知識も無いのにポケモン世界にチート転生したが何も面白くない 作:Imymemy
サカキは嘘をついていた。トキワシティ内にて設立されたトレーナーズスクールの生徒についての情報、とりわけウィンという名前の少年の事については特に。
アキという少女については、父親が自身のジムのトレーナーの一人であるというところから軽く知っている程度の事でしかなかった。
そしてその判断は間違っていなかったと、スクール内で外部から講師を招いて行われるエキシビション――いわゆる模範試合、模擬試合で直接戦ってみて良く分かった。
「(戦い方は年齢にしては上手いが……それだけだな)」
エリートトレーナーの卵、年齢を鑑みてもその程度の評価でしかない。言ってしまえばエリートトレーナーと呼ばれる者の数は
ポケモンバトルがありとあらゆる娯楽の中で最も主流となっていて、多種多様なスポーツを差し置いて大会が開かれていることを考えると、ポケモントレーナーという競技の人口は非常に多く、老若男女問わず誰でも携わることのできる競技とも言える。
その中で生まれるエリートトレーナーと呼ばれるトレーナーの実力はピンキリで、ジムバッジを複数の地方で取得している者や、地方のローカル大会のチャンピオン、果ては小さな町の一番の実力者、そういった他人から評価されるような実力者のことを一纏めにエリートトレーナーと呼んでいるだけ。
サカキの評価は中の下、経験を経てみれば中の中から中の上程度の実力になるだろうと予想していたし、3vs3のポケモンバトルをしてみた結果が一目瞭然だった。
アキの使用ポケモンはナゾノクサ、プリン、そして親から借り受けているというヤドンの三匹。対するサカキの使用したポケモンはサイホーンのみだった。
「……うそ」
「悪くない、悪くないが……若いな」
レベルもバッジ未所持相当の相手にまで落とし、タイプ相性も決して悪くない。だがまだ未成年の10歳にも満たない少女がジムリーダーに対して勝つのは些か無謀であった。
若いから、そうサカキは評したが、心中の考えはまるで違った。
「(才能が無い。ポケモンの動かし方、技の選択、指示、そして何よりレベルが足りない)」
レベル。より正確に言えばポケモンの実力を発揮できていない。一例を挙げれば、ポニータは一回のジャンプで何百メートルものタワーを飛び越える力があったと言うが、野生で生息しているポニータにそんな芸当が出来るのだろうか? トレーナーが育てたポニータが出来るのだろうか? おそらく不可能ではない、だが多くのポニータにその芸当が出来ないのは事実だ。
「(ポケモンの実力を真に引き出すことのできる才能、彼女に存在しないとは言わないが、恐らく殆ど無い)」
目算10レベル相当のポケモンを3匹並べたところで、一般の実力しか持ち合わせていないトレーナーが、1.5倍以上レベルの高いサイホーンを崩すことが出来ないのは道理であった。
サイホーンに労いの言葉を掛けてボールに戻し、へたり込んでしまった少女に話しかけた。
「危うくサイホーンがやられかけてしまった、君は素晴らしい才能を持っているね。自身のポケモンを捕まえて、きちんと育て上げればもっともっと強くなる。分かるかな?」
「は……はい。ありがとうございます……」
圧倒的な実力差でポケモンを1匹も削ることなく負けてしまう、そんな経験が前にもあったのだろう。心がポッキリと折れた様子も無く、いきなり泣き出す事もない。おそらく内心で必死に平静を保とうとしているのか。
少女の手を引いて、その場から立たせる。だが放心状態のようになっているので早めにポケモンをボールの中に戻させる。
「……戦闘不能になったポケモンを治療マシンで治してくるといい、ポケモンを良く労ってやり、次に活かしなさい」
「はい……失礼します」
軽くフォローは入れたが、あの反応では馬の耳に念仏と言ったところだろう。面倒ではあるが父親の方に軽く伝えてフォローを頼んでおくことにしよう。
「さて、待たせたね。ウィン君?」
「あー……いえ、別に」
黒髪黒目の普通の少年。人相が悪いわけでもなければ口が悪いわけでもない、多少暗い性格ではあるが本人の生い立ちを知れば決して変なことではない。見れば見るほどただの子供にしか見えない。
しかし外見だけで決めつけるのは時期尚早か、年甲斐もなくワクワクしている。
「先ほど同様、3vs3のバトル。ハンデとして君は途中交代も可能だ。何か疑問は?」
「特にありません」
「では――」
「行け、ニドリーノ」
「スピアー、行け」
スーパーボールとモンスターボール、二つのボールから同時にポケモンが飛び出してくる。なるほど、先鋒はスピアーか、決して珍しくはないが……
彼は、ウィンは孤児だったはず。親から借りているポケモンでは無いが、進化後のポケモンと来たか。
「そのスピアー、君のか?」
「いえ? ビードルの頃からスクールで使っているので進化しただけです。……問題がありましたか?」
「……いや、何も問題はない」
ポケモンが進化している。別に驚くことではないが、気になる点は幾つかある。
「ウィン君、行くぞ……! ニドリーノ、『つつく』だ!」
ニドリーノは命令を聞いて即座にスピアーへと飛び掛かる。額のツノを利用した突進をどう対処する?
