寄生虫美女で蜘蛛の世界 作:坂本祐
パーティ会場は先程までの煌びやかな世界から一転、一寸先も見えない真っ暗な闇の空間へと豹変していた。ノーマン氏が壇上に立った際に照明は消灯されその代わりにスポットライトが点灯していたが、恐らくグリーンゴブリンの仕業により会場の唯一の光源であったスポットライトの電源さえも切れてしまった。
突然のことにパーティに訪れた人たちの悲鳴と喧騒、そして狂気に満ちた男の甲高い笑い声が聞こえて来る。たらりと冷や汗が流れた。突然引き起こされた真っ暗闇の中で、迅速な避難誘導など出来るわけがない。恐怖に陥った大衆が冷静な避難行動を行うことがどれほど困難か。
付け加えて、グリーンゴブリンなら必ず会場のどこかに爆弾を仕掛けているはずだ。残虐性ではスパイダーマンのヴィランの中では一、二を争う彼ならばそれくらいのことをやってのけても不思議ではなく、私ならば出入り口、もしくは天井に仕掛ける。
だが、動こうにもこの暗闇で騒めく大勢の人たちがいる中だとどうしても動けない。事態は全くもって最悪。
「グリーンゴブリンめ、やってくれたな……」
「先輩っ、ハリーのお父さんが…」
「ええ、一先ずここから出たほうが良さそうね。スマホのライトを頼りに一旦外に出るわよ」
「で、でも……」
その刹那、虫の知らせなのか身体が火照ったかのように熱くなり、嫌な予感がした。直後、眩い一筋の閃光が中央の天井に走ったかと思うと耳をつんざく音がホールに響き渡り、真っ暗闇の中で瓦礫と一際大きなシャンデリアが落ちてゆく。前もって天井に爆弾を仕掛けていたのだろう。そして、一寸先も見えない真っ暗闇の中で喧騒と戸惑いが広がる絶好のタイミングで起爆させたのだ。
「危ないッ!」
「きゃっ……」
落ちゆくシャンデリアを私はどうすることもできず、咄嗟に真横にいるグウェンとMJを抱き寄せると、二人の頭を庇いながら身を低くして衝撃に備える。そして、大きな衝撃と共に地響きが鳴り響いた。
数秒してようやく地響きは止むも、天井を爆破されたために粉塵が舞っている。これだけで先程の衝撃の大きさが分かるだろう。幸いにパーティー会場の端っこにいた私たちは被害はないが、シャンデリアが落ちた中央の被害がどれほどまでに酷いか想像に難くない。
あたりからは咳き込む音が聞こえ、スマホのライトを使用している者がいるのかちらほらと光が漏れている。
「収まった、か。一先ず、大丈夫そうね…」
「せ、先輩…ありがとうございます……」
「なに…いまの……」
「とりあえずここから出て安全なところに…」
すると、ようやく会場の明かりが点灯した。パーティ会場の中央に目を向けると、悲惨な現実を目の前にして息を呑む。豪華絢爛のシャンデリアが無惨にも砕け散り、天井の瓦礫と共に何人か下敷きになっていた。瓦礫の隙間から血に濡れた人の手足が出ているところなど残酷無比で、惨劇を目の当たりにしたMJとグウェンも真っ青な顔で呆然としている。
「そんな……」
「うそでしょ……惨過ぎる……」
遠目で見ても重症なのは目に見えて分かる。私の力が及ばず犠牲者が出てしまったことに、思わず歯を食い縛った。
「ストライクッ…!いや、ホールインワンかな…?どちらにしろ、気分がいい。盗人に相応しい最期だ!」
あちこちから悲鳴と逃げ惑う人たちの喧騒の中、壇上には宙に浮かぶ刺々しいデザインをしたグライダーに乗る怪人が心底楽しそうな様子で狂気的な笑い声をあげていた。鉤鼻に吊り上がった眼、とんがった横耳、緑色の悪魔を模したマスクを被り、ハロウィンのコスプレのような衣装に身を包む。グリーンゴブリン、やはり彼は誕生していた。
標的の人物たちを事前に落下地点に誘導しておき、計画通り天井を爆破して落下物の下敷きにしたことを心底喜んでいるようでより一層自分の不甲斐なさに苛立ちが募る。
