銀杖の担い手 ライト版   作:海に流れるアリ

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二章 (1)特級宿へ行こう

 

 早速特殊パスポートを発行してもらったのだから、無料で使える者はトコトン使おう、というわけで。さっさと一番信用できそうなホテルに来た。

 特級宿木は五番区域の西にある。この国にでは巨人族だろうが小人族だろうが、一律配布される指輪や札で体躯を伸縮できる。建物自体は全体的に巨人族向けになっているが、宿泊所は一律入口を通ると対比の魔術が起動して専用種族向けの受付に通される仕組みだった。

 そんなわけでレンガ造りの建物は見上げる高さであるが、アーチ状の門をくぐると座標が転移。気が付けば中型人類向けの受付に転移していた。

 

 吹抜けの木造りの天井を見上げては星の位置が違うことに気付く。騎士殿に背を押されて進めば、パスポートを受理した絨毯が桃色の魔方陣を起動していた。巨人族でも実体そのまま三人並んで寝ころべる絨毯を踏めば、案内されるは巨人族向けの巨大な大樹を改築して作られた建物。山より高い位置にある枝の上、鈍色の囲いの隙間から一面エメラルドグリーンの海が見えた。

 

 分布個体数が少ない宿を設定されたようですね、との騎士殿の言を受けて、木の幹に直接扉を付けた入口のベルを鳴らす。船の甲板のごとき板目の枝の上であるが、踏みしめる感触は柔らかかった。自動で開く大きな扉はスライド式で、白一面に進む空間の通路にはさらに七つの色をした環が虹の如く空中に浮いていた。終点にあるこれ見よがしの真黒な絨毯を踏みしめれば、絨毯ごとまるでエレベーターの様に動いては、一瞬の浮遊感をもたらしてくれる。

 

「……宿木のホテルって全部玄関から国を超えるのか?」

「特級の特権がまさしくそれなのでしょう。上級にこの点間装置は見たことが有りません。」

「ここ、ガーランド国じゃね?、見える景色、建物全部違うんだけど」

 

 母港画面を開けば、地図の座標が大きく移動している。点滅は終わらず、数秒かけて、いくつもの点間門を飛んでは国の境を突破している。地図上から座標が消えて、時限式位相を示す印の後、観測不明領域という異界そのものを表示されて頬を引きつらせる。

 

「それぞれの紋章が特級の宿木限定、入り口で座標を確定するようですね。良かったじゃないですかガゼット、ちゃんと報酬を考えてくれていたようですよ」

「ただの報酬に国家間の自由移動なんてある訳ないから、やっぱりこれ首輪と紐づけだろ!?」

「当たり前じゃないですか。なぜあれだけの戦果を挙げて自由の身にされると思ったんですか」

「温情」

「そんな国真っ先に亡びますよ。それでも十分考慮してもらった方ではないですか、拉致されてないだけましです。」

「逃亡しようかな」

「もう個体値の要素検出されてますよ、疑似的な擬態でも追跡は可能です。そもそも主殿、その選択肢の必要がないと判断されたので今がある、とご理解しておりますよね?」

「たりめーだろ……」

 

 足元から鳴る到着を示す景気づけのBGMが喧しい。

 

 

 最終決戦時、騎士殿とは別行動をしていた。別行動をするために説得に五時間。連れていかないという選択肢を確定するために現実の議論より本気で説得するのに苦労した。

 相棒たる自陣の彼を連れていかなかったのは万が一失敗した時、この世界の行く末に一縷の望み、可能性で訪れる不幸をできる限り掃うため。

 最終幕の未来は二つ。成功すれば未来を。失敗した場合は地獄を。さすが運営解ってる。やめてー。

 

 騎士殿が監視ナシ、尾行無し、盗聴有の空間を打っ壊して一切のプライベート空間に改造してくれたところでようやく息がつけた。備品を壊していいのかどうかは力量を図る試金石らしい。その国の俺等への警戒値はマックスになるだろうけど大丈夫だとか。全然大丈夫じゃないよね。

 まぁ、いつものことだが、騎士殿曰くここはニハイの領地の一つらしいのでそんな警戒をしなくてもよいとのこと。備え付けの水の魔石からグラスに水を貰うと、騎士殿が端末を弄る。特級全ての宿に設定されている室内改装用の機械を弄れば、瞬く間に室内の調度品が全て中型人類向けに配置される。

