知識も無いのにポケモン世界にチート転生したが何も面白くない   作:Imymemy

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ニビシティ

 森の出口にはあっさりと到着した。トキワの森とニビシティを繋ぐゲートを抜けると、少し遠くにはニビシティの街並みが広がっている。

 

 昼間からずっと移動を続けていたので、あと1,2時間も経てば夕方になってしまうだろう。ジムリーダーに挑む前に寝床を見つけるほうが先だろう。

 

 トキワシティを出る前に拝借していたガイドブックをバッグから取りだしてパラパラと捲っていく。目次に沿って見ていくと、ページ数の浅い所にあるのが目的の内容だった。

 

 目的のページを開いて中を確認すると、ポケモンセンターについて、という題名が載っている。ポケモンセンターは公的に建てられていて、トレーナー業を補助する施設だ。

 

 ポケモンの治療と最低限の食事提供サービス、何より無料で宿泊が可能である点が非常に優れていて、旅を続けるトレーナーは多かれ少なかれポケモンセンターを利用しているという。

 

 俺もそれにあやかって、他のトレーナーと同様に、ポケモンセンターに泊まっていくつもりだった。特に事前予約などは必要ないらしいが、食事などのサービスは状況によって受けられない場合があるのだけは注意らしい。

 

 ゲートの出口から多少歩けばすぐにニビシティの入口は見えてきて、街の様子も何となくは掴めてきた。

 おつきみやまのすぐ傍にある山間部の街なので、トキワシティほどの活気があるわけではないが、大きな建物はいくつも並んでいて、全く発展していないというわけでもない。

 

 科学博物館も結構有名ということで、化石やスペースシャトルの展示がされているということで、そういう類のものが好きないわゆるマニアなどが割と訪れているため、ジムがあるということを踏まえても人の行き来はそこそこ盛んらしい。

 

 ニビシティの入口らしきところをくぐって真っすぐ進むと、すぐに目につく場所にポケモンセンターが建っていた。トレーナーらしき人々が出入りしているが、その中にはトレーナーではなさそうな老人などもいる。しかしそれは決しておかしいことでもない。

 

 

 ポケモンセンター内は明るい照明で照らされていて非常に清潔な空間だった。カウンターにいるラッキーやジョーイさんを見つけなければ普通の病院だと思ってしまいそうだ。

 

 奇跡的に空いていたカウンターの前に立つと、それに気づいたジョーイさんが笑顔で話しかけてきた。

 

「こんにちは! ポケモンの治療に来たのかな?」

「あ、はい。それと今日ここで泊まることって大丈夫ですか?」

 

 一回しか戦闘をしていないゼニガメに回復は不要だが、なんだか違うと言いづらくなってしまい、宿泊の相談を兼ねてボールを渡すことにした。

 

 ボールを受け取り、カウンター内側のテーブルの上に置かれていたトレイにボールを置いて、ラッキーに持っていくように指示を出している。

 

「ええっと……ごめんなさい、個室は既に埋まっていて使えないの、貴方から見て左側にある休憩室だったら泊まっても問題ないのだけれど、どうかしら?」

「ありがとうございます。休憩室で眠るんで大丈夫です」

 

 礼だけ言って、ついでにポケモンの回復がどれくらい掛かるか尋ねてみる。するとジョーイさんはカウンターの後ろにある出入口に入って、1分か2分経過すると、どうにも釈然としない表情で戻ってきた。

 

「あなたのゼニガメ、特に外傷はないのだけれど、どうにも喉の辺り、水を吐き出す部分が傷ついてしまっているようなの。外傷だと数分で終わるんだけど、体の内側を治療するのはちょっとだけ時間が欲しいの」

「なるほど……」

 

 弱ったな、治療が長引けば――というか十中八九、今日中にジム戦は出来ないだろう。こんなことだったら森で適当にポケモンを捕まえておくんだったと後悔する。しかしもう手元にポケモンはいないので、これ以上何かすることはできない。

 

「わかりました、どれくらい掛かりそうですか?」

「そうね、治療には30分あれば完璧に治るはずなんだけど、一応検診って形で少し調べてみても大丈夫かしら? すべて含めて1時間でポケモンをお返しするわ」

「1時間ですか、まぁ……はい」

「ふふ、ごめんなさいね。あなた、ちょうど今日旅を始めたって感じの子みたいで、ポケモンも一匹しか持っていないみたいだし、一応ちゃんと見ておいて困ることは無いと思うの」

 

 ジョーイさんなりの優しさなのだろう。そんなことを言われてしまえば断ることは出来ない。俺は改めて感謝の言葉を述べながら頭を下げた。

 

「今日とか明日は10歳になった子供たちが旅を始める日でね、個室が珍しく埋まっちゃったのもそれが理由なの。近い年の子も今日は特にいっぱい見るから、色々話しかけたりして、時間でも潰して待っていてね」

 

 そう言って俺の後ろに誰もいないことを確認したジョーイさんは、内側の部屋に戻ってしまった。

 

 俺はトキワシティでトレーナーとしての資格を手に入れたが、おそらく他の街で今日、同じく資格を手に入れた10歳くらいの子供たちは大勢いるということね。

 

 トキワの森であったトレーナーも確かに子供ばかりだった。嫌になってくる。そんな気持ちを抱えつつ、手持ち無沙汰になった俺は休憩室に入って、取り敢えず荷物を整理することにした。

 