だが、パーティー会場に参列した他の人たちは一様にして突如として現れた謎の怪人の犯人を思わせる口ぶりとその奇天烈な格好に更なる困惑と恐怖を抱いたようで、逃げ出す者もいれば呆然と立ち尽くす者もいた。
それを見兼ねたグリーンゴブリンは、悪魔のような笑みをニヤリと浮かべる。
「さあ、お集まりの皆さま?私の会社を盗もうとした不届き者は消えたわけだが、まだこの中にあいつらと同様に売ろうとした者がいるやもしれん。パーティは始まったばかりで、すぐに帰してしまうのは忍びない。私直々にもてなそう」
「そんなの御免被るね!」
グリーンゴブリンの言葉を遮るように上から降ってきたスパイダーマンはそのまま壇上に着地した。ちらりと周囲を見渡せばピーターの姿はいつの間になかった。やはり、彼は人知れず姿を消すことに長けている。恐らく、ノーマン氏の演説の最中、スパイダーセンスを感知してこっそりと抜け出して着替えてきたのだろう。
「スパイダーマン…」
「一先ず、ここから逃げるぞコナーズ。今後のキャリアを考えるのはここから脱出したあとだ」
ノーマン・オズボーンを慕っていたコナーズ博士は現実離れしたこの惨劇とそれを引き起こした犯人に茫然自失としており、反対にオーン博士は至って冷静な表情で彼を諭す。オーン博士の言葉に現実に帰ったのか、幾ばくか普段の冷静さを取り戻したようで僅かに頷いた。
「下敷きになった彼らを残すのは心苦しいが救助隊が間に合うことを祈る他ない」
オクタビアス博士の言葉につられるように、パーティ会場中央に下敷きになった人たちを一瞥した。今からでも救助したいところではあるが、救助に行けば彼らに憎しみを抱くグリーンゴブリンが必ずこちらに攻撃を仕掛けて来るだろう。
そうなれば、スパイダーマンの足を引っ張るだけ。オクタビアス博士の言う通り無事、救助隊が間に合うことを祈るばかりで後ろ髪を引かれる思いだが、ここは一時避難する他ないと諦めるしかない。
「ごめんなさい……」
私に力と知恵さえあれば犠牲にならずに済んだであろう人たちを見て後悔と自責の念が込み上げる。
「さあ、私たちもここから逃げるぞ」
オクタビアス博士はそういうと開け放たれていたパーティ会場の出入り口の方へと向かう。それに釣られるようにコナーズ博士、オーン博士も出入り口の方へと足を進め、今やパーティ会場の出入り口には大勢の人たちが殺到していた。
「先輩っ!私たちも逃げましょう!」
私は二人の手を握るや、パーティー会場を後にした。
今夜は楽しいパーティになるはずだったのに、と思わず恨み節を心中で呟きながら眼前に浮かぶ人物を睨みつける。いま僕の目の前のパートナーは意中の人ではなく、どういうわけか緑の悪魔のマスクを被り宙に浮かぶグライダーに乗った怪人であった。
遡ること10分ほど前、親友であるハリーの父親のノーマン氏の演説が始まるや否や強烈なスパイダーセンスを感じてこっそりとパーティ会場を抜け出して、スパイダーマンになって戻ってきてみれば会場は真っ暗闇の世界になっており、驚くのも束の間天井が爆破された。
間一髪のところで何名かウェブシューターで助けたものの全員救うことができず、今も瓦礫の下で埋まっている人がいる。早く救助に行きたいところだが、目の前の怪人に相対してそれは諦める他なかった。
というのも、眼前の怪人から唯ならぬ雰囲気を感じるのだ。スパイダーセンスが今までに比べ物にならないほどに警告しており、宙に浮かぶグライダーに乗っていることもあり、これまでの犯罪者とは一線を画した相手だと認識せざるを得ない。そんな相手に片手間で相対するほど余裕はななかった。
「スパイダーマン、か。お前をパーティに招待した記憶はないが…」
「あれ?ほんと?僕ってば人気者だからてっきり招待されているかと思ってた」
軽口をたたきながら時間を稼ぐことにした。天井を爆破した爆弾と同等のものがまだあるならばパーティ会場にいる人たち全員を避難させてからでないとまた犠牲者が出てしまう。
