銀杖の担い手 ライト版 作:海に流れるアリ
騎士殿に回帰の術を掛けてもらうと、ウルクフ女史が仁王立ちして待っていた。転がった視界のまま院の内部に戻ると、感心するほどに凄まじい拘束の縛りが設けられていた。なんらかのアーティファクトが発動している。赤環の鎖で簀巻きの如く拘束されていた。不自由な器のまま素直に正座を成すと、白旗を示した。頭を下げようとすると鋭い声でそのままでいいと停止させられる。困り果てて見上げれば、呆れた様にウルクフ女史が額を覆っていた。
「本当に戻ってきたの?」
「……メフィスが、あの小さな者は守護対象であるために、眼を離してはならなかったので、責任を取りに来ました」
「……、ランテッドさんは?」
「はい、騎士殿は時系列に乗った後、一緒か先にメフィスを確保しに行きます。俺は君に協力を願いに来ました」
あきれ果てられている。向こう見ずでごめんなさい。
「ガゼットさんは!」
「はい。」
「ほんとうに、オルトマギアの人なの?」
「はい。」
戻ってきた理由を述べれば、僕が通報したらどうしたの、と問われる。素直にあるがまま口にするとウルクフ女史が白衣の前立てを掴んでは片手で面を覆っている。
主殿は案外幸運に恵まれてますから、あの方が規格外のお人好しの可能性ありますよ、と告げられて元の時間軸に戻ってきた。具体的に言うと、俺が眠った直後の時間である。
この『回帰の術』の術式の一番利点であり、最悪な縛りは、自分自身に使えないってことである。正式な縛りはさらに複数にあるが。今回は騎士殿に残機消費して術を使ってもらって戻ってきた。今のところ問題はない。今は騎士殿無敵モードだから。俺も残機ほしい。
俺はブラッグドッグのように次元の座標は細かく変えられなかったので、帰還場所はウルクフ女史と同じだった。概要を伝えると、困ったように赤環の鎖が解かれた。
そして今、俺とウルクフ女史はリビングにいる。
ウルクフ女史は一緒に忍ばせたメモ紙を見た後、術式のルールを熟知して深く移動せずに待っていたようだった。
この過去への回帰の成功判定は、意識が同一の次元、この世にない時に限る。火花が夢を見ているとき、意識を失っている時、魂は物理世界を離れているのは本当なのである。当然、回帰の術は直近の意識のない時間を自動で選択されるが、指定する術がない限り、一番直近の時間に引き戻される。だから、ウルクフ女史がこの術式のルールを知っているとも、ましてや待機しているとも思わなかった。
「ガゼットさん。僕らは世界のルールの隅をつついている。だから、ダブルクロスでブッキングした時点で僕らは死ぬんだけど、どうしますか?」
「わかってる、すぐに移動する。」
「その前に一つ、大丈夫、この時の僕はガゼットさんの診療を終えた後、同じように仮眠を取ってた。院の秘匿された領域である、仮眠室の位相世界で。だから、今は僕はオクの世界にいないことになってる。すごく疲れてて、完全に意識が落ちてたから仮眠を選んだんだ。この時間の僕は院内でのみ指定した時間にのみ起床できる術式が付与されているんだ。それぐらいしないと、起きれないから。」
「……なぁ、君、俺が言うのもなんだが、そろそろ駄目な時は断ってもいいと思うぞ」
「患者さんを門前払いにできるわけないでしょう。僕は仮にも師を誓った治癒士なんだから。」
「あの、通報の件どうなりました?」
「起こしたら僕二人いることがわかって、僕が死ぬんだけど?」
「ですよねー」
『院』に登録した色は二つなので、俺とウルクフ女史以外がこの時間軸に侵入しても駄目。
時を遡ったのは俺とウルクフ女史だけなので、幼児ことメフィスとブラッグドッグは次元を超えようとも過去には戻れないので大丈夫。騎士殿も普通にばっくれてるだろうし。
十中八九、あの幼児の仮の名はメフィストフェレスからとったんだろうな。さすが騎士殿悪趣味が過ぎるぜ。
「あの姿は?」
「本来の姿というか、メフィスという精霊の器が女神の要素をもってるのは、君ならわかるのだろう?」
「概念、女神、怪異ときたら神域の存在を誘拐、刑に連なる法を犯したものとみられるのは相場なんだけど、僕が看破できないほど、ランテッドさんが老獪な性質で僕を騙し得ているのかと、一瞬思ってしまった。だけど、天文学的な確率で、本気で違うみたいだね」
「騎士殿はそんなに胡散臭いのか?」
「昨日訪ねてきたとき、すぐに引いた仕草とか、声音とか全部が胡散臭い。ガゼットさんを守るならあれぐらいできないと駄目なんだろうけど」
