知識も無いのにポケモン世界にチート転生したが何も面白くない 作:Imymemy
ケーシィを欲しがっているというグリーンに連れられて、本来行く方向とは反対のハナダシティの北出口から出て、24番道路と呼ばれる道を歩いていた。
「なるほど、だからジムで貰えるわざマシンの代わりに現金を要求したのか」
「まぁ、そんな感じ……」
グリーンは俺が孤児院出身という話を聞いて、ジムで現金を要求した理由を理解したようだった。
所持金に余裕はないが、別に何か大量に物を買ったわけでもないため、現在の所持金だと一ヶ月どころか二ヶ月くらいなら特別生活に困ることはないだろう。
貧乏トレーナー救済のためなのか分からないが、ポケモンセンターでは最低限の食事と寝床、それからシャワーや洗濯機なんかも無償で提供されているので、本当にギリギリの状態でもなんとかやっていける。
逆を言うとギリギリの状態でやっていけるせいで、実力のあるトレーナーとしての芽が出ない弱小トレーナーであってもどうにかやれてしまい、いつしかリカバリーが利かないような事態になってしまうこともあるらしいが。
あまり細かい事情は伝えなかったが、ジム戦終了後、カスミに金欠でわざマシンを貰うより直接現金が欲しいと伝えたところ、ジムバッジを取得した数でトレーナー助成金のようなものが支給されるという話を聞いた。
ジムバッジ4つ。これが助成金を受け取ることができるようになる最低条件で、ジムバッジを更に集めていくと追加で助成金が貰えるらしい。というのもジムバッジ4つというのはプロのポケモントレーナーの登竜門とも言われており、ジムリーダー側にハンデがあるジム挑戦の中、ジムバッジ4つも取得できないトレーナーはアマチュアですらない、ルーキーや、ビギナーと呼ばれている。
そういった諸々の事から、ジムバッジを4つ集めれば多少は生活がマシになるということで、お金のことをそこまで重要視する必要がなくなったのだ。
だからこそ今回のようにグリーンとのポケモン散策に付き合っているし、旅に必要な道具をいくつか買い揃えることもできた。
グリーンは少し申し訳なさそうな表情を浮かべて顔を背けた。
「悪いな、変なこと聞いて」
「いや、別に」
実際のところ本当に気にしているわけでもなかった。野生のポケモンに襲われて死んでしまったり、大怪我を負ってしまうようなトレーナーは少なくないし、別に街の中にいても確実に安心なわけでも無い。少なくとも俺はチートを持っていないのであれば旅には出ない選択肢を取っただろう。
様々な理由で親を亡くした子供が孤児院に来るのを見ていたし、別に親がいないことが特別珍しいわけでもないのだ。
「あ、ケーシィだ」
「ホントか!」
俺の視線の先にある草むらの中で、黄色い狐のような姿をしたポケモン、ケーシィが座り込んでいた。目が開いているのを見たことが無いが、視界はちゃんと見えているのだろうか。
「確かにいるな……よし、いけ、ヒトカゲ」
グリーンはケーシィを目視で確認すると、手元に握りしめていたモンスターボールからヒトカゲを出した。グリーンはヒトカゲの頭を軽く撫でてケーシィに指を向ける。
「あいつを弱らせるぞ、倒すなよ。『ひっかく』だ」
「カゲ!」
ヒトカゲは『ひっかく』の指示を受けると、ケーシィに向かって飛び掛かっていく。ケーシィはヒトカゲが肉薄する寸前までピクリとも動かず、寝ているんじゃないかと思うほどだったが、『ひっかく』が当たる直前になっていきなりその場から消え去る。
「ちっ、『テレポート』か!」
グリーンはポケットから物珍しい赤い機械を取り出すと、機械の画面と『テレポート』で離脱したケーシィを交互に見ている。俺がケーシィより機械の方に興味を持ってジッと眺めていると、俺の視線に気づいたのかグリーンはこちらを見返した。
「これは……ポケモン図鑑っていって、俺の祖父――オーキド博士から貰ったもので、出会ったポケモンの情報がこの図鑑に登録されていくんだ」
「へぇ。ポケモン図鑑、オーキド博士……」
オーキド博士という名前は多くのニュースや新聞、雑誌などでいくつも取り上げられており、とても権威のある研究者として有名で、人名を覚えるのが苦手な俺でも知っているくらいには知られている。
