銀杖の担い手 ライト版   作:海に流れるアリ

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四章 (3)逆鱗の鱗の杯 1

 

「俺が憧れた素材狩りの聖地がここにある」

「駄目だよ、ヘズさん、ヴーヨン・ザゴ様が絶対に三日間この私有領地を出るなって言ってたでしょ」

「庭を出ればあの無限に広がる山脈と森の植物が採取し放題なのに!?」

「そんな興奮しても駄目だから、駄目。だめです。」

 

 エーテル薬作り放題の聖地なんだけどここ。なんで滞在期間三日目過ぎるまでこのヴーヨン・ザゴ殿の私有領地たる邸宅の敷地内しか動いちゃダメなんですか。

 採取許可も得て、この庭を出ればすぐに十日ほど費やして作りまくるのに、とウィナフレッドを見つめれば静かに視線を逸らされる。やだー!

 濾過装置と化した俺は安静絶対を言明された。ウィナフレッドは長時間汚染に対処したのでヴーヨン・ザゴ殿に浄化を掛けられた後、俺と一緒に彼女の私邸の邸宅に保護されていた。

 光の加減で青と青緑を行き来する白郡色のうろこ。魔力を通すと白郡色のエナメル質な輝きに変化する。

 竜種のうろこを数千枚単位で手に入れて、尚且つ竜種の『長』から逆鱗ももらった。ヴーヨン・ザゴ殿から。あの、それ剥いちゃダメな奴じゃないですか、とは聴けなかった。

 逆鱗の一枚だけ白郡色の状態を維持していたが、光に翳すと刻金と黒の線が走る、真っ白な色だった。

 これを今から砕きます、と問答無用でヴーヨン・ザゴ殿にミキサーの様に粉と化した逆鱗は他の鱗と一緒に混ぜられて赤い火柱を上げる謎の虹色の炎の中に浮かぶオレンジ色の鍋の中に放り込まれた。

 この品をもって、加護と祝福は永続させますので、という言葉に速攻で辞退を申せばウィナフレッドが代わりに承諾をする始末。いやだよ重たいジャンこの祝福の評価絶対。

 

「あの、ウィナフレッドはともかく俺は上司殿と先代の祝福で一杯いっぱいなんで、まじで要らないです。」

「二万年前、この加護と祝福を得んがために数千年放浪した魔法使いが居たのですよ、突き返しましたが」

「キャパと名声が俺にまとわりつくのは嫌なんですよ」

「代行者殿、あなたが要らないと駄々をこねるので、ヘイニーさんが泣きつかれてたんですよ、あの馬鹿どもに。まぁ私個人としては、そもそも竜種の寵愛たる証を突っぱねる度胸に心底感心しますが」

 

 ヴーヨン・ザゴ殿褒めてないでしょそれ。あなたの振舞ってくれた食材は数千年に一度の美食だったと言ってましたよ、とのこと。さいですか。

 一晩明けて完成したらしい品が朝食の果実とスープのもとに出される。俺とウィナフレッドの二人に配られた品は最初の形に戻った竜種の『長』の逆鱗が一枚ずつ。ふえてる。

 無言で問えば、それに身命を刻んでくださいと指示が出されるので、とりあえず触れると、一瞬で真名が中心部に掘られ、綴りまで完璧に刻まれた。

 では、それを互いに交換してくださいと言われるので、さすがに手を止めた。

 

「あの、ヴーヨン・ザゴ殿、このアーティファクト、なんですか?」

「なんでもないただのアーティファクトですよ」

「アーティファクトがなんでもないわけないじゃないですか。目的合って作られた品じゃないとそもそも創造物にならんでしょ。ねぇヴーヨン・ザゴ殿!ウィナフレッドサンが顔を赤くしてるから絶対やばいやつでしょ」

「はい。実はやばいです。これはあなた方の名前を知っていても、絶対に呪殺させられなくなるアーティファクトですから。」

 

 秒で交換したら、ヴーヨン・ザゴ殿が失笑とばかりに噴出したんだが。なにか悪いことしましたか俺。無言で顔を伏せられて、それを食べてくださいと言われるので、丸のみしたらウィナフレッドがなぜか品を置いて逃げ出した。呆然と廊下を見つめていると、肩で息をしているヴーヨン・ザゴ殿が問題ないという。問題あるでしょ絶対。

 

「あなたは感情に鈍いのではなく、そもそもその発想が浮かばない方なのですね」

「急に何でしょうか。」

「いえ、博愛とは別の方向ながらも全てに慈悲を持ち、平和を願う方なのだなと思っただけです。願わくば、あなたの存在そのものに慈悲が願われますようにと思います。」

「ありがとうございます?」

 