どうだろうなぁ、と頬をかいた。術の作動条件と愚者の鎖を切った理由を尋ねられて、回路が死んでいるので概念上、器を切り替える必要があったと説明すれば納得された。それでも僕の為にあんなアーティファクトを切るのか、とため息と共に困惑されてしまったが、当然だろうと返せば咳払い。
「両性というわけでもないんだが、眼を取るときに代行者の時代が有って、当然神域に足を踏み入れる必要がありまして」
「うん。」
「俺が君らが言う紋章を授かった神属は女神でな、対価に宮廷儀礼なるものを仕込まれて、従者を『無理やり』させられた時代がある。」
「ガゼットさんがどっちもそういった気配が真っ白なの呪いだったりする?」
「これは生来。」
なんか妙に納得されても困るんだが。ヒモとかいうな。
「ちなみに騎士殿の奥さんが俺の元上司ということになる」
「なる、ほど?」
「食われたわけではないが、まあ神域の挑戦権を手に入れるためにどこも同じようなことをしてたからな、俺の場合たまたま契約が実ったのが女神だったというわけだ。成り行きともいう。」
「情報が多すぎるんだけど、ガゼットさん怪異になった原因って、その概念の権限を得たから?」
「是。だが、概念はきちんと設定しないと事故が起きやすいですよってよく言われてた」
「事故が起きたんだ」
「起きたんだよな……信じられないことに」
「なんであの姿だったの?」
「信じられないと思うが、なるべく端折って言うと、全盛期の俺の姿は使い切ったし、死んでるし、一つ前の姿、つまり代行者の時代にこの道具を授かってて、その時分を切り取った時限式の時間があった、というわけだ。あのアーティファクトの名称は俺の時代で愚者の鎖というのだが、伝承とかある?」
「ある」
「まじか……」
ウルクフ女史は難しい顔をした後、あれって作った姿なの?と質問をする。意外なボールである。
「いや、いわく女性だったらあの姿になるってことらしい。あの時代髪を伸ばすようにも言われてたからな。結んではいたけど。」
「すごく失礼なことを尋ねるけど、もう一度あの姿に戻れる手段ってあるの?」
「あるが、今は条件がそろわない。二通りあるが、一つは『体現』、一つは、あのアーティファクトで、まぁ、稼働条件だから説明するが、一日一回の制限と、残機が一つ減る」
「ガゼットさん、まーた死んだの?」
「これは対価だから死んでない。体現は今やるとメフィスが補足できなくなるからやれない。騎士殿が確保した後なら戻れると思う。無能のままだが。」
アーティファクトの構築要素を語れば、ウルクフ女史が唸る。
「肉体を時間と上書きした状態で再構築して戻すって、すごい荒業だよねこれ」
「性転換の術式の大本多分これだぞ。体現じゃなくて因子そのものの復元だと思う。」
「そうなんだ、……うわー、あと二時間半近くある。ガゼットさん僕が拒否した場合何処に行く気だったの?」
「でかけるとか?」
「断言するけど、楔すら打ってない過去への招来からの元の時間軸に乗る場合、観測事項が多いほど僕らは禁忌に触れるよ」
あなた考えなしだったね、と推理されて目を泳がせる。君がお人好しで良かったと語ればなぜかたわむれに手首を取られて回路に理力を走らされた。あ、圧が強い!と半ば悲鳴を上げるように白旗を掲げれば、両手で面を覆われた。無防備が過ぎるというが今のは完全に君がやっただろう。
だって俺自身、今無能に近いし、と語れば目を瞬かれた。
「今俺、ブラッグドッグも呼べないんだよな。完璧無力だなー」
「なぜそれを明言するのかな?」
「一応、ほら不審者みたいなものだし、滞在許可をくれるなら、身命宣誓を誓うなりして院の地下とかあったらそこに居るぞ」
「ガゼットさんほんっとなんで戻って来たの?」
「捕まってでもあの白い幼児を手元に置いておかないと国が亡ぶ。俺がメフィスと騎士殿のビーコンになっているので、今俺が消えるのはまずいんだ。その、まぁ、君が警戒したのは正しい。あれは俺たちですら手に負えてない。」
「一番目の選択肢を取るから、あの子の成り立ちを全部教えて」
「永劫回帰の呪いの具現化」
「僕の私室からつながる秘密の地下室があるから、ちょっとそこでお話ししよう」
「君、何処で寝てたんだ?」
「治療室の隣の仮眠室。患者に何かあったらすぐに駆け付けられるようになってる」
「すまん」
ウルクフ女史が盛大なため息をついた後、問答無用で俺の腕を引いた。
三年ぶりぐらいかな、と地下室へ案内された。地下室というより、要塞。
