銀杖の担い手 ライト版   作:海に流れるアリ

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五章 (1)三つの器

 

 上司殿の祝福が切れた原因はワンユオ殿が送った加護と祝福にある。

 同一軸の要素が無いために回復できず、世界条文の反映が遮断しかかっていた権能をワンユオ殿が切れる直前で埋めた形である。

 保護機構が消えかかっていた防衛機構を埋めるために、完全に成り代わらせた形である。

 俺の器が元来のモノだったらこうも簡単に加護は承れないし、そもそも祝福を贈られても遮断する措置が講じられている。

 とまぁ、白い影たちの器を持ち、偶然が重なって受け賜わったワンユオ殿の加護が無ければ、俺たちはバシ・ガファ領地に入ることも出来ずに、天の罅に伴った災禍に巻き込まれて死亡していた可能性が高かった。

 俺自身は『眼』をもらう程の価値を提示した覚えはないが、ウィナフレッドの星の魔力は誰もが狙う。ゆえに、生存するための最大限の等価を示していただいたのであろう。

 

 全ての神域の領地には門の最低限の通過用の鍵がある。そして、その中でもっとも私用地の鍵として普及していたのが紋章及びファミリアの加護、その門下の祝福である。

 バシ・ガファ領地は当時すでに座標不明であった為、ワンユオ殿は八回の重ねの結界を突破している。直通として残された私用地からの経由であった為に、あの座標から本来の門は遠回りと判断して、時間が足らない為、仕様認可でファミリアとして突入したのであろう。

 

 バシ・ガファ領地の接続門は基本ヴーヨン・ザゴ殿の認可制度である。

 領域内の制限措置は当たり前。認可対象、およびその類に連なる祝福を持つもののみという制限があった。認知していない祝福は弾くと在って、ワンユオ殿はこれを達成するために、祝福を上書きする必要があった。ウィナフレッドがパスされた理由は、ウロボロス型のアーティファクトが俺の検査結果の波長に擬態していたかららしい。なるほど。

 上司殿の祝福は切れた原因はワンユオ殿の加護の強さ。単純に力比べに負けた可能性もあるが、解説を述べるのであれば、上記通り、正常でなかったために存在を秘匿するという条件が、そもそも切れた可能性が高い。まぁ、推測はワンユオ殿が上司殿の権能が同時に存在することを知っていたため、『上司殿側』が察知される前に勝手に切ってしまったのだろう。基本上司殿の権能は我が領地の命綱なので。

 未来の時間軸に戻れれば、俺は生きていると安心させることが出来るが、戻れなかったら仕方ない。騎士殿に頑張ってもらおう。

 最低でも地続きで未来に辿り着く所業を騎士殿よりも長くあらねばならないと、冥界行が決まり始めている神域に置いて、ちょっとこいつは無理が過ぎるのでは、と思わなくもない。

 一度切れたという事実は残るので、戻ったら叱られるかもしれない。どうにか未来に情報を残せないかな、駄目かな、わからないんだよね。

 

 さらに詳しく説明すると、送った当時、上司殿は俺への対消滅の危険を理解して措置を講じて祝福を切れるようにしていた。だからあっさりと消えてしまったのである。多分ワンユオ殿並みの加護じゃなかったら上書きを許可してもらえなかったと思う。逆に食いつぶして糧にしたと思う。あの子の術式なら絶対そうする。

 祝福の再度上書き、復権は上司殿の祝福自体、残った要素が俺の中の別の術式、先代殿の祝福が吸収してしまったので無理。

 掻き消される前に概念化して吸収してしまったので不可能だった。身内に喧嘩を売る行為は実は初めて。秘匿については既知でない限りこの祝福すら気づけない、よってワンユオ殿が察知している可能性は限りなく低いが、推測は出来てるとは思う。かの御仁が語る言葉には秘匿の権能への透明度があった。実はうちの上司殿、権能と相まって強制引きこもり体質なのだ。

 

 この権能は騎士殿と上司殿が領の専門術士と一緒に百年単位で考え付いたものなので、誰が送ったかはわからないはず。ワンユオ殿も直接上司殿に合わない限り、上司殿という個体を認識できない。……しかし、どうやって機嫌を取ろう。ぜったいあの子のことだ、ワンユオ殿の眼を切るか門下に置かない限り没収ルート。無理だ。考えるの疲れた。上司殿一同領地の皆は俺への過保護が極まってるから、こんな印がついたあからさまな加護は唾つけて剥がされる気がする。便利でも、そういった価値観は手厳しいのだ。

 隠せるわけねぇよなぁ、と頭を抱えて協力の手札が没収された事実に何も考えたくなくなって、ウィナフレッドと一緒に羽目を外して買い物日和に浸っていたのだった。忘れてたともいえる。

 

「……阻害を稼働させるにしても、術式を作動させる時間を長くしないと駄目だな」

「そんなに消費が違うの?」

「消費というか、集中力の話になってしまう。理力で済めばいいんだが、意識をずっと内側に割いてるわけにもいかない。俺の作ったルーチンは自分自身の器だから、少し勝手が違うんだ。そうだな、小さなきぐるみに無理やり体を押し込めるぐらい、勝手が違う」

「それは大変そうだね……」

「便利なのになぁ、俺の器だとちょっと出力落ちるなぁ……君の十分の一ぐらい再現できないかなぁ」

 

 

 夜中に目が覚めた。

 夕飯を竜種の友人たちと一緒に済ませ、ウィナフレッドと共に帰還した夜の後だった。

 共用の右側、ウィナフレッド側の個室の光が灯っている。

 寝ぼけ眼、毛布を手繰り寄せて目を凝らしてみればカルテを見ながら難しい顔をするウィナフレッドが机に向かっていた。

 カツカツカツと音を立てて、顎に指をあてて難しい顔をして眉を寄せている。

 そのままウィナフレッドは眉間をほぐすと、指を鳴らして一瞬で体躯の形を変えた。

 ……、……体躯の形を変えた?

 ぎゅっと眉間をほぐした姿勢のまま、長い長いため息を吐く女性。白衣と首元まで覆う長衣、そして手袋を纏っている為に素肌は貌しか見えない。横向きの背格好しか見えないが、まるでウィナフレッドが健康的に十代年を取ったような姿である。彼女は節々の稼働を確認すると、背を横に横隔膜を伸ばすように腕を伸ばして、筋肉痛の様に脇腹に手を当てている。

 なんで今頃こう、色々と立て続けにやって来るかな、とウィナフレッド(?)の小さな声が疲れ果てている。

 もう一度指を鳴らすと、今度はさらに三回り大きな青年が肩を鳴らしていた。首を横倒すだけで、今、すごい音が鳴ったぞ。

 ウィナフレッドの(?)成長した姿は体格がいい。ぶっちゃけ俺よりもはるかに。大人の女性の姿は、俺より拳一つ分小さいぐらいだが、青年の姿の彼は頭三つ分高いんだ。俺より。

 夢見の延長だな、と素直に毛布をかぶりなおそうと視線を外すが、物音を立ててないのにウィナフレッド側から視線が一つ。互いに視線を合わせて無言を貫くが、ウィナフレッドが一歩後ろに引くので仕方なし、上体を起こしてウィナフレッドの名前を呼んだ。即答で返事する当たり、生来の素直さが隠しきれてない。

 

「停止術の応用か?」

「……、……いや、あの、ヘズさん、他に何か言う事は?」

「俺が器の術を借りた様に、ウィナフレッドもヴーヨン・ザゴ殿が何か知識をくれたのだろう?」

「……、……。」

 

 いや、そうじゃないと思うんだけど、というウィナフレッドが右手で顔を覆っている。声も低いな。瞳の色は一緒らしい。

 指をもう一度鳴らしたウィナフレッドがいつも通りの姿になって此方にやってきた。手を取られて寝台の上に座る俺に膝立ちでウィナフレッドが見上げてくる。

 どっちが本来の姿か、と問えば、これ、と現在の状態。なんで姿三つもあるの君。

 

「制約が解けた結果っていうか、これね、すごく話が長くなるんだ」

「俺のシフトみたいなものか?」

「シフト?」

「内部成長パラメーターを弄った状態をその都度保存している。三つ揃った人間の俺じゃないとできないけど。」

「初耳なんだけど」

「言ってないからな。別に珍しい話でもないだろう、十年後性別を逆転して結婚した夫婦とか、同性同士でさらに逆の同性同士になって楽しむとか」

「ん、すごくヘズさんから言われると複雑。すごく。」

「なんで二回言った。」

 

 ウィナフレッドはしばらく視線を泳がせていたが、俺が待ちの姿勢でウィナフレッドの手をさすり始めると耳を赤くした。ウィナフレッドが観念したように俺を片手で持ち上げた。

 いや、なぜ持ち上げる、と制止する間もなく、ウィナフレッド側の個室に連れこまれた。患者用の椅子に座らされると、ウィナフレッドも正面に座る。ちりりと熱が走る首をさすりつつ話を聞けば、ウィナフレッドは実は『器』が三つあるらしい。なんて?。

 

「回路の研究?」

「そう、僕の所に来る人達は皆急患か重篤患者、もしくは権能持ちだったり事情で表沙汰にできない面をもってる人達が良く来たんだ」

「闇医者みたいだな君」

「やってることは変わらなかったかも、といったらヘズさん怒る?」

「いや、俺も君に救われたものだ、俺みたいな経歴の者もいるんだろう?」

「流石にヘズさんが一等賞だよおめでとう。」

「わーありがとうございます。」

「それでね、僕は基本先生に教わる内容とは別のことは独学やおじいちゃんに教わらなきゃいけなかった。誓約上軍に所属する身だから、表で通うとなると派閥とか門下の関係で色々とうるさくってね。資料は集められるだけおじいちゃんに集めてもらったんだけど、実地訓練だけはそうもいかない。」

「皆まで言うな、多分全部わかったぞ。君、自分の体を人体実験してたな?」

「……えへ」

 

 えへじゃないんだよ。

 

 回路が粉砕再生粉砕再生という血みどろの毎日を送っていたウィナフレッドの体内は非常に強靭な回路で形成されているらしい。

 その応用で筋肉繊維の精錬もできないかと、停止術の応用で日々自室で隠れて実験していたらしい。

 プライベート的に監視などは一切無効化、概念次元なんのその、というヘイニー院の結界に置いて、一番ウィナフレッドの部屋が厳重になされていたのだとか。

 おじいちゃんも実は知らない、といいのけるあたり、生来のウィナフレッドサンの好奇心への活発具合がよくわかる。

 

