銀杖の担い手 ライト版   作:海に流れるアリ

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四章 (5)緑の月

 

 翌日の朝のことだ。相談していた元来の器の形に戻る術式がようやく出来た。俺の術式だと改変してしまうために実は初日にこっそりご教授を願ったのである。対価としてサンプルに俺の血と魂をちょこっと持っていかれたが些細なもの。

 その成果、実はその二つを有したアーティファクトがあの逆鱗型のアーティファクトに入っていたらしいことを今知ったのである。早く言ってほしかった。

 

「あれ?、あの、そもそもあのお願い、俺が吞まなかったらどうする気だったんですか?」

「どうするもありませんよ、外付けであなたの魂魄にでも刻もうと思っていました。器に刻めない以上そうするほかなかったので。だから私が一つ空白の概念を混ぜたのですが、あの馬鹿があなたへの祝福を直接魂魄の陣に刻もうとしていましたので、それを妨害してあなたを保護している形になっています。ファイプレーと褒めていただいてもよろしいですよ。」

「でもその因果全部ワンユオ殿のマッチポンプですよね。……やっぱり以後ワンユオさんと会話しなくても良いですか?」

「あれは馬鹿でバカで大馬鹿ですが、気に入ったものへ受けた等価を最大級の対価で返すのが大好きです。私情がはいりますが、長年見てきてもあの人、あの者は、……やはりシュゼーロポキは大馬鹿者ではありますが、愚鈍ではない。あの者なりに、あなたへの等価と対価を考慮した結果、最大級の恩恵がアレなのです。私が情報を渋っていたがために起こったといっても過言ではなく。伝えるには未だ部外者の地位に在るため、……その結果、あの者なりに事情を看破し、後ろ盾となれるように考えたのだと、愚考致します。」

 

 要約、全部が善意でできてるから俺の無敵を貫通するのね。理解しました。

 ため息と共に無言で撤回を示せば、ヴーヨン・ザゴ殿に頭を撫でられた。

 

「完全に代行者殿の魂に沿った器ですからね、生半可な条件では擬態すら不可能です。存在の形の保護ともいえましょう。それは間違いなく代行者殿の保全機構であり、『理』を保護しています。」

「……、それって、通常の変化も難しいのでしょうか。」

「是。それは一貫して概念による保護があなたの『存在』を守っています。消耗して定命を迎えることのないよう、残る『焔』の灯を絶やさぬように保全する機構をしている。現在、その器そのものが『アーティファクト』でありますから、成り立ちの由来があなたなのであればなおさら、手出しが不可能なのです。……私をもってしても、その器のアーティファクトの概念の介入は難しく、そして術式を組んだ固定要素、媒体が無ければ干渉、改変が難しい。個であって群であるという矛盾する要素が張り巡らされている為に、一つ要素を分解しようとしても逆に学習されて対策が成されてしまいます。『志操の槍』を用いてならば穿てるでしょうが、それは外道の果てにあるべき剥奪の要素ですので、正直私どもでは干渉に対してはお手上げです。善意による譲渡とみなされるか、器自体に意思を認められない限り不可能でしょう。」

「え、待って、つまりそれって俺の中に別の意識があるってことですか?、俺一度も認識したこともログの形跡すらも感知したことがないです」

「代行者殿、……未来において器が変化した条件は覚えていますか?。AIにしては少々恣意が過ぎる部分があるので、不可思議でして」

 

 どれだけ解析を掛けても器は俺の波長のみ。なんかすさまじいアーティファクトの薬で『駆命薬』染みた巨大な水をぶつけられたけどびっしょびしょに濡れるだけで何も出てこない。その代わり水の色が何故か青色から透き通った白色に変わってヴーヨン・ザゴ殿も何故か天を見上げている。

 

「理力と魔力が器の均等において崩れた時、理が半分を超えると代行者時代のこの姿になりました。原因は上司殿が固定して復権させた結果だと思うのですが。」

「概それであっていると思います。ですが、あなたたちは『等価の』の領域内で直接の飲食をした。あの領域の果物は問答無用で数日間存在の浄化を固定させます。」

「……、俺が、霊果を作ったら美食になった結果とはそれなのでは?」

「『等価の』の性質が残っていたがために、あなたは濾過装置を担えた節が有りますね。ですが、一つ二つでこの結果は難しい。基本、どれだけあの領域で食い貯めようと、存在に付与される概念は固定されるものなのです。劇薬が過ぎるために。その器を作ったものが手を加えたとしか思えませんね。……聞き忘れて居ましたが代行者殿、その器、一つの存在からできたものではありませんね?」

