知識も無いのにポケモン世界にチート転生したが何も面白くない 作:Imymemy
「お預かりしていたゼニガメをお返しします。日を跨いでしまって申し訳ありません」
「いえ、大丈夫です」
渡されたボールをそのまま腰のベルトに付いているボールを嵌めていた箇所に戻す。結局治療は1日掛かってしまった。治療が遅れてしまった理由は簡単で、旅を始めた多くのトレーナーがポケモンセンターを利用したことによって、ゼニガメの検診を行う作業が後回しになってしまったためだ。
「検診結果についてですが、正直なところ良く分かりませんでした。自身が耐えられないほど強力な技――『とっしん』や『もろはのずつき』を使用すると、大抵の場合は外側に目に見える形でダメージがいきます。ただゼニガメがそれらを使った様子はありませんでした」
「……そうですか」
「もう一つの可能性は、自身の身体が耐えられる限界を越えた攻撃をしてしまった場合です。『ふしぎなアメ』という道具を大量に使用した状態で、身体を全く慣らすことなくバトルを始めたポケモンは、似たような状態になると聞いたことがあります」
「『ふしぎなアメ』?」
「はい。かなり希少な道具で、ここカントーではごく少数だけ流通していて、ポケモンを急速に成長させる効果があると言います。ただあなたの反応を見る限り、恐らく使用したわけではないのですね」
首を縦に振ることで返答をする。
『ふしぎなアメ』について聞いたことがあるような、ないような。ジョーイさんの話をそのまま受け取ると、その道具自体は別に悪いものではないが、用法用量という観点から見て、アメを摂取してからすぐに戦いだすのはあまり良くないらしい。
「あなたもトレーナーなら、そう言った道具を使う場合、予め調べて、ポケモンのことを考えてから使用するようにしてくださいね」
「はい。ありがとうございます」
一日を越すために、休憩室に設置されたソファで眠ることになってしまったが、割と高品質なソファだったからか体調自体は悪くない。不思議なことに身体の節々の痛みも殆ど無くなっている。成長期だからだろうか?
何はともあれハナダシティに向かうため、おつきみやまを越えて行かなければならないという。ニビシティに気になる観光場所が無かったので、さっさとバッジを貰っておつきみやまに向かうとしよう。
フレンドリィショップで少し道具を買い揃えて、ニビジムの前まで来た。
しかし今日はどうにも挑戦者――トレーナーが多い。他人より早く、他人より多くジムバッジを集めたいと考えるのは、旅を始めたばかりのトレーナーが多いと聞く(俺もこの中に入るのだろう)。旅を始めたてで、自分の持っている実力がどれくらいか分からないため、取り敢えず一番近いジムに挑戦してみるというトレーナーだっている。
自分の実力を測る。その試金石として今回ジムに人が多く来ているのだろう。
ニビジムはトキワシティと比べてとても大きく感じた。トキワジムをちゃんと見ていないから大きさが掴めていないからとか、土地が余っているから、というわけではなくて、おそらく『いわタイプ』のポケモンを使うため、多くの岩石を設置するため必然的にジムのサイズが大きくなっている。
ジムの外観は非常に大きいが、大量のトレーナーを上手く捌いていくことはできるのだろうか。
ジムに並び始めたジム挑戦者たちを見て、俺もそれに迎合する形で列に並ぶ。前方でジムトレーナーたちが上手いこと捌いているのが見えたので、あまり時間が掛からずにジムへと挑むことが出来るのが分かったため、あまり時間は掛からないだろうという安堵のため息をついた。
俺の予想は決して外れることはなく、1時間も経たず大きい列の殆どを捌き切ったニビジムのトレーナーは、流石に疲れたのか、辟易とした表情で先頭にいる俺を呼んだ。
「君も……ジム挑戦者かな?」
「はい」
「あぁ、なるほど。今日は時間が無いからね、かなり厳しくいくよ。大丈夫かな?」
「大丈夫です」
