銀杖の担い手 ライト版   作:海に流れるアリ

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二章 (2)ウルクフ先生特別授業

 

 突然だが俺は謂れのない奇襲を受けていた。

 ばいんばいんとベッドのスプリングを揺らす小さな物体に。

 白いシーツが敷かれたベッドの上、昨日の紋章を手に意気揚々と特級の宿木という名のホテルに登録手配を済ませて、専用の部屋を用意してもらったまでは良かった。

 風呂にも入ったし、着替えも購入して寝間着に上等なスウェットも着た。夜頃騎士殿が隣におりますので、と勝手に部屋割りを決めて三つある部屋の内一つを占領したまでは良い。

 気持ちのいい目覚めを迎えるはずの朝が、何故己の腹にバスケットボールを乗せられるような苦行を強いられているのだ。重たくないけど衝撃が不快だ。

 悪い気配じゃないので遊ばせておいたが、さすがに小動物だったら外に出してやらないといけない。

 眠すぎる頭の中、片手でむんずと鷲掴み、襟首の所を介して浮遊の術式が彫られた指輪で持ち上げると、なんと小さな幼児である。白髪に青い瞳、ちょっと淡い紫が混じったお眼目が素敵ね。

 

「……、まて、お前なんだそれ」

「う?」

「う?じゃないんだなー、顔が八分裂してヒトデになってるぞ?、うんうん閉じて閉じて。可愛い可愛いやめろ開くな、ヘルプ騎士殿!俺の部屋に顔が蛸の幼児がいる!」

「ようやく気付きましたか、あなたの一族ですよ。認知してください」

「いつから脇に控えてたのか知らないけど、術式使う前にまず騎士殿、健忘症で病院良ったほうが良いよ」

「おいたわしや」

「俺じゃねーよ!」

「主殿、ほら思い出してください。昨日変転したでしょ?」

「変転したでしょで通じると思うなよ!わかったけど!お前話を端折りすぎなんだよ!全部説明してください!」

「私が五十年かけて殲滅し続けて浄化した点火魔石の集大成がこれです」

「爆薬投げて変転した呪いの大本がこれってこと?」

「然り」

「わっけわっかんねぇ……つか、本体抜けて独立して出てきたってことは騎士殿解呪できるの?」

「不可能ですよ?」

「わけわかんないんだけど?」

「正確に言うには分霊ですね、女児なのは趣味でもなんでもなく、女神の要素が混じってるからです。」

「端的に言って情報が多すぎる」

「説明したのに。」

「順を追って一つずつしろってんだよ。」

 

 転生体。転生体?。

 

「女神が楔なしで転生できるわけねーだろ」

「これだから時代遅れは困る」

「俺は時代を超えて未来に生きて来てるの!常識なんてあってないようなもんなの!」

「開き直りましたね。」

「まてまてまて、まーさーかー神域ぶっ壊れてんの?」

「はい。」

「はいじゃないが?」

 

 終幕してハッピーエンドを迎えたんじゃないのかよ!という胸中を押し込めながら冷静に道筋を組み立てる。

 つまり、五十年間騎士殿と一緒にあの異界に閉じ込めてたってことだろ。

 

「え、お前、騎士殿これ誘拐じゃん」

「正確には、不在の主人に代わって務めを果たした従者の健気な献身といいますか。」

「五十年前何があった?」

「ご自身で調べていくのが一番だと思います。しかし困りましたね、ラーニングされてしまったようですから、経験の譲渡。」

「は?」

「私が元に戻るためとはいえ、主人の心臓を食べた為に、真似をしたようですね」

「は……?」

 

 母港画面。内視、内部の自身の設計図を起動。エーテル活性回数、七桁。残機が七けた減ってる。はあ!?、確かに賭けたけど勝ってただろ絶対!

 まじかよ、とうなだれていると、騎士殿が珍しく言い淀みながら優先事項の確認をする。はい。はい。そうですね。

 自前での回復はほぼ無理ですね。残機のない俺の再生力は一般人に近いのだ。回路保てるかな。

 

「そのことなんですが回路、理力含めて全回路焦げ付いてますよ主殿。」

「は!?」

「生命力の時間進行減少の覚えは?」

「……ある?」

「永劫回帰の呪いの一部が具現化したといえば、わかりやすいですか?」

「時間飛んでる?」

「丸一日、三十六時間かけてずっと調整を行っていたといえばよろしいですかね。」

「面目次第もございません」

「いえ、生還して何よりです。主殿。正直、ぎりぎりでした。」

「残機二つしかないんだけど」

「ほぼ、全部吸われましたね。」

「経験値も肉体も精神も全部壊されて真っ白になったけど耐えられたのは、残機が有ったからなのに」

「本気で落ち込まないでください、その代わりほら、新しい魂魄の陣が出来てますから」

「なにこれ。」

「永劫回帰の呪い」

「騎士殿、お前俺のこと嫌いだろ?」

「ははは、ご冗談をおっしゃる。百万回死んだ主殿」

「絵本の題材で例えても可愛くもなんでもねーんだよ!」

 

 霊薬の在庫を尋ねられるが騎士殿に渡した品で最後である。それ以外ない。素材枯渇してるし。調合一からとなると全部倉庫。そもそも最終決戦時、長丁場が予想されてる状況で回復薬なんて落したら戦犯だし。あいつら道具使うし。

 万が一敵対勢力に盗まれたら目も当てらないのだ。万全の注意を払うべく願い事のメモを一枚使って、魂魄、秘匿、霊薬にしてたし。

 そしたら魂魄の中に収納されちまったし、聞いて驚け霊薬のストックが常に一つっていうね。馬鹿か。その代わり濃度上昇、蓄積するようになったけど。

 渡した霊薬濃度は残機十二桁である。俺の全財産だよ。俺自身の飽和許容限界は七桁なので凄まじい。薬や概念による保全機能があれば別だけど。余剰分が全部そっちに行っていた。小瓶の中に水滴とかは無い。気化しないよう固形状でゼリー状。

 霊薬は体内で吸収対応できる技術があって初めて吸収されるので。吸収されなかったら小瓶に戻る仕様だった。霊薬はそれほど注意を払っても足りないぐらい危険物。

 あの時騎士殿が真っ先に心臓を食らったのはそこに魂魄の陣の入り口を彫ってるのと、敵対勢力は大抵心臓を狙うので浄化と再生の陣、その機構の中に秘匿した戦闘続行用の術式へのリンクと一時停止の術式が組み込んであった。

 ちなみに水準が一定越えないと永続する。しかし、水準以上であれば魂魄の陣を直接格上でも転移する。逆転写の術式なのだ。一度発動すると消える。己が隊長へ頼んだ特注の術式だった。五回殺されたけど。

 

 朝食を食べた後、三周目の二時にお会いしましょうと告げて騎士殿は幼児の身の回りの世話をする日用品を買いに行ってしまった。めっちゃなついてたわ。

 

 

 未定の次回の予約をして早々まさか三日後に訪れるなど思いもしなかった。

 早朝、開業時間に尋ねれば白衣を着たウルクフ女史が俺を見る。ウルクフ女史は目をぱちくりと瞬いたものの、次の瞬間には笑顔で出迎えてくれた。

 診察室に通される。

 長年の経年を感じさせる資料の数々は使い込まれている。

 一階に一度だけ昼食を兼ねて通された部屋とは逆の右側の通路に診察室はあった。手際の良さといい、ウルクフ女史は見た目通りの年齢ではないのかもしれない。

 