 朝食は後で温めなおしますよ、とヴーヨン・ザゴ殿が椅子から崩れ落ちながらも、床の上で椅子の座面に凭れかかりながら告げた。

 本当にプライベートな場所なんですねここ。と返せば、外では忘れてくださいね、とヴーヨン・ザゴ殿が笑った。

 

 ウィナフレッドサンと共用の部屋に戻ると、平静に戻ったウィナフレッドサンが寝台に腰かけて待っていた。本がずれてるよウィナフレッドサン。

 渡されたマグカップをウィナフレッドに手渡し、とりあえず解析した結果の概要を聴く。

 

「当たり前なんだけど、緊急脱出の暗号も術式も全部駄目だった。」

「……」

「な、なにかな」

「ウィナフレッドサンは飲まないの?」

「うぇ!?」

 

 マグカップの横に置かれた先ほどの逆鱗型のアーティファクト。

 飲んだ対象の保護が行われる術式だという奇妙なアーティファクトは、飲まないと完了工程を終えられないらしい。ちなみに味はしなかった。

 互いに条件は知らされていたのに、ウィナフレッドサンは未だ保留のようである。別にいいけど、さすがにおいておく選択肢は俺にはない。誰かに持ってかれても困るし。

 ゆえに返しておこうか?、と首をかしげて尋ねれば、ウィナフレッドサンが目に見えて狼狽した。立ち上がったウィナフレッドに手首を掴まれて、一緒にベッドの上に座らされる。急にどうした。

 

「あの、ごめんなさいヘズさん、先に謝っておきます。説明する前に飲んじゃったから、その、僕も止める暇がなかったっていうか」

「よくわからないが、別に気にすることはない。きっぱりと等価を示すヴーヨン・ザゴ殿が用意した品だ。悪いようにはならないのだろう?」

 

 なぜ無言で顔を赤くして本で顔を隠すのかな。

 

「不知火の杯って知ってる?」

「知ってる。」

「あの杯の由来は、竜種の鱗に砂漠で降った雨をためて一口飲むことで、類まれなる奇跡と幸運を意味するんだけどさ、順序は前後してるけど、これ、杯たる鱗を食べると、杯の誓いは完成するんだ。本来なら効果のないゲン担ぎの宣誓なんだけど、僕らもこのアーティファクトを食べることで、実質宣誓が完了しちゃうんだ。」

「あー、……それは拒否を示しても仕方がないな、すまん俺が何も考えずに効能に走ったばかりに、非常に申し訳ない不名誉を着せてしまった」

「ふ、不名誉ではないんだよ!?、ただ、その、ヘズさんが知らないのに手順を完了させられてしまったから、嫌じゃないかと思って」

「いや、別に。誓いが有ろうとも別れることはできるし、自身への宣誓なら残機消費して反故にできるし、君が嫌ならヴーヨン・ザゴ殿に返上してくる。ウィナフレッドはなんで嫌がったのに俺と一緒に説明を受けてたんだ?」

「昨日の竜種の人たちに泣きつかれて……、お前と友誼を結びたくないという宣言に等しいと、あまりにも惨いと訴えられちゃって、その、じゃあ僕も、ヘズさんが説明を受けて納得して飲んだら、飲みますよと、いったものだから……」

「事後承諾みたいなかたちになっちゃったと。」

「ごめんね、本当に、謝って許されないと思うんだけど、宣誓を結ばれてしまったから、多分ヘズさんが訴えても駄目だと思う」

「置換してくるから待ってろ」

「わー、駄目だよ、ヘズさんが直に交渉したら、今度こそ仲良くしたくないっていう宣言になっちゃう!」

 

 めんっっどくさいな竜種。かわいいけど面倒くさいぞ。

 

「一つウィナフレッドに尋ねてもいいか?」

「な、なに?」

「杯を誓っても別れるのは自由だぞ?」

「……、それは、そうだけど」

「まぁ、俺はどちらにせよ食べたとは思うけど。効果がでかすぎる」

「そうだね、ヘズさんはそういう人だから、……うん、僕も飲む」

「そうか、永遠にその人の存在たる真名を保持するだけだから、あまり気にする必要ないぞ、……ウィナフレッド?」

 

 どうした、真っ赤になって。目線を合わせて待てば、袖が引っ張られた。

 無言のままアイコンタクト、眼鏡をかけて覗けば、ウィナフレッド曰く、一つ、このアーティファクトの効果を話してないと。どうぞ。

 