警戒を緩めることなくちらりと背後を見遣れば大勢の人たちが慌てふためきながら出入り口に殺到しており、会場の脇に佇むアヤと一瞬目があった気がしたが、すぐにグウェンに連れられて会場を背にして離れてゆく。
心優しい彼女のことだから突然消えた僕を心配するに違いないが、合流するのは目の前の怪人を退治してからだ。
「だが、好都合だ。お前のことは前から気にはなっていた。その人間離れした身体能力に蜘蛛の糸、大変興味深い」
「わあ、まさか僕のファンだったなんて驚きだ。大人しく投降してくれたらサイン書くよ?あ、別にいい?そう……」
数分もせずして会場には今や僕たちと瓦礫の下敷きになっている人たち以外には誰もいなくなった。
さて、宙に浮かぶグライダーに乗る眼前の怪人だが、マスクで顔を隠しているためにその正体がわからない。一体誰なのだろうか。
声はどこかで聞いたことのあるような気もするが、いかんせん顔が分からないためにずっと喉に小骨が刺さっているかのようなもどかしい気分だ。
「それで、一体君は誰なのかな?」
「わたしか?私は…グリーンゴブリンだ」
「グリーンゴブリンね。ノーマン・オズボーンはどうした?」
壇上で演説していたハリーの父親であるノーマンさんが見えないことから、パーティ会場から逃げている人たちのように何処かに避難しているのかもしれない。だが、もしかしたらこの人物が誘拐した可能性もある。
ノーマンさんは世界トップクラスを誇る大企業、オズコープ社の社長で命を狙われても不思議ではない人物だ。一先ず、目の前の怪人の情報が欲しい。何が目的で一体誰なのか。
「今は眠っているよ。嫌な現実から逃げるように、な」
「ふーん、それじゃあ君はノーマン・オズボーンとはどういった関係なの?」
「ふん、種明かしするのはまだ早い。さて、長話も何だ。ゆっくりもてなしてやる」
グリーンゴブリンはゆっくりと自身の太腿を撫でるや、彼の手の内にはいつの間にか取り出したのやら十枚ほどの不気味に黒く光る鋭利なナイフがあった。
そして、彼は口角を吊り上げてニヤリと悪魔のような笑みを浮かべると、それを無造作にこちらの方へと投げつける。
「おいおい、冗談はよしてくれ。僕ナイフ嫌いなんだよ…」
ライフルの弾をも避けるスパイダーセンスがあるからそこまで脅威に感じることはなったが、思わぬナイフの軌道に僕は息を呑んだ。
どういうわけか四方八方に散って飛行しては一斉に僕の方へと襲いかかってきたのだ。それこそ、真正面に一直線に飛来するものや、ブーメランのように大きな弧を描いて僕の背後に回るもの、そして左右からカミソリのように急激に曲がって迫りくるものなど。一つとして同じ軌道のものがない、不規則で不可解な挙動であった。
明らかに物理法則を無視した動きであり、その軌道から察するにおそらく内部にはセンサーがあって標的を追尾する機能が内蔵されているのだろう。厄介極まりないし、予想外の出来事に思わず顔を引き攣らせた。
「嘘でしょ…ッ!?なにその、物理法則を無視した動きッ!?」
「ほら、愉快に踊れ、スパイダーマン……ッ!」
飛翔するナイフの造形は黒い蝙蝠のような形をしており、風を切る音が不気味な蝙蝠の鳴き声のように聞こえて尚更、不気味さが増している。
一先ず、正面から迫りくるナイフをウェブで迎撃し、背後から飛来するナイフはスパイダーセンスを頼りに紙一重に回避するとこれもすれ違いざまにウェブを放ちこれも迎撃した。
そして、左右同時に迫りくるナイフはウェブの節約のために迎撃するのではなく、ギリギリまで引き寄せてから回避してお互いに衝突させて地に落ちる。
これで、迫りくるナイフは全て迎撃した。すると、宙に浮かぶグリーンゴブリンは鷹揚な仕草で拍手をして此方を見ており、それがなお一層腹立たしい。