「君の他に知る人は?」

「ジャツが知ってる。ジャツだけ。これは互いに誓ってることだから。ジャツも三つ姿があるけど、それは言えない。」

「言ってる。言ってるぞウィナフレッドサン」

「これで僕への不意打ちの魔術は許すことにした。」

「俺で溜飲を下さないでくれ。ついでに二人の関係に俺を巻き込むな。」

「後でジャツにもちゃんと言っておくもん。」

「はいはい。で、君は何で疲れたんだ?」

 

 そこから聴いてたの、と恥ずかし気に額を覆うウィナフレッド。さらに情けない姿を見せた、と気分を落ち込ませている。別に気の抜けた姿を見せるぐらいいいと思うが。昼間に肩を貸してくれたように、ウィナフレッドさんも緊張を解ければいいのにな、と見つめればそっと視線をそらされる。

 

「そういった自然体の弱音は、安心しているようで好きだぞ?」

「……、ヘズさん。」

「なんで急に怒るんだ君!?」

 

 怒ってないよ、無意識に煽られてるだけだよ、というが煽ったつもりもないんだが。

 カルテを渡されてみる内容、情報解析の結果、ウィナフレッドの発育は二つの姿に割かれているらしい。

 

「分霊染みた誓約で物理干渉させた結果、本体が成長しないの面白すぎるだろ君。」

「それ僕もすごく気にしてるんだけど。検証の結果、ドー考えても今と骨格の発育具合の差が大きすぎるんだよね。だから、きちんと本来の成長した僕はたぶんどちらの姿とも違うんだと思う。二つの姿は思いっきり借りた遺伝子の形が出てるし」

「……誰の遺伝子を借りたんだ君」

「ジャツ」

「君たちそういう関係だったのか?」

「ち、ちがうよ!血だよ!」

「いや、そうだな、うん。」

 

 少々恥ずかしがって顔を赤くしても勝手に誤解したのはウィナフレッドだから。俺は何も謝らんぞ。ハーマーリネムーの原型は皆無だが、骨格、現象すべて精霊寄り。基礎の器の軸作るの大変だったろと尋ねれば院に合った材料をちょろまかしたという。有効活用の手際が大変よろしいようである。

 

「ん?、ジャツ殿の姿だったらもう少し背が高くなるんじゃないか?」

「僕の器との調整した結果だと思う。ジャツの男性体はランテッドさん並みにあるし」

「それはでかいな。同じ中型人類なのか?」

「まぁ、派生種族なんかは遺伝子による個体差が大きいからね。一メートル程しかない夫婦から遠縁の遺伝子が隔世遺伝して三メートルとかあるし、逆に混じった結果、三メートルの夫婦から小型人類並みしかない子孫、とかもいるし」

「すごい世界だなここ。」

「ジャツの器の血っていうのは変化に富んでて、ハーマーリネムの一型から四型まで対応できる。完全体は大型の狼だからジャツは。」

「ウィナフレッドもその血の因子を継いでるのか?」

「ううん、適合できない部分はのぞかせてもらった。でも、効果もあって、僕の場合回路が永続的に破壊と再生が繰り返されていたじゃない?、だからその性質を徐々に抑える為に進化した可能性が高いんだ。だから、あまり表面に変化が出ず、内側に出るみたい。強靭度はぴか一だよ」

「オントガなら怪力なのは当たり前なんだったっけか?」

「さすがにビルを片手で持ち上げる怪力種族とは比べないでほしいな。」

「都市での君らの生活って、どうやって筋力操作をしているんだ?」

「『幽雲の環』っていうものを打ってる。これは全大陸で出てて、出力を超えると、その領域内でそれ以上干渉できなくなる。国として起こっている街や市はそれを地盤や上空に組み込んでるね。似たようなアーティファクトは何処にもあるよ。」

「出力限界を超えた分は何処に行く?」

「置換の作用が無償費で永続的に行われる。簡単な仕組みだけど、これは個人が個人に作用することだから、許容範囲が本当に広いんだ。すごくよくできたアーティファクトがもとになってる。」

 

 あら便利、俺の置換とよく似た亜術だけど、量産型はメモリの大本はメインサーバー用の機械に保存されてるっぽいな、と腕輪の中のホログラムを見つめる。それでも遠隔でニハイ全土にやってくる人口をさばけるのだから大型の永続性の結晶が無いと無理だろうなぁ、いいなぁ。

 僕も実は『幽雲の環』を打ってる、と普段隠れている前髪を上げて、挟んでるヘアピンを見せてくれる。え、全然気づかなかった。しかもこれ、ヘアピンというより皮膚に直接打ってるらしいからピアスに近いが、医療用のヘアピンらしい。

 ちょっと壊れかけていてね、と苦々しく気まずげに語るウィナフレッドサンが代替品を求めてアーティファクトを探し回っていたのだが、全然見つからなかったのだと悲しんでいる。だから筋力セーブがだんだん外れて包容が強くなってるんだな?。

 不肖ながら僕の筋力は本当に強いので、と落ち込んでいるので気落ちしているらしい。こればかりは反射や無意識をつつかれると本能で制御が外れがちなので、割かし死活問題だった。

 

「なぁ、ウィナフレッド、ちょっとそれを外して、俺の元来の器と力比べしないか?」

「え!?、折れちゃうよ!?」

「大丈夫大丈夫、元の百パーセントの復元は無理だが、半分ぐらいなら戻った理力で『顕現』できる。最上位のオントガ並みじゃないならどうにかなる。」

「……ヘズさん怪力の権能持ちなの?」

「?、いや持ってない、ただ、代行者以前に力勝負の場面が多々あって、研鑽していた時期がある。現在の器じゃ研鑽は皆無だが、俺には恵まれたことに先代の祝福が残ってる。先代殿の眼の作用には段階があってな。三つ揃えば『ジャミング装置』、二つ、存在と回路が揃えば事象の『顕現』。一つ、存在が正しければ器の機構を再置換する『体現』」

「……、色々と言いたいことがあるけど、先代の女神様はそれを恩寵で済ませたの?」

「え、うん。どうせ今の俺には使い道がないからもらっとけって言われた。」

「ヘズさん騙されやすいでしょ、絶対恩寵じゃすまないでしょ」

「それヴーヨン・ザゴ殿にも言われたけど恩寵だから恩寵なんだよ。……俺だって最初は断ったんだぞ、でも、絶対条件に組み込まれて、先代が過保護なんだよ。俺だって一端の大人だったんだぞ。」

 

 まぁ過保護に至る理由があるのは解る。じゃないんだよ。なんで君まで先代殿の味方なんだ。

 『権限』の精度を見せれば権能で済ませられるわけナイデショと逆切れされる。なんでだ。何処から要素の再置換が済まされてるのと問われて無言を貫けば、あなたの隠してる札の最たるものじゃないでしょうねと呆れられる。そうです。秘密で納得していただいた末、一番最初、というより生来の器の姿を問われる。今の俺ダヨ。

 

「あなたわざと年取ってない?」

「取ってない。」

「見た目の話だよ?」

「解ってるよ!」

 

 これ以上若く見られると年下扱いでむずがゆくなるから嫌だぞ。

 

「ヘズさん『顕現』で、あなたの指す全盛期は復元できないの?」

「できない。出来るのは、物質面でも星の構成、等価が成せる状態だけ。今の俺には、長年培っていた要素がない。だからこそ、『愚者の鎖』は装備備品そういったもろもろをすべて保管して反映させるバグなんだ。……『顕現』はこの眼を継承した代行者時代しか記録が反映できないし。維持に存在値が消耗する。俺の意思が弱ってると普通に効果が途切れるから、疲労時は選べない。だが、まぁ、依代や『器』を選らばないという点では便利だな。呪いがあっても『顕現』できるのはこの作用が大きい。」

「待って、あなた譲ってもらった先代女神さまの『眼』、何処に格納してます?」

「霊核だが?」

 

 手を開閉してむずむずとなにか言いたそうだがため息とともに解消しては言葉を飲み込んでくれる。そういうところ好きだよ。

 

「『体現』は?」

「培った時間全てに連なる器の時分を出力できる。器の改変だから時代の制限は皆無だ。ちなみに体積の変換分の余剰は情報対価として祝福の神秘に保存される」

「どう考えても『体現』の方が有用じゃないか!、欠損した部位は補完できないのは解るけど、裏を返せば情報対価さえ容易出来れば遜色ない義手義足が補填できるのでしょう?、加えて、置換できるあなたの権能が在るならデメリットがほぼない、……ねぇヘズさん、それ無償費でできるの、バグかなにか?」

「だが、回路は回復できないんだが、便利だよな。まぁ、白兵戦の時分は霊格が一番目の時だから相性がいいってのもある。人間時代の話だし。……代行時代になる前に一度エーテル薬の適合で病人染みた生活を送る羽目になったから懐かしいな。というわけで、どうせだから一回やってみるかい?、全力勝負をするなら、男性型のウィナフレッド君になってくれて構わないぞ」

「……僕、この姿が一番筋力強いよ?」

「君バグだろ。」

「バグじゃないよ!」

 

 結論から言おう。俺が勝った。勝利の喜びを握りこぶしで体現していると、ウィナフレッドに恨めし気に視られた。何かな。

 

「両手で、やったら、僕が勝つ」

「そりゃそうだろう。」

「すごく、すごくくやしい!」

「俺もこの時代の筋力が負けたら泣く。ていうか君、本気で力強いな。俺こっそり理力使ってたんだぞ」

「は、反則じゃん!素の方の勝負なら僕の方が強いじゃん絶対!」

「肯定しよう。理力が無ければ俺は両手でも君の片手に勝てない。いや、だまして悪かった。ただ、実験というか、君が俺の一つ目の状態で作動させた術式を感知できるのか試してみたかったんだ。」

「まったくわからなかった、どうして?」

「練気ってこの世界にもあるよな?、俺の場合、器に適合しない理力を一本の回路に通すことで、練気の作用に置換してるんだよ。適合しないから器から出ることもない。いわば油圧式ポンプみたいな?」

「出力一本だから、僕にも感知できないってこと?」

「そうだ。で、本題はこれなんだが、君が俺のやり方を覚えれば、筋力がさらに上がるし、逆に調節もできる。」

 

