“普通“の魔法使いが憧れの巫女にクソデカ感情をぶつける話。 作:にに(ににんがし)
霧雨魔理沙は強い。
この強いというのは、ただ単に弾幕ごっこが巧いという意味だけではなく、命が懸かった文字通りの死合いにおいてもである。
ともすれば、この魑魅魍魎が闊歩し、日夜鎬を削る幻想郷において最強の一角を担う程に霧雨魔理沙という少女は強い。
これは幻想郷に住まう人々や人ならざる者達が皆口を揃えて言うことである。
理を覆すような強力な異能を持ち合わせているわけではなく、大地を砕くような怪力を持っている訳ではない。
この世の全てを理解するような明晰な頭脳の持ち主でもなければ、未来視じみた直感を持つわけでもない。
確かに、一を聞いて十を知るほどに彼女は賢い。天才と言っても差し支えはないだろう。
しかし、それは凡人という括りの中での話である。
歴史に名を刻むような偉人と比べてしまえば、一段や二段ではきかないほど彼女は劣っていて、天才の括りの中では、彼女はどこまでいっても普通であり、平凡なのである。
故に彼女は自分に対する戒めの意味を込めて、己のことを“普通の”魔法使いと評価する。
では、何が彼女のことを最強の一角と評されるまでにしたのだろうか?
何が霊力の代わりに魔力を持っているだけの村娘を、幻想郷中にその名を轟かす魔法使いに押し上げたのだろうか?
その答えは、彼女の異常なまでに強靭な精神と血の滲むような努力である。
彼女には魔法の師となる人物はいなかった。故に彼女は独学で魔法のいろはを学んだのである。
当然、その道のりは困難を極めた。
あいつは変わってる奴だと、周りの人に後ろ指さされることも少なくなかった。
魔法使いになる事に断固反対だった両親との衝突も数え切れないほどあった。
だけれども、彼女は一度たりとも学ぶことを止めようとはしなかった。
魔道書を取り上げられれば、既に読み終えた書物の内容を頭の中で何度も何度も反芻し、実際にどんなことに応用出来るか考え、それを紙に記した。
家を追い出されれば、雨風がしのげる最低限の屋根があるところで魔道書と睨めっこをしていた。
修行の途中で死にかけた事だって一度や二度ではない。
ある時は、魔力の量が増えるというキノコに類似している毒キノコを誤って口にし、三日三晩激しい吐き気と高熱に襲われ、そこら中をのたうちまわった。
薬品を調合する際、分量を間違えて家が爆発で吹き飛んだ事だってある。
森の中で巨大な魔獣に襲われ、危うく腹に大きな風穴が開くところだった事さえある。
ペンを握りすぎた右手には絶えず胼胝ができ、あまり睡眠をとっていないのか、目の下には深い隈をこさえている。
肌は荒れ、髪の毛も手入れをしていないのかぼさぼさとしていて纏まりがない。
随所に見られる痛々しいまでの努力の跡が今の彼女を作り上げているのである。
何度挫折しそうになったか分からない。
凡人なら既に何十回と諦めてしまう、そんな数の壁に彼女はぶち当たり、その度に彼女はその壁を持ち前の精神力と血の滲むような努力でぶち破ってきた。
周りの人にどう思われても良い。
ただ、自分が知りたいことを知り、なりたいものになる。
そんなある種の強迫観念にも似たような思いが、彼女を魔法の深淵へと誘ったのである。
そしてこの先も彼女は学び続けるだろう。
自分が真になりたいものが何なのかを探し求めて、そして人生において一番のライバルであるアイツに追いつくために。
〜☆★☆★☆★☆〜
私、霧雨魔理沙は今、この茹だるような暑さの中、自分の根城である魔法の森からあいつがいる神社に向かって箒を飛ばしている。
あいつとはこの幻想郷において最強と呼ばれている博麗霊夢のことだ。
私と霊夢の関係を一言で表すなら、それはきっと永遠のライバルだろうと私は一人で勝手に思っている。
霊夢が私のことをどう思ってるのか何て知らないし、どうせ私のこと何て眼中にもないだろう。
だけどそんなことはどうだっていい。誰が何と言おうと私の中で霊夢は永遠のライバルなのだから。
生温い風が私の頬をたたく。
その嫌に生暖かい感覚が私を長い思考から現実世界へ引き戻した。
宙を浮いていると風や太陽の光を遮るものが無いので、地上にいる時より暑く感じ、身体中から汗が吹き出している。
ふと、下の方に目を向けてみるとそこは人里だった。
この炎天下の中、大人たちは今日という日を生きる為に、休まずせっせと働いている。
子供達も男女関係なく、屈託の無い笑顔で泥に塗れながら遊んでいる。
そんな活気に満ち溢れている筈の人里が、何故か私の目には酷く狭いように感じてしまう。
まるで、風切羽を捥がれた鳥達が、外に世界が広がっていることに気付かず、ただ鳥籠という狭い世界の中で生きている。
そんな風に私の目に映ってしまう。
かつてのあいつも、この人里に住む私のことをこんな風に思いながら空を飛んでいたのだろうか?