「……、異界の魂を浄化後、残った変質した霊格が変転した存在なんです。二度目に俺が上司殿に復権されたときに、その存在の大本の魂を上司殿、ヴァテストゥデレ殿が保護をしていました。」

「……、代行者殿、そのような規模の浄化が一瞬でできる権能をお持ちなのですか?」

「いえ、偶然の産物といいますか、所持していた『虹』の浄化石が少々火薬の代わりになったもので、複数保持していました。先日提出したアーティファクトの刻印石の派生錬成先がそれです。」

 

 ヴーヨン・ザゴ殿が楽しげに笑いながら額をさすっている。

 

「それ、作るのに何年かかります?」

「単身だと百年規模ですね。同胞と分散して役割を担った結果、効率は数百倍上がりまして、最大所持数は百を超えていました。虹にならずに失敗した黒金も。」

「ふふふふふ、研鑽を積む者の飛躍ぶりは素晴らしいですね。私が未来に飛んでいけないのが残念でなりません。」

「郡が個に、個が軍の性質を持つ存在というと、正直、冥界の使いぐらいしか思いつかないのですが。」

「それの対となる存在でしょう。視たことは私もありませんが、なるほど、それならば一応辻褄は合う。あなたが最初に私たちに出会ってくれてよかった。概念は忠実です。一時でも効果が過ぎて居れば私たちは救われなかった。」

「あの、正直食べた時も食べた後も実感がありません」

「自然に馴染み、自然に守る。意図を組ませる程『等価の』の術はやさしくありませんからね。その効力は持って数日、代行者殿、あなたに安静を命じた期間に効力が過ぎたのでしょう。あなたは私が身にためた汚染すらも浄化して貯めて居ましたからね」

「……よく俺死にませんでしたね?」

「『等価の』性質がヘイニーさんとの間に行われていた可能性が有ります。ひどく低く稀な確率ですが、相互に作用する術式など、互いに保有してはいませんか?、……代行者殿、血の陣をお持ちなのですか?」

「元来の器の方ですが。その時分にウィナフレッドに上書きする形で付与しています。相互という意味では、俺は彼女の身に巣食っていたウロボロス型のアーティファクトを理の方に置換して取り込みました。……この指環もリンクの媒体になっていますか?」

「是ですね。ウィナフレッドさんの星の魔力が杖から、薄くではありますが理力からも検出できました。その指環型のアーティファクトが術式同士に作用し、無意識に互いへの生存を願う意図を優先したのでしょう。断言しておきます。代行者殿、あなたとヘイニーさん、『現在の条件』と『二人揃って』の状態でこの領域に来てもらえなければ、私は回帰を掛けての存在の対消滅せざるを得ませんでしたね。その場合、後を追ったシュゼーロポキはこの領地を全て冥界に落としたと思います。」

「……、そんな外道をワンユオ殿はするのですか?」

「します。あの者は結果を見るがゆえに、過程を顧みない。外道でありますが、非道はしません。なんらかの措置の後、魂が外側に出れるよう措置を施したでしょう。この世界に置いて、魂が変質することへの恐れと『厭い』は大きすぎる。……それを踏まえて、先日も言いましたが、我々があなたに払う対価は、少なすぎる程なのです。さて、長話が過ぎましたね。すみません、これは年を取る者の性ですね。」

「あ、いえ。」

 

 ヴーヨン・ザゴ殿に教わった通り、アーティファクトへ術を回すと、俺の体が器寄りに戻った。それは一瞬のことで、ヴーヨン・ザゴ殿が補助をしてくれなければ、アーティファクトへの供給に魔力を維持できない。

 理力、魔力を炉に選択して回せるようになれば、自由に行き来できるようになるが、現状アーティファクトの対抗値が強すぎる。情報対価、元来の器に陣を刻まないで残しておけばよかったな。

 

「どうでしょうか?」

「……、代行者殿、それが生来の姿ですか?」

「そうですが……?」

 

 不思議そうな顔をされても困るのだが、何か変なところは、ないと思う。髭も伸びてないし。

 

「代行者殿、概念での復権は過去に行ったことはありますか?」

「あー、あります。戦闘続行への過程の一つに三つある空白の概念を一つ割いています。」

「耳環型のアーティファクトがあっても今は祝福の為の措置で、あなたが許可を出している為に状態が視えますが、あなた、魂が三層に分かれてますね。……」

 

 目を丸くしているヴーヨン・ザゴ殿が俺の肩を掴む。不意打ちだったから、情報を抜かれた。

 

