知識も無いのにポケモン世界にチート転生したが何も面白くない 作:Imymemy
ポケットモンスターの世界に神様転生した。
心臓麻痺か何かで死んでしまったらしい俺は、神様を名乗る謎の光の球体と邂逅をして、異世界に転生することになった。
異世界に転生といっても名も無き中世ファンタジーの世界というわけではなく、ポケットモンスターというゲームの世界への転生だった。
だがここで問題がある。何を隠そう俺は『ポケットモンスター』を殆ど遊んだことが無かった。
ゲームのストーリーや登場キャラクターはほとんど分からず、辛うじて知っているのは、ポケモンと呼ばれる存在が野生の動物と同じように生息しているということ。そしてそのポケモンを使役して戦わせること――ポケモンバトルを行っているということだけだった。
いわゆる原作を知らないと神様に話したところ、呆れた様子で「別に原作を知らなくても死ぬわけじゃない」と言われてしまった。
自身の記憶が残ったまま転生ができるという何物にも代えがたい恩恵を受けるということもあって特に不満は無いのだが、出来れば知っているゲームの世界に転生したかったものだ。
「転生と来たらチートだろ? 何が欲しい?」
続けざまにそう尋ねられたのは転生特典、いわゆるチートについてだった。そんなものは要らないと伝えても笑って「それはできない」と返される。
悪趣味な気がしないでもないが、貰わなければならない、どんなものでも出来るだけ願いに沿って聞き入れるということもあり、俺は少し考えてから欲しいものを答えた。
「自分ではなくポケモンを使って戦う、か。それなら『ポケモンバトルの才能』が欲しい」
「『ポケモンバトルの才能』、そういう詳細な指定の無い『才能』とか『技術』って言うのは良くも悪くも僕ら転生をさせる側の匙加減一つで大きく変わってしまうんだ。本当にそれで良いのかな?」
そんなことを言われて、少し考えてから頷いた。
この時は本当に何も考えていなかったと反省する他なかった。
俺の失敗は二つ。一つ目は貰えるものを『才能』にした上で、それに何も細かい条件を付けなかったこと。二つ目は『ポケットモンスター』の世界が自身の考えている以上に『ポケモン』や『ポケモンバトル』に依存しているということだった。
「君のお願いは聞き入れた。君はポケットモンスターについてあまり知らないようだから君のお願いを『僕の裁量で』反映させても問題無いかな?」
「……? えぇ、まぁ。お願いします」
そうしてこうして、気づけば俺は生まれていて、物心ついたときに色々と思い出したという事だった。
カントー地方のトキワシティに住み、6歳になった俺はトレーナーズスクールという場所に通うことになった。
ポケモントレーナーと言うのは割と一般的な趣味、職業? らしく、こういったスクールが存在するのは別に不思議な話ではないようだった。
「ウィン君、何やってるの?」
スクールでの休憩時間、校舎入口の前に大きく設けられたグラウンドの隅っこで俺はぼうっと木の根元を覗いていた。
他の生徒たちは年齢関係なくグラウンド上でポケモンたちと戯れており、つねに楽しそうな声がグラウンドの隅っこにまで聞こえてきていた。
ウィン。今世でそう名付けられた俺に話しかけてきたのはちょうど同い年の女子生徒で、たしか名前はアキと言ったはず。
「アキちゃん、だっけ?」
「わあっ、覚えててくれたんだ! ウィン君は何をしているの? みんなと一緒にグラウンドで遊ぼうよ!」
可愛らしい笑顔で見るからに暗い子供の俺を誘ってくれるなんてとてもいい子だと思った。だけど精神年齢的にも他の子供に混じって遊ぶことは耐えられないし、別に一緒に遊びたいとも思わなかった。
「ビードルを見ていたんだ」
「ビードル? わわ、虫ポケモンだっ!?」