 

「で、懸念は?」

「理力が死んでるから情報機構が改変してくれない。」

「……直接打ち込まれた弾丸が原因で、大本の保全機構自体が一部壊れた可能性がありますね。十中八九味方の仕業でしょうが、あえて感情を残す意図はなんだ……?」

 

 私をもってしても良く理性を保っていると称賛できる理念ですと褒められて、そうだろうと自信満々に胸を張れば頭を撫でられる。対面越し座ったソファーから腰を浮かされて、テーブル越しに頭をがっちり捕まれる。対格差上、手の平が貌を簡単に覆うので成すがままになっていると、無言で咳ばらいを成された後そのまま乱雑に撫でられる。無理をしていようとあなたが残した歴程は真実の一部ですと告げられる。

 

「実に興味深い状態ですが、生憎それを可とできる程私は温厚ではないので、そうですね、一先ずその状態にした術者を殺していいですか?」

「どこにも一先ずの要素が無いんだが駄目に決まってるだろ」

「あなたが真っ先に庇うという事は仲間内ですね。これは確定です。」

 

 俺の習性で判断するの止めてくれ。騎士殿は前置きをすると、風で俺の器をソファーに深く戻してはグラスを寄越した。

 

「情報の球を渡せない理由は二つ。一つ目、特定の場所以外の全ての空間自体に万華鏡が敷かれていること。二つ目、相互、どちらでも情報の球を渡すと、あなたを素通りしてその呪いが連動して情報を奪う可能性が在ること。現状は最悪極まりなく、その永劫回帰の呪いは学習装置が埋め込まれている。あなたから引っ張った時は運よく動力を割けましたが、今は改善されて許容量が増えている。まぁ、二つ目には利点もあります。あなたに上書きの魔術の一切が利かないことです。」

「あー、つまり、永劫回帰の呪いで堰き止められて吸収されるから、『理』に情報を打ち込んで禁忌を侵せないってこと?」

「是です。その器の陣は自己以外の焔全てを遮断します。受け入れるには施術を施すほかなく、その場合、あなた自らが受け入れない限りすべて遮断される。……微力ながら、器しか復元できなかった理由はここにあります。情報対価は火花に直接打ち込んだので奪えなかったようですが。ライフリンクのパス残しておいてよかったですね。」

「お前が強引に保持してただけだろうが、まぁ、結果としては運が良かったけど、お前、あの言い方、絶対誤解されてるだろ」

「後々冷静になった後色々と突っ込まれるとは思いますが、主殿の関係に私は関与しません」

「薄情者め。」

「なんてひどい言い草でしょう、ここまで主殿思いの従者はいませんのに」

「へいへい。」

 

 都市を目指した理由は怪異化があった為に信仰を防ぐため。万が一討伐が成されても後腐れが無いだろうという思考は読まれていたが、この都市全土に敷かれた『浄化の陣』は異常な程罠と感知が張り巡らされている。先代殿の時代でもここまで過剰ではなかった。間違いなく神域の存在が関与している。バレなかった理由が解らない、と騎士殿に言わしめる程の厳重さである。

  

「……この都市だけじゃなくて、この周辺でも『長』が感知されるから駄目だったって云われたんだけど、そんなにすごいのか?」

「国全土が大神殿と言ってもいいほどの完成度です。流石に先代領地程ではありませんが、ニハイに限ってはその比じゃない。最高峰の上位殺しの警戒網です。うちの領土とどっこい、それどころか、それを上回って司れる上位竜種がいるんですよここは。……今の時代は非常にやりにくくて面倒くさくて、衰弱に加えて怪異の要素がある時点で『秘匿』だけじゃどうやっても捕まる世界だったんですけど、……あなた、ほんと、どうやって保護されました?」

「その日だけ、なんか都市全土にエラーが起きてて、唯一の神聖な場所に行き倒れたら保護してもらった」

「それがウルクフさんだと?」

「そうそう。恩人だから悪いことするなよ」

「失礼は致しません。」

 

 その笑顔、提案を思いついた時に浮かべてるのよく知ってるからな。

 

