銀杖の担い手 ライト版   作:海に流れるアリ

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四章 (4)逆鱗の鱗の杯 2

 

 ウィナフレッドは竜種たちの友人に呼ばれてしまった為、俺の起床時には既に居なかった。

 朝食と治療に呼ばれたので借りたガウンを羽織りながら招かれた部屋に入れば、挨拶する前に『領域掌握』の実権で別の場所に飛ばされていた。ヴーヨン・ザゴ殿の私室らしい。

 ヴーヨン・ザゴ殿が俺の顔を見て真っ青になったままだ。

 熱や病気は俺の体には起きませんよ、と安心させるように告げれば、ヴーヨン・ザゴ殿が真剣な目で俺の変化を促してくる。

 

「俺の眼に祝福が宿っている?」

「ごめんなさい、これは完璧に私の落ち度です。あの馬鹿がここまでお気に入りを示す方法を出すとは思いませんでした。」

「加護や祝福の永続って、ようは供給源を外から中に変える祝福への構成転換ですよね、頂いた加護は座標への確定と風への恩恵ではないのですか?」

 

 椅子越しに立つヴーヨン・ザゴ殿が面を覆っている。

 正面の鏡に移る俺の瞳は、現在祝福が存在しないが、この領域に届くほどリンギーチ領の女神の代行者の証は知れ渡っている。

 一介の従者に恩寵を示す権威を一番情報量の大きな眼に宿したとそれはもう天をつんざくような大騒ぎだったらしい。初耳なんだけど。その時代代行者殿は思考をさせないように誘導されてましたからね、とのこと。まじです?。

 

「領域掌握の簡易版です」

「……それは、確実に概念の『焔』が宿っているアーティファクトというか、その、意味なのでは」

「あなたは私の槍を返す手順を無意識に行い、なおかつあの竜種の慟哭を聞いて弔う意味を込めた祈りを私に送った。礼を尽くすに至る交換条件を満点で叩きだしました。事情は割愛しますが、あの馬鹿がこの領地に戻ってこれたのは数百年ぶりです。」

「あれだけ我がもの顔でこの領地を滑空、肩で風を切る様に動いてるのにですか?」

「宣誓というのはいろんな形があるのはあなたが一番ご存じのはずです。ただ、これは困りましたね。あなたの寵愛を掻き消すように祝福を送ったとあれば、全面戦争になりかねません」

「うちの当代の上司殿はそんな心が狭くはないと思います。一応、今は幼少期ですが」

「少人数への説明と詫びで済めばいいですが、代行者殿、これはあなたの司る女神の矜持、そして領地の象徴たる祝福そのものを汚した。つまりです。宣戦布告どころかすでに先手の一撃を放ち、なおかつ人質を取って喧嘩を売ったに等しいんですよ」

「……、……、例えば、俺が先にこのバシ・ガファの領地に先に宣戦布告を行った為に、上書きをしてそれを無効にした、とかそちら側の勝利で収まった為に俺が祝福を破棄したとか、できませんよね」

「あなたがどちらの領地の名誉も地に落としたいのであれば、それでもかまいませんが?」

「そんな気はさらさらないです。ごめんなさい、俺も打つ手なしです。」

「……、不躾に窺います。許可を出せそうならば答えてください。あなたの祝福の発動、条件が揃ったときの対価は?」

「?、ありません。しいて言うなら、贈られたとき、直訴して揃った状態での条件を提示してもらいました。……え?、えっと、俺はその条件に一つ私的に書き足しました。条件下の追記に俺という存在が正常時にのみ回路を開くと作動する、と。」

 

 これを寵愛で済ませますかリンギーチ領の女神、と呟いてさらに顔色が悪くなったぞ。

 

「……、同条件でお伺い致します。大本の術式の原型は?」

「『存在』と『魂魄』、作られた『眼』の三つが前提で発動条件です。この大本の三つがある限りが回路の有無問わず術式は行使される。今の俺は二つの条件がそろっている状態ですね。」

「……、……そ、それでは、今のその器の眼はあなたの贈られた眼ではない?」

「是、であるんですが、あー、そのことなんですが、お伝えした通り、俺の本来の器は今、変転した大厄災の器に成り代わってます。」

 

 その一言で一気に冷や汗を流したが、安心も得られたらしい。焦りました、とヴーヨン・ザゴ殿が両手で顔を覆った。

 

 

 大厄災の対消滅への手順を再度俺の解釈を通して話すと、ヴーヨン・ザゴ殿が机の中から飴玉をくれた。動作一つで終わらせられるのに今の行動に意味があったのかは不明である。

 騎士殿に話した様に、俺は条件の一致しない今を変える為、三つの条件を揃えなければならない。そのためにメフィスに器を別に用意して本来の器を取り戻す必要がある。

 この体を譲る気でいたが、祝福を受けた今、別の器を作る必要がありそうだ。控え目に伺えば、ヴーヨン・ザゴ殿が固い肯定を示してくれる。絶対に譲るなと、はい。

 

「……、そんなにこの祝福はまずいのですか?」

「アーティファクトは魂魄側に刻まれたのですが、あの馬鹿が一文加えてますね。私も加えた一文で相殺しているような状況ですが」

「すみません、俺の食べたアーティファクトに相殺するような概念二つ組み込んでんですか?」

「この重大さに比べれば、それはひげが伸びるぐらいに些事です。」

 

 そんなわけねーだろ。話す気がないと見えるので、仕方なくヴーヨン・ザゴ殿の話題に乗る。

 

「私が今あなたに対して心底焦ったように、同一の条件に一致します。竜種は慈悲深いですが比例するように執念深いですよ。祝福を贈った中身が違うとあらば、祝福の対象には害をなしませんが、余程正統な理由がない限り、気にくわない器の持ち主は確実に抹消するでしょう。」

 

 竜種可愛いけど面倒くさいな。

 

「魂魄のアーティファクトが、ウィナフレッド側が宣誓完了した途端眼に出ている原因はなんなのでしょう?」

「端的に最終的な要因を述べます。あなたたち、洗礼の儀も完了させませんでした?」

「……情報量が多すぎるんですが、つまり、俺たち正式に婚姻が完了してるんですか?」

「はい。しています。ヘイニーさんもご存じではなかったようですね。昨日訪れた時、祝福の言葉を口にしてませんでした?。三回以上相手の宣誓の成就を断りませんでした?」

「……、破棄を促したり、契約無効を示しましたが、……その、どういうことで?」

「二つ以上の対象に真名を握られている状態で、不知火の杯を持った相手の要求だけを優先する、他の要求を全て突っぱねるということを明言する必要があります。要約するとあなたが私の存在を刻んでくれるなら、他になにもいらないよ、という意思表示ですね。」