俺とアキの視線の先には、丸くなった黄色の体表を持つ巨大な芋虫が木の根元で寝ている。カントー地方では別に珍しくも無いポケモンで、トキワの森に潜ればいくらでも見つけることが出来るだろう。
ただ街中にいるポケモンとしては珍しく、アキもそこまで見たことが無かったようで、驚いた様子で尻餅をついて茫然とビードルを見つめていた。
「この子がどうしたの?」
「……いや、気持ちよさそうに寝ていて、気楽に生きていそうで羨ましいなぁって思ってね、見ていたんだ」
「あはは、ウィン君っておじいちゃんみたいね! ……でもこの子、多分そんなに気楽に生きているわけじゃないと思うわ」
アキはそう言って、眠っているビードルを指差した。
「虫ポケモンってたいてい生態系の下の方にいるから、気を抜いていると鳥ポケモンとかに食べられちゃうのよ。この子は確かスピアーの進化前……群れから離れちゃったのかもしれないね」
「食べられる……」
巨大な黄色の芋虫と文面上では気持ち悪い感じが出てしまうが、実物はそんなことは無く、どこか愛嬌のあるマスコットキャラのような見た目をしている。
尻についている毒針は確かに危険だが、この世界の人間がビードルに刺された程度ですぐに死ぬわけではない。
つまるところ、あまり危険ではなく、可愛らしいこういったポケモンでも無慈悲に捕食されることがある、という事に俺は恐怖を抱いていた。
「ポッポと戦ったのかしら、ついばまれた痕が幾つもあるね。もし戦いに負けたら食べられちゃうんだろうな」
「戦いに負けたら食べられる……」
転生前後でやはり考え方や倫理観といったものの違いを感じる。まだ発達しきっていない社会の所為だろうか、ポケモンも人も平等に命の価値が軽く見えてしまう。
ビードルの未来を夢想して、少し悲しくなった俺はその場から立ち上がった。ビードルも俺がいきなり立ち上がったことに反応して起き上がり、そのままどこかへ去っていった。
「……ごめん、アキちゃん。行こうか、次の時間はポケモンバトルの実践だったよね」
「うん! ウィン君はポケモンバトルが好き? 私はお父さんがジムトレーナーでね――」
「10歳になるまで個人でポケモンを持つことはできません! ですので、この授業でポケモンバトルをする際は、スクールで所有しているポケモンを貸し出ししてバトルを行います!」
メガネを掛けて生真面目そうな雰囲気の先生はそう言って、台に並べられたモンスターボールに手を向けた。
「入っているポケモンは全てランダムです。ある程度レベルの調整はされていますが、個体差は出てしまうので、ここでは勝ち負けを気にせず、
ポケモンを収納しているモンスターボールを渡されたので、周囲がやっているようにボールの開閉ボタンを押し込んでポケモンを出してみる。
ボールがパカっと開いて光を放ち、そして中から出てきたのはビードルだった。
「ビードルだって…?」
生態系底辺のポケモンが出て来るとは俺も運が無いな、周囲の生徒たちはポッポやらオニスズメやら、ヒトカゲ、ゼニガメ、フシギダネ、ヤドン、シェルダー、キャタピー、イシツブテなんかもいる。
「ポケモンを出すことが出来たら二人組を作ってください、その相手とポケモンバトルを行います」
二人組を作る!? 勘弁してくれよと心中で悪態をついていたところ、先ほど話しかけてきていたアキという少女が近寄ってきた。
「ウィン君、一緒に組もう?」
「……うん」
彼女がボールから出したのはポッポだった。
キャタピーやビードルを食べるような鳥ポケモン。戦意は十分なようでこちらを睨みつけてる。
対する俺のビードルは所在なさげに周囲をキョロキョロ見渡していて、トレーナーである俺を模倣したようにも見える。
そんなビードルと目が合う。被捕食者の瞳だった。『おくびょう』と言った所か。
「……死ぬわけじゃない。頑張ろうな」
