銀杖の担い手 ライト版   作:海に流れるアリ

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一章 (3)神聖な場所

 

 『指環』で探知した神聖な場所へ向かうため、壁伝いに足を引きずりながら歩いた。あれだけ厳重に張った防衛機構が突破され始めてるのが信じられない思いだった。しかも何故、このような要塞としたる防衛機構の要塞の中で遅延ではなく、浸食が早まる。おかしいだろう。

 予想以上に浸食の加速が早い。冷や汗が出始めて、指環で風籠の術を起動する。一度『清浄の雨』で観測を試験したので問題ない。防衛機構の作動もないから、観測されている恐れはなさそうだ。焼け石に水だが、動けなくなる方がまずい。

 

 感知を駆使し、唯一見つけた、位相隔離の領域。浄化が張り巡らされている『ニ・ハイ』の中でも、唯一神聖と表示された領域。

 『長』の祝福を借りて足場を作り、そのまま宙を飛んでは必死に座標転移を繰り返す。捕捉されない今、意味不明なほどの次元領域を抱えるこの『ニハイ』を移動するにはなりふり構っていられない。下手すれば大国並みの時限式位相の多さだぞ、と悪態をつく。

 

 街中がにぎわっている。多種多様な種族が人型を模して歩いている。すでに視覚情報の共有が難しくなってきた。

 神聖な場所にたどり着くのに、複雑すぎる経路を通る必要があったのだ。一つでも手順を損なうと、その時点で外側の『森』に弾かれる。

 神聖な場所にたどり着くのに、あえて主要経路を通り、そこにだけは張り巡らされている『永』の要素を拾う必要があったのだ。清浄な水が欲しい。

 

 上空に有翼種族に良く似た人型が空中を羽で凪いでいる。

 街の往路はにぎわっており、露店が立ち並び、行く先々で立ち止まる人々が品を吟味して売買をしていた。

 回復薬たる飲み物を販売している場所もあったが、貨幣が見るからに違う、だめもとで品を置いてみたが、全く気づいて貰えなかったから、小心者の俺は去らざるを得ない。

 

 神聖な場所にたどり着けない。最期の鍵がわからない。『門』が開かないのだ。

 移動式の鍵だったらもう対処ができない。ずるずると往路に沈み込み、ぐずる涙を腕で祓う。最悪、捕まって封印処理されそうだったら死のう。

 

 換金所とみられる関所の中に入り、試しに十秒ほどアーティファクトを置いてみたが、賃金代わりの品が手中に戻った為全部諦めた。

 譲渡しない限り装備品と所持品が交換されることは無い。という帰還の法則は働いているらしかった。

 関所で休んじゃダメかな、と様子見をしたが、上位術者がこぞってそわそわとあたりを見回していたので止めました。

 

 炎天下の中、うろうろしていた為だろうか、もう三時間も歩き通しだったからか、頭がぼうっとする。

 

 理性が吹っ飛び始めた為、意味等ないと解っていても、アワラギの水印を組んで頭に水をかけては、生成した水で喉を潤す。

 この焼け石に水。生命力を使用すればそれだけ自滅効果も増えるのに、意味も無く冷水がほしくなる。

 

 自身の状態を先ほど『長』に促されて解析した結果を元に顧みると非常に悪化している。魔力回路の熱暴走及び、供給路の磨耗、生命力根源率、九割枯渇状態。回路全滅、汚染上昇中。普通なら詰んでる。もしかして、この都市に居るから死んでないようなものなのか?

 回復した後に残機が十桁以上在ったのに、今じゃ三桁しか残っていない。どれだけ死んだの俺。最終討伐戦で死亡判定覆しまくった時でもここまで短期間で死んでないんだけど。

 

 現状ではいくら死亡判定を覆せても生命力は完全回復しないので、もし生命力が消失すると俺は『存在』が消えるのだ。これが仮想シミュレーションならいいのだが、現実だった場合、俺は元の世界にも戻れなくなる。泣いていいか。

 

 これだけの都市の機構を組むんだ。万が一のどこかに緊急避難用の場所があるだろう、と思い直し、一瞬だけ最後の賭けで『眼』を開き解析を掛ける。幸運にも主経路を外れた『神聖』な場所を発見した。要素も全部拾っていた。

 

 回路を開いたために一気に悪化した動悸の激しさを押さえながら、そこに頑張って移動する。やだー残機がすごい減ってるー。

 

 回路が全滅というこの上ない不幸に見舞われている俺は、再生機構のオーバーコートを羽織ることでしか浄化を担えない。

 辛うじて旅人用の装備が耐性パズルを埋めているから、身を染める恐怖に発狂、暴走していないようなものだった。

 回復薬が無い前提で組まれたこの登録装備は、緊急時に横になれる場所さえあれば、現状維持から徐々に回復を図ることができる術式を連鎖的に組み込んである。神聖な場所にさえ入れてもらえれば、なんとか、防衛機構が五分で対抗できるのだ。

 

 唯一見つけた、時限式位相の隔離場所。神秘が生きている今、寸前で入れるだろうかと躊躇をしては指を滑らせれば許可された。

 怪異であるが、変転済みだから良いのだろうかと不安になるが、特効薬の薬の在庫がない為、定期的に波の強さを増す睡魔をどうにかしなければならない。凄まじくつらい、と一月徹夜して極限状態で布団を禁じられたときのような抵抗のむずかしさである。

