知識も無いのにポケモン世界にチート転生したが何も面白くない 作:Imymemy
ジム挑戦者の中に並んでいる彼は、良くも悪くもただの陰気な少年に見えた。どこにでもいる黒い髪、黒い瞳、少し猫背で、常に地面に視線が向いていた。
俺がジムの2階から挑戦者を眺めていた時、挑戦者たちの多く、まだ旅立って間もない者たちばかりの中、同じような境遇の彼だけが下を向いていた。まるで異物のようにも見えたのだ。
ジム挑戦のために行われた試験としての戦いでは打って変わり、淡々とした指示でありながらも、よく見て、よく考えて指示をしているように見えた。
だが違った。おそらく彼の普段とそう変わらないからこそ、よく見ていなければ気づかなかった。
彼は虚ろな表情で、前を向いているはずが、まるで何か別のものを見ているかのように、自身のポケモンを見ているようで見ていなかった。自分の代わりに戦っているポケモンを、仲間でもなく、友でもなく、家族でもなく、自分の手足を扱うように指示を出している。
俺は今までにも見たことがあった。ポケモンという存在を、目的達成するための道具として扱うその思考、考え方。危うい、非常に危うい思考のまま、知ってか知らずか、自然とそのまま生き続けてしまっている。
彼を、ウィンを、歪んだ状態のまま成長させてはならない、歪んだ状態のまま目的を達成させてはならない。彼の良心を信じて、真っすぐな正しき道へと戻さねば――――。
「ウィン、お前……なぜ、笑っているんだ?」
取って貼り付けたような笑顔、何てことのない少年が、この時ばかりは怪物に変わったのかと錯覚してしまうほどに、恐怖を感じてしまった自分がいる。
「良い勝負、ですよね?」
「……な、なにを」
「……良い勝負だから笑っているんですよ。お互いのポケモンは残り1匹。互角で、勝負の行方はまだ分からない」
「なにを、言っている……? ゼニガメは『ひんし』だ、早くボールに――」
「やっとだ、ようやく、少しだけ分かってきたんですよ」
「なんだ、なにを、なにが……」
何が起きている。ジムの前にいたときから、イシツブテの『じばく』による強制的な勝負の中断を目論んだつい先ほどまでの間、最低限しか話していなかった少年は、ウィンは、まるで水道の蛇口をひねったように言葉を発し始めた。
「才能……ポケモンの強さは、
ウィンは視線をぐるりと、俺から、倒れ伏した『ひんし』のゼニガメに移した。
「
ウィンが発した今日一番大きな声が、倒れていたはずのゼニガメの身体を大きく震わせた。
「ば、バカな……」
『ひんし』の状態のはずだったゼニガメを覆っているのは白い輝き――進化の光だった。
「ポケモンが急速な
「イワーク! 進化を終える前に攻撃をっ! 『じしん』だ、早く技をっ!」
「カメール、『アクアテール』」
進化の途中のゼニガメが、『ひんし』状態とは思えない速度で跳躍してくる。この行動によって、俺は技を失敗したことを悟る。跳び上がってくるとは思わず、その場で最も確実性の高い攻撃を選ぼうと安定した技を選択してしまった。
常に合理的な動きを求めてしまうからこそ、俺がジムリーダーだったからこそ、取ってしまった最大の失敗だ。
「イ、イワーク! 『りゅうの――』」
命令を急遽変更し、イワークが使える中で『アクアテール』を受けずに使えるはずの技を叫ぼうとする。しかしもう全てが遅い、戦いの中で、レベルの劣っている側が勝つには常に正解を取り続けるしかない。
俺は失敗した。
進化を終えたカメールが、想像を絶する破壊力を伴った渾身の『アクアテール』をイワークに向けて放つ。尾から放たれる水の鞭はイワークの岩の身体を易々と粉砕し、スタジアムの四方に吹き飛ばした。
「イワーク!」
「あ」
バラバラになったイシツブテを回収した時同様、砕かれたイワークをボールに収めるのであれば、ポケモンの核が必要だ。
焦る気持ちを必死に抑えて、吹き飛ばされたイワークの頭部にボールを向け、戻す。すぐにスタジアム内に取り付けられていた回復ボックスに3つのボール全てを預けて装置を起動、それで一息つく。
ポケモンバトルは娯楽でもあり、競技でもあり、決闘でもある。実力差が大きければポケモン、トレーナーどちらにも危険は及ぶ。
急激な進化による技の破壊力上昇、そして『ひんし』の状態から進化したことによってほんの少しだけ回復したギリギリの状態、ポケモンが持つとされている特性、『げきりゅう』による技の威力の上昇。全てが噛み合ってしまったことによる一撃は、レベル15相当のイワークを一蹴しても余りある威力だった。
「カメールに……進化、か」
ウィンはそう言って困ったように眉をひそめて、進化したてのカメールをボールに戻した。その行動に、ポケモンを労うことなく扱う行動に、俺は何も言えなかった。
ポケモンとの絆を、意志を、繋がりを信じた俺が何を言おうと、敗者の言葉でしかないのだ。彼には敗者の言葉は届かない。
ウィンはその場に立ち尽くす俺の前まで歩いてくると、申し訳なさそうに頭に手を置いた。嬉しそうに笑っている、そんな笑顔を張り付けている。
「……いや、ありがとうございました。すみません、ちょっとした疑問が解けたのが嬉しくて、つい饒舌に――」
「君は」
「……はい?」
「君はなんのために旅を、バトルをしているんだ?」
先ほどまで貼り付けていた笑顔はどこかへ消えて、ウィンはつまらなそうに零した。
「楽しむためですよ」
次のジムがあるハナダシティへ向かうと言って、ウィンは『おつきみやま』に向かった。俺はそんな彼にジムバッジを渡し、本来であれば勝利をした相手に餞別として渡すはずだった『わざマシン』の代わりに、同額相当の旅費を現金で渡した。
本気で戦っていたら、本気の仲間たちで戦っていれば勝てたか?