「竜種には宣誓しました、と、解ると。存在に刻まれるからと。」

「はい。」

「……、壊すか?」

「だ、だめだよ!?専門術士でも一生作れないかもしれない品なんだよ!?」

「俺は君が嫌がることはしたくない。なんなら、今巻き戻して、鎖で吐き出すぞ」

「その工程は絶対に一回ヘズさんが死ぬやつじゃん」

「大して変わらないし、多分ヴーヨン・ザゴ殿に言えばエーテル薬融通してもらえるだろう。なんなら、次元倉庫に突っ込んでおけばいい。約束をしたからと言って、君が無理をする必要はない。俺は条件を押し付けて結ぶ友誼などさらっさら願い下げだ」

 

 ウィナフレッドがまじで真っ赤になってベッドにうずくまった。同時、窓の外に小石が投げられて開けるように念話が伝わる。指示通り、大型種族がらくらく通れる庭へ続く『窓』を開けば、おめでとうと竜種の魂と一致する中型人類が窓から一斉になだれ込んできた。

 

「あの逆鱗型のは『概念』の『浸食』を『星の魔力』に変えるアーティファクト……?」

「正確には三つの工程が必須になります。『存在』に取り込まれること、『回帰』の条件を満たすこと、『浄化』された場所にいること。ワンユオ……シュゼーロポキさんの逆鱗の保有する陣でもあります。 」

「条件が厳しすぎる。実用的じゃない」

「身命の秘匿、知られていても阻害する最上級の措置となると、このアーティファクトに乗っ取った宣誓を互いに確保するのが手っ取り早いのです。その代わり、なにをどうやっても条件が一致しなくなるため、呪殺はできなくなります。」

「それはともかく、おれ君らに舐められたんだけどセクハラで訴えていい?」

「本来の竜種はあの形!親愛を示すにはああいった行動でないとできないのに!ライラックさんは俺らの愛を受け取ってくれないと!」

「おれ君らの名前すら知らないんだが?」

 

 うるせえ!三十人以上のむさくるしい中型人類で叫ぶんじゃねぇ!

 女性も二名いますが、とウィナフレッド側にちゃっかりと座り持ち込んだお茶会のセットを勝手に広げ始めている二人の竜種の人型。やべぇジャツ殿よりさらに頭二つ分背が高いわ。

 計四つ分以上、下手をすれば腰ほどの高さしか俺の背丈がない。むさくるしいやつらはさらに頭二つ分でけぇけどな。

 

「これでも最小限に縮めてこれなので、それぞれ指環の冠を外せば平均の大型人類です。」

「友誼を結ぶ理由が無いんだがどうすればいい?」

「俺たちと仲良くしたくない理由を三十個上げたら諦める」

「諦める気全然ねぇじゃねぇかお前ら」

「我らが主人への礼の仕方!」

「我らが女神たるものへの尊厳の示し方!」

「処罰を担うと一人前に進み他の恩情を顧みる慈悲!」

「ぜひ!俺たちのファミリアに!ライラックさん」

「俺の名前を大声で呼ぶな。秘匿しろ俺は魔術師なんだが!」

「いくら他に真名を知られようと、もうライラックさんの身命は創造主が謝って取り上げない限り永遠に不可侵ですよ」

「なにそれめちゃくちゃ怖いんだが。等価はなんだよ、俺の魂だけで足りる?」

 

 やめろはげる、触るなもみくちゃにするんじゃねぇ!

 ハーゼックお前娘がいるつったばかりだろ、ツサニーあんたは新婚だろ!と仮にもパートナーがいる人間が誤解を招くようなことをするんじゃねぇと叫べば女性二人が助けてくれた。

 

 

「代行者殿、実はあの槍は一度他の者の手で一工程の行使の完了、純粋な浄化を領地に実行されないと、私の元に戻ってこない概念が付与された槍だったのです。」

「……、ヴーヨン・ザゴ殿は、竜種の『長』、ワンユオさんをどうやって不問にする気だったのですか?」

「他の代行者に槍を渡す、そして私から等価を示して槍を返してもらう気でした。しかし、返してもらえない可能性が有ったので、あの馬鹿の逆鱗を献上しようかと思っていました」

「周り巡って俺に渡したのでは、損なのでは?」

「あなただからあの馬鹿も逆鱗を譲る許可を出しました。あの色の逆鱗になるには数百年は無理でしょうが、また宝物庫にでもなるでしょうから気になさらないでください」

「あの中身はさすがに出しましたよね?」

「そのまま粉砕しましたよ?、ふふ冗談です」

 

 いま目がまじで笑えなかったんだけど。

 中にあった使えそうな消耗品は全部あのアーティファクトにぶち込んだらしい。やるなら全てを、と昨日ウィナフレッドへ泣きついてきた竜種の『長』自らが決行したらしい。止めてくださいよ。

