寄生虫美女で蜘蛛の世界 作:坂本祐
それからというものの、慌ただしいの一言であった。まず、ナースコールで看護婦が現れ、次いで真面目そうな眼鏡の医者が病室に入ってきた。二人とも顔には安堵の表情が窺えることから余程私は危険な状態だったのだろう。だが、どういうわけか、医者も看護婦も明らかに日本人ではない。見るからに西洋人。昨今の日本も海外の方が社会進出しているとは聞いているが、まさか病院でもそうだとは知らなかった、などと割とどうでもいいことが脳裏に過った。
「意識が無事戻って良かったです、何処か痛むところは有りませんか?」
流暢な英語で話しかけられ、小学生並みの英文と英単語しか知らない私は首を横に振り、英語はわからない、聞き取れないと拙い英語で返そうとしたが、何故か医者の英語の意味がはっきりと分かっていた。付け加えて、どういうわけか自然と口から英語が出てきた。
「痛むところ…強いていうなら胸、や、腹部が…」
「ああ、災難でしたね…」
「仕方ありませんよ、銃弾が貫通したのですから。臓器を傷付けなかったことは不幸中の幸いでしたが」
「え?じゅ、銃弾?」
「……?ええ、記憶にありませんか?」
「残念ながら…」
「ふむ、これは記憶が混濁していますね。痛みのあまり、記憶喪失になることはおかしな話ではありません。どうかそう固くならずに、落ち着いて下さい」
記憶喪失どころか身体が性転換しているんですが、と余計なことを口走りそうになりながらも素直に頷いた。
「ええ、分かりました…」
「さて、まず貴方のお名前はアヤ・ブレアさんで間違いありませんか?」
医者の言葉に体が硬直した。ゴクリと生唾を飲み込む。アヤ・ブレア、わたしの本名ではないが、知らぬ名前ではない。その名前は嘗て、数十年前に発売されて大人気ヒットを記録した、ゲームの主人公の名前であったからだ。斯くいう、私も学生の頃にプレイした記憶がある。
「アヤ……ブレア?」
「ええ、警察の方からはそう伺っています。97年生まれ、クイーンズ出身、ご両親はジョージ・ブレア、マナ・ブレア夫妻。高校はミッドタウン高校。今年で卒業されるみたいですね。勉学は優秀でミッドタウン高校一の模範生。教師の方からも信任厚いと聞いてます。部活は科学部に在籍しているようですね。そちらもとても優秀だとか。貴方で間違いありませんか?」
医者は手元にあるカルテと思しき資料をざっと読み終えると、確認を取るかのように私の顔を伺った。その瞳の色にはどこか困惑と疑心がある。ここで、違うといえば私はどうなるのだろうか。額から汗が噴き出るのを感じながらも平静を装い、口を開いた。
「エエ、マチガイアリマセン」
「なんで急にカタコトなんですか?」
「気の所為です、あの手鏡とか借りれますか?」
私の言葉に医者と看護婦は顔を見合わせた。不味い、不審感を与えたか?
でも、確認するためには必要なことだ。この際、致し方ない。看護婦はポケットから正方形の形をしたコンパクトな手鏡を取り出すと、私に差し出した。
「ありがとうございます…」
逸る鼓動を感じながらも手鏡を受け取ると、そのまま開いて、自分の顔を見た。其処に映るのは、生まれてこの方、慣れ親しんだ老け顔の男ではなく、まだ10代と思しき金髪の美少女であった。艶のある金髪に短く切り揃えられたショートヘア、初雪を思わせる真っ白な肌、翡翠色をした澄んだ瞳、幼いながらも何処か妖艶な雰囲気が漂っている。イメージと少し違ったが紛れもなくスクエアが発売した【パラサイト・イヴ】の主人公、アヤ・ブレアがいた。
(これは夢か現か幻か?スクエアが誇る美女、アヤ・ブレアさんじゃないか!でも、どうして?昨今流行りの成り代わりか?憑依なのか?そんな嘘みたいな話あるわけ…いや、直面してるわ、とりあえず…)
「お返しします」
手鏡を返すと、私は軽く頭を下げた。
「混乱させてしまい申し訳ありません、どうやら記憶喪失みたいです…」
このまま、シラを切ればいつかはボロが出る。なら、いっそのこと、開き直ったほうが身のためだと諦めた私は、素直に白状することにした。私の言葉に医者と看護婦は、だと思ったと言わんばかりの表情を一瞬みせたが、すぐさま此方を安心させるように微笑んだ。医者からすれば、私のように記憶喪失であることを隠そうとする患者も珍しくもないのだろう。実際は医者と看護婦の予想を遥かに超える、別人への憑依という現実離れした話であるが、言えるはずもなくこのまま黙っておこう。
「そうですか、記憶のほうはゆっくりと思い出していきましょう。焦ることはありません、何事も一歩ずつ。いまは、意識が戻ったことを喜びましょうか」
「はい、それで銃弾が貫通したって何があったんですか?」
「それは…」
言い淀む医者と看護婦に眉間の皺を寄せるも、タイミングが良いのか悪いのか病室に別の看護婦が足を踏み入れた。私を含め三人の目線が、入室する看護婦に集中する。いま、明らかに医者はほっと安堵の息を漏らしたが、気の所為だろうか。
「先生、ご家族の方が…」
「そうか、通して差し上げなさい」
すると、先ほどの看護婦に連れられて一人の年配の女性が病室に入ってきた。年は四十半ばであろうか。黒髪で何処か人当たりが良さそうな人だ。若い頃はさぞ美人であっただろう、だが今は少しやつれているようにも見える。しかしながら、アヤとの血縁関係があるとは思えない。この人が私の家族なのか、と疑心に満ちた瞳で女性を見つめた。女性は私の顔を見るや否や安堵の息を漏らして、目元に微かな涙を浮かべながら歩み寄る。やはり、見た目通りの悪い人じゃなさそうだ。
