知識も無いのにポケモン世界にチート転生したが何も面白くない   作:Imymemy

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カメール

 おつきみやま。昔から流れ星が降ってくることで有名な山らしく、希少な石や珍しいポケモン、その他に化石などがしばしば見つかると本で読んだことがある。

 

 おつきみやまへと向かう道中にも少なくないトレーナーが徘徊していて、みんな楽しそうにバトルをしている。俺はそれらに巻き込まれないように、出来るだけ人通りの少ない道や視線を避けるようにしていた。

 

 少なくとも俺にとって野良のポケモンバトルをするメリットというのは特に無く、バトルをする分時間は取られるし、指示する分体力だって消費する。旅をしていることもあってお金は決して無限ではない。

 

 むしろ楽しそうにバトルをしている者たちは何かしらの方法でお金には困っていないのだろう。いや、もしかしたら困っていても能天気にしているだけかもしれない。

 

「……おつきみやま、か」

 

 おつきみやまに到着するのに出来るだけ人目を避けて進んだため、想定より倍以上――1時間近くは経過していた。おつきみやまからハナダシティに行くルートは山道を抜けるルートと、化石や流れ星を調べるために昔から掘られていた洞窟のルートがある。

 

 旅慣れていない俺はどちらのルートも不安しかないが、山道で遭難してしまうのは流石にまずいだろうと洞窟のルートを選択することにした。道中あれだけトレーナーがいたのだから、洞窟の中もトレーナーがいるだろうという楽観的な考えもあった。

 

 洞窟に入る前に気づいたが、今日は朝早い時間帯から段階からニビジムに並び、諸々が終わったのがちょうど昼前だったはず。移動も含めればお昼とくるとお腹が空いてくる時間帯だった。

 

 バッグの口を開けて中から食料を纏めて置いた袋を取りだして、自分用とポケモン用のものを取りだして、唯一中身の入ったモンスターボールからポケモンを出す。

 

「……カメール」

 

 進化してしまった、いやさせてしまったと言うべきだろうか。タケシはあの時のゼニガメを『ひんし』だと言っていたが、正確には『ひんし』ギリギリの状態、才能チートによって視覚的に俺の瞳に映っていたゼニガメの体力は赤いゲージがほんの1ミリ程度表示されていた。

 

 『げきりゅう』と名付けられた体力が減っていれば減っているほど技の威力が上昇する特性、これがあることは知っていたし、ゼニガメがそれであることは分かっていたので、俺が強めに声がけをして叩き起こしてやれば逆転できるはず。少なくともそれくらいのレベル差はあったのだ。

 

 しかしそのタイミングで自身の持つチート能力の内容が分かったことにテンションが上がり、本来であればさせてはいけない進化を行わせてしまった。俺のミスであった。

 

 ボールの中から出てきたカメールは、ジムを出てからポケモンセンターに行っていないこともあり、まぁ、ギリギリ……そんなところだった。

 

「か、カメっ……!?」

 

 すわ戦いかとイキんで出てきたのだろう、ボロボロの状態ではあったが戦闘態勢の状態でボールから出現する。しかし戦いではないことに安堵したのだろう、ヨロヨロとその場に座り込んだ。

 

 回復をさせるかどうか。ポケモンフードというポケモン向けの食事を与えつつ、俺はそのことについて考える。

 

 『げきりゅう』のことを考えれば回復させないのが正解だが、倫理的に考えてこんな『ひんし』ギリギリのポケモンをそのままの状態にするのはまずいだろうと、そう思う気持ちもある。

 

ポケモントレーナーの口は軽い。俺が死にかけのポケモンを運用していることを知られれば、孤児院やスクールに迷惑が掛かるかもしれないし、俺自身も迷惑を被る危険性がある。

 

 そうなると自ずと取れる選択は一つしかなかった。

 

「いいきずぐすり……今朝買ったばっかりで高かったのにな」

 

 先日戦った虫取り少年が出していた『きずぐすり』よりも1段階効能が上の回復道具で、20から30レベル程度のポケモンであればこれ一つで最低限戦える程度には体力を回復させてくれる。

 

 こんな薬一本で本当かと思ってしまう気持ちもあるが、ポケモンの生命力はとても高いので大丈夫らしい。

 