たしかマサラタウンに研究所を構えているという話をどこかで聞いたことがあるが、そのオーキド博士の孫が
「ケーシィ……眠った状態でも気配を感じ取ってテレポートで逃げる……か。さて、どうしたものか」
グリーンはヒトカゲに『ひのこ』で攻撃してみるように指示を出し、ヒトカゲが口から小さな火球を放ったが、ものの見事に避けられてしまっていて、どうにも当たる気配がない。
一日中追いかけまわしていれば、もしかしたら疲れたタイミングで捕まえられるかもしれないが、グリーンだってそんな徒労をしたくはないだろう。俺は腰に取り付けていた空のボールと、ポケモンの入ったボールを一個ずつ取り出した。
「ウィン? いったい何を――」
「ズバット、『くろいまなざし』」
ズバットの『くろいまなざし』がケーシィを捉えてテレポートを抑制させる。ズバットに目があるわけではないので、どうやって『くろいまなざし』を使っているのか良く分からないが、とにかく瞬間移動を制限させた。
あとは持っていたモンスターボールを投げるだけだ。右手に力を込めてボールを投げつけると、思っていた以上に力が籠っていたのか、文字通りの剛速球で放たれたボールがケーシィに吸い込まれるように飛んでいき、あっさりと捕まってしまった。
「うわ、ポケモントレーナーじゃなくて野球選手でもやっていけそうだな」
「人気ないだろ」
「は、そうだな。お前は人気出なさそうだ」
俺じゃねえよ。そんな文句は飲み込んで、捕まえたばかりのケーシィが入ったボールを渡す。グリーンはいきなりボールを渡されて少し驚いた様子だったが、大人しくボールを受け取ると、顔を見てきた。
「……いいのか?」
「……代わりのボールはくれ」
「あ、それならこいつを――」
そう言ってグリーンは腰に取り付けていたボールの一つを俺に手渡してきた。空のモンスターボールかと思ったが、どうやら何かポケモンが入っているようだ。
「そいつはゴース。ちょっと前に捕まえたんだけど、今回ケーシィを貰ったからその交換ってことでいいか?」
「交換、か」
ポケモンの交換なんて俺にとっては中々縁のないことかと思っていたのに、案外できるもんなんだな。少し感慨深く思いつつも俺は頷いて了承の旨を返す。それを見ていたグリーンも満足そうに受け取ったケーシィの入ったボールを腰に取り付けていた。
やることは終えたので、余った時間で24番道路に設置されているゴールデンボールブリッジと呼ばれる金色に光る橋を観光して、日がそろそろ暮れてきそうだということで、これからポケモンの
知り合いのポケモン捕獲を手伝ったら新しくポケモンを貰った。そんな棚から牡丹餅とも言える幸運に恵まれた俺は、新しくポケモンを捕まえる必要性がないことを素直に喜ぶことにした。
手持ちを増やすメリットとして、手持ちが多ければ旅をする際に危険に陥る可能性を減らすことが出来るし、何かしらの要因で1匹2匹ポケモンが使えない状態になってもリカバリーできる。『ひんし』の状態であっても、『げんきのかけら』という回復道具を用いることで、一時的にポケモンを働かせることは可能だが、未だ金欠の身ということで無駄に浪費する余裕はないのだ。
結局今日はハナダジムでジムバッジを手に入れて、ハナダシティや24番道路付近を観光し、足りていない物資を買うだけで1日が終了してしまった。
次の日の早朝になると、ポケモンセンターの個室をチェックアウトして、次の街へ向かうための最終準備を行っていく。旅をするにあたって必要な荷物を確認し直したところ全く足りていなかったので、荷物はちょっと増えてしまったがある程度は買い揃えることができた。
残りは自分の手持ちの様子だった。カメールとズバットの回復は昨日には全て終えていたので特に気にすることは無かったが、結局昨日いっぱいボールから出していた問題のポケモンをようやく出すことにした。
「ゴース、ね」
どういう状態かを確認するために貰ったゴースをボールから出してみたが、確かに『ガスじょうポケモン』と呼ぶべき見た目をしている。紫色のガスを纏った黒い球体。それに顔がくっ付いている、そんな形をしたゴースは俺がする指示を待っているのか、何もせず空中を漂っている。
