知識も無いのにポケモン世界にチート転生したが何も面白くない 作:Imymemy
「孤児?」
「……はい、あんまり、その、言い触らしてほしくはないんですけど……」
アキという少女、まだトレーナーになりたての未来ある若者だ。そんな彼女はとても言いにくそうにポツポツと、少しずつではあるが、語ってくれた。
「勿論だ。君はおそらく俺を信用してくれているからこそ、教えてくれているんだろ?」
「……はい」
ジム挑戦者としてニビジムに訪れた彼女と出会うことが出来たのは何かの縁だろう。彼女が先に来ていたとしたらこの話を聞くことはなかったはずだ。
「タケシさん、その、本当ですか? ウィンがここを突破したって……」
「ああ。ポケモン一匹に完敗してしまったよ」
「う、そ、そんな……」
アキもジムリーダーである俺に挑戦してきたが、いくら弱いポケモンとハンデを渡したとはいえ、そうやすやすと負けてしまってはジムリーダーなんてやっていけない。だが彼女の実力は相当のもので、ある程度ポケモンが育てば負けてしまうだろう。
そんな彼女のトレーナー資格を確認した際、トキワシティ出身であることが分かったところから違う形で彼女と話をする機会が生まれた。
「それで、その孤児というのは? 最近になって孤児院に? それとも生まれてからすぐ?」
「あ、いえ……たしか、2歳から3歳くらいって言っていたのを聞いたことがあります」
2歳から3歳。最近になって両親を亡くしてしまったということであれば、確かにああいった暗い子供になってしまってもおかしくはない、しかしその年齢でとなると――
「ご両親が亡くなってしまったとか、そう言った話は?」
「……あ、海難事故で亡くなったとか――」
「海難事故?」
「はい、あ、でもこれはウィンに確認したわけじゃなくて、そうだって言っているのを孤児院に行ったときにチラっと聞いただけなんで……」
「孤児院に行った……か」
「あぁいや! 別にその、あれですよ! ポケモンバトルが授業の日にあまり出たがらなかったり、そういうのがあったので何しているのかなとか、あ、プリントを渡しに行ったりですね、友達も殆どいなかったんで私がいないときはなにしているんだろうなとか」
「……なるほど」
彼女が慌てて取り繕っているのは目を瞑るとして、そうか、事故――。それにポケモンバトルをやりたがらない、か。
「彼はポケモン、いやバトルが嫌いだったのか?」
「え、あ、えっと……好きではなかったと思います。最初の方はちゃんと出ていたんですけど、途中からポケモンバトルに関する授業には殆ど出ていなかったので……」
トレーナー資格と言うのは別に、ポケモンバトルが上手くなくても取得することができる。結局のところポケモンを持つ資格があるかどうか、つまりポケモンバトルに関して殆ど知らなくても資格を手に入れること自体は出来てしまうのだ。
それにしてもウィンはポケモンのタイプ相性を知らない様子ではなかったし、ポケモンへの指示はつねに冷静で正確、相手のポケモンが使用する技も何となく知っている風だった。決して無知ということはないはず。
「……なぜ彼は途中から授業に出なくなったんだろうか、何か切っ掛けになるようなことは?」
そう尋ねると、アキは表情を暗くして俯いてしまう。なんだか悪いことを聞いてしまったようで、今までと打って変わってとても言いづらいという雰囲気を出している。
「……初めてポケモンバトルをした日に私が負けて、その、彼に――」
「い、いや、もう言わなくて大丈夫だ。ありがとう。辛いことを聞いてしまったね」
「それからずっと私たちも先生も、誰も彼に勝てなくて、きっとポケモンバトルが楽しいって思わなかったんじゃないかなって。全部私の……」
慰めることをどれだけ言っても恐らく意味はないのだろう。しっかりとした意志を持つ彼女はきっと他人からの慰めの言葉を必要としていないし、それ以上に彼女は出来ることをしようと考えているのだろう。だから、こうやって会話をする機会を作ってくれた。
「……ありがとう、彼に対して多くの事を知ることができた」
