知識も無いのにポケモン世界にチート転生したが何も面白くない   作:Imymemy

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10万ボルト

 勝っているはずなのに負けているように見えている。

 負けているのに勝っているように見えている。

 

 データ上で見ると間違いなく後者であるが、データから現実に起こしてみると、不思議なことに今の私は前者だった。

 

 相手のポケモンはカメールとズバット。私はスターミーだけ。目算で見ると相手はレベル30相当と25相当のポケモンを使用しているのに対して私のスターミーはレベル25近く。

 

 データ上、数値上で見ていると一見不利に見えるが、ポケモンが持つポテンシャル、技の範囲、体力、ありとあらゆるものを総合的に判断すれば勝利が濃厚なのは私の方で間違いない。

 

 相手の使用するポケモン二匹が持つ物理技『かみつく』や強力なみず技でもある『アクアテール』に対して『リフレクター』を張ることで、相手の手持ちから飛んでくるであろう相性の悪い技を完全にカットする。そして相性の良い『10万ボルト』や『サイケこうせん』で相手を攻めたてる。私が本来のパーティでする動きとは全く違うが、使用ポケモンを制限しての戦いで見ると最善を尽くしているはずだった。

 

 勝っている。間違いなく勝っている。なのに、アイツ(ウィン)の目からありありと浮かんでいる失望の感情が、どうしようもなく私の不安を掻き立てている。

 

(このまま防ぎづらい『サイケこうせん』を撃ち続け、相手が攻めるしかない状況を作り出し、近寄ってきた所に『10万ボルト』を叩きこむ)

 

 カメールを倒せばいい、倒してしまえば水中戦が全く出来ないズバットしか残っていない。あとはどうとでもなる。どうとでも――。

 

「スターミー、『サイケこうせん』よ!」

「『みずのはどう』で弾き返せ」

 

 技の応酬。レベル(成長度)で負けているが、ポテンシャル(個体値)では勝っている。だからこそ互いの技がギリギリ相殺されている。されてしまっている。

 

 スターミーが使用できる技の範囲というのは他のポケモンと比較しても決して少なくない。様々なタイプの技を覚えて、高い攻撃力と素早さを活かして上から押しつぶせる。しかし今、ジム側が設けている暗黙の制限がその手札の多さを狭めてしまっている。

 

 ジムリーダー側はジム挑戦に対して強力な威力を持つ技を複数使用してはならない。また、あまりにも破壊力の大きすぎる技を使用してはならない。そういった暗黙のルールがある。前者であれば『10万ボルト』に『サイコキネシス』、『れいとうビーム』といった技を複数使ってはならず、後者であれば『はかいこうせん』や『ハイドロポンプ』、『かみなり』といった技を使ってはならない。

 

 ジムバッジを4つ以上持っている者に対してであれば、そういったルールは暗黙なので別に無視しても構わない。だが今回のバトルはそうではない。

 

 少なくとも『10万ボルト』を使ってしまっている(使用させられた)ので、別に強力な技を使用することはルール的にも、プライド的にも許されることではない。

 

 『10万ボルト』を当てさえすればほぼ確実に勝利が決まる。だが避けられてしまえば勝負は相手に傾いてしまう。確実に当てなければ、勝てない。

 

 

 普段であればここまで勝利に拘ることはない。別に負けたらバッジを渡すだけだし、逆に私が勝ってしまっても、相応の実力や考え方が間違っていないのであれば、ジムバッジを渡しても構わない(・・・・・・・・)というルールがあるのだ。

 

 ジムバッジとはトレーナーとしての考え方、そしてそれに基づく実力を証明するものである。所持バッジ数が多ければ多いほどそのトレーナーの考え方、育て方、戦い方全てが正当化されるのだ。

 

 だが私はウィンの戦い方や考え方を認めるわけにはいかない。コイツの戦い方が正当化されてしまえば、死に至るような攻撃を受けたとしても、試合に勝てば全てが許されると認めているようなものだ。勝利至上主義とは言えば聞こえはいいのかもしれないが、この考え方が招くのはポケモンバトルという競技の寿命を縮め、ポケモンとの繋がりを踏みにじるような考え方だ。

 

 しかしどれだけ言っても実力が全て。負けてしまえばバッジを渡さなければならない(・・・・・・・・・・)。だからこそ、負けてはならないのだ。

 

 負けてはいけない。負けられない。負けちゃだめ。勝たなくちゃ。勝たないと、勝たないと。何が何でも勝たなければ。

 

「スターミー、『パワージェム』を!」

 

 スターミーは自身のコアに力を集中させて、強力なエネルギーをビームのように撃ちだした。プライドもルールもギリギリを攻めた威力の一撃。当たれば隙が出来る。

 

「水中に避けろ」

「カメッ!」

 

 『こうそくスピン』の影響か、『パワージェム』によって放たれた一撃を俊敏に避けて水中に逃げ込むカメール。ここで『10万ボルト』を使えば一気に感電させてダメージが入るが、直撃よりも威力は低い。もし倒せない場合、やはり負けてしまう可能性が一気に上がってしまう。

 

 ウィンはそれを見越している。私が馬鹿みたいに『10万ボルト』を使って隙が出来るのを、虎視眈々と狙っているのだ。

 

 『リフレクター』を張り直すべきか? 一度張った『リフレクター』はしばらくすると解けてしまうから、このまま戦いが長引けば気づかぬ内に解けていた『リフレクター』の隙間を縫って攻撃してくる危険性だってある。しかし『リフレクター』を使えば攻撃を受ける隙を作ってしまう。

 

 

「……くっ、どうする。私はどうすれば――」

 

「――――もう」

「……は?」

 