レベルは20程度のようで、使える技も微妙なものばかりのようで、盾として置いておくにはあまりにも弱い。ゴーストタイプを持っているようで、物理的な意味での盾になることもできないだろう。
こいつが使えるかどうかはともかく、タダ飯喰らいにならない程度には使わなければ勿体ないので、ズバット同様率先してバトルに出してやるべきなんだろう。
出したのは良いが、状態を確認するためだけに出したので、すぐにボールの中に戻ってもらう。ゴーストタイプのポケモンが普通のポケモンフードを食べるのかは確認する必要はあるが、食費が増えることは間違いない。結局のところ、金欠の問題は何も解消されていないため、ジムバッジは早々に集めていかなければならないだろう。
ジムバッジを手に入れる。そんな皮算用を終えた俺はポケモンセンターから一歩踏み出して外に出る。次のヤマブキシティへの距離自体はそう遠くないが、街についてからすぐにジムに行きたいので、出来れば早めに行動したい。
そして俺は見知った顔に鉢合わせをしてしまう。
「――あ!」
「……」
「……アキか」
相変わらず綺麗に伸びたブラウンのストレートヘアー。そして栗色の大きな瞳。スクール時代は常に成績は上位で、人望も性格も全てが優れている。幼いながらも整った容姿をしていて、トキワシティで最もかは分からないが、少なくともトレーナーズスクールでは最も綺麗な容姿をしていて、男女問わずモテていた。
そんな少女とハナダシティでばったりと会ってしまった。
数日前に会ったばかりなので、別に懐かしいと思うことはないが、アキはそうでもなかったのか何が楽しいのか瞳をきらきらと輝かせて俺を見つめている。
「ウィンは、もうこんなところまで来てたんだ?」
「そうだね。昨日くらいには到着してたよ」
「昨日!? いや、でも、おかしくはない……かな? ウィン君って昔はすごい運動できたよね? あの時くらい体力があるなら、いけるのかな?」
「……スクールに入って1,2年くらいの間はね」
今ではちょっと暗い子供のようになっていたが、トレーナーズスクールに入学した当初、俺はとてつもなく運動が出来た。しかし、トレーナーズスクールに入学して暫くしてから図書館に引きこもり始めて全く運動をしなかった結果、数年でみるみるうちに体力や身体能力は衰えていった。
旅を始めた当初は街から街への移動で筋肉痛になってしまうほどだったが、昨日今日は筋肉痛に悩まされることも少なくなっていたので、すっかり気にしていなかった。
「……も、もしかしてもうヤマブキシティに行っちゃうの!?」
「そのつもりだけど」
「……あの」
信じられないとばかりの表情を浮かべたアキ、そしてその隣にいた赤い帽子を被り、両腕の中にピカチュウを出したままの……男、女? トレーナーが話しかけてきた。あまりにもか細い声で一瞬気づき損ねたが、俺の耳は決して悪くない。声の主に視線が向く。
「あなたが、ウィンですか?」
「……そうですけど」
「そう、ですか」
何か納得したように頷いて帽子を深く被った。見るからに変人の部類であまり関わり合いになりたくないが、真横にいるということはアキの友人か何かなのだろう。
どう見ても変人の類で、いかにも根暗そうな人物だ。俺も少し根暗なので分かるが、こういう人物は誰かと会話をするのは苦痛と感じるタイプだ。相手の事も考えて、俺はもうこの辺りで話を切り上げて次の街へと向かう旨を伝えた。
「……もう行っちゃうの?」
「まぁ、うん。ジムバッジが必要だし」
それで話を終えると、諦めたように何か口でもごもごと言っていたが、納得したのか頷いていた。俺は改めてアキと、アキが『おつきみやま』で知り合ったというポケモントレーナーのレッドという人物に軽く挨拶をして別れることにした。
「アキと……レッドさん?」
「……レッドでいい、です」
「……アキとレッド、じゃあ俺は行くんで」
そして俺はハナダシティを出て、ヤマブキシティへ向かう道のりである5番道路をゆっくりと歩き始めたのだった。