今となっては分からないし、今の精神状態のままでは仲間たちにも動揺が伝わって、まともな戦いにならないだろう。
願わくば誰かが彼を止めてくれることを祈るしか――。
「……俺は、何を?」
ニビジムリーダーのタケシが、いわのエキスパートが、トレーナーを導く存在であるべきはずの俺が、誰かが導いてくれることを祈るだって? 普段なら考えもしないような、恥ずべき考えだった。
「彼は確か……トキワシティから来た」
ジムバッジを渡す際に見たトレーナー資格には、トキワシティから来たと間違いなく書かれていたはず。
ここで見て見ぬふりをするのは簡単だ。悪い夢でも見ていたと思えばいい。だがしかし、本当にそれでいいのか? 何もしないということは正解なのか。
「……」
「あ、タケシさん!」
最近ジムトレーナーとしてニビジムに来たトシカズという少年が、俺が待機している部屋に入ってきた。彼はまだとても若いが、俺のいる部屋に入るときにノックを欠かさずするような礼儀正しい人物だ。
そんな彼に呼ばれるまで気づかないほど俺は考え込んでしまっていたようだ。
「トシカズ、どうした? 次の挑戦者か?」
「はい、そうです!」
「分かった、すぐに見に行く。トレーナーの名前は?」
「えっと……アキ、アキさんです!」
「よし、試験官はトシカズ、君が?」
「はい、そうです! タケシさんに挑戦なんて10000光年早いって教えてやりますよ!」
■
ニビジムでのジムリーダー戦までの戦いを経て、俺は神様から貰ったチート能力について多少学ぶことができた。
結論から言うと、『ポケモンバトルの才能』とは、ポケモンバトルに
ポケモンバトルに勝つために、神様のくれたチート能力は、俺の意識をわざと散漫にして指示をさせていた。俺が思考するより、本能が選ぶ指示の方が勝率が高いから。
バトルが始まれば、半分寝ていてもいつの間にか勝っている。そんな状態が続いていて、それが楽しくなかった。そしてそれはタケシとの一戦でもほぼ同じだった。
しかし、そんな中で、手に入れたゼニガメを使ったあの時、あの一瞬だけ、イシツブテの『じばく』によって、ゼニガメの意識が掻き消えようとしていたあの瞬間だけ、初めて脳に血が巡っていくような感じがした。
分かりやすく言えば、オートからマニュアルに操作が切り替わった。そんな感覚。
才能はあくまで才能で、能力ではない。才能とは潜在能力であり、可能性だ。磨かなければそのままで、そしていつか錆びてしまう。
オートでは勝てないからマニュアルに切り替える、確かに当然の理屈だ。弱いポケモンでは勝てないからレベルを上げる、なるほど。レベルを上げただけでは肉体の成長が追い付かず、ポケモンにガタが来るから進化をさせる。だからカメールへと進化した。
神様は間違いなく、俺の願いを叶えてくれたのだ。
楽しく生きたい、貰った
俺がポケモンを楽しむ方法は簡単だった。強い相手とギリギリの、互角の戦いをすれば良かっただけなのだ。そうすればオートからマニュアルに切り替わり、俺の意志で自由にできる、そんなことに気づくまでに随分と時間が掛かってしまった。
ハナダシティへ向かう道中、『おつきみやま』で新しいポケモンを捕まえて、新しくジムリーダーに挑む。これが旅で、これが冒険。
ポケモンバトルは未だに楽しくないが、楽しむために四苦八苦するのは少し楽しくなってきた。少しだけこの世界が好きになれそうだ。