俺の顔を見て、俺の言葉を聞いたビードルはコクリと頷いた――ようにも見える。所詮虫ポケモンなので感情の機微を俺が理解することは出来ない。
「いくよ、ウィン君!」
「うん、大丈夫だよ」
「行け! ポッポ!」
「行け、ビードル」
飛び上がったポッポが一直線にビードルに向かって突っ込んでくる。テレビで見た有名なポケモントレーナーのように細かい指示が出来るわけでもないのでこれが正しいのかもしれない。
俺は何が正しい動きなのか分からなかった。
だが口から出てくるのは冷静な命令だった。
「ビードル、『いとをはく』」
指示を聞き入れたビードルが直線的に向かうポッポに対して大量の糸を吐きつける。
「回避して!」
「逃げ道に『どくばり』」
糸を避けようと上に飛んだポッポの退路を塞ぐようにビードルの尾針から放たれた『どくばり』がポッポに突き刺さる。
「ポッポ! かぜ――」
「『いとをはく』、風を回避して『むしくい』」
怯んだポッポにビードルは糸を吐き出して動きを拘束させる。そんな状態ながらも『かぜおこし』で必死に攻撃を行うポッポに対して、ビードルは機敏な動きで技を回避して空中に跳ね上がった。
「ポッポ! 避けて!」
彼女の指示は遅かった、いや、子供ながらにしては早かったのかもしれない。ただポッポの喉元に食らいつく寸前の命令は遅すぎた。
回避を行おうにもポッポは毒針と糸によって動くことができず、ビードルの攻撃を受け止めることしかできなかった。
拘束状態のまま『むしくい』を受けたポッポとそれにしがみ付くビードルは地面に落下した。だがポケモンの体力はまだ残っている。
「毒針と糸で弱らせろ、拘束から逃すな」
「ポッポ! 動いて! 『かぜおこし』! 『たいあたり』!」
彼女の懸命な呼びかけにポッポは満足に応えることが出来ない。毒に侵された状態のまま糸でグルグル巻きになったポッポは蜘蛛に捕えられた蝶のように見えた。
体力限界までポッポを弱らせるとバトルが終了した。本当にあっさりとしたもので、勝ったことに対して感動とか興奮といったものは無かった。ただビードルが様子を窺うように俺を見上げていたのが少し印象的だった。
「勝負はついたようね。アキちゃん、指示はちゃんと出来ていたし判断も悪くはなかったわ。あまり気を落とさずにね」
「でも私、パパがジムトレーナーで……」
「パパはパパ。アキちゃんはアキちゃん、でしょ? 徐々に強くなっていけばいいわ」
「……はい。ありがとう、ございます」
先生はアキにそう言った後、眼鏡を直して俺の方へと振り返った。少し驚いた表情を浮かべた先生にモンスターボールを返すと、少し言いにくそうに話し始めた。
「……ポケモンバトルは初めて?」
「はい。今日が初めてです」
「そう。とても良かったわ、指示も的確で冷静、そしてとても――いえ、ともかく、初めてというには信じられないくらい上手な戦い方だったわ。才能がとてもあるのかも」
「……ありがとうございます」
それだけ話すと別の生徒のところに向かった先生を後ろから見送り、アキという少女の方を向いた。
彼女はもう意気消沈といった様子で、涙ぐんで目元を濡らしたまま俺に話しかけてきた。
「私に勝てて嬉しい?」
「……え、いや、その」
「馬鹿にしてるんでしょ! ジムトレーナーの娘のくせに弱いって!」
タガが外れたように俺に向かって叫び出したアキに周りの生徒たちは一歩離れた様子で見ている。
先生たちも何事だと様子を見ているが、ポケモンバトルをした後に喧嘩が起きるのは珍しくないことなのか特に何も言っては来なかったが、叫んでいた彼女が俺の服に掴みかかったのを見て慌てて止めてきた。
結局言葉にならない言葉を吐いて泣き続けているアキに対して、俺は何もすることはできなかった。
ポケモンバトルの才能。やっぱ必要なかったかな。