 

「止めましたよ、ご安心ください。きちんと食べれないものは除きました。」

「最終的に止めれてないじゃないですか、え、まじで工程に含まれない素材が紛れ込んでるアーティファクトを俺に食わせたんですか?」

「だいぶ汚染への転換率は上がりましたよ、同一存在の置換なら刹那、一瞬ですね。」

「いや、そこに効率は求めてないですし、そもそも条件が満たされないですから意味がないじゃないですか。」

「そうですね。誰かの逆鱗に触れれば起こるかもしれませんね」

 

 そんなとんちじゃないんだからさ。

 居れた中身のリストを見せてくれた。指パッチンで浮かんだホログラムの一覧を見ていく。

 なんか色んな時代の異界や遺跡、食べた武器の魔石や空白の概念とか混ざってるんだけど。混ざっちゃいけないのが混ざってる。

 

「効果の確定がなされるぐらいですからいいんじゃないですか?」

「待って、これヴーヨン・ザゴ殿の構成した空白の概念じゃないですか!?」

「代行者殿、いいアーティファクトをお持ちですね、譲ってください」

「流石に嫌ですよ!!俺の命綱なんですからね!!」

「冗談です。」

 

 ちゃっかりヴーヨン・ザゴ殿もいれてるじゃねーか!!!

 

 

 

 ウィナフレッドは誓約の固さを一晩掛けて俺に懇切丁寧に説明してくれた。そんな俺だが、いまだに振舞われた竜種の『長』、ワンユオ殿が持ってきた酒の影響で頭に入らなかった。

 

「あの、見えてる?」

「視えてる。」

「果実酒だったんだよね?」

「秘蔵の酒を持ってきたと言っていた。一杯だけだと杯を交わしたんだが、すごい、効くな。君は何で無事なんだ」

「あー、祝福の影響かも、ヘズさん、ワンユオさんに真名を知られているでしょう?、ワンユオさんも真名をヘズさんに握られているから、耐性パズルもすり抜けたんじゃないかな」

「そんな馬鹿な……。」

 

 昼はやってきた竜種の人型の『友人』たちと交流を交わし、夜は竜種の『長』のワンユオが持ち込んだ自然界の食材と星の恵と料理で宴会。

 ヴーヨン・ザゴ殿にも私有領地の中ならば、と許可をもらったので、進められるがまま酒の杯を持ち、一杯だけだと言明してウィナフレッドと共に注いでもらったのだ。

 乾杯した後、まぁ、飲むか飲まないかは君の意志で決めてくれと告げた途端ウィナフレッドが微笑んで飲んだものだから、俺もちびちびと口を付けていた。

 

「だ、大丈夫?」

「元来、俺の性質は『概念』に弱いのだ。アルコールではなく概念だぞ。俺は耐性を抜けた願望染みた言葉を受けると感知してしまう。それが善意で害をなさないモノなら通すようにしているから。駄目だ、これは量の問題じゃない、一滴でも舐めれば泥酔状態を付与してくる概念だくそったれな概念だこれ!」

「泥酔って具体的にいつもと何が違うの?」

「理力を回せない。この体なのにだぞ、困るじゃないか。」

「本気で酔ってるねヘズさん……」

 

 あの酒、あとで眼鏡をかけて見たら、絶対に酔わせるという『概念』が付与されてた。

 通常なら耐性パズルが無効化してくれるのだが、身命宣誓と真名を知られている効果なのか普通にあの『酒』自体は善意と害をなさないと認定されたらしい。

 これは要注意だな、と俺が起き上がれずに机の上に凭れかかっていると、ウィナフレッドが風でベッドの上に運んでくれる。すまないね。

 

「その性質はヘズさんの真名を知ってる人なら、誰でも善意と害意がなければすり抜けてしまうってこと?」

「そうなる。そうしないと届かない言葉もあった。見逃せば消えてしまう者もいた、言葉に隠されたサインってのは非常に小さく隠れるのが上手いが、齟齬をきちんと伝えてくれる時が多い。行動もそうだ。」

「それは、多少なりとも被害を受けたことがあるんじゃないの?」

「今俺が元気だから問題ない」

「……ヘズさん、もし、誰かに願われた場合、呪殺されてしまうというのは?」

 

 困ったように笑えば、ウィナフレッドが息をのんだ。名前を呼んで傍に寄ってもらう。君に願われるなら、俺はいつでも死ねるよと伝えれば、固まったウィナフレッドが俺の肩を抑えた。

 