 

「もう、手 詰 ま り で す か ?」

 

 

「っ――――やってやろうじゃないっ!! スターミー! 『こうそくスピン』!」

 

 指示から行動に移るまで、スターミーは今日一番の速度で動きだした。私の感情に影響されたのか、それともスターミーも同じようにやり切れない思いが爆発したのか、少なくとも本来であれば想定しないような俊敏な行動だった。

 

 そしてそれを見ていたウィンも目を細めて、初めてスターミーの行動に注視していた。

 

「カメール。水中から出て『みずのはどう』」

 

 水中で水分を補給したのか、まだまだ戦意の衰えないカメールは水上に飛び上がると、迎撃をするように『みずのはどう』を撃ち出してくる。『こうそくスピン』では弾ききれない威力なのはすぐに分かった。

 

「『パワージェム』!」

「『まもる』、『かみつく』」

 

 スターミーは『みずのはどう』が直撃する直前、『こうそくスピン』を止めて、チャージしていた『パワージェム』を放つ。その威力は『みずのはどう』を貫通し、『まもる』をしていたカメールにも少なくないダメージを与えるが、『かみつく』によって『リフレクター』越しにこちらもダメージを受けてしまう。

 

 だがこれこそ、相手がカウンターを決めようとしてくるこの瞬間こそ、私の方のカウンターを決める瞬間でもあった。

 

「『パワージェム』を撃った後、『10万ボルト』を撃てないと思った? この距離なら確実に当たるわよ!」

「……」

 

「スターミー! 『10万ボルト』!!」

 

 『まもる』を指示しない。防ぐも避けるも指示をしない。自身のポケモンを顧みない戦い方に対する最高の回答、それが今放たれた。

 

 スターミーが発光し、周囲の空気ごとカメールを飲み込むほどの強力な質量を伴った電撃が放出される。至近距離で撃ってしまうため、スターミーも多少はダメージを受けてしまうが、まだまだ体力には余裕がある。ズバットを倒すための体力は十分――。

 

 なぜウィンは棒立ちしている? 次のポケモンを構えるでもなく、カメールを回収するでもなく、棒立ち? 茫然としているわけでもない、全て許容した上で動いている。

 

 まて、私のミス? あんなに冷徹な命令と的確な技の指示をしてきた奴が、勝率の低いズバットを残してカメールを早々に退場させるような動きを取る? やつの動きは全て勝つためにしている。そんなやつが無策で攻めるような真似を――。

 

「の、乗せられた……っ!?」

「『からをやぶる』――『アクアテール』」

 

 底冷えするほど冷たい声が、私の耳朶を打った。

 

 

 『げきりゅう』を伴い、『からをやぶる』カメールの放つ『アクアテール』は、タイプ相性も、ポテンシャルも、何もかも粉砕するかのように無慈悲な一撃で、スターミーのコアを粉々に砕き、まるで怪物が暴れるかのような水の鞭がスタジアムの足場を粉砕し、水を切り裂き、地面をえぐり取った。

 

「ス、スターミー……」

 

 私は地に落ちていくスターミーの姿を見て、膝から崩れ落ちるのを耐えることができなかった。どう取り繕おうとも、私は負けた。

 

 

 

 

 

 まぁそうだろうなと思うだけだった。『10万ボルト』を食らっても、レベル差が大きく離れた状態では致命傷にはなり得ない。それも本来でんきタイプではないポケモンであれば威力も落ちる。そんなのはスクールで学ぶようなレベルのことだ。だからこそサブウェポンなのだ。

 

 カスミという実力者がそれを知らないはずは無いし、本来であればレベル差がある分徐々に詰め寄るような戦い方をするべきだったはず。どうトチ狂ったとしてもすぐに勝負を決めにいけるような状況ではなかった。

 

 なのになぜ勝負を決めに行ったのか、カスミが持っている性格的な問題でもあるだろうし、彼女は不思議なまでに勝利に拘り冷静ではなかった、そして最後のダメ押しである盤外戦術(煽り)が予想以上に刺さってしまったことによるだろう。

 

 本来バトルの最中は技の指示くらいしかやらない才能チート(オート操作)が珍しくセリフを吐いた。恐らくさっきカスミに色々言われていたので、そう言った部分から相手に刺さる手段の一つとして取ったのだろう。

 

 カスミはそれで本来持っているはずの冷静さを失い、呆気なく負けてしまった。そんな所か。普段の戦いであればもっと長引いてもおかしくない試合だったし、一つ目のジム戦であれば危ないところまで持っていかれる可能性もあった。

 

 そう考えるとジムリーダーというのは素晴らしい実力者なのは間違いない。

 

 それにしても驚いたのは、カスミが激昂したのと同時にスターミーの動きが良くなったことだった。カスミ自身が意図したのかどうかは判断しかねるが、トレーナーの感情と少なからずリンクするということはあるのかもしれない。

 

 スターミーをどうにかボールに回収し、座り込んでしまったカスミの下に向かうと、元々着ていた上着のポケットからジムバッジを取り出して、俺に向かって軽く放り投げてきた。

 

「私の負けよ。悔しいし、認めたくはないけどね」

「ありがとうございます」

「……ふん、私の気が変わる前にどこかに行って」

「はぁ、あの……わざマシンのことなんですけど」

 

 カスミは上着を羽織りながら首を傾げて、それから納得したような声を上げた。

 

「あぁ、わざマシンね。いくつか種類があってその中から選んで貰うようになっているんだけど――」

「そのことなんですけど……」

「……?」

「現金が欲しいんで、一番高値のやつを貰う代わりに現金でってできますか……?」

 

「……は?」

 


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