塔の作りと同じようにいろんな場所へ点間門の座標点が設置されている。門は全部で六十四。主要の二つは玄関と私室、保険を兼ねた六つの扉がこの地下室に直通で来れるらしい。これは点間の術式だ。
暗号と僕の許可した人しか入れない、とウルクフ女史が告げて訪れた場所は明らかに院内よりも広かった。要塞は神殿のように一組二十対の石柱が四方八方を並行に支えている。
軍用の施設を元にしたこの場所は一時的な避難所も兼ねていた。三年前に討伐時の負傷者をここに避難させたことがあるらしい。術式の概念は彼女の祖父の血術によるもの。聞けば都市を構想したのも祖父らしく、要素と鍵が無ければ侵入は不可能。この要塞は定期的に消失しては、再び再構築しているから、概念に付属して居ても浄化と『外』の魔方陣に還されて共に消滅してしまうのだとか。やばすぎる。
ウルクフ女史曰く、このサイボーグおじいちゃんの作ったこの要塞は院内の要が壊されない限り露見しない。やはり、次元間に隠されているようだった。
青白色の高い天井の中央、柱に支えられる円形の天井が吹抜け構造になっている。見上げれば、地下なのに別次元だという場所の中であるためか、別の領域であろう異界の青空の天体が爛々と中を照らしている。……。天体を見上げていると、ウルクフ女史が首を傾げた。生来変わっていないのか、と尋ねれば、天体は基本そのままだね、とのこと。
冥界はないな。……ここって神域の一つじゃね?。
俺の体死んでないな、と問答無用で阻害してくる神界の法則を思い出すが、ここは別の空間のようだった。今神域に飛んだら普通に意識がはがされると思うのだが、そんな予兆はない。
ウルクフ女史は手慣れた様子で白衣を脱ぐと、あなたもこっちに来て、と俺の上着もハンガーに通された。
さて、と用意されていた一角の休憩スペースに案内されると、俺はウルクフ女史と体面する形で椅子に腰かけた。
何か飲みますかと尋ねられるが、そんなリラックスした御様子で大丈夫でしょうかと尋ねれば、軽くあしらわれた。机自体に院内と共有する保管庫があるらしい。俺はグラスに水をもらった。
「僕たちのこれからを決めるために、まず話し合いが必要だと思う。」
「君が秘密を宣誓して日常に戻る選択肢は?」
「僕は人の道に悖ることはしたくない。それができないってわかってるから、ランテッドさんはその選択肢を述べなかった。それに、お兄さんは間違いなく善人で、事情も分からずにこの国に来た。僕はそんな人を放って日常に戻ることはできない。」
「いや、善人ではないが。」
「僕が善人だと思ったの。それじゃダメなの?」
「いえ、いや。」
「ガゼットさん、生来の年の割に結構中身若い?」
「質問に答えないと駄目な感じ?」
「年輪の選択は種それぞれ、木だって千年を超える物もあるけど、経験の豊富さ空を旅する鳥には劣る。」
「石っころみたいな」
「転がされ続けてきたの?」
「一応、生まれの年を述べるのであれば、六百を超えている。国の大半よりかは長く生きているとは思うんだが、」
「……神域にこもってた時間は?」
「トータル四百年」
「……ねぇ、ガゼットさん、あなた時間を対価に結構飛ばしてるでしょ。」
「なぁウルクフさん、なんで君、そんな術式に詳しいんだ?」
「おじいちゃんと先生の教え。五年前に習ったっきりだけど」
「優秀な教え子だな君……」
「一応基礎魔術と時間術士の資格は持ってるし。」
「治癒士こっわ」
そこまで詳細に記して、ふとウルクフ女史が顔を上げた。
「六百年?」
「六百年。」
「まさかっ!ガゼットさんあの大戦時代の生き残りなの!?」
「一応、そういうことに、なる?」
口が半開きだぞウルクフ女史。半ば立ち上がりかけた姿勢で問いただされる。
「出身地。」
「オルトマギアのクヘン。第七大陸の私有領域がそこにあるんだ。生来もそこで、気が付けば遺跡調査の後度を巡っては戻って来たな。不思議な縁だな。」
「いつ来たんだっけ?」
「君と出会った日にここへ来た。」
「……だいぶ前から、複数のポイントで点間門は壊れてたんだ。ヘイツア渓谷と、ウフラの山脈を越えてだと、単身じゃギムレットの出向許可が出ないはず。二つの国を迂回しながらじゃないと登れないはずだけど。あなたは戦闘もできる。それなら輸送依頼の護衛を受けてなら来れると思うんだけど」
「そうだな、その推測は妥当だと思う。だけど、俺は一応旅人だから、……だから、この国の所属に知り合いは居ない、はずだ」
「所属国は?」
「ない」
「あなたが『長』と呼んだ子にあなたは連れて来られた」
「……是。」