「三日ぶりだね、元気になった?」

「一時間でいいから、先日と同じ治療を行ってもらいたい」

「……」

「いや、今回はエクストリーム自殺では無いぞ、不本意ながら、回路を開口しなければならない状況に追い込まれただけで。しかも意識落ちている間に。」

「退院して戦果を挙げたのは耳を疑ったけど、ガゼット君、大金星だったんだって?」

「君付けか」

「名簿に名前書いてくれてたからそう呼んでみたけど、嫌だった?」

「単純に呼び捨てで良いぞ、オブスサーバーとか」

「それは随分他人行儀だし、僕、命の恩人だよ?、そう、いわばお兄さんの身内といっていいほどだよ!この都市での!」

「君、詐欺師に引っかかって大金振り込まれそう」

「え、失礼だね?しかも振り込まれるの僕なんだ」

「君の慈愛はひねくれた心に直に効く。」

「あなたは大層素直だと僕は思うけどなー」

 

 経緯が経緯だけにウルクフ女史も気を使ってくれているのだろう。こう親身になってもらえると身に応える。主に心情面で。

 そういえば全部彼女には知られているのだろうな、と経過した九十日の中での話題を尋ねてみる。

 

「お医者さんなんだよな?」

「正確には治癒士だね、医療系統の従事者であるのは間違いないよ。ほら鍼灸師とか言語研究科とか、カイロプラクティックとか、整体師とかあるでしょ?、色んな専門家が要る様に明確にわかるように、紋章提示時に名乗るのが義務付けられているんだ。僕はその中でも神経系統専門の治癒士なんだ。気軽にウルクフ先生って呼んでいいよ!」

「ウルクフ先生。」

「なにかな!」

「一晩で子供が身ごもって生まれることってあります?」

「当然!、……え!?」

 

 ぼっと顔を真っ赤にしてあわあわと狼狽えるウルクフ女史は可愛い。そしてセクハラだった。すいません冗談です、といえば、でも今のは白だったんだけど、と狼狽した御様子。

 

「その白とか黒とかなんなのかわかります?」

「人が為に成す言葉は偽りであり、偽りを持って放たれた言葉は人が為に成らず。真実を持って白とし、その真実がたとえ何色に染まろうとも、必ず白たる真実を渡すのが師の基本である。」

「教義か何かか?」

「ううん、すべての術士が最上位の師として名乗れる時に誓う言葉。ようは自分を偽りませんっていう誓いに、近いのかな。」

「誓うと恩恵が得られるのか?」

「それは真実であり矛盾であるというか、自分自身が白を貫くことで、虚偽へのリトマス紙としての直感が磨かれる、っていう術式?」

「暗示か何かか」

「これ言葉で説明しようとすると、『絶対』に矛盾が生まれる誓いなんだよね。」

「なぜだ?」

「僕はガゼット君にはなれないし。ガゼット君も僕にはなれないからかな。」

「価値観の違いか」

「そうそう。でも、これが澄めば澄むほど、干渉術式の動作へのタイムラグが減るんだよ。時間を超える程に。」

「そういわれると、一種の縛りか。術式であり、それがトリガーとなって楔になってるのか。いわれりゃ短略式のイコール式の様々な等価の解なのか?」

「人によって優しいの要素が違うみたいな」

「あーなんとなくわかった。一種のルーチンだな。理想の自分への」

「あ、うん、そうなんだ。よくわかったね」

「俺も誓ってるからな、常に。死に際に後悔はしないって」

「……ねぇお兄さん、何回死んだ?」

「死んでないぞ」

「黒。」

 

 ウルクフ女史~目つき怖いぞ~。

 

 問答無用で脱がされた。乙女の恥じらいなど俺には無かったようだ。男だけど。

 寝台の上に座らされて背中に手を当てられる、そうして正面に回り、ぐいと頬を両手で挟まれて、ガン見でアイコンタクト。おはようございます。抉られたように傷跡が残っているのは、あの呪いを防ごうとして、中に入っていた汚染事項が確定して刻まれていたため、祓ったけど、痕が残っていることから完全に払拭はできていない。まあ器に傷が残るぐらいは全然許容範囲である。指でなぞられて、騎士殿との一節を垣間見たらしい。自爆してるし、とか言われるけど自爆じゃなくて、もう一つの利点である効能を話せばウルクフ女史がまじまじと俺を見た。

 

「……、うそでしょ?」

「嘘じゃないんですよウルクフ先生。」

「……ごめん、さすがにずっとは恥ずかしくなってきたから、呼び捨てで良いよガゼットさん」

「ウルクフ先生。」

「ガゼットさん!」

 

 そうだよ俺はこういう純粋な反応に飢えてるんだよ。可愛いですねウルクフ女史。明言したらめっちゃ頬を引っ張られた。冗談じゃないけど。痛いです先生。からかっているとガゼットからお兄さん呼びに戻った。

 

「あの札もう使ったうえで、七桁も死んだの!?」

「いや、この死亡回数は昨晩の内に気付いたらでして、ちなみに札の方のあれは開始三十分たたぬうちに、はい、この度はお世話になりまして」

「なんで普通に生活して生きていられるのお兄さん!?」

 

 信じられないと会うたびに言われている気がする。俺も信じられないよ先生。本気で悲しくなってきたら、ウルクフ女史が目に見えて慌てる。涙が滲んですんません。

 

「待って、ありえないんだけど魂魄の陣が入れ替わってる?、違う、もっかい真っ白に再生させてもっかい刻んだのコレ!?」

「俺さ、最初の魂魄の時でも死んだの五回なんだよね」

「お兄さん気軽に死にすぎだよ!!!?」

 

 ごもっともで。

 ウルクフ女史は此方の心臓に位置する胸に手を当てると一瞬痛そうな顔をして、手を離した。手を離す間際に数回、黒い靄がウルクフ女史の指を通ったのが見えた。

 普通に彼女の手を掴んで手のひらをみれば、指先が黒ずんでいる。慌てて問答無用で回路を開いて呪いを引き受ければ、ウルクフ女史が無言で手を握り返してくる。

 

「失礼した。」

「それ、呪いだよ」

「らしいな。」

「最初の診察の時も信じられなくて、でも気が付いたらお兄さんは危篤状態だったから迂闊に触れられなかったけど、なぞっただけでここまで弾かれたのは初めて」

「まって、それ初めて聴いた。危篤だったの?」

「一日一回死んでた」

「待って♡」

「首飾りと中の機構が再生と修復をつかさどっていたから、外すに外せなくて。……まって、なんで今してないの!?」

「あー、その、今外してるのは、あれつけると残機減るから。」

「残機?」

「エーテル活性度、ようは霊薬の原液を俺らは日常的に魂魄の方にため込むことができるんだよ、それで、君に視てもらったときもその活性回数が度数として表れてたんだと思う。」

「……僕のお師匠様も残機、直接的な死を回避する術は持ってるけど、そんな直接的な術式を刻むなんて大陸探しても片手程もいないんじゃないかな」

「ウルクフ女史はどうみる?」

「じょ、女子ってほどでもないんだけど」

「先生、女史、女史のほうです。」

「お兄さん、今後ウルクフってただの呼び捨てで呼んでくれないと次回診療しないね。」

「なぜだ!?」

「恥ずかしいでしょ!」

「そんなこといったら俺だってお兄さんっていう年齢じゃないわ!なんならガゼット君で良いぞ!」

「もう恥ずかしいから呼べないよ!」

「……、あまり心身に応える無理はしないほうが良いと思うぞ」

「僕も今そう思った。」

 

 でも、ごめん、お兄さん呼びは駄目かな、と上目づかいに聞かれたら許可をせざるを得ない。ぶっちゃけ真名の身命さらされる事以外、純粋に呼びやすい言い方で何でもよいわ。

 年齢なんてある程度年いったら中身あってないようなもんだし。

 

 

 治療中に眠っていたらしい、三時間も占領してしまったことを謝罪すれば、もともとここの病院は急患以外こないんだよね、とのこと。

 普段は仕事中は警邏を兼ねて都市を哨戒。討伐期間は専門の治癒士として関所に居るらしい。

 

「仕事中?」

「この国は専門家が図書塔の講義に呼ばれるんだ。僕は一応教職二年目なんだよ」

「すごいな」

 