 

 『門』の中の建物の外壁に縋りついていると、一瞬、時間が飛んだ。うずくまったまま倒れ込んでいた体を起こして、風籠の術を編んで器を持ち上げた。

 

 浄化された場所、神聖と表示された領域、懐かしい馴染む領域の雰囲気に、汚染の心配ない場所を発見してようやく緊張が解けたらしい。一時間の経過で、残機がギリギリ一つ減っているだけになっている。助かった。

 今、寝落ちしたら死ぬので、束の間の時間設定をしておく。体調で五時間。接触反応が在ったら起床するように仕込んでおく。

 ここはどうやら、時限式位相とはまた別の、一定の領域が次元位相にずらされているようだった。

 どこの管轄下はもう思考が回らないが、その中の最奥に見つけた涼しい場所にお邪魔すると、浄化された綺麗な人工物たる長椅子がある。

 

 唯一浮いているの木箱の三連積みだが、住処の主に申し訳ないので触らないように迂回して、最深部にあった大型人類向けの長椅子にお邪魔した。

 竹っぽい素材で出来た長椅子に横たわり、顔の見えない神々に悪たれをついた。うつ伏せにくるまる様にオーバーコートを羽織って、視界を埋める。ひどく胸が寂しい。帽子で視界を覆うと、瞼を閉じた。誰も帰ってきませんように。

 

 ついでにさっさとこの胡蝶の夢から早く目が覚めることを願いながら、暗い闇に引っ張られるように意識を手放した。 

 

 

 

「……さん、お兄さん、お兄さん!」

 

 まどろんだ思考から引きずりあげられる。その波が煩わしくて、涙目のまま緩慢な動作でうつ伏せから横向きに角度を変えれば、一瞬相手が硬直した後、強めに肩をゆすられた。

 瞬き三回、横向きから仰向けに体制を変えると、逆光で視界が目がくらみ、一回完全に瞼を閉じた。自我が消失する兆しを受けて慌てて指を動かすが動かない。

 

 ぱん、と額を叩かれて、痛くも無いがいい音がしたなと目を開けると、指が動く。逆光の人影が此方を覗いているのが視えた。

 その体が、此方の顔に影を作るような形になって、近づいてくるのがわかる。伸ばされた指先に目じりがなぞられる。優しさに満ちているから、そのぬくもりに涙がこぼれそうになった。ぼろ、っと零してしまい、堅く何度も瞼を閉じた。動く手のひらで覆ってごまかすと、静かに避けられた人影の指先が、触れるように頬を撫でる。

 

「ここがどこだかわかる?、名前はわかる?」

「神聖な場所であるところ、俺の名前はガゼット・オスブサーバーという、私有地に侵入して申し訳ない。」

 

 視界がようやく景色を掴む。額に手を置かれて冷やされていく頭部は放熱を開始している。真面目な顔で此方を触診しているようだ。薄く理が稼働するのを察知して、慌てて全部の回路を閉じる。ばちり、と黒い静電気が走っては、驚愕に満ちた感情が流れてくる。ぎりぎりで遮断できた。その代わり、今他の機構もセーフモードに入ってる。

 まずいな、存在が正常じゃないからセーフティーが発動して眼が視えてない。内外秘匿状態だ、と相手の顔の見えないまま、星色の方角だけを掴む。

 生物の表情と概念を遮断する防御機構が働いている。わりかし今危篤状態だな。冷や汗の滲む額を押さえながら言葉を聞いているが、念話ですらないので頭の中に入ってこない。

 首飾りを起動して音声登録を使う。ようやく内視に文字が浮かぶが、ログは今からなので、話の前後がわからない。清浄な場所に居たおかげか、ある程度の対抗措置はできた。巻き込む前に逃げようとすると、腕を掴まれて足止めをされた。何かな、と問えば秘匿状態の白い影の気配が困惑に満ちる。

 

「今、聞こえてなかったでしょ」

「いや、聞こえてたよ。」

 

 星の層を観測すると、まだ子供だと思うんだが、と目を瞬くが、認知できる波長は熟年の傭兵のそれ。随分な手練れの様だ、と目を細めては困って笑えば、人影の気配が一瞬息をのむ。

 

「……お兄さん行く当てはあるの?」

「ある。長く邪魔をして悪かった。世話になった。」

「泊ってる宿まで送ってく。」

「いや、それには及ばない。今日はさっさと出ていくつもりだ」

「……。」

 

 額が熱い。身が痛い。無理やり風籠の術を編んで足を動かせば、振り返った拍子にずれ落ちた帽子を拾い上げられた。礼を言って掴むと、補助を受けて背に手を添えられる。不審者相手に随分親身なお人好しの様だ。それでも、触れる際に一瞬だけ指がぴくりと動いたから、おそらくこの人影に術の作動を感知されている。緩慢に五歩ほど動いて、ふと手を引かれる。振り返れば、狼狽した様子で首に手を伸ばされた。目を閉じて受け入れれば、成すがまま。恐る恐るの触診を受けていると、人影の指で首を横一文字になぞられた。前のめりに倒れかけて、慌てて支えられる。

 謝罪をこぼして再起動しようとしたが、風籠の術が強制的に遮断された。一工程で器への干渉を禁じられたらしい。軌道を切り替えて、器への強制的な自動行動に切り替える。素直に腰を下ろして白旗を掲げれば、困惑した様子で眺められた。