 急に抱きしめないでサバ折になっちゃう。ウィナフレッドに手を借りて通せば、一瞬で理解された。加圧を回路じゃない方に通すと耐久力を上げることが出来るので、と解説しようとしたのに優秀すぎる。互いに置換のウロボロスの術式があるためだろうか、ウィナフレッドは難なく俺が修練した十年分のノウハウを一分で吸い取った。教えがいがありすぎて逆に悲しい。君優秀だね。

 

「まぁ、垂れ流して循環させる分には勝手に重しになってくれるから普通に筋力トレーニングになるぞ。ただ、練気の場合制約上の器への負荷が大きいから持って一分ってところだな。やりすぎると内側から弾け飛ぶし。俺もそれで何回も内臓破裂で死んだし」

「なんでそれ先に行ってくれないの!?」

「いや、ウィナフレッドの回路の強靭さだと十倍以上持続できるんじゃないか?、と推定してだな、下手をすれば丸まる一時間とか言われても信じるぐらいに頑強そうだし。」

「さすがにそんな……、……。」

 

 いけそうなんだな、君の嬉しそうな顔を見ればわかる。ちなみに練気中の筋力増強率は係数で言うと三乗だ。すごいだろ。

 

「あれ、でもそれじゃあ変だよ、ヘズさんの今の状態は過去を召喚しているわけではないの?」

「?、過去の召喚はさすがに無理だ。俺は先に述べた通り、体現時にすべての器の要素を置換で改変している。今の俺は『顕現』で可能な要素を対価に記録を引っ張り出してるに過ぎないから、厳密には過去の状態ではないんだ。」

「シェイプシフターでもないのに、なんでそんなことできるの?、それはさすがに置換の領域を超えてない?、例えば蜜柑をりんごにしますなんて土台無理なんだからさ。木を火に変えますとか元素構築術の要素をもってしても素材が無いと不可能だ。いっくら似た素材と条件で再構築するっていったって、僕のウロボロスの陣と同じような機構を持ってないと……、そもそも一から器を組み立てたことが無いと、……あるんだね。」

「一度同門と一緒に幽体になる実験をしてた時にだな、器全てを分解してしまった。構成された記録は星に戻る前だったから、再構築するのに必死に頑張った。三日三晩泣きついてどうにか必死こいて戻した。」

「……ヘズさん、器への専門並みなのはそれが理由でしょ」

「ばれたか。」

「先代様から承った権能の理由。」

「俺が良く自分の器を忘れるからです。」

 

 こんなあほな理由が切っ掛けで置換と点間を覚えるんだから人生何が起こるかわからないよな。俺も指摘されて初めて気づいたし。

 幽体化に至るだけであんな便利な権能が発生するわけがないだろ、という強い意志を示されたが俺は知らないふりをするのである。

 

 ウィナフレッドサンが疲れて居た原因が分かった。

 絶対にばれないよう結んでいた自身への誓約がいつの間にか切れていたらしい。それは大変だな。

 まぁ、俺がまとめて切ったからですね、と土下座を遂行しようとすれば『眼』を物理的に開かないまま普通に制止されてる。使いこなしてる。

 曰く、ウィナフレッドもすっかり忘れていて、先ほど指を鳴らす動作をして『一工程』で変化した自身に冷や汗が止まらなかったらしい。置換がスムーズになりすぎているとか。俺の血の陣とウロボロスの陣の影響ですね。はい。

 便利ならいいのでは、と思うが、そうは問屋が卸さないのである。このシフトはウィナフレッドの切り札なのだった。『眼』がある以上新たな登録術式は筒抜けかもしれない、という危惧の元、どうにか潜り抜けて観測をされぬまま改良を成したいというのが本題であった。徹底したサイボーグ爺ちゃんの教えがストイックに利いてる。

 

「必死に三工程に縮めていた内容がいつの間にか奇跡を起こして一工程なんだよ、吃驚するけど、略式たる前動作がないと変化した時に僕も自然すぎて気づかなかったぐらい自然に馴染みすぎてるんだ」

「なぁなぁ、ウィナフレッド、その分霊器染みた二つのシフト感覚在るの?、内臓は?、生理学的反応は?」

「ヘズさん、眼が本気すぎる。全部あるよ。」

「すごいな、どうやったら筋肉痛だけの共鳴で済ませられるんだ!?」

 

 男性型のウィナフレッド君になってくれたので普通にペタペタ触ればむずがゆそうに視線をそらされる。筋肉の厚みがやばい。これは働く騎士殿並ですわ、と素直に羨ましい気持ちと半分半分で称賛すればヘズさんも極限まで鍛え上げてるでしょうと苦笑される。俺のアレは自動行動の末の副産物だもの。いいなぁシックスパックこんなぼっこぼこにしたいなぁと本気で過去に全員に止められた器の成長に着手しようか考えていると頭上からウィナフレッド君の顎がやってくる。肩に置かれて隣を覗き込めばかすかに笑われる。笑い方は一緒だけど、表情筋があまり動いていない。君、こっちのほうが頬が柔らかいんじゃないかと冗談を述べれば固く目を瞑られて抱きしめられる。どうした。どうした。

 

「僕、この術式の反動が大きすぎて研究室以外で使わないようにしてたんだよね。倒れるから。それなのに今は対価となる魔力が無限に供給されているに等しいから、欠伸するみたいに勝手にできちゃうんだよ。しかもこれ、最悪なことに、優勢なのがこっちの器なの。」

「大変だな。」

「誰かさんのおかげでうれしいけど複雑な気持ちかなっていうのは冗談だけど、これね、本当に危険な話なんだよ。自分の姿を忘れたら戻れなくなっちゃうんだもの。」

「それは俺も激しく同意するが、それならなんでそんな同調率の高い分霊染みたシフト型にしたんだ?」

「ホムンクルスが違法だから、置いておけない為に、杖と同じように一体化を成して宿す一択だったと、いいますか、ルールの隙間をついてたらこうなっちゃったというか、その、この器アーティファクトの素体で出来てるから、馴染みすぎちゃって」

 

 眼が泳ぎまくってるけど気持ちはわかる。頂いた祝福も相まって、アーティファクトの器との相性が良すぎるらしい。そういった最高の調整模したらしいので。研究者の性だね。一先ずね起きて喋らせてばかりだったと合いの手グラスを渡されてこんな感じ、とウィナフレッドが元に戻った。ころころ変わると忘れそうになるから直ぐに戻らないといけないらしい。大変だ。

 なら全部自身の器であると認識させて、適合させればいいのではなかろうか、と。ウィナフレッドから渡されたグラスを飲んでいると、ウィナフレッドが眼を瞬いた。

 

「適合?」

「俺みたいに術式に固定しちゃえばいいんじゃない?」

「そんな簡単に行くわけないじゃん」

「でも今君、自分で欠伸するみたいに自然に出るって言ったぞ。作動条件を見るに、現状切替は必須なんだろ?」

「……。暗示だと、そのコード抜かれたら困るし」

「ならそのブレスレットに刻んでみたらどうだ?、在る時は不変、無い時は変化可能みたいに。それなら盗まれても戻って来るぞ、次元を超えて。」

「外す動作がもったいない。」

「君、解っていたが、根っからの合理主義者だな。」

「効率重視って言ってよ。」

 

 まぁ日常に置いて手間の省略と安全性の制御は両方大切であるのは確かである。

 ストッパーが無いのがまずい、というのが悩みの種なら、そもそもストッパーの条件を物理から意志で変化させれば、この人なら鋼の理性でどうにかできそうである。物は試し。ウィナフレッドー、と手招きして顔を寄せてもらうと、頬を両手でつかんでじっと眼を見つめる。ウィナフレッドが慌てる。ちょっと試していいですかと尋ねれば、怪訝そうにうなずくので、にっと笑って額を合わせれば、目の前のウィナフレッドが吃驚してる。『炉』の回路を開いて刹那。俺がリンクを許可したら互いの回路すら開けるらしいので、ちょっと試してみれば、成功。青い光の線の束がフィルムの様に額から額に移ると、ばっと離れたウィナフレッド君が男性型のまま心臓を抑えてバクバクしてる。はっとした様子で口元に手を当ててそのまま胸に流れると、大本の姿に戻った小柄なウィナフレッドサンがじとりと俺を見る。なにかな。

 

「……、……ありえない。」

「いけたからオッケーなんじゃないか?」

「無償費で!?え、正気!?いや、そもそも僕に、ヘズさんが受け賜わった『体現』を譲ったの!?」

「俺使わないし。」

「いや、いや、いやいやいや!有用性を示してたじゃないか、そもそも、これは親愛を冒涜する行為じゃない!?」

「嫌全然。要らなかったら譲っていいって言われてるし、要らなかったら捨てますねって宣言してる」

「あなたたちの関係がわからない!」

 

 戻せなくなった、と苦笑して存在の一段階目の作動が消えたのを確認。逆に、ウィナフレッドは正常である限り『体現』が可能になった。コスパが良いね。互いに等価のアーティファクトがあるなら行けるんじゃないかなって思ったんだよなぁ、と自画自賛していると、ウィナフレッドが傍によって俺の首に手を当てる。ワンユオ殿が相互に作用させた性質を利用して、譲渡ができないのかやってみたらできた。実はこれ、真名を指定して記録を刻む、女神代行時代に一度も授けたことのない正式な祝福行為である。疑似、がつくが。だから世界条文の閲覧時、誰が読んでも俺がウィナフレッドに祝福を贈ったことは解るぞ。それだけだが。

 

「譲る条件、俺が信頼できるものなら許すって云われてる。それに、祝福したいと思った相手に送れって条件に一致するから問題ない。本心が通る相手ならいいって云われてたから、そうだな、俺が渡せる自由も、全部君のおかげだな。」

「……、……、」

 

 笑えば無言で唸られた。とりあえず、照れから視線を外したまま、俺より使いこなせそうだからよろしくな、と肩を叩けば、何故か、気が付けば手を取られて、壁に腕で抑え込まれる。無言で疑問を浮かべれば、……なんで顔真っ赤にしてんのウィナフレッドサン。

 無言で胸を押さえて、左手肘をまっすぐ伸ばして俺に向けている。待っての合図らしい。はい。

 