 休憩室は思っていたよりも広くて、L字やI字のソファと、その前に置かれたテーブルがいくつも並んでいて、座るだけなら何十人と収容できそうだ。飲み物が売られている自動販売機もあるし、無料の雑誌や公衆電話も設置されている。

 

 しかしやはりトレーナーが、とりわけ10代の子供たちが非常に多い。子供特有の喧騒で休憩室は騒々しい状態になっていて、これでは満足に休むことは出来ないだろう。

 

 幸運にも壁際に設置されたカウンターテーブルはスカスカだったため、カウンター一番端のちょうど隅の椅子に座り込んで溜息をついた。

 

「……はぁ」

 

 足が痛い。今までほとんどトキワシティの中だけで過ごしてきた俺にとって、トキワの森を通ってニビシティへ向かうのは本当に大変だった。最低限の生活ができる分の荷物を持って歩くのがこんなに大変だとは想像以上だった。

 

 結局旅を始めて良かったのだろうか、そんなことを思い始めるとキリが無くなって、どれが正解なのか分からなくなっていく。

 

 ポケモンに極力関わらないことだって恐らくできるだろう。じゃあ何で旅をしようとしているのか、今からでも遅くない。トキワシティに帰って適当に仕事を探せばいい。

 サカキに、ジムリーダーに言われたから旅を続けているのか、それとも神様から貰った特別な力が惜しくて旅を続けているのか。

 

 そんな思考の海を彷徨っている俺の背後から、恐らく俺を呼びかける声が聞こえた。

 

「おいアンタ」

「は……い?」

 

 同い年くらいだろうか、休憩室にいる他の子どもよりも落ち着いていて、大人びた表情を浮かべている、髪の毛を立てている特徴的な少年だった。

 

「俺はグリーン。あんた、名前は?」

「あの、なんで俺に話しかけて……」

 

 自身をグリーンと名乗った少年は、「はぁ?」と呆れた顔で俺の事を見て、それから自身のベルト近くに嵌めているボールを見せてきた。

 

「俺もあんたもポケモントレーナーだろ。トレーナー同士、仲良くしようと話しかけるのは別に変なことじゃないと思うが?」

 

 仲良くしようとしている雰囲気ではなかったが、そんなことを言い出せば角が立つだろう。多分今、俺はものすごく嫌な顔をしているのだろうが、それでも名前だけは名乗っておく。

 

「……ウィン」

ウィン(勝利)ね、大層な名前じゃんか。あんたカントー出身じゃないだろ?」

「……それが?」

「いや別に、カントー地方でそういう名前を付けるのは珍しいから何となく……それとカントー特有の顔立ちじゃない気がして、かな」

「どうだろうな」

 

 そう言って話を断ち切るが、グリーンは戦意のある笑顔を浮かべると、まだまだ話足りないのか口を開いて話を続ける。

 

「つれないな。ウィンもトレーナーなんだろう? なら、俺と勝負しようよ」

「休憩室には他にもトレーナーがいるだろ……俺よりそいつらに――」

 

「ピンと来たんだよ」

 

「……なに?」

「ウィン、あんたにさ。あんたがポケモンセンターに入っていくのを見ていて、ちょっと気になったんだ。歩き方は猫背気味、荷物も重そうにしていて旅慣れている様子もない、ジョーイさんとの会話からして暗いオーラしかない、多分友達にしたくないタイプだ」

「馬鹿にしてるのか?」

 

「だけど、なんだかこう……ただならぬ気配っていうのか、普通なのに普通じゃないみたいな……とにかくそういう雰囲気がして、わざわざ俺から話しかけてやって、わざわざバトルを挑んだってわけだ」

 

 グリーンは腰に付けてある3つのボールから1つを手に取ると、そのボールを人差し指の上でクルクルと回転させている。そういった一挙手一投足から、グリーンという少年は非常に自信家なんだろうなと思った。

 

「俺は昨日から旅を始めたんだ。持っているポケモンだってこの3匹だけ、なんならハンデを付けてやっても――」

「悪いけど無理だ」

 

 ボールを回すのを止めたグリーンは、眉をひそめてこちらを見る。トレーナーだからこそ挑まれた勝負というのは、特別理由がない限り断ることはしないのが暗黙の了解というものだ。

 そんなルールを無視するような俺の態度が気になったのだろう、グリーンは次の言葉を待っているようだった。

 

「俺は今日旅を始めた。ポケモンは一匹しかないし、今は治療中だ。それに明日はジムリーダーに挑む予定だから今日明日は他に誰とも戦う予定はない」

 

 そう言い切ってしまえばグリーンは何も言えないようで、わかったとだけ言ってボールを戻した。

 

「……どんなポケモンで戦うか知らないし、特に止める理由はないけど、旅に出たばかりの奴がジムリーダーには勝てないよ」

 

 グリーンはそれだけ言うと、踵を返して休憩室から出て行った。

 

 俺はバッグに放り込んでいたペットボトルの水を口に含み、それからまた大きな溜息をついた。ポケモントレーナーってああいう好戦的なやつしかいないのだろうか、口も悪いし。

 

 気に病んでも仕方ない。取り敢えずは予定通り、ニビシティのジムバッジを取ってくること、それだけに注力しよう。それと予備のポケモンもどこかで取っておくべきだろう。

 

 やることは他にもあって決して少なくない、勘弁してくれと思いながら、俺はもう一度、水を飲んだ。

 


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