 

 竜種が来る前にウィナフレッドが真っ赤になった理由それかい。

 

「寓話じゃないんですから、そこに含まれる意味合いは簡単なものですよね。どうせ甘言に弄されない誠実さの証明的なものでしょう?」

「その通りです。だが、竜種がいるこの神域においては条文が追加されている。洗礼の儀を完了させた対象は番として認めると」

「……、……だから竜種にはわかると」

「はい。」

 

 無言で先を促した。

 

「竜種は宝物に目が眩みやすい。親愛に流されやすい。ゆえに、この神域での正式な婚姻を示すには、杯の過程中、いかなる甘言、要求も突っぱねる必要がある。全てを敵に回しても不知火の相手を取ると。儀式の手順は簡単です。条文に一致する宣誓を仲人がする。杯を受け取る前の片方に知らせる。そして片方には知らせない。それは儀式が解っていてもです。すべての交渉は仲介人には筒抜けであり、ヘイニーさん側に昨晩の内からかけていたようですね。自身らの贈り物を正当化するために。」

 

 俺は全てを掛けてあの竜種共を細胞一片になるまで全て潰さなきゃならんのか。

 本気で憤怒しかけて沈静化すると、ヴーヨン・ザゴ殿が目を丸くして俺を見た。なんでしょう。

 

「いえ、シュゼーロポキが改変した眼については怒られないので?」

「?、善意で此方を慮った品なら、うちの上司殿も納得してくれると思います。そういう人だから。ていうか勝手に俺の回路から供給源を引っ張っていくぐらいですし。使えるものは何でも使う合理性がいつの間にか習性になってますね。主に騎士殿の教育のせいですが。」

「あなた方の関係はとても面白いですね。では、あなたの領地の上下の線引きは?」

「上司殿が一、二が俺。三番目が騎士殿です。他にも領地の住民や滞在者はいますが、基本条件無用で役職自由に作っては議論になった時だけは上司殿が場を設けて討論させてますね。司法の役目は先代が身をもって記した条文です。それも、改定することが可能です。」

「現在のリンギーチ領は一つですか?」

「現在は一つです。この時代は俺が女神代行者を務めて居ましたので、先代に賜った俺の領地が神域に昇格しました。俺の領地はオルトマギアのクヘンに領地が有りますから、侵攻の情勢上、現状は複数は難しい。拡大も百年以上先の未来の話です。俺はオクの神域からではなく、冥界に連なる場所から上司殿の領地を確保しました。」

「……いくつか降している、と。未来では最終的にいくつになりましたか。」

「未来の情報を開示するデメリットはありますか?」

「この場においてはないと断言しましょう。何かあれば私自身が責任を取ります。」

「完全な偶然と成り行きで五つの小規模異界を降ろし、最終的に二つ、俺が変転させて領地に吸収させてます。」

「……小規模、異界?」

「異界です。」

「……代行者殿、あなた何年ほど神域に尽くしました?」

「オクの時代で四百年ですかね」

「シュゼーロポキを従者に連れていきませんか?」

「あの、さすがに俺も今粉塵に変えてやろうかなっていう敵意を持った対象を懐に入れる度胸はないです。それにワンユオさんはヴーヨン・ザゴ殿の下を離れないでしょう。俺も初めて目の当たりにしましたが、あれだけ気の長い『幾』の星霜術を使う術士は初めて見ました。槍を持って契約の完了と成されたのでは?」

「私に槍をふるってはくれませんか?」

「それをしたら俺は対消滅どころじゃない恨みを買うんですが?、それこそ、ワンユオさんにも」

 

 一度あの槍で切られれば一度の復活で誓約ごと切れるんですけどね、とヴーヨン・ザゴ殿が額を抑えた。

 

「……、そういえばヴーヨン・ザゴ殿、ずっとお聞きしたいことがあったんですが、よろしいでしょうか」

「どうぞ。」

「現在の魂魄にアーティファクトがある状態でエーテル薬は飲んでも大丈夫ですか?」

「……、あなたが理の方に刻んだ概念は見たことのない陣でした。魂魄側に刻んでいる陣の詳細の開示を求めます。術自体の供給ラインが遮断されており、リンギーチ領の先代女神の祝福が邪魔しているために解析ができませんでした。」

「大厄災の『永劫回帰の呪い』です。」

「……、……私も長いこと女神を務めさせてもらっていますが、今日ほど情報が多すぎると思ったのは初めてですね。どうやって刻みました?」

「器の譲渡後、係数七プラス七桁の生死判定、七桁掛ける二倍以上の活性、……眼で渡していいですか?」

「駄目です。今あなたにはシュゼーロポキの検査対象に入っている。この私有地なら情報は渡せませんが、目を通されると阻止できなくなる。……そういえば、眼を開く条件に回路がありましたね。」

「昨日振舞われた酒に『泥酔』の概念が付与されてまして、解析した結果、きっかり丸一日という区切りになっています。呪いのようですが害はないです。」

 

 申し訳ありませんという謝罪を口にされて首を横に振る。昨日の話を聞くと、理の回路を閉じててよかったとすら思える。

 器の方に関してはさすがに一昨日から閉じたままだ。他領の神域から許可もなく受け取ることはできない。

 

「シュゼーロポキがわかっていて贈ったのかは不明ですが、泥酔に関しては私の顔を立てていただければと思います。」

「あ、大丈夫です。」

「……、これは、すべて事実で?」

「覚えている限り、記憶の抜け落ちが無ければそれが全部です。」

 

 ホログラムに情報を打ち込んで作業宜しく要件をまとめると、ヴーヨン・ザゴ殿が悲痛そうに眉をひそめた。

 そうですか、とヴーヨン・ザゴ殿が情報を受け取った。

 そうして徐に立ち上がると、俺の前で深々と頭を下げる礼をした。慌てて立ち上がろうとすれば、そのままでという鋭い言葉が飛ぶ。ガウンを外して礼を取ろうとした姿勢のまま、椅子に腰掛けることになる。ヴーヨン・ザゴ殿が幾ばくかのためらいを見せると、徐に手を叩き、一拍子で周囲を灰色に染めて封鎖措置を施した。

 