 

「……、その、対抗手段を持たないので、無力化を解いてもらえると助かるんだが」

「お兄さん、なんで今動けるの?」

「今見ての通り器が不全のために動かしていただけだ。気合を入れればどうにでもなる。なぁ、君に害は及ぼさないことを誓うから、解いてくれないか。」

 

 再び首に手を当てられたので前のめりに壁に凭れかかったまま自由にさせてると、また自動行動を切られた。……そろそろ泣いていいか。

 困惑で見上げれば、いつの間にか膝をついている人影が手首を取った。触診を受けて、頬をくすぐられると、成すがまま目じりをなぞられる。やめてくれ、と顔を背ければ、固く手を掴まれる。

 

「もういいか?」

「十分。ありがとう。だから聴いて。あなたが危機感が無い人だっていうのはよく解った。あなたは中に何か呪いを持ってる。それで僕が回路に接触しようとして慌てて遮断措置を取った。今、体調最悪でしょ」

「いや、動けるから問題ない。放してくれ。」

「いいえ、駄目。許可できない。悪化させた責任を取る。僕の院に来て」

「不審者に接触してはいけないと習わなかったのか?」

「あなたがもし不審者なら、仮にも他人に喉を二度も無防備に触らせるわけがないでしょう。回路の主要経路なんだから。」

「俺は人型の怪異だ。」

 

 毛を逆立てるような反応をした。だが手首は放されない。この人は恐らく軍人だろう。それなら、国に追われるがこの人を巻き込むことはない。

 通報するなら今だぞ、と諭すように眼を細めれば、なぜか普通に抱き寄せられて浮かされた。手際が良すぎて意味が解らなかった。

 いつの間にか携えている青杖を以て、俺を片手で抱き上げている。身長差からしてありえないんだが、なんで堂々と持ち上げられるのこの人影。

 

「……あの、本当だぞ?」

「ちぐはぐが過ぎて、正誤がわからない。判断するために、僕の院が一番堅牢だから、あなたを観察するために連行します。」

「なぁ、君苦労をしょい込む性格だろ、今すぐ国に通報して監査に引き渡すのが一番だぞ。」

「僕は仮にも治癒士だから、患者を見殺しにするのは看過できない。いいから来て。お金が無くてもいいから、僕が全部の責任を取る。」

 

 ふわっと、周囲につむじ風が起った。無詠唱で体が浮いた。俺を掴む人が、いつの間にか青杖を両手に構えていた。

 その人はそのまま外套の懐から紋章のようなものを取り出すと、二つ折りになっていた品を開いて口上を述べた。

 

「治癒士ウルクフ・ヘイニーの権限で、お兄さんを強制連行します。」

 

 とんと青杖を地面に叩くと、一瞬で景色が入れ替わった。

 

 

「お兄さん、生きて。生きてるのが不思議なぐらい重篤なんだけど、もうちょっと頑張って」

 

 玄関。さらにもう一度とんと青杖を突くと診療室。指が鳴ると設備が切り替わる。位相世界にずれたらしい。凄まじい設備だ、と浮かせられたまま動くこともできず、無抵抗に成すがまま。

 運ばれた集中治療室。ウルクフ殿が手際よく水筒と薬を寄越す。仕方なく回復に専念すると、一目で高価だと解る魔法瓶の液体薬を飲まされて、強制的に外套をはがされる。

 そのまま上着に手を掛けられるが、そこで止まり、無言で俺を見つめてくる。丁度撃たれた場所だったな、と思い浮かべただけだが、感知されたらしい。

 

「お兄さん殺されたの?」

「君、すごいな……記録まで視えるのか、なら、それに触れないほうが良い。淀むぞ。」

「……、指名手配犯とか、じゃないよね」

「あるいみそうかもな。怪異だし。」

「もし、仮にお兄さんが怪異だったらね、あの場所には絶対いられない。即消滅しているはずなんだ。変転してない限り在りえない。」

「なら、変転をしている。……なんだ?」

「『院の外に出るのを禁じる。』」

 

 首に手を当てられて言霊で縛られた。双方驚愕に視ては俺も素通りした呪術にビックリしている。

 

「……、ねえ、お兄さんなんでここまでこれたの?」

「君まじでいいやつなんだな」

「ねぇ絶対一人旅ってうそでしょ!無防備が過ぎるんだけど!、あなた防衛機構なんで素通りさせたの今」

「善意の概念は受け入れるようにしてる。」

「まって、なんか、尋常じゃないことをしてしまった気がするんだけど、問答したいけど容態把握が先だ、もう!」

 

 着替えられないならそのままでいいからと手短に上着を脱がされて、インナーに改変した下着のまま、木製の診察台の上、問答無用で横たえられる。全ての機器と空間全体に再生機構が張り巡らされている。権能阻害の術式までもあり、俺がいくら魔術を使おうとしてもこれには敵わないかもしれない。

 薬を飲まされた影響で、生理現象の反映停止が解除されたらしい。概念用の回路が閉じた影響で、器の本来行われる新陳代謝と放熱が汗を伴って開始される。精霊寄りだから、白煙が上がっているようにしか見えないだろうけど。

