている。
下町から上を見上げた時も構造を眺めていたが、上下共に点間と次元間に隠された水路が各所に中継を通じて葉脈のように広がっていた。
都市全体はそれとは別口で物理的工事によっても水路は流れているが、この水路は主に雨水のはけ口であり、取り出し口には必ず浄化の陣が彫られた金具がはめ込まれていた。
雨水のはけ口の要所には陣が彫られており、水源を利用して地脈に似た循環装置を疑似的に体現している。これによって、魔方陣に直接魔力を通さずとも、浄化の陣が引き金となって水が満たされた場合にのみ魔方陣が利用できる。
地下に水、地上に光、基礎に魔力。循環されるエネルギーはそれぞれ違うが、対応する魔方陣は一つ取り付けるのでも、軽く戦車が買えるような値段がすることだろう。
町全体の基礎に一つ、水路に一つ、主要経路、蓄灯全てに魔方陣を刻むのは徹底的な念の入れようだが、これだけあっても万が一があった。
侵入者を防ぐために次元間の干渉への徹底的な阻止、国全体で許可のない次元干渉が行われ様なものなら、即座に討伐時の探知同様熱源を感知される恐れがあった。
過去の経験から述べると、探知を掻い潜れば簡単に移動ができそうだった。しかしそれを見越して、常時阻害を貼って移動する時のみ物理的に観測できる情報をもとに、何かを解析する罠が張り巡らされている。トンネル内部の休憩所と同じ措置だ。徹底しているらしい。
これはブラックドッグ達でさえも捕捉されるかもしれない。意味不明なほどの高度な術式は舌を巻く程、上位の探索者、神秘の保有者でさえ感知される恐れがあった。『御伽噺』になってもここでなら見つけてもらえるかもしれないと錯覚するほどに。
この都市全体には姿見隠しで動いても、次元間から視線が『在る』ことを探知できる術式が張り巡らされている。対応する熟練者の配備がなされていることから、隙間を縫って出入りをしても、技量がうわまらない場合即座に発見される仕組みのようだった。現状踏破は可能であるが、包囲網の緩い場所と関所には必ず一定練度のある専門士が雇われている。
わざわざ点間門を森に設置してあるのは監視の目をとどかせるため。どうしたものかな、と遠くから見守っていると、加速して希釈していた都市の光景が、一瞬だけ都市全土が真っ黒に包まれた。
罠だろうか。千載一遇の機会、直ぐに復旧するであろうが、加速が溶ける前に、監視の術式の網目が全領域から消えている『隙間』に入り込むことが出来る。
それがなぜか今は、起動していないように見受けられるのは不可思議な事態であるが。だが猶予はなさそうだった。
捕捉される前に神聖な場所を探す。図書塔にも神秘を纏った人型が複数いたが、その中でも一際俺でも看破できないすさまじい秘匿のものが一人いたのを思い出したのだ。あれらが存在できる時代ということは、俺の時代の概念条文も存続している可能性が有る。だから俺は今も祝福と加護に守られているはずなのだ。