「それ誰にでもいえるの」

「ん、いや、身内だけだ。騎士殿にも、上司殿でも、領地の皆でもいい。願われる言葉の裏側を知り、それが求められることなら、仕方ないなと思う。」

 

 仰向けに押さえつけられたまま、ウィナフレッドが馬乗りになってきた。誰かが八つ当たりであなたに死ねと云ったら死ぬのかと真剣に問われる。それは応じられないかな。

 

「条件を付けているだけだ。ただ、呪殺に至るまでの本気であるならば、それは俺が何かになってしまった時なのだと思う。」

「……さよならを言えなくなるというのは、ヘズさんが変質した場合、自らの手で殺すということ?」

「是だ。なに、代行時代のけじめだ。それをヴァテストゥデレと先代に確約しなければ、俺は上司殿の代行すらもできなかったからな。」

 

 長い長い沈黙の後、ウィナフレッドが横に降りた。ため息と共に肩を叩かれて、横向きに風で浮遊される。器用だねウィナフレッドサン。

 

「そういえば二つ俺が飲んだら駄目なのか聞いたら、アーティファクト自体が対消滅するっていってたぞ」

「絶対やらないでね?、それ僕らも存在の対消滅で死ぬやつだから」

「……、……、ちょっと待ってくれ」

「うん。」

「……存在の対消滅?」

「うん。」

「『存在の』対消滅ってあれです、全次元の存在を消し去る最終概念の総称ですよ?」

「そうだね。」

 

 アルカイックスマイルのウィナフレッドサン。俺の自覚が遅れてやって来たのをみて、実は内情楽しんでるだろう君。

 

「なぁ、もしかして、俺が想像しているよりこのアーティファクト、遥かに意味合いが大きいんじゃないか?」

「僕、一応一晩掛けてヘズさんに説得するつもりだったって行動で示したつもりなんだけど。」

「……、飲んじゃったぞ」

「だから、ごめんって言ってるじゃないか」

 

 わざわざ眼鏡を掛けさせられてウィナフレッドがアイコンタクトで全部伝えてきた。全てを賭けた、死がふたりを分かつまでの本気バージョンじゃないかこれ。

 眼鏡をかけたまま両手で顔を隠して唸った。耳が赤い自覚がある。

 頑張って上体を起こして、壁を背にウィナフレッドを見上げる。君も何故か顔が赤いのは何故だ。

 

「宣誓破棄できるのかこれ?」

「できる。それは竜種以外には知る術はないらしいけど、構成物質を感知できるなら同一の物が在るのは普通に分かると思う。誓って分かれたっていうのは周知されるっていう」

「君、これ次元倉庫に放りこんでいてくれ。」

「いままでで一番の覚悟を決めた目で放置宣言は困るんだけど。」

「逆に訊くが、何故君は宣誓を遵守しようとしている?、仮に互いに秘匿を契約しても、俺の対消滅の危険は去ってないから、君が無理をする必要はない」

「自分勝手なことを言ってもいい?」

「いいぞ。」

「僕はもう、誰かにいいようにされてしまうヘズさんをもう見たくないなってちょっと思ってる。……ヘズさん?、瞳、わかりやすいけど、どうしたの?」

「今、トラウマを直撃した」

「え、何、ごめん、どれが駄目だった?!」

「代行時代に同じような状況で宣誓したことが、……そうだが、おまっおい!?」

 

 無の表情で今鱗飲んだぞこの人。これ、飲んだという動作が行われた段階で儀式が完了してすぐに中に消えちゃうんだよ。簡単に取り出せないんだぞ。

 具体的に説明を求められる。いや、今色々と別の要件が詰まってるだろ、なんでそんなに勢いが強いんだウィナフレッドサン。

 

「ぐ、具体的にって、今瞳越しに伝えた情報通りだぞ。」

「灰色。」

「……、なぜか俺は、性差問わず、その、なんだ、代行時の姿の評価が良くてだな。面倒くさくて器寄りに戻って仕事をしていたら、そっちの姿もなぜか評判になり、色々と問題が起きたところ、どっちでもいいから保護させろと迫られてだ、……」

 

 ちょっと本気で悲しくなってきた。言葉が詰まって、滲む瞳に慌てたウィナフレッドが中断を示す。

 

「聴いた手前最後まで聞くべきだろう。」

「だ、だって」

「君は知りたくて聴いた、俺は話せないほどじゃない。時間をくれれば全部説明する。」

「その、違うんだ、ごめんなさい。怒らせたかったわけでも悲しませたかったわけでもないんだ。ただ、今一瞬恥ずかしがっても喜んだ感情を受信したから……、ごめんヘズさん、ごめんなさいってば、あー……」

