銀杖の担い手 ライト版   作:海に流れるアリ

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四章 (1)天の雨砂漠に落ちる

 

 外した旅人用の制服の上に座り込む。

 ウィナフレッドをとりあえず呼んで、予備の旅人用の上着、外套たるオーバーコートを渡しておく。互いに寝間着だからな。

 本来なら淀みを分析、情報タスク化して書類宜しく一時間ほどで結果情報を網羅、調査して整理しようと計画を立てていた。

 まさか物理的に記憶の存在した次元にぶっ飛ばされるとは思わないよな。

 

「放り出されたのは砂漠地帯。上空に運よく投げ出され、術を起動する距離があり地上に足場があったが、これが海だったらと思うと考えたくないな」

「結構考えてたんだ」

「……俺は毎回この術式をもって患者の中に飛び込んでいた君の方が信じられないんだが?」

「もしかして、心配してくれてる?」

「……無謀が過ぎると言っている、命綱のないバンジージャンプやスカイダイビングのようなものだぞ。いや、俺が言うまでもないだろうが、これが成功していたのが信じられないのだが」

「あっ、ううん違うんだ、今回は僕も初めての状況!」

 

 面を覆ってウィナフレッドの言葉を促した。

 

「院の中で緊急脱出の術式を組んでから中に入るんだけど、この領域は侵入者から対外の魔法や術式を無効化してくれるでしょう?、院と同等かそれ以上の構成だったから、この領域内に入った僕らの生体反応に異常がでたら引きずり上げてくれるのは確認済み」

「……、ん?、まったウィナフレッド、一度こっちに来てるのか?」

「施術の時に。えっと、その時は普通だったんだ。いつも通りだったんだよ。ヘズさんがさっき話してくれた手順と似た施術を僕も普段はしてる。僕がこうやって物理的に次元を超えて、中にはいるのは個人の尊厳を守る為だって固く教えられた施術の手順だからなんだけど……。さっきは魔法陣の中で情報を水晶盤に文字として変換してタスク化してどこに変化が有るのか分析してた。すぐに出れるのも確認済みで、個人の情報は僕以外外からは見えないようになってる。だから、外からじゃなくて中に入る。終わったら持ち出さずに情報化したものだけを外に持ち出す。いつもなら普段はそこで終わるんだ。」

 

 偉くまともな理由だった。謝罪をすればウィナフレッドが慌てたように首を横に振る。

 

「ウィナフレッドは他の治癒士の干渉は視たことがないのか?」

「うん。基本術式の関連に関する資料は門外不出とされてる。同門の師について覚えていくのはそのためだし、悪用されないための国の防衛措置なんだ。国が管理するのは外に渡ったら万が一の時の対処の為。基礎資格を取るときは治癒士は皆同じように知識を共有するよ?、だけど施術の形や使う術式は資料を残せても、実際に見せられることは稀。対応する属性がそれぞれ違うのはヘズさんも知っての通りなんだけど、僕は理力が白で、魔力がない状態でずっと回路による内側からの神経治癒を専門にしてたから、他の治癒士の施術は全く使えないんだ」

「……わかった。なるほど、なるほど。」

「ヘズさんも治癒ができるよね、誰に教わったの?」

「猪口才なまいきツンデレ眼鏡」

「あの、それは固有名詞じゃないと思うんだけど。」

「領地に赴任してきた外部の流浪人に対価として求めた。俺ができるのは『器』の再構築だけ。回路は専門外。筋力は元通りにできる。構築術があるのはその基礎資格として教えられた」

 

 くっっそ厳しかったけどな。ウィナフレッドがしばし考えこみ、俺を見上げる。対価?

 

「俺の理。霊気の理力。」

「器の魔力じゃないの?」

「『治癒の光環』を使う際だけ専用の魔方陣を展開して、器の魔力を使う。本当になんでこんな制限掛けられてるのかわからないんだが、一度でも『逆』をやったら破門だって云われてるから。魔力の回路は一つに収束させてるから、その為じゃないかと思う。合格をもらってからはもう猪口才眼鏡にも二桁ぐらいやってるけど。」

「ヘズさん中々いい性格してるよね」

「呪術師兼任治癒士のあいつが悪い。破門されてる身だから、まぁ俺は治癒士は名乗れないんだ。」

「破門されてるし……。」

 

 毎回死に掛けるあいつが悪い。

 

「ウィナフレッドが『治癒の光環』を理力だけで賄えるのが俺は信じられないんだが。」

「どちらを使っているかはよほど見慣れた人じゃないと解らないから、僕も明言したことは無いよ。書類上、僕は魔力も白になってるし」

「そこだ、理力と魔力の置換が行える器がまず通常では成りえない。その一般常識が君を保護している。置換の大本は不明だが、今も違和感がないのは、それは君の体に仕込まれたウロボロスの術式が君の器に完全に記録されてしまっている為に起きている現象だと思う」