「生粋のイークスランフなのですかあなた」

「……、是、なんですが、あの、多分、純粋な器の由来じゃないです。培養された器に宿った可能性が高く、なんとも。あの時代に置いて、イークスランフは漂流者由来の一族しか見たことが無かったですから。この時代に来て初めて生来を深く考えましたが、一番古い記憶があるのが、この時代だけでして。あとはお渡しした通りこの世界の記憶からです。」

 

 ヴーヨン・ザゴ殿は難しい顔で顎に手を添えると、ふむと一言頷いて俺を真直ぐ見つめた。

 

「魂が若い若いと思っていましたが、なるほど、二回漂流した人物を見るのは初めてです。まったく別の星、固定された星の構成が違うのに看破できない、そもそも認識すらできない。重ねがかけられているのならば、それはヘイニーさんにでさえ看破はできないでしょう。層が分かれて見えたのは一瞬です。今は一つの性質の真珠層だけですよ。それは概念に寄って認識できないですし、永劫条件が一致しないと固定された情報しか世界に反映されません。他の神域の存在においても、ええ、看破は難しいでしょう。安心なさってください、今、あなたの情報がなければ誰も真実だとは思いませんよ。内部機構での飛ばしの調機構はあなたの保護には絶対不可欠です。その保護機構を組んだ者は相当あなたを熟知しており、そして案じている。霊気が循環している最たる理由はその器から全ての要素を消しても存続するだけのエネルギーを循環できるように、あなたの焔を直接燃やしてます。それは理の深層に直接刻まれている。言い換えれば、霊核の外殻ですね。凄まじい手腕です。思い当たる節は?」

「……、あるにはあるんですが、確証が持てません」

「では、私も探ることはよしておきましょう。それは真実を知らなくても機能するようになってますから。」

 

 俺はどういう顔をしたらいいのだろうか。開示はヴーヨン・ザゴ殿が初めてだと答えれば、それはそれは責任重大ですね、と苦笑される。

 実数的には、この世界に置いての年数は真実だ。生まれの正式な年数を尋ねられて二十代だった。生来の年数を答えれば、ヴーヨン・ザゴ殿が微笑ましく見つめて来る。なんでしょう。

 

「あ、いまだ任務の内容は口にできないですね。」

「そうであるならば、話は簡単です。代行者殿、お察しの通り、あなたの任務はまだ続いている。」

「それにしては、他の同志が居ないので不安になるのですが、といっても、仕方のないことでしょうが」

「恐らく、あなたの同志直接が『黒』に取り込まれた形跡はないでしょう。もしもあなたが譲ってくださった情報が正しければ、私がこの世界に宿る前に抹消されていますから。因果を捻る者が居るならば猶更、この選択肢は選考の結末である可能性が高い。」

「俺が保持する時代よりも先の未来に在り、過去に戻っている可能性はありますか?」

「在って、無い、全てにおいて『回帰以外で過去に戻る道筋は一度きり』です。因果がそう捻じれている為に。これも、私とあなたが知る人物が同一人物でないと口に出せない事項です。しかし、あなたが語るユーザーなどではなかった。」

 

 熟考の末、ぱちりと碁石の如く水晶盤の端末を置く。深く推測する瞳は紫色が優勢であり、残る金色を一度細波のように押してはすぐに均等して戻る。元来の瞳の色は紫なのだろう。ということを観察していると、ヴーヨン・ザゴ殿が浮上して俺を見る。

 テストをしておきましょうか、と指を鳴らされると、この領域で初めて位相世界に移された。

 

 増える存在の率は、一番最奥にある元の層だという。焔の循環は全て霊核に一番近い場所に来ており、弾丸によって刻まれた『呪い』も理の回路に直接付随しているという。魂の層が三つある理由は俺にもわからず、そもそも、一度『外側の門』をくぐって新生していれば魂の層は一貫して一つになるはずなのだ。禁忌に近い転生を繰り返されているのではないか、というヴーヨン・ザゴ殿はひどく辛そうな表情である。一つ目の層が俺自身の大本、二つ目の層がイークスランフになっており、三つ目の層が怪異だという。

 時間の内外を調整する内部機構は『飛ばし』をするために若い時からつくられたかもしれないという。故に記憶を消してもそれだけは残り、俺の意思がある限りは正式に循環していると。

 

「その本体の時間の流れが違うので、あなたの意識がちぐはぐに見える原因なのでしょう。元来の性質も一緒のようですし、これは意図的に残された可能性が高い。……これはこれは、世界で一つしかない貴重な例なのでは?」