 二年(現実:四年目から六年目のどこか)。二年?。そろそろ年を尋ねていいだろうか、駄目か。

 慕われているご様子が目に見える、ごめん今無意識に伝達してくるから読み取っちゃった。まじで教職についてる。見覚えのある景色は、図書塔か。

 高い階層は直接カードキーに対応した各首都の学院直通の門が設置されて居るのだとか。図書塔全部に移動術式が組み込まれており、時間内だけ開いているらしい。過ぎると外に出されるか、一階に集められる。上の階層に行こうとすると階段自体が消える仕組みなのだとか。不思議。

 王都の図書塔は三段作りだが、一段毎の高さが百メートル近い。それぞれ一段に十の階層があり、階ごとに区分けされた案内板が掲げられている。

 螺旋状に上る階段がカードキーにのみ対応しており、許可の下りてない個体が中央の吹き抜けから登ろうとすると問答無用で外へ除外されるのだとか。おかしい事実が一つ浮上。

 

「僕ね!たまに授業で歴史を教えてたりするんだよね!」

「ほー。」

 

 うずうずとしているウルクフ女史が何かを期待するように此方を見る。改まってお願いしますと頭を下げれば、待ってました言わんばかり、ウルクフ女史はしばし待つように言うと、診察室とは逆方向、居間のさらに奥の部屋へ走って、数分して戻ってきた。

 

「これね!ずっと使ってみたかったの!」

「授業で使えばいいのでは?」

「病院外に出せないようになってる、おじいちゃんの私物なんだもん!」

 

 大きな寄木細工の木箱を取ってきた。渡された木箱を片手で持ち上げる。

 中身はジグソーパズルかと思えば、拡大鏡に似た精密機器。下のプレートにチップを嵌めると、あら不思議、上に付いた天板の上にホログラム。

 中に連動する魔石が入っているので、電源は別に刺さなくても使えるらしい。良いなぁ便利だなぁ。

 構造が気になるので、おじいちゃんたる謎の人物の品を解析。解析の術がばちりと弾かれた。弾かれた?

 

「ここって魔術使ったら出禁になる感じ?」

「今使ったの?」

「はい。」

「おじいちゃんが見てた急患、患者さんが魔法使いとか権能を持った人が多かったから高い機器を壊させないためにこの病院を作ったって言ってたよ」

「まじか~」

 

 ぜってぇ嘘だろその理由。

 ウルクフ女史の魔法、魔術、神秘は通す、許可のない術式は問答無用で除外するってところ。

 まさかこっちの隠蔽技能も看破してくるとか一体どうなってんだこの施設。那由多に一にも盗聴とか無理。四方の位置に結界も貼られてるし。

 この院内も大概謎が多い。見えるだけで俺が選りすぐった術式と同等のものが多層に貼られまくってるし。外側から中の生物の感知とか星見でさえ不可能だろう。魔神かなにかじゃねーのおじいちゃん。

 

「いやらしいことを聞くが、急患の割合は月にどのくらいですか先生」

「えっ!?、月に、……三月?、あれ、あっもう一年ぐらい見てないかも。全然回ってこないから。」

「俺一年ぶりの急患?」

「急患!」

 

 うれしそうに言わないでください先生。

 ウルクフ女史がノリノリで器具を組み立て始めたので、隣で説明書を読み上げる役を仕った。任せろ。千単位で分解されていたパーツを一からくみ上げる。二人でノリノリで組み立てた。

 正午に星を見る。正確には、カーテンを閉めて暗くした室内で、だが。

 

「すごいな、直に触れれる、動かしていいのか?」

「うん、このホログラムは南東部を軸にした世界地図なんだ、五年前に使用した魔法具だけど、もう一つ起動するね」

 

 二つ同時に接続できるらしい。いきなり始まった天体観測。そこから始まる地形講座。掴みが大事なんだよ!とウルクフ女史が子供のように跳ねて云う。小動物染みてんだよなこの人。

 天体の形は、内視で見える自信の設計図と同様。三次元で表示される映像はホログラム技術に似ている。しかし触れられ、尚且つ拡大でき、その形をリアルタイムでシミュレーションまでできる。すっごいほしい。

 原理は不明だが、科学の電気的要素の置換を、魔石やら神秘やらで補っているらしい。

 立体映像は伸縮が可能で、拡大、縮小、そして、詳細を知る為、過去二千年分の地形変更までついている。言い値で買うから売ってほしい。

 

「売ってくれ」

「駄目だよおじいちゃんの形見だもん!」

「ごめんなさい。」

「え。ううん大丈夫、おじいちゃん転生してるし」

「転生してるか~」

 

 やっべこの世界先祖が子孫に化けて闊歩する世界だって忘れてたわ。転生措置だから記憶無しだけど。ウルクフ女史曰く、なんでも討伐時に不幸にも大けがを負って再生も不可能になったので上に掛け合って死ぬ前に機械に臓器移植、否、転生したらしい。でも記憶持ってるんだよね、ということから『外』から直接器に巡って来たのかもしれない。

 

「何が違うの?」

「時間軸についてた位相世界の楔のルールと一緒で外れた時点から過去には戻れない。絶対にその先の時間でなければ火花は『中』へ入れない。その代わり、『外』に出た時点でその時間から全ての時間領域を観測できるらしいが、奈落の別のバージョンだな。んで、『外』から戻る際、生前に用意をしていれば『器』に因果が生まれてその『器』に戻れる。ありえない例だが、たとえば意識の狭間で約束をして、他の火花を連れて戻ってきた、という例もまれにある。」

「詳しいねガゼットさん……」

「過去の歴史にそういった事例があったと、俺の保護者から教わったことがある。」

「その人も信仰対象だったりした?」

「俺の身近な人で一番長く」

「ガゼットさん、その話よそでしちゃだめだよ、捕まっちゃうから」

「神域はこの世界にはないのか?」

「通常のオクの領域にはない。断言できる。」

 

 だから異界侵攻を試みている、というわけだな、とウルクフ女史の翳った顔を視ぬように星を見る。

 ウルクフ女史曰く、転生したサイボーグおじいちゃんとはもう四年近く会ってないらしい。先生、治癒士の資格取ったの五年前でしたっけ。

 

「なぁウルクフさん、この世界の成人、半成人はまだ七代三代なのか?」

「七代三代なんて古い風習よく覚えてるね、基本星降り一年が一〇九五日あるから、大体そのぐらいかな」

「センセ、成人してる?」

「それ、素直に聞いてくれればよかったのに。別にそんなことじゃ怒らないよ。成人してるよ。」

「……君、耳長種族?」

「ガゼットさんほんとにふっるい呼び方するね!。僕はシントラーじゃないよ、おじいちゃんの教え子と僕の同僚はそうだけど、僕は違うんだ。今回と区切るものなのかわからないけど、生きた年数は器の年齢のままだよ」

「……セクハラについてはできれば執行猶予と情状酌量の余地があるかとおもわれるんですが、その」

「訴えないってば、仮にも医者だしそういった相談事は結構あるんだ。気にしないでいいよ」

「えっマジで一日で身ごもって生まれるんですかこの世界!?」

「いや、それはさすがに僕も聞いたことがないかな……、一周文日(三十日)はあるけど」

 

 ウルクフ女史は説明を交えて現在の情勢を事細かに教えてくれた。

 初対面ではないが、オッサン相手に講義をしてくれるウルクフ女史の懐はでかすぎるし、面倒見が良すぎる。

 そして、画を交えての説明はわかりやすい。

 

「ガゼットさん、ずっと聞きたかったんだけど、生んだの?」

「生んでねーよ!」

 

 この世界は多層構造で、二つの異界を上下に挟み、四つの種類に分けた世界が存在する。

 一つ、亜空間、一つ、我々が存在する、オクの世界、一つ、オクと地形が一致する、同一の位相世界。

 

  オクの世界における『位相世界』は、実は四種類ある。どれも位相世界と名称が共通しているので、皆当たり前のように文脈の前後で分類を把握している。異口同音で済ませるレベルじゃないんだが?。