「なんでくれたの?」

「今までで一番しんどそうだったから。もとを正せば俺のマッチポンプみたいなものだし。それは無意識と意図をきちんと区別してくれるから、あたまの中で切り替えができると思う。君があそこまで頭を悩ませているのなら、力になれなれないかと判断した」

「ねぇ、ヘズさん、これ、祝福で済ませていいの?」

「権能だったらこんな包ましかなものじゃなかろう?」

「いや、根本的に、……もういいやヘズさんがいいっていうならもらうね。」

「そうしてくれ」

 

 まぁ、普通に寵愛に括られるものの気がするが、俺のものじゃないので大切な品を託したとみられるであろう。すまんな打算的で。

 一瞬で青年の姿になったウィナフレッドが俺を見る。このウィナフレッドクンは髪が短いんだよな、とまじまじと正面から見上げると、ウィナフレッドは膝をついた。

 ウィナフレッドは誓約上、分霊染みた器を形成するときに条件を定めた。その姿の時の結果は個別保存。器ごとに服装が違うのも高度な術式によって時限式の位相世界に保存されてるに等しいためだとか。その代わり身体の生命維持の供給は一括で本体から行える。

 ウィナフレッドが停止術をしている間は、すべての肉体に記録されて成長させる。結構精密な術式らしい。便利そうだな。解説されていた間、ウィナフレッド本人はカルテを膝立ちながら記入している。ホログラムに打ち込むのはちょっとまずい、とのことで、物理的保存を選んだようである。いつだって物理情報が一番盗難防止に役立つのだ。バリバリー。

 

「で、なんでその姿になったんだ?」

「大変恐縮なんですが、ヘズさんは神域においての契る方法って知ってます?」

 

 俺を幾つだと思ってんだ。知ってるにきまってるだろ。と、口に出すに憚れる言語を飲みこんでウィナフレッドサンの意図を咀嚼する。完全プライベート用の室内なら盗聴は絶対にないと思う。あるとすれば召喚術による作動や術式阻害が起きたときだろうな、と俺の代行者時代よりもはるかに厳重に遮断、秘匿されている共用の部屋を見回す。そもそも君が知っているのに驚きなんだが、と目で返せば、僕、その番の時にそういった内容の資料を渡されてると、少々赤面している。そもそも治癒士なのでそういった治療法の理解と対処法は熟知していますとのこと。でしょうね。そっかぁ、ヘズさん側にもそういう知識あるんだ、と妙に後ろめたい声を出して反応するの止めてくれないか。

 基本神域の存在は性別が迷子だったり不明、そもそも存在しない者が多い。しかし以前に記した様に、この世界は火花が宿れば、エーテルを使って愛情を交わしたり、末に一族の子孫を残すことも出来るのだ。だから、してはいけないことは徹底的に教え込まれてる。

 

「あのだな、仮に契ったとしても俺は染まらないぞ?、断言できる。それはもう、代行者時代に徹底して入念に対策してあるし。」

「へぇ!?」

「俺が受け入れない限りぜっっっったい無理」

 

 感情が出にくい理由は、悟られるのを防ぐために、予め筋肉が動くのを制限しているっぽい。まぁ今、めちゃくちゃ目に見えて動揺している理由はキャパを超えたのが原因っぽいが、まぁ素直に動くのは、誤解が無くて、解りやすくて好きだぞ。無言で続きを聞きたがっているので、言葉を選んで考える。どーーーーーしよっかな。

 まぁ、質問の内容、やったとしても多分俺側に一切の快楽はないし、たとえ回路に直接霊気を回されたとしても痛みで激痛にのたうち回るだけだろうしな。はーーーー。まぁ拷問の類になるだろうな、と、語れば、痛みの推移を尋ねられて、白雷の弱体番が常時徐々に深層に行く程増してくと答えれば、ウィナフレッドサンが目に見えて赤くなりつつもドン引きしている。身内以外に一切を許さない俺の本能の固さに割っかし自身でもドン引きしているよ。あなたの身の回りが固いだけであなた自身は水よりも軟弱ですと騎士殿に注意された記憶がよぎるが今は消す。痛み、調査、誰とと口走っているウィナフレッドサンがちょっと気配が怖くなってきたが、弾かれたように結論に至って、それって僕は身内のくくりってこと?、と質問を成されて、俺は目をぱちくりと瞬いた。

 

「番だろ?」

「番、だけど、その、そもそも、なし崩し的に僕が迫って強制的に結んだ現状に近いじゃない?。そこから発展されるのは許されるの?」

「打算と都合で結ぶことは多々あるぞ、そこから愛に発展するものもあれば、逆に愛を誓って一年後に別れる者も居る。永遠に共に在るのが美徳というわけではない。その関係にあって何を学び、何を尊ぶかの違いなのだから、関係を変えて不幸に至るというには、少々単純すぎる世の中だろう?。別れても出会いを楽しむ者も多くいるぞ」

「ヘズさん以前の器の関係とか言及する性質?」

「残念ながら俺はそこまで純粋に在れないから、今を尊重してくれるならどうでもいいかな。本気で、心底、他者と比較されるような引き合いに出されなければ何を成されてもいいと思う。」

 

 理念上、弄ぶだけ遊んで逃げるタイプは駄目だな。責任位とれるようになってから遊べ。割り切ってるなら全然かまわないが、と逆に君の方はどうなのだと尋ねれば、無言で面を覆っている。治癒士だもんね、色々あるもんね。線引きはオクの世界だといまだ厳しすぎるというか潔癖の嫌いがあるが、エーテル体やら魔力の循環を始めると、正直器の相性がいい者ほど属性親和が高いので関係性を器同志から始める者も普通に居る。そもそも延命措置やら、祓いや強化、染める染めないの分類に回答するならばそういった快楽に限定されるものではないのだ。安らぎも『厭』に汚染されたってそれに該当するのだから、なにを可とするかは本当に個人個人の話なのだ。そもそもですね、器。無くても契れるんですよ。エーテル体のまま子もなせる。だから神域に置いてそういった事象は厳しすぎるぐらい制約が絡む。まじで、神域に置いて領地への制約はその霊格を表す、と言われるぐらい責任が問われる。

 一応領主の時代があったので、と語れば、事務の仕事できるのと真面目に問われる。出来るよ。飽きちゃうけど。

 

「……、……、……、ねぇヘズさん、罰則とかってなんであるの?。」

「加護やら世界条文は厄介でな、狂化とか器化とかあるだろう、本能を超えて勝る権能を常用しすぎると普通に理性が飛んでもどってこないことがあるんだよ。その強制送還もかねて罰則とか設けてる」

「厄介な世界だね神域。」

「大変俺もそう思う。馴染んでいる君の理性を称賛するが、普通箍が外れて門前払いされることが多いんだぞ」

「初耳なんだけど」

「一定水準の理の制御が出来ないと足すら踏み入れられないのが通常だ。まじめに神域ってのは秘匿されなきゃいけない事項が多すぎるんだ」

 

 理の専門術士が居るのだから、心理学から入って、直接契らずとも該当する治療法に付属、師を冠している者も居よう。器の交わりは直通の導管に通じている為に、それだけ存在そのものに大きく影響を及ぼすのだ。双方契りに該当する行為をすり合わせて齟齬が無いことを確認すると、ほっとしたウィナフレッドさんが静かに俺を見た。

 

「ヘズさん、あなたはそういった行為に忌避感はあるんですか?」

「……いきなり話が変わって心臓が止まるかと思ったぞ。え、そういう話?」

「……、いや、ごめん祝福されて、あまつさえ告白された混乱で、気が早って、その、単刀直入に聴きすぎました」

 

 そんな叱られた子犬のような表情をするのは止めてくれないか。心に負荷が来るだろ。やっぱり、ヘズさんにそういった話題は失礼だったよね、と言われるのでさすがに口をはさむ。

 

「いや、それ自体は研究の一つであるからいいのではないか?、それに俺自身は別に恥じらっているわけではなく、単純に何を求められるのかと構えただけだ。?、いや、純粋に疑問なんだが。……君、その体でそういった行為ができるのか?」

「……、……あー、墓穴を掘ったってことにしてもらっていい?」

「駄目だ今話せ。祝福した対価だ」

「ひ、ひどい!!!」

 

 曰く生命維持に必要な供給に云々、割かし器を重ねる行為っていうのは馬鹿にならない効力を生むものだ。浄化や鎮静、治療や変化を促したり慈しみにも該当する。快楽は好き同士ですればいいと思うぞ。

 別に真っ当な治療行為だと思うぞ?、と返せば膝を折って床に丸くなって伏せているウィナフレッドが顔を赤くしながら見上げてくる。生理反応とか大丈夫なの?

 

「基本僕の二つの分霊器の体は本体の感情と作用が連動する。これは三年計測してたから間違いない。基本三つの器の理は僕が大本だから、本体の生理反応が連動して反映されるんだ。これを利用すると、本体に術式を掛けて居れば、ヘズさんのいうシフトが完了しても継続したままになる。逆もしかり。」

「便利だな。三工程でも咄嗟の場でジャツ殿の種族特性が反映されるんだろ?、それがメリットにならないはずがない。魔力を広げるだけで祓える性質なら、内側から循環させるのは効率の面でいいにきまってる。」

「……なんか、すごく、ヘズさんに顔を合わせられないんだけど。」

「別に利害が一致して協力を仰いだのなら利用もくそもないだろう。?、別に筒抜けどうのではなく、開示せずとも、冷静にメリットを考えたらジャツ殿の身体能力は有効すぎるだろうと判断したまでだ。筋力の出力の優位は確かに君の本来の姿だろうが、骨格を加味した配置、バランス、構造は違うのだろう?、ハーマーリネムーのシェイプシフトは何段階可能なんだ?」

「二、だけど、特性は継いでないんだ。一は今の二つ、二になると、なんでかジャツのロウバチ系譜じゃなくて、オントガ系譜になっちゃうんだよね」

「君属性が多すぎないか?」

「オントガの遺伝子なんて持ってないはずなんだけどなぁ」

「力の素養それだろ間違いなく。しかも連動してると」

 

 で、何につかれていたんだ?、とはぐらかされた内容を正せば、血が高ぶって仕方ないということだった。ウィナフレッド、君体育会系だろ絶対。

 

「いや、すまない。思春期だったな君は」

「ねぇヘズさん、さすがに成人してるし、その言葉は時に鋭利なナイフになるって知ってるよね?」

「俺に興奮してるのか?」

「ヘズさん!」

「冗談だ。冗談だが、そういった本能は理性で押さえつけてもどうしようもない現象の場合が多い、火傷するような熱を近づけられて反応するな、というぐらい無理があるんだ。ゆえに素直に軽減する術を考える方が効率が良いと思うのだが。……。」

「解ったね?」

「解った。君は非常に理性的だな。」

 

 少々赤面しつつ、何が君をそんなに捕えてやまないのだ、と面を覆いつつも首をかしげて尋ねれば、立ち上がったまま天井を見上げるウィナフレッド君。なにかいってくれないか。血涙だしそうなぐらいくやしがる必要性が今皆無なんだが?。両手でブリキの人形のように動作を角ばって面を両手で覆うと、ウィナフレッド君がこの世の終わりの様に、地を這うような声で淡々と述べてくれる。

 

「一緒に、寝たいのに、こっちの体が出てきちゃって、困ってた」

「……、……。……、そうか、まぁ、その、君の、無意識の応援じゃないか?」

「僕もさすがにそうだと思って熱を冷ましてたんだよ!、最低すぎるでしょ!流石に!」

「いや、普通の生理現象だろ、十代なんてそんなもんだぞ。だが、辛そうなら部屋を分けてもらうか?」

 

 即答で否はやめなさい。昼を振り返る自身の振る舞いを見直すが、泣いた以外に見当たらない。これか?