 新緑色に燃える光の炎が器を象ると、汚染された回路の部位が黒い霧を纏っている。これはこの人には毒だな、と手のひらを切っては血を霧状にして封じ込める。歯噛みしてつぶしていくと白焔が熾っては消える。心臓経由の魂魄に浄化と再生の陣を刻んでいてよかった。

 

「……あの、なんで僕を殺さなかったの?」

「なんだ急に物騒だな」

「あなた、僕ぐらいいつでも殺せるでしょう……?。」

「?、質問の意図がわからないが、この黒い霧は君には毒だから、申し訳ないが権能の発動を許してほしい。殺す意図はない。」

「……、もう、色々と考えるの疲れたから、普通の患者として今から見るね。その黒い霧の分解も視野にいれる。……先に、体調の回復を優先するね。」

「ありがとう。拾ってもらったのでお願いすることにする。」

「あなたの保護者は一体どこに居るの……」

 

 嘆かれても困る。困り果てた様子で診療を続けられた。それから小一時間。清浄な水を飲まされ続けて回復薬の丸薬をぼりぼりとかまされると、ようやく霊気の回路が再生し始めた。

 理器は駄目だが、存在までは呪いが固定されていなかったらしい。稼働するエネルギーは戻った為、正常と判断した『眼』が神秘を解除する。

 瞳に色彩が戻る。

 白煙が消えて輪郭がはっきりと見える。診察台の上で顔を上げると、緑色の髪をした、白衣を着た小柄な女性がカルテを前に云々と唸っていた。彼女がウルクフ殿らしい。ウルクフ女史か。敬意は払うぞ。

 

 ウルクフ女史は此方に声をかけて一度部屋を出ると、盥に砕いた氷を入れて戻ってきた。

 

「……え、眼が視えてる?」

「魂魄の方は大丈夫だったみたいでな、君のおかげで正常にもどった。内側の回路さえ戻れば、俺は必要最低限再生ができる。理と器の回路の解呪は難しいが」

「……え、うん……え゛っ!?、今も両方回復してないのに!?え、なんで、まさか理の方に陣を刻んでるの!?」

「是だ。ちなみに理じゃないぞ、魂魄の表層に直接だ」

 

 ドン引きされた。それから恐る恐る俺の顔に手を伸ばすと聴覚も確認された。耳も完璧に聞こえてる?、と尋ねられれば是。

 なんなら動けると立ち上がって上着を手に取ると、慌てて静止を受ける。君の呪縛ぐらいもう取れたぞ、といえば冷たいものを食べたような顔をしている。

 

「お兄さん、本来の霊格は?」

「人間だが?」

「言い方を変える。信仰を担う立場にあったことはある?」

「是。」

 

 両手で顔を覆ったウルクフ女史がやってしまったと悲痛に嘆いた。

 

 

 この院の中はどの領域からも観測されない場所だとウルクフ女史は告げて、俺の治療の結論から述べた。理と器の解呪は不可能。だろうな。

 それから神妙に椅子に座ると、上着を羽織る許可を得てくるまっている俺を見据えては真剣に熟考している。

 

「……、どこから、やってこられたのか窺ってもよろしいでしょうか」

「オルトマギアのクヘン」

「殺された原因は?」

「存在と理と器を三つ同時に壊された」

「ごめんなさい、理解ができないですが、色々と不躾にしてしまって申し訳ありません」 

「ど、どうしたそんな畏まって、先ほどまでの対応で全然問題ないぞ」

「いや、いや、いや、僕もう先制であなたに手酷いことしてるし、縛る不敬を成してるし。え、本気で言ってる?」

「是。それに俺は別に神域の存在じゃないぞ?、この世界には神域はないものとされているのだろう?、何故君は知っているんだ?」

「……、ガゼットさんとお呼びしても。」

「どうぞ。」

「あなたがこの領域にやってきた日時は?」

「半日前。」

 

 あ、これ僕の立場がやばいやつだ、とウルクフ女史。そうだよ、厄介事だよ。

 どうやって関所を抜けたか尋ねられたのでありのままを告げれば、面を覆ってはもう片方の手が胸の前の白衣を縋る様につかんでいる。

 

「他の誰にも認識されてないんですか?」

「君が初めて声をかけてくれた。」

「あの場所は僕の領域だから、そっか、うわぁ、しかも僕縛った形跡があるし、わあああ、今あなたを覆ってた神秘の秘匿が解除されてるから、もう他の人にも見えると思う。」

「すごいな、そこまで視えるのか。」

「白衣が無いとこんなことできないよ、診療録を作って見たけど、動くことすらままならなかったはずだよ?、ガゼットさんなんでここまでこれたの?」

「アーティファクトの魔術と気合。」

「あなた、僕がここに連れて来なかったらどこに行く気だったの。」

「迷惑にならないよう外に出て過ごそうかと」

「……ほんっとに保護できて良かった。外出たらガゼットさん、間違いなく幽閉、封印、停止措置の後解剖とか行くと思う。」

「そ、そこまでか!?」

「あなた理解してて、僕を巻き込まないよう消えようとしたでしょう。あのね、さっきまで点間門のエラーが全座標で起きてて、大騒動になってたんだ。二日前にガーランド国が観測を始めて、今日次元門を閉じたせいでの余波が一時間ぐらい前まで続いてたの。それを過ぎてたら、ガゼットさんは、あの場所以外じゃどこに居ても捕捉されていたと思う。」