「い、いえ! ……あの、なぜここまで彼に対して?」
彼女の質問になんて答えたらいいのか、俺には正解が分からなかった。ただ、自分が思っていることを素直に話すことが、彼女への誠意になると思った。
「……彼のポケモンバトルの才能は、俺が今まで見てきた多くのトレーナーの中でも飛びぬけて高いものだ。それは君が話してくれた彼の過去から、俺が負けた今に至るまでの内容で十分わかった」
「……はい」
「しかし彼は、善悪どちらに傾くか分からない、子供特有の危うさを持っている。彼ほどの才能を持つトレーナーが良くない道へと進んでいくのをただ見ているのは、しのびない。それが俺の正直な答え……かな」
「そう、です。しのびない……ですよね」
「あぁ。それに俺はジムリーダーだ、若いトレーナーを導いていくのも仕事の一つなんだ。彼でなくても、彼ほどの才能がなくとも、きっと俺はそうしたよ」
「……はい!」
彼女とはそれから少し会話をして、ポケギアの連絡先を交換してから別れることとなった。またニビジムに挑戦するのかと尋ねると、少し迷ってから首を振って否定をした。
「まだ自分の実力が足りないって分かったので、もう少し色々と旅をして、この子たちも、私も、成長してからもう一度挑みに来ようと思います!」
他の街にもジムはあるし。そう付け足して、彼女はウィンと同様におつきみやまへと向かうと言って出て行った。ジムの仕事が落ち着くまで待ってもらったので外はもう夕方前、きっと彼女はポケモンセンターかどこかへ泊って、それから向かうのだろう。それにジムを回る順番は自由だ、彼女の選択は間違いではない。
そして俺もやることをしないと、か。ウィンについてはもう少し調べてみないといけないが、それにしても海難事故の件――まだ赤ん坊の頃とはいえ年齢が年齢だ、記憶があってもおかしくない時期。どう考えても無関係と言い切れない。一度孤児院の方にも確認をするべきか。
ポケギアの電源を入れてカチカチと操作をしていく。目的の電話番号を見つけて、それからコールを行う。1,2,3と、たった3コールで出るとは、忙しい彼女にしてはだいぶ早い反応だった。
「……カスミか? あぁ、俺だ。タケシだ。ちょっと新人トレーナーの件で話が――」
■
おつきみやまから出ることに成功した俺は、何とも言えない達成感を持ちながら空を見上げる。まだ全然明るいが、もうしばらくすれば一気に暗くなってすぐに夜になってしまうだろう。
ハナダシティの様相はおつきみやまに出てからすぐに見えていて、少し遠くにはなるが決して今日たどり着けない距離ではない。到着できる可能性を潰して一日野宿で費やすのはまだ避けたかった。
というのも野宿をするための食糧、機材、準備含めて諸々が足りていないのだ。思い立ったが吉日と言うことで、サカキに言われたあの日から色々考えて、旅を始めると前々から決めていたのだが、逆に旅をすることを決めてしまったことで下手に住み込みの仕事なんかに従事することが出来なかった。
まだ10歳の俺が孤児院にいても大きな問題はないだろうが、少なくとも一人立ちを迫られているのは間違いがなく、あのまま孤児院にいる選択は取れなかった。
そんなこんなで住所不定(一応孤児院)無職、お金も荷物も最低限、年齢10歳のポケモントレーナーが誕生してしまった。住所と仕事を見つけて何かしようとしていたら旅をするタイミングを逃してしまいそうだったし、すぐに旅を始めるのは悪い考えじゃないと思ったんだけれども。
それこそゲームのように野生のポケモンや野良のトレーナーを倒してお金が貰えればいいのだが、そう都合よくお金を持ったポケモンが出てくるわけでもなし、トレーナーから所持金を奪い取るという鬼畜な所業を行うのなんてもってのほかだ。
大抵旅を始めたトレーナーはそう、事前にお金があるか、親からお金を貰いつつ旅をしているんだろう。スクールではアキも、それ以外の生徒も後者と似たようなことを言っていたし、多分間違っていないはず。
