寄生虫美女で蜘蛛の世界 作:坂本祐
恥ずかしながら帰ってまいりました(横井さん風)
今日はいつにも増してニューヨーク中の人々は色めきだっていた。
心地よい風にのって吹奏楽の演奏が流れ、普段は多くの車が行き交う大通りは今日だけは特別に歩行者天国となって両端は数えきれないほどの多種多様な出店が連なり、あちこちから誰もが今日一日を待っていたと言わんばかりの楽しげな声と興奮に満ちた声が聞こえてくる。
空には百花繚乱の如く花火が打ち上がり、その度に人々は空を見上げて終われば感嘆の拍手と声が響き渡った。
そう、今日は待ちに待ったオズコープ社主催のパレードの日である。
遂にこの日がやってきた。結局のところ、パレードが開催される今日までにノーマン氏とのアポが取れず、彼がグリーンゴブリンになっているか確認できなかったことはかなりの痛手だが、ハリーの話を聞く限り大丈夫だと思いたい。この際過ぎたこととして切り替える他ないだろう。
「しまった、ギリギリだな…」
ちらりと腕時計を確認すると思ってたより時間がないことに焦り、集合時間に遅れないよう少し早歩きをして集合場所まで向かう。すると、他のメンバーは全員集合していたらしく、小走りで信号を渡る私に全員が気づいたらしく笑顔で迎えてくれた。
「遅れてごめんなさいね」
「時間通りですよ!私たちが少し早かっただけなので気にしないでください!」
「グウェンの言う通りです。アヤ先輩は遅刻してきたわけじゃないですから」
「ありがとう、それにしても二人とも今日もとても素敵なファッションね?あまりにも魅力的だから遠目でもすぐに分かったわ」
「そんな、照れます……先輩の方こそとても素敵です!ね、MJ?」
「ええ、普段もですけど今日は一段と凛としてて綺麗です」
「ふふ、ありがとう。未来のノーベル賞の科学者に稀代の名女優にそう言われるなんて私も捨てたもんじゃないわね」
普段よりも気合を入れているお洒落をした可愛い後輩たちは遅れてきた私を優しくフォローしてくれ、思わず口が緩む。ふと、隣に佇むピーターと目があった。
彼もいつも以上に今日はファッションには気を遣っているらしく、群青色のスタイリッシュなスーツに身を包み、髪の毛もワックスで整えており、首からは見るからに高そうな一眼レフのカメラを下げていた。おそらく、パレードの光景を撮影していい出来のものがあれば、デイリービューグルに買い取ってもらうつもりなのだろう、
私と目が合った彼は目に見えて顔を赤面させた。ははん、なるほど。どうやら、先日のほっぺにキスの件がまだ尾を引いているらしい。
あの時は、間一髪のところを助けてもらったこととスパイダーマンに初めて出会ったことに舞い上がっており、私に正体がバレないかヒヤヒヤしていただろう彼に少し意地悪するつもりで衝動的にやってしまった。今思うと相当頭がヤバいやつだと我ながら思う。
あのあと正気に戻った私は恥ずかしさのあまり自宅のベットで悶絶する羽目になったのだが、こうしてあたふたする彼を見ると、やってて良かったのかもと少し思えてきた。なんだか純粋無垢の少年を誑かす悪女の気分だな。
「ピーター、顔赤いけど大丈夫?」
「ええっ?べ、別に大丈夫だけど?」
明らかに普通ではないほどに挙動不審な彼に他のメンバーは首を傾げるが、その中のハリーがにやりと悪戯っ子のような笑みを浮かべ、ピーターの脇腹を肘でを小突いた。
「意外なのは遅刻魔のピーターが遅れずに来たことだな」
「おい、ハリーそれはないだろ…」
「ハリーの言う通りね!ピーターったらいつも遅刻ばかりで今日も遅刻してきたら何か奢ってもらおうってMJと話してたのに、なんで肝心な時に限って遅刻しないのよ」
「そんなこと話してたの!?良かった、遅刻しないで…」
「良かないわよ、罰として欲しかった腕時計買ってもらおうかな〜」
「買わないよ、因みに幾らするの?」
「1,000ドルよ、お買い得でしょ?」