 

 一まとめにされる分類の中身の四種類の名称は、一つは同一式位相世界、二つ、時限式位相世界、三つ、観測式位相世界、四つ、変速式位相世界だ。

 通称位相世界と称されるのは『同一式位相世界』であり、オクの世界における神域と同様の次元を同座標に展開している。

 

『同一式位相世界』数学における集合の帰属関係の分類、時間を内包するフォルダーの大本である。基本同じ時間の流れを有する要素がここに帰属する。

俺たちの価値観だと、現実における『建物』の中身によって、空間を区別するよなそれと一緒で、所属する領域内全体の総称。土地自体の区別。

 

『時限式位相世界』……『同一式位相世界』に帰属する『要素』である。第一第二の意味で用いられ、土地に建てた『建物』、フォルダーの中の『ファイル』。基本、通常の空間とは隔絶された場所を指す意味で用いる『亜空間』だと思えばいい。『要素』であるこの分類に置いて、同一式と時限式の関係が逆転することは絶対にない。

 

『観測式位相世界』灰色、終末、異界などの同一のサーバーにある『並行世界』を指す。集合の分類だと、共通事項のある別の集合だ。基本『要素』は歴程の中の共通事項が入るため、これが一致しないと時間軸自体が別とされる。基本、この分類上の『要素』には内外の時間の流れに変則的なばらつきがあるものの、『大本の時間軸』と『歴程』の流れは一緒である。

 

『変則式位相世界』これは『本線』と俺たちユーザーが称する『時間軸』、と呼ばれる三次元的線形世界の独立した一本の歴程を指す。集合で例えるのも面倒なので、共通事項の無い、

まったく別のプログラムが入った『フォルダー』である。フォルダーの名称を写真、音楽、とすればまったく別のファイルが入っているのがなんとなくわかるよな。そんな感じ。

 

 基本、歴史などに記される『位相世界』がこの四つ目の『変則式位相世界』、四つの分類全ての観測した、とか出てくるからややこしくなるんだわ。

 『オクの世界』にてこの四つ目の『変則式位相世界』で観測に用いる時には、自分たちがいる世界を『本線』、歴程の違う世界を『位相』とする。

 『フォルダー』の違いは、基本識別に用いる『色』を以て区別を成す。

 ウルクフ女史曰く、この世界の『本線』は『青』。『位相』の識別は『赤』である。歴史にて『位相世界』として紹介されるものは、説明すっ飛ばして大体この四つ目の分類である『変則式位相世界』である。ややこしいね。俺たちは面倒だから、四つの分類全てにアルファベットを振って『A』位相、『B』位相、『C』、『D』とか云ってた。全部表記するの面倒だったし。

 

 『線形時間』……分類上、過去、未来、現在を指す一本の歴程たる時間が所属する、前後の時間のレールを指している。

 『時間軸』……大本とする線形時間自体の『レール』の種類を指す。例えば駅の〇〇線という路線の種類の違いだ。根本的な違いは絶対に交わることが無い。

 『楔を打つ』『門を開く』……共通部分、共通事項を作る行為。基本、過去に戻れないという制約が存在するこの世界に置いて唯一のシステムの穴である。

 

 基本、『変則式位相世界』は仮想シミュレーション等で、別のサーバーに保存した情報、とするのが一番表現が近い。『節目』とされる分岐したレールによって分かたれたものであり、『楔を打つ』や『門を開いた』などという表現は、集合の帰属関係における『共通事項』の『要素』を指す。要素は1から無限になる、時間の座標だ。

 共通事項を作る行為は、『要素』を抽出する前ならどこでも『くさびを打てる』。この楔を打つ行為の結果の保存は『存在』一つ一つに個別保存だ。つまり、ユーザーが悪用し放題だった位相世界の次元干渉は、個人個人で違う時間の流れに身を投じ、未来に進んでいくことでなしていた。

 一度『楔を打つ』と絶対に覆ることがない。これの要素が『対消滅』の条件となる。

 

 悪用し放題とはいったものの、制約もある。一度時間軸の情報を未来の値に更新したら、絶対に覆せない、という条件が『要素』として個人に保存される。

 四つ目の観測は、基本、時間軸やレールだなんだと例えている通り、基本的に直進しかできないとされるサーバーで唯一、現在から過去とされる『他』の識別サーバーに飛べる行為だが、この二つの関係を用いて『観測する』行為というのは、結果が確定された時点で、一つ目と四つ目の共通事項の『要素』を作る。結ばれた二つの座標軸の線路が確定されてしまうのだ。

 

 『要素』を作るのは、線路を引っ張ってくっつける行為である。だから二つが『要素』によって結ばれた瞬間、それ以前の数字に戻るのは絶対的に不可能になる。

 オクの世界では、何を用いても『観測できなくなる』。システムの裏をつつく行為や俺が使う『愚者の鎖』の誓約を掻い潜れば可能であるが、ぶっちゃけ素材が重すぎる。個人でこれなのだから、世界全体を過去に戻す行為は、保存される結果が指数関数的に増える為、天文学的な数字になる。ほぼ、不可能といえよう。

 

 

「ただ、何度も言うように個別保存だから、万が一はぐれた場合、未来の座標から過去へは絶対に合流することはできない。地続きで過去から未来に直進するしかない。」

「……ほー」

「なに?」

「位相世界についてずいぶん詳しいな、と思って」

 

 感嘆の声を上げれば、ウルクフ女史はしばし無言に陥った後、時間術士を習う際に必須の常識だそうだ。俺の非常識が露見されてしまった。

 

 それはさておき、ウルクフ女史から聞いた情報は大まかに一致する。だが内部世界とは、ちょっとずれてる。騎士殿から聞いた話もそうだが、予想する最後の一種類が冥界なら、一つ足らない。

 

「最後の一種類は何だ?」

「冥界、異界とは別の、魂のあるべき場所の『外』、ガゼットさんが知っての通り。」

「なら天国はあるのか?」

「ないよ、そんな場所どこにも」

「……、ウルクフさん、それは過激派が聞いたらまずいから、断言するのはここだけにしといたほうがいい」

「判ってる」

 

 記されることすらしないというのは、神界の存在自体が禁忌になっている可能性があるなー。だけどウルクフ女史は知ってそうだし、だがガーランド国が政府に通達した内容であれば、周知されているものではあるのか?。

 オクの世界は、現在、封鎖領域の第七大陸を除き、第一大陸から第九大陸まで存在する。これは俺の知識とも一致する。ちなみに秘匿された第十大陸は冥界の中に秘匿されてたりする。普通に領地あるからねあそこ。

 

「第七大陸から、この第二大陸にくるには、船だけじゃ無理なんだ、断絶するように、陸路が存在するからね」

「俺が第七大陸出身だというのは、本当に法螺吹きになるのか?」

「各大陸の調査隊が、年に数回第七大陸に向かってる、けど、ひどい汚染領域が有って、一定の領域まで近づくと弾かれるんだ、内地に足を踏み入れられたことは一度としてない」

「上空から落ちてみるとか」

「帰還者はいなかった」

「……そうか」

 

 語る口調は冷たい。暗い瞳だ。

 歴史を知る上で、何人もの犠牲になってきた事実だという。

 それでも、接触を図ろうとするのは、二百年前に発掘された大半の品が、元を辿れば、第七大陸の海域から流れてきていることが判った為だ。

 

「歴史は二百年前、一度崩壊しているんだ、これだけ大きな街でも、まだ五十年もたってない」

「嘘だろ?」

「崩壊以前の建物で存続しているのは、各大陸の王都と、封鎖領域の空白領地だけ。後者は、全て停止されている。結界が厚くて、限られた人数しか調査に入れない」

「中身を盗めばいいんじゃ?」

「強力な帰還の呪いがかけられてる、所有者が許可しないと、外に持ち出しても、時間がたてば消えている、確認済みだよ」

「なるほど、なるほど」

 