 最終幕のイベントは主に三段階に分かれていた。

 各所への説得。最終決戦への準備行動。そして、本件である掃討開始。念を押してアナウンスされた一幕から、くっそ嫌らしく滾ることに、既に前段階のラスボスとの戦闘と同時進行で防衛戦線の維持を求められていたのだった。

 その中でも説得ができた者たちへの仕事の割り振り、そして本件へ進軍してくれる者の選別。これが領地ごとに求められ、一番頭を悩ませたものだった。

 だから俺は信頼たりえる騎士殿を残し、自陣は領地から募って引き抜いた。主たる神と理念の為にと自己で裁量を降せるものを。……参加した多くはガネンメーデと同じ単独で参加を決めた者たちだった。

 そういえばこの世界で最初に出会った人外の者も同郷の一人だった気がする。確定できないのは既に記憶がおぼろげだから。

 

 勝利をすれば安定を。敗北をすれば終焉を。つまるところ、敗北をすればこの世界は冥界の次元領域に落ちていた。大陸ごと。その時点で汚染が確定。浄化と正常化の維持が出来なければ一月持たずに詰む可能性が有った。どれだけ戦力を有しようとも、感情を糧にして成長する怪異共の数の暴力は、自己以外の防衛において最悪極まりなかった。

 

 決戦時の戦力が三桁だったのは参加資格は死神の使いと契約というハードルの高さだったからだ。たとえ厄災を相手どれる精鋭であっても、特殊な耐性パズルを極めなければ冥界に堕ちた時点で『時の迷宮』と化した鏡の無限回路を彷徨う。冥界は全ての並行世界の断片を網羅する海のような場所だった。

 壊れた世界は鏡が散り散りに砕ける様に空間ごとに切り離されて落ち、溶ける様に次第に形を失って、情報機構の記録になる。砂の様に降り積もり、水のように溶け合う。それが常に波打っているのが冥界だった。沈むのにも労力が要り、浮上するにも意思が要る。

 冥界を進めずにどこかの空間に堕ちれば最後、正気を失うまで閉じ込められて、怪異に取り込まれて死ぬことだろう。

 そんな不安定な場所を羅針盤を以て進むべく、冥界のコンパスとして唯一契約を結べたのが『長』達、『ブラックドック』なのだ。

 

 

「騎士殿があの渦の中に居たのは何故だ?」

「五十年前の約束を果たし、継続しておりました。それ以上は契約に背きます。」

「宣誓までして俺に会いに来たのか?……すげぇ肩が痛いんだけど」

「……察しの良さは本当に変わりませんね、腹が立ちます。」

「馬鹿力なんだからやめろ!ミシミシいってる!肩がフレークに成っちゃう!」

 

 現実と化した五感。嫌でも伴う生理現象の中、既に現実と化したこの世界に置いて、彼らがこの世界を生きる住人であり、NPCと括られるべきはこの世界に置いては俺達の方である。

 どうしたものかねぇ、とここに来た理由もわからぬまま騎士殿を見れば、苦い顔をした騎士殿は軽く咳払いをした。

 

「帰還後の手筈覚えてます?」

「忘れては無かった。」

「……、ヴァンジョーを呼ばなかったのは?。」

「直感。」

「正しいです。しかし呼ぶべきだった。先に説明をしておきますが、この時代にはヴァンジョーは居ません。主殿の時が最初に降りた時点では居ました。以上です。」

「ここは間違いなく本線だが、何かがおかしいよな?」

 

 そもそも物語が続いてくなんて、大団円、ウルトラベリベリハッピーエンド以外に何があるのよ。

 考えたくねぇ、とブラッグドッグを伴った時点でずっと浮かんでいた可能性が浮上する。本線、別の次元、当たり前のように操作している術の根本。解決できなかったら別の次元に飛ぼうって俺ら良くしてましたね。逆はあるのか?、有ります。シナリオで良くパラレルワールドからの屑案件、一杯出てました!