お手上げ、とウルクフ女史は椅子に座った。何をどう考えても、もう僕じゃ辻褄合わせができない、と苦笑して緊張を解いた。
「……現在の情勢だと、長命種族でも、五つの大国に所属しないと大陸間の渡航、移動許可が出ないんだ。ずっと眠っていたってなら別だけど」
「ならば、バラガラの術士協会は存在しているか?」
「あの秘密主義の協会?」
「あそこに属していた時期がある」
「待って、あなた何かの専門術士なの?」
「?魔術『師』だ、君に治療してもらった回路があっただろ」
「嘘でしょ!一本じゃ常人と変わらないよ、エクストリーム自殺じゃなかったの!?」
「ああ、一本だけだが、元は数がいくつかあった。収束させすぎて一本になっているだけだ」
「……神経系統いじってんの?」
「当然だが」
「ガゼットさんがバラガラの術士だって信じる」
釈然としないが理解は得られた。
ウルクフ女史はペンを置くと、テーブルの上に伸びた。何かないかな、と食料をあさると干したドライフルーツが出てきた。食えると思う。もしゃもしゃ味見してると、香に釣られてウルクフ女史が此方を見た。献上すると食べれるかどうか試算している。多分食える。ドライマンゴーとナダデココを混ぜた上等な部類の味がする。グミみたいでうまい。
「ガゼットさん、いくつ保存術持ってるの?」
「大本の次元倉庫を首飾りに設置してるから、ほぼ無制限に入れられる」
「便利すぎる……」
「外付けの品でよければ装備を譲るぞ」
「それオークションに流したらいくらするかわかってる?」
「アーティファクトだから結構行くんじゃないか」
「あなたの装備、真面目に考えるだけ、僕の頭が疲れる。もう直球に聞くね、ガゼットさんが唯一死ねない理由は何?」
「自陣の封鎖領域の解除に第七大陸に行く。」
「もういいよ、僕の負け。降参。」
「四つ目の選択肢はいいのか?」
「ずるいこといっていい?」
「いいぞ。」
「僕に選択肢を預けてほしい。」
「……どういう?」
「四つ目。秘密を遵守することを僕の身命に誓うから、僕もあなたの身命宣誓が欲しい」
これが恋人ならプロポーズってとこかな。今の状況でなら、そうですね。そんなわけあるかい。
死因といい、俺はそろそろ身命限定で宣誓恐怖症になりそうである。
何が目的だろうか、と探るように目を見れば、ウルクフ女史も真直ぐに見てくる。
「なぜ?」
「あなたと個人的に契約をしたい」
「対価は。」
「封鎖領域に行くとき、必ず僕を連れていくこと。」
意外な条件だった。封鎖領域に何か目的があるようにも見えない。中を探るなら一発だが、それは不躾が過ぎる。
瞳を覆い、自身の片手を伸ばして面を隠す。
考え込んでいるのがわかるのだろう、ウルクフ女史は今までで一番緊張している。
「理由は?」
「話せない。」
「なら、その四つ目は却下だ。」
「なら、交渉決裂なら、僕はガゼットさんと一緒に対消滅する」
正気か、と立ち上がれば、ウルクフ女史は真直ぐに此方を見つめるだけだった。この場を制しているのはウルクフ女史だ。俺に勝機はない。
しかし、この交渉を飲めば、圧倒的な実力差がある騎士殿が居る時点でウルクフ女史が不利なのは間違いないのになぜそこまでこだわる。死ぬ間際に怪物の身命を記す気だろうか。
「記さない。」
「それはあなたにメリットが何一つない。理解ができない。」
「僕はね、……死にに行くと解っている人達の多く見送ってきた。いつも残される立場で、その理由も理解している。だからこそ、その理由は僕は破れないし、自らの宣誓により破ることができない。」
泣きそうな声に思わず目線を合わせれば、くしゃりと笑ったウルクフ女史が顔を伏せる。
「僕はいつだって、理由がなくちゃ動けない。動かせない。理解しているから、だって!……、げっほ」
「……、……。」
こんなに願っているのにかなわず、ここまで嫌がっても守秘させる誓いとはなんだろうか。
膝をついたまま喋れず、もどかしくてたまらないのに言葉が出せないウルクフ女史を見つめながら、言葉を探す。
喉を押さえて、口を動かそうとしても、体で記そうとしても、苦しさが増すだけで、苦悶してテーブルに伏せるウルクフ女史に触れていいものだろうか。
ぜひゅ、と息が漏れて、それでも眼孔の光は失われていない瞳を見る。
「いつも……、ずっと……!!!」
喉をかすれさせて、意を決した様子でウルクフ女史が何かを起動させようとする。それを見て本能が全霊の警鐘を鳴らした。
培った経験が、脊髄反射で回路を開く、呪いがこの子を殺せと命じる、それに全部抵抗して、ぎりぎりで武装を解除して落ちかけた体を支えるに至り、正面から顔を見た。
