知識も無いのにポケモン世界にチート転生したが何も面白くない   作:Imymemy

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やまおとこ

「あぁくそ、ドロドロだ」

 

 ズバットの体液まみれになった俺はもう最高に不快な気分に変わっていた。ちょっと良いことがあればこれだ。世の中はよく出来ているよ、幸運を帳消しにするように不幸な出来事は現れる。

 

 そこらに転がっているズバットを避け、フラつきながらも落としてしまったバッグを背負う。血は多少出ているし、心なしか疲れてしまっている。『きゅうけつ』か『すいとる』、その辺りの攻撃によってエネルギーでも吸われたのだろう。

 

 とはいえ俺は転んでもただでは起きない、一応目標にしていたズバットを捕まえることに成功したのだ、決して最悪ではない。

 

 とにかく早くこの洞窟を抜けてしまいたい。カメールの方は全然問題ないはずだが、ズバットは完全に『ひんし』の状態で捕まえてしまったので、面倒なことにさっさとポケモンセンターに放り込まないと死んでしまう。

 

 今からでも捨てて新しいポケモンを捕まえたい気持ちはあるが、モンスターボールっていうものはどういうわけか精密機械の一種らしく、一度ポケモンを捕まえてしまうと他のポケモンが入らないようになっているのだ。

 

 そして新しいボールを無駄に買う余裕は俺にはない。旅をするってのは大変だ。

 

「……まだまだ先、か」

 

 おつきみやまは広大な山だ。山道から行くと何時間も掛かってしまうし、洞窟内を選んで進んだとしても山道より若干疲れずに到着できるくらい。つまりどちらにせよハナダシティに到着するには中々時間が掛かってしまうのだ。

 

 

 

 1時間も歩いていると、洞窟内でトレーナーに遭遇した。自分のことを『やまおとこ』と自称する大柄な男で、ズバットの体液やら何やらでドロドロの状態のまま歩いている俺を見て驚いた様子で駆けてきた。

 

「おい、おい、大丈夫か?」

「あー、大丈夫です」

「馬鹿を言うな、大丈夫なわけないだろ!」

 

 『やまおとこ』は自身の背負っている巨大なリュックから清潔なタオルや救急キットを取り出すと、その場で軽い応急処置をしてくれた。

 

「この噛み跡はズバットか、ポケモンはどうした?」

「一応持ってますよ、それで戦いました。ただちょっと量が多くて」

「運が悪いことにズバットの群れに、か。なるほどな。よし、最低限の治療は終わったぞ」

「……ありがとうございます」

「礼には及ばんさ。ただハナダシティに着いてから病院に行った方がいいな」

 

 リュックの中に汚れたタオルやら使用した救急キットをしまいながら、『やまおとこ』はそう言った。金が無いから無駄に病院に行きたくないんだよ! という気持ちは飲み込んで、軽く笑って済ますだけにする。

 

「はは……そうですね、ありがとうございます」

「救急キットなんかはどうしたんだ? 見た感じスクール出たてか、何かだろう? 旅にそういった治療用の道具は必要だって聞かなかったか?」

「えーっと、聞きました……」

「横着でもしたのか? ハナダシティに行くのならついでに買うべきだな」

「は、は……そうですね」

 

 金がないんだよ。とは、最後までなけなしのプライドから口にすることは無かった。本当に最低限の荷物で旅に出たので、そういったものは行く先々で調達する予定だった。とはいえ旅序盤からこんなことで挫かれるとは思いもしなかった。

 

「本来ならポケモンバトルを挑みたいところだが、そんな状態のトレーナーに挑むのは流石にな」

「あぁー……ありがとうございます」

「本当なら一緒にと言いたいんだが、私はニビシティ方面に向かうのが目的でな」

「大丈夫ですよ、治療ありがとうございます」

 

 軟膏やら何やらを無償で使ってくれた相手に何も文句があるはずもない、感謝の言葉を言いながらフラフラと立ち上がり、それから歩き出そうと視線をハナダシティへの道のりへと向けた。

 

「あぁ、君。この先、ロケット団と名乗る迷惑な輩がいるから、気を付けて進みなさい。弱そうな相手だと見たら強気に出てくる。トレーナーと名乗るのもおこがましい連中だ」

「はぁ……ありがとうございます」

 

 『やまおとこ』もそれだけ言うと、手を振りながらニビシティの方へと歩いていった。いや本当にいい人だった。それにしてもロケット団、ロケット? なんの話をしているんだか最後の言葉は全く理解できなかった。

