知識も無いのにポケモン世界にチート転生したが何も面白くない 作:Imymemy
「あなたがウィン?」
「……そうですけど」
「ふぅん……」
早朝、まるで水族館のような施設と共に併設されたハナダジムの前に立っていたのは、ハナダジムリーダーのカスミであった。明るい茶髪に勝ち気な表情を浮かべてこちらを値踏みするように見つめてくる。カスミは上着を羽織っているが、内側に着ているのは間違いなく水着だった。
……水着? みずタイプのジムリーダーという話だったが、だからと言って水着を着なければならないのだろうか?
「何であたしをジロジロ見ているか何となく予想はつくけど、この格好はジムリーダーとして必要なの。みずポケモンっていうのは大抵水の中にいるんだから、私だって水の中に入って触れ合わないとポケモンの気持ちが分からないじゃない」
「はぁ」
ポケモンの気持ちね、確かに何を考えているか全くわかったもんじゃないな。昨日捕まえたズバットだって、今日試しに出してみたら当たり前のように命令を聞いた。殺されかけた相手の言うことを聞くなんて、どんな気持ちなんだか。
「ここに来たってことは私に挑戦しに来たってことでしょ?」
「そのつもりで、はい」
「勿論歓迎よ。ただ、分かっているでしょ? 実力の確認として、うちのトレーナーと戦ってもらうわ。どう?」
「大丈夫です」
「二日連続でジムに挑戦、か。まさかとは思ったけれど、舐められたものね」
カスミは何故俺の名前や、昨日ジムに挑戦したことを知っているのか少し気になったが、それをわざわざ聞く気はなかった。特に興味がないというのもあったが、別に何か知られて困るようなことをした人生を送っているわけではなかった。
「すみません」
ジムに入ろうとしているカスミと、それに続こうと後方にいた俺の二人を呼び止めるように誰かが話しかけてきた。カスミと俺はその声の主を確認しようと視線を向けると、見慣れてしまった男がいた。
「……グリーン」
「何かしら? ジムに再挑戦したいって言うのなら、ちょっと待ってもらうことに――」
「彼の試合の観戦がしたいんですけど」
試合の観戦がしたいと言ってきたグリーンに対して、カスミは別にどうでもよさそうな表情で視線を空に向け、それから俺の方を向いた。
「……私は別に構わないけど、あんたは?」
「まぁ別に……」
「なら大丈夫よ。手持ちを出来るだけ隠したいって考える人もいるから、一応双方の了承がないとね」
「ありがとうございます」
そう言ってグリーンは丁寧に頭を下げると、ちらりと俺を見た。見ているぞとでも言いたげな表情を浮かべていて、なんだか面倒なやつと関わってしまったと思わざるを得なかった。
ハナダジムの中に入ってどんどんと進み、バトル用のスタジアムに向かう。スタジアム内の殆どはプールのようになっており、区分けされた魚の養殖場に存在する足場のようなものが設置されている。
プール内の水は真水というわけではなく、海で生息しているポケモンのことも考えて海水とほぼ同じ状態にしているという。(みずポケモンは別に真水か海水かそこまで気にしないが、みずポケモンを扱うジムということでその辺りのこだわりがあるのだろう)
スタジアムの中にいたジムトレーナーらしき男1人が、水の中に潜りつつポケモンと訓練しているらしかった。それを見たカスミはうんうんと満足げに頷いて、そのジムトレーナーを呼びつけた。
「あなたのジムバッジの所持数は1つよね。若手だけど彼はとても優秀なトレーナーよ、じゅうぶん相手になるはず。トモキ、相手をしてあげて!」
「おわっ! わ、わかりました!」
そう言ってジムトレーナーの男は水の中から上がってくると、身体が水浸しのままこちらに近寄ってきた。海パンを履いたジムトレーナーは見たまんま、『かいパンやろう』といった風貌だが、こんなのでもジムトレーナーをやれるんだなと少し感心してしまった。
そしてジムトレーナーを追うような形で水の中から浮かんできたのは『くらげポケモン』のメノクラゲであった。それを見て俺の表情が曇るのが見えていたのか、カスミは傍に寄ってきて体調に問題は無いのか尋ねてきた。
「ウィン、あなた大丈夫? スタジアムの中に入ってから気分が悪そうだけど試合はできるの?」
「えぇ……その、大丈夫です。あまり海水の臭いとかクラゲに良い思い出が無くて……」
「へぇ、そうなの。海が嫌いなんて色々損してるわね」
「は、は……」
体調が戻るまで少し休んでからバトルをするかと体調を気遣ってくれたが、クラゲが嫌いだからポケモンバトルが出来ないというのも変な話だし、どちらにせよハナダジムに来ているのに避ける理由も無い。さっさと勝って出ていけばいいだけのことだった。
カスミとグリーンは観戦をするということで、スタジアムから少し離れたところに設置されている簡素な作りの椅子に座っていた。イルカショーでも見ているかのような気楽な態度に辟易としていると、スタジアムの向かい側にいるジムトレーナーの『かいパンやろう』が大きな声で確認を取ってきた。
「よーし! 使用ポケモンは一匹、ポケモンを戦闘不能にするか、トレーナーが棄権を宣言したら試合終了だ! 大丈夫だな!」