「先に謝罪を。ガゼット・ライラック・ヘズ・セモニ ・ リンギーチ・オブスサーバー、あなたはこれから未来に置いていかなる理由をもってしても、現在の状況でエーテル薬を飲むことを禁じます。」

「うぇ、……っ!」

 

 いつの間にか赤身の槍が握られている。一工程ですべての術式を展開した。無限に広がる領域に幾重にも広げた魔方陣が花のつぼみの様に開いていく。

 鏡写しの反射のように広げていく魔方陣の色は青、赤、緑、黄色、白、そして足場たる草原に展開した黒い墨汁のような色をした魔方陣が、俺とヴーヨン・ザゴ殿の足元を中心に広がっていく。

 頭上にも黒い魔方陣が展開し、上下挟んで円筒となる。漆黒の魔法陣のなかに閉じ込められた俺の傍にヴーヨン・ザゴ殿が寄る。

 喘ぐように胸を押さえて、身を縛る漆黒の宣誓が、もうすぐ永劫回帰の呪いに到達しようとしている。これが接続されれば、俺が壊れてしまう。涙に喘ぎながら胸を必死に掴んだ。赤棘の霧の残滓すらも生ぬるい、存在自体に食い込んでくる針の筵。そう来るなら消えてやるぞ、と愚者の鎖を取り出せば、ヴーヨン・ザゴ殿に戦慄が走った。

 残機もない、愚者の鎖も使えない、未来でその切り札を使えなくなったら、俺は誰かを救えなくなる、困惑と悲鳴を乗せてヴーヨン・ザゴ殿を見る。

 倒れるように蹲った俺にヴーヨン・ザゴ殿が膝をつく、膝枕をされて、眼に手を当てられた。落ち着いてくださいと宥められる。

 そのまま浮遊からの片腕で持ち上げられると、膝の上に載せられた。肩を抱くように撫でられて、背を叩かれる。

 

「現在の状況です。あなたの情報の限り、今、あなたがたは過去に戻ってきていますね。座標となる地点は分かりませんが、終点が無ければ術は作動しないはずです。この制約は私の身命を乗せてあなたにかぶせます。その激痛は申し訳ないですが肩代わりできません、あなたの魂魄に刻まれた回帰の層が深すぎる故に、保護する層が深くなりすぎている。説明不足でした。消えてはいけません、代行者殿。」

「……、っ、……!」

「私からあなたに祝福を送ることはできない。それは違反することなのです。ですが、シュゼーロポキと同様に、加護を祝福の様に書き換えることができる。これはその措置の前段階です」

 

 困惑のままヴーヨン・ザゴ殿を見つめる。普通許可を取ってからやるでしょう?。

 困惑をそのまま宿して伝えれば、ヴーヨン・ザゴ殿が瞼を閉じる。照れるところじゃないですよそこ。徐々に耐えがたい痛みが全身を巡る。あの黒い魔方陣が上下に狭まってきている。あれが原因だ。止めてくれないかと目で訴えるが無情にも首は横に振られる。今気づいたが、漆黒の魔方陣以外、全てで一つの、治癒と浄化を司る再生機構だ。あれを回しながら、介入概念を片手間にやって来るって、最上位の女神じゃないですか。

 関心と呆れを乗せて涙を流していると、ハンカチで目元をぬぐわれる。でも大本の機構を止めてくれないと意味ないんですよね。

 ヴーヨン・ザゴ殿が悲痛そうに気まずげに目をそらした。本当の激痛はこれからなのです、と小声で死刑宣告をくれる。やだー。

 耐え凌いで蹲っていると、ふと、体の感覚が消える予兆を察知した。

 激痛が一旦治まったように錯覚の後、走る白雷が来る。この術を見たことがある俺はいそいで、器の回路を開き、ヴーヨン・ザゴ殿を跳ねのけた。

 首飾りの置換を切って、共に外側に出る。同時、上下からゆっくりと閉じていた魔方陣が一つに重なった。

 

 轟音と共に、上下の魔方陣から白雷が俺に向けて走った。

 ホワイトアウトする。火花が散って、崩れ落ちた体に触れる空気すら、火あぶりにされているような錯覚を受ける。

 痛い痛い痛い。痛すぎて何かに縋りたくなる。両手で必死に自分の体を掴んでも、正気が飛びそうになる。叩き落とされる寸前、浮遊が渦巻き静かに着地させてくれるが、いたい。

 無言で泣きまくっていると、ヴーヨン・ザゴ殿が慌てて漆黒の円筒を閉じて、今度は白と緑色の魔方陣から成る円筒を俺の上下に作る。

 泣きじゃくっていると、この方陣内でも、外側と同じ機構を再度使ってくれる。回路開いて分かりましたが、ヴーヨン・ザゴ殿、今エーテル活性度すさまじい桁数飛びましたよ。

 

「……まさか、施術前に飛ばされるとは思いませんでした。」

「その譲渡は違反どころか禁忌の行為でしょう、他領からの祝福よりもよっぽど質が悪い、ばれたらどうするおつもりですか」

「代行者殿、良く喋れますね。」

「感心するところはそこではないでしょう。……いまの白雷の余波で回路を開きました。ここなら、ワンユオさんにも観測されないのでしょう。でもだからって、存在の譲渡とか馬鹿なこと止めてください。」

「現状では飲めないエーテル薬を飲めるようにするため、風穴の虫食いを埋めるだけです。」

「先代に叱られるのは俺なんですよ!ワンユオさんにも怒られるでしょ!」

「……、本気でヘイニーさん含めて、うちに来ませんか代行者殿」

「何故、俺にまで喧嘩を売ってらっしゃる?、お断りします。この世界に置いて正式に仕えるのは先代と上司殿のみです。……もう、あなたのせいで俺、残機すら増やせないじゃないですかぁ」

「今しがたあなたの眼を送った先代リンギーチ領の女神の気持ちが理解できたところです。」

「すみません、できれば定命にもわかる難易度で会話をしてください、ヴーヨン・ザゴ殿。」

 

 ひゅーひゅーと肩で息をしていると、視界の片隅でヴーヨン・ザゴ殿がダイナミック自殺をしている。意味わからないんだけど。

 赤身の槍をふるって一突き、自身の胸に風穴をあけて、彼女が指を鳴らすと俺の胸が熱くなる。……ちょっとまて。

 

「いえ、足せないなら入れ替えるべきかと思いました。」

「意味が分からないんですが?、え、まさか譲渡じゃなくて現行の器わけたんですか!?」

「魔力路ぐらいにはなるでしょう」

「意味が分からないんですが!?」

 