「まずいの?」

「ウロボロスの陣が完全に君の血の陣になってる。そして、君の器の構成は全て星の陣。二つの陣が浸食せずに共存しているのはまれだ。偏に相互に作用している前提の条件なのかもしれないが。本来であれば、構成するすべてが置換を行うというのは、想像を絶する霊気と回路の苦痛を伴う。閉じ込められている魂がフィードバックで壊されておかしくない事態なんだ。どれだけその再生と破壊を繰り返せば耐性がつくのかはわからないが、君は自らの強靭な意志をもって、耐性を引きずり上げたのは間違いない。……正直、日常を送れて、なおかつ呼吸をするように魔力に置換するというのは、前代未聞だと思う」

「悪いこと?」

「良いことではあるんだが、その境遇に落としたものは憎まれてしかるべきだと思う。だが、その器が、君自身を保護しているのも事実。概念上矛盾しまくっている現象を体現している、概念の塊というか、君自体がそう設計されたアーティファクトだと言われても信じられるぐらいだ。」

「……僕、子供の頃の記録もあるし、成長してるけど」

 

 こんなことを告げるためにウィナフレッドとここに来たわけじゃないんだが、いずれにせよこういった異常に巻き込まれる以上、告げておかないとまずい。

 

「先に告げておくが、出会った当初から俺の眼でも君の秘匿された魂魄は視えなかった。これは尋ねたいわけでもなく、確認したいわけでもない。ただ事実、君は何かに秘匿されている。その事実がある限り、俺が居てもいなくても、俺自体が存在しなくてもだ。……君はなにかしらの思惑に巻き込まれていた可能性が高い。だからこそ、その思惑から外すために、複数の者が関係を結んで君を保護していたと断言出来る。」

「……、そうなんだ。」

 

 暗い感情を思い出させたいわけじゃなかった。謝罪をしながらウィナフレッドを見つめる。

 

「僕が記憶を抜かれた事実は誰かの決断なのかな。」

「決断であり、措置であり、保護である。しかし、それは恣意的な押し付けであり、君への自由を拘束するもの。君を縛る意図をもった何かの印だ。それを語るには俺は部外者で、君が知ろうと尋ねるには情報が足らない。複雑に絡みすぎている。」

「記憶を、保護されている可能性はあるの?」

「本来なら硝子球に閉じ込めた後、情報の塊である記憶を処分するには厳重な手順を踏むものだ。自らに取り込むもの。異界や冥界に落す者、補完し、封印を掛ける場合もある。本に記すとしても膨大過ぎて何冊になるかもわからない。記憶というのは存在を構築する霊気の属性そのものだ。生半可に体に取り込めば、天秤が崩れて変質する。それこそ、存在が壊れて変転してしまう場合もある。大層危険な行為だ」

「死に瀕した賢者が弟子に知識を共有する秘術はどうなの?」

「その者が歩んだ生の歴程そのものと、知識を共有する選択は大いに違う。取捨選択をし、本や道具に残すのは、継ぐ情報を最適化し、余分なものを減らすためだ。私情そのものを受け継ぐのであれば、それはもう成り代わらせるのと違いはない。器そのものを乗っ取る行為にもなる。それは外道であり禁忌だ」

「僕の記憶が誰かを潰している可能性はないの?」

 

 有り得ないとは言い切れない。懸念はそこか、とウィナフレッドの震える指が俺の手に触れる。握り返せば、ウィナフレッドが顔を伏せた。

 

「夢見まで引きずられて、人の過去を覗きこんだのは初めてだった。僕じゃない感情がたくさんあって、誰かだってわかるのに、僕が思い出したように記憶が次々と浮かぶ。追想、感情、経験、五感全てが情報を渡してくる。」

「ゲイザーさんが君にどれだけの契約対価を要求したかはわからないが、君は俺を保護するために、相当無茶な要求をのんだだろう。すまない。俺は君の足かせになるつもりはなかった。君の契約を俺が引き受けるというのは、その意味合いも含めている」

「僕が誰かに成り替わることはあるの?」

「君が処理しきれなければ、錯覚を起こして存在が分離する可能性がある。多重人格などその最たるものだしな。だが、基本魂魄の外殻の中に包まれる存在は霊核に直結するために常に一つだ。存在の表面にある霊格は真珠の層の様にまとわれているだけ。しかし、層が円形にまとわれるとは限らない。分離して落ちる可能性もある。その霊格が神域の存在となれば、もう十分別の存在ともいえよう。降ろす降ろさない、成り代わる成り代わらないに発展するケースはいくつもある。だから、冥界は存在するのだから。」