俺は頷いてルールを了承した。俺の体調が悪いのを知っているからか、特に何も言われずに試合が始まった。
「行くぞ! メノクラゲ!」
「……ズバット」
ジムトレーナーは水に向かってポケモンを出現させる。水中からは先ほど調整していたメノクラゲが頭を出しているのが見えた。俺が出したのはカメールではなくズバット。あまり昼間に出すポケモンではないが、室内だということで我慢してもらうとしよう。
ポケモン同士の顔合わせが終わり、ほんの少し指示も攻撃も何もない間が生まれるが、ジムトレーナーは物怖じすることも無く攻撃を指示した。
「飛んでいるポケモンには――『ようかいえき』だ!」
「良く見――れないか。『ちょうおんぱ』を撃ちながら攻撃を避けろ」
メノクラゲの口腔から『ようかいえき』が放たれるが、ズバットは目が見えずとも他の器官で飛翔物を察知したのか、何事もなく攻撃を避けて『ちょうおんぱ』を放つ。
「メノクラゲ! こちらからも『ちょうおんぱ』だ!」
二匹のポケモンによる『ちょうおんぱ』合戦は不毛極まりない闘いで、ズバットの攻撃は完全に無意味になってしまう。しかしメノクラゲ自体がズバットを直接攻撃する手段はそう多くはなく、覚えている中で飛んでいるズバットに当てられそうな技をいくつか指示している。
「『みずでっぽう』! 『どくばり』!」
どの攻撃もズバットに掠ることは無く、ことごとく攻撃を回避していく。しかし水中にいるメノクラゲに対してズバット側から強気に出ることは出来ず、お互いに攻撃が当てられない状況となってしまった。
しかし長い時間を使って戦っていると、常に飛んで体力を使っているズバットの方が不利である。こちらから攻撃する手段は少ないが、逃げることは俺の
「ズバット、『かみつく』だ」
「――今だ! 『からみつく』!」
『かみつく』を回避したり、『ようかいえき』や『みずでっぽう』で迎撃をするのではなく、『からみつく』によって水中に引きずり込もうという作戦だった。
その状況を受け止めて、俺はズバットに追加で指示を出した。
「――止めて『ちょうおんぱ』だ」
「な、なんだと!? メノクラゲ、攻撃を止め――」
俺は、トレーナーはポケモンに働きかけることしか出来ない。技の命令をしたり、攻撃防御や進退を指示するのみ。そしてそのありとあらゆる動作には、声を掛けてから命令を実行するまでのラグが生じる。
そして、今俺の才能チートが出来ることと言えば、
ポケモンを強引に成長させるのもチートのお陰のようだが、俺が自由にポケモンのレベルを上げることが出来る能力というわけでも無いようで、ズバットを一気にゴルバットに進化させようとしても無駄だった。
結局のところ貰ったチートに対して俺がオンオフ自由に操作できる部分は全く無かった。ただオート操作は恐ろしく優秀で、俺が多くの手札を持っていればいるほど、俺が経験を積めば積むほど、ポケモンへの命令は最適化していくらしい。
しかしだからと言って、水中にいるポケモンに対してほぼ無力なズバットを素のチートだけで勝たせる方法はない。だからこそ、俺の方で一つだけ使用する技に命令を加えた。命令の内容は単純で、『かみつく』は『かみつく』を使用するのではなく、「近づいて『ちょうおんぱ』を行う」といった技の変更だった。
要するに、オート操作はズバットの『かみつく』という技の命令が一番効果が出るタイミングは今だろうと考えて技を指示したのだ。
それは今までのこう着状態が嘘のように、あっさりと決まってしまう。ズバットは『からみつく』攻撃が当たる直前に空中で停止して『ちょうおんぱ』を放った。至近距離で『ちょうおんぱ』を受けたメノクラゲは『こんらん』してしまい、トレーナーの指示を受けられる状態ではなくなってしまう。
「ズバット、『エアカッター』だ」
無防備なメノクラゲはズバットの『エアカッター』をそのまま受けてしまい、その隙を見逃さずにズバットは追撃を行う。急所に当たって完全に身動きが取れなくなっている所に、本当の『かみつく』を行うと、体力が尽きたメノクラゲはついに倒れた。
「驚いた……『かみつく』が『ちょうおんぱ』になっていたのはわざとかい?」
「はい、そうですね」
「やっぱりか。ずっとフラフラ攻撃を避けるばかりで、ついにヤケになって攻撃してきたのかと思って油断してしまったよ。流石にジムバッジを手に入れているだけあって柔軟な思考をしているね」
「……どうも」
試合が終わり、近寄ってきたジムトレーナーと握手をしたり、そう言った会話をしている間、頭の中で要素を整理していく。
今回、ズバットに指示する技のタイミングを見ていて強く感じたが、才能チートが成長している。いや、才能チートによって俺自身が成長しているという言い方が正しいのか。
なんだか頭の中に成長するAIでも搭載されている気分だ。自分が成長しているのかチートが成長しているのかわかったもんじゃない。
旅を始めてからチートと向き合うようになって、少しネガティブなことばかり考えてしまうようになっている。嫌なことばかり考えずポジティブな事も考えないと、きっとやっていけないだろう。
ジムリーダーとのポケモンバトルで何か得るものがあれば良いなと思いつつ、こちらに歩いてくるカスミとグリーンを一瞥した。