 完治したヴーヨン・ザゴ殿が服に穴をあけたまま俺を直に持ち上げてくる。そのまま姫抱きで外に出られた。

 

 

 ヴーヨン・ザゴ殿が右手の人指し指を振って私室に戻ると、ワンユオ殿とみられる竜種の人型がウィナフレッドを連れて立っていた。

 何も言葉を交わさぬまま、ヴーヨン・ザゴ殿がウィナフレッドに俺を渡すと、ウィナフレッドがベッドに降ろしてくれる。

 治癒術の行使の許可を取ったウィナフレッドが、俺の体に理力と魔力を同時に送ってくれるが、今度は心臓の激痛で悲鳴をかみ殺した。

 

「シュゼーロポキ、あなた何を足しました?」

「女神殿が三つ揃って生存する時分に限り、私の実権の発動権利だが?」

「実権だがじゃないんですが?、何しれっと先代殿に対抗してるんですか。私はあなたの強欲のせいでリンギーチ領の女神の先代に喧嘩を売る所だったんですよ?」

「馬鹿なことを言うな。……は、?、否、まさかそんなことはなかろう。現に三度確認した。そこのリンギーチ領の女神殿に、先代の眼がないことは確認済みだ」

「今、その方の器そのものが違います」

 

 今ワンユオ殿、きゅうりおかれた猫みたいに飛び上がったぞ。

 そろそろと足音を消して近づいてきたワンユオ殿が俺の前髪を指でかき分ける。ワンユオ殿女性だったんだね。今はですか、そうですか。

 

「……、……其方初見殺しとよく言われないか?」

「今思いついたんですが、ヴーヨン・ザゴ殿、俺にエーテル薬をくれた後、その槍で俺を切ってくれませんか?、万事解決します。」

「それをすると、代行者殿が戻れなくなりますし、リンギーチ領の先代女神にもまとめて喧嘩を売ることになるので却下です。」

 

 心配げの念を瞼を閉じることで遮断した。自然に発言を無視したワンユオ殿が狼狽している。俺はこの原因を作ったことへもそうだけど、ウィナフレッドへの唆しを含めて怒っているんだ。ワンユオ殿なんてしらん。

 ウィナフレッドが悲痛そうに俺の胸に手を当てている。脂汗を拭いてくれるが、生憎止められそうにもない。内臓の痛みから神経痛に代わって、今日は痛みのパレードである。やったね。

 頭を撫でられて無言で甘受していると、ワンユオ殿がごく自然に俺の涙を指で拭って離れていく。ヴーヨン・ザゴ殿と口論しているのが聞こえる。頼むから変に拗らせないでほしい。

 

「申し訳ないですが代行者殿、『存在の変移』について情報開示をここですませてください。」

「人間、代行者、人間、怪異、神霊。」

「おかしなの混ざってるんだが、どうする」

「三つ目と四つ目の情報については全く該当するものが無いんですが、どういうことですか?」

「未来に属性を置いてきてます。俺は神霊になる前に、人間の器で一度存在ごと対消滅と同じ作用で消えている。」

「あなたは何故、代行者をやめたのですか?」

「大厄災の討伐時にすべてのラインを切断する為です。そもそも、俺は未来の座標に置いて女神の代行者を止めている。……俺とその同胞は観測されていないですが、全次元に存在する大厄災に対して完全な勝利を成した世界線から来てます。」

「取られる前に染めるか?」

「それは考えましたが、与えてもらった恩義に対して失礼が過ぎる。」

 

 俺が耳を赤くしていると、二人の会話がわからないウィナフレッドが小声で訊いてくる。今俺が手籠めにされようとしているところだよ。

 目で答えると、ウィナフレッドが無言で青杖を構えた。目の前の女神だろうが竜種の長だろうが関係ないとばかりに防衛機構の一番目を展開した。一瞬の隙である。

 

「……、わかっていましたが、代行者殿も、生身で干渉を阻害するヘイニーさんもわりかし規格外ですね?」

「俺は称号の数が多いだけです。そこのウィナフレッドが一番の神秘の塊ですよ。」

「ヘズさんどっちの味方?」

「君。」

「ならいいや。」

「……リンギーチ領の女神殿、私とも話をしないか?」

「契約を解除してくれるならいいですよ」

「幾の星霜術式で第一工程を終えてるし、身命に誓ったから無理だな!」

 

 ぜってぇ喋らないぞ俺は。

 

 

  ヴーヨン・ザゴ殿がワンユオ殿にさらに誓約を掛けることで、俺は回路を開く許可を得た。

 条件は俺の祝福されたジャミング装置とほぼ一緒、だが、この器の眼は確定でこのまま。

 情報の精査を一度、俺の心臓の回路の開閉で行う。閉じて居れば遮断する。作用は呼吸をするように切り替えを意識すると作動する。心臓の回路を開くと眼の権能は使える。補助も受けられるようだ。

 試しに作動させてみると、内在理力の密度を数秒足らずで魔力が上回った。一旦蛇口を閉める。おかしいぞこれ。

 

「あの、この心臓、魔力炉ですか?」

「いいえ。生成炉です」

「……俺、図らずも定命やめました?」

「いえ、多少長寿になる程度ですね。恩恵は器の頑丈さの向上ですし。……代行者殿は既に六百歳を超えてらっしゃると伺いましたが、本当に短命種族なのですか?」

「代行者に引き上げられたときに、エーテル薬を器と理の回路に回す術式を学びまして。器の形成は百年ほどで留まってます。」

「ふむ、大厄災の討伐にはその条件が必須、と。次元阻害が最低条件とは恐れ入りますね。」

 

 情報を抜かないでください。わりかし一般的でしたよ、といえばウィナフレッドとワンユオ殿に同時に首を横に振られる。ポピュラーだったもん。

 生成炉っていうと、理と器とはまた別、『存在』への補助機構だ。エーテル薬を魂魄に回せない代わりの措置なのだろう。愚者の鎖使えないと詰むんだけどな。

 今、俺の魂魄への概念干渉すべて阻害されているらしい。たとえエーテル薬を飲んでも、残機を増やす術式が作動しないらしい。大本の呪いが悪さしているようだ。

 

「魔力と理力を炉自体に回してください。それで効果がすぐわかるはずです。」

「……、炉の感覚が、再生に使う濃度にまで煮詰められる?」

「白白の代行者殿なら作動が可能でしょう。条件は付けてません。そもそも移植したので、ご自身で制約を設けてください。」

 

 移植。心臓という物理を消費して、魂魄側から引っ張ってきた品の一つ。これ、ヴーヨン・ザゴ殿が持ってた陣一つ譲ってもらったに等しいんじゃないか。要約すると魂魄がなくても、この『生成炉』に残機をためることができる。そして、それは大本の呪いが再現できないために供給制限もできる。祝福のジャミング装置と一緒のユニークアイテムだ!!