「他にも二桁単位で存在していました。それが、俺の同胞なのですが。」

「この時間内、全次元を観測しましたが、あなたのような星の構成はなかったです。今、観測した結果検出できる、という後出しですが。因果を捻る者についてはそもそも、最古にあった、という記録が私に残っているのみです。あまりにも異質な権能であったため、代々記録に残るようにしてきたようですが、在ったとしても、この世界に因果を捻る術が既に存在する以上、一度転生しているはずです。同一人物である理由は……」

「世界そのものを渡り俺と会い、そして終焉を迎えた、ですか」

「恐らく、あなた以外のユーザーが死ななければならない事象が発生していますね。……。代行者殿からの貴重な情報により、この世界は因果が巡っていることが確定しています。それを踏まえて、代行者殿、あなたの終焉はここではありません。」

「そう、ですか」

「……、ここはあなたとヘイニーさんに救われた領地でもあります。領域の条約により、協力できることに限りがある現状ですが、それを超えた枠組みにある。私的にいえあなたは私の恩人であります。あなたは私の祝福を授けたファミリアの一人です。この世界に置いて、止まり木でも、帰還場所として見ていただいて構いません。この領地の者は皆、あなたの味方です。旅を続けることが辛くなれば、いつでも歓迎しますよ。ライラック・ヘズさん。」

「ありがとうございます。」

「……今日は私が器を固定させますので、どうぞ気の向くまま休日を過ごしてきてください」

 

 炉はいわば存在の疑似的な『天秤』。乗せる量は無限大で技量に左右される。ヴーヨン・ザゴ殿に背を撫でられただけで、俺の器は固定された。

 そのまま腕を引かれると一度だけ優しい抱擁を受ける。

 声を掛ければ、いつの間にか背に浮く紋章を受け賜わった。紋章がある限り、私邸領域外でも可変可能らしい。一文日は休日として過ごしてみてくださいと労わられ、気が付けば領域内、私邸外への外出の許可が出ていた。女神という性質か、神域の存在故か。神様を名乗るものが慈悲深いというのは本当のようだ。俺の意図が反映されて、精霊寄りの器ではなく、生来の本当の人間の器に戻っている。

 

 

 生来の器、男性型に戻った俺が合流すると、ウィナフレッドと共に竜種の『友人たち』が大きな歓声を上げていた。

 それが噂の代名詞か!とかいろんな話が聞こえる。一瞬で聴き取れなくなったことからヴーヨン・ザゴ殿が何かに干渉したようである。

 

「ヘズさん?」

「あ、いや、なんだいウィナフレッドさん」

「どうかした?」

「なに、ここまでしていただくのも初めてだなと思って。……君は俺の姿形代わっても接し方が変わらないね。」

「?、当たり前じゃないか。それに、この人たちもそうだと思うけど」

 

 当たり前のように背を撫でられて吃驚したと、同時、両脇からの是の大合唱は止めてください。

 

 

 乳白色の煉瓦の往路。コンクリートに似た感触の素材は踏むとかすかに光って仄かに水色の光を点している。

 木漏れ日の落ちる町を行けば、坂道にかけて、橙色の夕陽が二分化する影に濃さを落している。

 あの日戦時に垣間見た灰色の色彩の無いモノクロの世界はなく、封鎖領域が解かれた印である自然の彩色が街並みを染めている。

 

 第八の領地バシ・ガファは三日前と打って変わって多くの人でにぎわっていた。ウィナフレッド曰く、ニ・ハイと同等かそれ以上の賑わいぶりを見せる露店と商業施設は人でごった返しており、まるでお祭り縁日かと錯覚するほどの陽気に満ちていた。

 竜種の友人達に案内された依頼斡旋所と思わしき協会の建物を眺めては、最奥にあるという食事処に案内されては舌鼓を打つ。

 ここに来たときとの相違を俺と一緒に並べていく彼らは、縁日の楽しさと紹介を交えて、俺たちのウィナフレッドのニ・ハイの話を聞いては一致する点に驚きの動作を上げている。

 竜種の友人達が街を案内するというので、俺たちはそのまま依頼斡旋所で発行してもらったヴーヨン・ザゴ殿の紋章の彫られた木札を借りて街を歩くことになった。

 

 木漏れ日は初夏の気候、からっとした空気に乾燥した風は潮が混じっている。飛ぶ鳥たちが宙半ば旋回して、大きな海があるのだと示す先、西に行くと神域を乗せた領地がオクの世界にあるのだという。

 海を渡って、オクの世界を垣間見て、ぐるりと十一カ所の観光地を巡った後、竜種の友人たちは仕事が在るためにそこで別れることになった。二人きりにしてもらったのであろう、ということはよく解り、合流時刻を提示していった彼らの計らいに頷くと、二人で街を歩くことにした。

 