 

「君、俺の泣き顔が好きなのか?」

「……、……、……、……今ね、ぼくちょっとほめられてもよかったとおもう。」

 

 俺がほめても駄目そうな雰囲気だな。ようやく俺の理解が追い付いたことを察したウィナフレッド君が体現を使っても未だこっちが優勢なんですよ、と真剣な声で解説してくれる。それは、さすがに、大変だな?

 

「それで君、連日ずっと鍛錬してたのか?」

「……、……僕、これがあと何代も続くなんて耐えられないよ!」

「納めてくればいいだろう、そういった店に案内してもらうならば手伝うぞ?」

「ヘズさん無邪気に厄災級の言葉を放つね。」

「今のが失言だったのは理解した、すまない。愛か否かは定められないが、求めに応じると言ったのだから気の向くまま正直に告げればいいのではないか?、答えられるに限りがあるが、線引きは君も俺もできるはずだ。」

「だけどそれは、仕事としての作業だ。……僕は治療に関して、私情を挟んだことはない。だけど、あなたとそういった行為を成すならば、僕は私情を以て、誠実でありたい。」

「俺は君に誠実ではあれない。」

 

 ウィナフレッドの瞳が正直に揺れた。悲しそうだな。と問うには俺は理解させられすぎている。頬をかいて胸の前瞼を閉じて両手を掲げれば、男性型のウィナフレッドが首を横に振る。小さくため息を吐いた後、椅子に座り直したウィナフレッドさんが片手間に俺を浮かせて自身の足の上に乗せる。近いな。

 

「ねぇ、ヘズさん、僕の魔石を量産すると語った時、この行為の効率を考えたことはあった?」

「ごめんさっぱりすっぱり皆無だ」

「でしょうね。」

「炉で増やせばいいと思っていたんだが、そんなに勝手が違うのか?」

「ヘズさん、炉はどこにありますか?」

「心臓の不可視の領域。」 

「その部位に直に注ぎ込んだら、ヘズさん側の意図次第でどうにでもなっちゃう。ようはね染める行為に該当するんだよ。生物の内臓の配列が大幅に違わない限り万物共通」

 

 あーーーーーー、俺の考え無しがウィナフレッドサンに気苦労を強いている。だから馬車馬のごとく働くなんて力強く宣言してくれたのか!?。そんな簡単に通るわけないだろうと確認してみたものの、正直触れられて求められるだけで許可を出す俺の戸締りの緩さに責任が持てない。……いや、だって、この人を守護することを誓ったんだから、出来る限りを尽くすのが本心というか。……、……、あれ?

 やけに自然な手際で背を片手でロックかけてくるんだけど、いやまて、お願い。じわじわと炙られるように湧き上がる熱は流石に自覚せざるを得ない、が、いやいやいやまて、まってくれ。赤面してるでしょ俺!?

 

「い、今から取り繕えば他人行儀な関係戻れるか」

「絶っっっ対戻らないし認めないからね」

「染める行為に該当する?」

「染める行為に該当するって言っていた。」

 

 面を覆ってすまないと告げれば、唸るウィナフレッドクン。あなた散々意図しないように返事してくれますけど、実はこういった現象苦手でしょうと囁かれて普通に固まる。経験は、多少なりとも、あるぞ、多分。

 そっか、これは相互の認識を改めた方がいいかもしれない、とウィナフレッドが自身の顔を覆って俺を浮かせた状態、単身で膝をつく。椅子に座らされた俺の手を取り、見上げる青年のウィナフレッドさんの瞳は真直ぐである。

 

「僕は自分勝手な理由で、あなたに愛を送りたい。それはこういった行為もできれば嬉しいけど、その限りじゃない。」

「なら、君は何がしたいのだろうか?」

「あなたの安心の一つを僕に感じてほしい。守りたい、慈しみたい、共に人生を歩んでみたい。ともに在れるならば、この苦難を一緒に乗り越える許しが欲しい」

「まるでプロポーズだな。」

「その通りなんだよ。」

 

 返す言葉が無い。宣言した以上、これは絶対事項だ。これだけ真情を示してくれる相手に対して不義理はさすがに俺の心が死にそう。困り果てて、しかし、尋ねねばならない質問を口にする。嫌われようと、疎まれようと。この人の熱が俺に伝う度、俺以上の狂気染みた情の濃さを理解しなければならない。互いに隠していても尚、死に際に守護すると誓う約束の様に、俺は常に、守られるようにこの人に愛情を向けられている。だから、今だって気が狂ってない。彼女が語る恋物語の話を置いたとしても、条件付けだけでここまでこの人は思いを向けるはずがない。あの極限状態でだって、この人は理性を保って俺と距離を置きたがっていたのだ。今はぐいぐい来るけど。

 

「ウィナフレッドさん、あなたはあって一巡も経っていない相手に、なぜそこまで執着をする。」

「……執着。」

「あなたは理性的な人のはずだ。状況を考えて、打算を踏まえても、もっと賢い選択が在ることを知っている。それを振り払って、投げ捨てて、愚直なまでに俺を優先して、すべてを委ねてくれている。あなたが此方を慮らず染め上げれば、きっと俺は死ぬまであなたに付くだろう。」

「……、……、前提をヘズさんの条件として、あなた自覚してるんですか?」

「自己分析は死活問題だったから、嫌でもわかる。忘れるには少々、君との約束が強すぎて、感情を置いていくことも出来ない。答えられない。だけど、示せるものは出来る限り示す。望まれるならばこの身だって、いかようにも好きにしてもらって構わない。ただ、器の改変だけは、俺の持ち物でないために、禁じさせてもらうが。……すまん、だから理に作用する、『炉』に注がないといけないのだな。」

「……。じゃあ、うん。はい。解った。ヘズさん、気が抜けたので今から行為に移っていいですか?」

「……。」

「ほら、嫌でしょ?」

 

 嫌じゃないぞと両手を広げれば、ウィナフレッドが悲しそうに顔を伏せた。僕の言葉が届いていないわけじゃないんだよなぁ、と独り言ち呟いて、再度俺を見る。立ち上がったウィナフレッド君が俺の両肩を押さえつけると影を降らせたまま見下ろしてくる。

 

「例えば、最低な行為に及ぶとするよ?」

「最低とは?」

「あなたの意志と希望と感情を無視して、蹂躙するように僕が本能を赴くまま手ひどく染め上げたとする。その時、あなたは何を思うの?、どんな行為でも受け入れさせて、考えることすら不可能なほどに堕として。首輪を嵌めたとしたらどうするの。」

「……、え、普通に、めちゃくちゃ嫌だ」

「……、……、あなた、先ほど身を捧げても良いって言いましたよね。嫌でも受け入れてくれるのでしょう?」

「……。」

「……、理解が追い付いてます?」

「なんか恥ずかしくなってきたんだが」

「いっときますけど僕の方が何倍も恥ずかしいんですからね今!!!!!!!」

「受け入れてもいいが、そうすると君は負い目を追って辛い人生を歩みそうだから、やっぱりめちゃくちゃ嫌だ」

 

 はーーーーーーとクッソ長いため息とともに頭を荒らされる。それ僕が幸せなら受け入れても良いってことなんですかと尋ねられて反射無意識、即答で肯定を返せば、流れる様に領主通報されそうになったので慌てて止める。気が狂ったか君!?

 

「待ってください本当に!女神の性質ってこんなに!?、え?、こんなにひどいんですか!?」

「俺さ、その女神やら男神やらの性質の所説嫌いなんだよね、どっちでもいいじゃん」

「あなた今死活問題だって自覚してます?、これは火花の定義による世界条文以前にそもそも創造時代の由来だから普通に生物の性質や細胞の変化のような厳密な定義の中の傾向なんですよ、種族の違い以上に大きな隔たりのある特徴なんですからね」

「君滅茶苦茶詳しいな」

「図書塔でヴーヨン・ザゴ様にお願いして夜通し網羅しましたからね!あなた想像以上に僕のこと好きじゃないか」

「好ましいのは事実だが俺は誠実じゃないので回答できない。」

 

 くっそなんてひどい状況だとウィナフレッド君が悲痛な声を出して頭を抱えている。回答?、あ、俺個人の回答ね。そうね。

 

「悲しい。」

「わかってるじゃん!、僕はヘズさんを悲しませたくないんだよ!。」

「だが、……、なぜ俺は君にそうされると悲しくなるんだろうな。君が納得してても、望んだとしても、許可を出した側なのに。君となら地獄に落ちるのもやぶさかではないが、やっぱり光のある道を進んでほしいと思うのは俺の理念上絶対の願望であるために、……いや、まて、解析した。俺は君を信じているから、やはり悲しくなるのだろう。手ひどくされないと信じているし、君は優しい人だから、きっと地獄に道連れにしてくれない。」

 

 また下唇が山みたいになってるぞ。あー、と頭を抱えて、一度ウィナフレッドが深呼吸をした。ヴーヨン・ザゴ殿に罪を告白して自首するじゃないんだよ、なんでこの短い期間に致命傷を受けてるんだ君。落ち着けと諭すが、全然戻れないと悲しみを超えて絶望をし始めている。壁際の二分の一に丸まっているウィナフレッド君に近づくと、丸まっているウィナフレッド君が手を取ってくる。なんだい。