 理解した途端冷や汗が流れてきて、何を返せるかと慌ててると、ヴーヨン・ザゴ殿が微笑んだ。

 

「代行者殿なら魂魄を通さず、そちらに独立した術式を移植できますよね。以後そちらにためてください。阻害されている間の魂魄側の術式を切っても良いですが、術式自体が感づかれる可能性が高いです。その炉は『黒』では模範が不可能。あなたになんらかの概念がまとわりついているのは理解できました。ならば、私が移植した炉も、私が捕食されない限りは、この世界線では永遠に再現は不可能でしょう。」

「『灰色の世界』から経由して、死者の呼び声を返してくるとしたら?」

「それは有り得ません、大本に供給される前に端子を隔離、情報を還元させずに存在ごと消滅させましたから。中に入って対策をしていたのは、収束させるのに手間取っていたのもあります。あなたの時代風に言えば、虎穴に入らずんば虎子を得ず、ですね」

 

 さらっと重要なことを言いましたよこの女神。

 

「あの落し子の中から楔を打ちました。同一の近似値に生存する私はいなかったので、取り込まれる前に消滅寸前まで弱体化した私を私が浄化して、この節目につながるすべての線形は閉じました。魂を持ち帰れたので、引っ張ってきました。シュゼーロポキとその配下の者にも力を借りて、接続した穴の全てを同時に変転させました。」

「あの、もしかして、その供給元の変転の魔力は?」

「代行者殿、あなたです。あの状況下で良く生きてましたね。供給にヘイニーさんが青杖を通して魔力を巡らせたもの私が受け取り、浄化したものをシュゼーロポキへ、そして代行者殿に分配してました。」

「循環装置ですか、俺。」

「炉で増幅させやすかったので、助かりました。星の魔力のおかげもあります。ヘイニーさん、あなたはよく白の理力を汚されずに生き残っておられた。」

 

 ウィナフレッドと青杖と俺、そしてあの元黒槍たる赤身の槍がなくば勝利は飾れなかったということらしい。

 楔を打ったのは第一領域の進行時から。あの時間まで。いずれにせよ回帰たる大本の呪いがこの時間に干渉しようとも、結果は覆らないということらしい。それは並行世界のヴーヨン・ザゴ殿が侵攻時に必ず行っていた契約事項で、勝利した世界線があれば成されるものだったらしい。女神の感覚でいえば死んでも頑張ったとのことだが、俺たちの時代でも結束を固めてもなかなか再現できない。その時の楔となる行動を並行世界で全てしているってのは、よほど強靭な理性がないと不可能であろう。

 だから過分どころか少なすぎるぐらいの礼なのですが、というヴーヨン・ザゴ殿である。これ以上は個人的に余るので、と苦笑して辞退すれば、ヴーヨン・ザゴ殿とウィナフレッドが顔を見合わせてアイコンタクトを交わしていた。仲いいね。

 

「あの、そういえば、俺の拒否反応とか、そうですよねヴーヨン・ザゴ殿が成功以外を成し得るはずがないですよね。」

「そうです。代行者殿、あなたは器の方への回路が不慣れと聞きました。魔方陣の展開時も類まれなる理力で賄っていましたね。器のというよりほぼ、心臓含め、過去の痕跡に出力に使った形跡がほぼないのですが、人間時はどうやって生きていたのですか?」

「一本に収束してました」

「……、それは常人と変わらないのでは?使用した形跡がないのは?」

「理と器、両方の回路を開くと永劫回帰の呪いが反応していたので使えませんでした。」

 

 心底かわいそうなものを見る眼で見られた。そうだよな。

 では、人間時の収束時の起動方法は、と聞かれたので答える。

 

「神経に流せるようにして、器の回路を一本の線に束ねた後、できるたびに収束させて、タービンみたいに増やしてましたね。こうすると高出力にも頑丈なんで。さすがに理はいじってませんが」

「代行者殿、安心してください、器と神経の回路をいじってる時点で十分狂人です。」

 

 

 

 ワンユオ殿が寄越した眼の調整に入った。これはウィナフレッドにも反映されていた。

 ウィナフレッドの方は自動でウロボロスのアーティファクトが俺の作用を真似て疑似的な遮断と接続を覚えているらしい。さすが。

 杖を取り上げられても、逃走が可能かも、とウィナフレッドが少々嬉しげである。無償費の恩恵がでかすぎるんだよな、これ。

 ウィナフレッドが真直ぐ、最終的にアーティファクトの許可したのは自分なのだから、ヘズさんが気にする必要はないのだという。

 

「そうだな、怒るのも俺の勝手だし。」

「ヘズさん。」

「俺は別にワンユオさんは嫌いじゃないぞ。ただな、年端も行かない若者を弄する老獪に厭味ぐらい言いたいだけだ。」

「でも、それはヘズさんが理由じゃないんだから、ワンユオさんがかわいそうだよ」

「……君は損な性格だな」

「えっヘズさんにだけは言われたくないんだけど」

 

 どうだワンユオ殿、こんな純粋な子を騙した気分は。念話の許可を出せ、みたいな圧の強い炉へのデータリンクが激しい。無言で訴えるな。

 仕方なく炉を開けば、ブラッグドッグの『長』の次元移動と同様の工程でワンユオ殿が現れた。

 ウィナフレッドが抱き上げられて、ぐるぐると上空に持ってかれた。すごい早業だった。風切りの余波もないから、居なくなったような錯覚すら受ける。

 

 眼を使う指示が来て、指示通り理の回路を開けば、ジャツ殿にもらった指輪が連鎖反応を示した。熱くなる指先に触れると、音の他に視界が共有される要素が増えている。……これはプライベート的に駄目だろ。外すと視界が消える。念じれば指環がなくともできそうだが、ロック掛けとこ。基本どちらでも『領域掌握』は出来るようだ。

 

 器の回路を開けば、内視の母港画面にぴこんと新しい操作パネルが増えた。

 