「いいダンスだったぞ。俺のレイザーバレットを全て迎撃するとは恐れ入った」
「どうもありがとう、こんなに嬉しくない褒め言葉は生まれて初めてだ」
すると、騒ぎを聞きつけて急行したのか二人の警察官が静かになっていたパーティー会場の出入り口から銃口を突きつけながら現れた。一人はガタイのいい中年男性の黒人警官で、もう一人はアイルランド系のまだ年若い白人男性の警官だ。いつもなら軽口叩いて追い返すところだが、今はそんな生ぬるい状況ではない。
「おい、そこの化け物!その珍妙な乗り物から降りて投降しろ!」
「だめだ!ここから早く逃げろっ!」
僕の警告と同時にグリーンゴブリンはグライダーを発進させて空中に舞うとグライダー内部にある収納ケースから二つのボール型の爆弾を手にして無言で警官の方へと投げつける。ピピピと機械音が鳴る中で咄嗟にウェブシューターを放ち、爆弾はウェブに絡め取られながらもあらぬ方向へと飛んでいき、遂には爆発した。
「くっ……」
凄まじい爆風だ。あれだけ小さな球状に一体どれだけの火薬量が内蔵されているのか見当もつかない。ようやく爆風が収まるとこの事態を引き起こした張本人は空中を旋回しながら甲高い笑い声を上げている。
「あっはっはっ!流石はヒーローだな、スパイダーマン !だが、コレはどうかな?」
「やめろ!」
グリーンゴブリンの手の内には先程のナイフの倍の数が握られており、次の展開を容易に想像できてしまい思わず冷や汗が流れる。
「やめろと言われて止める奴がどこにいる……!?」
僕の制止の声を無視してグリーンゴブリンは両手一杯のレイザーバレットを一斉に投げつけた。蝙蝠の鳴き声に似た風を切る音は一際大きく、最悪なことに全て二人の警官の元へと飛んでゆく。
迫り来るナイフの大群に差しもの警官達も度肝を抜かれたようで
「なんだ!?あれは!?」
「わからん!だが、こちらに向かっている!撃ち落とすしかあるまい!」
「くっ……なんだこの軌道は…!?」
と驚愕しながらもレイザーバレットを撃ち落とすべく発砲を続けるが、あまりの数と四方八方からの挙動に惑わされているのか照準がぶれており、何発に一回の頻度で当たってはいるが全て撃ち落とすには時間がかかりそうだ。
「手伝うよ!お巡りさん!」
「助かる!スパイダーマン !」
彼等が肉薄する前になんとか両腕のウェブシューターで迎撃するも如何せん数が多く、自分を取り巻くように四方八方に飛んでいるならまだしも彼方此方に飛翔するレイザーバレットを全て撃ち落とすのは至難の業。だが、やるしかない。
「坊やたち、出来立てのパンプキンのパイはいかがかな?あっはっはっはっ!」
それをただ黙って見守るグリーンゴブリンではない。彼はグライダーで空中を駆けながら警官たちに向かってハロウィンのパンプキンを模した爆弾を幾つも投げ、それを僕は起爆される前にウェブで絡め取ってはグリーンゴブリンの方へと投げ返した。
「邪魔はしないでほしい、かなっ!」
「それは予想外だなっ!?だが、このグライダーの機動性なら問題あるまいっ!」
だが、あともう少しというところでグリーンゴブリンはグライダーを急降下させると爆風からも逃れ、再度空中へと躍り出た。
「危ない危ない。自前の兵器で自滅するなんて笑えねぇ…」
グライダーの急速旋回により当たる気配はなくグリーンゴブリンは空中を飛び続けながら、悪魔のような甲高い笑い声を漏らし、再び、爆弾を上空から落としていく。
その間には数十枚ものレイザーバレットが四方八方から飛び交い、警官たちを切り裂こうと迫るも二人の射撃の腕前がピカイチのおかげで誰一人として負傷者は今のところいない。
「このままじゃ、ジリ貧だ……!でも、有効打がない……」
降下していく爆弾をウェブで絡め取り、グリーンゴブリンに投げ返しては隙を見てレイザーバレットを撃ち落としていくも、圧倒的物量の差になすすべもない。