 日差しの中、降り注ぐ木々のトンネルの先に光る、砂浜の湿った部分。押して寄せては消えてゆく細波。

 両手に靴を持ち、ウィナフレッドと現地民の声に招かれながら観光をしていく中、俺は切なさが胸を過ぎるのを自覚していた。子供がいる。親子がいる。仲睦まじい若人が居り、当たり前のようにプライベートに浸る住民たちが海を泳いでいる。異業種の老人たちが楽し気にカードで遊んでいるのも良く見えた。採取した品を報告して回る個々の声。自然の恵みだと渡されて瓶に入った炭酸を飲めば、自然回復を早める薬草が調合されている。

 首飾りが在るために疑似的な循環の法と精霊化は成されている。だけど、飲食をして胃が冷えたり熱くなったりするのは久しぶりだった。

 

 懐かしい光景を思い出して、湿った目の奥。手の甲で拭って海水が入ったと笑えば、ウィナフレッドさんが俺の手を握る。

 

 五感も、傷も、腕の体温も。現実と同じ。考えれば考える程、差異の無い事象を目の当たりにして複雑に思考を巡らせる。

 

 昼を知らせる鐘が鳴る。鳴る音に伴って鳥たちが羽ばたいていく中、海の向こうからやってくる飛行艇に人が乗っていることが当たり前の景色なのだと解る迎えが良く見える。空港の入口に多くの人種が線を引いた中に待っており、扉が開くと土産物や道具を片手に大勢降りて来る。

 汗ばむ陽気、風に揺れる上着。夏の気候に涼しいインナーが汗を吸っては乾いていく。

 旅人の服は黒色で装備中だからぱっと見は解らないが、夏の気候に近い為に、相当暑い日差しである。あの時は余裕が無いために深く考えることもできなかったが、こういった日常の差異は当然のように生活の中に紛れていたのだ。俺が仮として過ごしていた日常の中でも。

 あ、という声と共に、視線が止まる気配がした。でも食べてばかりだし、と目を閉じているウィナフレッドの耳元で囁く。俺はいくら食べても上限はないぞ、と伝えれば、少々赤面したウィナフレッドが手を引いて立ち止まった。

 樹々の日陰が通る坂道を下る中、氷菓子を見つけて瞳を輝かせたウィナフレッドと共に氷菓子を買うことにした。

 

 

 夕方になった。時計の時刻は既に二周の六時を過ぎている。二周を過ぎても陽が高いのはこの領地の土地柄だった。

 竜種の友人たちと再開する時刻は明日の一周の八時。連日付き合ってくれる程予定を立ててくれるのは嬉しいが、はたして彼らのプライベートは大変忙しくないのだろうか。忙しいだろうな、戦時を抜けてようやくきた休暇だって云ってたもの。申し訳ないが、しかし好意を無下にするのも不義理である。

 

 対の宿陽が完全に落ちるのは後一時間後らしい。塔の天井、空中に一定時間現れる天気予報。速報は光示の文字で伝達されている。

 日を避けるために潜り込んだ図書塔の五階から街並みに影を堕とす雲の形が良く見える。どうせならば都市の中央を目指そうと行き着いた先に図書塔があったものの、気が付けば二人とも夢中で本を漁っていたのである。二手に分かれて既に二時間、こういう距離感はありがたいな、と俺は窓際の木製の椅子に腰かけては塔の縦の長さに添った窓に頭部を凭れている。遠くに響く鐘の音が心地よく、うつらうつらとしていると、いつの間にか時刻はさらに過ぎていた。

 

 

◇-◇

 

 

 職業柄か、性分か、図書塔に居た時刻は長かった。急かされる様に夢中で文献を漁っていたからか、閉館時刻は無いが流石に籠っていては勿体ないと定めた時刻を過ぎている。数千冊しか読めなかった、と我を忘れたウィナフレッドはすぐさま慌ててヘズの元へ降りると、先ほどまで居なかった竜種の友人たちが、ヘズがいるであろう場所に立っている。女性の一人がウィナフレッドの手を取るとにわかに晴れる無色の霧。ヘズの周囲に三人が腰を下ろしてウィナフレッドを待っていた。そのまま手のひら越し、バシ・ガファ様から伝言ですと渡された品は特級の宿の鍵である。

 眠っておられたようなので、と女性と三人が陣取る中央のヘズの元へ入れ替わると、完璧に寝ていた。俺達でも触れられますと云われて頬を引きつらせる。防衛機構が働いていない理由を問えば、背中に紋章があります、と小声。僕、聞いてない。

 