 『領域掌握』視界にとらえた対象の全ての範囲に座標を開く。◇領域内の空間座標次元内のポータルを記録する。ポータル内の魔方陣、術式を理力消費で複製反映させる。音の風の座標を経由してポータル内の移動を可能にする。

 『風印』加護たるアワラギの効果は編んだ印を『湧かせる』。風印なので風が湧く。

 『領域掌握』と『アワラギの風印』を操作すると、大本の(意味不明なワンユオ殿の)移動方法が体現できる。

 

 これ、スピード狂いのヒータクネスなら喉から手が出る程ほしがるだろうな。いわば、領域内のマルチロック。カメラの中に風の属性がある限り、永続無償費で対象を移動できる。

 ワンユオ殿のが寄越した『加護』は二つ、祝福は一つ。器側の『風印』に付属する加護。これは永続。風の属性がある領域においての物理的な絶対阻害。矢も弾丸も魔法も許可を出さない限り、無意識下では弾かれる。『祝福』は干渉した領域内の対象に自身の属性に変転させて掌握、追尾を付けて返却する。えっぐ。

 

 アーティファクトが存在するときにのみ存在に『加護』が転換影響する疑似『祝福』、これはもうご存じの通り『領域掌握』のことである。座標を開くの簡潔な解説であるが、点間と別の作用なのか、観測すらされない。これは十中八九、ワンユオ殿の権能だろう。

 

「ワンユオさん、これ、小規模なハイヴなら、僕一人で群を相手にできる?」

「できるできる。其方の白たる理力を持って座標を開けば、百使う分を一で核を穿てる。効果的な接続で効力は数百倍」

「ちょっと心強いかも」

「わっはっは、ちょっとか!然り然り!」

 

 元気そうなウィナフレッドがワンユオ殿にレクチャーを受けている。ドリフト掛けたり動作なしで急停止どころか着地できる意味不明さも楽しそうだ。

 

  

 浮遊の術と組み合わせると、凶悪性が増す追尾性能の速度にドン引きしていた。なんで十キロの距離が一秒でゼロになるんだよ。ソニックブームが起きないのおかしいだろ。

 一工程で対象操作。祝福が有ればこちらに向かってくる全ての飛び道具が己の道具になる。凶悪すぎる。

 ちなみに眼を開いている時は眼鏡がなくとも簡易的な『意思疎通』『概念掌握』と『看破』と『防衛』、『呪返し』が行われるらしい。

 ワンユオ殿に礼を告げると、俺も抱きしめられて空に持ってかれそうになったが、庭から出るなという制限はまだ続いているので普通に首飾りの置換で脱出した。

 

「あの、概念掌握ってなんですか」

「防士の中範囲の消失領域の簡易版だな。」

「いや、魔法相殺とか打消しとか分解とか俺には難しいですよ、そこはてんから駄目ですから」

「そこは私が組み込んである。上位到達級となると難しいが、リンギーチ領の女神殿、其方なら次元規模の阻害が不明なほど貼られているので対処もできよう。なに、一工程ずつ消していくだけだ」

「なるほど、七段階なら、七分ほどあれば消せるな」

「其方防衛術士だったのか?、ごく当たり前のように瓦解させる術式を使っているが」

「?、いや、……、あ、ヴーヨン・ザゴ殿は今日はどちらに?」

「今日は他の領地に顔を出している。だから喜べ!私が其方らの面倒を看るぞ!」

「いえ、そっとして置いていただければ十分ですので。」

 

 聞け聞けオーラがすごい。じゃあ一つ。ヴーヨン・ザゴ殿がくれた炉に、浸食、接続、瓦解があります。応えると、ワンユオ殿が耳をほじった。二度目も告げると問答無用で剥かれた。

 

「……、まて、これ炉にわざわざ刻んで渡したのか?」

「やばいですよねこれ」

「なぜリンギーチ領の女神殿はこれを中にいれて平然としていられるのだ?、情報開示を求める」

「はい。」

 

 眼を開いて伝えれば、あのワンユオ殿がドン引きしてるじゃねーかヴーヨン・ザゴ殿。本来あの上下の筒の中で分散して数百分の一にするあの激痛を直で、其方受けきったのか?、と末恐ろしいものを見る目で見つめられる。

 

「ヴーヨン・ザゴ殿が存在を分ける行為はどのくらいまずいです?」

「それは生涯私が分け与えた対象を末代までたたるほどに駄目な行為だ。」

「眼がマジじゃないですかワンユオ殿、俺は、何も知らされずにこの駄目な行為を成立させられそうになったんです。」

 

 両手で混ぜないでワンユオ殿。頭はげるんだけど。

 

「其方、あのヴーヨン・ザゴが譲るほどの損傷を負っているのか?」

「外したら駄目だと忠告されたので外しませんが、存在が虫食い状態です。」

「なあ、リンギーチ領の女神殿、そなたなぜ生きてられる?」

 

 毎回聞かれて慣れてきたよ。大厄災の注目を引く対象者かもしれないといえば、ワンユオ殿が難しい顔であごをさすった。

 間違いなく炉とこの特性はヴーヨン・ザゴ殿の贈り物だろう。槍で刺したのはこの特性を継がせるため?、いや、炉を引き剝がすための足掛かりだっただけだろうが、残すのは手を加えないと無理だ。ワンユオ殿が目を凝らし、座標を開いて、幽体にした右腕で俺の心臓に指を伸ばす。ぐ、と触れられた部分に引っかかりを感じて、変な声を出した。

 

「……、すまん。できればその、果物か何かで手を打ってはもらえないだろうか。」

「……だ、大丈夫です。俺もはじめてでびっくりしたから、?」

 

 なんかもう一つ俺に加護与えてきたんだけどこの人。両肩を強く強く抑えられて、なぜか上着を丁寧に戻された。どうも。

 ワンユオ殿が無言でじっと俺を見つめて瞳に反映されたのを確認すると暗号と共に俺に三つ条件を話した。一つ、何かあったときに念じろ、一つ、身の危険を感じたら真っ先に念じろ、一つ、知らないやつに拘束されたら絶対念じろ。とのこと。

 これを受け取ってくれないと私が社会的に死ぬ、とだけ言い残してワンユオ殿は俺を一撫ですると指を鳴らして果物を置いていった。廊下を軽く覗いてみれば、ワンユオ殿の気配は一切なく、すごい速さで外へ向かっていった。

 

 