 

「簡潔に言いますと、結末が『混ざって』ます。」

「やだー!うそだー!!!どんどこどーん!」

「どんどこどんじゃありません。事実です。」

「考えたくねぇつってんだよ。」

 

 今一番聞きたくなかった、想像できる限りの一番最悪な可能性が当たってしまった。

 

 結果は二つあった。勝利と敗北。最終決戦時、直前の大規模な更新の後、運営から初めてのアナウンスがあったのだ。

 全資材、戦力を持って決戦後の道筋を考慮することを進める、と。

 あんだけ失敗したらこうなるぞ、という結末を一幕の早い段階から方々提示していた理由を理解してしまった。

 駄目だった場合、どうすれば勝機が見えるかという戦略の一つだ。守ってきた世界が灰色に落ちると解っているのであれば足掻くのが生きる者の務めだと。

 

 最終決戦は大勝利。完封を以てしてこの線形時間の歴史は勝利した。ならば、敗北した線路はどうしただろう。

 犠牲を払ってでも、勝利した世界を呼べばいい。そんな最悪極まりない選択は起きてしまった。誰だって最後の手段に望みをかけるものだ。地獄の最中に居る者たちの叫びを、誰が咎められるだろうか。可能性を考慮して俺たちの本線が選ばれた。くっついた時刻はおおよそ二百年前が節目とみるべきだろう。楔が打たれたのは丁度そこだろうかと尋ねれば是。五十年前の三割崩壊については書物が一切残っていない。口頭で伝えられている事象にしてはいささか大きすぎる歴史だが、と騎士殿に尋ねれば一致する情報が多い者の、様々な時代から渡り、堕ちてきた者の寄せ集めの情報でできているという。つまり、その歴史は皆、この世界の人間は記憶していないのだという。在りえない。

 

「全部混ざってるよな?」

「全部混ざってます。天体も、この星の歴史も二百年前に一気に流れ込み、撹拌しました」

「しわ寄せは?」

「異界の総数は本線の百倍以上といえばご理解できるでしょうか。」

「詰んだな!……でも待て、おかしいぞ。戦力の備えがなかったわけじゃないだろう。騎士殿は今、事前に対策を成していたと告げたばかりだ。」

「それでも詰んだので、勝利する術を呼び寄せたようです。星事」

「次元領域の線引きどうなってんだよ。いくら位相世界だといっても、神域における時限式位相が連動して並走する世界線を差しているのならすべて意味を成さないぞ。別の本線から引っ張ってきたとでもいうのか?」

 

 だから関所の門の発達が著しいのか、と口元を覆う。俺たちの知る本線より便利になっている理由は技術の合流。既に未来の情報を渡している者が居り、状況打破のために技術提供を成している。オクの世界同士で。そう、文明世界での合流を成しているが、神域については緘口令が敷かれている。神界とくくられた世界条文に保護された天の次元は何処へ行っている?。

 

「収束率をいえば、失敗した可能性全てが引き寄せられている居可能性が有ります」

「あほか……、もしかしなくても、おおよその宵影の増殖はこの時間軸が原因じゃないか?」

「正解です」

「うわーうれしくねー。でもそのおかげで、この国ので出鱈目なおかしさもようやく納得できるんだが、やっぱわかりたくねぇ」

「どうして数の暴力に負けているのかを問わないのですか?」

「どうしてもこうしても俺たちの負の後回しがツケで暴利増してやってきただけだろ。灰色の世界を封じ込めるために神域が座標すべて遮断したとかじゃねーの」

「主殿、頭は回るんですよね。頭は。いつも理回さずに働かせてください」

「気が狂う立場に居たんだからしかたねぇだろうが。浮上させた時点で抜かれるしそれが要素となって寄せちまうし。」

 

 だからさっさとやめろといったとかいうな。

 

「……ジョーカーが俺なのは理解した。物理的には回らないけど、対策を講じていく方法も、騎士殿が来てくれたからいくつかある。だからこそ補助がいるだろうに、オクの世界はどうして孤立してるんだ。」

「そうですね。」

 

 珍しく間が空いた。二杯目のコーヒーの香りを楽しんでいる騎士殿の菓子を奪ってやると逆に俺が持ち込んだドライフルーツを浮かせて食われる。おのれ。

 

「干渉した途端に目印となって食われます。器が無いためにもう最悪極まりない対策が成されていますね。ログに乗った瞬間に全方位を埋めて灰色の世界が攻めてきます。」

「え、目印誰?」

「神域の要素全てです。穴を塞いでいる為に時間を稼いでいますが。万が一長達が管理する以外の冥域に堕ちようものなら即座に楔を打たれますよ。これ、肝心なところですから肝に銘じてください。捨て身は我々の負けを意味します。」

 

 誰が囮になってるんだ、と口を開こうとして閉じた。頭痛がする。うっそだろおい。俺か!?