「お買い得…なのかな?」
「とりあえず全員集合したわけだし、遊びに行きましょう?」
ワクワクが抑えきれないと言った表情をしたMJの提案に異論はないのか誰もが頷いた。
一先ず、パレードの中心部に移動して万が一に備えておきたい。もし、グリーンゴブリンが目覚めているのであれば目立ちたがり屋な嫌いがある彼ならパレードの中心部で暴れ回るに違いないし、それにオズコープ社の重役たちはパレードの中心部を上から見下ろせる場所を陣取っていると思う。
「それもそうね、一先ずパレードの中心部に行ってみる?」
「賛成っ!」
私の提案に元気溌剌に応えたグウェン同様に他のメンバーも頷く。そうして、私たちは他の人たちと同じようにパレードの中心部に足を進める。すると、ハリーが私の真横に歩み寄った。
「そういえば、アヤ。僕の父さんに会いたがってたよね?」
「ええ、そうだけど…」
「パーティの前にみんなを一度父さんに紹介したいから、その時で良ければ少しは時間は取れると思う。それでもいいかな?」
思わぬハリーの誘いに目を丸くした。どうやら、ノーマン氏もこのパレードに来ているらしい。もし、トビーマグワイア版の実写映画のように既にオズコープ社のトップから引き摺り下ろされていれば、オズコープ社の重役達も出席するパレードに顔を出すこともないはずだ。と言うことは、この世界線ではノーマン氏はオズコープ社のトップのままだと判断しても良いのだろうか。
同作の実写映画では、オズボーン氏が理事会の圧力により社長の座から退かざるを得ず、その腹いせにパレードの日に空飛ぶグライダーに乗ってグリーンゴブリンの姿で登場し、パンプキンボムによって理事会のメンバーを殺害してしまうのだがこの分ならその展開はなさそうだ。
「ノーマンさんもパレードに来ているの?」
「うん、父さんはオズコープの重役たちとテラスにいるみたい。さっき電話して確認したから間違いないよ」
「そう、お願いしようかしら。ハリー、本当にありがとう」
「ううん、こっちの方こそ伝えるのが遅れて申し訳ないよ…」
「何の話してるんですかー?」
いつの間に買ったのやらもぐもぐと美味しそうにアイスを頬張り聞いてくるグウェンにクスリと笑みが溢れる。
「ハリーのお父さんにこの後会う約束をしたの。少し確認したいことがあってね」
「ふーん、そうなんですか〜」
「すまない、電話が来たからちょっと席を外すよ」
ハリーはそう言って小走りに歩行者の少ない脇へと小走りに向かう。周囲を見渡すと出店の食べ物を片手に歩いている人たちが多い。少し離れたところではMJが出店で売られていたチュリトスを購入したらしく笑みを浮かべて戻ってきた。ピーターの姿は見当たらないが恐らく写真撮影をしているのだろう。
とりあえず、自分も小腹が空いてきたので何か目ぼしいものがないか、あてもなくブラブラと歩く。
すると、直ぐ近くにいた小さな女の子が空を見上げて何かを見つけたのか、その可愛らしい指を空に向けて手を繋ぐ父親に問いかけた。
「ねえ、パパ!あれ何〜?」
「飛行機かな?いや、違うな。何だろう……」
「……っ!?」
親子の会話を耳にして不吉な胸騒ぎがした私はつられるように視線を上空に向ける。雲ひとつとない晴れ晴れとした青空に一つぽつんと宙に浮かび、それは明らかに生き物ではない何処か挙動不審な動きをしてパレードの中心部に近づいてきている。速度はあまり出てない。
「先輩?」
「どうかしたんですか?」
立ち止まりじっと宙を見つめる私を不審に思ったのか二人が心配そうな声を出すも、返答する余裕もなかった。たらり、と額から汗が落ちるのを感じながらもジッと徐々に近づいてくる物体を凝視し、その正体が分かると安堵の息を吐いた。
「ドローン、か……」
なんてことはない。ただのドローンだった。誰かが遠くから遠隔操作してパレードの様子を上空から撮影しているのだろう、あっちへふらふらこっちへふらふらといった具合に上空を彷徨っているかのように飛んでいる。