不味い、このままだといずれ負傷者が出るのも時間の問題だ。
「くっ、卑怯だぞっ!グリーンゴブリンッ!」
「卑怯?面白いことを言うな、スパイダーマン。目の前に立ちはだかる敵をどんな手段を持ってしても排除せねば自分の身が危険になるというのに」
「ぐあっ……!?ぐっ……」
「大丈夫か…!?チッ、このクソやろう…!」
悲鳴の上がった方を見やれば、其処には肩から血を流して苦悶の表情で傷口を抑えるアイルランド系の年若い警官がいた。もう一人の黒人警官はまだ負傷していないが彼も蹲る警官のように二の舞になるのも時間の問題だろう。負傷した警官の流れ出る血の量からして見るに其処まで深くはなさそうだが、このまま同じことが続けば重症になるかもしれない。
周囲を見渡せばあれだけ多かったレイザーバレットもあと4、5枚。これなら、もう少しで全部迎撃出来そうだ。
「ごめん、お巡りさん!すぐにコイツを片付けるからあと少しの辛抱だよ!」
「大丈夫だ、大したことはない。ただのかすり傷だ…」
僕を安心させようと負傷した警官はニコッと笑うが、傷が痛むのか直ぐに苦悶の表情に変わった。心なしか、段々と息が荒くなり顔色も真っ青になっている気もする。
「くっ、急に目眩が……」
「おいっ、嘘だろ……マリガンッ!いつものガッツはどうした!?」
「すまない、デイビス……」
すると、立ちくらみがしたのか負傷したマリガンと呼ばれた警官は片膝をついた。顔色も見るからに悪く、真っ青な顔色と荒々しい呼吸をみるに明らかに大丈夫ではない。
「彼になにをした!?グリーンゴブリンっ!」
「ふん、レイザーバレットをただのナイフだと思ったか?甘いなぁ、甘い甘いスパイダーマン…俺のレイザーバレットを甘く見ちゃ困るぜ。コイツは見ての通り、蝙蝠を模してる。蝙蝠といえば凶悪な病原菌を宿す生き物としても知られているよなぁ?」
「そんなまさか…!?毒を盛ったのか…!?」
「あっはっはっはっはっ……!」
正解と言わんばかりに嘲笑を上げるグリーンゴブリンに苛立ちを覚え、ちょうど降ってきた爆弾をウェブで捉えては起爆ギリギリになるまで勢いをつけて思いっきり投げ返す。
先程よりも速度のある返球に差しものグリーンゴブリンも慌てた様子でグライダーを急発進させて急降下させるも、直撃は免れたものの爆風が片腕に直撃したらしく此方を睨みつけてきたが、すぐに大した傷じゃないと分かると余裕な笑みを浮かべた。
「おっと、こわいこわい……」
「くそ、あと少しだったのに……ん?足音?」
すると、パーティー会場の長い廊下の方から大勢の足音が聞こえてきた。ちらり、と音の方を見やれば其処には最新鋭の武器と防具に身を包む30名以上の特殊部隊の姿を視認した。
「ちっ、招待してもねぇ迷惑な客がぞろぞろと押し寄せてきやがったか」
強力な兵器を有するグリーンゴブリンとてこの大人数を一度に相手するのが不利と見たのか、ここから逃走するべくグライダーの高度を上昇させ始める。それを黙って見過ごすわけにはいかない。背後の警官隊に気を取られているグリーンゴブリンに素早くウェブを発射するも彼は動きを予知していたと言わんばかりにグライダーを捻り回避した。
「油断も隙もねぇな、スパイダーマン 。本来の目的も達成したことだし、ここらでお暇させてもらう。この勝負、一旦預けるがまた今度俺の邪魔をしようもんならお前の大切な人が、ああなっちまうぜ?」
そういうとグリーンゴブリンは僕からの視線を外してパーティー会場中央でシャンデリアと瓦礫に下敷きになっている人達を一瞥した。グリーンゴブリンの安い挑発の言葉に脳内に血が駆け巡る感覚が走った。
僕の大切な人、この世でたった一人の家族であるメイ叔母さん、親友のハリー、MJ、グウェン、そして想い人のアヤの顔が脳裏に思い浮かんだ。