 

 願われれば性質を変える。呼べば元に戻る。成り立ちが大いに作用する。込められた属性に寄って、形成する性質はだいぶ変わる。

 

「一つ君に断言できる良い情報がある。」

「なに?」

「君は転生をしていると思う。霊格は循環して正しい手順で君の中に消失、情報自体は星の記録に存在しているはずだ。」

「なんでわかるの?」

「これは俺が多くの魂を見てきたから。記憶を存在たる魂に還元していないものは、魂の形に現れる。模様の様に淀む。それは魂魄から供給される霊気たる理力に出る。君は真っ白。真っ新だよ、ウィナフレッド。」

 

 瞼を降ろしたウィナフレッドに屈んでと言われたので、上着の上で胡坐をかいていた上体を前方に沈めると、ウィナフレッドに強く抱きしめられた。

 ウィナフレッドサン、感情が不安定になってからよく抱きしめて来るね。

 また泣かせてしまっている、と背中をさすれば、力が抜けそうなので胡坐の上に招待した。押し倒されて砂漠の砂にはみ出しながら、仰向けにウィナフレッドを支えた。

 

 

 じりじりと照りつけるふたつの太陽と一つの宿陽に手で影を作る。

 

 食料も水も無かったら詰んでるんだけど、とドライフルーツをかじりながらウィナフレッドと共に現状の装備を把握する。

 理も器も回路もあるのに、なぜおれは理寄りの形成をしているのだろうか。まぁわかりきってるんだけどな、器の回路も別だし器そのものをメフィスに上げてしまったので、完全に理の構成する物質が女神寄りに戻ってる。

 ぞわっと肌が粟立ってきたので、代行時代の悪夢を隅にやる。何もなかった。

 

「魔力、魔力なぁ。」

「僕の魔力はずっと杖にストックされてるんだよね?」

「君の魔力はそうなんだが、若干器の修復に使われている痕跡が見える。微弱なものなら無意識に取捨選択している可能性が有るな」

「ヘズさんの魔力はどうやって増やしているの?、器そのものが違うんだよね」

「譲ってもらったのか、俺の理寄りの理想の形に再構築してあるな。回路もある。だが、収束前の体だからだいぶ勝手が変わってる。本来ならこの体は神域で陣地たる領地から配分された『永』の魔力をもらっていた」

「山とか海とか、森とかでの地脈や霊気の分配?」

「星の普く対象への贈り物を借り受けているだけだな、そこから増幅してたんだが、増幅方法は様々でなぁ。俺の場合は残機、エーテル薬を分解置換消費して増やしてたし」

「一般的な方法にしておこうよ」

「ん~」

 

 魔力の増幅法といっても、周囲から天からの星や自然の恵みを取り込むぐらいである。

 地脈、自然、領域。それぞれに属性が有り、器を持つオクの世界の存在なら構成物として細胞の様に存在している。

 この土地から豊富にあふれている『命』と『永』は自然界の生き物が好む。『影』や『存』が好む霊果はない。

 人はこの周辺には住んでいないな、と零せば、ウィナフレッドも見慣れた人型の魂が存在しない土地だという。わかるものなんだな。

 

「だけど、音の風が吹いてるから何かしらの生物はいると思うんだよな」

「音の風?」

「領域内でここに何があるよ、と印のように打ち込む空間の楔みたいなものだ、空を旅する種族は皆この音の風を探って世界を渡り歩いている。未開拓だとまったくないからわかりやすい」

「探査での目印は視たことあるけど、音の印はないかも」

「過去と今で打てない理由でもあるのか、なんらかの理由で楔ごと壊されているかだ。基本空間の座標にレコード、針で溝を刻むように薄い反響音を残しておくだけだから、空間が破壊されない限り、早々壊れることは無いんだが」

「大崩壊が起きる前なら、あったんだね。」

「あー、この世界は五十年前に次元の境界線が壊れたんだったか」

「うん。」

「呪術師が居たらマジで困る」

「ヘズさんどうしてそんなに警戒してるの?」

「俺は常時デバフを掛けられているようなものだろ?、今属性の例としては君が言う治癒士が宵影の天敵になりうるように、神域の存在は『呪』という造成にめっぽう弱いんだ。見てくれの通り、俺は器が完全に理寄りになってる。代行時代の天秤の維持は騎士殿に任せていたから、俺はこの首飾りを取り上げられると普通に『呪殺』もされるし、宵影に食われる。」

 

 まて、何故そこでウィナフレッドサンが怒る。両手掴まないでください。ウィナフレッドサンだって神域の存在への知識がないわけじゃなかっただろう。

 