そんな思いが、私のことを再び思考の海へと引き摺り込んだ。
初めて霊夢のことを見た時、私は酷くあいつに憧れた。
まだ私が実家で親父たちと暮らしていた時、私がふと空を見上げてみると、空を飛んでいるあいつが目に入った。
実家で暮らしている時の私は、親父が営んでいた道具屋を継ぐために色んな勉強をさせられていた。
勉強すること自体は大好きでとても充実していたけど、私は、親父達に縛られて生きていたあの日々が堪らなく嫌だった。
今はもう名前を思い出すことも出来ないが、当時の友達が泥だらけになって皆んなで遊んでいるのをただ遠くの方からから眺めているだけの日々だった。
私だって遊びたい、そんな思いが募っていく一方で、両親達に失望されたくない。
そんな相反する二つの感情に板挟みになりながら生きていく人生はとても苦しく、今すぐにでもここから逃げ出してしまいたい気持ちに何度も駆られた。
そんな時に突如として現れたのが霊夢だった。
あいつは何処までも自由で、何者にも縛られていなかった。
そんな霊夢の生き方は私が最も望んでいたものであり、手に入れることが叶わなかったものだった。
あれは一種の“恋”だったのかもしれない。
自分が望んでも手に入れることができなかったものを持っている霊夢に私は恋い焦がれた。
あいつの隣にいれば、私も何者にも縛られず自由気ままに生きることができるかもしれない。
そうすれば、満たされる事のなかった私の心を満たすことだってできる。
そんな確信めいた思いが頭をよぎった。
それからだろう。気がつけば空を見上げ、ただぼぅっとあいつがいないか探し始めたのは。
そのせいで勉強に身が入っていないと親父に叱責されたのも数え切れないほどだ。
しかし現実とは時に非常に残酷である。
私と霊夢が言葉を交わし、仲を深めていくことは終ぞ成し得なかった。
考えてみれば当たり前のことである。かたやただの村娘である私、かたや博麗の巫女である霊夢。
私達が仲良くなるには身分が違いすぎた。
それに加え、博麗霊夢が拠点としている博麗神社は人里からあまりにも遠く、そして、行く途中に現れる妖怪や魔獣達のせいで危険だった。
当時の私は魔獣を退治することはおろか、空を飛ぶことさえできなかった。
月と鼈、この言葉があの当時の私達の関係に最も相応しかった。
悔しさで何度も何度も涙を流した。
私が置かれている立場も理解し何度も諦めようとした。
それでも、もしかしたらと何度も空を見上げ、その都度自分に嫌気がさした。
そんな私にとって生きにくい日々が続く中、転機が訪れる。
私は親父が仕入れたであろう魔道書を書斎で見つけた。
中身を確認して読めないと判断したのか、その本は無造作に机の上に置いてあった。
私はその古めかしい表紙にナニカを感じ取り、恐る恐るページをめくった。
そこにはあまり難しくないことから、高級でまだ想像することすら出来ないものまで、夥しい量の知識が広がっていた。
そして直感的に思った。
あぁこれがあれば、私もあいつの様に周りに縛られることなく、自由に生きていけるかもしれないと。
その後のことはあまり覚えていない。
覚えていることといえば、読んだ魔道書の内容と、親父に勘当を言い渡されたことだけだ。
今となってはそんなことは微塵も気にしていない。だってあの事があったお陰で今の私はあるのだから。