「ああ、良かった、アヤ。意識が戻ったのね…」
「パーカーさん、少しお話が…」
「パーカー?」
「失礼ですがご家族の方ですか?」
「こら、やめなさい」
「でも、先生、彼女と名前が異なります…」
「いいんだ、彼女はブレアさんの保護者だ」
医者は病室に訪れた女性と私の関係を知っているようだが、どうやら彼女を連れてきた看護婦は事態を知らないらしい。私と同様に看護婦も目の前の女性が本当に家族であるのか疑念を抱いたのだろう、そう問いかけると女性はムッとした顔つきになった。心外だ、と言わんばかりだが、こうも顔つきや身体的特徴が違えば疑われても仕方ないと思う。
「直接的な血のつながりはありませんが、彼女は私の大切な家族です。それに、今は彼女の親族は…」
「そうですか、お悔やみを申し上げます…」
「それで、別件なんですが、彼女どうやら記憶喪失のようで…」
「え、そんな……」
余程、驚いたのだろう。両目を見開いてこちらを凝視する彼女に、私は思わず肩身を狭くなった。なんだが、申し訳ない。彼女からしてみれば、意識不明だった家族がようやく意識を取り戻したと思えば、記憶喪失に陥っていたのだから、心中察するに余りある。
付け加えて、私という異物が大切な家族に憑依しているので尚更申し訳ない。だが、この事実は言うわけにはいかない。言ったとして有益になることなど皆無だからだ。余計に彼女に精神的苦痛を与えかねないし、そうなれば、ますますこの肉体の持ち主に顔向け出来ない。
「えっと、ごめんなさい…」
「あ、貴方が謝ることはないわ。メイ・パーカーよ、貴方が生まれる前からご家族と親交があったの。貴方のおむつも替えたことあるのよ?」
にこやかに話しているが、わずかにぎこちなさがあった。無理をして笑っているようで、多分、私を心配させないようにしていると思う。だが、眼前にいる彼女、メイ・パーカーという名前に私は違和感を覚えた。喉に小骨が刺さったような、感覚。ずきり、と僅かな頭痛が走った。そして、体が火照りだしたような気がした。
「そうなんですか、えっとパーカーさんは…」
「パーカーさんなんて他人行儀じゃなくていいのよ、メイって呼んで?」
「わ、わかりました。えっと、メイさんは……」
すると、廊下から慌ただしい足音が聞こえてきた。ここが病院ということを忘れているのだろうか、非難がましく音の方を見やっていると、病室に一人の少年が駆け込むように入ってきた。
「意識が戻ったって…!?」
「びょ、病院ではお静かに…!」
「あ、ごめんなさい…」
看護婦の叱責に少年は首を下げて、申し訳なさそうな表情をする。どうやら、アヤ・ブレアの知り合いのようで、叱られた子犬ような雰囲気を思わせる少年は、とぼとぼとメイの隣に歩み寄る。ちらちらと、少年は私のことを心配そうに見ているが、アヤとは親しくないのだろうか。それとも、遠慮しているのか。メイは、少年の肩に手を添えると、にこやかな笑みを浮かべて口を開いた。
「彼は私の甥っ子よ。ピーター・パーカー、覚えてないかしら?」
「ピーター・パーカー、に、メイ・パーカー……」
「叔母さん?」
目の前の少年、ピーター・パーカーは怪訝そうな表情で叔母のメイと私の顔を行ったり来たりしている。状況が飲み込めないのだろう。彼はアヤ・ブレアが記憶喪失だという事実をまだ知らされてないのだから。
すると、突如として頭が割れるような、激しい頭痛が走った。そして、体内の血が猛スピードで駆け巡る、感覚。細胞の一つ一つから燃えるような熱が…
あまりの痛みに私は左手で顔を覆い隠し、呻き声が漏れ始めた。
「うっ、ううぅぅ……!?」
混濁する意識の中、隣の心電図からけたたましい機械音が鳴り始めた。
「先生っ!?バイタルが急上昇しています!」
「そんなっ!?」
慌ただしい病室の中で、私の脳には知らない記憶が、堰き止めていた水の流れを一気に解放したかのように流れ込み始めた。それは、私の知らない記憶。この肉体の持ち主である、アヤ・ブレアの生きた証。幼少の頃の記憶、学校生活の記憶、友人との記憶、家族との記憶、そして、ピーター・パーカーとの記憶。何十年分もの記憶が一気に脳内に駆け巡る。
「思い、出した…私は……」
そして、最後にとある記憶が脳裏に浮かび上がった。自宅のキッチンで、血溜まりのフローリングに倒れ伏した母、虚な瞳で瞬きもしない。薄れゆく意識の中で、何処からか男の歌声と足音が聞こえて来る。低く、重く、愉しげな声。
「虎よ、虎よ、赤々と燃える闇くろぐろの夜の森に…どんな不死の手、または目がおまえの怖ろしい均整をあえてつくったか…」
苦痛に顔を歪め、私は心電図の管を力強く握り締める。ぼたり、と額から汗が拳の上に落ちた。
「アヤ・ブレアだ……っ!」
心電図の管を無理矢理、引きちぎった。病室に心肺停止を意味する無機質な機械の音が鳴り響く。
まるで、私という存在の産声をあげるかのように…
犯人は一体誰なんだ…(モロバレ)
虎よ虎よの存在を知ったのはメンタリストでした。
メンタリスト、いいよね。パトリック・ジェーン大好きで、
シーズン 1の最終回、レッドジョンのマークが空に浮かび上がる演出はマジで神。