「白白の理由って、まさかそれ?」

「いや、成り立ちは俺は人だぞ。普通に育ち、大人になった。しかし代々君と同じ視える者だったから、死者の魂を冥界に、霊を神域に届ける番人の仲介役染みたことをやっていたら、その、願われた性質なのか祝福なのか呪いなのか、俺の一族は器が生来白のものが生まれやすい。」

「理力も魔力はある程度の年数で変質するよね、どうやって維持してたの?」

「どうやって?」

 

 考えたこともなかったな、と組まれた指を軽く動かせば握りしめられた。なんでしょうか。染まらずにあるがまま、自身を尊重し続けてきた結果だよ、と答えればウィナフレッドが肯定しつつも、疑問を呈してくる。

 

「ヘズさん、もしかして、転生前の記憶が有ったりするの?」

「普通にないぞ。そこはもう世界の仕組みで魂魄は冥界に、形成した霊格は神界にってことになってるだろう。『外』に出るには両方のログを消し、『外』から戻る際は二つの界隈を外して存在そのまま、誓約に乗っ取った器に落ちるだけだろう。」

「あなたは別の記憶があるように見受けられる」

 

 鋭いんだよなこの人ほんっとに。外側つってもこの世界の『外』じゃない。物理的にサーバー外の外からやって来た仮想世界として遊んでいた一般人ですなんて言えんだろ。

 この世界で存在(アカウント)を確立する手順は二つ、一つ設定した生まれに『理』を作る。もう一つは完全ランダムで近似値(ようは親和性の高い元の現実と似た境遇)の『器』に落ちること。見目もそっくりだとは思わなかったがな。まじでこの世界に降りる時現実の続きかと思ったもの。理力魔力があったからすぐに判断はできたけど。

 

 というわけで、俺の経歴の場合で言えば選択後者の完全ランダムだった。ウィナフレッドに答えた生まれはこの世界の『器』の経歴だ。現実の俺は普通に生活をしていた。だからだろうか、見える見えないの苦悩を持つ家系でバランサー染みたことをしているうちに、なぜか遺跡探査隊に組み込まれて、騎士殿と出会うことになったというわけだが。

 じっとこちらを見つめてくるウィナフレッドと目を合わせ、存在で言えば別の世界の自分の夢を見ることがあったよ、と回答してみた。これは白認定がされた。

 

「君もそうなのか?」

「ううん記憶はない。……だけど、ヘズさんに助けてもらってからずっと、何かを探し回ってる自分が居る。朝に起きるたび、焦燥感に襲われてて一人じゃないことに安堵してた。」

「お役に立てたなら本望だ」

「できればずっと一緒にいてほしいぐらいなんだけど」

「それは確約ができないな。」

 

 さらっとすごいことを言われても流せるのが旅人の利点だな。

 くすぐられてもできないことは言えんのだ。あるがまま受け入れていたが、そろそろ辛い。ウィナフレッドサン、そろそろやめてください。くすぐったいのは俺駄目なの。

 ひーひーと真っ赤になって涙目で敬語で停止を命じるとウィナフレッドさんが着せた旅人の服の上着を俺の顔にかぶせた。動けないから直射日光を遮ってくれてるらしい。珍しい配慮の仕方である。絶対にこの領域内で厳重な装備を解いちゃ駄目だとも言われた。本気の声音だったぞ今。

 そういえば、過去に戻った衝撃で忘れてたけど、現実から持ち込めた装備を確認してなかった。

 

「僕はブレスレットと杖だけだね、ブレスレットはヘズさんが作ってくれた次元倉庫が入ってる」

「眠るときも付けてるのか?」

「えっと、盗難防止に帰還の呪いをランテッドさんが刻んでくれたみたいで、忘れて置いていくと腕についてる」

「流石騎士殿。俺の装備がついてるのもそのせいか、いやはや、呪いを刻んでおくべきは今だな」

「その今が来ないほうが良かったんじゃ?」

「それはいわない約束だウィナフレッドサン」

 

 俺が音の風を感知できる理由は騎士殿が寄越した耳環型の装備のおかげである。これ、『浄化』と『宣告』以外の全耐性パズル刻んである創造物(アーティファクト)だった。

 相当錬成で無理したと見える。中身は『術式の探査』と自己外の存在の干渉切断、呪返し。騎士殿が渦で使えなかった理由は干渉切断からだな。中に保護してたヴァテストゥデレ殿への隔離領域も切断されちまうし。条件が厳しいが、一致するなら完璧といえよう。