「そんなに、俺は希少価値が高いのか?」

「現在の常識すら知らない所を見ると、あなたほんっとに何も知らないでやって来たんだね。」

 

 今も具合一割しか回復してないのにもう出かけようとしてるし、と釘を刺される。僕に恩義を感じてくれるなら、一月はここに居て、と念を押されてしまい参る。お人好し過ぎないかこの人。

 通報しないから安心して、と言われて、眠るように促される。話は良いのかと尋ねれば、まずはあなたの回復が先と諭されて、俺は漸く安心して倒れ込むように意識を手放した。

 

 

 自宅ではない清潔なカーテンが揺れる、広い個室の中、俺は中型人類向けの寝台に寝かされていた。

 服は白い服に着替えていた。首飾りはそのままだった。特注のオーバーコートが無いと落ち着かないので羽織ると、ほっと一息ついた半ば、西側の扉が開いた。向かいの影響かカーテンが大きく膨らんでいる。

 寝台から降り掛けている姿勢で固まっていると、女性も瞠目した後、そう、ウルクフ女史が満面の笑みで此方を見た。

 

「ガゼットさん、何日眠っていたと思います?」

「……一日?」

「一月です」

「一周文日とか」

「一月です。九十日だよ」

 

 いや、時間の流れは速いなぁ。汗をかきながら、内視で時間経過を見る。何度見ても月の表示が変わっている。

 この世界、一年が、現実の三倍の長さで反映されている。つまり、一月は九十日あるのだが、特定の期間の十五日を含めると、一年は一〇九五日あるのである。

 世話どころか介護までされている、と慇懃に謝罪を述べれば、ウルクフ女子が呆れた様に水の注がれたグラスを渡してくる。そのタイミングで遠くに警報音が聞こえ始めた。不協和音のアラームだ。思い出すはこの都市の独特な機構と、冒険者募集の文字。

 一瞬だけウルクフ女史が窓際を見て鋭い目つきをした。これは仕事があるなこの人。

 

「首飾りと鎖に通った黒い環は外していませんが、他はすべて洗濯に出させてもらいました、すみません」

「いや俺のほうこそ、押しかけて九十日も寝台を占拠していて悪かったです」

「上着や装備品等は外したものの弄ってはいませんが、持ち出すとガゼットさんの傍にすぐもどっていたので申し訳ないですが床下の金庫に入ってます。」

「すみません、何から何までありがとうございます。」

 

 渡されたグラスを飲み干すと、とりあえずと称して食事を運ばれた。精霊寄りだと診断したので、と果物と野菜スープが並べられている。

 現代の簡易な治療を施された。料理の味を尋ねられたついでに体の具合も答えた。どちらも良かった。

 ウルクフさん仕事は大丈夫ですか?、と尋ねれば一瞬目を瞬いた後そっと視線が泳いだ。邪魔してるっぽいな俺。

 そそくさと荷物をまとめて出ようとすると停止の指示を受けた。なんでしょうか。

 

「いいから院に居てください」

「いや、金作ってくる」

「あなた今保証人何処にもいないでしょ!外で警報なってるでしょ!」

「俺元々冒険者志望でここに来たし。ここ都市の建物の人たちに斡旋してもらったら登録三分で即戦力なんでしょ?、俺悪の組織の下っ端並みに戦えるよ?」

「推薦しろと?」

「そうそう、厄介払いしようよ。俺もそれで御金稼げるし。君、数分前から警報にずっと注意してるだろ、仕事あるでしょ。俺ここまでしてもらったら十分だから後日現金持ってくるよ?」

「……あなたは、答えだけはじき出す演算能力か何か?」

「いや、君普通にそわそわしてるぞ。口調も普通で良いぞ?」

「ああ!もう!調子が狂うよガゼットさんと話してると!」

「面倒な患者で済まないな。じゃ、世話になった」

 

 ぐいっと体重を掛けられた。実力行使とは手荒ですねウルクフ女史。身長差があるので上着の裾を掴まれるだけで俺は前のめりである。

 

「ガゼットさん、これだけはきちんと答えてください。回路が全て焼け切ってたんですが、何しました?、神経鑢に掛けられるぐらい激痛だったと思うんですが。あなたいつ頃からこの状態でした?」

「昏睡する一周文日ぐらい前から?」

「入院延長。拒否権ナシ」

「なんで!?」

 

 はい、ほらほら座って座ってと目でとらえられながら促される。この主治医横暴だよ。

 

「二、三十分だけ時間がまだあるから、今見てく。あとで悪化してたら手が負えないから。僕は治癒士だけど、半ば強引に連行したから、ガゼットさんの行動を止める権利が無い。だから、診断して大丈夫なら斡旋してあげる。そのあと、安全な宿がない場合、必ずここに帰ってくること。」

「君情に脆いだろ、詐欺に引っかからないか?」

 

 あー、と固く目を瞑ったまま頭を撫で繰り回される。これは治療じゃないな、というのはわかる。

 

「あなたが起きるまで精密な治療ができなかったんだよ!今の解答だけであなたが尋常じゃないほど痛みに強いのは分かった!理を回しただけで普通は泣き叫んで転がるぐらい痛いはずだよ!」

「いや、君の技術はうまくてこそばゆいぐらいだが」

「腕!」

「はい。」

 