 あれ、なんで思いつかなかったんだろう。ブラッグドッグを使えば封鎖領域は入れるじゃん。と思ったがそうは問屋が卸さなかった。

 

 最終地点で消滅したのなら、ポイントもそこに固定されたままのはずだったが、記録検索して弾き出された場所はどこにもなかった。

 これは俺の知る歴史が多少なりとも存在している状態では『おかしい』のだ。

 もう一度検索を尋ねるが、第七大陸にてポイントの反応はナシ。座標軸の門すらない。

 ならば、とブラッグドッグに封印処理された隔離領域の検索を頼むと、第七大陸領地全土にて停止状態らしい。

 確実に俺の知らない要素が混じってる。情報が足らない。

 

「呪いっつーのは隔離されてても効くのかね」

「利くと思うよ、あれは九十九との精霊寄りの契約だから」

「まじかー」

 

 思わず肩を落とせば、ウルクフ女史が心配げに此方を見た。

 ひらひらと手を振ると、不安そうな顔である。今まで頭の片隅に放り投げていたが騎士殿の話が真実なら、俺は第七大陸に行かないといけない。

 

「それで、急に情勢を教えてくれるのはいいが、何で伝えようとしてくれているんだ?」

「あの、そのね、怒らないでほしいんだけど、ガゼットさんあまりにも常識が抜けているみたいだから、放っておいたら僕が叱られる」

 

 そこまでか。

 

 ウルクフ女史は何かを考えこむ仕草を見せた。例えばさ、と一言告げて手際よくティーセットを持ってきた。

 二つ分のカップソーサーに注がれる茶葉の香り。渡されるシュガーポット。一つ二つと尋ねられ、いらないと答える。頷きながら下げられたシュガーポットはただの砂糖だ。

 脳内で効果音が鳴ったことから、二つの意味で入れ慣れているご様子。礼を告げてカップを持ち上げれば中身は玄米茶だった。趣味が渋いな。普通に口に運ぶと、半目で見られた。なぜ。

 

「……先に口をつけるのは、ここではマナー違反だったか?」

「いや……、その、違うんだけど、何か気づくかなって思って」

「……!、なるほど、俺の顔に何かついてるな?、ひげか?」

 

 急に米神を押さえてどうした。だって入れたの栄養剤だろ。

 カップに映る自身の顔を見る。見慣れたガゼット・オブスサーバーの顔だ。よう俺、ひげのびた?

 

「ひげじゃないよ。顎をさすらなくてもつるつるだよ。ねぇあなた本当に同行者いなかったの?、ちょっと、僕が言うのもなんだけど人攫いに遭ったとか言われた方が信じられるんだけど。ここまで来た経緯はあらかた伺ったけど、その前は異界?」

「異界。」

「単身じゃなかったんでしょう?」

「そうだが、そんなにここに来るに至る経緯が知りたいのか?」

「保護を担っている以上、連絡が取れないなら僕が情報部に伝達を回すよ?」

 

 なんでそこまでしてくれるのだろうと問えば、たった今全ての事柄を察するに値する無垢さを見せられたので、とウルクフ女史。えー。

 

「……、そこまでか?。」

「そうだよ。普っ通飲みます?」

「飲むだろ。信頼できる間柄で毒を盛る必要もなし」

「はぁ~~~~」

「一月も面倒見てもらったら普通気を許すだろ」

 

 あなた結構行き当たりばったりでしょうと分析されて普通にむせる。そうだよ図星だもん。

 

「あなたね、今紋章持ちなんだよ?、もし睡眠薬を盛られて盗まれたらどうするの?」

「どうせ使えないでしょ」

「売ることはできるんだよ。紋章は大体一般的に水硝貨一枚相当。各関所にいけば資金はこれに振り込まれるし、いざという時のキャッシュの受理や身分証明、パスポート代わりにもなる個人的な口座みたいなものなんだよ」

「えっ水硝貨一枚も何に使うんだ天下りか?」

「万が一の遺族への補償金を兼ねてるの。これ。遺族の照明が出来たら、紋章を返納する代わりに当座の資金が貰える。」

「平和な世界が待ち遠しいな。」

「そうだね。」

 

 盛大なため息の後におまけのお煎餅もらった。ばりばりと食べる。床にこぼさないよう綺麗に食べる為、ネタで習得した宮廷儀礼が火を噴くぜ。潜入捜査はまかせろーばりばりー!

 なんで頭抱えてるのウルクフ女史。貴族とかいうけど、生憎俺は生来浮浪者。否、旅人である。旅人じゃなくても普通毒見します、と危機感のなさを指摘された。ウルクフ先生は大変だ。

 僕だけじゃガゼットさんの面倒を見切れないよ、と既に生徒扱いの御様子であった。ウルクフ先生頑張って!。

 

「今更ながらだが、一応同行者について述べると、以前はいたが、今は居ない。」

「一人でこの国来た?」

「来てない」

「黒、入って来た時にはもう一人だったでしょ」

「頼りになる相棒と一緒だったもん!」

「今僕ちょこっと受信したけど、人型じゃないでしょそれ!」

 

 直感が鋭いやつは面倒だな。脇に入る良い手刀。指でくすぐらないで。やめてくれ。

 

「関所の方角から見るに、ガゼットさん北側から来たんでしょ、どういった理由があってここまできたの?、あの容態じゃなかったら正直、北なら北北西のマガナの首都に行った方が良かったんじゃないかな」

「え、この国、北北西に首都があるのか?」

「がっ、ガゼットさん!、その本貸してあげるからちょっと地理頭に叩き込んだほうがいいよ!?」

「そんな慌てなくていいぞ」

「慌てるにきまってるでしょ!」

 

 真面目な表情で心配されながら、とってくるから、と奥の部屋に引っ込まれる。

 違う!同行者だった!、と、ウルクフ女史が大声を上げて両手いっぱいに本を持ちながら戻ってくる。

 

「慌てなくていいぞ?。」

「誰と!来たの!」

「犬、いぬっぽい、犬?」

「犬じゃなかったよ見えたの。」

「呼ぶ?」

「……院内で魔法が成功してるの見たことないけど呼べるの?」

 

 魔方陣で呼べた。子犬姿の死神の代行者がこんにちわ。ウルクフ女史が目に見えて固まった。正座の状態の前、死神の使いがちょこんと腰を下ろしている。

 互いに見つめ合って数十秒、ブラッグドッグが頭を下げると、ウルクフ女史もご丁寧な礼を返した。おあとはよろしいようで。

 

「ガゼットさんどこ行くの!!!」

「厠。」

「黒!!!一人にしないで!!!」

「こんな姿じゃなかったんだよ本当に。本来はバス並みにでかくて。なんかちっこくなってるから外で呼んでみようぜ」

「ダメダメダメダメ絶対だめだからね!?なんでガゼットさんがこのお使い様呼べるのかもわからないけど、次元移動は駄目でも不変と領域を司る概念なら当然呼べるに決まってるよ!」

「やっぱこの病院おかしくないか?」

 

 次元キャンセルって軽くガーランド国越えてるじゃねーか。あとダメの連打の発音方向音痴だったぞ。よくそんな声出たな。じぐざぐしてたわ。

 とことこ歩いてきたブラッグドッグを持ち上げる。首根っこ掴んで。ひぃいという悲鳴が聞こえた。すまん冗談だ。咥えられて空中闊歩されたことなんて根に持ってないぞ。ほんとだ。歯を剝かれたので仲直りしよ?、とブラッグドッグに指を差し出したらあまがみされた。もぐもぐすんな。

 

「……、……ガゼットさん、今ほんっとに一人じゃないんだよね?、」

「押しかけ騎士殿が今は居る」

「押しかけ騎士殿って何、……ランテッドさんのこと?」

「知り合いか?」

「昨晩普通に菓子折り持って挨拶されたけど、その時ライラック・ヘズがお世話になりましたって言ってすぐにでてっちゃって、……」

 