「イークスランフの器?」

「イークスランフの器になってます。大本がそれだと伺ったので、我が主殿の調律によって、ほぼ完璧な生来の器が再現成されてます。」

「こ、この人こんな無防備で生きてたの?」

「領地でくつろぐ代行者殿の逸話は結構耳に届いておりますからねぇ、ここまでとは我々も存じておりませんでしたが。定命を伸ばした直後の伝説もよく知っております。」

 

 苦笑する友人となった女性型の二人に尋ねれば、座標を戻したのは僕が慌ててきた時刻と同時らしい。面目ないと頭を下げれば首は横に振られる。此方に来た理由は、実は紋章が在るために位相世界に一人貸し切り状態だったため、ヴーヨン・ザゴの加護にて保護されていたヘズをこちら側に連れ戻したのだという。だ、だから塔に入った途端ヘズさんと合えなくなったのか、とウィナフレッドが面を覆う。

 一人になりたい思いを紋章が意図として汲んだのだ。なんとも複雑だがヴーヨン・ザゴの計らいも理解できるウィナフレッドである。

 塔にまだ籠るのであれば、と最上階への移動を促され、ヘズを浮かせるとウィナフレッドもまとめて転移させられる。

 広がる数階分の高さを抜いた吹抜けの天井、貸し切りきり状態の位相に移されて、仕事机がぽつんと置かれた窓際の傍に大型種族用の仮眠用の寝台が一つあった。一度許可をもらったので行き来が可能だったな、という事で、一先ず指環を起動するとウィナフレッドはヘズが起きるまで図書塔で文献を漁ることにした。

 

◇-◇

 

 この世界にもコンビニエンスストアあった。中は無人であるが、プライベート用に外側の箱が確保されているらしい。キャッシュレス、基本欲しいものを後払いで購入できるらしかった。運搬には移動用の動力形態が違うものの、記憶の中と一致する陸空用の四輪の付いた『舟』がある。

 基本飛行艇がこの世界の足であるが、街に降りる時は『舟』を使う。区分けの理由単純で、海や山や谷が多いこの時代に置いて、空に浮くことは第一の渡航手段なのである。

 

「何か食べる?」

「今はいいや……」

 

 真夜中に起きた俺は隣でもしゃもしゃと握り飯を食べるウィナフレッドさんに挨拶したばかりであった。いやぁこの時代の食物は直に無色の要素が詰まってて便利だね、とウィナフレッドさん。そうだね。

 閉館時刻は無いが流石に籠っていては勿体ないと決めた時刻はとっくに過ぎている。自由時間を定めて別れたものの、半ば俺を探したウィナフレッドさんもそろって籠っていたらしかった。

 図書塔の地下に飲食スペースが普通に在り、その階専用であるがいくつかの店も入っているらしい。都市と違って無意識の要素の循環が出来ない為によく食べているらしかった。換気は円陣の張られた壁の点間門で成されている。久方ぶりの人間の感覚に眼をしょぼしょぼとしていると、苦笑したウィナフレッドさんが買い切り型のグラスを渡してくれる。

 現在時刻、普通に真夜中三周の零時。数分過ぎて戻った理性の中、慌てて外に出たものの、座標スペースの縁日用の露店は全部畳まれた後であった。

 

 これはさすがに申し訳ないと膝をついて謝ればウィナフレッドが首を横に振る。そうして戻ってきた地下二階の店内、図書塔直通の点間門の案内が館内で鳴っている。耳を澄ませて聴けば、どんな場所にも飛べるらしい。俺への気遣いですね、解ります。

 このまま宿へ直行は流石に、と藁にもすがる思いで夜の散歩を提案すればウィナフレッドに快く承諾された。

 

 

 白夜の中、薄暗くしかし水平を照らす『緑色の月』がある。完全に日の落ちていない領地に来たのは久方ぶりだった。この経度だと、あの位置だろうか、と推測するものの、『宙』の天体が違う為に確信は持てない。まるっきり、天の配置図が違うのだ。同じ文明水準で分岐した別の本線の可能性が出てきた。……本線?。

熟考していると、手が繋がれる。

 

「ヘズさん!夜風が気持ちいいね!」

「そうだな。そして君、なんか急に元気になったな」

「一緒にこの場所歩いてみたかったの!」

 

 無意識でクリティカル判定を出せる場所に来れたらしい。頬を上気させて喜ぶウィナフレッドさんの貌に喜びが浮かんでいる。無意識に指を握り返せば、さらに綻ばせる彼女の熱が狂おしい。