ジムの中に連れられ、まだ10代後半くらいのジムトレーナーと向かい合う形でバトルスタジアムに立った。使用ポケモンは互いに1匹、本来はもう少し弱いポケモンを使うようだが、今回は厳しいというだけあって使うポケモンのレベルが高いらしい。
バトルスタジアムの様子と言えば、まるで荒野を再現したかのようだった。大小様々な岩が転がっていて、地面も硬すぎず、柔らかすぎず。いわ・じめんタイプのポケモンはきっと戦いやすいだろうなと予想した。
しかし持っているポケモンはゼニガメ一匹のみ、タイプ相性は悪くないが、スタジアムがどう左右するか。
「バトルといこうか、君も口だけじゃないと良いが――行け、イシツブテ!」
「ゼニガメ、行け」
俺とジムトレーナーの男、二人の持つボールからほぼ同時にポケモンが出てくるが、動いたのはゼニガメの方だった。
「『みずでっぽう』」
「イシツブテ! 『あなをほる』だ!」
凄まじい勢いで放たれた『みずでっぽう』を受けつつ、イシツブテは手際良く地面に潜っていく。イシツブテの動きは予想していた通りの動きで、それを上回る動きは全くしてくることはない。
ジムトレーナー側も不利を悟ってはいるのだろうが、戦いを止めるわけにはいかないのか、次の指示を出そうとする。
「行け、イシツブテ! 地面から奇襲を――」
「ゼニガメ、その場で跳んで、地面に『みずでっぽう』を撃て」
「ゼニっ!」
器用にもその場で大きくジャンプをしたゼニガメは、地面に向かって先ほどよりも大量の『みずでっぽう』を放つ。イシツブテが掘った地面からの奇襲攻撃を避けて、返しに強力な勢いの水による攻撃をイシツブテにぶつけることに成功する。
「くっ……撃ち落とせ!」
「『みずのはどう』だ」
ゼニガメは『みずでっぽう』を撃つのを止め、リング状の水を口から撃ち出す。『みずでっぽう』にも負けず劣らずの強力な勢いで放たれた『みずのはどう』によって、イシツブテは技を使う事もできずに吹き飛ばされた。
「イシツブテ!? なんて威力……!?」
「ゼニガメ、とどめを――」
『がんじょう』なイシツブテだと少し驚いた。
いや、ゼニガメの攻撃が弱いだけかもしれない。みずタイプの技を短い時間で2回以上受けたイシツブテは流石に限界なのか、ギリギリ起き上がれるかどうかの瀬戸際にいる。
これで倒しきれないとなると、今のゼニガメが使える技の中にもっと強い技なんてあったか――。
「そこまでだ」
第三者の声によって試合の動きが止まる。ゼニガメも俺が指示を途中で止めてしまったためどうしようかとこちらを見ている。俺も指示を潰されて対応に困り、対面するジムトレーナーの方を見ると、ジムトレーナーは慌てた様子でイシツブテをボールに戻した。
俺の勝ちということで良いのだろうか、ゼニガメを戻すか否かを考えていると、ちょうど俺の背後に存在している、バトルスタジアムの出入り口から一人の男が入ってきた。
「タ、タケシさん!」
ガッシリとしていて浅黒い身体、糸目に短髪。この場で名前を聞いても聞かなくても、テレビで何度か見たことがあるので知っていた。ニビジムリーダーのタケシだった。
ジムトレーナーはタケシの下へと駆けていくと、心底申し訳なさそうに謝っている。
ジムトレーナーは見るからに好青年という感じで結構若く見える、タケシも恐らく近い年代なのだろう、近い年齢同士なのに、ここまで上下関係が出来ているのは傍から見ているとちょっと辛いものがある。
「……何が言いたいか分かるか?」
「タケシさん……その」
困った様子で首を振るジムトレーナーを見て、タケシはゼニガメに視線を向けた。
「技の威力、動き、どちらを見ても俺に挑戦できるレベルに達しているのは最初の技で分かったはずだ。なぜすぐに試合を止めなかった?」
タケシが言い出した言葉を聞いて、なるほどと納得してしまった。今日はトレーナーの数が多く、一人一人を捌くのに時間が掛かるため、使うポケモンがジム挑戦に値するかどうかだけを確認するのが今の試合の必要性だったのか。
ジムトレーナーはゼニガメを一瞥し、困った様子で頭を掻いた。