 騎士殿の馬ー鹿ー。無言で耳の熱を取るべく、取り出したオーバーコートの上着に身を隠しているとウルクフ女史が暖簾をあげるように見上げてくる。まだ店開けてないんですよお客さん。片手で面を覆って隠していると、ウルクフ女史が眼をぱちくりと瞬いて、ライラック・ヘズさんと呼ばれた。なんでしょうか。

 仕事名をきちんと語るだけの危機感はちゃんとあったんだ、と感心して褒めないでほしい。さすがにそこは俺も命綱が掛かってるから慎重になるよ。君、俺の頭撫でるの好きだね。さらさらしてるって?、そらそうだよ精霊寄りの器だもん。

 

「うすうす気づいてたけど、ガゼットさん、もしかしなくても騎士と契約してるの?」

「契約っつうほど厳格でもないけど、口約束程度の雇用関係ではあるだろうな」

「あー、そっかーあの人がそばにいるなら、あなたのその常識のなさなんとなくわかっちゃったかも。」

「再開したの昨日ぶりだけど」

「やっぱわかんなくなったぁ……」

 

 そもそもわかんないでほしい。ウルクフ女史がはっと思い出した様に、騎士殿が身命を知らせてきた理由を尋ねてくる。十中八九罠です。従者が主を売るのが普通なの?、と純粋に視られたので否を応えておいた。普通は身命は秘匿するものだ。霊格が権能持ちになると気にしなくなるのは縛られるはずがないという驕りもあるけど。余裕がない人は口にしません。そこんところ、弱肉強食を図る定規に成ったりもする。まぁ、縛る縛らない以前に、知らぬ間に囮に使おうとするのは普通に不敬だと思う。

 

「あいつは俺を囮にした罠を張るのが上手い。身命を知らせたのも、即座にカウンターを仕掛ける為の措置だなー、あいつは、俺の身命を知っている者を解析できるから」

「何その追跡者御用達の技能」

「いつの間にか編み出してた。そもそも大本が同じだから辿れるってのもあるんだけど、中々便利らしいぞ。だからまぁ、一度でも術式や媒体を傍において俺の身命を口にしていたら、その時点で俺はこの院から連れ出されていたと思う。」

「一度でも術を作動させていたら僕どうなってたの?」

「忘却を掛けられたと思う。悪いが、俺は騎士殿の行動を縛れないから、そうなったら君は壊れていたな……あいつ解雇するか」

「ま、まとう、それは、ガゼットさんを守るための措置なんでしょ!?なら、全然いいよ」

「君本当に大丈夫か?」

「逆に忘却掛けられただけでなんで僕が壊れるの?」

「……、それもそうだな。でも次何かやったら解雇しよう」

 

 あなたたちの関係がわからないな、とウルクフ女史が唸る。

 

「まぁ、騎士殿は呪術に関してはあほみたいに解析と対抗措置が上手いから。逆にラインを辿って、騎士殿に記憶そのものを握られて身命を縛られた奴らも見たことあるし。君にも、多分絶対そうしたはずだ。」

「あ、悪辣極まりないね」

「過去にもう十五回以上カウンターが決まってるからな、意外と有効なのかもなー」

「ガゼットさん、あなた狙われやすいんでしょう」

「なんでかね、需要があるのかな。」

「正直ありまくりだと思う。」

 

 ウルクフ女史が気を取り直して紋章を手に取った。黒地のパスケースじみているが、俺の魔力が通っている。血の陣から騎士殿が生成したようだった。

 

「この紋章ちゃんと使い方わかった?」

「全然。あいつは俺が尋ねない限り教えてくれない。」

 

 頭抱えないでウルクフ女史。紋章に説明書はついてないんだよ。常識って言葉を超えるハードルが高いんだよこちとら。

 

「文字は読めるんだけどな」

「文字というか常識が読めないとどうにもならないよ?」

 

 確認事項が増えた。

 

 幼児向けの本をもらった。読んだ。速読極めた俺に不可能はない。具体的に言うと本に触れるとラーニング。ぴこんという効果音が聞こえた。この国での常識についてのマニュアルだった。

 

「よかった、俺の知ってる常識と変わらないな」

「……、……、……、そっか。」

「言いたいことがあるなら言ってくれ。」

「赤信号は止まるぐらいはわかるんだなって」

「赤信号みんなで渡れば怖くない」

「赤点で補修行きに跳ねるよ。」

「あと何問ですか先生」

 

 地図を見る。経路を取って来た道をたどるのは俺が記憶喪失だと診断していたためだろう。

 

「なんで俺の進路をみるんだ?」

「あの古代の小型核爆薬もそうなんだけど、ガゼットさんの身元そろそろ確定しないと国に捕縛される可能性が有るんだよね」

「わりかしリーチ極まってる?」

「次何かしたら僕もヘンリックさんも、ゲイザーさんでさえも庇いきれないと思う。え?、知り合いだけど、そもそもその紋章の庇護はガーランド国のエステラ様のものだから」

「エステラ様?」

「ゲイザーさん、ガーランド国の大使だよ。エステラ様はゲイザーさんの直属の上司」

 

 上司ってすごく限られるんじゃないですかね。ゲイザーさん博打しにこの国にやって来たわけじゃなかったのか。あの人賭け事好きそうだったんだが、根は真面目なんだな。つーかそもそも大使がなぜ掃討に参加してるんだ。尋ねたら普通に資金繰りとか答えそうだな、あの人なら。

 

「あれ、この国も貴族が居るのか?」

「あーそこで言葉の齟齬が生まれてるんだね、紋章持ちは伝えた通り、専門を示す時とお金で買った貴族の地位を示す時があるんだけど、もう一つ紋章を持つ意味があるんだ」

「貴族とは違うのか?」

「貴族とは違う、だってその紋章はファミリアを意味するから」

「家族か?」

「ううん、違うよ、その門下として認めるっていう庇護を示すモノ。紋章の石には色があって、その印にも意味がある。一つずつ厳格に種別できるようになっている特徴は何だと思う?」

 

 ファミリアの意味も俺の知るものと違うのか、と紋章を見つめながら顎をさする。ちょっと待ってて、とウルクフ女史が杖を振って風を起こす。器用に風籠の術で上ハンガーから上着をとると、そのまま風で運んでくる。

 ウルクフ女史の治癒士の紋章を提示される。連行されたときにみた印は共通のものではなく、きちんとした種別とモチーフがあったらしい。

 青地の上に四ツ葉の緑色の印、四ツ葉の花弁の線の中央部に四つの小さな宝石。

 開けば証明の写真と番号、その他は所属する組織と経歴が書かれている。二つ折りの下部分、右上にある部位に所有者が魔力を通すと氏名住所等個人情報のロックが解除される仕組み。

 

 俺がもらった紋章は黒地に銀色のウロボロスが渦巻いている。己の尾を噛んで環となっているさまは何を示しているのか。開けば証明、番号、所属する組織のみが書かれている。

 ロックの解除を促されて、魔力を通せないことを告げると、ウルクフ女史が目を丸くした。

 

「もしかして回路に呪いがあるの?」

「その通り」

「ロック番号は!?聞いてたでしょ」

「忘れた」

「うそでしょお兄さん!」

 

 渡されたときに紙とか鍵とか一緒についてなかったと問いただされて思い出す。騎士殿がカードキーみたいのを持ってたわ。

 どうせあなたに渡しても灰になるですから、とわかりきったように没収された。万が一開く時は開けゴマですよ、と岩の扉宜しく音声設定されているらしい。

 お遊びで音声入力すれば、ロックが開いた。

 

「あんだこれ、うわ懐かしいなライセンス……騎士殿ぉおおお!!!今だけまじで愛してるぅうう!!!」

「……、……え、なんで消失したライセンスカードが他者の手から介してあるの?」

「ウルクフ女史!ライセンスカードだぞ!ライセンスカード!!!」

「待って、僕も今混乱しすぎて頭がおかしくなりそう、なんでデータが……?」

 