まだ出会って一時間も経過してないが目の前の怪人は、今までの犯罪者とは一線を画していることは明白。残虐性に満ち溢れ、なによりも彼の所有している兵器は恐るべきものだ。
パンプキンを模したボムはその小型から予想できないほどの爆発力があるし、蝙蝠を模したナイフのレイザーバレットはその鋭利さだけでなく追尾性に優れ、何よりも身体を蝕む毒がある。
もし、彼がこのまま野放しになっていれば無関係で無辜のNY市民に必ず被害が出る。その中に僕の大切な人たちが含まれていないとは限らないだろう。
やはり、ここで捕まえるべきだ。
「そんなこと、僕が絶対させない…それに、ここから大人しく逃走させると思う?」
直後、スパイダーセンスを感じ取って、本能と勘の赴くままに身体を捩り、背後から躊躇なく発砲された弾丸を紙一重に回避する。振り返ると、特殊部隊は練度の高さを思わせる動きで素早く散開しており、レイザーバレットの猛毒に苦しむマリガン警官と黒人警官を庇うかのように二人を自分たちの背後に隠し、グライダーに乗って空中を飛行するグリーンゴブリンと地上にいる僕の方へ銃口が向いていた。
おそらく、あの中の誰かが発砲したのだろう。咎めるつもりはないが間の悪さに少し苛立ちを覚えた。
「二人とも両手を上げて大人しくしろッ…!」
「待て!スパイダーマンは敵じゃない!あのグライダーだ!アイツを撃て!」
「標的はあのグライダーだ!」
黒人警官の必死の訴えにより銃口は全てグリーンゴブリンへ向けられ、再度射撃が開始される。刹那、耳を劈く発砲音がパーティー会場に轟く。グライダーがパーティー会場の天井ギリギリまで上昇していることもあり、弾が当たるのも困難を極める中で何発か当たっているような音がしていた。だが、グリーンゴブリンの乗るグライダーが防弾仕様で優れものなのか被弾しても傷一つ付いている様子はない。
「くそ!あのグライダー、防弾仕様か!」
「撃て撃て、当て続ければ幾ら防弾とはいえ無傷ではすまん!」
「ふん、無駄だ無駄だ。このグライダーは対戦車ライフルさえも凌ぐ防弾仕様。貴様らの豆鉄砲じゃ幾ら当たっても傷一つつかん!」
グライダーを発進させて下腹部が観音開きになると、そこから大量のお化けを模した白い球体が投下されていく。
「爆弾だ!退避っ〜!」
頭上から降ってくる爆弾と思しき球体に特殊部隊は迅速に会場から退避してゆくが、彼らが会場を後にするよりも爆弾が着弾する方が圧倒的に早いだろう。僕ならスパイダーセンスを頼りに爆弾を回避することができる。ならば、一つでも多く爆弾を遠くへ飛ばして彼らに被害が出ないようにするしかない。
「ここは僕に任せて君たちは避難してっ!」
「すまない!スパイダーマン !」
背後で警官たちの退却する足音を耳にしながら、落ちゆく爆弾に向けて連続でウェブを放ち、地面に着弾する前に壁に貼り付ける。爆弾の威力で柱や壁が崩れるかもしれないが、この際目を瞑る他ない。だが、次の瞬間に目を見張る事態が起こった。
「えっ……!?け、煙っ……!?」
壁に張り付いた爆弾だが空気が抜けるような音がしたと思えば白煙が噴出し始めたのだ。一個二個だけではない、先程投下されたもの全てから白煙が立ち昇り、瞬く間に視界が閉ざされていった。
すると、思わず息を止めたくなるほどの刺激臭が鼻腔を刺激され、咄嗟に鼻を抑えた。同時に僅かだが目から涙が溢れでる。
「爆弾じゃない!催涙ガスか……!」
ほんの少しだけ匂いを嗅いだだけでこの威力。もし、大きく吸っていたら恐らく目と鼻が使い物にならなかっただろう。周囲を見遣るとパーティー会場には警官隊はいない。
「一先ず、ここは退散だ…!」
煙から距離を置くためにパーティー会場の出入り口の方へと振り返って駆け出した。直後、強烈なスパイダーセンスが反応し、立ち止まることなく勢いそのまま大きくジャンプをして体操選手顔負けのバク転を繰り出すと、背後から突風が吹き荒れた。
「よっと……!」