そろそろ暗くなってきて、ハナダシティに向かう道中のトレーナーは殆どいない。いたとしても野営の準備とか、ハナダシティに向かうトレーナーばかりだ。俺はそういったトレーナーを抜かしながら平地を駆けていく。おつきみやまを越えてきて体力がついてきたのか、まだまだ走れそうだった。
ハナダシティに到着をするとすでに夜の帳が下りていて、せっかく街の中に入ったのにどこもかしこも電灯や家、立ち並ぶビル群の明かりが点いているのみとなっている。
必死にポケモンセンターを探し出し、個室が空いていることを確認すると、二匹の入ったボールを渡して治療をお願いした。
「こ、この子……『ひんし』になっているじゃない!」
なぜもっと早く言わないのかと叱責されつつ、ジョーイさんは回復マシンへとボールを設置して治療を開始する。なんだか申し訳ないとは思いつつ治療は任せ、借りることのできた個室に荷物を置きに行った。
まるでホテルの一角のような廊下の配置になっており、所々にはジョーイさんとポケモンのラッキーが描かれたポスターが設置されていて、ポスターには『ポケモンセンターは清潔に使いましょう』と書かれている。
借りた個室は寝るのには困らない程度といった感じで、部屋の中にはトイレも無ければシャワー室もない。どちらも休憩室の所に設置されているので、そちらを使えということなのだろう。
「あれ」
「……どうも」
荷物を置いて部屋から出ると、ちょうど同じタイミングで部屋を出てきた一人のトレーナー……見たことのある顔――グリーンとばったり顔を合わせてしまう。目を白黒させて、どうしてここにいるのか不思議でならないといった様子だった。
「昨日ニビのポケモンセンターで出会った……ウィンだよな? なんでここに……」
「……それじゃあ」
「いやいや、待て待て。もしかして昨日の内にニビジムでバッジを取ってきたのか!?」
「まぁ、はい」
昨日バッジを取ったか今日バッジを取ったか、どちらも取ったという事実に違いはないので、別に何か付け足して言うことでもないだろう。俺が首を縦に振って肯定の意を示すと、グリーンはしばし黙った様子だった。
「なんだそれ、ジムがクリアできなかったから後回しにしてきたって言われたほうがまだ信じられるぞ……」
「じゃあ……そういうことで」
そう言ってジョーイさんの様子を確認しに行こうとすると、その後ろをグリーンもついてくる。俺がチラリとそちらに視線を移すと、ぶすっとした表情で視線を逸らした。無駄に整った容姿をしているだけあって、妙に腹が立つ。
「……」
「俺の目的もこっちなんだ、別にいいだろ」
何とも言えない沈黙の中、二人でポケモンセンターの廊下を歩いていく。誰かに見られたら勘違いしてしまいそうだ。
「……はい、この二匹はお返しします。次からは本当に気を付けてくださいね」
カウンターにボールを受け取りに来て早々、ジョーイさんから強めの口調でそう言われてしまう。特にズバットの方は『ひんし』になってから大分時間が経っていたため、相当まずい状態だったらしい。
それらを含めて、というよりはポケモンセンターに来てからの行動がどうも気に入らなかったらしく、部屋の確認をするより先にポケモンを診てもらう必要があるだろうと言われてしまった。そう言われると何も返答しようがないため、申し訳ないと平謝りをするしかなかった。
「……カメールとズバット? この二匹でタケシを倒しただと……?」
グリーンの用事が何だったのか分からないが、いつの間にか俺がジョーイさんに怒られているのを聞いていたらしく、後ろで手を組んでこちらの様子を窺っていて、それになにか独り言をぶつぶつとしている。
「……ウィン、どうやってそのポケモンたちでタケシを突破したんだ?」
俺の名前を呼んで呼び止めてそう尋ねてきた。グリーンは俺がジムバッジを取っている前提で話をしているが、俺がそう言っているだけで別にジムバッジを持っていない可能性を考えていないのだろうか。
「普通にカメールで」
「……そうか、タイプ相性が良ければそういうこともある……か」
変なことを訊いて悪かったとだけ謝って、グリーンはそのまま部屋に戻って行った。本当に何しに来たんだろうか? 俺のポケモンを確認しにきただけ? そんなにポケモンが好きなのだろうか。