一瞬縋るような瞳越しに、伝わる救難信号。感知して、ウルクフ女史が狼狽したように小さく悲鳴を上げた。
正面から肩を掴み怒鳴る。久方ぶりの腸が煮えくり返る思いだった。
「うそ、なんで……」
「君をそんな風にしたのは誰だ。」
「ちがう、ちがうんだよ、そんなつもりじゃないんだ、ごめん、一番目でいい、それにする。」
「駄目だ。もう誓った。身命にかけて君の自由を守ることを。」
「だ、だめだよ!?」
「死を救われた対価を払うならば、死の危険を掃うべきだろう。君がもういいよと告げるまで、俺は優先事項に君を一番に刻んだ。」
「領地の開放はどうするのさ!」
「俺は生きている者を優先する。それは過去も今も変わらない。」
「そんなの無責任じゃないか!」
「俺は約束をした覚えはない。きちんと生き残れるように手段は残してきた。それが今の結果なら、なる様にしかならない。」
この人は助けを求めることを禁じられているのだ。
爪で首を割いて身命を誓う、明言して、誓いを立てる甲を求める。ウルクフ女史が唖然と此方を見ているが、知ったことではない。
心細い今を救われたなら、逆を返すのも礼の一つだろう。
「大戦が終わって、終わりじゃなかった。何の因果か、俺はこの未来に飛ばされた。そして君に出会ったのなら、それはそうなるべく運命だったんだろう。」
「一番目がいいんだってば!」
「言ったはずだぞ、俺は身命に宣誓した。破棄すれば俺は君に殺されるがいいか?」
「勝手なことを……っ、……っ!」
伸ばされた手を取ることも、弱音を吐くこともできない地獄。パスさえ一瞬繋いでくれれば、干渉が出来るのだ。ごめんと辛さを滲ませて見上げれば、ウルクフ女史がもどかしそうに喉を抑えた。
賭けたが、駄目だっただろうか。俺も返礼が無いために始まった死のカウントダウンで心臓の痛みに呻けば、悲痛な眼差しに呆れの視線が一瞬混じった、後、額に指で円を描かれた。
息ができる。宣誓が成った瞬間、かすれた視界が元に戻って、黒い棘がウルクフ女史の体中に巻き付ているのが『視えた』。
それはパスをつないでも干渉できない『束縛の棘』であり、自己で誓った身命宣誓そのものだ。何を誓わされたんだこの人は!
宣誓の要がわからなければ、誓いは破棄できない。誓約が存続しているのであれば。想像以上に、時間がない。
俺が制約の条件を知った為に無条件で発動した罰則は、どちらかの記憶を消去しなければ、蝕みが悪化して今のこの人を食い殺す。死んだあと、情報を復元する間、記憶の統合をとるために『この棘は俺を殺すだろう』。
死を覚悟して三日は院に来ないでくださいと念話で伝えられて、このままで終われるわけがない。
愚者の鎖を切ったとあらば、最後に残るのは譲り受けた一つ目のチケット、『空白の概念』であった。
慣れた様子で苦痛を受け入れたウルクフ女史の器を持ち上げ、問答無用でウルクフ女史の頬を片手で掴んだ。
吃驚して見開いた眼に影を落とし、額を重ね、反対の左手で背中に手を這わせて、願いに呼応した『空白の概念』を起動する。首を切った傷から血液を霧化して彼女の首に触れながら、ただ一言、責任をとると述べれば、ウルクフ女史が辛そうに首を横に振る。
「惜しんでくれるならば、少しだけ時間をくれないか。」
「……、何を、」
「こうする。」
目論見通り干渉を感知させただけで黒い棘が俺の心臓を『刺』してきた。そのまま抱え込んで離れなくすれば、即座に悲鳴と抗議の声が上がるが声も棘も無視。
最高潮の苦痛が消えて即座に身を起こしたウルクフ女史の精神力の強さに舌を巻きつつ、波長を添えて求めれば、今度はウルクフ女史から額を再び重ねてくれる。
許可をとると、そのまま此方の指をウルクフ女史の首の回路を通して突入させた。幽体化して首を抑えたために心身共に握っている状態だが、……俺に散々説いた癖に、この人自身が無防備が過ぎるんだけど?。とはいえ本気で慄いているが、受け入れられた。まじでゴメンナサイと謝罪をこぼしながら心臓に触れると、激痛が走ったようにウルクフ女史が眉を寄せた。互いに額を合わせて、『眼』で回路を開いた。
記憶を抜いても、器が情報を保全しているなら制約時の契約対象の星色の構成は残っているはずだった。案の定、感知して起動した防衛網からジャミングして情報を引っ張り上げれば、撹拌した情報の波にウルクフ女史が呻く。君は視える人だったな、と確認を成して、再構成した情報の星色を提示した。ウルクフ女史の顔が引きつっている。星色を見ただけで、もう誰かわかったのだ。受け賜わった『空白の概念』を使い『束縛の棘』に『固定』を成すと、ウルクフ女史の手首を取る。彼女の貌は困惑と恐怖に満ちていた。