 丁度良くインターホンが鳴った。騎士殿のようである。

 

 

「この度は主人がお世話になりまして」

「い、いえ、その、ご結婚をなさっておられたので?」

「さーてはウルクフ女史は天然さんだな?、そもそも騎士殿はもともと妻帯者だ。」

「だって!今昨日無かった左手の薬指の指輪をはめてるし!小さなお子さんが居るんだよ!?二人そっくりの魔力を持った!」

「認知してください」

「俺の子じゃねーよ!」

 

 ウルクフ女史が非難染みた眼で俺を見てくるので咄嗟に還す。幼児が足を上って来た。筋力あるんだよな、この幼児。

 にぱっと笑うとウルクフ女史に手を伸ばす。指を握られてまじまじと俺を見てくるウルクフ女史。なにかな。

 

「ガ、ガゼットさん最低!お手つき最低!二人の子じゃん!!!しかも誰かの要素混ざってるし!妻帯者相手に三人でやったの!?」

「し、してない!!!してないってば!!!?」

「面白いですねこの方、主殿」

「この国でホムンクルスは認可降りてない限り懲役刑だよ!」

「懲役刑か?」

「分霊ですからセーフでしょう。」

「……どっちの分霊?」

「どちらのでもありません。」

 

 一気にクールダウンしたウルクフ女史が幼児を観察している。幼児がウルクフ女史に触りたがってるので騎士殿と一緒にウルクフ女史を見る。大丈夫らしい。

 生後一日?、生後一日、と答えると訳が分からないよ、とウルクフ女史が腕の中の幼児を抱っこしている。頬をぺたぺたと触られてつままれているが、ウルクフ女史は成すがままだ。

 精霊だこの子、とウルクフ女史が俺を見る。やっぱ生身じゃないよな、この幼児。

 

「どうやって実態化なさったんですか?」

「その前に一つだけご質問させてください。ヘイニーさん、この国では転生は許可がなくとも申請すれば認可が下りましたよね」

「はい、突発的な事故が多発した後、制定された法律と義務ではありますが、この子がそうなんですか?」

「魂の火花がなく、二つの魂魄から疑似的な魂を抽出した場合、これは転生になりますか?」

「む、難しいですね、大本はなんなのでしょうか?」

「概念です。」

「九十九となると、冥界でもあり、神界の領域ですから大っぴらにそのことの相談は不可能でしょう。相談するとなると、関所の中央に問い合わせて、国の危険科に依頼が譲歩できる限りじゃないでしょうか。」

「九十九ですらないとしたらどうしましょう」

 

 ウルクフ女史が息をのんだ。実体化の方法ですが、と言葉を一度区切って騎士殿が俺を見る。

 

「ガゼット・オブスサーバーの概念です。」

「……ランテッドさん、ガゼットさん、ここに緊急警報を国に要請できる式があります。僕が死んでも、昏睡しても、解除している場合即座に解放されます。わかっているのは、僕とランテッドさんだけです。ガゼットさん、あなたはこの人に脅されて協力しているの?」

「いや、むしろ脅しているというか。」

「妻帯者なのに戦場に連れていかれました」

「連れてかなかっただろうが!!!」

「……、ガゼットさん、もしかしてランテッドさんは人じゃないの?」

「現怪人だ。」

 

 ウルクフ女史が戦闘行動をとる前に、足元にたむろしていたブラッグドッグが四対の対象を別次元に放流した。

 天体が煌めく平原の下、限りなく延々と続く地平線の先は再びここにもどってくる無限回路である。

 冥界である。ブラッグドッグの領域内のという、注釈が付くが。

 幼児がブラッグドッグに遊ばれて散歩している。

 騎士殿は仁王立ちしたまま、正座させられている俺の横に控えと称して立っていた。形だけでも控えろよ騎士殿。

 対するは騎士殿が敷いた絨毯の上に体育座りするように膝を丸めたウルクフ女史である。もう二分ぐらい頭に手を当てたまま考え込んでいる。どうしたものかね。

 

「ガゼットさんだけならまだ保護を担えたけど、さすがにランテッドさんまでそちら側に回られたら、僕は立場を優先しなければならない。無垢な性質ならまだ保護を担えるけど、ランテッドさん、あなたとその精霊の子は国を落とせる権能を持ってる。」

「俺は良いの?」

「その過保護なほどの神秘を見たら無害だって解る。」

 

 褒められてますよ良かったですね、じゃねーんだよ騎士殿。この顛末十中八九お前のせいだからな。

 ウルクフ女史は無言で指を額に当てて小突くと、何度も何度もとんとんと額を叩く。熟考しているらしい。

 

「一つ確認したいことがある。ガゼットさんはもともと神域の存在だった?」

「否。」

「至る過程があって引き上げられた」

「是。そして今は二度と足を踏み入れられない、冥界の存在。」

「……、ねぇ、ランテッドさん、文字通り宙と星を開く概念条文たる権能を一個人に使うことなんてできるの?」

「五百年前は割と普通でしたね。」

「普通に祝福で与えた後、分け前だと概念条文の短冊版の空白の概念っていうものをお祭りごとの優勝景品に配布してた。たまに。」

「まぁ、私から言えることは、ヘイニーさんの推測通りですよ、としか。」

「あなた神域の存在も誑し込むの?」

「ふ、不名誉なこと言わないでくれないか!?さすがに俺だって怒るぞ!?」

「まあ寵愛は受けてましたね。断言できます。この主人が否定してもそれだけは身をもって証明できます。まぁ、その概念は祖母と孫みたいなものですが。」

「うん、その人見てるとなんとなくわかる。」

 

 僕の信じていた世界と全然違う、と悲痛な声。夢を壊してゴメンね。

 

「四百年前のオクの世界での天変地異と収束時期は?」

「青天の霹靂の一つ、『天継の置換』、収束時期は捻じれによって百年後に閉じたとされている、だったか?」

「生き字引ですね」

「辞書引かせてもらったことないけどな。あんとき仕組まれたように馬車馬のごとく働かされてたから。」

 

 あ゛ー訳わっかんないよ、とウルクフ女史の鳴き声。涙混じってる気がする。

 そんなに四面楚歌な状況なのか?、と尋ねれば、あなたどっちの味方したいのさ、とウルクフ女史。君だぞ、と答えれば無言で双方から咳払いが聞こえた。

 あなたは今私の味方をしなさい、と騎士殿が言うがこればっかりは譲れん。

 

「ねぇ、ランテッドさん、この人なんで野放しにしてたの?」

「諸事情で動けず、この者を動かさざるを得ない状況に迫られてしまい、その、ヘイニーさん、巻き込んだ側がいうのもあれですが、大変、ほんっとうに、巻き込んで申し訳ない。」

「……、……、その人トラブルメーカーでしょう」

「はい。」

 

 不名誉である、と俺は一瞬抗議したが背後に迫っていた騎士殿に首根っこを掴まれた。はい。

 静かに呼吸を抑える気配がして近づけば、ウルクフ女史が無言で腕に顔を伏せて泣いている。泣いている!?