 点間装置の中を渡っても、先に通過したはずの旅人たちはいなかった。

 ここに来たのは二人きり。ウィナフレッドが昨日通信用に渡されたというイヤーカフスに指を添えれば、『炉』が開いてリンクする。

 移動する際、図書塔の司書に楽しい休日にしてくださいと告げられた意味が解った。

 

「そんな気落ちしなくていいんじゃない?」

「遊び場も、夜の祭りも君を連れていってあげられなかった」

「じゃあ明日一緒に回ろうよ!一文日の期間らしいからまだ四日もあるよ、それにまだ零時回ったばかりだし、夜通しはさすがにまずいかもしれないけど、あれ、……僕らこんな夜中に出歩いても大丈夫なのかな」

「あ、それはさすがに許可を取ってある。保護は完璧だと言っていたぞ。ここも、ほら、最上位の紋章があるから別の位相に飛ばされている。」

 

 詳細は説明されていなかったが、どうやら紋章があると通じる全ての通路がヴーヨン・ザゴ殿が使うプライベート保護用の位相らしい。領域において外敵対策に私用通路を確保は絶対事項だからな、とウィナフレッドに解説しつつ、監視用の目も一切ないらしい事項に頬を引きつらせる。ここで俺が襲撃掛けたら普通に街が沈められるんだけど。本当にファミリア用の紋章なのか、と背中を素手で捲ったところで無言でウィナフレッドにやんわりと降ろされる。間がよく鈴の音が成り、空間越し通達された伝言を互いに見る。

 座標違いの別の領地なら今昼だとか。解るけど正気ですかヴーヨン・ザゴ殿。

 

 

 

 夏の家の如く木造家屋の窓に風鈴が揺れている。

 高い砦のように、都市の至る所に蜷局を巻く様に都市の重要施設は詰まっていた。三段の構造になっている大きな円盤状の建築物の端は水が流れており、その水は底で溜まっては風で上に昇り、まるで球体を描く様に下から上に水流が循環している。

 空間に文字だけ表示するの久しぶりに見たな、と別の領主の波長を感じる座標に置いて許可を取ってあるという簡潔な文字に面を覆う。

 図書塔の司書殿が居られた元来の最上階では、全ての領地に接続する権限があるのだという。ここから通る施設は全て軍用の秘匿位相に通じているらしく。司書殿曰く、人目を避けて図書塔にやってきたのを話していたから気を使ってくれたのだろうとのこと。でしょうね。ニハイと同じ位相接続門だ、とウィナフレッドが声を弾ませるのだから、こういった技術は昔からあるものらしい。

 

 バシ・ガファ領地とは違う紋章が刻まれた看板を見つけた。別の主神を示す印のロハ領地ということから、まごうことなき別の霊格の領地である。傘下にあるとのことで特別にお招きいただいたのである。互いに情報を知らぬ方が良いだろうとのことで謁見は最初からなし。ヴーヨン・ザゴ殿が圧を掛けたとみられる。ここは航路の同盟から外れた私有地の第二領地らしい。私有地であれば、地図にも乗らないことも多い。一介の代行者では聴いたことが無いのも当たり前の秘匿神域だ。

 

 この領地の天は俺の故郷とよく似ている星空を映していた。『宙』は閉じているものの、停止した状態の天と外の景色は映るらしい。

 現在の『宙』は停止術が敷かれており、その膨大なエネルギーを循環させるための気候が何処かに敷かれているために、一切の手出しが禁じられて久しいのだとか。しかし循環は定期的に行われており、それが世界の時刻を図る大きな目安になっているのだという。

 約二万年前に断片の如く閉じて行った行く末、現在この星のみが稼働している、という状況だとか。

 俺の時代とかけ離れた世界線過ぎて、何が何だかわからない。規模が大きすぎて理解できないが、ウィナフレッドがいた時代ではそれが当たり前だったとか。

 互いに院内で視たプラネタリウムの正確さについて議論していると、共通情報網の通信から渡航案内のアナウンスが流れた。

 

「どうする、天体観測でもしていくか?、離れた場所に行くなら船に乗らないと無理だと思うが」

「ううん、大丈夫。それよりも個人でも持ち帰れるアーティファクトの道具を見て回りたい。個人的に運んだものなら領地の誓約にも触れないと思うから。」

「あー、それなら回復薬でも買ってくか?」

「それはもう軍が年間過ごせるぐらいの束でもらった」

「早いなぁ。」

 

 歩道橋代わりに設営されている小型船の中から下に降りる。流石に他領域で魔術は使えないというわけで素直に歩行である。循環する小型船を行き来しながらぐるりと渡った。第三層の都市部だけでも、下手をすれば大陸全土よりも広いのでは、という規模の大きさの領地の上を飛び交う『飛行艇』が行き来しているのが良く見えた。