 解析したのでウィナフレッドの杖にでも刻んでもいいが、それだと何かあったときに理力、魔力供給が行えなくなる。

 ブレスレットの方ならいけるかな、とウィナフレッドの許可を得て『術式の探査』と『呪返し』を刻んだ術式を生成したブレスレットの動力源の魔石の中に刻んでおく。

 これで、ウィナフレッドの耳にも風鈴やトライアングルの反響音に似た音が聞こえるはず。音色を作って歌を吟遊詩人のように残していくヒータクネスやハヒェ・ウンタムンが居たぐらいなので、案外この時代での娯楽、弦楽器や打楽器で自然の曲を作り残しているレコードも見つかるかもしれない。

 

「あ、聞こえる、すごい風音とは違う響きだ」

「ハープグラスに似た響きは竜種の鳴き声だから覚えておくといいぞ」

「竜種居るの!?」

「いるぞ、ほらあそこに。」

 

 感動して耳を澄ませていたウィナフレッドの上で影を作っていると、視界の端に点が浮かんでいる。拡大すると宙に竜種が飛んでいる。群れで。

 懐かしい光景だなぁ、と微笑ましく見ていると『音の風』からの点間で呼び声。応えると、群れの速さが一気に増して此方に向かってきた。

 竜種はどこかへ移動中らしい。

 お腹空いてきたから水か食料の救援の文字が目に浮かんだので、霊果を作るべく先日の魔石の残滓を上空に理力の弓で打ち上げて、ウィナフレッドの杖を借りる。構成する色がウィナフレッドになってるから、主武装としての登録は済んでいるらしい。すごいな。

 オギナギの魔方陣を球体に展開、落ちてくる魔石の残滓に浄化と再生を掛けると、膨れ上がった破片がポップコーンの様にはじけた。水を招来する術式を編めば、竜種が空を覆って雨に体を濡らしていく。成功したらしい。

 

 砂塵を起こす低空飛行。俺とウィナフレッドが巻き起こる風の強さで上着と腕で下を向きながら呼吸を保っていると、上空の一番大きな個体が着地寸前まで急降下、風を纏わずに砂塵だけを祓い、地面スレスレを通っていった。そのまま上空へと急上昇していく個体が鳴くと、多くの群れが答えた。

 けほけほと咳をはらうウィナフレッドの周辺を浄化していると、再度鳴き声。あいよー、と霊果を再び作れば、上空の群れが喜びの舞を円形に展開。滑空で上機嫌を示す。

 一体一体の大きさが軽く小型旅客機級であるが、子供である幼生期の個体はいないらしい。あの量で、おおよそ全体の二割ほどの空腹が満たされたらしい。

 まだあればいいな、という期待を込めた音が響くので、騎士殿と学んだ軽い『音の風』の構成音を返せば、軽い返事。交渉を掛ければ承諾。お眼鏡にかかったようである。

 雨に濡れる俺が上着でウィナフレッドの傘をしていると、ウィナフレッドがなぜか慌てた様子で腕を揺らしてきた。

 

「に、逃げなくていいの?」

「基本空に浮く竜種はヒータクネスと一緒で風に流されて泳いでいるだけだぞ」

「どー見たらあの数を見て泳いでるだけなんて言えるの!?」

「たかが数百匹だろ、ひどい時は一万近く群れて来るし」

「この時代!ほんとに過去なの!?」

「崩壊前の時代っぽいな~」

 

 交渉通り景気よく豪勢な霊果も出すか、と持っていた浄化した名残の魔石本体を投げようかとするとウィナフレッドに腕ごと抱きしめられて止められた。振り上げた拍子に直で触ってごめんなさい。

 

「そんなことはどうでもいいんだよ、ねぇヘズさん、なんかはしゃいでいるっていうか、いつもと違うよね?」

「だいたい俺は割かしこんなだぞ」

「いやいやいやいつもと違うから!竜が視えてからずっとそわそわしてるじゃん!向こう見ずの無謀はしないと思ってたんだけど!?」

「いや、あの子たちが協力してくれるなら救難信号場所に連れて行ってくれるっていうから領域を抜ける足にさせてもらおうとおもってる」

「ぜったいそれだけじゃないでしょ」

 

 なんでそんな確信できるのだ。

 

「……今途中休憩しようか迷ってたんだってさ、でもこの周辺はご飯も果実もないから、俺が今おすそ分けしたの。で、竜種は気前よくご飯あげると、大体珍しいお花くれる場合が多いんだ。竜種の上位種は逆鱗の貯蔵庫に宝物をため込む習性があるし。たまに羽や鱗もくれる。逆鱗を触ってもよほどじゃない限り怒らないし、基本竜種は果実や霊果を食べてるから無害だぞ。……正直、素材ほしくてワクワクしてる」

「……お花は置いておいて、素材狩は止めよう。それに今の話を踏まえるとあの子たちは戦火の所に向かうってことなんじゃないの?」

「是であり否かな、異界がいくつか出現しているようだな、ん、あーーなるほど、神域からの要請にこたえているみたいだ」

「……動物言語持ってないんじゃなかったの?」

 