俺は一度瞼を閉じると眼の権能を消して真直ぐに見つめた。
「君が信じられるならば、その情報を渡してくれないか。等価に痛みが伴うが、以後、君は自由になれる。」
『束縛の棘』が荒れ狂うように表層と回路の呪いが暴れまわっているが、こちとら十日以上異常状態と一緒に大戦中も生き抜いていたので全然耐えられる。よゆーだよ、よゆー。まだ耐えられる。やっぱ嘘超痛い。こんなのに耐えてたとか正気か、と辛すぎ半分呆れて見下ろせば、両手で頬を包まれる。
「……次は?」
「身命を。」
彼女の解析した『身命宣誓』を念写して記し、解析を掛けて誓約自体を改変をした。はたから見れば球体型の金色の光体が真っ黒に染まった後、新緑色に切り替わって視えるはずだ。そうして呪いの対象を俺にすり替えれば、黒閃が走ってはウルクフ女史の棘が全部俺の心臓に吸い込まれる。歯を嚙み結ぶ。立方体パズルの面を崩すように新緑色の魔力を内側で走らせれば、黒い棘は回路の内側で全て粉々になった。問題は、この次だ。
大厄災の呪いは対消滅を恐れている。存在そのものを忘却させる手段そのものを探している。大厄災の呪いは、情報を獲得すると、構成した素を再構成する陣を作る。この時、陣に必要な要素と条件が満ちなければ、それを求める傾向にあった。
この永劫回帰の呪いの構成は隻と陣の呪い。この呪いはずっと、俺を抹消しようとした隻の『弾丸』を作ろうと、大本を探しまわっている。それはひどく無差別で、今も尚、俺の中に、ありとあらゆる『敵意』と『真意』を乗せた術式であれば、なんであれと食おうとするほどに。
身命宣誓も『真意』の呪いの一つだ。永劫回帰というならば、あらゆる術式も宣誓も、呪いに変えてしまえば食えるのではないか?
空白の概念を燃やすと、一瞬でウルクフ女史は白焔に包まれた。バチバチという音が響いて、白群色の光と赤い閃光が迸っている。
虚脱した状態、ウルクフ女史が身に起った変化に苦痛に顔を歪める。蓋をして覆い隠していた本当の呪いが彼女の中にあるのだ。
ウルクフ女史が縋る様に自身の白衣を握りしめた。激痛で汗を流している。根が深すぎる、と申し訳ないが俺の理力を走らせ、解析した為に掌握できるその概念を防衛機構ごと引き寄せれば、ウルクフ女史が咄嗟に口元を抑える。
「っいっ!」
「失礼。」
悶えるようにもう片方の手で胸を押さえるウルクフ女史の体を抱きとめると、数秒して彼女の周囲が蜃気楼のように歪んだ。これが警鐘の大本だ。ウルクフ女史を守る様に出現した赤い霞が周辺を水面を象り、彼女の器越しにやって来た鋭い赤い棘が槍のように飛ぶ。当然、俺の肩に突き刺さり体を貫通するが、端から黒ずんでいったところで、さらに危険を察知して別の色の槍が連続して体を貫くが、もう遅い。属性の相殺を成してがっちりと外れぬように固めると、次を予期した永劫回帰の呪いが咄嗟に盾を張った。
「……まってっ!」
「待たない。」
血を垂らしながら呪いと化した宣誓を咀嚼した瞬間、赤い棘が薄氷が割れるように粉々になった。代償に心臓が燃えるように熱いが、さすが永劫回帰の陣。胸を貫こうとした瞬間、黒い霧が守護するように胸の内側を象った。でもこいつ、ご丁寧に心臓しか守らなかったな。
外に出れず、徐々に分解されていく構成物が手のひらから落ちる。永劫回帰の呪いが咄嗟に俺を守るほどの耐性をみせた術式の正体は、豆粒ほどのちいさな蛇を模った銀色のアーティファクトだった。
「はは、俺に乗せた紋章もこいつもウロボロスったぁー趣味が悪い」
「なにこれ、ちょ、ガゼットさんえっ」
血の霧で纏ったウロボロスをかみ砕けば、置換した瞬間煤へと変わった。俺の血の陣の術式、血の因子の点間と置換だもの。作動する前に構成する要素そのものを木っ端みじんに細胞を立体パズルの整列のごとく入れ替えてすりつぶしてやったわ。
口から紫煙の如くくゆらせると、黒い靄が宙を舞う。それは一度頭上を旋回すると、俺の器の中へと吸い込まれた。心臓が焼け付くように熱を持つので。あ、これ直に吸収しちゃったかも。
首を押さえて心臓の熱に悶えていると、肩で息をするウルクフ女史がまだ辛いだろうにこちらの二の腕を支えにして起き上がる。俺に即座に治癒の術式を稼働させた。動く気力も吸い取られて、慌てて支えられる始末である。不甲斐なくて面目ない。こいつ燃費が悪すぎる。椅子を支えに左腕を体幹を維持すればウルクフ女史が困惑しきっている。
