知識も無いのにポケモン世界にチート転生したが何も面白くない 作:Imymemy
6歳になった俺がトキワシティのトレーナーズスクールに入学して初めてポケモンバトルを経験した日、あの日から徐々にポケモンバトルというものが嫌いになってきていた。
あれからずっとポケモンバトルに勝ち続けていた。多少のハンデがあっても全く苦戦することなく勝利が続き、戦ってくれる生徒がいなくなった。
次第にスクールの教師が相手をしてくれるようになったが、それでも負けることはなかった。
そして何より、ポケモンバトルが面白くなかった。
神様が”チート”として俺に授けた才能は、天才と呼ぶに値する非凡な能力で、俺が元々望んでいたのは同じ実力の相手と10回戦って5回勝てるくらいの才能があれば良かったのだ。いわゆる処世術の一つとして持っていれば良かった。
ジャンケン、そう俺にとってポケモンバトルとは相手の出す手が分かるジャンケンみたいなもので、勝つか負けるか分からないギリギリの戦いが楽しみの一つであるポケモンバトルにおいて、この過ぎた才能は楽しみという名の四肢が捥がれたのも同然であった。
それに神様から貰った才能と分かっている分、文字通り
1年、2年とトレーナーズスクールの学年が上がっていく度に、俺――ウィンという人間はまるで触れてはならないタブーのような存在へとなっていった。
「ジムリーダー?」
「そうなんだよ、ウィン君。今日はトキワシティのジムリーダーが来る日なんだ」
スクールの中にある図書室で読んでいた本から顔を上げて、声の主に目を向ける。少年だった。短パンを履いた少年は脇にいたコラッタを抱き寄せながら目を煌々と輝かせている。
「トキワシティのジムリーダーと言えば『じめんタイプ』のエキスパート! ニドキングにサイドン、ダグトリオにガラガラ。カッコいいポケモンを使うんだ!」
「へぇ」
ジムリーダー、多くの主要な町などに設置されている公的な施設『ジム』を運営していて、訪れるポケモントレーナーの実力認定試験や若いトレーナーの育成などを率先して行っている。
「ジムリーダーってどういう人なの?」
「トキワシティに住んでてトキワジムのジムリーダーを知らないの!? 『サカキ』って人なんだけど――」
教室のドアを開けると、俺に対して室内の視線が一気に集中する。
まだ授業が始まる前だったので特に視線が集まるような事は本来無いはずだったが、どうも珍獣でも見るような目でこちらを見つめている視線が多くあった。
気にしていてもしょうがないので、針のむしろのような中で自席まで歩いて席に座る。別に寄ってたかって虐められるわけでは決してないし、ハブられることがあるわけでもない。
ただ俺の座る席の隣、3年間一緒だった彼女がいると話が別だった。
「ウィン君、来たんだ」
「……アキちゃん。おはよう」
アキ。入学して最初のポケモンバトルで戦った女子生徒だった。茶色のストレートヘアーに大きな瞳。出会った当初から3年近く経っているということもあってどこか垢抜けた表情を浮かべている。
そんな彼女だったが、仲が良かったのはグラウンドでビードルを見つけて話をしていた時だけ。それ以降は俺に対して良い感情を抱いていないのだろう、目の敵にしているようで、チクチクと小言を言ってくるようになった。
それでもそこそこ普通に話をしたりはするので、嫌いな相手でも分け隔てなく話すことのできる彼女の懐の広さを感じずにはいられない。
「そろそろ10歳、ポケモントレーナーとして自分のポケモンも持てるようになって、自由に旅も出来るようになる。ウィン君はどうするの?」
「旅はちょっと面倒だから考えていないな。アキちゃんは?」
「ふん、私は勿論旅に出るわ。旅に出て新しいポケモンを捕まえて、強く育てて、それで私もポケモンリーグに出るの」
鼻を鳴らして俺の答えを一蹴すると、彼女はつらつらと自身の人生設計を話してくれた。どうにもポケモントレーナーというのは夢のある職業らしい。
「すごいね、アキちゃんは」
「……あんなにバトルが上手なのに、本当に旅に出る気が無いの?」
「さっきも言ったけど、興味が無いんだ。それにポケモンバトルが楽しくないし」
「っ……! ウィン君より強いトレーナーなんていっぱいいるわよ! 今日来るジムリーダーの人だってあなたより――」
「皆さん揃っていますね。始めますよ」
メガネを掛けた神経質そうな女の先生が教壇の前に立った。教卓には綺麗に整えられてズレ一つないプリントの小山があった。
「あらウィン君、来ていたのね」
「はい。おはようございます、先生」
「えぇ、おはよう。……アキさん? 一人立ち上がったままどうしたの?」
アキは俺に何かを言おうとして机に両手を置いて立ち上がっていた。そんな中で先生がいきなり来るものだから、驚いて立ち竦んでしまっていたのだろう。
「……いえ、すみません先生。なんでもないです」
キッと俺の方を睨むが、流石に大人しく席に座った。それを見届けた先生はプリントを配りながら話を始めた。
「皆さんもそろそろ10歳、一人前のトレーナーとして恥ずかしくない立ち居振る舞いをするように心がけましょう」
「そこで今日は特別顧問としてトキワジムのジムリーダーであるサカキさんが来てくれました。プリントは後で感想等を書くので軽く目を通しておくこと……サカキ先生が入って来たらみなさん、ご挨拶を」
その言葉が終わると同時にドアが開いて黒いスーツを来た男が入ってきた。
パリっとしたスーツ、整えられたオールバックの黒い髪に、余裕綽々といった笑みを常に浮かべ、できる男といった感じの風貌だった(それにちょっと怖い)。先生が教壇から少し離れると、入れ替わる形で男が教壇の上に乗った。