 ウィナフレッドサン恨めし気にぺしぺし叩かないで。言語は有していないが、意思疎通は可能だったりする。

 

「理を持つ知性があると、思念がある。その体系は違えど、感情を有するなら、発する気質から眼がなくても思念が伝わってくるから。まぁ、よほど波長が合うんだろうなぁ」

「ヘズさん、わりかし規格外?」

「いや、白白の恩恵なのかわからんが、だいたい動物の要求は分かる。簡単なものだけだ。」

 

 ぴゅい、と甲高く鳴いた一対の竜に近づく。群れがその一対を残して囲むように離れている。

 ウィナフレッドと一緒に風籠を編んで空に飛べば、霊果欲しさに寄って来た竜種が鼻をすり寄せてきた。ウィナフレッドを背中に庇いながら、要求の念に承諾を示してやる。

 浄化した魔石を投げてもう一度理力の矢で変転させれば、『灯』の霊果が一気に舞う。群れ全体が音を奏でて歌っている。不思議なグラスハープの反響音に耳を澄ませていると、お礼に歌を歌ってくれているようだった。身が熱くなり、手のひらを見れば三つの稲妻の陣。加護の部類が付与されたようだった。純粋すぎるな、と対価を問えばご飯の礼らしい。

 わはは、かわいいやつらめ。無垢な反応がとてもかわいい。

 興奮気味の竜種が寄ってくるので両手を広げれば、ざりざり舌で舐められた。よろめけば、ウィナフレッドが支えてくれる。そのまま、まとめて尾で束ねるように包まれて、背中に乗せてもらった。かわいいな、と同意を尋ねればウィナフレッドが俺を見て頷く。俺じゃなくて竜だよ。

 同行の許可が出たので、安全地帯へ行けると興奮気味に迷子防止に組まれていた腕をゆらして反応を見ればウィナフレッドが生暖かい目で俺を見ていた。なにかな。

 

「ヘズさん、瞳の色が茜色から灰色に戻ってる。」

「へ?」

「術、もしかして全部切れてる?」

「う、うぇ!?」

 

 ウィナフレッドに指摘されて慌てて瞳に指をあてる。解析の術を作動させれば、祝福も刻んだ術式も全部、消えてる。

 竜種の背の上に乗る許可を得たので、居心地のいい背鰭の上、ウィナフレッドと一緒に座らせてもらう。

 

「ランテッドさんが目を離せない理由が分かった気がする」

「俺、この国に一人で来たんだけど?」

「だから四六時中見張ってたんじゃないの?」

「そんな馬鹿な。」

 

 とりあえず竜種は置いておいて、瞳の色の変化の説明を要求された。

 

「阻害術式が常時目に貼られてる」

「……、無償費で?」

「そう、それはおれの祝福による眼の装置でもあって、起動しない平時の保護なのだ。」

「今はどっちもないと」

「今はどっちもない。」

「いつもの意味わからないほど厳重な干渉妨害兼保護術式は?」

「副武装の装備を纏えばできる。」

「いますぐ着替えよう、危なっかしいから。」

「君に言われることだろうか。」

「そうです。」

 

 断言されたので装備を首飾りから変える。予備のバラガラの術士協会の制服が五組出てきたのでウィナフレッドにも渡しておく。外套たるオーバーコートは俺の特注だけど。

 後ろ向いてるんで、生体デバイスの認証を終えたら教えてくれ、と告げて着替えが終わるまで景色を眺める。

 

「……ヘズさんこれ何?」

「俺の旅人用の服の備品。インナーと上着、スラックスと靴の一式。ワンオーナー限定品中古流したらただのガラクタとなるアーティファクトです。」

「いつのさ……」

「バラガラの術士協会に所属してた時に同門が着替えるの面倒くさくて開発した創造物。」

「この服、エステラさんとゲイザーさんとの面会の時も来てたよね、ジャツの誂えた服の下に」

「流石に下着ぐらい自由にしても許されるだろう。この服の利点の一つに、トップスをインナーに重複させて縮めることもできるからな。スラックスはガードルにもなるし。防弾防塵防衛装備だ!ちなみにメモリに魔術や理術、亜術も登録が可能だ。メモリのゲージは十なんだが、一埋めるのに軽く百工程の術式や解析した術式が入る!」

「何登録してたの?」

「おれの血の陣を模範した亜術の置換式と次元式貫通阻害、オリジナルはさすがに難しかった。次元はさすがに飛べないが次元規模までの『切断』は防げる。だからゲイザーさんにも対処できた。ちなみにこの二つで十メモリ埋まってる」

「だろうね。」

 