 基本ヴーヨン・ザゴ殿は何もない限り共用の俺たちの一室には訪れない。用件があれば音声での確認後、照明を明るくしてから訪れるという徹底ぶり。

 プライベートは絶対に死守しますので、と阻害がヘイニー院同様に掛けられているらしい。だから入口や窓から出ない限り点間も座標の入れ替えもできない。邸宅の主たるヴーヨン・ザゴ殿以外。

 広い邸宅の一室、夜になり暖色のオレンジ色の照明が木造りの天井にレールを掘る様に埋め込まれている。一面円形に照らしている灯は、朝を知らせると仄かな緑色に変わる。

 今日も一つの寝台に腰かけるは、中型人類が伸び伸びと眠れるキングサイズのベッドである。

 ここに来てからウィナフレッドと一緒に眠っていたが、それは治療目的の為だった。ようやくきちんと気を遣わずに眠れるな、とベッドにもぐりこむと、数十数秒して眼で『領域掌握』を使ったウィナフレッドが隣にもぐりこんでいた。なぁ、今割と本気で心臓が止まるかと思ったぞ。

 指環越しにお休み、という言葉が聞こえて、十数秒。一緒に寝てもいいという言葉に無意識、是を出せば、瞬きの間に後ろに居たんだぞ。

 背中越し、腰に腕を回されて、加護と風印を完全にマスターしたウィナフレッドが一工程もなく、指を軽く上下させるだけで俺の体を浮かす。

 そのまま正面にひっくり返されて、同じ目線になると、ふんわりと笑ったウィナフレッドが俺の頭を抱きしめる。

 とりあえず要求通り背を撫でれば、すり寄られるように体が密着する。仮にも宣誓上番認定されてるため、現在セクハラとかいう単語が使えない今、どうすればいい。

 

 この広い一室は共用であるが、部屋の仕切りを入れると二つの個室を作れる。本日より二等分された個室は、中心部から縦に割る左側が俺の部屋になっていた。

 

「あのだな、ウィナフレッドサン、あまり無防備にこういうことをしたらいけないんだぞ」

「だって関係上僕らパートナーなんでしょう。別に気にされないと思うよ。ヘズさんが嫌ならやめるけど」

 

 なんで俺は熱に浮かされて居るんだ、と現行、頬に集まる熱をはらう。視線を感じて見上げれば、ウィナフレッドが微笑んでいる。いや、君ね。

 抱きしめられている体を動かしながら、ウィナフレッドの頬に手を当てる。俺も手にすり寄られると困っちゃうんだが、これはなにかの治療なのだろうか。

 困惑して尋ねれば、小さなため息の後、ぎゅうと背中に腕を回される。

 

「すごく眠そうだけど、いや、君、何故自然に俺の背中を撫でてるんだ。」

「……、」

 

 無言で両手で抱き寄せないでほしいんだが。数回抱きしめられて分かったが、ウィナフレッドの素の筋力は本当に強い。今日筋力の真偽の確認をしたら、ウィナフレッドは軽い伸びをした後、片腕で自重を支えてそのまま肘のクッションで前転、後転、八回ほどアクロバティックなことをされた上、ずっと同じ腕で飄々と着地、なんと、指先二本で一分は軽く垂直に足を延ばせるぐらい体幹が良かった。垂直飛びでなんの術式もかけてないのに、邸宅を身軽に一飛び。ぴょんぴょんと屋根伝いに戻ってこれるほどだった。眼鏡越し測定して断言できるが、ウィナフレッドは予想以上に動きなれてる。動作の洗礼具合等、実にガネンメーデ級である。おかしいだろ。護衛、逃亡、鍵開けとかはおじいちゃんに全部教わった、とのこと。サイボーグ爺ちゃんまじで徹底してる。

 眠そうなウィナフレッドが一瞬寝落ちしかけていたが、すぐに鍛錬終えたからいいかなって、と小声で俺の頭に顎を乗せて、毛布をかぶりなおしている。話しかけないほうが良かったな、ごめん。

 静かにしていると、ウィナフレッドが俺の首や肩に指を這わせ始めた。俺は人形じゃないんだが、と鍛錬について尋ねると、ウィナフレッドが笑って答えてくれた。

 ウィナフレッドは寝る前に停止術で鍛錬をしているらしい。半日ぐらい。

 

「半日」

「今日は三日分戻したから、ちょっと疲れてるかな」

「……君、体育会系のノリだっけ?」

「いや別に違うけど。ただ、平時でも片腕で最低患者を二人運べるようにしろって言われてる。」

「それはおかしいだろ。」

 

 初耳の事項に動揺せざるを得ない。白兵戦できるのもしかして?。

 解すようにウィナフレッドの肩と二の腕をさすれば、ウィナフレッドが懐くように後頭部に額を伏せてくる。

 眠そうなので好きにさせていると、徐にウィナフレッドの座標が変わる。位置を降ろしほぼ目線を戻された。

 ウィナフレッドの腕が俺の首の下を通る。腕枕とか何年ぶりだよ、と抱え込まれた胸の中、がっちりとほーるどをうける。

 

「僕もうヘズさんが一緒にいてくれないと駄目かも」

「な、なんでだ?」

「四六時中ヘズさんのこと考えちゃうから。」

「思春期特有の情熱か?」

「僕、どれだけ患者や友達と一緒にいてもこんな気持ちになったことないもん。誰かに触れたくてたまらないだなんて」

「?、君は俺に何かしたいのか?」

「……」

 

 いや、ウィナフレッド、そこで長いため息と連動するように抱きしめられても困るんだよ。

 徐に頬に手を当てられて、顔を寄せられる。頬、瞼、額と口づけをされて、目を瞬かせて、指で触れられた箇所をなぞる。ウィナフレッドサンが目を細めて、もう一度。

 指を取られて口づけをされれば、さすがに何を示しているのかはわかった。わかりたくないけど。

 

「ねぇ、ヘズさん、正当な理由があれば、僕がこういうことをしても怒られないの?」

「……、んん、親愛の示し方は種族それぞれだ。俺はこの時代に疎いから、どのように愛情を示し合うのかもよくわからない。親族同士で頬を合わせる挨拶もある。」

「僕はそれだけじゃなくて、ヘズさんと対等な関係だと思ってる。」

「?、肯定しよう。俺らは互いに協力し合う宣誓も結んでいる。それは真っ当な考えだと思うぞ。ただ、急にどうしたんだ?」

「ワンユオさんが、その、今日あったヘズさんの中身の差異を教えてくれて、下手をすればオクの五代すら負けるんじゃないかっていう白さだって云うから」

「白だが、純度でもあるのか?、わ、なんだ。」

「ヘズさんは誰かに肌を直に触れたいと思ったことはないの?」

「……、ないな、そういえば。」

 