 

「……。無理ゲー」

「無理ゲーですね。勝手に死んだら承知しませんよ」

「ふざけんなよまじで」

 

 楽しそうな声音だけど冗談じゃないんだぞ本当に。何がそんなに楽しいのだと問えば、主殿が諦めていないようなので安心しましたのでとのこと。うるせー。

 この展開を考えなかったわけじゃない。騎士殿も忘れていたわけではない。未来を見越して動いたのは偽りでもない。

 真っ先に天体観測してマッピングして回り、自陣に戻る最短の距離を考えていたのは現状を把握したかった行動の表れ。

 ユーザーは皆、生き残ったが、終幕に至るまでの間、多くの陣営で死傷者がでてる。全部の火花は『外』に出せたから無事だろうけど、『器』を構成する要素が全て還元されている以上、培養したって復権するのには時間がかかるのだ。

 この世界の生死判定は大変シビアだ。しかし緩く、しかし厳戒。戦線を離脱すると、生半可なことでは復権できないのは、常々、ユーザーが身をもって理解している。

 ニハイの討伐時の保険は俺たちユーザーの技術が間違いなく使われている。俺の銀杖が過去に在ったことから、最初の錯乱していた者たちの未来が過去に存在している。どうして俺を潰す必要があったんだと顎をさすれば、騎士殿がグラスに氷を落とした果実酒を入れてくれる。酒は飲まないぞ。

 

「濃度を薄くする氷が俺ってか。」

「ちゃんぽん重ねてゲテモノになった世の中ですが、なんと永遠に希釈できる無限の氷が手に入りました。最高ですね。」

「それ物理的に俺が溶ける奴じゃねーか。」

 

 指を鳴らしてアルコールだけ回収されたコーヒーを見る。飲むのそれ?。珈琲のカクテルもある?、そうですか。

 ただの果汁割となったグラスを煽れば滅茶苦茶濃かった。俺を回収する気か?、割ってない原液になってるじゃねーか。水差しの水を注げば指がもう一度鳴る。この短期間で中身すり替えられてるとかまじ?。足を上下して監視の目を再度潰した騎士殿が拍手を二回終えると外の景色ががらりと変わって真っ黒になる。一つの部屋の中身とはいえ、座標を冥界に落とすんじゃない。外部の術士を八人も回収しないといけない上層部が可哀そうだろ。対策を述べれば、冥界に安全に降りる技術はオクの世界にもあるんですよ、とのこと。なるほどね。内部抗争も起ってるとか最悪じゃないか。

 院が徹底して次元、魔術対策を成している理由をうっすらと理解したところで、騎士殿が姿勢を改めた。

 

「即座に帰還できなかった理由は理解しました。次点の対策は打ってきています。ですから告げられますが、皆動けません。まぁ、生きているのでご安心くださいということと、約束を主殿が破るだろうという未来も見えていましたから、あらかじめ対策はしていました。良かったですね。」

「安心する要素一つもないんだけど。……、なんで折れてくれたの?」

「……掴み取るだろうという信頼と、告げれば未来が確定するかも知れぬ不安要素。博打ならばどちらを選ぶかという単純な話です。勝利以外を願う理由がない。ただ、……あった可能性を一つ語れるのであれば、最初の楔の時点、私が居れば絶対にあなたを死なせませんでした。そこに可能性がある以上、私は何があってもついていく気だった。あなたが最悪を語るまでは。」

「未来の確定事項で点間で帰還できない結果がでていた。」

「あの時点でスノーシェンもキニラベスもいました。九十九パーセント、私が領地に居なくても戦線は維持できたでしょう。」

「大陸が堕ちた時に正常化の特性と率いることに長けたやつはお前以外居ない。……さんざんあの日もやっただろうけど、俺が死んだ時点で同軸に情報対価が継がれるよう、お前に設定している。」