「すみません。ボールからポケモンを出した時、適正レベルに届いていないように見えたので、確かめなければと思って……」
「……いつも言っているだろう、ポケモンとトレーナーは一心同体。一目見たポケモンの強さがどうであれ、使用するトレーナーによって、ポケモンの強さはいくらでも変わっていく、と」
「すみません、タケシさん」
「いいさ、失敗は次に活かすんだ。さぁ、倒れたポケモンに回復を。その回復が終わるまでは外と試験官役を交代をして、君が代わりの誘導係をやってくれ」
「……はい。失礼します」
ジムトレーナーはタケシと俺に頭を下げてスタジアムから出て行った。それを見届けたタケシはこちらに振り返った。
「……見事な動きだったよ」
「あー……ありがとうございます」
「君でなく、ゼニガメの方だ」
俺の足元にまで近寄ってきていたゼニガメを、タケシはひょいと拾い上げ、ゼニガメの身体などをしげしげと観察をしている。
「君はこのゼニガメを見て、何も気づかないのか?」
「……えっと、何がですか?」
俺の言葉を聞いて首を振ったタケシは、足元にゼニガメを下ろした。
「なるほど。君、少年……いや、名前はなんというんだ? 俺はここ、ニビジムのジムリーダーをやっているタケシという」
「ウィンといいます」
「ウィン……どこかで――。いや、今はいい。ウィンは今日俺に挑みに来たということで間違いないのか?」
「そう、ですね」
「よし、分かった。俺が提案するのは3vs3のシングルバトル、ジム挑戦者ということでハンデを付けて、俺はポケモンが使用不能になるまで交代不可能、君はいつでも交代可能、というところでどうだろうか?」
どうやら問題無くジムの挑戦を認めてくれるようで、タケシは自身のポケットに入れていた木の実――おそらくオレンの実をゼニガメに食べさせながら、試合ルールを提示した。
「はい、問題ないです。ただ、俺のポケモンがゼニガメしかいないので、1vs3で大丈夫です」
「……な、ポケモンが一匹?」
「えぇ、はい」
頭を押さえたタケシを見て、俺は内心なにか間違ってしまったかなと会話の内容を思い出してみる。ジムリーダーの使うポケモンはジム挑戦に限り、挑戦者の所持しているバッジの個数で変えていく。
特にジムバッジを一つも持っていない現状では、レベルの高いポケモンを使うことは絶対にないはずだ。(サカキとはエキシビションという形だったため、おそらく高レベルのサイドンを使用してきたのだろう)
「……ウィン、おそらく君は、少々頑固そうに見える。言っても納得がいかないと思うから、直接分かってもらう事にしよう」
オレンの実を全て食べさせたタケシは先ほどのジムトレーナー同様、スタジアムの向こう側へと歩いていき、後ろに設置してあるポケモンを格納するボックスを弄っている。
ちょっと待つと、ボックスの中から出てきたであろうスーパーボールを三つ取りだした。
「良いだろう。1vs3のポケモンバトル、もしもウィン、お前が勝てばジムバッジを渡そう」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
準備万端と言った様子でゼニガメはスタジアムの戦闘スペースへとトコトコと歩いていく。タケシはゼニガメが到着するのを見届けた後、大きな声で叫んだ。
「改めて名乗ろう! 俺はニビジム ジムリーダーのタケシ! 俺たちのかたい意志、絆を、お前にも教えてやろう!」
「――ウィンです。お願いします」
「行け、イシツブテ!」
「ゼニガメ――『みずのはどう』だ」
タケシの手に握られたボールから、先ほどのジムトレーナーと同じポケモン、イシツブテが繰り出される。
ジムトレーナーとジムリーダー、使っているポケモンは全く同じで、レベルもそう大して変わらないはず。しかし動きが明らかに違った。
「『ロックカット』! 己の身体を磨いてスマートになったイシツブテは、お前のゼニガメよりも早いぞ!」
「――『からにこもる』」
「ゼニ!」