「先輩?ドローンがどうかしたんですか?」
「いえ、なんでもないわ。それより、お腹すいちゃった。私も何か食べようかしら…」
「それなら、おすすめありますよ。このチュリトスとかどうですか?甘くて美味しいですよ?」
「あら、くれるの?ありがとう、一口もらうわね…」
MJから差し出されたチュリトスを一口貰う。緊張と不安が解けたらお腹が空いてきた。何か美味しそうなものがないかチュリトスを頬張るMJとアイスを食べ終えたグウェンと歩いていると、少し離れたところでピーターが一人写真を撮っているのを目に入り、彼の背中に歩み寄る。
「何を撮ってるのかしら?」
「わっ、あ、なんだ、アヤ達か……」
肩をビクッと震わせ、ピーターは勢いよく振り返った。心底びっくりしたような表情でこちらを凝視しているが、後ろから声をかけただけなのにそこまで驚かなくてもいいと思うもまだ彼の心は整理がついてないのだろう。
「ピーターったらそんなに驚かなくてもいいのに。それで何を撮っての?」
「あ、ああ……パレードの様子を撮っててね。いい写真が撮れればデイリービューグルに買い取ってもらおうと思って」
「ふーん、ちょっとだけ見せてもらってもいいかしら?」
「いいよ、はい……」
カメラを受け取り、一枚一枚丁寧に確認する。どの写真も綺麗に撮れており、一枚としてピンボケしたものがない。流石の技量だ、私だとこうもいかないだろう。すると、一枚の写真が目に止まり思わず手が止まった。吹奏楽団を写したもので、誰が見てもパーレードだとわかるものであり、構図もアングルもとても良く出来ているものであった。新聞の一面になっても謙遜ない出来前だと思う。
「あら、この写真なんていいじゃない」
「そ、そうかな?」
「ええ、やっぱりピーターは写真撮るの上手いわね。また今度現像した写真もらってもいいかしら?」
「勿論、今日撮った写真はまたあとでメッセージに送るね」
「ありがとう、楽しみにしてるわ…」
ニコッと笑顔を浮かべるとピーターの頬は僅かに赤く染まった。そんな彼に目敏く気づいたのか、悪戯っ子のグウェンはニヤリと笑う。
「あらあら、ピーター君ったら先輩の笑顔に悩殺ですかぁ〜?」
「ちょっと、グウェン!?そんなことないけどッ!?」
グウェンが面白がって指摘して弄り倒す。それに慌てふためくピーター。やっぱり、ピーターは純粋無垢な少年らしい。でも、そこが彼の良さであり私は大好きだ。ヒーローはやっぱり純粋な心を持っていることが何よりも心が惹かれる。いつもと変わらぬ日常に私はクスッと笑った。
時刻は正午を迎える頃、一通りパレード会場を見終えた私たちは、ハリーに連れられてノーマン氏がいるテラスへと足を運んだ。まだ内部には入れてないが流石は世界有数の大企業の重役が使用するテラス、遠目でもこれでもかと言わんばかりに建物内部の装飾に拘っているのが素人目でもわかる。
「すごい豪華…」
「なんだか気後れしちゃいますね」
「夜はもっと凄いだろうから今のうちに慣れておいた方がいいよ」
「やっぱり、セレブの世界は一味違う…これは肩身が狭いなぁ」
「ピーターはいつもこれ以上のスリルにあってるだろ?スパイダーマンの活躍を写真撮影するなんて今の比じゃないだろうし」
「や、あれはいつもたまたまというか偶然だから。慣れたもんじゃないよ?」
「ふーん、とりあえず、中に入るよ」
出入り口の警備員にハリーは一言二言話すと、事前に通達されていたのか脇に控えていた給仕が私たちを邪魔にならないテラスの出入り口の脇まで案内してくれた。ハリーだけは一人テラスの中心部へと足を運ぶ。
中心部には一際お洒落な高身長の男性が談笑しているのが目に入った。恐らく、あの人がノーマン・オズボーンなのだろう。顔立ちや目元などの相貌が遠目からでも息子であるハリーとよく似ていることがわかる。談笑していたノーマン氏を呼びかけるとそのまま引き連れて戻ってきた。