 

「最低なことを聴いていい?」

「一度までな。」

「ヘズさん、パートナーはいたことあるの?」

「ない。」

 

 がたっと椅子をひっかけて倒れかけないでくれ、危なっかしい。風で着地させなかったら本気で頭ぶつけにいってたぞ。

 

「……、……人間の時も含めて?」

「そうだが?」

「そういった行為は?」

「多少なりともあるが。」

「あ、あるの!!!??」

「な、なぜそんなに驚かれなければならないんだ……?」

 

 君がするように、俺も行うことがあるだろうと告げれば、ウィナフレッドの目が剣呑になった。なんか踏んだっぽいなこれ。

 しかし数秒して鎮静化し、僕ってここまで嫉妬深かったっけ、と両手で顔を押さえている。

 

「まぁ、通常の者が体験するような健全なものではないが。」

「あ、アブノーマル!?」

「いや、助けた礼に何度か襲われた記憶がある。」

「僕今からさらに深く飛べる回帰の術作ってくる」

「まてまてまてまて前動作なしにフルスロットで暴走するな。」

 

 記録としてはそんなところだが、実際俺が本来の世界で恋だなんだのはしなかったからな。それどころじゃなかったし。

 神域においての出来事に決まってる、と勝手に納得をして鎮火しているが、騎士殿と何処まで話したの君。

 

 馬鹿正直に話しても仕方ないことではある。この器について問われたのなら白認定されるだろ。若干危うい気がするが。

 完遂してないからセーフだと思いたい。さすがに上半身は防げなかったよ。どうしたもんかなとパニックになってたらいきなり封鎖領域に入ったから、動けるかどうか模索したら飛ばせた。一時間ほどして封鎖領域を抜けたが、残してきたところで命の危機はないのでさっさとずらかった。

 途中断念させましたという一文だけ出たしな。さすが健全を目指す運営。仮想シミュレーション内、最終討伐目標に辿り着くのが目的だったからユーザー第一仕様だったからね。式が違えど同じ答えに辿り着くことに意味があったから運営という概念は必要不可欠だった。だから母港画面内で介入は出来ずともユーザー内で情報のやりとりをさせてくれていたのだ。今は時間狂って停止中だけど、現在も一時的とはいえ、母港画面で停止術状態にはなれる。

 

 ともあれ疑似襲撃は遺跡調査後の事件だったから、どこで天罰フラグ経つか怖くて無理だった。女神さまが見てる。

 他には治療や役職の赴任先で告白を受けたのは数度あるが、ここで生きてるに等しい感覚からすると責任が取れないので回避した。

 その代わりと持てる物全てあげたり、悩みの種を解消したり、治療費を出したりしたら神聖化され始めててビビったね。俺は女神じゃないんだよ。

 あれ、そう考えると現代でもこの世界でもウィナフレッドサンに太刀打ちできないのでは?

 ウィナフレッドサンのふたを開いてしまったのだから、正直に言うべきだろうか。恋だ愛だのは素晴らしいものなのは確かだが、人生を左右させる一端になるので俺は軽々しくうなずけないのであった。

 

 

「……あのな。」

「……なに?」

「なんで君まだ切れてるんだ!?」

「あなたの女神さまは何してたのかなって」

「俺の危機意識の無さじゃなくてそこなのか。当たり前だ。いちいちプライベートをのぞき見されてたまるか。それに一従者にそんなことで過保護になれるわけなかろう。」

「……ん、ヘズさん一度助けられてるね」

「君、これはさすがに注意するぞ、断りもなく記憶を読むんじゃない。」

「不名誉とばかりに今ぴかって光った記憶が僕の方に流れてきたんだもん!」

「先代何してくださってるんですか!?」

 

 未然に防げてたんだ良かった、というウィナフレッドは本当にほっと一安心してる。でもその代わり俺の羞恥心は犠牲になるんだよな。ばれっばれじゃねーか。ていうか今先代気合でどうにもならん神秘を起こすな。何してるんですか。あ、過去に今ヘズの潔白を証明しなければならないとか言って銀槍出して天に思念を送ってた記憶が出てきたわ。今なんですかその情報の着地。

 

「契ったことはないと」

「……まぁ、契ったことはない。」

「世界で探しても一生見当たらない奇跡じゃない?」

「そこまで希少価値を保有したい気持ちもないんだが、責任が取れないと困るじゃないか」

 

 僕なら取れるとかいいながら目がマジなのやめろ。どーして頷いてくれないのぉ、というが君なんで頷いてもらえると思ったんだよ。都合のいいことを口にしている自覚はあるが、嫌なことはきちんと嫌という主義だぞ。じゃあ今までの僕の翻弄は嫌じゃなかったのと?云われると、俺は、何も、答が出ず、でして……。俺は感情の分析ができる、その上で、その、悲しすぎる自己の理念と体質を、この人に告げるのはなぁ。何でもかんでも理性と意思で括れるなら最初からやってるわ。感情というものはどうしても制御しづらくて、この本音をぶつけるのは流石に申し訳がないし、底意地が悪いし。

 

「……、もっと早く出会ってたら上手くヘズさんを口説けたかな?」

「え、今そんな話だったか」

「そうだよ!」

「いっとくが、俺は一生独り身で良いぞ?」

「それじゃ必然的に僕も一生独り身になっちゃうじゃん!」

 

 ウィナフレッドさんの情熱の高さが怖い。俺は頭をかいて、床に正座したまま俺を見上げるウィナフレッドの正面に座った。

 手を握る。途端狼狽するのはかわいらしいが、これは色んな許可の類似性、該当を求めている顔だな。違うんだな。

 

「なぁ、ウィナフレッド。君は俺を抱いたところで満足するのか?。それなら俺はすぐに頷くし、君の保護が確約できたなら記憶は消さずとも、二度と君と会わないと誓おう」

「なんで駄目なの?」

「んー、君、俺がいなくなるのが嫌で、どうやったら結び付けられるかを考えたんだろ?」

「それもあるけど、わからない。頭がおかしくなりそうなぐらい、ヘズさんのこと考えてるんだもん」

「……すまん、無意識に洗脳でもしたか?」

「断言するけど僕に洗脳と暗示は効かないよ。だから記憶を抜くっていう最終処理を選ばれたんだろうし。僕は視たものは絶対覚えてる。万が一の措置に備えて、情報として別の記録も残してる」

 

 それはそれですごいな。

 じゃあ逆に、俺が君を抱くのはどう思うんだ?と尋ねれば、ウィナフレッドはきょとんと目を丸くした後、瞬いて、徐々に耳を赤くしていく。そういう想像は恥ずかしいのね君。

 

「だ、抱けるの!?」

「増強剤でも飲めば行けるんじゃないか?」

「そんな作業で抱いてほしくないもん!」

「ロマンチックを俺に求められてもな、今君が抱いた感想は俺が君に思っていることそのものだ。」

「え、ろくでなしじゃん」

「そうだぞ。もし君が俺を求めたとしても、いかに効率よく満足させて作業を終わらせるか、という点しか頭にない。情緒もくそもない。君の望む恋の進展もないだろう。最低だろう?。たとえ俺が正気でなくとも、元に戻ったら俺は即座に契約の全てを切る。君には悪いが、言ってない切り札はいくつもあるんだ。対価なしに身命宣誓も切れる」

「……、……」

「なんでそこで泣くんだ君は……。」

「ヘズさんは、僕が面倒になったらどこかへ行ってしまうの?」

 

 あー、これは俺がやらかしたパターンですね。無意識の効率を求める思考が、繊細な乙女心を踏みにじってる。ウィナフレッドの思う愛と恋は大体理想像がつかめてたのに、これは俺が大人げなかった。

 

「好ましいのは事実だ。」

「うん」

「だがな、申し訳ないことに、経験年齢全てが対等だったとしてもだ。俺は納得できないことはぜぇえったいやりたくない」

「う、うわ……」

「事実だ。極端な話、俺は死ぬか生きるか抱くか殺すかで迫られたことがあるが、癇癪に付き合う暇はないので俺は相手をさっさと殺した」

 

 一歩引いたな。それ、どうやって着地させたの、と問われて回答する。蘇生させて満足したか尋ねた。号泣されて横っ面叩かれたわ。なんで俺こんな役目ばっかり。一つの夢を奪った対価にきちんと強靭な器に蘇生させたもん。俺の命使って。いったところで信じてもらえないだろうけどな。

 

「俺に何かを期待するのは自由だが、俺が何かを決めるのも自由だ。理想は素晴らしい。希望を与えて前進する力をくれる。だが、俺がその理想に添えないのは、きっと至らない点がたくさんあるからなんだと思う。俺は器用じゃない、万能じゃない、できることしかできない。求められても答えられる数が決まってる。君に対して返す応えは、ずっとノーだよウィナフレッド」

「これ、僕があなたを口説くの無理じゃない?」

「漸くわかってくれたか。」

「……ねぇヘズさん、僕さ、ほんっとにほしいと思ったものはどんなに手が届かなくても絶対にあきらめないんだ。治癒士の資格だって、停止術で年数飛ばして自分自身の体を改造してどうにかさせたし。軍に拘束されそうになった時も、僕はおじいちゃんの教えてくれた情報と術と人脈で地位を得た。それは僕が恵まれていたのもあるけど、諦めない限りどうにかなるんだなって思った。いくつもの戦場で殺されそうになっても、少数の囮に配備されても、僕は、全部諦めないって決めて、決めたのに。いっぱい取りこぼして、でも、生かされてる」

「ん。」

「僕は、あなたが本気でほしい。」

「ん~~~、これ最初にウィナフレッドの記憶全部奪っておくべきだったな。」

「最低なことを言っても、悪役を担っても、僕は絶対に幻滅はしないよ。あなたの魂のきれいさと、瞳の情緒ですべてがわかるから。」

 

 平行線じゃないかこれ。ウィナフレッドがうつむいて、自身の膝の布地を五本の指でかきよせている。消えると解っている人間が、誰かを残していくのは非道だ。

 