元いた場所に猛スピードでグライダーに乗ったグリーンゴブリンが通り過ぎた。危なかった、もしあのまま地上を走っていればあのグライダーに背中から串刺しにされていただろう。グライダーの進路そのままにグリーンゴブリンは此方を振り返って忌々しいと言わんばかりに僕を睥睨した。
「ちっ……!勘のいい奴だ……!」
「ははっ…!僕に奇襲攻撃は効かないよっ!」
僕には事前に自他共に危険を察知するスパイダーセンスがある。この力のおかげで今まで大きな怪我をしてこなかった。
それこそ、視界の外から自分に向けて発砲された音速を超えるライフルの弾だって回避することも出来たし、数十メートル先で轢かれそうな子供だって察知できる。放射性を帯びた蜘蛛に噛まれた時に発症した、生き物が持つ危機察知能力が極限に磨かれた異能もしくは超能力とも呼べるだろう。
そんなスパイダーセンスを有する僕に奇襲攻撃は不可能。刹那、背後からスパイダーセンスが反応した。
「何度奇襲したって無駄、って嘘だろ……!?」
迫り来る危険に身体を捻って回避行動に移りつつ背後を見遣ると、直撃を免れないほどの距離まで2枚のレイザーバレットが近づいていた。このままだと顔面に直撃する!
「まずっ……!?」
咄嗟に顔面直撃は免れようと顔を隠すように両腕をクロスさせ、そして、レイザーバレットは蝙蝠の鳴き声のような不気味な音を立てながら両腕を切り裂いた。
「っ……!?」
ぴりっとした痛みに思わず息を飲み、頭が混乱する中でそのまま着地した。
スパイダーセンスが僅かに反応が遅れてしまい迫り来るレイザーバレットを回避できず、両腕には鋭利な刃物で切られたような傷がくっきりと入っており、そこから一筋の線となって鮮血が垂れている。
僕を切り裂いた二枚のレイザーバレットはブーメランのように持ち主のグリーンゴブリンの方へと飛んで行き、グリーンゴブリンはそれらを掴んで回収すると、しげしげと僕の血を眺めていた。
スパイダーマンとして活動を始めて約一年、一度も負傷したことなかったが今初めて怪我を負ってしまい、あまりの驚きに暫し呆然とした。
「おや……?奇襲は無駄じゃなかったんじゃないか?」
「……っ!?なに、ただのまぐれさ…!」
「蜘蛛は煙が嫌いだとは聞いたことはあるが、スパイダーマン、お前もそうらしいな……」
「え……?いや?別に嫌いじゃないよ。好きでもないけど」
すると、レイザーバレットの毒が回り始めたのか僕の体が少しだけ熱くなってきた。幸いなのは、放射性の蜘蛛に噛まれてから肉体が丈夫になったことから、マリガン警部のように意識が朦朧とするほど重症じゃないことだ。だけど、はやく治療しないとどうなるかわからない。一刻も早く解毒剤を服用したいところだが、目の前の怪人を捕まえてからだ。
「そう強がるな……厄介な蜘蛛一匹に武器も残り僅か、その上に多勢無勢、一度退くしかない考えたがもう少しだけ遊んでいても良さそうだな。むっ……!?」
すると、グリーンゴブリンは背後を振り向いた。先程、退却したばかりの警官隊がガスマスクを被って戻ってきたらしく、パーティー会場の出入り口から身を出してグリーンゴブリンに向けて銃口を向けていたのだ。射線上にいる僕も被弾しかねない位置にいるため、グリーンゴブリンがよそ見をしているうちに素早く距離をとった。
「くっ……本当に邪魔くさい奴らだなッ……!」
スーツとグライダーが防弾仕様とはいえ差しものグリーンゴブリンも銃弾の嵐には堪えたのか、一気にグライダーを上昇させて退却する動きを見せた。それを黙って見過ごすわけにはいかない。瞬時にウェブを放つと、警官たちの発砲に気を取られていたのかグリーンゴブリンは此方の動きに気づくのが遅れ、素早く回避行動を取るもグリーンゴブリンの身体にウェブが張り付いた。チャンスだ!ここでグライダーから一気に引き摺り落として身柄を確保する!