「はじめまして、私がハリーの父親のノーマンだ。いつも息子がお世話になっている」
にこやかに微笑むノーマン・オズボーン氏は見るからに人が良さそうな方で、ファッションやそのスタイル、ダンディな雰囲気を漂わせる容姿をみれば世界トップクラスを誇る大企業の社長というよりかは大御所のハリウッド俳優のようだ。
「父さん、こちらから友達のアヤ・ブレアにメリージェーン・ワトソン、グウェン・ステイシー、そしてピーター・パーカー」
ハリーが手慣れた様子で順々に紹介すると、友人を代表して年長者である私が一歩前へ出てにこやかに微笑むノーマン氏に手を差し伸べ握手をした。
「お逢いできて光栄です、ノーマンさん。アヤ・ブレアです。今日はオズコープ社のパーティにも出席を許していただきありがとうございます」
「なに、息子の頼みだ。それに息子の友人たちなら喜んで歓迎するよ。ブレア、ということはもしや母親はマナ・ブレア君かな?」
「ええ、母はマナ・ブレアです。昔、同じサークルにいたとか」
「ああ、彼女のことは忘れられないよ。彼女ほどユニークな研究者はそうそういない。今回の件は大変残念だ、遅れてしまって申し訳ないがお悔やみを申し上げる」
「いえ、オズボーンさんにそのような事を言っていただけるなんて母も喜んでいると思います」
その後、ノーマン氏は私と同様にピーター、MJ、グウェンと軽い自己紹介をしてから一人一人話をした。
ピーターはノーマン氏が創設したオーズの会員であった父親のリチャードさんのこと、学校のこと、そして今の生活のことなど話していた。他の二人はまあ似たような話で、一通り話し終えたノーマン氏が一息ついたところで丁度ポケットから電話が鳴った。
「失礼、ちょっと席を外させてもらう」
そういうと、彼はスマホを取り出して通話に出ると足速にテラスから出て行った。誰にも聞かれたくない話なのだろうか、少し気になるがどちらにせよ一人となったノーマン氏に踏み込んだ話をできるのは今しかない。
「ハリーのお父さんって大企業の社長でイケメンで尚且つあんなにも紳士だなんて本当に夢のような素敵な人ね」
「ありがとう、MJ。そう言ってくれると嬉しいよ」
「このケーキ美味しい……なに?ピーター、そんな顔して。もしかして欲しいの?ふふ、残念だけどあげなーい。欲しかったら私みたいに給仕さんに頼むのね」
「いや、大丈夫。というか、こういう場でも自分を貫く君の物怖じしないところ本当に尊敬するよ」
「その手には乗らないわよ。そんなに褒めても何も出ないし上げない。この絶品ケーキは私のものなのだ」
「や、別に褒めてるわけじゃ…」
「ごめんなさい、少しお手洗いに行ってくるわ」
「お手洗いはホールを出て突き当たり左にあるから」
「ええ、ありがとう」
ハリーの気遣いに礼を述べてノーマン氏の後を追う。テラスの出入り口を抜けると少し離れたホールの脇で通話をしているノーマン氏を見つけて、一直線に足をすすめる。すると、彼は通話を終えたのかスマホをポケットにしまい込み、先程のテラスに戻ろうと踵を返したところで目があった。
知り合いに目があったことに気づいた直後、すぐさま微笑むのはハリーの父親だからだろうか、外見だけでなく性格などもやはり似ている。
「おや、アヤ君。私に何か用かな?」
「ええ、ノーマンさんに少しお尋ねしたいことがありまして」
「ふむ、遠慮はいらないよ。言いたまえ」
さて、挨拶も程々に本題にいこうか。まずは、軽いジャブだ。
「ノーマンさん、最近体調がすぐれないとハリーから聞き及んだのですが、その後体調の方は宜しいのですか?」
私の質問内容が予想外だったのか、ノーマン氏は目を丸くした。
どの作品においてもグリーンゴブリンは演技派なのか内に秘めた凶暴性を巧みに隠し、息子であるハリーにさえ感知させないほどにノーマン氏の擬態がうまい。まあ、時々ボロが出ることもあるけど。