「……、経験豊富な恋も味にとんだ楽しいものだと聞くぞ?」

「僕が追い付かないからくやしいし、僕はヘズさん以外生涯心揺れる人は現れないと思う。」

「十年後と今の時分は別物だぞ。」

「それでも、今の積み重ねが明日に至るなら、僕は今のこの気持ちを大切にしたい。いつかを待ち望んでも、誰も助けてくれなかったもの。」

「ウィナフレッド、……?」

「助けてくれなかった。助けようとしてくれて、逆に迷惑をかけて。……助けられなかった。」

 

 強い憎悪がウィナフレッドの瞳に翳る。開いた瞳孔の奥、復讐に燃える者の業火だ。ちりっと首の裏が熱くなる。手首を思わず掴むと、ウィナフレッドの瞳が驚愕に目を開いている。

 互いにすべてを察して、ウィナフレッドの瞳が悲しみに染まる。

 

「……、君、七代じゃないのか」

「七代だよ、繰り返してるだけ。灰色の世界を渡って、僕は生きてる自分に記憶を継承している。」

「……、それは、禁忌では」

「一回目の記憶の時に、死に際おじいちゃんに頼み込んだ。もし、最後に頼みを聞いてくれるなら、僕の記憶を過去に送ってって。」

「……かなったのか。」

「ねぇヘズさん、僕は今、何回目だと思う?」

 

 彼女は先に告げてくれていたのだ。ヴーヨン・ザゴ殿に、すべての歴程を話したと。

 これは予想を上回る切り札を切られた。これは事実だ。こんな流れるように切り出されるとは思いもしなかった。口がすべった訳ではない。ヴーヨン・ザゴ殿が業火を口にした時から、彼女なりに思案していた事柄で在ろう。

 それでは、彼女はずっと地獄を繰り返しているのか?。この異常なほど大人な理性と性質は、七代という区間で身に着けるには異常すぎる。元来の性質として持つものも在ろうが、神域の霊格でさえ舌を巻く状況判断能力は一朝一夕で身に付くものではない。

 動揺しきっているのを看破されて、ウィナフレッドさんに苦笑される。

 問われるのは業火の件だ。亜術はあるのかと問われて是を返せば、ウィナフレッドさんは悲しそうに目を伏せるだけだ。

 

「権能も研究対象だ。敵味方問わず。死者の呼び声でそれは疑似的に模されている。大厄災の呪いは、意思を掌握、汚染できる。……強制的に培った能力を、発動させることが出来る。――、厄災の末捕らえられた魂が強くなれば強くなる程、強敵になっていくのは、理論としては、きっと成立するだろう」

「亜術を知っていても、疑似的な業火を一度実地で見せられたら共通の情報制限は解除される?」

「文面による情報の交換は制限を掻い潜って可能だ。ただ、互いに同じものを指している、という世界条文による共鳴措置は熾らない。……この世界は人類が優位に立つために、悪辣な外道の法もあれば、日常に混じる様々な罠と証拠が提示されるようにもなっている。君はあの時確信して俺に尋ねた。」

 

 あなたがきれいごとだけに騙されてくれないのは分かったと、ウィナフレッドが覚悟をした目で俺を見る。俺は、なんて最低なことをしてしまったのだろう。これは生涯秘匿していくはずだった彼女の覚悟だったはずだ。ウィナフレッドさんは告げたのだ。使えるものは何でも使うと。トラウマを暴いて、暴いてしまったがゆえに、俺は何と返していいのかわからない。情けなくも狼狽している俺を見て、ウィナフレッドさんの瞳が細まる。

 

「……、ヘズさん、あなたがとっても優しくて、今も泣きそうに僕を心配してくれるのがわかるんだよ。」

「違う。」

「契約を切ってもらった対価に、記憶が戻ったんだ。徐々に焦燥が増す意味、僕が最後の最後いつも抗えない終わり、それはね、オークションイベントの始まりで、五日間で終わるんだ。滑稽でしょう、人が集まる全てのタイミングで仕掛けられるのすらも忘れていたなんて。どうして僕はこんな大事な情報を自己に制限を課したのだと思う?、僕は自分自身が許せなくて、解析を掛けて、そして独力では解除できない理由を知った。……あなたが回帰をかけてと願ったあの日、僕の意識の狭間を通って、予見したことのない厄災級が落ちてきた。僕は自分自身が許せない。それでも、力が無い場合に共鳴を熾せば最期、僕自身が入り口になって都市を滅ぼす機構になっていた。馬鹿馬鹿しくて、でも、僕には自裁する権利も意思も無い。断言できる。あなたがいなければ都市も僕も死んでいたんだ。」

 

 消え入りそうな声で全てが仕組まれていると告げる、理由が、薄々と理解できる。だけどこんな荒唐無稽な綱渡り、誰が見たって、不可能の選択肢だった。それを手繰り寄せたのだ、膨大な時間と、多くの者が犠牲になって。これが最後の抵抗の手段だと理解していたがために。面を覆って、深呼吸を一つした。そうか、エステラ氏は少しでも多く、時間を与えるために、ゲイザーさんも巻き込んで、『賭け』に勝ってる。

 

「……、……期日の定められた情報はいつ頃戻ったのか、伺ってもいいか」

「あの日、ヘズさんが月を眺めてた時にフラッシュバックして、あなたが今日、泣いて抱きしめてくれた時、確かな幸福を感じて、全部戻った。どうしてもっと早くに戻らなかったのか、どうして渡してくれなかったのか。淀んだ記憶の情報の中に、混じってた!、あの日エステラさんに渡された情報は二つあった。前払いに渡された品が、これだよ。抜かれてたんだ。」

 

 ひどすぎる、と嘆くウィナフレッドさんの眼は怨嗟に燃えている。万が一の措置だ。これで確信した。ウィナフレッドさんの抜かれた情報は保管してある。情報部とやらが手回ししている。身近に、解が出て、ウィナフレッドさんはその上で交友を続けている。ニハイは修羅の都市である。なんてことだろうか。

 知ってしまえば彼女の理念じゃ不可能だ。……エステラ氏は情け容赦はしない性質のようだった。二択を迫って、実質脅迫したのだ。情報を読み解けなければ、さらに被害が増えると。希った予見の記憶、それが他者を介して戻されて一体どんな気持ちだろうか。

 荒ぶる感情を制御して、ウィナフレッドさんは顔を覆った。深呼吸をしては、今、不安定なあなたの前でこのカードを切るのを許してほしいと懺悔して。情けなさすぎるだろ、俺。

 

 ウィナフレッドさんの頬に触れて、回路をつないだ。同じ祝福を持っていた感覚から、本体の彼女を引きずり出す。強がって感情を消していたのは顔を見られたくなかったためだろう。本体だと述べた小柄な彼女が無言で手のひらで貌を隠している。今日は一段と渡される情報が大きくて、今まで解除された封の記憶、その数倍は在ったという。総量の何倍も一回で解除された理由は、ヴーヨンザゴ殿から直接受け賜わった祝福によるもの。保留にしていた対価を求めて、今に至ると語るウィナフレッドさんは苦し気だった。

 あなたの傍に居ないと一層気が狂うとぽつりと告げる、声が辛くてたまらない。

 青年のウィナフレッドは感情を隠すのが上手い。痛みで苦しくてたまらないウィナフレッドの腕を引き、抱きとめて背中をさする。静かに受け入れてもらえたことに安堵して、勝手な『体現』の実行を謝罪を口にすれば首は横に振られた。もしも暴かれたのならば、告げようと思っていたと仮初の理由を告げられて俺は許されている。……隠し事をしてもいい、だけど死にそうな顔ではしてほしくない。

 

「すまないが最低なことを言ってもいいだろうか、恐らくそれ、根幹の記憶を処理しない限り、永劫、俺と接触しても緩和しないぞ。ゆえに申し訳ないがお尋ねしたいんだが、ヴーヨンザゴ殿と図った記憶の推定総量はいくつだった?」

「付随している別の記憶も混ぜれば、測れないと告げられました。復元する情報を的確に絞り、それを再生しないといけない。探せと、云われました。決してすべてを開くなとも。短命種の生で読み解ける量ではないとも」

「……、この条件は厳しすぎる、あなたが自己で制限していた情報と混ざり始めて、尚且つ今、悪辣にも読み解けというのだろう。切り捨てる手段をとれない理由は?」

「エステラさんの質問の答えが見つけられないと、僕はガーランド国に強制送還される」

「なんてひどい交換条件を飲んだんだ君!」

「失敗した場合、エステラさん直々に、僕の記憶の整理をしてくれると、報酬を受け賜わってる。僕は、それは悪い条件ではないと思った。そして今、この状況下だ。僕を延命させるための措置だ。なぜ僕をそこまでこだわって、そして放置されていたのかもわからない。教職なんてやっている暇は、どんなに考えてもなかったんだよ。それを認める理由が無い。何故甘んじて、希少な時間を費やして、僕を放流していたのかも、解らない。同じ立場で選択肢を選ばされたら、僕だったら、他者でさえも、絶対にそんな甘えを許さない。もしも、僕が最初から情報を渡されていたら!もっと救えた命があったんだ!」

「君は解っているはずだ。何かが原因で封印を成され、そして君は封を解いた瞬間から呪いが発動している。数日という単位で大厄災の呪いが引き寄せられていただろう。虎視眈々とずっと、君を狙っていたゆえに。」

 

 互いに閉じ込められていた全てを悟り始めている。情報を分割できなかった理由を尋ねれば、ウィナフレッドさんは苦しげに笑った。

 

「ヘズさん、エステラさんは、情報を渡したヴーヨンザゴ様も認める理の専門術士なんだ。未来で私と比肩する者がいるとは思わなかったと、驚嘆を述べて。その上で、この記憶は一度封を解いたらそのものの魂に固定されると告げられた。移送しても駄目、部分的に情報を他者に渡しても、カウンター機構が組まれてて、読み解いていた術者が消滅する呪いが混じっていると。封印できていたのが奇跡だとも告げられた」

「おかしすぎる。……、……」

「ヘズさんのせいじゃないよ。今回の過去へ飛ばされた術式は不明。白い子たちが何を僕らに混ぜてくれたのかも不明。だけど慟哭して、泣いても、叫んでも、この時代に意識の狭間を通って『黒』がやってこれないという事は、この時代であれば安全に封印を解けるという事なのだと思う。ヴーヨンザゴ様であっても、停止術の敷かれていない状態で開示されていたら即捕縛対象だったとも告げられた。……他領地でも実行が感知された場合、問答無用で拘束されるとも言われた。その場合意思は奪われる。問答無用で冥界に落とされていたかもしれない。……そして、最大の疑問は、この淀みには明確な意思がある。これは何の記憶だと思う」