〜☆★☆★☆★☆〜
そんな事を頭で考えていると神社は目と鼻の先だった。
私は慌てて、箒を減速させ、のろのろと鳥居のところに降り立った。
トンっと乾いた音を私の靴が鳴らす。
私は額に付いている汗を拭いながら、改めて博麗神社の境内を見回してみる。
相変わらずここが幻想郷の心臓となる場所とは思えないほど、閑散としていて雰囲気が暗く、ただ蝉の鳴き声だけが木霊している。
夏だからか、参道のすぐ横には雑草が鬱蒼と生い茂り、拝殿には蜘蛛の巣が張っている。
人里の連中が、博麗神社は幽霊神社だと噂しているのにも納得である。
しかし私はそんなことはあまり気にせずに、参道を進み、拝殿の横にある霊夢の居住スペースがある方に行き、ノックもせずに無遠慮にその襖を力強く開け放った。
「邪魔するぜ!霊夢いるかー?」
すると目の前の卓袱台に思いっきり頬杖をついていてぼぅっとしていた霊夢が顔だけをこちらに向け、まるで厄介な奴が来たと言わんばかりにその目をすぅと細め、言葉を発した。
「あんたねぇ、いつも言ってるけど人の家に来るときはノックぐらいしなさいよ…」
「ごめんごめん…あー、そんなことより境内の雑草酷すぎないか?」
決まりが悪くなった私は頬をぽりぽりと掻きながら、話題を変えるためにそんなことを口にした。
「そんなことって…どうせ参拝客なんて来やしないんだから別にいいでしょ」
「それもそうだな」
「あんた、そこは否定しなさいよ…」
そういうと霊夢は気怠げに卓袱台に顔を伏せてしまった。
「なんだよー、折角私が遥々来てやったのにその態度はかなしいぜ」
「私はあんたのことを客だと思ったことは一度もないわ」
霊夢の素っ気ない態度に少しだけムッとした私は、靴を乱暴に脱ぎ、彼女の方に近づいて肩を揺すった。
「ひどいぜ霊夢ー私とお前の仲だろー?」
「暑いから離れろ」
そんな私の態度が気に食わなかったのか、はたまた暑さのせいでイライラしていたのか、霊夢は伏せていた顔を上げ、いつもより低い声で一音一音はっきりと区切って私にそう言った。
「わかったよ…離れるからその目はやめてくれ。心臓に悪い」
「…ていうか、あんたなんで来たのよ?用が無いなら帰ってくれないかしら?」
私はその質問を待ってましたと言わんばかりに、目を輝かせ、食い気味にハキハキとした声で霊夢に自身の目的を告げる。
「弾幕ごっこしようぜ!」
「嫌。なんでこんなに暑いのに更に暑くなるようなことをしなくちゃならないのよ」
返ってきた言葉は明確な拒絶だった。
よほど嫌なのか、霊夢はまだ私が最後まで言い切っていないのにも関わらず、即答してきた。
しかし私もこんな所で引き下がる訳にはいかない。
なんとかして霊夢を闘いの場に引きずり出さなければならない。
「そんなこと言わないでさ、やろうぜ、弾幕ごっこ」
私は柄にもなく、精一杯の甘ったるい声で霊夢を誘う。
色仕掛け作戦である。
「嫌って言ってるでしょ。ていうかその喋り方気持ち悪いからやめて。今すぐ」
色仕掛け作戦玉砕である。
取り付く島もない、というのはまさにこのような状況のことを言うのだろう。
霊夢は言いたいことだけ言うと、再び卓袱台に突っ伏してしまった。
というか、恥を忍んで精一杯頑張ったのにその反応は酷くないだろうか?