「騎士としての第一の命にて渡されたために、私は理解は示しましたが、納得はしていないんですよ。今も。あなたが死ぬ未来を是としてその世界を担えと云うのはいささか、私の心情を踏みにじり、仁義に悖り、不義理に尽きるのでは。あなたはあの日、初めて私に命令を下しました。……いざとなったらヘズを捨てろと。よりによって、騎士を信条とする私へ」

「恨み言も晴らしに来たか」

「当然です。直に伝えると決めてここまで踏ん張ってきましたから。生きていて何よりです。主殿。」

 

 本気の悲しみが俺を突き刺してくるんだけど。逃げていいかな。第一に安全地帯を求めるのは戦術の基本である。断じて現実逃避じゃない。ないったら。かりかりと頭を指でかいて、両手を膝にのせて真直ぐ見つめる。こんな事態にはさせなかったという悔しさが真っ向から叩きつけられて、どうしようもなくバツが悪くなる。

 

「俺はお前に謝ったほうが良いか?」

「いいえ。あなたが謝る理由は何一つとしてはありません、ええ。」

 

 じゃあ何に激おこなんすか騎士殿。詰んだ時騎士殿そこ離れてたら自陣が瓦解するんだって結論が出てたんだよ。演算、ユーザーの皆に相談しても、自身で計算したって、どうあがいても領地絶対千パーセント亡ぶって解ってたし。

 他二人は確かに決戦後も生き残り防衛を務めてくれる率が百を超えてた。彼らに振った領域は安全だと理解していた。だが、それは期限付きの話。複数領域で浄化が担える者がいない場合、数年で滅ぶ運命にあった。だから安堵はできなかった。

 

「そうだ領地はどうなったんだ。」

「ご安心ください。末永く繁栄して封印されましたよ。」

「なにも安心する要素がないんだが」

「私には真実を述べるほかないので。ちなみに封印を解くにはあなたが要ります。ここで死ぬ選択肢は一切ないですよ。私に託しても解除は不可能です。あなたに鍵を指定したために。」

「ガウスやっぱりめっちゃ怒ってるじゃん!」

「怒ってないですよ。」

「『見た』から解ってるだろう、ずっと秘匿されてた俺の中身、大半は漂流物だぞ」

「中身一切変わってないから安心していいですよ。この世界に置いて本で知る知識等と比べ物にならない証拠をあなたは示してきましたから。」

「百聞は一見に如かずってか?」

「是です。大事なものを他者にすべてを投げ打つ癖は変えてほしいものですが。今も昔もあなたは変わらずあなたのままだ。」

 

 最終幕の直前からNPCの行動に一気に選択肢が増えていた気がする。友好度上限突破した彼らにも色々と初めての会話で生身同様に色々と言った気もするけど、さすがに覚えてない。

 この世界に置いて、交流や信頼を獲得した時一番手ごたえがある。認められる実感をこうやって持ってこられると、恥ずかしさで顔をそらすしかない。ここが、仮想シミュレーションの世界だと思っていたからこその、……認識だったのだが。

 ご安心ください、と騎士殿は片膝をついた。

 

「やめろ、中身は小心者の一般人なんだ」

「そのようですね。そう身構えないでください、あなたと歩んだ軌跡は事実だ。だから、何、傷を治すだけですよ」

 

 片膝をついたままの騎士殿が手を一振りするだけで、俺の体の傷が完治した。さらっと全ての権能を駆使して回復を図りやがった。先ほどまでは目があった為に動けなかったので、一度きりの措置ですが、と断られて抉られた胸部の穴も埋まる。当然だが、回路はそのままだった。ちりりと焦げ付く激痛を飲み込めば騎士殿が顔をしかめる。咳き込めば、復元していない回路に仄かに熱が灯る感覚が宿った。

 手の甲に騎士殿の額に押し当てられて眼を瞬けば、流れる様に。宣誓が口上で述べられる。

 

「お、おまえ今述べるか!?」

「この時の為のスペアです。それが焦げたらもうどうにもならないですよ。はいか是で答えて下さい」

「俺の拒否権は!?」

 