「ああ、心配いらないよ。処方している頭痛薬が優れものでね。今までにないほど体調はいい」
「そうですか、それは何よりです。何事も健康がいちばんですからね、疲れた時は些細なことで怒ったり、頭の中に誰かの声が聞こえたり、記憶が断片的にないときがありまして…ノーマンさんも同じ症状がありませんでしたか?」
無論、嘘だ。これらの症状はノーマン氏がグリーンゴブリンに変身する間近に見られる代表的な兆候であり、もし発症していなければ彼はまだヴィランになっていないと断言できるだろう。
すると、ノーマン氏は私の虚言に今度はどこか心配そうな表情に変化した。
「いや、そのような症状は出たことはないが……若いとはいえ無理をしちゃいかん。休める内に休む。それが成功の秘訣だ」
じっとノーマン氏の表情を窺うが虚偽を述べているようには見えない。既に彼がグリーンゴブリンであるなら先程述べた症状のうち一つは発症しているだろうし、それを否定するということはまだノーマン氏はグリーンゴブリンになっていないと考えても良いのではないだろうか。
将来どうなるかは定かではないが、今はまだグリーンゴブリンになっていないと分かっただけでも充分だ。今後の対策を考えて私ができる範囲内のことを実行し、このまま彼がヴィランに堕ちないことを祈るほかない。
「ご忠告、ありがとうございます」
「さあ、今日は存分にパレードにパーティを楽しんでいきたまえ」
そういうと、ノーマン氏はニコリと慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
陽は沈み、中天に月が浮かぶ頃。私は車に揺られて、移りゆく景色を車窓からぼんやりと眺めていた。
夜の街を彩るネオンの光が灯され、陽はとっくに沈んだ時間帯だというのに多くの人たちが帰宅することなく店や外で思い思いに遊び、食べている。誰も彼もが楽しそうだ。
パレードは私が懸念していたことなど杞憂だったと言わんばかりに無事何事もなく進み、残すところ終わりを告げる最後の花火だけとなった。外にいる彼らも、花火が打ち上がるその瞬間待ち望んでいるのだろう。
窓の景色を眺めながらふと今日の出来事を思い返す。
ノーマン氏との面会を終えた私たちは、再びパレードを存分に楽しみ当初の予定通り少し早めに解散すると、オズコープ社主催のパーティに出席するための正装に着替えるべく各々帰宅した。
パーティには会場で集合する手筈で最初はタクシーで会場に向かう予定だったが、ハリーが気を利かせて彼のお付きの使用人たちにそれぞれ送迎を頼んでくれ、今こうして車に揺られて会場に向かっている。
すると、目的地に着いたらしく車はゆっくりと止まった。
「ブレア様、着きましたよ」
「ええ、態々送っていただきありがとうございます」
「お気になさらず。ではパーティ楽しんで下さいませ」
使用人に送迎の謝礼を述べて車から降りると、そのまま会場のホールへと向かう。
道中、いつもよりやけに視線を感じるが気のせいではないだろう。というのも、今日着てきたドレスは自分で言うのもなんだが、かなり扇状的で妖艶な雰囲気を漂わせるものであった。背中ががっつり見える黒色のドレスなので少し恥ずかしいが、ここは堂々と背筋を伸ばして歩く。猫背で歩いていたら折角のオシャレも台無しだ。
ふと、私と同い年くらいの若くて綺麗な銀髪の女の子と遠目ではあるが目が合い、ニコッと笑うと向こうも笑い返してくれた。うん、可愛い女の子だ。スタイルが良くて見に纏う真っ黒なドレスが銀色の髪と相まってとても魅惑的な雰囲気を醸し出している。
そんな彼女だが用事があるのか、パーティの会場から離れていった。何かあったのか気になるが今はパーティ会場にいるであろうピーターたちと合流せねば。