ある程度、霊夢ならそう言う反応をするだろうということは理解していたし、自分自身でもそう思う。
でも実際に面と向かって言われると心にくるものがある。
やはり私には魅力なんてないのだろう。
だが、悲しんでばかりもいられない。
私は霊夢が必ず乗ってくるだろう奥の手を使うと決めた。
「…霊夢が勝ったら賽銭入れてやってもいいぜ…」
私は霊夢に聞こえないかもしれないほど小さな声でぼそっと呟いた。
虎の子、お金で釣ろう作戦である。
「やるわ」
多分、私が呟いてから須臾にも満たない間だっただろう。
霊夢は首を百八十度回転させ、凄みのある顔でそう言った。
その顔は、言ったことは守れよ、と言外の圧をかけてきているのにも関わらず、目だけはまるでお日様のように爛々と輝かせていた。
私はその顔を見たとき、顔を痙攣らせ、おっ、おうと曖昧な返事をすることしか出来なかった。
態度が豹変した霊夢を見て、少しだけ霊夢の将来が心配になってしまったのは秘密である。
〜☆★☆★☆★☆〜
それからの行動はとても速かった。
お金に目が眩んだ霊夢は急いで準備を始めた。
そして準備の終わった霊夢と魔理沙は博麗神社の上空に向かって飛んだ。
これは、これから行われる弾幕ごっこによって神社が倒壊してしまったり、境内にある植物たちが消し炭になったりしないようにしようという配慮に基づいたものである。
しかし、空へ向かう途中、霊夢が弾幕ごっこによって感じるであろう疲労と、貰えるお金の額が不釣り合いだということに気づき、一瞬にして目の光が消えてしまった。
「博麗二重大結界」
霊夢が短くそう呟くと、青の立方体が霊夢を中心に広がっていく。
青の立方体が広がり終えると、それより一回り大きい赤の立方体が青の立方体を覆うように広がっていった。
この結界は、幻想郷の賢者である八雲紫が生み出した弾幕ごっこ練習用の結界であり、この内部で受けるダメージは、たとえ死に至るような強力なものでも気絶で済むという物理法則を無視したとんでもない代物である。
霊夢が結界を展開している間、魔理沙は今一度、自分の装備に不備がないか確認していた。
跨っている箒は柄に目立った傷や損傷は無く、穂先も綺麗に揃っている。
肩から下げたポシェットの中には瓶に詰められた薬品が少々。
そして最後に手に握った八卦炉も術式に狂いは無く、熱によって変形してしまっている箇所や破損部位も見当たらない。
「よし、準備もできたみたいだし始めるか」
八卦炉の確認を終え、そう言った魔理沙は、とてもリラックスしていて自然体だったが、その目にはしっかりと闘志が宿っており、これからはじまる闘いを渇望しているようだった。
一方霊夢はというと、身体こそ魔理沙と同じように脱力し自然体だったが、目にはやる気が感じられなかった。
「はぁ…面倒臭いから早く終わらせるわよ」
溜息混じりにそう言った霊夢は、ゆっくりとお祓い棒とお手製の御札を構えた。
瞬間、静寂が訪れる。
先程までは気怠げにしていた霊夢も、お祓い棒を正眼に構え、しっかりと魔理沙のことを見据えていた。
互いに相手の出方を伺っており、少しでも隙を見せれば、そこを突いて相手を倒すという意思が見て取れる。
最早この場の雰囲気は単なる練習では決してありえない、達人同士が自分の命をかけて臨む死合いのような、そんな剣呑なものだった。
先に動き出したのは魔理沙だった。
魔理沙は手に持っていた八卦炉を流れるように霊夢の方に向けた。
一気に八卦炉の中心に魔力が集まる。高密度の魔力はかなりの熱を帯びており、瞬く間に周囲の空気が揺らめいた。
しかし、その程度では止まらない。
魔力はさらに集まり続け、八卦炉に集まった熱は、気体を構成する分子さえも電離させ、プラズマを放出し始めた。
それでもなお、魔理沙は魔力を放出しない。
まだだ、まだ足りない。霊夢を倒すためにはまだ足りない。
そんな魔理沙の思いに呼応するかのように、八卦炉の周りに迸るプラズマも勢いを増していき、放出の時を今か今かと待ち望んでいる。
そしてその時は訪れる。
一際大きくプラズマが弾けると同時に、魔理沙は目を限界まで見開き、高らかに宣言する。
恋符「マスタースパーク」
次の瞬間、月白が結界の中を満たした。
音すらも置き去りにした光の濁流が、霊夢を呑み込む。
一瞬遅れて、大地を揺るがすような轟音が結界全体に響き渡り、極光は勢いそのまま結界に向かって直進し、激突した。
魔力の奔流は結界をもひしゃげさせた。
かの大妖怪が作り上げた結界をだ、当然この結界は八雲紫が太鼓判を押したものであり、並大抵な攻撃では傷をつけることは愚か、びくともしないだろう。
それを魔理沙は己の魔力のみで成し遂げたのだ。
その威力は想像を絶するものだろう。
次第に辺りを視界を埋め尽くしていた白は透き通った天色に戻っていき、激流じみた魔力の放出は収束をしていった。