 不意打ち、刹那に起った信頼の友誼に、嬉しい気持ちを素直に認識した防衛機構が、俺が止める前に勝手に承認しやがった。

 そのまま改めまして、と正式な従者の礼を取る男にしてやられた。騎士殿の首から心臓に光が走るのが視えた。埋められた穴に唯一残った回路から宣誓が成って、スペアとして入れ替えてくれた唯一の一本の回路を介して、騎士殿が直接魂魄に宣誓を刻んでいる。これを壊すことなどできない。

 帯剣を渡された。まじかよ、と面を片手で覆いながら立ち上がると、騎士殿が柔らかく笑った。返事は?、じゃねーんだよ。可しかないだろうが。さっさと誓いの剣を返してくださいじゃないんだよ。

 

「俺だってこういった宣誓に不意打ちをしたことは無いのに!外道!」

「破棄された意趣返しです」

「やっぱ治療だけじゃなかったじゃねーか!!」

「いえ?、私の心の傷も治しました。」

「ば、ばーかばーか!」

 

 騎士の誓いを立てる片膝をついているガウスに目線を合わせる。仕方なしに許しを述べて剣を渡せば、両手で受け取られた。立ち上がって剣を抜く、一人額の前で垂直に立てた剣の刃先を翻すと、ガウスは刃先を額に添えて宣誓を成した。上下金色の輪が広がって、収束する二つの環。チリンという音が鳴って、互いの手首に紋章が熾きた。

 今更ながら、見慣れた仕草に懐かしいなどという感情が湧くとは思わなかった。

 

「ガウス・ランテッド主人の命によりここに帰還いたしました。」

「……命じた覚えが一切ないがおかえり、騎士殿」

 

 声を掛ければ確かに。騎士殿がにやりと笑った。あくどい笑みである。でも、生きていて何よりだ。

 

 

 ///

 

「ウルクフ。……ウルクフ。……ウィナフレッド・ヘイニーさん」

「はい!」

 

 元気よく出席を取る様に返事をすると、くすりと笑った初老の女性がヘイニー院の治療室まで来ていた。

 カルテを散らばらせて眠るウルクフを見て、風邪を引きますよと優しい声をかけてくれる。

 無言で頬を示されて、前髪が唇に挟まっているのを理解する。う、うわー!と慌てるウルクフである。

 

「あの、いつごろから?」

「つい二分前ですね。きちんと声はかけましたよ。預かっていた鍵を返しに来たのですが、……眠っていたのですか?」

「い、いえ、考え事を」

 

 珍しいですね、と笑いながら初老の女性が頭巾を外す。全部バレてる、と赤面してウルクフが椅子から降りれば、初老の女性は長い銀色の髪を撫で付けて後ろに流した。

 そのまま耳元にかかる髪を避けると、懐から取り出した小箱から白色パールのピアスを両耳に一つずつつけた。

 女性が足元まで覆う赤い外套を脱ぐと、ウルクフはさっと身を乗り出して受け取り、スタンドのハンガーにかけた。今日は荷物を預かれたぞ。と自慢げなウルクフである。

 そのままリビングに案内して紅茶を注ぎ、茶菓子を用意する。

 最近、金銭面で余裕が出来たので、奮発してエンケイ屋の茶菓子を買ったのだ。

 最中と呼ばれる菓子は、ぱりぱりとした餅の表皮の中に、もっちりとした求肥と餡子が詰っている。

 ウルクフは、粒餡と漉し餡、二種類ある味の内、さらに期間限定のイチゴ入りがとても好みだった。

 卓袱台の上に茶器を用意して、急須に紅茶を入れる。

 本日は趣を変えて東方の国の湯のみに紅茶を注ぐと、初老の女性はにっこりと笑って、受け取った。

 

「先生はどうしてこちらに?」

「……、ネイニアの会議に出席するので、暫く離れる事を伝えにきました。くれぐれも街を離れる時は連絡を寄越すようにと念を押しに。また前回のように黙って異界探索に向かわないようにと。……約束してくださいね?」

「うっ、はい。」

「……そろそろ院を畳むか、離れる準備をしておいてください。汽車があるうちに、足があるうちに大陸を出ることを私はお勧めします。何かあれば必ず、此方に連絡をください。」

「はい。ありがとうございます。……もう、始まるんですね。」

「是。かのガーランドの国が、どうやら異界へ手をつけるようですから。……もう後戻りはできません。」

 

 

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