 

 

 

「うそだろ」

 

 いや、『やまおとこ』の言っていることは嘘ではなかった。胸に「R」という文字をデカデカと表示させたスーツ? 服を来たどう考えても怪しい二人組が洞窟の道を塞いでいる。

 

 洞窟という関係上もあって回り道は不可能だし、二人組の視線を避けて道を抜けるのはどう考えても出来ない。少なくとも何かしら因縁を吹っ掛けられそうな気配がある。

 

 何も言わずに見逃してくれるのを願うしかないと、一歩、二歩と二人組に近づいていく。

 

「ん?」

「お、なんかきたぞ」

 

 二人は俺が来たことに気づく。結構近寄るまで気づかなかったのは、暗い洞窟内だからだろう。

 

 そんな二人は軽薄そうにヘラヘラと笑ってこちらを見ているが、どちらもまだ若そうな容姿をしている。20代前半くらい、上下とも殆ど真っ黒な服装をしていて、それ以外は白い手袋を付けて、白いベルトを腰へと巻き付けている。ベルトにはモンスターボールが設置している。

 

「……通してもらってもいいですか?」

「はは、俺たちはロケット団って言うんだ。聞いたことはあるか?」

「聞いたことくらいはあるだろ!」

 

 俺に話しかけているのだろうが、そんなのおかまいなしに二人でも話をしている。俺が知らないと告げると、ジロリと俺の身体を上から下まで見てくる。

 

「なるほどなぁ。俺たちロケット団はな、言っちゃうと、悪いことをしてお金を稼ごうって考える悪い組織なんだよ」

「まぁまぁそんな感じ、俺らはいくつか目的があってここに来てるんだけどさ、その一つがポケモン集めってわけよ」

「はぁ」

 

「それでよ、君のポケモンも、俺らにくれねえか?」

「ポケモンをくれたら何もせずここを通してあげるんだけど」

 

 やはりロケット団と名乗る二人組はそう言って、腰に下げたボールを持って、じりじりと詰め寄ってくる。ロケット団という名前は確かに聞いたことがあるが、こういう集団なのか。

 

 どんなに悪いことをしていると言っても、ポケモンを欲しがっているとだけ聞くと途端に陳腐に見えてくるし、あまり怖さを感じない。

 

「ポケモンを渡すのは嫌です」

「はぁ? なるほどな。じゃあ、強引に貰っていくしかねえな!」

「クソガキがよ!」

 

 二人とも持っているボールは一匹のみで、同時に出してくる。カントー地方ではあまりしないらしいが、別の地方に行くとダブルバトルが盛んな地域もあるという。彼らもそういう考えなのだろうか。

 

「ラッタ!」

「ズバット!」

「……カメール」

 

 洞窟内に3匹のポケモンが出揃った。相手のポケモン2匹はどちらもレベル20に到達していない。弱い相手しか狙わないのはポケモンのレベルが低いからか?

 

「おいおい、1対2で勝てると思ってるのか!?」

「ボロボロのガキがカメールを持っているなんて、ツイてるぜ、なぁ!」

 

 ロケット団の二人は同時に自身のポケモンへと攻撃を命令する。それに対して俺もカメールに命令を行おうと自身の手持ちへと視線を向ける。

 

「ラッタ! 『ひっさつまえば』で甲羅ごと噛み砕け!」 

「ズバット! トレーナーに向けて『ちょうおんぱ』だ! 命令をさせるなよ!」

 

 ラッタが猪突猛進で向かってくるのに対して、ズバットはこちらに向けて『ちょうおんぱ』を放ってくる。攻撃指示の予想はついていたが、俺に直接攻撃とは驚いた。俺は反射的に耳を抑えて攻撃を防ぐ。

 

「ぐっ……」

「はははっ! 行け、ラッタ!」

 

 二人のロケット団は決して攻撃を止める気はない。彼らの考えからすれば、これもポケモンバトルということなのだろう。これが彼らの常識ならばそう言うことだろうし、トレーナーに攻撃が飛んでくるのはただのバトルであっても同じこと。だから直接攻撃するのもその延長線にあるものでしかないのだろう。

 

 戦いに負けたら食われる、殺される。そう言ったことが当たり前だからこのようなことも出来るのだろうか。この二人がどういう考え方やカルチャーといったものを持っているのかは聞きたいところだが、聞いても理解できないかもしれない。

 

 そう。結局のところ俺も同じように、郷に入っては郷に従うしかないのだろう(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「カメール、『みずのはどう』でラッタを返して、『みずでっぽう』で左のトレーナーを狙え」