 脈取られた後普通に神経系統に理を回される。ぞぞぞ、っとこう、注射器や細い管を入れられている感覚。ちなみにこれを発展させるとわりかし危ない技術になる。防ぎようのない信号なので、直に脳に行く。下手なこと考えないようにしよう、と顔を覆っているとなぜか頬を赤くしているウルクフ女史。……今あなた俺の思考読んだな?。おい、目を合わせろウルクフ女史。

 

「僕は白の理念なので、たまに素直な人の思考が読める」

「俺セクハラでそろそろ君に訴えられる?」

「いや、ガゼットさんでもそういう知識があるんだなって、考えたらちょっと意外で、想像したら自分が恥ずかしくなった。」

「俺と出会ってまだ数日ぐらいの感覚だろうけど、君判断が早すぎないか?」

「いや、初対面の人間にこれ以上ないぐらい素直な許容と答えを提示されたら普通に判断できるし。無防備が過ぎるって何度も言ってるじゃん。今僕がこのまま圧を調整したらガゼットさん、意識飛ぶよ?」

「き、君の治療いつもこんな感じなのか?」

「そんなわけないでしょ!、僕だっていつもは普通に魔方陣を介して施術をするよ!。だけど!ガゼットさんは権能持ちで一定以上の機構を排除する概念が纏ってるから、これしか選択肢が無いの!仕っ方なく!ほんっとに選びたくないこの治療方法で中身を分析してるの!、ていうか、なにこの過保護な概念、初めて見たんだけど。何しても判断されるの?すごいね次元壊れても生き残れるでしょ」

「悪意は遮断、神秘で秘匿」

「でも善意は貫通、秘匿は解除?、わりかし博打みたいな加護だね。……ガゼットさん、その裏かかかれて色々大変だったでしょ」

「君頭回すの早いな、別に対処できたから普通だったぞ。」

「ガゼットさん、痛かった時の記憶ちょっと思い浮かべて」

「汚染事項だぞ?」

「いいから早く。」

 

 心細いあの最中の激痛と孤独に冷汗かいた。一瞬で記憶を遮断すると蒼白になったウルクフ女史が正面から俺の手を握りしめている。

 

「あなた、記憶が定かじゃないぐらいずっと痛みに耐えてたんですか!?」

「い、いや、エーテルがあったし、死んでも再生できたし、君、記憶読み取るの早すぎる、わ、やめろ、やめてってば理力の圧が強い!馬鹿!やめろ!」

「素直に答えたらやめます。活性度数が在りえないと思ったんだ。あなたどれだけ死にました?」

「……まだ六桁ぐらいで済んでる」

「全然ぐらいじゃ済まないですけど?。しかも上限がさらに上!ガゼットさんきちんと数字を言ってください!」

 

 いつの間にか普通に上半身を触診されている。この人指示するのうますぎるんだけど。素直に従っていると時々瞼を固く閉じてあー、と唸っている。俺自体が汚染事項だぞ?、と問えば、手段を得てるので大丈夫ですとのこと。頼もしすぎる。

 

「推測するに……、その、エクストリーム自殺でもしました?」

「どうだろうなぁ。」

「全力で、脳の制御装置解除して、生物の枠を外す程度の無茶をしないと全部の神経を磨耗するほど、起動しつづけるのって不可能なんですよ。しかもぎりぎりのラインで意識をつなぎ留めなければならない綱渡りをずっとしてたってことでしょ?、日頃訓練してないと絶対に無理だよこれ」

「貴重な患者だろ」

「貴重すぎるから頭抱えてるの!初めて見たよここまで焦げきってるの、あなた回復したってうそじゃない!。」

「いや、神経系統の一本さえ確保できれば、器を置換して改変していけるから」

「治癒士?」

「いや、器を幽体化できるだけだ。していいか?」

「今は駄目。」

 

 逆にどうすればここまで回路が焼けるのと尋ねられたので対消滅を回路の中で行い続けると答えると流された。

 

 

 五分ほどの応酬の合間に神経系統の内の一本だけだが、耐久値が再び一パーセント以上回復した。

 今は雑談を交わしながら、腕を伝って神経系統の治療が行われてるのだが、施術は効率が上昇している始末。この人まじですごいな。

 回路を複合している神経系統の治療なんて幾らもらってもやりたくないと言わしめる千差万別の難解なパズルみたいなものだというのに。

 

 正直に言おう、有り得ない。処置を行ったのが、たった今だというのだから、尚更不思議なものである。

 ユーザーならば理解できるできるのだが。あの廃人共は、脳さえあれば、五体を一瞬で回復させる程度には人間をやめていたし。俺もそうだし。だがそれは器である構成する肉体に限ったことで、神経回路は別。複雑な配置が絡んでて、専門の回路毎の治癒士がいる。理、器、神経はそれぞれ別の系統なのだ。

 配置図となる神経回路は本人が再度通わせて認識しなければならない。それをすっ飛ばすとなるともう、復元だ。再生じゃない。

 