コツコツとヒールの音を響かせながらホールの入り口前に近づき、受付のボーイに招待状を見せるとにこやかに会場に通してくれ、昼間の賑やかなパレードとは打って変わり、パーティ会場は煌びやかな世界が広がっていた。
豪華絢爛なシャンデリアが灯された下で、誰も彼がお洒落なスーツやドレスに身に纏い、お酒の入ったグラスを片手に談笑している。
映画などで良く見るセレブのパーティの光景を目の前にして少し気後れしてしまうが、一先ず友人たちと合流しよう。このままでは、肩身が狭くて息が詰まりそうだ。
会場を端から端まで見渡すとホールの脇にピーターたちを見つけ歩み寄った。
場違いにならないように気をつけているのか普段よりも幾分声を抑えながらも賑やかな様子でお喋りをしていたが、どうやら私に気づいたらしく会話をやめてこちらに視線が向いた。
「アヤ先輩っ!凄いセクシーですね!めちゃくちゃ似合ってます!」
「先輩、本当に綺麗。なんだかハリウッド女優みたい……」
二人の賞賛の声に思わず頬が緩む。私の背伸びしたドレス姿に目をキラキラと輝かせるグウェン、見惚れているMJであるが二人ともドレス姿はとても綺麗で魅力的だった。
MJは濃い紫色をした大人っぽさを意識したドレスに身を包んでおり、ティーンエイジャーだと思えない大人びたその容姿と相まって成熟した妖艶な色香を醸し出している。舞台女優ではなくモデルでも通用すると思うほど彼女はスタイルが良く、器量も抜群で尚且つファッションセンスもいい。
反対にグウェンは女子高生感を全面に出しつつも、少し背伸びしたかのような色っぽさを出す白色の花柄のレースが施されたドレスに身を包んでおり、それがとても似合っている。小悪魔な彼女だが天使のようなその可愛らしい容姿と自分のことを熟知したファッションをするため、もし彼女が日本のアイドルになれば瞬く間に一躍時の人になるだろう。
こうしてみるとやはり二人はいい意味で対極的な存在だと改めて認識した。
「ありがとう、とても嬉しいわ。二人もとても綺麗で魅力的よ?私が男の子だったら絶対に口説いてたでしょうね」
「アヤ先輩だったら勿論OKです!ね、MJ?」
「ふふ、そうね。アヤ先輩ほど綺麗な人なら口説かれてもOKしちゃいますね」
二人の冗談にクスリと笑うが、ふと呆けた様子で私を見つめるピーターと目が合った。彼も今日はパーティ仕様のステキなスーツに身を包んでおり、普段よりも幾分か大人っぽくみえる。やはり、彼も二人に負けず劣らず顔立ちは整っている。
「それにピーターもとてもカッコいいわ」
「あ、うん。ありがとう…」
心ここに在らずと言わんばかりの気返事にグウェンはにやりと悪戯っ子の笑みを浮かべるとそそそとMJに歩み寄った。
「おやおや、見まして、MJさん?ピーター君ったら先輩の色気に骨抜きになったようですわ」
「だらしないお顔だこと……」
「ちょっ、二人とも!」
何処ぞのお嬢様のような会話を繰り広げる二人の弄りにピーターは焦った様子でしどろもどろに反論するもそれを尚更二人は面白がって弄り倒す。いつもの漫才を繰り広げる三人に思わず失笑してしまうが、ふと視界に見知った顔が目に入った。
前回は白衣姿でお会いしたが今日はビシッと決めているスーツ姿のカーティス・コナーズ博士だ。その隣には恰幅のいい眼鏡をかけた中年の男性と神経質そうな白髪混じりの男性と談笑している。以前、ハリーが話していたパーティの出席者と私の推察が正しければ恐らくあの博士たちだろう。
「あら、コナーズ博士もいるみたいね。ちょっと挨拶に行きましょうか」
昔話に花を咲かせているのだろう、とても朗らかな雰囲気で会話をする三人に歩み寄ると、そのうちの一人であるコナーズ博士は私たちに気付いたらしく、視線をこちらに向けるや目を丸くした。
「ご機嫌よう、コナーズ博士。とても素敵なお姿ですね」