「カメッ!」

「な!?」

「耳を防がない!?」

 

 カメールは俺の指示が通るまで何もせず待っていたようで、指示を受けた途端、直線的に走ってきていたラッタに対して『みずのはどう』を撃ち放つ。ラッタは正面からそれを受け止めてしまい、衝撃によって転がりながら吹っ飛んでいく。

 

 それから『みずでっぽう』を左の、ラッタに命令を指示していたロケット団の男に向けて撃ちだすと、飛んでくるとは思いもしなかったのか、無防備なままの右肩に直撃した。

 

「ぎ、がぁっ……くそが、くそがきがっ!」

「な、オイ……! お前――イカれ野郎がっ! ズバット、奴へと『かみつく』だ!」

 

「下手くそか、狙うなら足か腰だろ。カメール、ズバットに向けて『みずでっぽう』」

「か……カメッ!」

 

 俺からの叱責を聞いて慌てた様子だったが、次の命令を聞いて気を取り直したカメールは、俺の方に向かってきていたズバットを『みずでっぽう』で叩き落とし、そのまま追撃として『アクアテール』を撃ち込んだ。

 

 地面にすらヒビが入るほどの一撃をそのまま受け止めたズバットは、きぃきぃと弱々しい声を上げながら地に落ち、もがくだけになっている。それを見た右のロケット団は悲鳴ともつかない声を上げながらその場にへたり込んだ。

 

「あ、あぁ、ああっ! ま、待ってくれよ! もう俺たちはポケモンを持ってないんだ!」

 

 元気な方は必死に俺を止めようと声を出しているが、俺はそれを無視して転がっている危なそうな状態のロケット団の様子を見る。

 

「あー……大丈夫そうですね?」

 

 この世界の人間は相当頑丈で、元の世界だと超人と言われるような人間も少なくない。そもそも昔はボールも無しに生身でポケモンと接していたとかいう歴史だってあるのだ、丈夫でなければそれこそ人類が絶滅していただろう。

 

 骨が折れた男も荒い息で右肩を抑えているが、命に別状があるようには見られないし、病院に行って一ヶ月もすれば問題ないくらいになるんじゃないだろうか。(カントー地方の医療技術はあまり知らないが)

 

「はぁ、はぁ……な、なんで……」

「……はい?」

「なんで……『ちょうおんぱ』が、効かねえん、だ?」

 

「――あぁ、慣れました」

 

 

 

 もう一人いたロケット団の男は、抵抗する気はなさそうだったが、才能チートのおかげで敵意があると視界の端にチラついているのが見えたので、念のため片足をカメールに折らせておいた。

 

「戻れ、カメール」

 

 カメールをボールへと戻し、その場に倒れて転がっている二人をチラリと見て、癖になりつつある溜息を飲み込んだ。溜息をすると幸せが逃げていくというし、今回はとても善良な『やまおとこ』というトレーナーに会えたから幸せなほうだ。

 

 そろそろ出口らしく、歩いていると洞窟内が明るくなりつつあるのが分かった。

 

 結局のところ、トレーナーとは3人しか会う事はなかった。おつきみやまは何だかんだ危ないところだし、そんなにトレーナーがいなくても不思議ではないのかもしれない。

 

 おつきみやまの入口に向かうまでの道中にはトレーナーがいっぱいいたし、きっとそう言う者たちは後から来るんだろう。ハナダシティ側からトレーナーが来ていないのは先ほどのロケット団の影響か?

 

 今回のことは悪いことではあったが、逆に良いことと考えられなくもない。野生のポケモンに命を狙われ、ロケット団を名乗るトレーナー二人によって危ない目に遭う。ガイドブックの中では確かに危険があると書いていたが、見ただけなのと経験するのでは大きな違いがある。

 

 危ない目に遭ったことは教訓として、これからも似たような危険があると思っていれば何も問題はないわけだ。子供たちに旅をさせようとする理由が何となく分かってきたかもしれない。たしかに学ぶことはいっぱいあって、良い出会いもあれば悪い出会いもある。これが旅の醍醐味なのだろう。

 

 しみじみとしながら歩いていると、ようやく出口が見えてきた。街に到着したらポケモンセンターに向かって、取り敢えず個室が使えるか聞いてみよう。シャワーも入りたいし、お腹も空いたし、そういえばポケモンも治療しないといけない。

 

 ハナダシティまであとちょっとだ。

 


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