「君、秘匿される事項に該当する存在じゃないか?」

「……ガゼットさんはどう思う?」

「君の理力は尋常じゃない性質を帯びてる。推測だが、白の霊気に何か混ざってる。というか、治癒系統を理で賄う人は俺以外に初めて見た。」

「やっぱり、治癒士なんじゃないの?ガゼットさんも治癒術使えるでしょ?」

「俺は君みたいに回路を復元など絶対できない。自身の持つ血の陣と幽体化の応用で器の骨肉を再生できるだけだ」

「十分有用じゃん」

「神経系統の復元は無理だから、齟齬が出る場合がある。まぁ、義足義手みたいな感覚だとは言われたことはあるが、馴染むまで時間がかかる」

「……、ガゼットさん、物理的に死ねる人?」

「死ねない」

「あー、だからか、死に忌避感が無い人は大体物理的な死因を克服してるんだよね……。」

 

 隊長殿と騎士殿は専攻会得して治癒士を極限まで治めていたが、回路専門ではなかった。配置の再構築が難しすぎるのだ。配列の信号の圧とか考え始めると気が狂う。他者の記憶を再現するようなものだからな。ぶっちゃけ神経系統の再配列より数億倍は気が狂う。

 そんな雑談の合間にもう、十分ほどで全体の一割が復元し始めてて、俺はもう信じられない思いだった。

 

 

 ようは、極限まで焼ききれた回路となると、錬度に比例して再構築に時間がかかる。回路は筋肉よりも複雑な構成をしていて、一見一本の環に視えて数十億が混ざってるとか普通にあるから。俺がそうだし。

 だからこの人は理だけで、俺の回路の一部とはいえ復元したことになるんだけど、権能持ちか何かか、と疑いたくなるほど演算がえぐいのだろう。騎士殿とどっこいだな。

 

 ユーザーの上限到達級の錬度だと、平均回路の一割の回復でも少なくとも半日はかかる。様々な技能を組み合わせて、すべての系統の治癒を十秒で終わらせる変態が存在したので強くはいえないが、普通の価値観なら、一月かかっても一本一割も回復は見込めないのだ。だが、今全体の一割を数分で終わらせられてる。普通に最上位の霊格だって不可能なことをやってのけてるのだ。でも、何度見てもこの人はイークスランフぽいんだよなぁ、成り立ちが。まじまじと見つめれば、ウルクフ女史が不思議そうな顔。もう十分だと本気で告げれば、困惑したように手を離された。片手間にやってらしたもんね。

 本当に戦えるの?、と問われたので首飾りで主武装に切り替えて銀杖の代わりに副武装の手甲を合わせて見せれば、一瞬で遠方に飛びのいていた。ウルクフ女史が驚愕に顔を染めていた。初見殺し、と言われるが別に俺は一度も戦えないなんて言ってないもの。よく言われるけど。でも今のあなたの跳躍力も素の脚力でそれだろ、初見殺しじゃん。ウルクフ女史が一つ思いついたように死角から足で魔方陣を展開して、一瞬で点間かまして俺の貌に寸止めしようとした膝が勢いよく、構えた姿勢で寸止まった。お前マジか!、と寸止め前に当てた、首のナイフの柄を引く。さらにもう一工程肘がひねって来たので、呆れて垂直に足を浮かせて肘をはねては、ウルクフ女史を抱き抱えてやった。

 はい、おしまい、とナイフの柄を彼女の額に当てればウルクフ女史は、ただ目を瞬いた。その反応はおかしいだろ。

 

「えー、うそ、ガゼットさん、ほんっとに白兵戦できる」

「今は器ぶっ壊れたから再置換の再配列中だから、現役の一パーぐらいだぞ。今互いに強化ナシだったけど、君の領域だから点間が使えるのか?」

「……、そうですが、……あなた、ずっとどこに居ました?」

「異界」

「あー!ガゼットさん自体が絶対秘匿事項だー!!!、駄目だよ出せないダメダメ院に居て!」

「でも今君戦力になるなって一瞬思っただろ、いいじゃないかそれで。人は殺さないと確約するぞ?」

「駄目。絶対あなたやらかすでしょ、断言できる。」

「そのようなことは天に罅が入らない限り在りえないだろうな。駄目か?」

「……本当に、治癒士としては在りえないんだけど、あなたが規格外に戦えそうだなって解ったから、……でも院に居てくれない?」

「俺は都市の危機にやって来てるんだ、それを見過ごしたら意味がないだろう」

「理念もお人好しじゃん……。わかった、僕はガゼットさんを止める権利がない。」

「ウルクフさん、ここまで大変助かった、今払っておきたいんだが、治療費はいくらだろうか」

 

 素直に降ろして問えば、ウルクフ女史が俺を見上げた。別に要らないよ、というが使ってもらった高額な機材と薬品代ぐらいはさすがに出す。

 

「えー、いいよいいよ宣言した通りお金なんて期待してないから。」

「流石に俺だって使ってもらった品の対価の相場ぐらい予想できるんだ、俺の気持ちが心苦しいから、礼ぐらいさせてくれ」

「……今お金あるの?」

「ある。昔の金だが、売れば地金代ぐらいにはなると思うんだ、これで足りるだろうか。」

 

 上着のストック機能の一部にがま口型の財布に入れていたので、そこから専用通貨を取り出せばウルクフ女史が仰け反った。

 

「……なにそれ」

「爆薬兼用オークション通貨」

「おっかしいでしょ!なんで今それ取り出したの」

「見た目に反して精錬を重ねてるから、地金を売れば白金貨ぐらいいくんじゃないか?、中身の石は悪いが売却してくれ。悪いが持ち合わせがこれしか無くてな、ずいぶん高価な品を治療に使ってもらっただろう。……すまん、さすがに一枚というけち臭いことはしない。この中にいくらか入ってるから、これで足りるだろうか」