「おや、アヤ君たちか。ありがとう。皆んなとても魅力的だよ。その歳でそのドレスを着こなせる子らは中々いないだろうね。ピーターはとても男前だ。スーツがとても似合っている。今日はハリーに誘われたのかい?」
「ええ、博士。そちらの方々は?」
「おっと、すまない。私としたことが…こちらから、オットー・ギュンター・オクタビアス博士、そしてジョナサン・オーン博士だ。この前教えたと思うがマナとリチャードが所属していたオーズのメンバーだよ」
オクタビアス博士に目を向けると、愛想の良い笑顔でニコッと微笑まれ思わず会釈を返して歩み寄った。身長は少し高めで且つ横に広い恰幅の良い体型で、見るからに人の良さそうなお人で人たらしを思わせる雰囲気があった。
「お会いできて光栄です、オクタビアス博士、オーン博士。マナブレアの娘のアヤブレアです」
「これはご丁寧にありがとう。コナーズの紹介に預かった、オットー・ギュンター・オクタビアスだ。君の母親とはとても有意義なひとときを過ごさせてもらった。遅くなってしまったが今回の件、大変残念だよ。お悔やみを申し上げる。なにか私にできることがあれば遠慮なく言いなさい。力になろう、いいね?」
「はい、ありがとうございます。オクタビアス博士」
その隣に佇むオーン博士は学者然とした表情で私を見遣ると口を開いた。
「確かに面影がある。どちらも若かりし頃の二人に似ているな」
私とピーターを通して昔を思い出しているのだろう、三人からそう優しい面持ちで見つめられると背中がむず痒いしピーターもどうしていいのか分からないのか少し居心地が悪そうだ。
だが、そんなことよりも私は心中穏やかではなかった。というのも、事前にハリーから聞いていたメンバーの一人足りないのだ。
「コナーズ博士、モービウス博士はお見えになられましたか?」
「ああ、モービウスなら残念だが今日は欠席だ。なにやら体調を崩したらしくてね、急遽キャンセルになったんだ。珍しいことだよ。彼は体調管理には余念がなかったからね」
コナーズ博士の言葉に思わず強烈な不安が込み上げる。個人的見解にはなるがスパイダーマンにおいて意図せず人間の枠組みを超えて変身してしまったヴィランの大半は必ずといっていいほど体調不良に陥った末に変身するキャラクターが多い。モービウスもそのうちの一人だろう。一先ず、彼の所在と進行状況を確認しない限り対応できない。
「そうですか、それで今はどちらに?」
「今は自宅にいると思うが…そういえば、ハリーはまだ来ていないのかな?」
ちらりと腕時計を見遣るともうそろそろパーティが始まる時間である。スパイダーマンの活動で遅刻することが多いピーターと違い、ハリーは時間厳守を心掛けているらしくここまで遅れているのは滅多にない。コナーズ博士の言葉に私たちは周囲を見渡すもハリーの姿が見えず顔を見合わせる。どうやら、誰も所在を知らないらしい。
「まだ見てませんね…でも、もうすぐ来るとは思いますよ、ハリーは時間にはルーズじゃないし、そろそろパーティも始まる時間帯ですから……」
すると、天井の照明がゆっくりと暗くなり遂には消灯する。壇上の方を見遣ると其処にはスポットライトに照らされた司会進行役の若者が慣れた様子で挨拶をしてパーティの主役であるノーマン氏を呼び込び、壇上脇からこのパーティの主催者であるノーマン氏が眩いスポットライトに照らされながら現れた。
「ハリーは遅刻か…」
「珍しいこともあるのね。遅刻魔のピーターならまだしもしっかり者のハリーが遅れるなんて……」
「今日は大雨が降るかも。あ、しまった。傘忘れた…」
「大丈夫よ、MJ。いつも遅刻してわたしたちを待たせてるピーター君が家まで送ってくれるらしいから。ね?遅刻魔のピーター君?」
「うぇっ、つ、謹んでやらせていただきます……」
「よろしい」
ノーマン氏は壇上のマイクスタンドの前まで足をすすめると、大勢を目の前にしても緊張を感じさせない自信たっぷりな笑みを浮かべて口を開いた。
