知識も無いのにポケモン世界にチート転生したが何も面白くない 作:Imymemy
トキワの森、トキワシティとニビシティの中間に広がる鬱蒼とした森で、むしポケモンやくさポケモン、それらを捕食するポケモンたちで生態系が構築されている。
入口と出口の付近には大きなゲートが設置されており、正式にゲートから入場を行っておくと、トキワの森に入ってから数日以上経ても出口ないしは入口に到着していない場合は捜索隊が編成されて捜索が始まるという。
道などに沿わず森に潜った場合は、大人や子供を問わず熟練した旅人ですら遭難する比較的危険度の高い森であった。
「食料よし、ボールよし、ポケモン……よし?」
正直なことを言うと、俺はポケモンという存在が恐ろしい。トレーナーズスクールでポケモンの扱い方を学ぶ過程でより一層その考えが強く根付いてしまったと言ってもいい。
この世界の人間は
モンスターボールやボックスに仕舞うために肉体が粒子状に変化する理屈も全く理解できないし、ボールに収まると比較的言う事を聞くようになる理由だって証明できないのだ。
「……さて、何が出てくるか」
ボールの開閉ボタンを押し込んで中からポケモンを取りだしてみれば、出てくるのは青い身体に背負った甲羅――ゼニガメだった。
「……?」
ボールからいきなり排出されたゼニガメは不思議な様子で辺りをキョロキョロと見渡し、困った顔でこちらを見る。敵もいなければ食事もないし、何故出されたのか理解できていないのだろう。
「レベルは5くらいかなぁ……」
ポケモントレーナーが持つ技術の一つにポケモンの実力――レベルを測るものがある。ポケモンの強さというのは、個体ごとの強さ+成長度+鍛錬で身に着ける力+αの、大まかに三つから四つに分類された要素を組み合わせたもののことを言う。
個体ごとの強さは生まれた時から決まっていて、これを変化させる方法は現代科学では存在しないという。しかし後者の成長度――レベルと、鍛錬で身に着ける力の二つに関しては後天的に成長させることが出来る。
生まれたばかりで最低限のバトル経験が無いのだろう、レベルも低く、全く鍛錬、訓練がなされていない。俺はこういうポケモンを望んでいたのだ。
「よろしくな、ゼニガメ」
「ゼ……ニ?」
一目見てゼニガメを見て満足できた俺は何か訴えようとしていたゼニガメをボールに戻す。相手の反応は期待していないのだ、すまん。
トキワの森をどんどん進んでいくと、確かに様々なむしポケモンやくさポケモンの姿が見える。新しいポケモンを捕まえに多くのトレーナーが森を散策しているというが、彼らにとってはポケモンを捕まえるというのは昆虫採集と同じようなものなのだろう。
トキワの森にはある程度踏み均された道が出来ている。それは多くのトレーナーなど、行き交う人々が幾度と通ったから自然と出来ているもので、その道なりに沿って歩けば、半日どころか数時間も経たずにトキワの森を縦断できてしまう。
だがトレーナーは別だ。
「目が合ったらポケモンバトル、知らないの?」
麦わら帽子を被った少年に声を掛けられてしまい、彼の握りしめているボールを見て溜め息が出てきてしまう。これで3回目だった。
ポケモントレーナーはバトルをするのが本分と言われているが、こうも絶えず勝負を挑まれ続けると戦いを回避する方が面倒ではないかと思ってしまう。
1回目、2回目は上手くバトルを避けることに成功したが、今度の少年はどうにも粘り強い。
「お前、トキワシティのトレーナーの間でちょっとした有名人だぞ、負けなしだってな。オイラがその事実、本当かどうか確かめてやるよ」
「あー……」
話題になること、なんだろうなぁ。ポケモンしかやることが無いから皆こういう噂話ばっかり広まってしまう。しょうがない、しょうがない。
無言でボールを取りだした俺を見て、戦意があると見たのだろう。虫取り少年はボールを投げた。
「――行け、カイロス!」
クワガタムシのモンスターといった姿形をしているので、むしタイプで間違いないだろう。
「ゼニガメ」
声掛けと共にボールから出てきたゼニガメは戦意十分な様子でカイロスと相対している。しかしこちらのポケモンのレベルを見て悟ったのだろう、虫取り少年は得意げに語りだした。
「はっ、貰いたてのポケモンだな!? そんなポケモンでこのトキワの森を抜けようなんて甘いぞ! カイロス、挟め!」
「『からにこもる』、そのまま『こうそくスピン』だ」
カイロスは直線的にこちらに向かって、ずつきのような体勢のまま突進をしてくる。攻撃の様子を見て、指示を受け取ったゼニガメは自身の甲羅の中にこもった。