 

 このロハ領地の第二都市には第八のバシ・ガファ領地と同じ光示列車と小型旅客機が通っている。技術提供が見て取れる同盟の仲の良さ。夜空に鳴り響く小さな音は、あえて飛行艇が飛んでいることを示すために鳴らしているらしい。それは寄航時にのみ鳴る音で、誰かが帰りを待ち、誰かが迎えを待つ合図なのだとか。

 

 

 吹抜けの天窓の日の下、ベンチに腰かけては、揃って空気に還るという容器でフルーツサンドと飲み物を買って食べた。食べ終えた後にラベルをはがせば、ゆっくりとオブラートが滲んで溶ける様に容器がスプーンと共に粒子化して風に消える。風を掴む様に宙を掴んでもそこには何も残っていない。握りこぶしを開いて目を瞬いた端、この仕組みはニハイじゃ無理かな、と笑うウィナフレッドが感心している。

 この神域では時限式位相はなく、ニ・ハイのように位相を分けた居住区は無いようだった。

 涼しい場所を巡って、大きな商業施設に入れば、仕事終わりなのか、制服を纏っている子供連れの大人たちをよく見かけた。

 時差があっても食事時は変わらないのか、多くの露店がにぎわっては人足が止まっている。

 観光を終えてバシ・ガファ領地に戻る先、旅人によく声を掛けられては、荷物一杯に旅を満喫したウィナフレッドがブレスレットをかざして籠一杯の果物を喜んでいる。

 

 

 ウィナフレッドと共に果物を食べながら夜空を見つめている。

 当たり前のように日常を謳歌する住民たち。軍の帰り、仕事の帰り、渡航してようやく戻ってこれたのだという再会を何度も目の当たりにした。数日の出来事で、生死を分けた戦火があった。その詳細を知る術は俺にはないが、察する雰囲気から今生の別れを覚悟したものも多かったに違いない。だから縁日、祭りを掛けて祝福を上げた。どの領地も、きっと、この領地だけではないこの世界全土で異変が起きていた。

 皆、この都市で普通の日常を謳歌している。宵影、という存在が居なければ。

 特級の宿に荷物を置いた後、夜の散歩がまだだということで、互いにシャワーを浴びた後、ウィナフレッドに誘われるがままバシ・ガファ領の私有地東側に向かう。今は先に服装を整えての準備中だった。

 

「知ってたけど、マジでなんの衒いも無いな君。何してきたんだ」

「図書塔の並びの中に僕が記憶している本を譲渡してきただけだよ?」

「歴代寄贈量更新の速報の中に、トップに君の名前があるんだが」

「こればっかりは僕の得意分野だし!」

 

 ウィナフレッドと共に夜を行く。動物たちが集まる中、道中、渡される植物の花や草木の実の対価に果物を渡して、自然の空気を浴びて宿に戻る。収穫を得た土産物を窓際に置けば、遠い果てまで淡い群青色に包まれて、飛行艇の光がまばらに軌跡を描いている。

 

 この星の月は緑色で、青い星のホログラムは何処にもない。『宙』が全土で閉じている為だと、誰かが仰っていた。立った姿勢のまま凭れかかるように枠の木に頭を寄せてみれば、香ばしい木の香りがする。

 

 昼と同じ、懐かしい記憶がくすぶるのに、もう完全に思い出せなくなっている。縋るように自身の指を握りしめて、記録した情報だけを文面化して、名残惜しくも忘れていく。これは俺に必要ないものだ。視線を影に落とした先、背中に指が添えられて、戻る懐かしい全ての全容。

 無言で口元を抑えれば、ウィナフレッドさんが俺を抱き寄せる。消されたはずの記録でも、一欠けらさえあれば、僕は復元が出来てしまうと、切なげな顔をして、ウィナフレッドさんが俺の零れてしまった涙に指を伸ばす。

 

「この処理は、この世界の日常じゃ当たり前なんだ。」

「辛すぎるから?」

「いいや、幸せ過ぎるから、動けなくなる前に消す処理を頼んでた。俺は、自己満足したらそこで終われるから。俺は今だって、やるべきことがあるのに、満足している。ここに在れるだけで奇跡だって、忘れた記憶の中で解っているから。」

 

 宿の中、当たり前のように同じ褥で眠る中、静かに腕を引かれて、瞬く先。静かに頭を抱きしめられると、上体起こしたウィナフレッドに額に口づけを落とされた。薄れる意識の中、安寧の眠りがかけられたと悟る。やんわりとウィナフレッドの背を撫でた。

 

 ――酷く胸が苦しい。

 

 

 

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