「ご紹介に預かりました、ノーマン・オズボーンです。お集まりの皆さん、今日はお越し頂き誠にありがとうございます。
「オズコープ社を起業して早30年の月日が経ち、今や世界トップクラスを誇る大企業と成長しました。しかし、決して順風満帆の道のりではなく苦難と苦渋に満ちた末の成功でした。ですから、オズコープ社は私の生きた証であり、大切な我が子のような存在でもあります」
「さて、話は変わりますがここ最近私の体調がよろしくないということで、先日の会議では一時療養のためにオズコープ社の代表取締役を辞退せざる得ないと会議の末に満場一致の議決がなされました。この場をお借りして、私は声を大にして言いたい……」
「ふざけるなッッッ……!」
音割れした怒号が響き渡る。会場の誰もがノーマン氏の豹変に息を呑んだ。先程までの優雅で自信に満ち溢れた雰囲気から一変、今の彼は狂気と怒りに満ちた表情で会場を見渡すとお目当ての人物を見つけたのかパーティ中央の一団体を射殺さんと言わんばかりに睥睨し、これまで心の奥底で溜めていた忿懣をぶつける。
「この私がクビだと…ッ!?オズコープは私が作り上げた会社だぞ…ッ!」
「どれだけこの身を捧げてきたと思っているッ!?」
あまりの剣幕に誰もが身動きできない中で、私は壇上で怒りを露わにするノーマン氏を見てこれから繰り広げれる惨劇の予感がした。
最悪の展開だ。考えたくはないが、恐らく彼は目覚めていたのだろう。昼間にノーマン氏とあった時はそのような言動は欠片もなかったし、今は気づけなかったことに臍を噛むよりない。
用意周到で残虐性に満ちた彼ならば会場の何処かに爆弾を仕掛けていても不思議ではない。いま、不用意に動けば被害が増すばかりだろう。
周囲を見渡すが会場の照明はノーマン氏の挨拶が始まる前に消灯されているし、唯一の光源は壇上に向けられたスポットライトのみ。この状況下では爆弾を仕掛けられているかわからない。
すると、壇上で吼える友人の父親のあまりの迫力と狂気に真横にいたグウェンとMJは怯えた様子で其々私の手を握ってきた。余りにも冷たい手に焦っていた私の頭を冷静にさせてくれた。
「せ、先輩……」
「大丈夫よ、一先ず今は動かないで…」
怯える彼女たちを安心させるようにニコッと笑うが変化はなかった。
「ノーマン…どうしたというのだ…」
そばにいるコナーズ博士をはじめオクタビアス博士とオーン博士も昔からの友人の怒りに満ち溢れた姿に驚くあまり呆然と立ち尽くすばかり。このままでは、彼らの人生に狂いが生じてしまい、その果てにヴィランに落ちてしまうやもしれない。最悪な将来が次々と想起するも今はこの状況をどう切り抜けるか。
「いいか、これは新たに生まれ変わった私からのプレゼントだ。存分に楽しんでくれたまえ……あっはっはっはっはっ!」
先程の怒りに満ちた顔から一転、今度はニヤリと悪魔のような笑みを浮かべると狂気に満ちた甲高い笑い声を上げる。まるで、誕生の産声を上がるかのように。そう、彼は最早ノーマン・オズボーンではない。彼はすでに目覚めていたのだ。狂気と怒りに満ちたスパイダーマンの宿敵、グリーンゴブリンに。
「さあ、楽しい楽しいパーティの始まりだッッッ!」
グリーンゴブリンの高らかな宣言と共に視界は暗転した。会場の唯一の光源であったスポットライトの明かりが消えたのだ。突然の真っ暗闇に会場の人たちは悲鳴を上げる中で、これから始まるであろう惨劇に私の身体は僅かに火照り出していた。
ようやくヴィランが登場。
パラサイト・イヴのことを考えるとゲームに登場してもおかしくない爬虫類のリザードが最初のヴィランの適任かと思いましたが、ここは作者が一番好きなグリーンゴブリンにしました。
ウィレム・デフォーの怪演がヤバすぎて当時は子供ながら記憶に焼きつきましたね。
スパイダーマンの実写映画はサム・ライミ版の初期二作品はマジで神がかってると思います。あれを超えるのは中々難しいですよね