「な、……何をしたの、ガゼットさん」
「君の宣誓を呪いに転じて式を完全に掌握した。もう君の中にはない。」
「掌、握?」
「奪取ともいう。」
君は自由だ、と告げて、血だらけの俺の足の上に座り、呆然とするウルクフ女史に笑ってやった。そのまま仰向けにぐらりと倒れる。床にぶつかるまえにウルクフ女史が慌てて風を起こしてくれたが、やわらかく降ろされたにもかかわらず、背中に激痛が走った。思わずか細い悲鳴を上げてしまって、慌てて頬に手を添えられて涙が出ちゃう。
「ど、どこが痛いの!」
「全部痛いけど、大丈夫。ほんとだいじょうぶ」
「駄目だよ、全然大丈夫じゃないよ!!!」
すっっっごく痛っっい。赤霧の残滓でこの威力。こんなのさっき全回路で耐えてたとか、まじ?。黒い棘の何億倍も痛いよこれ。この人ほんと我慢強いにもほどがあるわ。とはいえず、安心させるべく笑みを作れば、ウルクフ女史の顔が一瞬で泣きそうな表情になった。
わー、急に器が冷えてきた。横に座り込むウルクフ女史が治癒術を稼働させてくれるが、もう指が動かない。
「が、ガゼットさん、死んだら死んじゃう?」
「死ぬ」
「だ、駄目だよガゼットさん死んだら駄目、死なないで!!!」
格好をつけたが、失血過多で気を失った。器の回路使えないの忘れてましたわ。
///
一月(九十日)患者を記録して分かったことは、生物が行う新陳代謝の免除を何かしらの魔法でしていること。多少の変動の後、理力が減る代わりに一定した筋力を保っていること。
魔術師や専門家の多くは戦場で長期任務に就く時、術式で代謝を変更する者が多い。それは一時的なものだが、必ず術式の栄養素を補給せねば成立しない。
「……術式が、生きてる?」
何度観測しても、異常は変わらず。触れれば通る治癒術の光だけが、静かにこの患者が生きていることを示すのみ。
急患の患者は放熱の後、気絶したように意識が途切れた。生命反応が落ちたことを察知。氷を投げ出すように慌てて近寄れば、触れる間近、本能が警鐘を鳴らして手を止める。
動かそうとして、さび付いたブリキのように意志に判して遠ざかりたがる体を無理やり動かせば、なにかの誓約に触れたのか、心臓と脳に走る神経痛。激痛を凌いで無理やり動かす。
「ガゼットさん、ガゼットさん!」
患者に即座に緊急治療を試みたが、意識が浮上していた時とは打って変わって完全に弾かれた。
無意識の阻害、次元規模の生歪、すこしの歪みを肉体を薄い膜で覆うように発生させて、此方に出てこようとしている何かを『誰か』がずっと阻害している。
体に少しでも触れれば、磁力のごとく弾かれる。
激痛もさらに痛みを増したが、ずっと長い付き合いなのだ、これぐらいなら耐えられる。
器具も処置も全部駄目。ならば院に嵌め込まれている干渉術を稼働させれば、一瞬の暗転の後に、踏み出した一歩が外の地面を踏んでいる。入ろうとすれば、次元が歪み、己の肉体が即座に別の門の外へ排出される。
この措置は院内が敵対勢力に掌握されたときに作動する緊急措置、まさかと思い、わかりきってもなお別の中継、優先事項を暗号を打ち込んで書き換える。地下を使って私室、治療室の中へと戻れば治療室の次元が歪み、まるで蜃気楼のようにぶれた歪から混沌の煤がにじみでている。
自身の加護がなければ即死。この治療室も次元規模の隔離への対処と、異常状態を一時的だが完全に無効化する結界がなければ、この病院は即時封印、もしくは消滅させられ、二度と使えなくなっていただろう。
あまりにも濃い瘴気に浄化の術を作動させれば、部屋の中で倒れ込んだ姿勢のまま動かせなかった人影がない。
駆け寄る様に中へ入れば、そこで初めて、患者が窓際に凭れかかっていることに気付いた。
「……ガゼットさん?」
あの人懐っこい笑みは無く、怜悧に研ぎ澄まされた瞳と瞼が、此方を見つけて静かに細まる。
患者、否、『何か』は振り返って立ち上がると、体を慣らすように稼働を確認した。
視線があった瞬間、すべての情報を抜かれた。脳を網羅されている錯覚を受けた。
激痛。いままでの比ではない、別格の罰則。魂を焼き爛れさせる様な歪な熱がちりちりと全身を走った。
緊急警報、救難信号、国への要請の手順を即座に稼働させようとして、そこで気づく。全部が阻害されて、自身の術式の一切が無効化されていることに。
加護以外一切が無効。ひりつく喉でわかることは、この結界を壊されれば、二度とこの国の土地を踏めなくなる。
『……、君は今、この者に触れてはいけない』
「あなたは誰」