 いいきずぐすりを食事中のカメールに吹きかけつつ、適度に水も飲ませる。みずタイプ(それ以外も十分奇妙だが)のポケモンはどういうわけか体積以上の水をどこからか放つことができるが、食事や水なんかはある程度摂る必要があるらしく、食事なんかが十分ではないポケモンは技を使う事ができない。

 

 ファンタジーな生物だよ全く。

 

「カメ?」

 

 回復道具の使用を終えた俺は、空になった『いいきずぐすり』の外側を袋にまとめてバッグに戻す。ポイ捨ては問題になるのでダメらしい。

 

 未だ食事を続けているカメールを傍目に、俺も自身の食事としてエナジーバーを開封して食べはじめる。

 

「カメ? カメ?」

 

エナジーバーに興味でもあるのか、カメールはぐいぐいと傍ににじり寄って来るが、残念ながらエナジーバーは人間用だ。それにしても手持ちのポケモンというのはここまで近いものなのか、スクール時代は興味がなさ過ぎてポケモンと関わるのも最低限にしていたし、スピアーをバトルで使用するときだってこんなことは無かった。

 

「人とコミュニケーション取るのも大変なのに、ポケモンともコミュニケーションを取らないといけないなんて勘弁してくれよ……」

 

 もう自身の食事は終わっているのだろう。食事よりもエナジーバーに興味のあるカメールをボールに戻し、俺もエナジーバー自体を水で流しこむ。

 

 食べたものも含めてゴミ一つ残さないように綺麗に片づけて、それらをバッグにしまって背負い直して、それからまた歩き出す。

 

 食事もケアも出来ているし、一人旅のマナーも守れている。俺は中々良いポケモントレーナーなんじゃないかと自分を見直すことが出来た。わはは。

 

 

 

 

 洞窟内は暗かった。暗かったが、洞窟内にはバラバラな間隔ではあるが、光源としてランタンが設置されていて、取り敢えず普通に通る分は問題ないくらいの明るさは確保されている。

 

 ハナダシティへの単純なルートとして知られているだけあって最低限のケアなんかはされているようだ。しかしそうやって光源が確保されているのは洞窟の出入り口に向かうルートだけで、ちょっと道を外れて別の道を行こうとするとランタンなどは設置されていないらしく、どうしてもそこを通りたい場合は個人で光源を持っていくか、『フラッシュ』という技を持つポケモンか、火を出せるポケモンが必要になりそうだ。

 

 一応自分でも手提げライトは持っているが、諸々使わなくて良いに越したことはない。先駆者に感謝しておこう。

 

 

「ズバット、イシツブテ、サンド、パラス……」

 

 洞窟内を進みつつ、一人の寂しさを紛らわせるため、おつきみやまで良く出現するらしいポケモンの名前を一つずつ上げていく。

 

「イワークに……目撃情報だけだけど、ピッピやドーミラーに、ダンゴロ、ココドラもある――か」

 

 なんだか聞いたことがある名前もあって、ノスタルジーな気分になってきた。取り敢えず何かポケモンを捕まえて、それとカメールでハナダジムに挑みたい。

 

 挑みたい……なんて、まるでゲーム――いや、ゲームだったか。

 

 そんな問答を繰り返していると、何か聴きなれない音が聴こえてくる。なんだこれはと天井を見上げると、なるほどとすぐに納得してしまった。

 

「カメール、出番だ」

 

 天井に張り付いているのは無数のコウモリ、いやズバットであった。

 

「カメっ!!」

 

 ズバットを倒さんと意気揚々と出てくるカメールだったが、今回倒すのではなく弱らせること、つまり捕獲が目的だった。

 

 最初に出たのがズバットだなんて運がいいのか悪いのか、こいつはタイプ的にカメールと全く被っていないので恐らく前者だろう。カメールに指示をしようと意識を切り替える俺に対し、ズバットも敵対的な意志を悟ったのだろう。天井に控えていたズバットの群れが、何十匹という数で襲い掛かってくる。

 

「散らさないとな、カメール――」

 

 あー。あぁ、忘れていた。戦う気になると思考がぼうっとしてくるこれは、チート様ご登場の合図だった。あくまでメインはオートがやって、どうしようもなくなったら(マニュアル)に放り投げてくるらしい。これ何か壊れているんじゃないか?