 貫通は防げないが再生機能と治癒が自動で行われる優れモノ。お値段爆薬兼用オークション通貨(虹)二枚。動力がそれ。一枚は服の生体デバイスに組み込まれるので実質半値である。

 

「……ねぇ、ヘズさん、普段なんでこれ着てなかったの?」

「来てたぞ外では。中じゃ院の内部の術式の判定に触れそうだから外してた。」

「判定?」

「解析してデータをため込む生体デバイスがついてるんだよ、極寒から常夏まで全部対応できる。靴と手袋や帽子は各自で用意しないといけないがな。院では勝手にメモリもないのに生体デバイスが興奮してあちこち接続しようとしてた。ロック掛けてたけど、自立行動してるから勝手にロック解除されても困る。阻害してるとみなされてこの服壊されたら困るの俺だし。」

「生きてるの?」

「生きてはいない。ただ、学習能力の組み込まれたプログラムが複雑でな、上位の術式程、解析したがる。ロックがゆるむ。それが一つの難点でメモリを全部埋めないと勝手に術式を覚えていっちまうんだ。メモリがない時に暴走すると、かってに術式を消そうとするから困るんだよな……バックアップはあるが、さすがに使いたいときに戻してる時間はないし。」

「誰かに譲ることはできるの?」

「基本出来ない。この制服は一品につき一人。一回きりの登録証が一つの生体デバイスしか登録できないから一度使うと他の人間は使えない。中古はただのがらくたになる。俺の愛の結晶を中古で価値を上げさせないって同門がわざとそういう仕様にしてた」

「力を入れるところが明後日の方向なのがすごくバラガラの術士だよね」

「代わりを作るのは大変なんだぞ。こいつは浄化の機能もあるし、五分干しておくだけで新品同様。防重防水防火耐雷対縛対幽体無効呪術!そして対毒!これだけ耐性パズルを埋めてくれる偉いやつだ。あと四つ程予備が有るから、ウィナフレッド、間違えないようにネーム刺繍をしてもいいぞ」

「いや、そこに気を使ってるわけじゃないんだけど?」

 

 袖を通したウィナフレッドが生体デバイスの認証方法の手順に従って袖のボタンを留める。ウィナフレッドが指で止め終えると、服が光に包まれ、大きさが変化した。まるでプラスチックに熱を当てて熱圧縮するような変化である。素材の薄さは変わらない意味不明さがとても好き。色調もゲーミング仕様でいくらでも変えられる。模様は無理。

 あ、涼しい、とインナーとアウターの二枚の上着を着てウィナフレッドが快適な着心地をレビューしてくれる。だろ。

 

「そういえばヘズさんはどうやって記憶の情報を読み解いて、僕を採点する気だったの?」

「本来であれば、君に話した通り、理だけが記憶そのものを読み取って、情報を細分化する術式を俺は回路に組み込んでるんだ。大体、追体験するほど余裕も時間もないし、したとしても境界を識別する術に触れて知覚できる。」

「ここは違うの?」

「もう何度調査しても現実と一致する情報しか出てこないから困ってるよ。まごうことなき異常事態。原因があの領域と、この淀そのものってのは分かるんだが。どうなってるんだろうな……。時代の考察もしなきゃならないし、もし本線とは別の次元の位相なら、戻る手段を探さなければならない。下手をすれば君、俺と同じように漂流者として生きていくことになるぞ」

「それはちょっと困るな、僕同僚に採点したテスト返してあげなきゃならないし」

「実に職業柄の出た回答だ。」

 

 竜種が風に乗り始めた。白郡色のエナメル質な鱗を太陽の光に反射させて、オールのような尾を上下に揺らし、背ビレを調整し始めている。

 先頭たる一番大きな個体が咆哮を一つ響かせると、俺とウィナフレッドがとどまらせてもらっている背ビレの三枚が囲うように花弁のように狭まった。

 急降下を始めて、一気に群れが風切り音を響かせていく。ウィナフレッドと飛ばされぬように風籠を編んで呼吸を確保する。どうやら異界に着いたらしい。

 水面を揺らすように一点の空間が半透明に揺れている。歪ませたスクリーンに飛び込むように、揺れの中心部に投石するように、先頭の竜種が突入した。歪んだ波紋から先の光景から消える。次元を超えたのだ。

 

「へ、ヘズさん、僕何も装備してないんだけど!」

「重力制御と減圧機能は外套を通して自動で行われるから大丈夫、水中だったらすまんな!息はできるけど濡れる!」

「それ!先いってよ!?」

 

 水圧を肌で抜けるような感覚の後、水面を揺らすように空間がゆがむこと八回。ずいぶんと次元を飛んだあと、竜種は花畑に出た。

 

 