「後ろに下がって『みだれづき』」
スピアーは軽やかに後方へ退いて『つつく』を回避したあと、ニドリーノ目掛けて『みだれづき』を打ち込んでくる。流石に飛んでいるスピアーに攻撃を当てるのは厳しいが――
「気にせず受け止めて、『どくばり』を返してやれ」
「引け」
簡潔明瞭。ニドリーノの返しの『どくばり』が打ち出される前に逃げおおせたスピアーに『どくばり』は当たることなく、針は虚しく空を裂くのみだった。
「ヒットアンドアウェイの対応は素晴らしいが、ダメージが弱いぞ。タイプ相性を考えれば別のポケモンに切り替えるのが正解なんじゃないか?」
「タイプ相性……?」
「……は?」
ウィンは不思議そうに首を傾げ、少し考えてから「あぁ」とだけ言って首を振った。
「タイプ相性、確かに悪いですね。でも大丈夫です」
「……なんだと?」
この少年、タイプ相性がろくに理解できていない? おかしい、トレーナーズスクールでは毎日のようにポケモンバトルを実施しているはず。そんな場所でタイプ相性の勉強など耳にタコが出来るほど聞いていてもおかしくない。あまり真面目に覚えていない? 直観タイプか?
舐めている? 違うな、こいつは――
「興味が無い、面白くない、か」
「?」
「いや、何でもない。……ポケモンを変更しないのならこのまま行くぞ!」
「スピアー、とぎすませ」
「構わんニドリーノ、『とっしん』だ!」
「迎え撃て、『みだれづき』」
受けの態勢か、スピアーにとってニドリーノとの相性は決して良くない。特に低レベルの状態で外部から特別に技を習得させていない限り、どくタイプを持つニドリーノを倒す手段は殆ど無いと言ってもいい。
しかし、驚くべき事が目の前で発生した。
『とっしん』に合わせるように撃ち出された『みだれづき』の一撃によってニドリーノが怯み、攻撃を止めてしまう。
「な……! スピアーの攻撃の方が上なのか……!?」
正確に言えば怯みではない、動きが完全に停止したわけではない事から、想定外のダメージが発生したことでニドリーノの動きが止まってしまったのだろう。
そしてスピアーの技は止まったニドリーノに次々と撃ち込まれていく。
一発、二発、三発、四発、五発――最大の攻撃回数を当たり前のように引いたスピアーは、もはや主人であるウィン君の指示を聞くことすらなく、追い打ちとして噛み付き、『むしくい』を行う。
ニドリーノへ指示を行うが、スピアーの『むしくい』によって一気に削られてしまい、ニドリーノは倒れてしまう。
まるで夢でも見ているようだった。タイプ相性をロクに考えていないような少年に、同レベル帯ではあるが有利なポケモンを使用して負けるなんて今まで一度だって無かった。
「……驚いた。そのスピアー、最初に見た時はあまり強く見えなかったが、『みだれづき』に『むしくい』、そのどちらも素晴らしい威力だった」
「えっと、ありがとうございます?」
褒められることに慣れていないのだろうか、少し困ったような表情で感謝を返されてしまい、こちらの気が削がれてしまった。
対峙しているあのスピアー、私の見立てでは決して強くない。同じポケモンであっても個体ごとに強さの差が生じるが、おそらくあのスピアーは下から数えた方が早いであろう個体。トキワの森に出没するスピアー達はもっと動きが速く、そして技も洗練されているのを知っているからこそ分かる。
だが――。
「サイホーン、出たらすぐに『ロックブラスト』だ、行けっ!」
「スピアー、すぐに引いて構えろ」
やはりこれだ、ウィン君の命令を受けたスピアーの動きが、弱い個体特有の緩慢な動きから非常に洗練された俊敏な動きに変化する。
普段は気を抜いているから弱いのか? 違う、おそらくは――
「ポケモンの実力を
出現したサイホーンは間髪いれずにロックブラストを撃ち出すが、回避に専念したスピアーに技を当てることが叶わない。レベル差も個体差も当たれば関係なくひっくり返せるはず、しかし当たらない。
幾度か技をぶつけ合うが、最後までスピアーに攻撃が命中することはなく、スピアーのトドメの『むしくい』に敢え無く倒れてしまった。
「は、はは……ははははっ!」
サイホーンを戻した私は自然と笑いが込み上げてきて、その場で馬鹿笑いをしてしまう。先生もスクールの生徒も、ウィン君も、そして治療が終わったのであろうアキ君も、それぞれ三者三様の表情で私の笑っている姿を見つめている。
「は、は、は……悪いね、久しぶりに心が躍るよ。聞きたい事は色々あるが、まだポケモンバトルは続いている。1vs3……これでは私がチャレンジャーのようだな?」
「いえ……そうですね?」
「子供らしくない、少しは喜んだり楽しそうに笑いなさい」
「はは……」
「まぁ……いい、君の実力がもっと知りたくなった。少々大人げ無いが、子供に対して完敗するのはメンツというものもある……多少本気で行くぞ――行け、サイドン!」
握ったボールはハイパーボール、バッジを7つ以上揃えた相手にのみ出すポケモンを入れておく特注のボールだ。中から現れたサイドンは戦意たっぷりな表情で、スピアーとその背後にいるポケモントレーナーのウィンを睨みつけた。
「レベルは50相当、同じレベル帯であってもコイツを落とすのは少々骨が折れるぞ」
「うわ、大人げない……」
「これが大人さ」
熱くなってきた私に冷や水を掛けてくるウィン君だったが、ポケモンに関して何か言ってくる気配はない。つまり――。
「最初から全開で行くとしょう。『ストーンエッジ』だ!」
「――――」
こうして、最後のポケモンを使った戦いが幕を開けたのだった。