「足りるっ、足りるから戻して!、そしていらないから!!」

「そ、それは困る!」

「今絶賛困ってるのは僕なの!!!いいから一旦そのコインを隠して!」

 

 地金が金だから使用できるはず、と入っていた十五枚全部取り出せば、無言でかき集められては財布に戻された。そして無言でカルテを盾に距離を取られる始末。そんな危険物じゃないぞ。

 問題ないことを示すために指で叩いてはつついてみせると、ウルクフ女史から大きな悲鳴が上がる。

 何してんの!とカルテを盾に非難をされるが、超絶難易度の高度な術式と特殊な宝石が埋め込まれている為、爆発は確率すらないぞ。そもそもこの次元に中身はないし。

 見目はきれい。中身は存在するように見えるように次元処理が成されている。封印解除しない限り無害なのだ。

 

 この専用通貨、大体百枚前後の枚数を各ユーザーが保持していた。懐とブラッグドッグの懐に忍ばせていた理由は各自の属性に対応した魔力と理力の回復薬になるからだ。アーティファクトの類なので、大厄災の呪いにも再現できない。回復薬の代わりだった。

 後は爆薬代わりになるのが一番の理由だ。これで侵攻時に援護を頼んだ時があったのでいくつか数は減っているが、まだ十五枚残ってたのは幸いだった。

 

 金で威力を買うという言葉が生まれたのは伊達じゃない。それぐらいこの通貨は便利なのだ。異界に投げては浄化し、巣窟で囲まれた際に際限の無いグールの群れの中で爆発させるのは圧巻である。作成者自身には被害がないしな。

 流通していた通貨よりは希少価値が高いし、精練作業で百回マトリョーシカをしたから白い通貨ではなく虹色である。品質保証いたします。

 ちなみに虹、黒金、白の順序となる。黒金は虹色に成らなかった失敗の副産物で大量に保持していたから異界侵攻時によく使った。難しんだよなこの通貨の錬成。大本も特殊な金貨だし。

 

「れっきとした私物だし、贋作ではないのは保障するぞ?」

「ねぇ、今なんでそれを使用することを選んだの?」

「持ち合わせが無い」

「財産でしょそれ!、払わないと気が済まないなら幾らでもまつから!、小切手は僕の院じゃ使えないから!」

「あ、白いののほうが良い?、白ならまだ千枚単位であるわ。地金の置換が失敗して魔石になってるけど使えるならこっちでもいいぞ」

「おっかしいでしょ!」

 

 白い通貨を手づかみで取り出せば、しまえ、と目で訴えられたので財布に戻した。虹色通貨と白いのを各自三枚残して。

 あなたが一般的な常識と世間知らずなのもよく分かった、という辛辣な言葉をいただきまして、ため息と共に気持ちだけで結構ですから、としみじみ呟かれる。

 でも受け取ってもらえないと俺が困るのだ。膝をついて見上げれば、ウルクフ女史にそっとそらされる視線。駄目か?

 

「じゃあ、その、あとはこの身ぐらいしかないんだが。さすがにアーティファクトの類は命綱で渡せないんだ。すまない。その他なら労働でもなんでもいってくれ。頑張るぞ。」

「……、……、あの、ガゼットさん、あなたそういうこと他にも平気で言ってました?」

「?、いや、普通に等価で支払ってたが。提示された条件を吟味した末に了承は良くしたが。」

「色々と尋ねたいですが、今は置いておきましょう。……どうやっても支払うっていうなら、治癒と経過観察の記録を続けたいから、院に残ってくれるならお金の支払いはいらないです。」

「君慈善団体の詐欺に引っかかったりしないか?」

「そこ言葉だけはそっくりそのまま返しますよ?」

 

 俺が君の善意に付け込んで踏み倒そうとしていたらどうするんだ、と尋ねればウルクフ女史が眉間に指をあててはぐりぐりと解している。

 これは野放しにできない、と面を覆われて悲痛に零されるので、俺は信用が無いようだった。

 

「君、軍に所属してるんだろ?、面倒なら今すぐ通報していいぞ」

「その冗談だけは怒るよ。……、一つ手があるけど、絶対ろくなことにならないだろうし、でもこのままだと監査が入ったらまずいのは確かだし」

「情報開示を求める。君がその手段を教えてくれないと俺は自ら関所に行く」

「ガゼットさん、結構いい性格してるよね。」

「俺は元来この性質だ。」

 

 カルテは作ったから、既成事実を作っちゃお、とウルクフ女史が頭痛をこらえるような表情で俺に提案をした。

 外でなっている警報をずっと無視して話してたもんな、君。

 

「この三枚ずつのコインはなに?」

「これは拾ってもらったお礼。うれしかった俺の真心だぞ。ほんとは全部渡したいがどうだろうか?」

「……、……、仕方なく、保管しておく。白いの一枚で良い。」

「じゃあ虹色一枚置いとくな!じゃあいこう!」

 

 意気揚々と飛び出せば服の裾を掴まれた。前のめりの姿勢で振り返れば、眉を寄せたウルクフ女史が手を差し出していた。手?

 

「……、手?。」

「手。」

 

 案内を買ってくれるのはいいんですが、あの、でも手をつなぐ必要あります?、ありますか、そうですか。

 

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