 時代の考察をしたところ、ここは四百年前じゃないかという推測に落ち着いた。

 なぜ時代が確定できたかというと、歴史の中でも五本指に入る異常事態、次元浸食の割れ目たる黒い罅が領域の天の至そこらに見受けられるからだ。

 

「……、セーフじゃないが、まぁ、セーフだな」

「ヘズさん長い間神域に引きこもってたんだっけ?」

「引きこもりっていう言い方は語弊を招くと思うんだが、そうだ。異界素材護衛討伐難題子守に奔走していた時代だったから。多分、天体の宿陽が緑の時分はまだ上司殿は女神どころか研修時代だったはず、俺が女神代行時代でも、オクの時代を観測できる術式はあの世界にはなかったし、そもそも俺の知る上司殿がいるかもわからんし」

「ん、んー、複雑すぎるけどまず第一の質問。同時観測されたらヘズさんまた死んじゃう?」

「保険も何もないから百パー消滅するわ。断言しとく。」

「それは困るなぁ……」

 

 手を握られても消える時は消えるの。曖昧にして消失するよりましだろ、と告げればでっかいため息。

 屈みこんで目線を合わせて尋ねれば、ウィナフレッドが無言で首を横に振った。それよりも子守ってなにしてたの、とウィナフレッドが尋ねてくるのでしばし過去を追想。

 ……子供時代の上司殿を子守してたよ、といえばウィナフレッドサンが何度目かわからない確信を抱いた目で俺を見つめた。

 

「語るに落ちたね」

「まってウィナフレッドサン落ちてないから。」

「女神っていう権能の象徴はわかるけど、幼生時代が存在するの?」

「『かくあれ』と願われた信仰は依り代を担って器を捨てるまでの間成長する。」

「……、それは、生贄、なんじゃ」

「それに近いな。だが、守護するために飛ばす地域もあったぐらいだ。真相など第三者には想像もつかん。それに神域とこっちの時間の流れは随分違うんだ。例えば、こちらのオクの世界の一年が、あちらでは百年ぐらいあったり。崩壊する一年よりも、間延びした百年で生を謳歌してほしいと願わん気持ちわからんでもない。」

「……、ねぇヘズさん、実年齢実は百倍だったりするの?」

「これには一つ補完の説明を入れるが、領地たる祝福された陣地の時間は百倍ほどゆるく、外側に出て異界や領域の守護を担う時、時間はオクと同じになる」

「複雑だね、それじゃほぼ?」

「祝福を受けるために上司殿を保護しつつ、器を捨てれるぐらいに強靭にするために子守してたから、そんなに年数のずれはないと思う。」

「うん、聞いてなんだけど、わけわからないね」

「そうだろ、俺も思い出しても今なんであんなことしてたのかもわからん。騎士殿と上司殿のなれそめもあの時代だしな」

 

 手伝わないくせにくっっっそ猪口才うるさい外野を黙らせるために俺が女神の力を借りて無理やり器と理をずらしたぐらいだからな。

 騎士殿も反抗期だったし、実質俺が当初から女神代行してたようなもんだよ。あれ。

 

「ん?……待って、今すごく自然に流れたおかしな点があった」

「なにもない。」

「女神代行って、走狗のような使いっぱしりの意味じゃなくて、本気の女神の代行時代ってこと?」

「……、……是であるが、俺が兼任した時期は短かった。騎士殿を騎士殿にした理由が代行時代の護衛措置でもある。子守させるたびに犬猿の仲だったんだが、何故、あんなに仲睦まじく……?」

「今親戚のおじさんおばさんみたいな顔してたよ」

「いつの間にか結婚するって言ってきたんだから、びっくりするでしょう!」

「いついわれたのとか聞いてもいい?」

「大厄災の終幕前日だ。」

「伝えておきたい気持ちは、なんとなくわかるかも。」

 

 竜種が呼んでいる。俺がウィナフレッドを連れていくと、竜種が花畑の中心部を尾で示した。何かいる。

 ウィナフレッドが声をかける前に駆けだし、俺を呼んで中心部へ走っていく。知ってた。ウィナフレッドはそういう性質だよな。厄介毎の香りしかしなくて動きたくない俺と違って真っ先に接触しに行くのが偉いわ。ウィナフレッドしか勝たん。

 生前葬かなにかな、と言わんばかりの白い装束に花畑とは別の生花で囲まれた子供が一人。赤い頭髪にご丁寧に草冠。胸の上に組んだ両手の間には黒い彼岸花。わーいけにえだー。

 

「……、生贄?」

「生贄。」

「ど、どうしよう!?」

「ウルクフ女史、さっさと切り上げて帰りたい気持ちとかない?」

「この状況でよくそんな台詞はけるね!?」

 

 バイタルチェックをすぐさまして治療士としての行動に移るウィナフレッドが眩しい。

 

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