 ご、ごめん怖がらせる気はなかったんだが、と膝をついてハンカチを取り出せば、ウルクフ女史の恨めし気な目が此方を射抜いた。

 

「…………、あのさ、僕でもどうしようもなくてあきらめたくなることってあるんだよ」

「すまん。なんか、ほんとよくわかってないんだが、ウルクフさんを巻き込んじゃった形だよな?ほんとごめんな」

「巻き込んだというか、もう一蓮托生というか、ランテッドさんは解ってて巻き込んだけど、あなたは巻き込ませたというか」

「すまん!その契約どうやったら切れる!?」

「あ゛あ゛あー゛!もうわかった!僕わかった!あなたは人を信頼することに長けてるんじゃない!人を垂らし込む手腕が天才的に上手いんだ!!!」

「ひ、人をヒモのようにいうな!!!」

「絶対無職でも養ってもらったことあるでしょ!」

「……な、ないよ」

「黒!!!」

「プロヒモでしたね」

「それは潜入時代にそうしろって指示があったからだろうが!!!!」

「不潔だ!!!!」

「誤解だ!!!」

 

 伝承通りなら僕もう神域に踏み込めないんじゃないかな、とウルクフ女史が語ったところで俺と騎士殿の顔色が真っ青になった。双方その考えが至らなかったのを見抜いた『長』が俺たちを侮蔑の眼で視ている。ごめんなさい。

 ブラッグドッグに尋ねる、まだ大丈夫、よし。記憶抽出する技術、……諸事情でその選択肢はナシ!終わった!!!!

 

「騎士殿、これ俺ウルクフさんの保護者に殺されても殺し切れないぐらい擦り下ろしされるのでは」

「奇遇ですね、主殿、私も今肝が冷えましたよ、これは家の敷居を跨げないかもしれない。」

「いいよ、僕そういう願望元からなかったし」

「駄目です。待て、今打開策考えてます、本当に、本気で、そういう意図は無かったんです、ごめんなさい。ブラッグドッグ呼んでた俺の判断が間違ってたんです、『長』は断じて悪くないんだけど!」

「まぁ、でも間違いなく彼がヘイニーさんを攫わなければ一秒で我々は永遠に監禁ルート直行でしたね。現状世界の敵認定ですから、我々は」

「え、待って?それ、今俺初めて聞いたぞ?」

「主殿、そもそもガーランド国が技術を駆使して異界侵攻をする理由って何だと思います?」

「俺らの怨敵の排除じゃねえの?」

「逆ですよ、ガーランド国は他国を冥界に落とすために次元を開いている。」

「は?」

「え?」

「死なばもろとも、地獄に落ちらば奈落の果てまで。というわけでヘイニーさん、あなたには今三つの選択肢が有ります。」

「は、はい。」

 

 宙を飛び始めた『長』を目で追いながら騎士殿が星々を観察する。深呼吸を二回した。

 

「一つ、我々の秘密を共有することを誓う。一つ、我々のことを無かったことにして日常生活に戻る。一つ、このまま敵対して我々に拉致されるかのいずれかです。」

「一番目のメリットは」

「あなたはここにいるガゼット・オブスサーバーの全てを秘密にすることを誓う代わりに、そこのガゼットの協力を仰ぐことができる。二つ目は記憶の封印後、直接時間軸を抽出させてもらいます。齟齬は出るでしょうが、ガゼット・オブスサーバーの情報限定で抜くことを誓います。あなたは多少の齟齬の後、すぐに日常生活に戻れるでしょう。」

「三つめは?」

「伝承通りにあなたを脅します。魂の行く末、何度輪廻転生を繰り返そうとも、あなたがこのことを話そうとする限り我々が周りの記憶を消します。」

「三つ目、メリットがないじゃん。」

「ありません。」

「それでも、僕はあなた方を野放しには出来ない。一人じゃ抱えきれない案件だもの。ねぇガゼットさん、四つ目は?」

「え゛!?」

「この騎士と契約をしているのはガゼットさんなんでしょう!何かないの!、こうやって僕が交渉を賭けても許してくれるのは、お兄さんの判断が優先されるからでしょう!、あなたは即座に僕を殺すことはしなかった!」

「騎士殿殺そうとしたの?」

「実は院内に入るまで百回は」

「お前解雇。」

 

 やられましたね、と半笑いで騎士殿が領域から消える。この神殿越しに殺せる手段が通かどうか試しただけです、というが実行しただけでアウトだ馬鹿野郎。

 

「ごめんなさい。今打開策を考えているので、十分ぐらい待ってください。」

「待たない、ガゼットさんは僕を殺したいの?、それとも平和な手段で交渉をさせたいの?」

「そもそもここに落とす前の時間軸に戻す算段を今着けてる。」

「え、なんで?」

「俺は今のところ君の為に死んではやれないが、それ以外なら捧げられる程度には世話になったんだ。恩人に仇を返すつもりはなかったんです。おれの不可抗力でした。だから、あと五分でウルクフさんは元に戻れる」

「何する気?」

「俺の姿、一つ前に戻す。」

「概念を捻じ曲げることができるの?」

「無理。もって数秒。まぁ、これは違う措置だが。じゃ、時間軸の間に折りたたんで、ウルクフさんだけ時間軸を戻します。」

「えっそんなの無理に決まってるじゃん!」

「できるんだなーこれが。それなら伝承通りにならないし、伝承をなぞるなら、ウルクフさんは冥界を知っている賢者になるでしょう。完璧!。」

「代償は!?」

「じゃ、お達者で!お世話になりました!」

「が、ガゼットさん!!」

 

 俺の姿が掻き消えて、愚者の鎖を反転させた後、ウルクフ女史は一瞬だけ一つ前に戻った俺の姿を見て、驚愕に目を見張って姿を消した。

 

 

「紋章越しにどうやってこのライセンスカードをダウンロードしたんだ?」

「二百年越しの協力者です。あなたのお節介もたまには役に立ちますね。国の中枢に協力者がいました。」

「足を運んだことがあるのか?」

「封鎖領域の探索の事項は覚えてますか?、盗難防止の『帰還の呪い』はついていますが、領域内なら操作が可能です。」

「情報は物理じゃないからコピーできたのか」

「その通り。あなたの魂魄の陣が暗号とキーになっていたので、文字通り、ブラッグドッグを使って盗んできました。」

「俺、移動できなかったぞ?」

「あなたが設定したルールを忘れましたか。本来の設定値の魂魄の庇護下の者が領地に入れる、ですよ。」

「あー、催眠とか操作を危惧して厳密に平常時のルールを定めたんだったか、俺が怪異だから入れないってこと?」

「その通り。魂魄を持っていれば入れた可能性はありますが、その時点で呪いが領域を内部侵食していたでしょう。お手柄です。」

「なんだその初見殺しのルール。普通なら真っ先にやるだろう。」

「解呪前に行った同胞たちの領地は即座に封印されましたよ。」

「さて、騎士殿今解雇したばかりだけど何で戻って来たの」

「解雇のルールはきちんと宣誓しなければなりません、あの時のように。」

「解雇用の剣がないから、呪いの装備じゃん騎士殿。」

「妻にどやされてください」

「やだー!」

 

 あ、一つ重大な案件を告げなければならない。

 

「ウルクフ女史の記憶抜いてない。抜く気もなかったけど、あれ以上抜いたら壊れる可能性があった」

「……、あの方は何なのです?」

「間違いなく、神域の存在だと思う。何かは秘匿されすぎてわからなかった。多分、信仰を捧げられる側の者だったんじゃないか。楔がなくとも転生はできるのだろう?」

「それは死んでいたらですよ、主殿」

「やってらんねぇな。」

 

 殺されない、死を願われない限り、神域の存在なんて死なないぞ。消えることはあっても。

 これからどうすっかなぁ。

 治癒士の腕、『長』に検索してもらったけど、間違いなくこの国随一だ。他の国は次元の層の壁が有って、入った瞬間に感知される防波が貼られている。ガーランド国の防衛装置らしいが、あれは一定の格上に対する邪魔者の排除だ。

 感知されなくとも、開いた痕跡が三次元にある限り観測される。そうなると、次に訪れるのは不可能になる。この世界はやけに歪に発達しているのだ。

 ともに空を見上げていたが、普通にあることに気付いた。

 

「それで、主殿」

「はい。」

「『長』とメフィスは何処に行きました?」

「……、……俺ってバカ?」

「バカです。」

 

 愚者の鎖の対価は残機の消費。そして絶対に覆らない条件は一日一回までの仕様。俺の残機は残り一つ。予測可能回避不可能は笑えるね。

 

 

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