「待てカイロス! 近寄るな――」
「『こうそくスピン』を止めて『みずでっぽう』に切り替えだ」
急停止をしたカイロスに向かって、甲羅から首だけだしたゼニガメは『みずでっぽう』を撃ち出す。高圧洗浄のように、非常に強力な水圧で撃ち出された『みずでっぽう』は、動きを急に変えたカイロスに対して突き刺さる。
「なんだこの威力っ……!?」
カイロスは腹部に受けた攻撃によって後方に吹き飛び、大きな木に激突する。だがそれでもまだ動けるようで、体躯に対して細い己の腕を使って起き上がろうとしている。
「近寄るな、『みずでっぽう』を撃ち続けろ」
「カイロス、『まもる』!」
立ち上がったカイロスは腕を交差に組むようにしてその場で蹲る。するとカイロスの周囲に薄い膜のようなものが出来上がった。『まもる』、あまりにも強い威力の攻撃を防ぐことは出来ないが、今のゼニガメ程度の『みずでっぽう』では攻めきれないだろう。
「『みずでっぽう』を一旦止めろ」
水の無い森の中、ゼニガメがあとどれくらい『みずでっぽう』を撃ち続けられるか分からないし、何より防がれると分かっているのなら撃つだけ損だろう。
「……」
「……くっ」
虫取り少年と俺、カイロスとゼニガメ。お互い向かい合っているが、先に音を上げたのは相手の方だった。
「カイロス! 『ちきゅ』――」
「ゼニガメ、やれ」
技の指示など不要だろう。ゼニガメは指示の直後、間髪入れずに全力で『みずでっぽう』を撃ち出し、『まもる』の解けた無防備なカイロスを吹き飛ばした。
攻撃を受けて木を圧し折りながら吹っ飛んでいくカイロス、それを見た少年は顔色を青くしてカイロスの下に駆けていく。しかしわざわざ近寄らなくとも、モンスターボールを使って手元に戻せば手間も掛からないはずだが、きっと焦っているのだろう。
「か、カイロス!」
虫取り少年はカイロスを揺すり、反応が全くないことに気づいたのだろう。ポケットに入れていた小さなガス噴出機……おそらく『きずぐすり』をカイロスに吹きかけた。
「大丈夫か、カイロス! すぐにポケモンセンターに連れていってやるからな!」
モンスターボールにカイロスを戻し、草の陰に隠すようにして置いていたのだろう、自身のバッグを手に持ってからこちらを振り返った
「えっと、いい勝負だったな……?」
「ふざけるな!」
少年は麦わら帽子を深く被ってしまい目元は見えないが、口元は悔しそうに歪んでいる。バッグを握った拳は強く結ばれていて、少なからずショックを受けていることはすぐに分かった。
「……くそっ、確かにオイラが身の程知らずに喧嘩を売ったのは悪かった。だけどあんな強い攻撃を使う必要は! いや、オイラが悪かった。ごめん」
「まぁ、特に気にしては……それにゼニガメが使ったのは普通の『みずでっぽう』で、特別強い威力はなかったはずだけど」
「オイラの目算だとあのゼニガメはレベルが5から10くらいで、本来はあんな威力の『みずでっぽう』なんて撃たないと思っていたんだ。ごめん、どれだけ言っても悪いのはオイラだよ。オイラは先に行くよ。絡んじまって悪かったな」
そう言って足早にトキワシティとは反対の方向に駆けて行った少年を見送る。もうニビシティの方が近いのだろう。俺は何とも言えない気分のまま、足元にいたゼニガメを見た。
「ゼニ……?」
「才能、ね」
ポケモンバトルをしていると、まるで夢の中にいるような気分になる。空に浮いた状態で、俯瞰的な視点で戦いを見ている。そんな状態で戦いを始めると、相手のやりたい事、ポケモンの動き、思考、これからどうなるか、そう言ったものがぼんやりと見えてくるのだ。
先ほどの戦いだって、カイロスがあとどれくらい『まもる』を続けていられるかも知っていたし、今までの戦いでその目算が外れたことは無かった。これも神様がくれた才能の一端なのだろう。
何より俺は俺自身の意志でポケモンに動きを指示したことは一度たりとも無い。夢の中にいるような状態、いわゆる半覚醒の状態で勝手に浮かんでくる言葉を口にしているだけ。
オートバトル。そんなワードが頭に浮かぶが、深く気にしないよう努める。自分の身体のはずなのに、自分ではない存在が身体を動かしているなんて思いたくもないからだ。
俺自身、神様から貰った
ゼニガメをボールに戻してから降ろしていた荷物を持ち上げる。木が折れることはポケモンバトルでは珍しいことではないけれど、戦いの音を聞きつけて他のトレーナーが寄ってくるのはどうにか避けたい。
ニビシティまであと少しであることを期待して、少し足早に歩き始めた。