 

 文句を言ってもしょうがない、口元は半ば自動的にカメールに指示を出している。

 

「『アクアテール』」

「――カメっ!」

 

 回復によって『げきりゅう』は機能していないが、上がったレベルと進化の影響によって十分強力な技を放つことが出来る。『アクアテール』という指示によって、カメールの波のような尻尾から強烈な水の鞭が放たれた。

 

 その一撃は大量のズバットを叩き落し、天井に大きな亀裂を残すほどの威力があった。

 

 しかしそれでも落とした数を上回るズバットの群れは俺とカメールに殺到し、俺たちは黒い波に飲み込まれていく。

 

 ズバットは生物の血やらエネルギーやらを吸い取るらしい。干物にでもなって死ぬんだろうか?

 

 大量のポケモンに襲われる。

 

 俺も、俺は、襲われて、殺される? いや――

 

「『こうそくスピン』だ……!」

 

 ズバットのキィキィと鳴く声と羽ばたきの音の中、俺の指示を聞き取ったのだろう、甲羅の中に篭った状態のカメールは『こうそくスピン』を行い、周囲のズバットを引きはがしていく。

 

 俺はどうだ? 俺を守らせるにはまだ時間が掛かる。あぁ、もう一匹か二匹いたら自分の身は自分で守れたはず。これもまた俺のミスだ。ポケモンを増やしておくって確かにそういう意味があったな。

 

 噛み付いてくるズバットに対して、俺は満足に身体を動かすことが出来ない。自身の命を狙われることへの恐怖か? 蛇に睨まれた蛙の方がもっと動けただろうに。

 

 ズバットは大量に飛び込んできて、俺に噛み付いて、噛み付いて、噛み付いてくる。死ぬのは勘弁だな、嫌だな、そう考えてどうにか振り払おうと努力するが、数が多い。

 

 命の危険からか、自身の心拍の音がうるさいくらい聞こえてきて、それで俺は――。

 

 

 

 ズバットを握り潰した。

 

 

「お、おおっ……!」

 

 身体が勝手に動く。オートのおかげだ。まるで自分の身体ではないかのような膂力を発揮しながら、捨て身のように飛び付き、噛み付いてくるズバットを引き裂いて、俺はゴロゴロと転がる。

 

「『みずでっぽう』」

「カ、カメ!」

 

 俺の状態がヤバいことに気づいたのだろう、慌てて俺の方へと向けて『みずでっぽう』を放つ。カメールの口から撃ち出された水の弾丸がパンッと、背中を思い切り叩いたような音を上げながら、俺の身体に纏わりつくズバットを撃ち抜いていく。

 

 1匹、2匹、3匹。俺の抵抗も含めてあらかたズバットを排除し終えると、攻めるタイミングを見失って困ったように周囲を飛んでいる1匹のズバットだけが残った。

 

「ィ――!!」

 

 残ったズバットは、どうにか俺たちを攻撃しようと『ちょうおんぱ』で攻撃してくる。思考をかき乱されるような不協和音を鳴らされて、俺もカメールも耳を抑えるしかなかったが、指示をせずともカメールが気を利かせて『みずでっぽう』で撃ち抜いたようだった。

 

 俺が新しくポケモンを捕まえようとしていたのは気づいていたのか、最後に『ちょうおんぱ』を出していたズバットだけは、倒さずに弱らせたままでいる。

 

 俺はバッグから空のモンスターボールを取り出して、目標のズバットに向けて命を狙われた不満を籠めつつボールを投げつける。

 

 流石に至近距離で投げつけたボールが外れることはなく、あっさりとボールの中に納まったズバットは呆気なく捕まった。

 

 

「……はぁ、疲れた……」

「カメェ……」

 

 その場にへたり込んだ俺はカメールをボールへと戻すと、ペットボトルを取りだして水を一口飲むと、一息ついた。おつきみやまに入って30分やそこらで命の危険に曝されるとは思わなかった。

 

 旅は簡単なんじゃないかと楽観的な部分がちょっと出ていたが、そんな驕りは一切合切引っ込んでしまった。やはりこの世界は怖すぎる。

 


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