「……、それは、壊れている?」

「壊れている。でなければ、……、記憶自体が分離の処理を始めている。僕に介入できる余地はなく、どういった因果でこのような形態に落ちついたのかも読み解けない。ただわかることは、失敗しても僕だけは壊れない。情報が残らなければそれまでだと、エステラさんは個人的に僕に告げた。それでも許すと」

「……、業火が理由か」

「恐らく。僕が情報を確信したものだけが『渡されて』いる。前例がないし、僕はこのような量を引き受けたこともない。ただ、渡された情報を読み解くには、僕の自己の封印解除が必須だった。これってさ、間違いなくエステラさんも僕の記憶の封印に関与してるよね」

「している、だろうな。」

「あの人は僕にあったことが無いと告げた。あなたと出会って、『長』にも告げられた回帰に触れるべからず、という理由を僕は知りたかった。そして知った。」

 

 ヴーヨンザゴ殿に求めた対価によって、記憶の処理を底上げしたのだ。求めたものが汚染事項の最適化だなんて、なんてひどい報酬だろうか。利点は多々在れど、仕組まれている。しかし未来の者は皆神域の存在を知らなかった。はた、と思い当たり、自己の最初の記憶を思い出す。何が真実で何が虚像なのかも、俺は解らない。

 業火を告げた時に肌が焼ける錯覚を受けた程、ワンユオ殿が忌避すべき最大の理由は何だろう。

 ヴァンジョーとヴーヨン・ザゴ殿は、恐らく既知。しかしそれを開示されたことは一度としてない。今すぐ呼ぶべきだろうか。知っていると看破された上で、俺の意思にゆだねられている理由は、なんだ。

 尋ねれば、首は横に振られた。僕はヘズさんが業火の伝があるとは思わなかったと告げられて、あのお二方は俺たちの情報を一方的に開示することをされていないことを悟る。滅びに行く文明と運命を背負わされているのに、俺たちは最大の自由が許されている。俺が逆の立場だったら、絶対に許せないかもしれない、降ってわいた幸運だというのに。

 互いに無言に陥って、俺は何も言えずにウィナフレッドさんを固く抱きしめた。求められて背中に回された腕が強くなる。こんなにまでなっても、一切悟らせなかったウィナフレッドさんに、ひどく申し訳が立たなかった。徐に腕を掴まれて、貌を上げたウィナフレッドさんが俺を見る。あなたが本当に死んでしまったら、僕の気が触れると真直ぐに告げられる。

 それでも、死ぬなと云わぬ精神力。俺に何ができるだろうかと問えば、途端言葉を飲み込んで、固く目を瞑って、両手を固く握りしめられる。

 万が一、選択肢が無いならば、あなたが後悔しない選択肢を、選んでほしいと告げられて、反射で目元を覆った。その上でと固く宣言を成されて、生きてほしいのだと叫ばれる。

 

「一人じゃないのがこんなに、こんなにうれしかった。優しい人はたくさんいた、命を投げ出してくれた大切な人がたくさんいた。でも、全部、全部!消えちゃうんだよ!……五回、六回、八回、十回。十ニ回目。僕に、もう、次はない」

「星の一巡りか。」

「今回で、僕は最期だった。術の行使がもうできないんだ。それは確定された。魂魄を秘匿してもらっているのは、きっと、灰色の世界の皆のおかげだとも。」

「……、……、君は、転生をしているよ。成り代わってなどいない。」

「滅んだ世界の中でね、僕だけが生きてる。それで最後には、院の中で一人死ぬ。そうしないと、術が作動しないから。そういった記憶をすべて見た」

「人でなしと詰ってくれて構わない。」

「できるはずがない。だっていまヘズさんは、僕より、悲しそうな眼をしてるもの。」

「俺は君がどんなに希って求めてくれたとしても、俺側からは応えられないんだ。理由は、不明ということにしてくれないだろうか。本当に、情けなくてすまない」

「……、あなたは情けなくなんかない。でも、出来る限り、僕側からは、あなたのその感情を一方的に暴かないことを誓う。」

「すまない。」

 

 痛みに強い理由がわかってしまった。ウィナフレッドの焦燥は普通ならば抑えられるモノじゃない。すさまじい理性と自制の精神力が在って、俺は察することもなく、日常を過ごさせてもらっていたのだ。はー、察しないでくれと願われたのもあるだろうけれども、これはさすがに、ワンユオ殿が叱責するのも無理が無いほどに、自分勝手が過ぎるのでは。自己嫌悪に染まるのは後だ、とため息と共に面を上げる。

 

「混ざっている世界だと解っていたが、大本がわからない。君は知っているか?」

「わからない。ただ一つ相違点は、あなたがこの世界にやって来た。これは確定で間違いないと思う。その上でね、僕もヴーヨンザゴ様もこれ以上の奇跡は願えない。互いに生きているだけで、もう今生の運命を使い果たしたとすら思ってる。僕らは軌跡の綱渡りをしている。それも計算できない上で、互いの譲れない最後の一線、理念を貫かないとここにはやって来ていない。僕はあの院で何度も抵抗したからこの強靭な回路を手に入れてる。あなたには情けなくも色々と語ったけど、もしもの世界、僕が最初から秘密を提示されていたら、この回路と精神の強靭さが無いために、あっけなく、大厄災の端末に抵抗できずに死んでいたと思う。だから、これが最善なんだ。そうでしょう?」

「そうだ。選んで、選んだ選択肢が今の結果なんだ。ボタン一つ掛け間違っても駄目だった。あなたは出来る限りの中で、最善を選び続けてきた。」

 

 涙がこぼれ始めて抱き留めれば、必死に胸を抑えて感情を押し殺している。

 あなたは僕を置いていけると告げられて、動きを止めてしまった。一緒に居る約束をしても、契約を結んでも、あなたは全てを無かったことにできると、縋るように見上げられる。……。

 

「……あなたの慈悲は、痛み切った心に狂う程に沁みるんだよ。あなたが僕の唯一だ。嫌われても、愛想をつかされてもいい、僕はあなたに消えてほしくない。死んでほしくない。自分だってわかってないけど、僕の心が叫ぶんだ!ライラック・ヘズさんに消えてほしくないって!、生きてくれるならば!僕は何も求めない!愛も情も何もいらない!傍に置いてくれるだけでいい!与えさせてくれるだけでいいんだ!、……何を考えても、何をしていても、あなたが居なくなることだけは、僕の気持ちが抑えられない。好きなんだ、気が狂っても、傍に在るだけで安らぐほどに、卑怯にも感情を語って、あなたをここに繋ぎ留めたいと強く思う程に!だけど!、あなたの、在るがままが、一番だ。どんなに強く願っても、僕は、あなたを縛り付けたくない、後悔してほしくない。」

 

 訥々と告げるウィナフレッドさんを腕の中に閉じ込めたくなる。ぐっと感情を押し殺して、動揺をこらえた。縋るな、情けなく本音をこぼすな、惑わせるな。この人に押し付けていいものなど何もない。この情の深さは、俺が答えたら確実に心理を定めてしまう。

 大厄災を討伐できたのだ。皆が許してくれた切り札が俺にはある。あるんだ。あるのだから、使い所を間違えるな。熱を持つ吐息をかみ殺して、冷静に勤める。固く目を閉じた。冷静に理力を回し、目まぐるしく考え込んでいると、大本の姿に戻ったウィナフレッドの目が俺を観察している。名を呼ばれる。眼を開けば恐る恐る触れられて、指を組まれて、結ばれるように両手を捕えられた。

 

「背伸びするのは止める。」

「ああ。」

「僕がここに居てと頼んだら、あなたはここにずっと居てくれる?」

「それは無理だ。」

「あなたのいう大厄災は、あなたの同胞がたくさんいたから勝利できたのでしょう。あの時代と崩壊前の時代の豊かさはけた違いだ。兵站だって、あなたが当たり前のように用意できる次元倉庫だって、現代には遠い幻で、人伝に手に入れるのに財産を叩く人がいる程なんだ。水も食料も、きっと千年単位で備蓄している神域だってあったはずだ。なのに、残ってないんだよ!」

「知ってるよ」

「あなた一人だけでもここに残ってくれたら、僕は死ぬほどつらい目に合わなくてすむでしょう!」

「そうだな。」

「あなたは、誰かの犠牲に死んでしまう人だ」

「……。」

 

 相反する感情の波。記憶のせいか否か、彼女の精神はたまに大きくぶれる。器が違う為か、否か。静かに息を吐いて、泣きじゃくっているウィナフレッドさんを抱き上げる。俺の胸に顔を伏せるウィナフレッドさんの背をさすれば、大人な彼女が甘えを禁じて必死にこらえている。どーしたものかなー、これは。後悔だけはしてほしくないと、意思を尊重してくれるならば、我儘を見せるのも甘えにカウントしてもらえるだろうか。

 ウィナフレッドの名前を呼び、嗚咽をこらえきれないウィナフレッドの頬を撫でる。

 治まれー治まれー、と背中を抱きしめながら、ウィナフレッドの髪を梳く。堪える様に肩を震わせながら零れ落ちる本音は、一緒に寝れないのは、嫌なことを考えてしまって辛いという。弱音が零れ落ちる。頭を撫でた。

 

「熱が消えないとあの姿になっちゃうのが辛い。完璧に無意識で作動してるんだ」

「それは難儀だな。」

「だから、恥を忍んでお願いします。僕と一緒に解決策を考えてください。」

「わかった。」

 

 正直、めちゃくちゃ力が強い。これは普段からセーブしてるっぽいな、とウィナフレッドの集中力と理力の高さを知る。全力で甘えられているのか、ぎゅうぎゅうと抱きしめられる。もう、全面的に俺が悪いから、このさいあざになっても許すわ。これぐらいしかできなくてすまない。

 

「……今でこれだと、これより大人な君には太刀打ちができる気がしないな」

「……おっけーてこと?」

「いや駄目だよ。」

「さっきは流してくれたのに!」

 

 停止術を俺が習った二日後。俺はウィナフレッドと夜に対人戦をすることにした。武器と魔法の何でもありの。許可はもちろんもらった。

 

 

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