『この者の守護を司るもの、託されたもの、そして形無き偶像の集合体』
対話が可能、理性がある。この波長の魂は患者のものではない。じっとりと濡れていく背中の衣服。おもわず胸の前、衣服を縋る様に掴みながら言葉を探る。
諭すように直接言葉を喋る言語は、一度も患者が発音したことのないこの国の言語。魂がふたつある?、……違う、間借りして中継器として利用しているだけだ。
「僕は、患者を救いたいだけ。なぜあなたは邪魔をするの」
『否、否、これは警告である。君の体への配慮である。』
「どういう」
『今、この者に触れれば君は壊れる』
「なぜ」
『君とこの者にむしばむ呪いが相反するものゆえ、君の宣誓に触れる禁則事項そのものだからだ』
「……、意味が、わかりません。」
『然り、然り。だがこれは事実である。君が望む自由を厭い束縛する禁則事項にこれは該当する』
「――っい……!」
『許せ許せ。尊き君よ、悪戯に苛む意図は無き。宣誓しよう。私は雁字搦めに堕されたその理由を理解せず。解を得ても忘却をすると、ここに誓おう。』
苦しくなった胸を押さえる。床に座り込んで扉に縋れば、足音なく近づいてきた男が腰をかがめる。触れようとして、触れれぬことを思い出し、片膝をついた姿勢でじっと此方を見守っている。
言葉を挟む間もなく宣誓が成されて、息がしやすくなった。狭められていた心臓と頭痛がようやく楽になったが、もう一度、禁則事項とやらに触れてでも、聞かなければならないことがある。
「なぜ、僕はあなたの体に触れてはいけないの?」
『自由を望む魂の誓約より、触れればこの世から一つの魂が消える。』
「……っ、僕は何も誓っていない!」
『然り、然り、君ではあらず。しかし今、この者に触れれば最後、君は唯一無二の理解者が消えることだろう』
言葉の意味を理解して、息をのんだ。前のめり、縋る様に近づいても、男は静か瞼を伏せるだけ。悲し気な表情だと思った。
「お願い、お願いします。僕にその制約の禁則事項を教えてください」
『直接『回帰』の呪いに触れるべからず、この者も器も卓越した術式があって、ようやく君の禁則事項を回避している』
「一歩間違えれば、僕じゃない誰かが死んでいたってこと?」
『然り』
「そんなの、どうして起こるの!?」
『君の代わりに掛けた代償が、あまりにも大きすぎる故』
「そんなの、それなら、何故僕に知らされていないの」
『記憶に残ればそれも禁則事項に触れる』
そんなの、相手だって雁字搦めじゃないか。
一人きりで抱え込んでまで、僕を守ろうとする人なんて誰かわかりきってる。
「僕がこのことを話したら、禁則事項に触れる。」
『是。』
「僕がガゼットさんの体に触れてはいけない条件がある」
『是』
「ガゼットさんの意識があるときは大丈夫」
『是』
「……、僕は患者を見放すことはできない。」
『尊き君よ、一つ賭けをしよう』
「賭け?」
『宣誓がある故君は動けず、宣誓がある故に君は生きている。代わりを見つけるまで、君はこの国を動いてはいけない。』
「……うん。」
『君がこの者を救ってくれたように、この者が君を制約から救ってくれるかどうかという賭けだ。』
「そんなの、ありえないよ。できるはずがない。何人も僕を助けようとしてくれた人はいたけど、皆いなくなっちゃった。」
『ゆえに、賭けをしよう』
「……対価は?」
『望むものは一つ、君だけは、この者の本当の名を覚えていてほしい。』
「この賭けの記憶を知っていたら成り立たないよ?」
『然り。ゆえに、この記憶を賭けの対価に、私は君に対等の条件を求める為、賭け事の間、忘却を施行することを求める。要求は以上だ。此方の要求を呑んでくれる場合、君の望むもの知りたい』
「助けられる命を救いたい」
『ならば、この院に限り、私の力を割いて、呪いへの対処を司ろう。賭けが成立すれば、君はこの者に触れることができる』
最初からそうしてくれる気だったのではないだろうか、と目を向ければ、男は苦笑する。宣誓は成立した。そうしてようやく、伸ばすことのできた男の手が示される。
手を引かれて立ち上がると、眩暈がした。額に手を当てられて、薄い光の幕が徐々に球体を象っていく。薄い靄が思考を埋め尽くしていく。まどろむように沈む意識の中、手を掴めば握り返された体温。ふと、意識が落ちる最中、気配が二つある錯覚を受けた。撫でられる感触と共に、体の力が抜けてしまった。
『……君が望むままに動くといい。』
男は薄く笑うと、部屋の中に張り巡らされた術を模範して異常をすべて解除した。