 名前を呼ばれて目を瞬けば、首に腕を回された。額が触れ合う距離、悪戯気にウィナフレッドが微笑む。

 

「じゃあ僕が今あなたに触れたいって思ったら、許可してくれるの?」

「?、ああ。……好きにすればいい?」

 

 目元をさすられて、くすぐったさで動けば片腕で抱きかかえられて、腰に手を回された。間近で真直ぐに覗き込まれて、ウィナフレッドが口と口を一度だけふさぐ。

 一秒もせずに離されて同じ距離、ごく自然にされた動作と同時リンクするように俺の炉まで開かれた眼越し、ウィナフレッドが情報を此方に渡しながらも、片方が指環を外せば加護の対象からの接続も完全に遮断されるという話をする。

 二人限定のプライベートの意思疎通はヘズさん側が許可を出さない限り保守されるんだ、とウィナフレッド。だからね、とウィナフレッドは俺の頭を撫でた。

 

「僕だからって無防備すぎちゃだめだよ、ヘズさん。」

「……、リンクが開いた理由は、此方が許可を出してるから?」

「そう。」

 

 情報処理能力の限界を超えてる。眼越しに渡された情報の多さ。混乱と呆然が混ざり合い、ウィナフレッドを見つめ続けることしかできない。

 好きだよ、と目じりに口づけを落とされて、頬を指でなぞられれば、妙な熱さが胸に沸く。優しく微笑まれて、なんとか言葉を探す。

 つまりだ、と下を向いて、気恥ずかしさで両手で胸の上、服を掴めばウィナフレッドが俺の背をさする。やめてくれ、声が上ずりそう。

 

「待ってくれ、つまり、君にとって、俺が、その、そういう対象?」

「そういう対象。」

「……すまないが俺は、君をそういう対象に見たことはないぞ……?、いや、なら、何故俺は君に許可を出したんだ、……?」

「は、む、……、性質の特性上、ヘズさんが優しすぎるから、なんでも受け入れてくれるんだと思う。だからこそ、ヘズさん。僕がヘズさんに嫌なことをしても、受け入れられたら困っちゃうんだよ」

「なぜだ?」

「……、……、困っちゃうんだってば」

 

 下唇を山のようにするな。俺のどこにそういう要素があるというのだ。見た目か?、いや、昨日在り方が好ましいと言われたばかりだ。

 

「君に飽きてもらえるように明日から顔を外そうか?」

「……その状態で抱いたら信じてもらえる?」

「……、……君が、俺を抱くの?」

「とても抱きたい。ヘズさんと親愛を交わせるなら、どっちでもいいけど。」

「流石に、君に手を出したいとは思わない、冗談ではなく、本気で。見目の話ではない。傷つこうが、これは事実だ。」

 

 真剣にささやかれて、瞳越し、見つめて居られなくて逃げたくなる。腕をがっちりと両手で掴まれているので、此方からは放してもらえないと抜けられない。

 困りながらウィナフレッドの名前を呼べば、なぜ微笑まれるのかは不明である。今俺はひどいことを言ったんだぞ。

 

「ヘズさんの瞳は、正直すぎるぐらいだね」

「瞳孔の収束具合か?」

「ううん、素敵な人だなって」

「あの、今のどこの部分にそんな要素があった?」

「全部。できる限りこたえようとしてくれるのは、うれしいけど心配なぐらい。嫌なら嫌だって言っていいんだよ」

「……、嫌じゃないから、困っている。俺は何度も言うように、君を好ましいと思っている。だが、そこに情念はないんだ。」

「じゃあ、僕がこういったことをしても、許してくれるのは何故?」

 

 純粋な君を慕っているのは事実だから、甘えてくれるのは嫌いではない。

 そう答えようと思ったが、ウィナフレッドが百パーセントの確率で竜種曰くの番として見ているのは理解できる。だからといって、拒絶するに至る理由がないのも事実だ。

 それで君の気持が晴れるなら、と伝えようとして、ウィナフレッドが無言で頬を撫でてくる。瞼に手のひらを置かれて、小さなため息。

 

「ヘズさん、今互いに今筒抜けだって理解してるよね?」

「理解している、そのうえで正確に情報を絞っている。そういった職業もある。職業に貴賤はない。真面目に働くものに願われる対価だ」

「僕は、誰にでもヘズさんが自由にされてほしくないって言ってるんだよ」

「そんな話だったか?」

「僕の傍にヘズさんがずっといてくれないかって、思い始めてる。酷い私情であなたの意志を無視した感情だ」

 

 口を開こうとすると、何も言わないで、と真直ぐに覗きこまれた。ウィナフレッドが言葉をつづけた。

 

「ヘズさん。僕はあなたに愛してほしいとは望まない。魅力がないのは承知の上。それを踏まえても、あなたに何かを上げ続けたいと思ってる」

「君は年差関わらず素敵な人、魅力的な人だ。……そう思い悩むな。俺が望む形に等、君が成る必要はない。」

「でも、僕は好きな人に要望があれば応えたいと思う」

「君の願う幸せを願ってる。俺などにいちいち左右されてほしくない。」

「それは、ヘズさんが望んでも、僕にも無理なことは、あるし。」

「俺の手前勝手なのは承知の上だ。そのうえで、正直に答える。俺は君が問う答えを持たない。」

「じゃあ、僕が一方的にヘズさんに示して、ヘズさんが徐々に答えてくれたら、それは偽りの気持ち?」

 

 優しい人だな、とつままれた指先を両手で包み込んだ。言葉を選んでは瞼を伏せる。

 

「ウィナフレッド。」

「なに?」

「君に俺にまつわる何かを残していくのは辛い。何も答えたくない。」

 

 君が悲しそうに顔を歪ませても、俺は取り消せない。謝罪を口にすることもできず、離れようとすれば、手を握りしめられた。

 なんで滲む視界の中、涙がこぼれているのかがわからない。瞼で自身の眼をぬぐっていると、何も聞かずにウィナフレッドが胸を貸してくれる。

 

「……君が、俺で良ければ、好きにすればいい、君が愛を望むなら応えよう。だが、俺はそれが本物だという証拠を示せない」

「うん。」

「そのうえでも求められるなら、俺が持てるモノ示せるものは君にあげよう。」

 

 

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