『ロックカット』によって敏捷さを増したイシツブテは間一髪といったところで『みずのはどう』を躱し、即座に身体を丸くして、攻撃の態勢に入る。それに対してゼニガメも同じく対抗するように甲羅の中に身体を潜め、俺の次の指示を待つ。
「イシツブテ、『ころがる』だ!」
「『こうそくスピン』」
強烈な縦回転で迫りくるイシツブテに対して、ゼニガメも『こうそくスピン』によって突撃を行う。ガン、と岩と甲羅がぶつかる音と共に、お互いが後方に吹き飛んだ。
「くっ、やはりそのゼニガメ、強いな……!」
「『みずでっぽう』」
レベルの差によるものか、ゼニガメは後方に吹き飛びはしたものの、殆どダメージを受けず、逆に弾き返されたイシツブテは目を回している。
そしてその隙を見逃さず、ゼニガメの『みずでっぽう』はイシツブテの意識を刈り飛ばした。
イシツブテをボールに戻し、次のボールを構えたタケシは悔しそうに、ボールを構えた手とは逆の左の拳を握りしめた。
「っ……なぜ分からない。ゼニガメは、お前の勝利への意志を汲んでいるからこそ、ここまで急な成長をしているんだぞ!」
タケシはポケモンを繰り出さず、真っすぐに俺を見つめている。
「……認めるよ、ウィン。お前は強い。お前は才能の塊、原石なんだろう。ポケモンの力を真に引き出す才能がある。だが今のお前はその才能に振り回されているだけだ、才能による暴力でゼニガメを傷つけているだけだ!」
「……才能――?」
「……今のお前には何も響かないようだな。危うい状態のお前には、このままバッジを渡すわけにはいかない。行け、イシツブテ!」
タケシは二匹目のイシツブテを繰り出してくる。そして俺はゼニガメに指示を出す。
「ゼニガメ、『みずのはどう』だ」
「イシツブテ、『まるくなる』!」
イシツブテは『みずのはどう』をどうにかギリギリで耐えて、フィールド上の岩の中に隠れてしまった。
『みずのはどう』による衝撃で大量の砂煙が舞い、ゼニガメも俺も、もしかしたらタケシでさえもイシツブテの場所を完全に見失っている。
技の予想は『ころがる』か『ロックカット』辺りだった。『まるくなる』を使ったことによって『ころがる』の威力や速度を押し上げ、次のポケモンに交換することを見越して、捨て身覚悟で来るのだろうか。
相手にはまだもう一匹の手持ちがいて、俺にはゼニガメだけだ。この大きなハンデは結構厳しい。このまま素直にやられてしまうわけにはいかない。
――空気の動きが変わった。イシツブテが動き出した、俺はどこから来ても問題ないように、次の指示を――。
「ゼニガメ、『からにこもる』だ!」
「遅い! 『じばく』だ、イシツブテ!」
スタジアムの中央を大きな爆発が襲う。
『まるくなる』で守りを固めつつ岩に溶け込み、『すなあらし』で身を隠し、『じばく』で相手を削る。ゴローンやゴローニャのように大きな体躯のポケモンでは身を隠すことは出来ないが、イシツブテなら出来るというわけか。
砂煙が晴れる。そうすると状況がすぐに理解できた。スタジアムの中央にゼニガメが転がっていて、イシツブテの残骸が離散している。
「すまない、イシツブテ……」
『じばく』をしたイシツブテに謝っているのだろう、タケシはすぐにイシツブテをボールをしまって、次のボールを構えた。
「イワーク、行け」
いわへびポケモン、イワーク。いわ・じめんタイプ。岩に蛇なんて言ってはいるが、その巨大な岩石で作られた身体は龍を彷彿とさせるほどだった。そしてそのイワークが場に出て、スタジアムを揺らしているのに、ゼニガメは倒れたまま動きを見せる様子もない。
「ゼニガメをしまって、負けを宣言するんだ」
タケシはイワークに攻撃指示を出さない。
イワークは様子を見ている。ゼニガメは倒れている。
「ゼニガメはおそらく既に『ひんし』だ。このまま出していたら死んでしまうぞ」
イワークは様子を見ている。ゼニガメは倒れている。
タケシは俺の様子を見ている。
「ウィン、お前……なぜ、笑っているんだ?」
まだ勝負は終わっていない。