 

 クッションで顔を隠す。年甲斐もなくなにやってるんだろうな、と嫌悪に染まりながら下を見れば、行き場の無いウィナフレッドの手が目に入る。

 なぜ飲んだ、と静かに聞けば、ウィナフレッドが狼狽しながらも、次にそういうことが起きない処置を考えた結果、最短の方法が目の前にあったとのこと。馬鹿か君は。

 

「仮にもだ、こんな境遇でも、心配してくれる人がいたら嬉しいに決まってるじゃないか。」

「……泣かせていい?」

「駄目だ。ダメ。俺にだって年上の意地がある」

「あのね、僕は自分の意志で飲んだけど、ヘズさんは知らないで飲んだから、迷惑がかかるなって思ってたんだけど、嫌じゃないならいいのかなって」

「……最終的には君が決めることだったが、衝動的ではなかったか」

「いつ飲もうかは割と気楽に考えてた。だけど、その、ヘズさんへ上手い承認を得れたら飲みたいなって思ってただけで。ごめん断言するけど、今の行動に後悔は一片もない」

「宣誓破棄したことが伝われば、竜種から色眼鏡で見られるのは当然の措置だぞ」

「身近な人に理解があればいいよ、ヘズさんもそう思ったんでしょう。メリットが大きいっていうのは信頼も含んでの結果でしょ?」

「……君は、誰に俺がいいようにされたと思ったんだ?」

「真名を知っている人なら、あのワンユオさんでもヘズさんに善意で危害が加えられちゃうんだなって思ったら、なんか、いやだなって。……ヘズさん?」

「待ってくれ……、君、情に厚すぎないか」

「今、照れるところあった?」

「口説かれてるのかと錯覚したぞ。」

「え、口説いてもいいの?」

 

 腕で顔を隠したいぐらい、まじで俺を真っ赤にさせてどうするつもりなのウィナフレッドサン。おっさんで遊ばないで。

 ウィナフレッドの指がクッションをどけさせてきた。二の腕を抑えられて、正面から覗き込まれる。ピピー壁が邪魔で逃げれません。知ってる。

 恥ずかしすぎるぞ、と頭を引いてずりっと顔をそらせば、頬に手を当てられた。この子は何処でこういう動作を覚えて来るんだ。

 両頬に手を当てられ、正面に向きなおされる。ウィナフレッドが真剣に俺を見ている。眼鏡も掛けられて、また何かを気持ちを偽りなく話す気らしい。なんだね。

 

「ヘズさんは恋愛が嫌いな人ですか?」

「……?、いや、そのようなことはないですが」

「じゃあ恋人関係や変化が重たく感じる人?」

「そのようなこともないです。」

「じゃあ、なんで僕の言葉に左右されてるのか聞いていいですか?」

「……君、普通聴くか?」

「はぐらかされたら一生聴けないと思った。」

 

 あ、白じゃないんだよ。なぁ、これは泣いてもいいか。逃げ場がない。狼狽したくなくても動悸が激しくなる。真っすぐ正面にウィナフレッドサンが居るし、俺はなぜか、ウィナフレッドサンが紡ぐ言葉の音色に大層弱い。

 困って、年甲斐もなく涙目で顔を伏せて逃げたいが、ウィナフレッドが言葉を待っているから、不思議なぐらい体が動かない。

 あのね、と両手を取られて、指の腹で俺の指の背がなぞられる。くすぐったい。伝わる熱が優しさで満ちているから、頭がおかしくなりそうだ。

 

「僕がなぜヘズさんを好意的に見てるのかわからないわけじゃないでしょう?」

「回答するには俺の語彙力が足らない。」

「理解できるって一言言ってくれればいいよ。」

「理解したくない。」

「そこで拗ねないでよヘズさん……。」

「子も生涯のパートナーも真剣に考えるものだ。君は俺以外にもきちんと友誼を結ぶものがいる。こんな事後承諾で覚悟を決めるような軽いものじゃないだろう」

「だって、僕が気にしないっていうなら、ヘズさんも気にしないんでしょう。……あのね、ヘズさん。あなたが宣誓破棄できるなら、今回のは気軽に考えてほしいんだ。これはメリットしかないと思ったんでしょう。なら、あなたが僕の好意が嫌いでなく厭うものでなければ、受け入れてほしい」

「なぜ君は俺の好ましさが嫌ではないんだ?」

「……、……、ヘズさんに傍にいてほしいからかなー」

「回答をはぐらかさないでくれ、正面から眼鏡越しを外して覗き込むな。」

「なんか慌ててる?、事実だよ」

「君をたぶらかしたいわけじゃないんだよ」

 