「逃すわけないでしょ!」
「くそ……お前も随分と邪魔な奴だなッ!だが、ここで捕まるグリーンゴブリンではないわ!」
予想に反してグリーンゴブリンは僕の力に負けず劣らず怪力で、銃弾をその身に受けつつ体勢を崩しながらもグライダーから落ちることはない。
「嘘でしょ……!?僕の馬鹿力に対抗するなんて…!?」
いくら兵器が強力とはいえ生身の人間なら僕の馬鹿力に太刀打ちできないと考えてたのに、まさか力が拮抗するなんて!もしかしたら、肉体に何かしら筋肉増強剤のようなものを施しているかもしれないと考えるも、すぐに最悪な事態が脳裏によぎった。このままウェブを引き裂かれてしまえば再び自由な身となった彼はグライダーを駆使して攻撃を仕掛けてくるだろう。そうなれば、逃げれる!
そして、最悪なことにグリーンゴブリンはグライダーの火力を上げて、徐々に此方が引き摺られてる形になりつつある。不味い、一気に引き摺り落として確保する計画だったのに、最初の考えから躓いてしまうなんて!
「くっ……なんて馬鹿力だッ……!」
「はっはっはっ…!甘いわッ…!」
グリーンゴブリンは回収したレイザーバレットを取り出してそのまま投げると張り付いていたウェブを引き裂いた。そして、引っ張られていたウェブがなくなったことでグリーンゴブリンは一気にグライダーを上昇させ、空中を旋回すると此方を嘲笑するような笑い声を上げた。
「待て……っ!?」
その時、僕の身体が燃えるように熱くなったかと思えば、急に目眩がしてその場で二の足を踏んでしまった。不味い、レイザーバレットの毒がいつのまにか身体を蝕んでいたらしい。
「くっ……!?」
「どうやら、毒が回ったようだな…!さらばだ、スパイダーマン……!そして、愚かなNYポリスメンども!あっはっはっはっはっ!」
その隙を見逃さなかったグリーンゴブリンは、未だ銃弾の嵐を浴びながらも桁外れの防弾仕様のスーツで傷ひとつついた様子を見せず、余裕綽々と言ったばかりに嘲笑を上げながらグライダーを発進させると、パーティー会場の窓を突き破り真っ暗な夜空へと消えていく。
それを黙って眺めるしかできないことに、思わず歯を食い縛った。
「あっはっはっはっはっ……」
壊れた窓から夜風に乗って遠くから悪魔のような笑い声が聞こえる。それは、僕を嘲笑うかのように尾を引いて、いつまでもいつまでも頭の中に響いた。
グライダーに乗ったグリーンゴブリンはヴィランの中でもかなり厄介な敵だと思います。
グライダーに格納された兵器は強力だし、スパイダーマンですら届かない高度に上昇して攻撃を仕掛ければ劣勢を強いられる。
ヒーローは魅力的なヴィランがいてこそ輝く。やっぱり、一番好きなヴィランです!