男は、生徒の「おはようございます」という挨拶を受けて、座っている生徒を一通り見渡した後に頷いた。
「おはよう。大体皆知っていると思うが、私の名前はサカキ。このトキワシティでジムリーダーをやっている」
「今日、この教室にいる生徒は全員、今年で10歳になるポケモントレーナーのタマゴだと聞いている。そうだな……10歳になると一人前のトレーナーとして旅に出ることが出来るのは皆知っていると思うが、この中で旅に出ると考えている者たちは手を挙げてくれるかな」
サカキの言葉に生徒の8割くらいが手を挙げる。俺は旅に出る気は全く無いので手を挙げず、他の手を挙げた生徒たちをボーっと眺めている。
「なるほど、だいたいわかった。せっかく大多数が旅に出る気があるというのだから、それらしい事を言わなければならないね。旅をするにあたって重要な生活に関する事柄は先生方から聞いていると思うので、私からはトレーナーとしての心構え、ポケモンとの向き合い方について話していこうと思う」
そう言って、サカキはジムリーダーとして、トレーナーを育成する者に相応しい言葉で生徒たちに言い聞かせていく。
生徒側にいる普段は真面目に座学を受けない者たちも、流石にジムリーダーの言う事となれば話は違うようで、とても真面目に聴き入っていた。
「――そして、ポケモントレーナーになったのなら、相手のトレーナーにも、相手のポケモンにも、何より自身のポケモンにも敬意を持って接していくことが大切だ」
話すことは終わったのか、サカキはチラリと先生に目を向ける。聴き入っていたのは先生も同じのようで、ウンウンと頷いて何かに共感しているようだったが、アイコンタクトを受けて慌てて取り繕ったように声を上げた。
「は、はい! サカキ先生、ありがとうございました。 では次に、サカキ先生とクラスの最優秀生徒とのエキシビションを行います。その他の生徒たちも模範となる戦いを見て勉強をするように。ではアキさん、最も優秀な生徒の貴方にエキシビション……模擬試合を任せたいのですが、問題ないですね?」
彼女の名前が呼ばれると、サカキはなるほどと言わんばかりの様子で軽く頷いた。
「アキ……なるほど。君はジムトレーナーの、彼の一人娘か。聞いているよ、
「ありがとうございます! ……あの、今回のエキシビション、私では無くて、彼を……ウィン君を推薦したいのですが」
アキはそう言って俺に指を向ける。先生も生徒も、そしてサカキですら俺に目線を向けてくる。
「え、あの、自分は別に――」
「彼は! 強いです。トレーナーズスクールで彼に勝てる人は先生も含めて誰もいないです」
「ほう?」
先生は予定が狂ったとばかりに慌てた様子でアキとサカキを交互に見ているが、サカキはその言葉に惹かれたようで、目を細めてこちらを見つめている。
「ウィン君……と言ったかな。申し訳ないんだが、生徒全員を把握しているわけではなくてね、君がどういった生徒なのかまだ掴めていないんだ。しかし、アキさんの話を鵜呑みにするなら素晴らしい実力を持ったトレーナーの卵ということになる」
「はぁ、ありがとうございます……?」
気の抜けた俺の返答に対して笑みを浮かべたサカキは、「よし」と言って先生の方を向き直した。
「リリコ先生、授業の時間はまだ大丈夫でしょうか? せっかくですので2人とバトルをしてみたいのですが、どうでしょう?」
「そう……ですか? えぇと、はい、大丈夫です。では皆さん、今からバトルを行うためのグラウンドに出ましょう」
先生はいつも手元に持っている予定表が挟まれたボードを確認して、問題が無いと判断したのだろう。特に言及することなくサカキの話を受け入れて、移動の指示を生徒に出す。
生徒たちは自分が戦うわけではないが、ジムリーダーのバトルを間近で観戦できるということでテンションが上がったまま我先にとグラウンドに駆けていく。
アキは俺のことをチラリと見たが、他の子たちに引っ張られるようにして外に向かっていった。
どういう考えで彼女が俺の事を推薦したのか分かりかねるが、勝ち続けている俺憎しでジムリーダーに負けてしまえばいいとでも思っているのかもしれない。
サカキも外に向かっていくのを見届けた先生は、一人残った俺の傍に寄ってくる。少し不安そうな表情を浮かべながら、恐る恐るといった感じで尋ねてきた。
「ウィン君、アキさんがああやって言っていたけれど大丈夫なのかしら? あなたは確かそこまでバトルが好きじゃないって……」
「大丈夫ですよ、それにジムリーダーと戦えるなんて光栄です」
「そう、そうよね。頑張ってね、先生も応援しているから」
先生は俺の肩をポンと叩いて、それから教室を出ていく。俺もそれに続いて教室から出てグラウンドに向かって歩き出した。
町一つに対してジムリーダーの権限というのは決して小さくない。もし自身がジムリーダーと戦って悪くない成績を叩き出せば、後々のトキワシティでの就職活動で有利に働いたりするかもしれない。
トキワシティはカントー地方で開かれるポケモンリーグの開催地に最も近い都市、つまりそれだけ活気づいているということ。このトキワシティはいわば現代の東京と言っても良いのではないだろうか。
そう考えればトキワシティで良い仕事に就くためにもジムリーダーに顔を売っておく必要があるのかもしれない。
ポケモンバトルは楽しくないが、発想を転換させてみれば決して悪いことばかりではない。心なしかやる気も湧いてくる。
ありがとう、神様!