 涙が止まらない。大粒にゴロゴロと溢れてくる。ウィナフレッドが気まずい表情を浮かべながらも、頬から手を放してくれない。

 聴くなら最後まで聞かせてやろう、と理由を次々と上げていく。

 

「君はこの姿の俺が好きなのだろう?」

「……そこか」

「は?」

「僕はヘズさんの在り方が好ましいと思ってる。どんな形でも、ただね、ヘズさん、あなたがどっちの器の形を長く維持していても、僕は惚れると思う。」

 

 瞼を閉じても、俺の指をなぞって無理やり開かせようとしないでくれ。ウィナフレッドが告げる言葉は真実で、だからこそ感情の変化の速さが怖い

 怯えているわけでもなんでもないが、誠実を示して真情を曝してくれたウィナフレッドを放置するのも不義理。

 

「保護を受けた一年後、誓約通り宣誓破棄をした」

「うん。」

「本当に名前だけの関係だった。あの頃にはもう監視が付きまとっていたから、直接二人で会うことも年に数回だった。だが、彼女は満足そうに俺を褒めてくれた。先代だ。不名誉なことをしたと彼女は俺に謝罪までしてくれた。」

「……うん」

「先代には長年連れ添ったパートナーがいた。数百年前に亡くなった後でも、彼女は神域のかくあれ、という姿に応え続けた。その生涯の最後を、俺への宣誓破棄という形で汚名を残してしまった。眼を与え、代行者として立てた者と契約を結んだ事実は消えない。次代を確保したその年に信仰者たる者たちに追求されて、俺は初めて事の重大さに気付いた。」

「代行者になるために、宣誓したの?」

「した。身命宣誓で。けじめをつけるために、他のことも結ばされてなんでも先代の要求をのんだ。……ここからは本当に不思議な話なんだが、いつの間にか次代の子守役になっていた。こいつは裏切らないぞと示すために、なぜか契約の継続をしたんだ、先代は。」

「そこから、代行時代の馬車馬のような百年に続くの?」

「よく覚えてるねウィナフレッドサン……、信頼を俺は裏切ることはできなかった。彼女に意図が無くても、親愛を示してくれた大切な人の形をてひどく汚してしまうのは耐えられなかった。」

 

 ウィナフレッドがしばし逡巡すると真直ぐに見つめてくる。

 

「それってヘズさんからは一生宣誓破棄しないってこと?」

「うん?」

「あなたが嫌だった場合は、そこは僕もけじめをつけるけど、そうじゃなかったら、継続していいってこと?」

「君が嫌がらない限りは、メリットしかないし」

「僕二回目だけど、いつ承諾を得ようかなって悩んでたんだよ、要約すると。一晩掛けて説得するつもりだったって言ったじゃない。意味きちんと理解してる?」

「したくないけどしてるぞ。」

「もう一度聞くね、なんで僕の言葉に左右されてるの?」

 

 君生粋のサディストだったりしない?。

 涙で濡れて、まだ止まらないのに、じんわりと頬が熱くなってくるのを自覚して動こうとすれば指を組まれた。さすられる指先、熱が伝わってくる、ウィナフレッドの本気。

 指をなぞられて、悲鳴じみた声を上げれば、ウィナフレッドが顔を伏せて肩に額を押し当ててくる。

 ヘズさん、と名前を呼ばれて、両手を外されて肩をおさえつけられた。

 ウィナフレッドが顔を寄せて囁いてくる。言葉がくすぐったくて、胸の底が熱すぎる。涙で濡れたまま正面に戻ったウィナフレッドを見つめれば、固まった。

 

「君といると頭がおかしくなりそうだ。」

「……、……、全部、あの、伝わってくるんだ。だから、その、ヘズさん、」

「君は俺をもてあそんでなにがしたいんだ」

「泣かせる意図は一切ないんだよ、ごめんなさい、でも、その、もう止まらなさそうなんだもんヘズさんの涙。でも、あなたの言葉が聞きたいなって」

 

 生き方に憧れている。眩しいぐらいウィナフレッドさんは真直ぐだ。気を配り、俺みたいな存在のために無理をしてくれる。

 ここは別の世界。ここは終幕後の世界だ。ここは、生きている者の世界である。俺の居場所ではないのに、ウィナフレッドさんがここに居てもいいよと示してくれる。打算無く、純粋に慕われるのはつらい。

 

「君は善人だ。俺でない誰かに惹かれてほしい。俺は隠し事を一杯する。君を騙すし、誓ってないことは示さない」

「それでもいい」

「俺という足かせで君の自由を奪いたくない。だが、安全と保護を両立するには俺が領地に戻る必要がある。だから、すぐにでも封印を掛けて、記憶を外して、消えたかったのに、俺が甘いから、君に俺という存在を結ばせてしまう。」

「好き嫌いはわかるし、この気持ちの偽りがないことも誓える。だけどね、ヘズさんと同じように、ただこの関係が続けばいいなって僕も漠然と思ってる。ヘズさんは誠実を示してくれるのに、僕の方が明確に断言できない。わがままで、不義理なんだよ」

「それは当たり前だ、すべての関係に断言できる言葉など、何一つないのだから。はっきりと言っておく。君は俺に会うべきじゃなかった。」

「なんで」

「俺がいなくても、君は大きな空に羽ばたいて飛べるものだったからだ。」

「もしもの話なんて、今は存在しない。」

「だから後悔している。優しさに付け込んだツケが回ってきた。騎士殿が来た時点で、俺は君の記憶を真っ先奪って、消えるべきだった。」

 

 本気の後悔の涙、ウィナフレッドさんが沈黙に移り、ただ俺の涙を静かに拭ってくれた。

 

 泣き疲れた俺を抱きしめる存在が居る。ウィナフレッドさんである。

 なぜおれは仰向けのウィナフレッドさんの上に乗せられて、抱きかかえられているのだろうか。

 

「これは誓約を切ってもらった時から考えてたんだけどね、僕さ、どちらにせよヘズさんがいなかったら死んでたんじゃないかな」

「……、そのような原因は何一つなかった」

「あの日ヘズさんと出会わなければ、僕は長期の異界探査の同行手順を結んでいた。申請期間の期限が丁度一月前だったから。」

「因果の結果は?」

「一か月後、ヘズさんがいなければ汚染された渦が間違いなく落ちていた。これはガーランド国が一月前に異界侵攻の前段階のポータルを開いたから間違いない。その時から点間の中継器はエラーを起こしているから、いずれにせよ、一月以内にその僕は任務に戻り、汚染を浄化する軍に長期所属する羽目になる。今も各国で点間門のエラーから、隔離していた領域が壊れている場所もある。僕の優先順位は申請前じゃすぐに移り変わる。権威も保護も何もない僕の紋章はヘイニー院を守るのに精一杯。僕が不甲斐ない働きをすれば没収される可能性もある。なら、僕はこの身を粉にしてでも軍に尽くさなければならない。」

「あの場所にはヘンリックさんもゲイザーさんもいた。」

「あの渦は変転を確約できない限り、都市ごと封鎖領域の対象下にあった。それは事後数時間で判明した措置で、軍は秘密裏に別部隊であの大海嘯の警報を聞いて封印処理の準備を行っていた。だけどね、その処理も、確定できないぐらい点間門が収束しすぎてしまって、下手に処理を行えば領域封鎖どころか、領域破壊になってしまう調整しかできなくなる。封印が出来なくなると、どうなると思う?」

「殲滅?」

「半分正解、救助も断念した場合、最小規模で収束ができるようにと浸食領域全てを対象に封印処理を行う。殲滅どころか討伐もしないでそのまま蓋をしちゃうんだ。でも点間門はエラーで使えない。そうなるとこの都市をきっかけにタバヴ・ワポ・ルの王都も手薄になる。国の威信をかけて封印できなければ、条約に違反するからね。ここからドミノ式に、あの領域周辺の国は打撃を受ける、少なくなくないはずの死者が出たはずだ。」

「君には誓約の加護がある」

「加護を掛けた人が死ねば効果は消える。祝福とは別なんだよ。祝福も、汚染されれば呪いの枷となる。僕は逆手に取られて、タバヴ・ワポ・ルという国が滅んだあと戦力補充に売られる。いいように使いつぶされる未来しか目に浮かばないね。」

「……君は、何があっても俺をつなぎとめようとするな」

「事実だもの。これはヘズさんだって考えられることだ。」

「重たいだろう、降ろしてくれ」

「僕、筋力係数は軍人並みにあるよ」

「……、うそだろ?」

「表に出ない精錬作業を行ってる、だから軍人男性にも筋力は負けない。患者と重たい機材を運ぶのに必要だから」

「俺の気持ちが重たくなるから離してくれ」

「灰色」

「恥ずかしいだろ、やめてくれ、頭を撫でないでくれ安心してしまう。ウィナフレッド、横向きにするのはいいが、そんながっちりと抱きしめないでくれ。苦しい」

「絶対交際人数僕で終わらせてやる」

「怖いこと言わないでくれ……」

 

 背中をさすられて、不甲斐ないが寝落ちしてしまった。

 

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